とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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倒れた仲間の隣で、少女は一人笑っていた

 

 

シャーレに一方通行が一時的に帰還を果たしたのは、十五時を回ってからのことだった。

乗って来たバイクを降りた一方通行は、いつも仕事をしているオフィスに足を運ぼうとせず、そのまま仮眠室へと直行する。

 

(時間にしては早いが少し休むか……)

 

部屋に鍵を掛け、一方通行はベッドに横になった後、携帯を一分程弄った後バッテリーの充電に入る。

 

シャーレに訪れる生徒は複数人であることが多いのも相まって、仮眠室は個室で数室設けている。

個室を複数設置した用途としては生徒のプライバシーを守る為と言うのが表向きだが、真の目的は一方通行が誰にも悟られず充電を行う為の物だ。

 

個室が複数あれば、一室が使用不可であっても問題無い。

集団で活用するのではなく個人利用が主であると初めから定義しておけば、一方通行が充電していてもその様子が外部に漏れる心配は無い。

 

これが普通の就寝時間であれば生徒の目に見える形でバッテリーを充電していても音楽プレイヤーの充電だと言い張れるので問題は無いのだが、これが昼だと話は変わる。

 

充電するのにヘッドフォンを取り外さないのは何故かと質問される可能性が浮上する。

充電するのは良いとして、どうして先生も一緒になって休んでいるんですかと問い詰められても不思議ではない。

日中だとズボラを言い訳に出来ない。しかしその状態でも充電を迫られる日はやって来る。

彼の生活はバッテリーの残り時間に依存している為、後回しには出来ない。

 

それを見越して仮眠室を設け、わざわざ個室にして複数設置を一方通行は実施した。

いざと言う時を考えて起こした当時の行動は、現在の一方通行を救っている。

 

(充電が終わって用事を終えたらオフィスに顔を出すか……確か今日はワカモが来てるンだったな。それにミドリとユウカもまだ入院してるだろォし、そっちにも少し寄るか)

 

残された時間は限られているとはいえ、食べた弁当の感想と礼を言う時間ぐらいは残されている。多少の寄り道ぐらいは良いだろうと考えながら、一方通行は静かに目を閉じる。

 

本人は特に疲れを感じていなかったが、一時間以上もの間繰り広げられた戦闘及び、二時間に渡る運転は着実に彼の体力を削っていたのか、あっという間に彼の意識は睡眠の世界へと旅立つ。

 

…………。

………………。

……………………。

コン……。と、ドアが一回叩かれたのは、彼が睡眠に入ってからおよそ二時間と三十分が経過した頃だった。

 

「…………」

 

パチリと、音に反応して一方通行は目を覚ます。

しかし、目を開けただけでそれ以上の反応はしない。

 

起き上がりもせず、充電しているコードを引き抜いて隠すこともせず、ただジッと息を殺して身を潜めることに勤めた。

 

コンコンと、今度は二回叩かれる。

一方通行は動かない。

先程と同じく、扉の方向を見つめるだけで微動だにしない。

物音一つ立てず、彼は待機を続ける。

 

そうして三秒が過ぎ、

五秒が経過し、

二度目のノックが鳴った時間から述べ十秒を超えた時。

 

コンコン、コンと、今度は感覚を一拍分開けて三度ノックされた。

 

「……来たか」

 

瞬間、一方通行はベッドから身を起こしながらそう呟いた。

先程まで見せていた警戒心を一気に掻き消し、個室の鍵を開ける。

 

扉が開けられたのは、一方通行が鍵を開けてからほぼ同時。

姿を見せたのは、ミレニアムで世話になっている三人の少女達、エンジニア部の面々だった。

 

「やあ先生、休んでいた所すまないね」

「呼ンだのは俺だ。謝る必要はねェ。こっちこそ呼び出してすまねェな」

 

三人の中で先頭に立っていたウタハが扉を開け、起こしてしまったねと彼に詫びの一言を添えるが、どちらかと言えば謝罪すべきはミレニアムにいる彼女達を無理やり呼び出した一方通行の方である。

 

なのでその旨を一方通行は述べた。が。ウタハはそれ以上は言わなくて良いと僅かに首を振った。

 

「気にしなくて良いよ、お互い様だからね。……入室しても?」

「むしろさっさと入れ、見られると厄介だ」

 

それもそうだね、と、ウタハが先に入り、その後にヒビキ、コトリと続いて入室する。

一人用の仮眠室に四人が居座るのは些か大所帯だが、元々個室がそこそこ広いのも相まって特に狭すぎると言った感覚は無い。

 

「フフフ、ムフフフフ」

 

途端、最後に部屋に入り、必然的に部屋の鍵を閉める役目を担っていたコトリが鍵を閉めた直後、不穏な笑みを浮かべ始めた。

 

「誰かに見られると厄介。我々三人を誰の邪魔も入らない鍵付き部屋に招待。状況だけを綴ると中々に先生も悪ですねぇ。私達は一体何を先生にさせられるんでしょうか!」

「あァ? 何の話だ」

「真に罪なのは魅力、露出共に高い少女達しかおらず、先生を慕う生徒ばかりで構成されているシャーレと言う名の楽園そのものなのか、はたまた生徒が醸し出す魔性と言う名の誘惑に抗えない先生の理性なのか。

ここは防音完備の鍵付き個室! 一度入室すれば最後、逃げ出せず助けも求められず、我々が先生に逆らえないことを良いことにあれやこれやを命令する気であいだぁぁあッッ!? た、叩きましたね先生今私の頭を叩きましたね!!!!!??」

「変なことばっか口走ってるからだ自業自得だ反省しろ」

「場を和ませようとしただけなのにぃぃい……!!」

「それで場が和むと思ってるならちょっと病院行った方が良いンじゃねェか?」

 

辛辣な言葉を浴びせつつ、しかしコトリの暴走で空気がやや穏やかになったのも事実なのもあってか、それ以上は何も言わず一方通行は嘆息で済ませる。

 

そんな彼は今も、彼女達の前で絶賛充電中だった。

だが一方通行は特に隠したりもしていない。

彼女達も、その部分について気に掛けたりはしない。

 

「それにしても……、ちょっと、警戒が高すぎ……かも……?」

 

むしろ気になったのは、警戒度が高すぎる入室までのやり方だと、ヒビキが彼に向かって言及する。

 

「高すぎるぐらいが丁度良いンだよ。普通に仮眠室が満室で場所を空けて欲しくてノックする確率もゼロじゃねェンだからよォ」

「確かに、けど、面倒……」

「今日一回ぐらいしか使わねェンだ、受け入れろ」

 

もう。と、やや拗ねたような顔を見せ、一方通行も柔らかい声でその様子を小さく笑う。

…………空気を変えたのは、モードを切り替えていた一方通行が自身のスイッチを再び切り替えた直後だった。

 

「で、例の物は持って来たか?」

 

瞬間、ウタハ、ヒビキ、コトリの三名の表情が瞬く間に引き締まった。

それぞれの背筋がやや伸び、くつろいでいた姿勢が正される。

 

和やかだった場の空気が、厳かな物へと変貌を遂げていく。

雑談はこれで終わり。

ここからは仕事の時間だと。雰囲気が語る。

 

「勿論、先生の指示通り持ってきたさ」

 

ウタハが肩に下げていた鞄を一方通行に見せつける。

中身は隠れて見えないが、大きさからして確実に一方通行が要望した物だろう。

 

「良し、後は頼む」

「任せてくれ。ヒビキ、コトリ」

 

ウタハの呼びかけに、二人が同時に頷く。

それは仕事をする合図。

 

エンジニア部が、エンジニア部ではなく一方通行の協力者として動く合図だった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

時間にして、一時間が経過した頃。

エンジニア部から適切な仕事を受け取った一方通行は現在、仕事を終えたエンジニア部がミレニアムに帰るのを見送りに玄関まで赴いていた。

 

「それじゃあ先生、今日はこの辺りで失礼するよ。また何かあったらミレニアムまで赴いてくれ」

「あァ。いつも悪いな。気を付けて帰れよ」

「先生も、だ。無事にまた顔を見れることを望むよ」

「言ってろ」

 

軽いやり取りを交わしつつ、そしてウタハなりの気遣いを鼻で笑いながら、一方通行はシャーレを後にするウタハ達の後ろ姿を見送る。

そのまま十秒程彼女達の出発を見届けた後、ワカモ達に挨拶でもするかと足取りをオフィスに向かわせようとした矢先。

 

「硝煙の匂いと煤の香りがします」

 

突然、背後から見知った少女の声が聞こえた。

耳が拾ったのは、オフィスで自分がやる筈だった仕事を担当している筈の少女の声。

 

狐坂ワカモの声だった。

 

一体いつからここにいたのか。

その部分について一方通行が振り返りながら問いかけるよりも先に彼女から疑問文が投げられる。

 

「あなた様。あなた様は一体アビドスで何をされていたんですか?」

 

彼女の方へ向き直った末に放たれた声は、言い知れない凄みが溢れていた。

今は何を言っても言い返されそうな気がする。

そんな予感がひしひしと感じられる。

 

こういう場面を何度か彼は経験している。

例えばユウカから何に大金を使ったんですかと自身の金の使い道について詰められた時。

例えばミドリからスカートと短パンどっちが好きなんですかと謎な意見で二者択一を迫られた時。

例えばハルナから。

例えばヒナから。

 

掲げられた選択肢以外を選ぶといった、『逃げ』が許されない空気を、彼は何度か経験している。

今回のワカモもまた、これらと同質の物だった。

 

「アビドスに行ってただけだ」

「じゃあこの服に染み込んでる明らかな戦闘後のような臭いは何なのでしょう?」

「……道中でいざこざがあった。それだけだ」

「いざこざ、ふふ、いざこざですか」

 

不敵に口元を緩め、しかし目は笑わずに一方通行が放った内容をワカモは復唱する。

面倒くさいことになってしまったと、素直に一方通行は思った。

ワカモは完全にお冠だ。

 

無論、彼女が言いたいことぐらいそれなりに付き合いのある一方通行は分かっている。

分かっているが、その主張を是とするかは別問題だ。

 

キヴォトスで銃撃戦が発生するのは特に珍しいことではない。

むしろ、日常の範疇にあると言っても良い。

 

なので彼女が静かな怒りを振り撒いているのは言ってしまえばお門違いなのだが、今のワカモにそれを言うだけの勇気は一方通行には無い。

 

こうなった時の少女達との口論において、一方通行は一回も勝った試しが無い。

気圧され、成すがままに頷くことしか最終的に出来なくされてしまうのだ。

 

しかし彼とて全戦全敗の記録を更新し続ける気は無い。

なので立派な正論の下、言い訳を述べる。

 

「ワカモ。言いてェことは分かるが見ろ、俺は無傷だ。何も心配する必要はどこにも」

「また前線に出てましたね? 先生?」

 

が、それは全て言い切る前にワカモに被せられ、バッサリと切り捨てられた。

同時に、やっぱりそこか。と、ワカモが怒っている理由が考えていた内容と一致していたことに、まあまあワカモに対する理解も深まって来たな等と、どうでも良いことを考え、もとい現実逃避が彼の脳内で行われる。

 

「前から言ってますが、私だって常に先生の身を守れるとは限りません。私や……不本意ですがハルナさん達の力を信じて前に出る以前に、ご自身で危険を避けることも念頭に置いて欲しいと思うのは、私の我儘なのでしょうか? 私達が先生の傍にいない時ぐらい、安全圏である後ろから指示を出す戦いをしてくれても良いのではないでしょうか?」

「…………」

「この際なのでハッキリ言いますが、彼女達の力は認めています。ですがそれ以外の方達について私は基本的に信頼を置いていません。この意味が分かりますか? 先生」

「………………」

 

壮絶に、壮絶に答えに詰まる質問だった。

ワカモの言葉が一方通行の心に刺さってしまうが故に、安易に否定の言葉が吐けない。

無論、彼女の方が正論を語っているというのもある。

だがそれ以上に、彼女が放った内容が一方通行の身を案じているのがどこまでもどこまでも伝わるが故に、一方通行は言葉に詰まった。

 

口を開けば、ワカモの気持ちを無下にしてしまうのが確定だったからだ。

一方通行が前線に出るのは戦いが好きだからと言う訳では無い。

彼が前に出れば出るだけ、共に戦ってる少女達の危険が減るから彼はそうしているのだ。

 

当然、これを言ってしまえばワカモは酷く傷つくだろう。

苦しませることが分かっているから、一方通行は言葉に詰まる。

 

「…………悪い」

 

たっぷりと数秒以上の沈黙を経て、漸く絞り出した声で謝罪する。

彼女に誠意を見せられるのは、これが限界だった。

それ以上は、嘘で塗り固める言葉を吐くことになる。

 

しかしそれをすれば最後、ワカモの心に傷が生まれてしまうだろう。

彼が放った簡素な謝罪は、彼女の気持ちを最大限尊重する現れでもあった。

 

「良いんです。それがあなた様の良い所でもありますから」

 

今はその言葉が聞けただけでも良しとします。と、彼女なりに納得してくれたであろう返事が返って来る。

彼女の返答を機に、漂っていた威圧的感覚が和らいだのを肌で一方通行は感じた。

 

どうやら、窮地は脱したらしい。

 

「もうすっかり暗いですが、あなた様は今からアビドスに戻るのでしょう?」

 

その証拠に、彼女の声色も和らいでいた。

アビドスに戻るのかと言う質問に、一方通行は首を縦に振る。

 

シャーレに一時的に帰って来た物の、元々長居するつもりは無い。

 

寄ったのは、あくまで充電と装備調達の為。

 

充電は三十時間分は確保した。

シッテムの箱に至ってはフル充電が完了している。

装備もエンジニア部を呼びつけ、既に装着している。

 

「あァ。そのつもりだがそれがどォした」

 

状況的には今すぐ出ても問題は無い。

なので一方通行は素直にそうだと返す。

 

「良いでしょう。私も行きます」

「ァ!?」

 

一方通行からすれば、ワカモの発言は予想外も甚だしい物だった。

対してワカモの方は何を驚いているんですかと言いたげな顔を浮かべている。

 

「任されていた仕事も終わりました。私もアビドスで何をしているのかの手伝いに伺います」

 

言葉は柔らかかったが、その実態は警護に近いなと、一方通行はワカモの思惑を読み取った。

どうやら彼女の中ではアビドス=危険な場所だと認識したらしい。

 

カイザーコーポレーションが拠点を構えるアビドス砂漠に殴り込みに行くのが次の目的なので、あながち彼女の認識が間違いでもないのが微妙に反応を困らせた。

 

だが。

それとは別に。

 

ワカモを連れて行くか行かないかについては、大きく一考の余地があった。

単純に彼女を連れて行けば、戦力が一人分増える。

 

相手の戦力がどれ程の物を有しているのか詳細を掴み切れていないのもあって、戦力を増やす行為は非常に重要だ。

 

加えてワカモはシャーレに顔を出すメンバーの中では上から数えた方が()()早い方に位置される屈指の実力者。便利屋、アビドスの面々と強さを比較した場合、文句無しにワカモが一番強い生徒である事は確実。

 

どうするべきか。

彼女の意思に沿うべきか、沿わないべきか。

一方通行は悩んだ。

危険であると予め分かっている場所にワカモを連れて行くのかと、悩んだ。

そうして悩んで、悩んで、悩んだ末に。

 

「…………それなりに危険だぞ」

 

意志を、確認した。

 

「先生の格好を見れば分かります。だからこそ行くんです」

 

答えは、明瞭だった。

力強い返事に、一方通行は折れた。

同時に、彼女の意思を受け入れた。

 

「……良し、ニ十分後にシャーレを出る。その間に済ませなくちゃならねェ準備を済ませて来い」

「ええ、装備確認やオフィスの電源諸々を整理してきますわ」

 

踵を返して上階に向かって行くワカモを眺め、姿が見えなくなったのを確認した一方通行は壁に背を付く。

休憩の為だった。

 

「覚悟しちゃァいたが……杖有りなのに立ってることすら辛いとはな……」

 

誰にも聞こえないように声を小さくし、愚痴る様に吐き出す。

見れば、彼の足は細かく震えていた。

 

ワカモに準備時間を与えたのは、文字通り準備時間を与えたのもあるが、それ以上に自分自身に休憩時間が欲しかった部分が大きい。

 

余計な心配を掛ける訳にはいかない。

 

「早く慣れねェとな……」

 

この代償は受け入れるべき物。

そう割り切って、彼は足の震えが収まるのを待って、バイクへと向かう。

 

発進準備を終えた一方通行の下に、ワカモが自身の銃を担いで準備万端で降りて来たのは五分後のこと。

シャーレを出発したのは、その一分後のことだった。

 

アビドス地区で発生した小鳥遊ホシノ救出作戦。

彼女達の運命を元に戻す戦いに、狐坂ワカモが参戦する。

 

が。

 

「オイ……そこまで強く抱き着くことはねェと思うンだが。つかまだ発進してませンが?」

「あなた様……! いえ、これは必要なことです……ええ、はい。凄く……その凄く……これ、いいです。うん。良いです」

 

災厄の狐と恐れられる少女は現在、夢現な表情で幸せそうに彼の背中に頬をすり合わせていた。

彼女の様子は、天国はここにあったんだと示しているかのように幸せそうだったと言う。

 

ついでに言うと語彙も完全に死んでいた。

 

「あの、このままアビドスに向かわずキヴォトス一周旅行にルート変更しません?」

「何のために乗ったンですかねェワカモさン!? ふざけてるなら今すぐ降りて下さいお帰りのシャーレはあちらになりまァす。あと旅行って言いやがったなコイツ遊び半分じゃねェか」

 

もっと言うと雰囲気も完全に壊れていた。

 

降りませんアビドスに向かってくださいと慌てて弁明するワカモに対して盛大に嘆息しながら、一方通行はバイクを吹かす。

 

夜のキヴォトスは、そんな二人を歓迎するかのように、静かに静かに時間を刻み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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同日夜、ゲヘナの風紀委員執務室。

空崎ヒナは、神妙な面持ちで一人自分の椅子に座り、俯いていた。

 

普段ならばこの時間でも取り掛かっている書類の山も今は片付けている。

なので、今彼女がこの部屋にいる理由はどこにも無い。

 

それでも彼女は執務室にいた。

そうする理由は二つ。

 

一つは、ある人物を呼び出した為。

もう一つは、自分の気持ちに整理を付ける為、一人でいられる時間が欲しかったからだった。

 

彼女の胸中は、穏やかでは無い。

極一部の例外、先生の前にいる時を除いて常に冷静に振る舞っている普段の彼女からは想像も出来ない程、今のヒナは複雑な表情を浮かべていた。

 

「………………」

 

心臓の鼓動が、早くなっていく。

ザワザワとした感情が、心の中でこびりついている。

不快では無く、不安が、渦巻く。

 

いつになく、ヒナは取り乱していた。

 

そんな訳無いと心は思っている。

でも、事実はそうでは無いと語っている。

 

信じたい。

信じられない。

 

相反する二つの気持ちが、ずっとずっとヒナの胸の中で戦い続けている。

 

そんな折。

執務室の扉が二回、優しく叩かれた。

 

「っっ!!」

 

バッッと、顔を上げる。

時刻は既に十時を回っている。普段なら寮でそれぞれくつろぎの時を過ごす時間。

この時間に誰かが執務室を訪れることは、緊急時でもない限りあり得ない。

 

これら二つのことから、この扉の前にいるのは彼女が呼び出した人物による物であることを意味している。

 

「…………入って」

 

一つ深呼吸し、表情を整えて、いつもの彼女を演じて、ヒナは努めて冷静な声で促す。

失礼しますと、扉の外から聞こえて来た瞬間、ヒナは背筋を伸ばした。

 

次いで、軽い音と共に扉が開かれる。

入って来たのはやはり、彼女が呼び出した人物だった。

 

「どうしましたヒナ委員長」

「……アコ」

 

ヒナが呼び出したのは、ゲヘナ風紀委員。天雨アコ。

呼び出されたアコは、いつものように笑みを浮かべながら入室する。

 

「……………………」

 

瞬間、ヒナは迷った。

アコは呼び出した。後は話を切り出すだけ。

 

それだけ。

それだけだった。

 

そのそれだけが、ヒナに圧力を掛ける。

重圧を、圧し掛からせる。

 

故に。

 

「委員長?」

「…………、先日カイザーコーポレーションのオークション会場から押収したパワードスーツの解析は終わったの?」

 

重い口を無理やり開けて放たれたのは、本題からやや逸らされた逃げの言葉だった。

真に聞きたいのはそんなことじゃないのに、思わず彼女は重圧に耐えきれず逃げの話題を使ってしまう。

 

けど彼女の行動責めることは誰にも出来ないだろう。

ヒナに被さる重圧を思えば、それは当然だと誰もが言い切ったに違いない。

 

「はい、動かし方は確認しました。いつでも使えます」

「……ッ!! …………そう」

 

だが、必死の思いで切り出した逃げの話題は、思わぬ所で本題と掠ってしまった。

同時に、アコが放った発言それ自体が、ヒナに一つの答えを与える。

 

疑いが事実であると思い知らされる。

 

「生身の十倍の身体能力を発揮させる電動パワーアシスト。我々の銃弾に耐える防御性能。その技術は常識を遥かに凌駕しています。科学においては随一を誇るミレニアムですら何一つ成し得ていない……少なく見ても、三、四世代は上の技術です」

 

性能を捲し立てるアコの言葉だが、今のヒナには何一つ頭に入って来ない。

 

彼女が並べている性能がどれほど恐ろしい物であるかを、タイミング悪くヒナは咀嚼出来なかった。

今、ヒナの脳内にあるのは、たった一つだけ。

 

『天雨アコが、押収品を用いて今夜にでもゲヘナを発ち先生に攻撃を仕掛けようとしている』

 

その疑いだけが、否、その事実だけが、延々と延々とヒナの精神状態を悪化させ続けている。

そうあって欲しく無かったのに、そうあってしまった苦しみが、ヒナを蝕み始めている。

アコの言葉が、何一つ頭に入らないぐらいに、瞬く間にヒナは追い詰められていく。

 

アコが襲撃計画を企てているかもしれないとヒナに情報が入ったのは夕方だった。

報告したのは、先日カイザーコーポレーションのオークション会場の現場を取り押さえた風紀委員の一人。

 

会場に突撃した際、シャーレの先生がそこにいたこと、

先生とアコが邂逅した時。誰が見ても分かる程アコが取り乱していたこと、

ヒナに相談をしろとアコが先生から助言を受けていたこと、

取り乱したアコが先生に攻撃を加えたこと、

風紀委員の何名かが同じく彼に攻撃を始めたこと、

その際に先生がアビドスの生徒と共に風紀委員から逃げ出したこと、

それ以降アコから異様な雰囲気が漂い始めたこと

最後に、押収したパワードスーツを会場制圧作戦に参加した風紀委員に装備させ、出撃準備を進めているとヒナは報告を受けた。

 

そこで初めてヒナはその場に先生がいたことを知り、それよりも先生がアコに、風紀委員に攻撃された事実に顔面を蒼白に染め上げた。

 

同時、無事に逃げたという報告を聞き、とても、とても安心したのを今でもヒナは忘れられない。

 

アビドスにいる筈の先生が何故その生徒を連れてゲヘナにやって来ていたのかについてはヒナにはどうでも良かった。先生がどう動こうが、そこに大きな過ちは無いと信じているからこそ、何処にいてもヒナは彼を肯定する。

 

故に問題は、どうしてアコが先生を撃ったのかだけに収束した。

真意を問い質す為、もしくは報告が過ちかどうかを知る為、ヒナはアコを呼び出した。

 

結果は、ヒナにとって最悪な方向へと傾き始めていた。

そうあって欲しくないとした答えが、そうあってしまった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

アコを呼び出して僅かな問答の間に、ヒナはその答えに辿り着く。

 

「アコ、単刀直入に言うわ。──先生をどうして撃ったの? 昨日のオークション会場で遭遇した時、その必要が何処にあったの?」

 

事実を確信した上で彼女の意図を汲もうと、必死に必死に必死に必死に冷静であるように努めながらヒナは確認を行う。

 

その質問に込められた意は奇跡。

逃げ出すカイザーの残党を撃とうとして誤射しかけた。

アビドスの生徒をカイザーの協力者と勘違いし、引き連れて来た先生に誤って咄嗟に攻撃を仕掛けてしまった。

そもそも、アコが撃ったという報告そのものが嘘で、撃ったのは報告した風紀委員でそれを隠蔽する為にアコを利用した。

 

お願いだからそうあって欲しいと、勘違いで終わらせて欲しいと思って問うたヒナの言葉は。

 

「あの人が我々ゲヘナにとって障害にしかならないと判断したからです」

 

呆気なく、アコ当人によって否定された。

同時、ヒナから息を呑む音が大きく響く。

 

信じられない。そう言いたげな目をヒナはアコに向ける。

 

「アレを生かしておく利はゲヘナにはありません。一刻も早く始末するべきです」

「何で……! 何で、アコ……!!」

 

思わず立ち上がり、アコの近くまで慌てて歩み寄る。

信じられなかった。

アコがそこまで言い切るなんて思いもしなかった。

けれど、彼女の言葉に迷いは無かった。

 

本気であると、ヒナは痛感した。

 

「──命令よアコ。出撃を中止して」

 

単刀直入に、用件を伝える。

委員長として、上司として部下に命令を与える。

 

だが。

 

「その命令だけは聞けません」

 

アコはその命令を受け入れない意志を即座に示した。

彼女が出したあり得てはならない答えに、ヒナは目を見開いて身体を震わせる。

 

立場を理解しているのならば、アコは絶対に拒絶出来ない。

普段行使しない権力をヒナは行使したのに、アコは命令を拒否した。

故に必然の問いが口から出る。

 

「な、何で……」

「ヒナ委員長の為になるからです」

「ッッッ!?!?」

 

真っ直ぐな声が響いた。

正真正銘、そう思っているが故に出た結論がアコの口から語られる。

 

ヒナは絶句するしか無かった。

アコが言うこと全てが、理解出来なかったから。

 

「先生がいることはヒナ委員長にとって害にしかならない。私がそう判断しました」

「そ、そんな……! そんなことない!! 先生は私の重りになんかなってない!! 全部気のせい! 私は先生に救われてるの!!」

「それこそが委員長の勘違いです。そう思ってるだけです。アレは私達の敵です」

「なんで……、そこまで……」

 

取り付く島も無かった。

何故彼女が先生をそこまで敵視しているのか、一切合切をアコはヒナに教えなかった。

理由を聞いても、大雑把な物ばかりで詳細を話してくれない。

 

肝心な部分が抜けて、結論だけが先走っている。

根幹が完全に伏せられているのに、行動は一貫している。

 

ヒナの頼みを、アコは一切聞いてくれなかった。

 

「分かった、私がシャーレに行ってゲヘナの仕事を滞らせた。それが先生の責任だってアコが言うなら私もうシャーレに顔を出さない! ここで委員長としての責務を果たすから! だから考え直して!!」

「委員長は絆されたんです、その原因は先生にあります。解決するには一つしかありません」

「お願いアコ!! 攻撃するのを止めて!!! 先生に手を出さないで!!!」

「もう一度言います。アレは敵です」

 

懇願すらも、届かなかった。

ヒナが初めて見せた縋りつく姿勢も、今のアコには何も届かなかった。

自分の言葉が何一つ通じない初めての感覚に、ヒナは文字通り言葉を失う。

 

同時、底はかと知れない絶望が、ヒナを覆った。

話が通じないこと。それだけではない。

先生を殺そうとするアコの意志に一切の迷いが無いことに、心にヒビが入った。

 

「大丈夫ですよ、ヒナ委員長」

 

冷静さを失い何処にでもいる少女のように頬を濡らすヒナに向かって、アコは優しい声を掛けながら一歩、引き下がりながら右手を前に差し出す。

 

ヒナは、反応出来なかった。

まるで別人のように変貌したアコの行動、言動の何もかもが分からなかった。

脳が処理を拒否してしまった。

 

だから。

 

「明日には、全部元通りです」

「何を──」

 

言いかけた言葉の、途中だった。

突然、ゴガンッッ!! と言う音と共に腹部に重い衝撃が走る。

 

それは、予兆も何も無い、無意識から飛来した一撃だった。

少なくとも、ヒナには何が起きたのか想像すら出来なかった。

 

ただ、そこに()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そうとしか、彼女が分かる要素は無かった。

 

「が……ッ!?」

 

正体不明の一撃に、何を言っているのと続けようとしたヒナは言葉を言い切ることが出来ず真後ろに吹っ飛び、鈍い音を響かせて壁に頭を強く打ち付ける。

 

視界がグラリと揺れ、全身の力が抜ける。

ブレていく視界から、途切れかける情報から、垣間見る。

 

禍々しいという表現すらおこがましい、汚泥と猛毒をドロドロに混ぜ合わせて蒸気として噴出させているような光景が、アコの全身から放たれているのを。

 

錯覚かとも思ったソレは、次の瞬間には本当に見間違いだったのかと疑う程に消失する。

だが、まやかしであると断定したくても、受けた一撃が証拠として物語られていた。

先程の異質な何かが、確実にアコに宿っていると。

 

「ア……、コ……」

 

彼女の名を、ヒナは呼ぶ。

ズルリと滑り落ち、徐々に徐々に身体と床の接地面が増えていく中、ヒナは彼女はか細い声でアコと呼ぶ。

 

もう、四肢には力が入っていなかった。

起き上がる素振りすら、見せられなかった。

何かを言いたそうにパクパクと口を開けるが、しかしそれ以上の言葉を言えず、ヒナの視界が真っ黒に染まり、意識が途絶える。

 

執務室に立っているのは、アコ一人だけ。

 

「取り戻して見せますよ。ヒナ委員長。私達の日常を」

 

明日になれば、ヒナの日常から先生と言う存在が消える。

彼の事に頭を悩ませる必要が無くなる。

彼に振り回される苦しみが消える。

 

間違いなく、委員長にとって必要な事項だ。

彼がいなくなれば、あの人が世界から消え去れば。

 

ヒナ委員長は、幸せになれる。

 

「もう大丈夫です。安心して今は寝ていてください。委員長の世界は私が守ります」

 

自分が何をやっているのか自分自身でも判断が出来ていないことにも気付かず、アコはその言葉を最後に、執務室を後にしようとする。

 

そんなアコに声が掛けられたのは、彼女が振り返り、後にする為の第一歩を踏み出そうとした次の瞬間だった。

 

「そこを動くなアコちゃん!!」

 

バンッッ!! と、勢い良く扉を開けてある少女が突入し、アコの行く手を阻む。

飛び込むように姿を現したのは、アコの友人であり同じ風紀委員の銀鏡イオリ。

 

一部始終を扉の外で聞いていたのか、はたまた先の激突音を聞いて慌てて向かって来たのか、彼女の額には大きな汗が流れており、呼吸は荒くなっている。

 

そんな彼女の瞳は、まっすぐにアコを捉えていた。

言葉に出さず、彼女はアコに伝える。

 

一体、何をやっているんだと。

 

「やりすぎだ……アコちゃん!!」

 

意識が無いヒナを横目で追いながら、イオリは言葉尻を強くしてアコに詰め寄る。

声に含まれているのは動揺、戸惑い、怒り、困惑。

 

あらゆる感情がごちゃ混ぜだった。

様々な感情が噴出し、でもそれを言葉に上手く纏められず、表情で彼女はアコに語っていた。

 

一体、何をやっているんだと。

傍ら、アコの表情は全く別の景色を映していた。

 

丁度良い駒が、丁度良く現れたなと。

 

「イオリ。今から先生を始末しに行きます。ついて来て下さい」

「ッッ……!? な、なんで先生を……始末しに行くんだ……! 今は……委員長を保健室に連れて行くことが優先じゃないのか……! いつものアコちゃんなら……委員長に飛びついて我先に運び込む筈なのに、どうして、そう、しない……んだ……?」

「決まってるじゃないですか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「~~~~~~ッッ!!!」

 

返答はどこまでも簡素で、要点だけをアコは述べる。

イオリが抱く動揺も、ぐちゃぐちゃの感情も全て、仕事には必要無いと切り捨てているかのように。

 

ヒナの安否すら、定めた目標の優先順位より下だと、ハッキリとアコは告げる。

普段なら絶対に言わない言葉を、彼女は普段から使っているかのように使っていく。

 

それは、イオリの感情を爆発させるには、十分な起爆剤だった。

 

「なあ、なあ……!! 率直なことを、聞いて良いか?」

 

手を無意識に震わせて、イオリは今にも泣きそうな声でアコに問う。

 

「……、先生が何か私達にしたか? 私達に何か、敵対するような何かをしたか!? そんな記録も、記憶も無いよな!? 過剰戦力をぶつけて動きを抑制するような悪いことを先生は何もしてない!! そうだろアコちゃん!!!!」

 

アコの胸倉を掴み掛かってもおかしくない勢いでイオリは捲し立てる。

彼女が語るのは正論。

ゲヘナで何度か先生は活動している。その全てが何らかの事件が絡んでいたのも把握している。

けど彼はずっとゲヘナを、風紀委員を尊重してくれていた。

顔を立てる為の行動を、取り続けてくれていた。

 

その事実に恩を感じる必要は無いが、恨む必要もどこにも無い。

彼に攻撃する必要がどこにあるのかと、力説する。

 

「悪いことはしてますよ。あの人が好き勝手に動いていることそれ自体が悪です。私達の邪魔で、敵である証拠です」

 

アコは、当然のような顔で言い切った。

何を言っているんだと言わんばかりの目線をイオリに向けた。

 

彼がやっていることが悪事なのは明白だろうと、言葉を添える。

 

さも当たり前。

把握していて普通の常識。

 

むしろ彼が敵であることを何故イオリは承知していないのだと言いたげな圧を、言葉に乗せてイオリに突き立てる。

 

「ゲヘナ以外で先生が何をやろうとも無視するつもりでした。けどあの人は私達に干渉した。一度目は見逃して警告だけで済ませました。彼はそれを聞き分けなかった。これで悪いことをしていないとでもイオリは言うのですか? 私には攻撃する理由しか見当たりません」

 

瞬間、カッッ!! と、イオリの顔が熱くなった。

掴み掛からなかったのは、奇跡だったかもしれない。

 

イオリが許せる限界を、アコの発言はとうに踏み切っていた。

 

「何でそこまで恨んでるんだ……! 何でここまでやろうとしてるんだッッ!! 確かに何度か仕事中に遭遇したさ!! でもそれだって先生は私達をずっと立ててくれたじゃないか!!! 敵じゃなかった!! 先生はずっと私達の味方だった!!!!!」

 

それでも、力に頼らず言葉で説得しようとしたのは、彼女の優しさが為した行動だった。

でも、アコはそうじゃなかった。

 

だから。

 

「もう良いです。イオリは先生の側に付くんですね」

「そう言う話をしてないだろ! 何でそんな極端に物事を考え──」

 

ゴッッ!! と、突如物々しい音がイオリの後頭部で炸裂した。

 

イオリは、何が起きたかすら分かることは出来なかった。

アコに正論を浴びせようとした動きのまま。イオリはその一撃を受けて言葉を言い切ること無くドサリと床にうつ伏せに倒れ、それきり動かなくなる。

 

攻撃を受けて、ブツンと意識が途絶えた事実すら彼女は認識していなかったことだろう。

それ程までに呆気なく、そして簡単にイオリは倒れた。

 

「戦うつもりが無いならそこで寝てて下さい、()()()()()()

 

冷めた目でイオリを見下ろしながら、アコは冷酷に切り捨てる。

これ以上、余計な言葉を聞き続ける気は無い。

 

文字通りイオリを一蹴したアコは、再び静かになった執務室を後にし、再び出撃準備を整えている風紀委員達の部屋へと足を運ぶ。

 

「止まって下さい。アコ行政官」

 

背後から声が掛けられたのは、廊下を歩いている最中。

聞こえてきたのは、またもアコの見知った声だった。

 

「はぁ……またですか……」

 

聞き分けの無い、物分かりの悪い人達で風紀委員は構成されていたのかと内心思いながら、うんざりとした表情で振り返る。

そこから、想像した通りの人物と、想像していなかった軍団がアコの視界に映った。

 

「……へぇ」

 

目を細め、アコは前方にいる集団に視線を注ぐ。

先頭にいる仲の良い少女は、彼女に銃を向けていた。

 

その後ろにいる、カイザーコーポレーションから押収したパワードスーツに身を包んでいる少女達も、動揺に彼女に銃を向けている。

 

明かな敵対意思が、アコに向けられていた。

 

「チナツさん……。それに……。皆さんも…………全員寝返ったという訳ですか」

 

結論からアコは述べる。

どう見ても反逆の意志ありとしか見えない姿勢に、アコは早々と結論を出した。

 

「彼女達は私が説得しました。この作戦に参加する必要は無いと。今の行政官の指示に従う必要は無いと」

 

先程まで従順だった彼女達が一斉にこちらに武器を向けている理由をチナツが語る。

どうやら、彼女が戦犯らしい。

 

余計な真似をする。と、アコはチナツに向かって見下す視線を向ける。

 

「ふふ、私の意見は聞いてくれないんですね。こんなにも私は正当性を掲げているのに」

「聞ける訳がないでしょう……今の冷静さが無いあなたの意見を聞ける訳が無いでしょう!!」

 

アコが向けてくる視線の意味を受け取り、その上でチナツは怒声を上げた。

向けられた目線にではなく、行おうとしている行動に足して。

 

チナツは、滅多に見せない形相で、滅多に聞かせない大声で、アコを糾弾する。

 

「誰を攻撃したのか分かってるんですか!!! 自分が今何をやっているのか分かっているんですか!!!!! あなたは今……ゲヘナ全体を攻撃しているも同義なんですよアコ行政官!!!」

 

チナツが叫んだ言葉は、アコの行動がもたらした結果を意味を的確に表していた。

 

ヒナを撃破し、イオリを攻撃し、味方である先生を襲撃しようとしている。

それは即ち、ゲヘナそのものを攻撃し、敵対していると言っても過言では無い。

 

まだ致命的な結末は起きていないにしろ、明確に敵として認定されてもおかしくない行動を取った以上、それは敵対行為と見做されても仕方が無い行為だった。

そんな簡単なことにすら気付けずここまでの暴挙に出たのかと言うチナツの思いが籠った言葉は、しかしアコには一切響いていないのか、彼女はチナツを小馬鹿にするように一笑に付していく。

 

「これはゲヘナを救う行為ですよ。あの人が消えればゲヘナは平和になる。エデン条約も万事滞りなく締結させることが出来るでしょう」

「ッッッッッ!!!!」

 

話が通じない。

そう、チナツは理解した。

今の彼女は正気では無い。

 

本当に、アコは今自分が何をやっているのか、何をやろうとしているのか、行動の結果何が起きてしまうのか、その未来が見えていないことを看破する。

 

説得は不可能。

理性では無く本能が、そう理解する。

 

彼女を止める為に必要なのは、言葉では無いと訴える。

 

故に彼女は、強く拳銃を構える。

銃口を、アコに合わせる。

 

「先生が気に入らない。良いでしょう。顔も合わせたくない。尊重しましょう。ですが、そんな正当性の一切無い理由で先生を攻撃すると言うなら私はあなたを撃ってでも止めます!! 先生に手は出させません!! この話は、ここで終わりにします!!」

 

拳銃を構えるチナツの左右で、他の風紀委員達も身構える。

敵対の意思をアコにハッキリと見せつけた。

この場にいる全員の銃口が、アコ一人に向けられる。

 

アコが持つ銃では、着込んでいるパワードスーツの装甲を破ることは出来ない。

よって、この時点で勝敗は決していると言えた。

 

なのに。

 

「誰も彼も邪魔をするなら仕方ありません。一錠だけ使って上げます。本当、とんだ無駄遣いです」

 

アコは、余裕の表情を崩すことは無かった。

降伏ではなく、応戦の意思を見せた。

 

刹那、チナツの表情が固くなる。

銃を握る手に、力が込められる。

同時に、その手には震えも混じっていた。

 

撃ちたくないという意思が、手に現れていた。

攻撃しろと言う命令を、最後の最後で出し渋ってしまっていた。

 

「良いでしょう。先生の始末には私だけで行きます。あなた達にはもう頼りません」

 

一方のアコは武器を構えず、それでも余裕のままそう言い放つ。

彼女の動作に澱みは一切ない。

 

それはつまり、アコはこの場にいる仲間を排除することに一切の躊躇が無いことを意味していた。

 

「好んで殺すつもりはありませんが、一応言っておきますね」

 

微笑みながら、彼女は最後通告を発するかのように口を開く。

ポケットから取り出した小さなケースをスライドさせ、中にある錠剤を一つ口の中に放り込みながらアコはチナツに、パワードスーツを着込む少女達に宣告する。

 

それは決して。

それは決して。

 

普段の彼女ならば発さない言葉だった。

何があっても絶対に言わないであろう文字列だった。

 

だから。

だから。

 

「頑張って死なないよう努力して下さい。寝覚めが悪いので」

 

アコの暴走は、もう既に始まっていると言えた。

 










アビドス編にワカモが電撃参戦。
原作から離れたストーリー展開ですが、徐々に徐々に収束はして来てる……かも?


そして前回の予告通り今回はアコちゃんがメインの話になっております。
不穏に不穏を重ねた状態になってますけど、これ一体ここからどうなるんです?? 

次回は合流編……だけでは味気が無いな……何か作るかもしれません。シナリオの大筋は決まってるので進む展開については迷いは無いのですがこういう細かい所は直前になってからじゃないと思い付かないのが痛い所です。

ひょっとしたら唐突なラブコメが始まっててもおかしくないです。
殴り合いが発生してもおかしくないです。差が酷いね。ジェットコースター。


いつもいつも感想、閲覧、いいね登録ありがとうございます。

皆様の応援が執筆の励みになります。今後とも応援よろしくお願いします。

次回更新まで、またしばしお待ちください。




え? シャーレに帰って来たのにユウカとミドリの出番が無いままシャーレを出発した?
彼女達は前章で沢山出番があったので今回はそう言う役回りということでここは一つ……。

ちなみにユウカは資金繰りに病室で忙殺。ミドリはゲーム開発のデバッグで修羅場ってます。可哀想に……。
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