とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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巡り会う運命の輪

 

 

 

 

 

「ハルナ。右前方にオートマタ一機」

「視認しましたわ」

 

 ヒナの一言を受けて、即座に身を乗り出してハルナが狙撃の体勢を整える。

 

 ──二秒後、乾いた音と共に銃弾が容赦なく射出され、オートマタの胴体を貫き、大破に追い込んだ。

 もう、動くことは無いだろう。

 

「うん、撃破完了。周囲に敵影は無しよ」

「この調子でどんどん進んじゃおう~!」

「お疲れ、ハルナ」

「この程度の狙撃、準備運動にもなりませんわ」

 

 ゲヘナを出発して早数時間。

 ヒナを載せた美食研究会一同は、アビドス砂漠のど真ん中を突っ切っている真っ最中だった。

 

 ここに至るまでの道中で何度かカイザー製のオートマタと邂逅しているが、その全てをハルナの一撃によって粉砕している。

 

 彼女の狙撃による命中精度は、照準の安定に欠ける車の中であっても健在であった。

 

「ここまで来て改めて思うのもなんだけど、砂漠なのによくこんなに早く走れるわねこの車。それにそんなに揺れないし」

 

 敵影が見えなくなったのを機に、アビドス砂漠を走り始めて以降、ずっと抱いていた感想をヒナが零す。

 百キロ近い速度で砂漠を駆けているのに身体に負担が殆ど無い。

 

 多少の揺れこそ起きる物の、多少で済んでいること自体が凄まじいと思わずヒナはそう零す。

 

「先生からリクエストを受けた際に、オフロードでも高いパフォーマンスを発揮できるのを所望しました。ミレニアムの技術がふんだんに使われているらしいですわよ」

「オフロードに対応してることと砂漠を爆走出来ることはイコールで結べないと思うんだけど……」

 

 車の性能の高さに呆れると同時、無茶を実現するミレニアムの技術にヒナは舌を巻く。

 今のゲヘナでは、どう頑張ってもこれと同性能の車は製造出来ない。

 

 ミレニアムとその他学校との科学技術の差は多少の差こそあれど概ね十年以上の開きがある。

 この技術によりミレニアムはゲヘナ、トリニティと肩を並べる強豪校に名を連ねることに成功している。それ自体は素直に称賛するべき物だろう。

 だが言い換えれば科学技術の高さはミレニアムの生命線であり、決して明け渡してはいけない『力』に分類される物だ。

 その技術がこれでもかと組み込まれた車を易々と提供してしまうのはいかがな物かと、ヒナは思わないでもない。

 

(分解されて検証を始められる可能性を考えなかったのかしら先生は……。ハルナがそんなことする筈が無いと信じて提供するのは良いとして、それを他の子達が黙っているかどうかは別問題……。先生は生徒の善性を信じ過ぎている。私達は、決して一枚岩じゃない))

 

 ヒナは風紀委員の長としてゲヘナを上から眺めているからこそ分かる。

 ゲヘナは先生が思う程、良い子で溢れている街じゃない。

 

 虎視眈々と下克上を狙う者。

 ただひたすらに暴力性を振るう者

 策略を巡らし、愉悦を得ようと力を磨く者。

 

 表に見えない場所で、何者かになるべく水面下で動いている少女は多い。

 ヒナ達風紀委員の仕事はそれらを事前に封じることではなく、水面から顔を出して来た時に初めて動き、制圧する。

 

 そのスタンスを取っているから断言出来てしまうのだ。

 ゲヘナの街は、先生の理想とは遠くはなれた場所にあると。

 

 彼は分かっているのだろうか。自分がどれだけ危険な行為に走っているのかを。

 ミレニアムの優位性が一瞬でひっくり返る可能性がこの車に秘められていることに気付いているのだろうか。

 

 ……気付いているのだろうなと、即座にヒナは訂正する。

 気付いた上で、ハルナに、美食研究会にミレニアムの技術が詰められた車を渡しても大丈夫だと彼は恐らく判断したのだ。

 

 それはきっと、

 

(ハルナならちゃんと大事に扱ってくれる。そう信じてるから……かな)

 

 何からだろうと、誰からだろうと決して明け渡さず、守り切る。

 その強さがあると見抜いているからこそ、先生はハルナに他校の技術が込められた車を用意した。

 

 ハルナを信じているから。

 ハルナなら大丈夫だと確信しているから。

 

(…………良いな)

 

 刹那、ズキ……と、ヒナの心が僅かに痛みを訴え、モヤモヤとした感情が心の内から吹き上がった。

 バカ。と、ヒナは己自身に言い聞かせる。

 

 ただの推測だけで、ハルナに嫉妬してしまった。

 ハルナのことを先生は特別視していると、想像してしまった。

 

 先生は誰にだって平等なのに。

 そんなこと、頭ではちゃんと分かっている筈なのに。

 

 羨ましいと、ヒナは思ってしまった。

 

 それが、致命的だった。

 普段の状況ならば、被害妄想に似た先生への恋愛感情の暴走はヒナの悪癖として片付けられただろう。

 

 しかし、ここはアビドス砂漠。

 数多のオートマタが跋扈し、発見され次第問答無用で襲撃されてしまう区域。

 最大限警戒しなければいけない砂漠を突っ切っている真っ最中なのに、ヒナは悪癖によって意識を完全に内側へと引っ張ってしまった。

 

 故にヒナは気付けなかった。

 殺気に敏感な嗅覚が、僅かな時間鈍り、見過ごした。

 

 砂漠の中から、一門の砲塔が姿を覗かせていることを。

 

「ッッッッ!! アカリ避けて!!!!」

 

 声を上げたのは、事態に気付いたジュンコから。

 だが、遅かった。

 

 ジュンコが声を上げた時にはもう、彼女達の車は射程圏内に入ってしまっていた。

 

 

 刹那、砲塔が唸りを上げると同時、大気を震わせる轟音が鳴り響いた。

 

 

 空気が爆発したかのような振動と共に、砲弾が発射される。

 逃げる時間は、何処にも残されていない。

 

 砲弾は、ハルナ達のすぐ近くの場所に着弾した。

 直撃しなかったのは幸いだっただろう。

 

 しかし、そこから生じた衝撃だけは、どうしようも無かった。

 

「きゃぁああああああああああああッッッ!!!」

 

 イズミから悲鳴が上がると同時、車が勢い良く宙を舞い、少女達全員が空へと放り出される。

 アカリ、ジュンコ、イズミの三人は何が起きたのかすら判別出来ず、悲鳴を上げるだけに留まっていた。

 

 しかし、ヒナとハルナの両名だけは、爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたと身体が感知した瞬間から、神経を研ぎ澄ませ、砲撃が飛んで来た方向に視線を向けていた。

 

 だから、彼女達二人だけは気付いた。

 攻撃を行って来た物の正体は、砂漠の海に身を沈めている戦車であるということを。

 

「潜航戦車ッ!?」

「まずいですわ! いるのは一機だけじゃありません!!」

 

 仕掛けられた罠に気付いたヒナとハルナが、空を舞いながら口を揃えて驚愕する。

 同時、数多の戦車が砂漠から浮上を始めた。

 砂の山をかき分けて、はたまた砂の大地から飛び出して合計十三機の戦車がハルナ達の前に姿を現す。

 

 その砲塔は全て、空を舞っているハルナ達四人が落下するであろう場所に向けられていた。

 

「まずい、これ落ちた瞬間に撃たれる……ッッ!!」

 

 数多の砲塔が、自分達の落下地点に向けられているのを察知したヒナが危険を訴える。

 あれだけの戦車から一斉射撃を喰らえば、確実に無事では済まない。

 

 間違いなく、数時間単位での気絶を貰ってしまう。

 そうなれば、アコに追い付くことは二度と出来なくなる。

 

 早急に、策を練らなければならない。

 起死回生の、一発逆転策を。

 しかし、既に全員が自由落下を始めており、途中の軌道変更は不可能。

 

「くっっっ!!」

 

 完璧な打開は不可能だと、諦める道を選んだヒナは慌てて自身の愛銃『デストロイヤー』を構える。

 落下し、砲撃が始まるまでに一機でも破壊し、少しでも被害を抑えなければならない。

 

 だが、時間が足りない。

 地面に落ちるまで残り一秒も無い。

 

 これでは破壊出来て三、四機が限界。

 隠れている戦車が全て姿を現したとも限らない以上、この程度の数を破壊した所で焼け石に水だ。

 

 十近い戦車の砲撃を受けて、無事で済む筈が無い。

 しかしそれでも、可能性に賭けなければ奇跡的な確率すら掴むことは出来ない。

 

 砂漠に頭から落下していく中、ヒナはろくに照準も合わさず、感覚を頼りに引き鉄を引こうとする。

 その、寸前。

 

「ヒナさん、口を閉じて」

 

 ハッキリとしたハルナの声が響いた。

 一瞬、時間が止まったような感覚が走る。

 

 否、実際に停まったのかもしれない。

 そう錯覚してしまう程に、ハルナの声がクリアにヒナの耳に響いた。

 

「っっっっ!!」

 

 チラリと、目だけを彼女の方向に動かすと、そこには同じく銃口を構えているハルナの姿が映る。

 ただし、向けている先は戦車の方に出は無く、ヒナの方。

 

 ハルナは、ヒナ目掛けて自身の武器の照準を合わせていた。

 焦燥から来る汗を額から流しながらも、ハルナは微笑んでいた。

 

「~~~~~~~~ッッ!!」

 

 その微笑みも、自身に銃口が向けられている理由も、ヒナは即座に見抜く。

 待ってと、慌てて口を開こうとする。

 

 だが、その言葉を言い切るより先に。

 

「少々痛いでしょうが耐えて下さいまし!!!」

「待ってハル──」

 

 ゴッパァァアアアアアアアアアアアアンッッッッッ!!!!! と、ハルナの銃から放たれた渾身の一撃がヒナの腹部に直撃し、彼女の身体をくの字に折り曲げさせて吹き飛ばす。

 

 その勢いは鋭く、戦車による包囲網からヒナを容易に脱出させた。

 

 美食研究会の四人を残して。

 

「先生をよろしくお願いしますわ!!」

 

 声も出せぬまま吹き飛ぶ最中、段々と遠く、か細くなっていくハルナの声をヒナの耳が拾う。

 その言葉に目を見開き、どうにかして目線をハルナ達がいる方角に合わせた直後。

 

 十数発の砲撃が、一斉にある一か所目掛けて放たれているのを目撃した。

 砂を巻き込んだ爆風が、空高く舞い上がる。

 つんざく轟音が、砲撃の範囲外にいるヒナの耳を容赦なく貫く。

 

 その場にいた少女達がどうなっているかなど、最早語るまでもない。

 

「う、ぁあ、ああああああああああああああああッッッ!!」

 

 言葉にならず、叫ぶ。

 ただ叫ぶ事しか出来ず、絶叫する。

 

 ヒナの身体が水平に砂漠を滑り始めたのは、数百メートル吹き飛ばされてから。

 ゴロゴロと砂漠を無様に何度も横転し、ようやくにしてヒナの動きが止まる。

 

 この距離ならば、例えあの場の近くに未だ身を潜めていた戦車がいたとして、ヒナを追いかけ回すことは出来ない。

 

 だがそれは同時に、逃げられなかったあの四人にその戦車が向かうことも意味している。

 

 空崎ヒナは、ハルナの自己犠牲な判断により窮地を脱した。

 残された四人を、犠牲にして。

 

「ぐ、ぐ……ぅ」

 

 痛む腹部を抑えながら、よろよろと身を起こす。

 不幸にもアコから貰った一撃と近い場所に受けたハルナの一撃は、傷のぶり返しをヒナに与えた。

 

 起き上がれない。

 立ち上がろうとする足に力が入らない。

 

 だがそれは、決してダメージから来る反動から来る物では無かった。

 もっと別の、精神的な部分に由来する痛みによって、ヒナは立ち上がれなかった。

 

「ハル……ナ……ッ!!」

 

 吹き飛ばされる寸前に見たハルナの顔は、全てを自分に託したような表情を浮かべていた。

 自分の仕事はここまでだと、暗に語っているかのようだった。

 

 合理的な判断だったかもしれない。

 目的を達成する為には、この手段しか残されていなかったかもしれない。

 

 しかし、しかし。

 

「なんで……なんでッッッ!!!」

 

 それを受け入れられるかどうかは、話が別で。

 ヒナにこの過酷を受け止める力は、宿されていなかった。

 

 払った犠牲は、あまりにも大きい。

 その背中では、とても背負いきれないぐらいに大きい。

 

 ゲヘナの風紀を取り締まっている風紀委員だとしても。

 その中において頭を務めている強者だったとしても。

 

 彼女はまだ高校生。

 そのメンタルは、年頃の少女と変わらない。

 

 痛い。

 痛い。

 痛い。

 

 心が痛い。

 誰かの犠牲の上に立っている事実が痛い。

 

 ……それでも、彼女は進まなければならない。

 

「……行かなきゃ」

 

 ここで膝を抱えていても事態は変わらない。

 アビドス砂漠まで来た目的はアコを止める為。

 

 今、危機を迎えている美食研究会を助ける為に来た訳では無い。

 その活路をハルナが見出したのならば、その道に向かって進むことが何よりの報いだと、ヒナは立ち上がる。

 

 それに、どうせ彼女達は無事に決まっている。

 カイザーコーポレーションは誰を相手にしているのか分かっていない。

 

 限られた情報からヒナは、アレが先生を迎撃する為に配備された部隊だと推察する。

 もしそうだとすれば、戦車部隊が本当に相手していたのが先生ならば、今の作戦で任された仕事を完遂で来ていたかもしれない。

 

 だが、罠に掛かったのは先生では無くよりにもよって美食研究会。

 問題児を多く抱えるゲヘナにおいて、トップクラスに頭のネジが吹っ飛んでいる実力集団。

 

 さんざん風紀委員が手を焼いている連中だ。

 カイザーコーポレーション如きに、制圧できる少女達では無い。

 

 今頃はきっと、反撃に打って出ている頃だろう。

 なれば、戦場はカイザーコーポレーションが阿鼻叫喚する地獄絵図になっていてもおかしくない。

 

 彼女達の実力は、何よりもヒナが知っている。

 

 そう、何も心配なんかする必要が無い。

 だから気にせず進まなきゃと、ヒナは己に言い聞かせる。

 

 今、必要なのは美食研究会の救援では無く。

 

「アコを、止めなきゃ」

 

 アコを、止めること。

 その為に、ハルナは自分だけを逃がし、戦車の砲撃範囲外にまで吹き飛ばしてくれたのだ。

 

 車は無くなったが、それでも相当の距離は走った。

 カイザーによる攻撃が本格化したのも、カイザーが持つ拠点が近くにあることも意味している。

 

 つまり、それの意味する所はただ一つ。

 

「先生は……きっと近い」

 

 立ち上がり、アビドスの学校がある方角へ向かって走り始める。

 身体を動かす度、ハルナとアコに攻撃された腹部が痛みを訴えるが、そんな物気にしている余裕はヒナには無い。

 

 黙ってて。そう言いたげに眉を潜めてヒナは走る。

 

 その表情に迷いは無い。

 

 しかし。

 それはあくまで表面上の話でしかない。

 

 どれだけ取り繕っても、騙していても。

 彼女の心は、正直に痛みを訴える。

 

 心が感情で溢れ返るまでの猶予は、あまり残されていない。

 ヒナが短時間で受けた精神的ダメージは、既に深刻な域にまで到達しようとしていた。

 

 もし、もしもこの心の痛みを取り除ける存在がいるとするならばそれは。

 それは、やはり、彼しかいないのかもしれない。

 

「……! あの、集団は……まさか……!」

 

 走り始めて十分程が経過した後、ヒナは向かい側から歩いて来る複数人の存在を遠目で見つけ、走る足を速める。

 

 焦る表情を浮かべるヒナだったが、それでも思わず浮かべてしまっていた。

 会えた。と言う、歓喜の感情を。

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「待てオマエ等。あれは敵じゃねェ」

 

 一方通行がそう全員に声を掛ける。

 こちらに向かって来る少女は、一方通行がよく知る存在だった。

 

「あれはヒナだ。だがどォしてこンな場所にいやがるンだ?」

「あ、本当だアルちゃん。あれウチの風紀委員長じゃな~い?」

「へ!? な、何でこんな場所にいるのよ!? まさか私達を追って!?」

 

 横で繰り広げられる二人の会話を適当に耳が拾う中、全力でこちら目掛けて走って来るヒナを直視しながら一方通行は疑問を浮かばせる。

 何故彼女が、アビドス砂漠にいるのか。

 

 まさか本当に便利屋を追ってここまで来たわけではないだろう。

 カイザーコーポレーションに雇われたことそのものが悪だとして断罪しに来たのなら話は変わって来るが、そこまで完璧に風紀委員が把握しているとは思えない。

 

 ヒナと便利屋が遭遇したのは偶然だと断定出来る。

 ならば尚更、何故彼女がここにいるのか疑問だった。

 

 そうしている間にも、ヒナと一方通行達の距離は見る見る縮まって行き。

 

「はぁ……はぁ……。先生……良かった……っ、間に合った……!!」

 

 目の前まで辿り着いたヒナは、開口一番そんな言葉を零した。

 荒々しく息を吐きながら、最初の一言はどこか安堵したような言葉だった。

 

「間に合っただと? 何の話をしてやがるヒナ」

 

 その様相がさらに一方通行に謎を与えた。

 彼女が何に慌て、何に安堵したのか、一切の見当が彼の中には無い。

 だが、この限られた情報しか無い中でも確実に言えることが一つあった。

 

 ヒナは、自分に会うのを目的としてここまで走って来たのだと。

 

「先生、私の言うことを聞いて欲しい。今すぐここから逃げて」

 

 事態が一気に急転したのは、主語も何も話さず、ただただ目的だけをヒナが述べてからだった。

 

 瞬間、この場にいるヒナと一方通行を除いたほぼ全員の視線が一層強くなったのを感じた。

 半分は彼に、半分はヒナに注がれている視線の圧が強くなったことが、肌からビリビリと伝わる。

 

 ヒナが発した極めてきな臭い単語に、全員の意識が注がれる。

 一方通行も、例外では無かった。

 

「……、どォいうことだ?」

「詳しいことを話す時間が今は無いの! 先生の身に危険が迫ってる!」

 

 再び一方通行は理由を聞くが、二度目の質問もヒナは答えようとしなかった。

 ただし、ヒナが頑なに話そうとしないのは隠したい意図があるのではなく、話す時間がそもそも惜しいぐらい時間が無いからだということが、痛い程彼女の表情から語られていた。

 

 肩で息をするヒナの表情は真剣。

 嘘を言っている様子では無いのは誰が見ても明らか。

 加えて、ヒナは悪質な嘘を付くような生徒ではないことも一方通行は知っている。

 

 故に、彼女の言うことは真実であると断言出来た。

 

「……この子達の引率は私が引き継ぐわ。行き先はアビドス砂漠にあるカイザーコーポレーションの拠点。そうでしょ?」

 

 息を整え終えようとしている最中、チラリと全員を一瞥して、一方通行が下がった後のプランをヒナから提示される。

 言い換えれば、危機が迫っているのは一方通行のみであることが語られていると同義だった。

 

 彼さえ戦線を離脱すれば、問題が無くなると暗にヒナから説明された。

 

「先生がアビドス砂漠でカイザー相手に何をやろうとしていたのかは分からないけど、道中で彼女達に教えて貰って必ず成し遂げてみせる。だからお願い、今は黙ってアビドス砂漠から逃げて」

「………………」

 

 どうする。と、一方通行は僅かに顔を俯かせ思考の海に潜る。

 彼女の取り乱し方は尋常ではない。こんな姿は初めて見ると言っても良い。

 

 冷静さが著しく欠けているヒナの姿はしかし、冷静ではないからこそ途轍もない信憑性を一方通行に与えた。

 彼女の言う通り、離脱するべきかどうかを本気で考えても良い程には。

 

 だが、それで良いのかとも同時に思う。

 シロコ達が頼っているのは他でもない一方通行にだ。

 

 ヒナの方が実力的にもカリスマ的にも一方通行より上とはいえ、彼ではなくヒナが先導するという状況自体に多かれ少なかれ不満が生まれてしまうのは避けられない。

 大所帯で進軍するには相応の頭による統率が必要になる。

 

 そしてその統率は、経歴や経験だけで成し遂げられる物では無い。

 

 簡潔に言えば、アビドス陣営にとってヒナは信頼を得られていない。

 一方通行が懸念している部分は、正にそこだった。

 

「あなた様」

 

 答えの出しにくい問題に悩む中、ワカモが横から一方通行に声を掛ける。

 

「ヒナさんの様子は只事ではありません。この取り乱し方は異常です。私はヒナさんの案に賛成します」

 

 帰還して下さい。と、ワカモは一方通行に嘆願した。

 一方通行と同様に、ワカモも彼と同じ意見、ここまで普通じゃない慌てぶりを見せているヒナが嘘を言っている様には思えない。と言う結論に辿り着いたようだった。

 

「…………オマエ等は、それで良いのか?」

 

 視線をシロコ達に向ける。

 この不測の事態を歓迎するのは難しい少女達に、逆に質問を投げる。

 

「良い訳ないでしょ!! って言いたい所だけど。見た所本当に緊急事態って感じね」

「先生はヘイローもありません。ピンポイントに危険が迫ってるなら回避するのはとても良い選択だと思います」

「うん、先生。ここから先は私達だけで大丈夫。あの人の言う通り、先にアビドス砂漠から脱出して」

 

 シロコ達は、彼の離脱を最善の道としてあっさりと受け入れる姿勢を見せていた。

 表情こそ不満げな顔を浮かべているセリカすらも、その声色は柔らかい。

 

 彼女達の言葉には、純粋な心配だけが込められていた。

 それが逆に、一方通行から逃げ道を奪う。

 

「…………たくよォ、不甲斐なさにも程があンなァ、こりゃァ」

 

 ここまで言われて、進軍を強行することは出来ない。

 全員が一丸となって退却しろと勧められてしまったからこそ、一方通行は戦線から撤退することを余儀なくされる。

 

 選んだのではなく、選ばされたと表現する方が意味合いとしては正しい。

 

「分かった、分かりましたァ。今日は俺の負けだ。理由も聞かずに逃げてやるよ。情けなくな」

 

 瞬間、ヒナの顔がパァっと、一転して明るくなった。

 嬉しさが、満面に表情に溢れ出ている。

 

 ここまで彼女を深刻に悩ませている危機は何なのか一方通行は余計聞きたくなったが、ヒナはその状況を望んでいないことを踏まえ、今ここでは聞き出さないことを心の中で誓う。

 

「俺はアヤネの所に戻ってオマエ等のサポート側に回る。ここが妥協点だ。それとヒナ、全部終わったら詳しく話を聞かせて貰うからな」

「うん、大丈夫。全部終わったら何もかも話す」

 

 話す余裕が出来た頃にはもう、解決してる問題だから。

 そう付け足すヒナの顔は、先程までと比較するとウソのように明るかった。

 ほんの十秒前までは追い詰められていた表情をずっと浮かべていたのに、今はその面影が何処にも感じられない。

 

 それ程までに、一方通行の戦線離脱はヒナの中で重要性が高いようだった。

 そんな彼女の様子を見てしまったからこそ、一方通行も逃げる意思を固めた。

 

「先生、我儘を聞いてくれてありがとう」

「立場が普通は逆じゃねェのか? 俺の危機に駆け付けたンなら俺が言うべきじゃねェのか普通はよォ」

「ううん、これは私の気持ちの問題だから。それにハルナ達もここに来るまでの車を出してくれた。皆のお陰で間に合った」

「アイツもこっちに来てンのか、俺の知らねェ所で結構な大掛かりなことになってやがンな」

「……うん、私をここまで送り出してくれたハルナの為にも、早くここからだっしゅ──」

 

 言い切る、前だった。

 

 グチュリと。

 

 鈍い音と共に、ヒナの右肩から尖った物質が彼女の肉を食い破って一方通行にその存在を主張したのは、彼女が言葉を言い切るほんの少し前の出来事だった。

 

「      」

 

 世界の時間が自分一人を取り残してどこまでもどこまでも遅くなっていく感覚が走った。

 何もかもがスローになり、身体は全く動かないのに、思考だけが平常に動いている感覚が襲った。

 

「…………あ?」

 

 だがそれすらも過ちだ。

 彼は何が起きたのか、理解できていなかった。

 あまりにも突然過ぎて、頭も身体も反応出来なかった。

 

 ビシャリと、彼の頬にヒナの肩から噴出した血が付着する。

 

「……ぁ……ッ!?」

 

 皮肉にも、それが彼に正気を取り戻させた。

 同時に、思い起こされる。

 

 脳に焼き付いた記憶が、ぶり返される。

 

「…………がっ! あっっっ……」

 

 かつて彼はある少女の腕を捥いで殺した。

 身体に付着した血は、何の熱さも温かさも感じなかった。

 

 その次は同じ顔をした別の少女の全身から血を噴き出させて殺した。

 全身に被った鮮血は、またしても何の感情も無くただ赤い色の何かとして彼の中で処理された。

 

 その次も彼は殺した。

 しかし彼は血を浴びてしまったことに慣れて、洗うのが面倒だと鬱陶しそうな顔を浮かばせるだけだった。

 

 その次も彼は殺した。

 だがこの時にはもうこびり付いた返り血に何の感情も零さなかった。

 

 その次も。

 その次も。

 その次も。

 

 殺して、殺して、殺して殺して殺して。

 その度、その度その度彼は少なからず血を浴びた。

 何の気持ちも抱かなかった。

 いつものことだと、眉一つ動かさなかった。

 

 だが、

 だが、

 だがッ。

 

 頬に触れたヒナの血は、生温かく、熱く、冷たく。

 心臓が鷲掴みにされたと錯覚してしまう程の痛みを、一方通行に与えた。

 

 砂の大地に、溢れんばかりの血を流しながら膝から崩れるようにヒナがへたり込む。

 

 乾いた砂が彼女の血を吸って染まっていくヒナの光景に、一方通行は彼女達の姿を重ねた。

 もう二度と死なせてはならない少女達の過去の光景と、今のヒナの姿が重なる。

 

「ヒ、ナ……ッッ!! おい、ヒナッッッッッ!!!!!」

 

 気が付けば、無我夢中で彼は叫んでいた。

 慌てて駆け寄り、背中を支える。

 

 ようやくここにきて、彼は時間を取り戻した。

 その証拠に、周囲の少女達から悲鳴混じりの声が断続的に響く。

 だが今は、そこに意識を割いている余裕は無い。

 

「う、ぐっっっぐぅうう!! せん、せい……! 今すぐ逃げ……て……!! 私は……大丈夫、だから」

 

 肩を貫かれたヒナは、しかし自分の身では無く彼の身を案じていた。

 左手で出血を抑えるように肩に手を置いて、未だに彼に逃げろと催促している。

 

 クソが。と、彼は毒づく。

 明らかに危険な状態に陥っているヒナを放って置ける訳が無い。

 それ以前に、何が起きたのか確認しなくてはならない。

 

 彼女の身体を安々と貫いた何かが、彼女以外の誰かに襲い掛かっても不思議ではないのだから。

 

 瞬く間に、突き付けられる。

 次にどう行動すれば一番危険が少なく出来るのかの決断を、早急に迫られる。

 

 ヒナの無事を先に優先するのか。

 アビドス、便利屋の面々を率先して逃がすべきなのか。

 それとも総出で戦う決断を下すべきなのか。

 

 ……、一方通行はもう、自分が逃げるという選択肢を消していた。

 悪いと、心の中でヒナに謝罪し、彼女の思う通りに行動しないことを彼は選ぶ。

 

 とにかく、まずは何が襲って来たのかを確認しなければならない。

 その意思の下、一方通行は痛みで呻くヒナから僅かに視線を外し、前方へと顔を上げる。

 

「こうなることは、予測していました」

 

 全身が震えてしまうような声が聞こえたのは、ほぼ同時の出来事だった。

 再び、見知った少女の声が一方通行の耳を刺激する。

 

 少女の正体も、一方通行の予想を外れなかった。

 

 ただし、その距離は信じられない程に遠かった。

 二百メートルは優に離れている。

 

 なのに彼女の声はハッキリと届いている。

 不可思議。その一言ではとても表しきれない違和感が、この場に居る彼女以外の全員に襲った。

 

「委員長が彼の元へ走るのは予測していました、だからこそゲヘナで眠っていて欲しかったのに、ゲヘナで気絶していれば、彼が死ぬ所を間近で見ることもなかったのに」

 

 来てしまったんですね。と、残念そうに少女はヒナに向かって、もしくは独り言のように呟く。

 

 ゆっくりと歩みを進める少女の雰囲気は、一方通行が知る以前の彼女とまるで違っていた。

 少なくとも、一方通行はそう思えた。そう受け取らざるを、得なかった。

 本当に同一人物なのかと疑う程に、少女は、天雨アコは冷え切るような表情で妖しげな笑みを浮かべていた。

 

 ヒナを攻撃したというのに、

 慕う人物に容赦ない一撃を浴びせたというのに、

 その部分に関して一切の感情を浮かばせず、彼女は視線を一方通行のみに集中させている。

 

 これを異常と呼ばずして、何と呼ぶのだろうか。

 

「っっっ! 止まって!!!」

 

 声を発したのは、誰なのだろうか。

 シロコが慌ててアコに銃を向け、発したのがシロコだったのかと一方通行が理解したと同時、シロコの動作に引っ張られるように他の少女達も一斉に武器を向ける。

 

 ……アコは、歩む動きを止めなかった

 一切の警戒も緊張もせず、のっそりと、ゆっくりと歩行を続ける。

 

 それが何の脅しになるのですかと、言わんばかりの態度だった。

 

「あなた達に用はありません。逃げるのならば相手もしません。ですが戦うなら……、『容赦はしません』」

 

「「「「「「ッッッッ~~~~~~~~~!!!!???」」」」」」

 

 優しく、言い聞かせるように響かせたアコの声は、銃を向ける少女達の心を侵蝕した。

 気迫、覇気、威圧と言った、言外に発される物からくる力に気圧されたのではない。

 

 アコが発したその一言だけで、少女達は一斉に喉元にナイフを突きつけられ、生殺与奪の権利を握られたような感覚に襲われた。

 

 カタリと、勝手に足が震え始めたのは誰からだっただろうか。

 答えは誰にも分からない。

 

 だがその震えは伝染に伝染を重ね気付けばほぼ全ての少女の身体が小刻みに揺れ、大小の差こそあれどまともに銃の照準も合わせられない程に怯え、畏怖の念を彼女に抱いていた。

 

 例外は、ワカモただ一人のみ。

 彼女だけが、アコに臆さず、銃を向け続けていた。

 

「先生に手は出させません。それ以上近付けば容赦なく撃ちます」

「……ふふ、そうですよね。そうなりますよね。狐坂ワカモがここに居る理由は、先生がいるから以外にあり得ませんよね」

「…………、?」

「ほら、やっぱりそうじゃないですか。『災厄の狐』すら飼い慣らしてる貴方を放って置く義理はどこにも無いんですよ」

 

 だが逆にそれが、アコの覚悟を増長させる。

 彼女の笑みが、より深く、より冷たくなっていく。

 

「決めてたんです先生、次に会ったらもう容赦はしないと。だから会いに来ました。ゲヘナの未来を守る為に」

 

 先生。と、まるで恋人に向かって囁くような声色でアコは一方通行に呼び掛ける。

 同時、彼女の背中から、先端が鋭利に尖っている紫一色で彩られた棒状の物質がギチギチと歪な音を立てて三本、幾重にも折り曲げられて展開される。

 

 その光景に、全員が息を呑む。

 誰が見ても不可思議な現象に、想像を超えた光景に誰も声を発せない。

 ワカモも、一方通行も、ヒナも例外では無かった。

 

 ポタリと、無数にある棒の中の一本から血が滴る。

 ヒナを貫いた物の正体を、見せびらかすように。

 

 アコは、自然な表情で彼に向かって微笑みかける。

 大切な人と、大切な一時を過ごしているかのような表情を浮かべて、告げる。

 

 

 

「あなたを殺しに来ましたよ」

 

 

 

 至極幸せそうな表情で語るアコのヘイローは、途切れかけた電球のように不自然な明滅を繰り返していた。

 









ハルナパート。もう少し長く書く予定でしたが短くするにはこれが一番だなということでこの形に落ち着いてます。

前話のラブコメっぽさから一転しすぎてて混乱しているかもしれません。
白状すると、前回と合わせて1話として投稿するつもりでした。

が、文字数が嵩み過ぎた為分割することにし、その場合都合が良いのが前半のコメディパートだった訳ですね。お陰であっちとこっちで温度差が酷いことに……。

次回はもっとシリアスかもしれませんし……ここまでのシリアスでは無いかもしれません。
GWに入ったのであと1話ぐらいは書きたい所。欲を言えば2話。難しいかもしれませんけど。



閲覧、感想、良いね。励みになります!

次回更新までまたしばしお待ちください!




一方通行さん。
ドストレートに、目の前で身内が血を流して倒れるのがトラウマになってると思ってます

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