一方通行を殺す。
アコが放った言葉は、少女達全員の顔を青ざめさせるには充分だった。
それが本気であることも少女達は声色から理解する。
だからこそ、聞き入れることは出来なかった。
「この場に居る全員を相手にして、それが出来ると思う?」
銃を構えていたシロコが真っ先に警告する。
そこから一歩でも動いたら撃つと、態度で示す。
だが。
「はぁ……脅しにもなりませんね」
ザリ……。と、アコは容赦なく次の一歩を踏み出し続けていた。
絶対的な自信を端々に漂わせて、シロコの警告を踏み潰した。
分かった。と、アコが下した返答にシロコは一人納得したような声を発する。
こちらの忠告を無視したのなら、もう容赦する必要は無い。
そう言いたげに、シロコは容赦なく引き金に引っ掛けた指に力を込めた刹那。
「撃つンじゃねェシロコ」
「っっっ!?」
一方通行は、今まさに撃たんとしていたシロコの行動を制止した。
ビクッッ!! と、彼が出した命令にシロコが慌てて動きを止める。
だがそれは、果てしない驚愕を彼女に与えたらしい。
どうして止めたの。と、一方通行の指示に応じはした物の、納得が出来ないと言いたげな表情が、ありありとシロコの顔に浮かんでいる。
「狙いは俺だっつったなァ」
だが一方通行は異議を唱えているシロコに構わず、アコに向かって声を投げかける。
「それがどうかしましたか?」
「じゃァ、コイツ等は逃がしても問題ねェな?」
「反抗する気が無いのならどこへ行っても私には関係の無い話題です」
そォか。と、一方通行は彼女の言葉に小さく頷く。
言動も行動も何から何までおかしいが、理性はしっかりと残っているらしい。
質が悪いな。と、引き出したアコの言葉から素直に思う。
それはつまり、一方通行を殺すことに関しても、攻撃さえしなければ自分以外を狙わないという言質も、嘘偽りが一切ないことを現しているからだ。
実感する。
誰に何を吹き込まれたのか知らないが、アコは間違いなく自分を殺す為だけにアビドス砂漠まで単独でやってきたのだということを。
ならば今の自分に出来ることは一つだと、一方通行はこの場において最も信頼出来る少女に声をかける。
「ワカモ」
「イヤです。聞き入れられません」
ワカモの名を呼んだ途端、即答で要望を否定された。
一方通行が何を言おうとしているのか、言葉にしなくとも理解したのだろう。
絶対にその指示だけは聞けませんとする、意志が強く発された。
彼女なら、そう言うだろうなと言う直感が一方通行にはあった。
他の誰が指示を受け入れても、彼女だけは頑なに受け入れることはないだろうなと。
しかし、それは今のこの状況にとってはかなりの不都合。
ワカモには、ワカモやシロコ達には、
「…………、命令だワカモ。全員を連れて先に行け」
「聞けません。それだけは……聞けません……!! どうしてもと言うなら、私だけでも残らせて下さい」
「それこそ聞けねェな。アイツをよく見ろ。ヒナの現状を見ろ。今の天雨に容赦はねェ。攻撃するのに一切の躊躇をしねェンだ。天雨の相手は、俺が適任だ」
食い下がるワカモに向けて一方通行は事実を告げる。
親しい存在である筈のヒナすら、邪魔をしたと判断されて彼女が操る得体のしれない攻撃によって貫かれた。
今のアコの状態は明らかに危険だ。
シロコ達に、アル達に、ワカモに戦わせることは出来ない。
そう、真摯に告げる。
「それこそです! 先程の攻撃が何なのかは知りませんが、身体を易々と貫く攻撃を持つ彼女と先生を戦わせる訳にはいきません!」
それでも、ワカモは諦める様子を見せなかった。
必死に、共に残ると叫んだ。
最悪なことに、彼女の意思がその他の少女にも伝染する。
「そうよ先生!! ちょっとそこで待ってなさい。私達ですぐに終わらせてあげるから」
「そうですね、何をしたのかは不明ですが、この人数差なら何もさせずに勝ちます」
ワカモの意見に乗っかる様に、セリカとノノミもアコと相対する様に向き直る。
彼女達が放つ熱に乗せられて、その他の少女達もそれぞれの戦闘準備を始める。
セリカ達の行動は責められる物ではない。
全ては一方通行を守る為の行動であり、悪意も悪気も一切ない。
それ故に一方通行はこれを厄介だと断じた。
どんどん都合が悪い方に傾き始めているとも。
今、彼女達にとっての最重要事項は小鳥遊ホシノの救出だ。
だと言うのに、皆それを忘れているのかと言うぐらい、アコの迎撃に執心している。
たとえそのことを口にし、全員先に行くことを一方通行が促したとしても、無視されてしまうぐらいには。
チ……。と、ままならない状況に一方通行は舌打ちし。……仕方ねェと最終手段を放った。
「アル。頼む」
「……本気なの? 私としては彼女達の意見に賛成なのだけど」
「俺はオマエ等便利屋の依頼人だ。…………行け」
ボソリと、アルの方に近づき彼女にだけ聞こえる声で耳打ちする。
シロコ達の目的がホシノにあるならば、ワカモがここにいる理由が一方通行にあるならば、アル達便利屋の四人がここに居る理由は仕事を請け負ったという契約にある。
その契約主である一方通行からの要望は、アル達にとっては絶対。
彼としても利用したくはなかった手段。
けれども、もう四の五の言ってはいられない。
彼女達がここにいるのは、あまりにも不都合が過ぎる。
だから一方通行は、託した。
アルに、ムツキに、カヨコに、ハルカに。
「…………全員、準備は良い?」
言葉にせず彼から伝えられたその意が、正しく伝わっているかどうかをアルは端的に聞く。
彼とのやり取りは一切聞こえていない筈の三人は、無言でコクンと頷いた。
そして。
「行くわよッッ!! 全力疾走ッッ!!!!!」
自身を鼓舞させるように叫ぶと、アルは自身が出せる最高速度で走り出した。
向かう先は、カイザーコーポレーションの拠点がある地点。
そこに目掛けて、一気に駆け抜けるべく一方通行とアコ、ヒナがいる場所から離脱していく。
……、近くにいた、狐坂ワカモを肩に担いで。
「なっっっっ!?!?!?!?」
急に持ち上げられたワカモから聞いたことの無い声が響く。
それと時を同じくして。
「きゃあ!? な、何すんのよ!?」
「良いから、ここから離れちゃうよ!! 先生が邪魔だってさ!!」
「な、何するんですか!? まさかこのまま運ぶつもりじゃ!!」
「そのまさか! 悪いけど私達の依頼主は先生なんだよね! こっちが優先!!」
「っっ!? は、はなしッッ!!」
「すみませんすみません聞こえません聞こえません!!!! 大人しく運ばれて下さい!!」
先に行くことを渋っていたセリカ、ノノミ、シロコもそれぞれ便利屋に担がれ、抵抗虚しく連れ去られていく。
「アヤネ!! アイツ等に付いてサポートを頼む!! 道案内してやれ!!」
『り、了解です!! でもこんな無茶なことをしなくたって……いえ、分かりました! 先生! どうかご無事で!!』
彼の思い切った行動に意見を言いたそうにする通信が入るが、それも途中で区切られ、最後は彼の意を尊重するようにドローンも戦場を離脱する。
「先生! ダメです先生!! く……! 今すぐ降ろしなさい!! 撃たれたいのですか!!」
「撃ちなさいよ!!! それで気が済むなら好きなだけ私を撃てば良いわ!! 言っておくけど私だってこうしたくなかった! けどね! 先生は理由なしに共闘を拒んだりしない! それぐらい分かってる筈でしょ災厄の狐!!」
消えゆく背中から、怒号と怒号が迸る。
ワカモとアルのかちあう意見が、同時に運ばれて行く三人を押し黙らせる。
「私達よりアナタの方が先生と一緒に居るのが長いんでしょ!? だったら先生の意志ぐらいちゃんと汲んでやりなさいよ!! 一対一でやりたいって言う嘘に騙される気概ぐらい見せなさい!!」
それと。と、アルは大声で付け足していく。
「報酬の未払いは許さないわよ先生!!!!」
彼に向かって放たれた絶叫は、一方通行にしっかりと届く。
アルの不器用極まりない言葉に、一方通行は思わず口角を上げてしまう。
「要らねェ心配してンじゃねェ。俺がここで死ぬ訳ねェだろォが」
直後、彼はス……と、目を細め、アコの方を凝視した。
リラックスの時間は終わりだと。そう言いたげな雰囲気を彼は身に纏う。
「さて、邪魔はこれで入らなくなったな。天雨」
「ええ、そうですね……」
ワカモ達とやり取りをしている間にも着実にアコはこちらに向かって歩いて来ていたのか、もうその今日は数十メートル程しかない。
まじまじと、詳細を確認出来るまでに一方通行とアコの距離が縮まる。
アコの様子は、先日よりもさらにおかしかった。
歩きの所作、口を動かして喋る際の仕草。
そのどこにも、疲弊と消耗が見える。
歩き疲れで生じた物では無い、まるで薬の副作用によって身体能力が低下しているかのように、彼女の動作一つ一つに違和感が発生していた。
「ここで死ぬ訳が無い。そう豪語するのは結構ですが、それを決めるのは私です」
クス……と、微笑みながら、アコはポケットに手を伸ばした。
そこから取り出されたのは、小型のスライド式のケース。
その中身を乱雑に取り出し、アコは一気にそれを服用した。
その数、八錠。
恐らく、持っていた全ての薬。
「チッッ! クソッタレ!」
薬が見えた瞬間、ヤバイと本能が訴えたが、それを止めるにはあまりにも時間が無さ過ぎた。
薬物が持ち出されると想定していなかったのは完全にこちらの落ち度。
対応出来る時間はどこにも無かったとはいえ、みすみす彼女の状態を悪化させてしまったことに一方通行は後悔の念を募らせる。
しかし同時に、安心感があったのもまた、見て見ぬ振りは出来ない事実だった。
彼女の容態も性格も悪化、変貌している原因は、アコが持っていた薬が由来していることに、外側から与えられた悪影響が起因していることに僅かばかり安堵する。
だが、そう安心していられる状況でもない。
事態は、間違いなく悪い方向に進んでいる。
……問題は、アコが飲んだ薬の成分。
彼女が先程見せた芸当。ヒナを貫いた紫色の槍。
アレが薬由来の物なのだとすれば、それは一体何の原理で、何を代償に、そして誰がその薬をどんな意図で開発したのか、解き明かさなくてはならない。
それでも、糸口は見えた。
アコの豹変が元来持つ性格から来る物ではないという、全てが丸く収める為に必要なパーツの一つが落ちた。
残る不安点は……。
一気にあの薬を服用して、彼女にどのような異変が起きるのか。だ。
今は、まだ、彼女の見た目に変化は無い。
体調も、悪化したようには見えない。
だが、何も起きないことが恐ろしい。
(恐らく、アイツは既に何度も服用してやがる……。一度に何錠服用したのかは知らねェが、一度に大量に摂取したのはここが初めての筈だ……!! 数錠飲んで今の体調なら、一気に飲めばどうなるかのリスクぐらい分からねェ筈がねェ……!! アイツは分かってて飲み込んだのか、もしくは危険性が高いと判断する能力すらもう有していねェのか……!!)
様々な可能性が頭の中で浮かんでは消える。
しかし、その考察すら今の段階では不要。
今必要なのは、アコの身に何が起きてしまったのか、それだけだった。
「アコ……アコお願い!! 正気を取り戻して!! アコはこんな行動を起こす筈が無いのは私がよく知ってる!!」
後ろで重傷を負ったヒナが叫ぶ。
大声で叫ぶヒナの声は、しかしアコには届かない。
「お願い私の話を聞いて!!! 私にアコを助けさせて!!!」
悲痛な声は、痛々しさをどこまでも含ませていた。
アコを助けたいとするヒナの気持ちは本物。
それでも。
「私はずっと正気ですよ。委員長」
アコに彼女の思いは、届かない。
薬を一気に服用してから、初めて声を発したアコの声は、どこまでも平静で、冷静だった。
状況に似つかわしくない、呆れる程に穏やかな声は、逆に彼女の中から呼び起こされた深淵さを果てしなく覗かせる。
その片鱗として、ゆっくりと開かれたアコの瞳がまっすぐにヒナを射抜く。
彼女の眼は、妖しく紫色に輝きを放っていた。
「~~~~~~ッッ!!」
刹那。何もかもを覗き込まれているような感覚がヒナを襲った。
身体が否応なく硬直し、言葉を失う。
叫ぼうとしていた喉が、途端に声を発せなくなる。
ヒナが覚えた感情は、恐怖だった。
だが彼女が感じた恐怖は、片鱗。
ただの余波に過ぎない。
本気の怨念をぶつけられている存在は、彼女では無い。
その全ては、一方通行に向けられている。
「始めましょうか、先生」
畏怖だけで全身を麻痺させてしまうような恐怖を惜しげもなく彼にぶつけながら、アコは優しく話しかける。
同時。パキリと、何かが罅割れていく音がアコから走る。
音は徐々に大きくなっていき、やがて目に見える変化として一方通行とヒナに焼き付かせる。
それを知らしめるように。
バギン……!! と、激しい破砕音と共にアコのヘイローが粉々に砕け散った。
「「ッッッ!!???」」
理解不能の事態に、一方通行、ヒナの二人が同時に驚愕する。
だが、状況は二人の理解を待たずして進んで行く。
砕け散ったヘイローが、アコの体内に吸い込まれて行くのを二人は目撃した
まるでヘイローの力を、アコ自身が取り込んだかのように。
神秘の力を、より引き出すかのように。
間もなく、一方通行とヒナは目撃することになる。
悪魔と称されてもおかしくない、彼女の変化を。
その目で、突き付けられていくことになる。
──────────────────────────────
「礎とする神話、文化や伝承の研究。それに絡めた魔術の開発。開発した魔術をさらに昇華させる
自己発展。これらは全て長い時間を掛けた努力によってもたらされる成果であり、以上の要素から魔術とは一つの学問と表現してもおかしくない」
アビドスから遠く離れた場所。
誰も踏み入れることの出来ないよう侵入経路が複雑化された地区に建造されたとあるビルの屋上。
孤独に立つ黒服は、誰にともなく言葉を並べ始める。
ただし、彼が視線を向けている方向は、アビドス地区が広がっている方角だった。
「術式の理解、解釈、手順。全ての要素が噛み合って初めて魔術は現実世界に異能となって現出する。これを偶然で発生させる例は極僅かでしょう」
連ねるはキヴォトスには存在しない概念。魔術に関する話。
誰に聞かせるでも無い話を、自分自身で物事を整理したいかの如く彼は紡ぐ。
「しかし少女達は後に魔術の伝承となって消える運命を背負う。言ってしまえば彼女達自身が魔術の権化であり、存在していることが魔術その物であると言っても差し支えがありません」
ふぅ……。と、小さく息を吐き言葉を切る。
重々しい雰囲気で再び口が開かれたのは、それから数秒後の話。
「キヴォトスでは魔術を使えない。ですが、神秘の力を歪め、少女の存在そのものを既に生まれた伝承としてこの世界に置き換えてしまえば、定められたルールの解釈を歪めてさえしまえば、使用者が願った通りの力を思った通りに具現化し、奇跡を代償に行使することが出来る。そこに由来となる知識も儀式も必要ない」
例えば、大空を飛ぶ魔術師を撃ち落とす対空魔術に攻撃されない様、地面スレスレを超低空飛行することによって地面を滑っていると世界に解釈させ、魔術による攻撃対象から自身を除外させるように。
魔術を使えないキヴォトスにおいて、魔術由来ではなく神秘由来の力であると世界に誤解させれば、例外を作り出せる。
「自分だけが描く現実が、不可能を可能に押し上げる」
言ってしまえば、それは超能力にも似た力。
だがしかし、超能力とも非なる力。
魔術と超能力の狭間。
双方が作り上げた情報の曖昧な境界線上にある力。
「術式を介さない魔術。脳開発を必要としない超能力。そして、自らに宿る神秘を消耗して発現させる力。全ての法則から外れるコレを、仮に呼称するというならば」
アビドス地区がある方角を眺めながら、黒服は呟く。
「人はこれを、『魔法』と呼ぶのでしょう」
ルールを自ら作り出せる法則。
魔力では無く体内の神秘を消耗して現出させる異能。
科学にも魔術にも属さないのに、科学と魔術、両方の性質を併せ持つ異質な概念。
当然、そんな物が易々と発現出来る訳が無い。
しかし、それを現実に持ち込んでしまった者がいる。
組み上げた理論を無理やり成立させる為の、薬を作り出した存在がキヴォトスにいる。
「神体晶。体内に流れる神秘を意図的に暴走させ、銃弾によるダメージをも防ぐ奇跡的な防御性能と、莫大な身体的負担を犠牲に、想像と攻撃性能を大きく引き上げた劇薬。彼女には致死量となる分量を渡しました」
アコに渡したのと同じ錠剤が入ったケースをグシャリと潰しながら、黒服は一人、誰にともなく言葉を連ねていく。
彼が放つ声には、どこか無念さを孕む色が込められていた。
「選択の時です、先生」
語気を強くして言い放つ。
戦場で彼女と対峙しているであろう彼に向かって、背負うことになる運命の重さを突きつける。
「天雨アコとの戦いの結果が、未来のキヴォトスの形を決める」
勝つのか、負けるのか、それとも共倒れか。はたまた逃げ延びるのか。
戦いの過程がどうなるにせよ、勝敗の結果によって世界が変わると黒服は告げる。
「キヴォトスに存在する全生徒と敵対する未来を選ぶか、キヴォトスが転覆する未来を選ぶか、この戦闘の結果によってこの先に待ち受ける結末が決まる」
ここが最重要地点。
個の戦闘こそが分水嶺。
彼をアビドスに向かわせたのも、アコを扇動し敵対者に仕立て上げたのも、彼女と先生を早い段階で激突させる為。
小鳥遊ホシノの救出如何は、ただの付加要素でしかない。
「天雨アコには酷な運命を与えました……。しかしこれも全て未来に可能性を残す為です。分かってくれとは言いません、ですがあなたじゃなければ間に合わないのです」
まるで全てを見て来たかのように、もしくはその身で経験して来たかのように、アビドス地区がある方角を見つめたまま黒服は言葉を続ける。
「聖園ミカでは、遅すぎたんです」
──────────────────────────────
真っ先に変化が訪れたのは、背中から伸びていた三本の棒状の槍が、一気にその数を百倍近くにまで数を増やす光景だった。
昆虫が羽化するかのように、彼女の背中から数多の槍が神々しく伸び始める。
だが、それも束の間だった。
程なくして、パキパキと、アコの背中から伸びる鋭利な棒が丁寧に
神秘を司るヒナの肉体を簡単に貫いた槍が、あっさりと直線状に折れ曲がり、それがいくつも積み重なってまるで編み物のように一つの物質を無数の棒状で形成する。
ニ百にも、三百にも伸びた紫色の物質が、折り重なり、積み重なり、強度を増すように編み上げられていく。
そうして、アコは作り上げた。
背中から、一本の腕を模して造られた物質を。
指先が僅かに動く度、バギバギと何かがひしゃげていく音が轟く。
その様子は、圧倒的な別格の力をこれでもかと表しているかのようだった。
「……天雨ッ!」
「なに……これ……っ」
雰囲気がまるで別物に変化したアコを前にして、一方通行とヒナの両名が同時に息を呑む。
彼女が飲んだ錠剤にどんな作用が含まれているかは不明だが、それが確実に彼女にとって毒であることだけは一方通行にも分かる。
アコの容態は、目で分かる程に悪化していた。
動悸が遠目で見ても分かるぐらいに激しい。
何もしていないのに、薬を飲んだ途端、心臓部分を手で抑えつけて荒い息を吐き続けている。
さらに、最も大きな変化として、浮かんでいるのが当たり前な筈のヘイローが、どういう訳かアコの頭部から完全に消え失せていた。
代わりに。
まるでそれらを代償とした褒美のように。
アコの周囲から禍々しいオーラのような物が噴出し、彼女の眼が紫色に変色していた。
(天雨の奴、一体何を飲みやがった……! ヘイローも完全に消失してやがる……! 何の理屈でああなってやがンだ……!?)
目で見て判断できる程、明らかに彼女の身に変化が起きていることに一方通行は舌打ちする。
ヘイローを持つ少女達は意識を失えっている間はヘイローを失う。
言い換えればヘイローがあれば少女達は意識を持っていることであり、無事であると認識できる。
今のアコは、どちらに分類されるのであろうか。
明らかに何かの薬の弊害でヘイローを失っているアコは今、意識はあるが無事ではあるのだろうか。
だが、その考察を深めていく余裕は今の一方通行には無い。
ゴガギ……!! と、歪な音を響かせて背中から紫色で彩られたいくつもの突起状の物質が伸びる。
一方通行を殺す為に生成されたソレ等が、容赦なく一方通行に牙を剥く。
アコの意志一つで射出されるであろう物体が、今にも発射されんとする勢いでその先端を彼に向ける。
「待って……待って先生! アコは私が止める……!! お願い待って……戦わないで……!!」
途端、彼の服の裾が力無く引っ張られたかと思うと、座り込んだままのヒナが今にも泣きそうな声で一方通行に懇願する。
アコと戦うのは危険だから止めて。
それをしてしまうと決定的な線引きが生まれてしまう。
二度と引き返せなくなってしまう。
ヒナがそう叫ぶ対象は、守ろうとしている対象は、一方通行なのか、アコなのか。
……両方なのだろうなと推測しつつ、それでも一方通行は冷酷に宣言する。
「ヒナ、少し下がってろ」
「っっっ、まって! お願い先生!!!」
縋りつくヒナに対し、彼は振り向きもせず命令する。
……聞き入れて貰えないのを声色で悟った彼は、ヒナを振り払うようにして前に躍り出た。
「せんせ……う……ッ!!」
離れていく一方通行を引き留めようと起き上がろうとした刹那、貫かれた肩が激痛を訴えたのか、再びヒナは膝を突き、蹲る。
「先生……! お願い……!! お願いだから……!!! 先生が戦えば……アコが引き返せなくなるの……!! これは私が! ゲヘナが解決すべき問題なの!!」
「事情は概ね分かってる、オマエと天雨がここに来た時点でな」
アコが現れた時点で、一方通行はおおよその経緯を把握した。
ヒナが必死に逃げろと言ってきた意味も全て。
ゲヘナの行政官がシャーレの先生を殺害せんと動いた。
この事実が外に漏れれば、あらゆる学校から非難を浴びるだろう。
トリニティと水面下で動いている条約の件も含め、大きな問題に発展するに違いない。
ヒナはこれを阻止しようとした。
阻止する為、ゲヘナだけの問題で終わらせる為、一方通行を関わりから遠ざけようと駆け付けた。
そんな物全部、一方通行はとっくに見破っている。
その上で、彼は今アコの前に立っている。
発生した問題を大きくする為ではなく。
沈静化させる為に、一方通行はアコと対峙する道を選んだ。
「心配すンなヒナ。何のためにアイツ等を全員まとめて先に行かせたと思ってやがる」
外部に漏れたらまずい情報がこの場にあるというならば、中心人物以外を遠ざけてしまえば良い。
現在、この周辺にいるのは一方通行と、ヒナと、アコしかいない。
つまり、ここで全てを終わらせてしまえば、問題がどこかに漏出する危険は無くなる。
殺される対象となっている一方通行がこの件を黙殺してしまえば、それで全て終わりだ。
ゲヘナにも、アコにも悪評は飛ばない。
ここで俺が死ななければ、全部丸く収まる。
そう一方通行は、ヒナに告げる。
「ヒナ。俺はどこかの誰かみてェな、誰彼構わず手を伸ばして救っちまうようなヒーローにはなれねェ。ンな性質は持ち合わせてねェ」
当たり前だ。
何処の誰が一万人も殺して堂々とヒーローを名乗れると言うのだ。
自分はヒーローとはかけ離れた存在。
徹底的な、悪側に立つ存在。
それが、一方通行と言う存在。
先生としてどれだけ振る舞おうとも、どれだけ生徒に先生として慕われていようとも、かつて己が歩んだ死の道はもう覆らない。
そんなことは、ずっと前から分かっている。
「だがなァ。目の前で誰かが犠牲になるのを、黙って見過ごす性格の悪さも持ち合わせてねェンだ」
だが、それがどうした。
誰かを殺した者は、誰かを救ってはならないのか。
一度その手を血に染めた者は、助けを求めてる少女に手を伸ばしてはいけないのか。
一方通行は、もうその考えは捨てた。
かつて拘っていた物を、下らないとして何もかも放り投げた。
自分にどれだけの因果が降りかかろうが、地獄行きの死後の結末が待っていようが、助けを求めて手を伸ばしている誰かが考えていることはたった一つ。そんなの関係無い。だ。
ならば、その手を掴み取ることの何が罪か。何が罰か。
手を伸ばさない方が、見捨てる方が。
死にたくなる程に、耐えられ無い罪だ。
今ならば、そう堂々と一方通行は宣言出来る。
「救えるモンは、全部救ってやる」
十字架を背負って。
罪と向き合って。
それでも、自分の事情と他人の救済は結び付かないと、ひたすら彼は前を向いて歩く。
大きな覚悟を、秘めながら。
固い意志を、宿しながら。
その性質は、形こそ違えど、姿こそ違えど。
ヒーローと、そう呼ぶに相応しい。
「天雨。俺はここでオマエを助ける」
堂々と、一方通行はそう宣言する。
他でもない、天雨アコに向かって。
助けると。宣言する。
「ハ、ハハハ! 何を言ってるんですか? 頭でもおかしくなりましたか?」
「おかしくなってンのはオマエだろォが。自分のヘイローが完全に消えてるのも分からねェのか」
「それがどうしたって言うんです!!」
「どォなるか不明だから、手遅れになる前にここで手を打つンだろォが」
投げつけられる嘲笑を受け流して、冷静に一方通行はそう言葉を返す。
分かっている。
分かっているのだ。
本当はここでアコの相手をしている暇は無いことぐらい。
優先順位はホシノ救出の方が高く、出来ることならば今すぐにでもホシノの方に赴かなければならないことぐらい。
しかし、一方通行の感覚が疼く。
暗部として動いていた頃に培われた、イヤな勘が騒ぎ立てる。
小鳥遊ホシノにリミットが迫っているのと同時に、天雨アコにもタイムリミットは切られていると。
それも、ホシノよりも遥かに短いリミットが。
今ここでどうにかしなければ、取り返しの付かない事態に発展してしまう程に短いリミットが。
「……コイツはいらねェな」
そう言葉を零した一方通行は、 持っていた
「「ッッッ!?」」
驚きに溢れた声が上がったのは、ヒナとアコ、両方からだった。
「せ、先生!! 何を!!」
「あ? コイツで天雨を攻撃する訳にもいかねェだろォが。ヘイローが消えた今、銃弾が効いちまうかもしれねェンだからよォ」
何をしてるのと声を張るヒナに向かって、淡々と一方通行は告げる。
助けると公言しているのに撃ち殺す事態に発展したら元も子も無い。
当然、銃弾がアコの身体を貫くようになったのかについては完全に一方通行の憶測だ。
的中しているかどうかも疑わしい。根拠も何も無い勘から来る推測だ。
だが、一方通行はその第六感を信じた。
信じるべきだと、従うべきだと思った。
アコを助けるのに、銃は必要ないと。
「そう……、そうですか。どこまでも貴方は私をバカにするんですね。銃も持たずに、杖を突いてしか動けない、何も出来ない貴方にコケにされた私の気持ちは…………、貴方で晴らすしかなさそうです」
怒りを形として象徴するかのように背中から凶器を翼のようにアコは展開する。
ゴギバギと歪な音を鳴らしながら、十にも百にも上る紫色の槍がひたすらに伸び、直角に折れ曲がり続ける。
対して、彼はその形態に畏怖を覚えない。
この程度の脅しに、脅威は全く感じない。
一方通行は、もっと莫大な力で、圧倒的な力で上から真正面に叩き潰された経験がある。
故に、後ろでカクカクと小刻みに痙攣を繰り返しているヒナとは違い、何の動揺も抱かない。
なので、彼は形として見せつけられた力より、アコが放った発言の方に意識を傾ける。
「何も出来ない。ねェ……。確かに昔と比べたら出来ることは激減したなァ。だがな──」
何も出来ない。
確かにそうかもしれない。
昔と比較すれば、間違いなくそうであるかもしれない。
だが。
「オマエを救う手立てぐらいなら、今の俺でも持ってるンだよ」
……冷静に分析して、彼は思う。
アコが操っている力は未知数だ。
先に飲み込んだ薬剤がどう作用してあの力を操っているのか一切が不明だ。
背中から噴出する腕の形をした無数の槍の原理も分からない。
そもそもそとして神秘に関する理論ですら、そのりの時も掴めない。
何も彼には分からない。
何一つ、掴み取れていない。
「棒状の物質を折り曲げて腕を形成する。銃弾すら弾くヒナの身体すら貫く攻撃力。見世物としては中々だ。俺の知る既存の法則から外れた物理法則だ。何をしてるのか分からねェのが分かった」
だからこそ、一方通行は彼女に手を差し伸べられる。
何も分からないからこそ、そこに突破口が見出せる。
「分からねェから、俺の理解を超えているから、俺はオマエと戦える」
理解の範疇を超えた者との戦闘は、格上、格下問わず既に数度経験済みだ。
その経験が、一方通行に活路を与える。
「良い物見せてくれた礼だ。こっちもそれなりの物でもてなしてやる」
言いながら、彼は右手を
翼を出現させて攻撃するばかりの一芸もそろそろ飽きてしまった。
良い加減、本来の戦い方を取り戻すのも悪く無い。
柄にも無く、懐かしい。と、素直に彼は思う。
意図をもってこの部分に指を引っ掛けたのは、本当に久しぶりだ。
「今から見せてやるよ。俺が生きて来た学園都市が作り上げた科学。そのクソッタレの最先端」
強かに笑う。
絶対的に笑う。
忌々し気に吐き捨てた内容とは裏腹に、一方通行はどこまでも強者の雰囲気を見に纏って、口角を吊り上げた一方通行は。
「超能力って奴をよォオッッ!!!」
カチッッ!! と、一方通行はチョーカーのスイッチを能力使用モードへと切り替えた。
当然、ミサカネットワークが存在しないこのキヴォトスでは如何にスイッチを切り替えようとも彼の超能力は復活しない。
…………ほんの、少し前ならば。
『スイッチの切り替えを確認。シッテムの箱内に存在するアプリをシャットダウンし、演算補助モードへと移行。シッテムの箱存続に必要な最小限のデータ以外を全て演算補助に回し、先生の脳とシッテムの箱をリンクします。……、…………リンク完了。異常無し』
今と昔では置かれている状況が違う。
今の一方通行には、アロナがいる。
シッテムの箱と言う、相棒が彼の手には握られている。
『演算補助モード移行完了。シッテムの箱のバッテリー残量百パーセント。残り稼働時間十五分』
メッセージが脳内で流れると同時、一方通行は身体を支えていた杖を右手首に装着している装置に収納する。
だが彼の身体は、ブレない。
ザリッッ!! と、砂の地面を彼の右足が擦る。
強く大地を踏みつける、いつでも踏み込める姿勢を取る。
誰もが出来る普通に立つと言うことが出来ない筈の一方通行が、まるで健常者そのもののように立つ。
『全行程完了。これより先生の完全サポートに回ります』
そればかりか、僅かに腰を落とし、拳を握る。
赤い目に、恐ろしさすら覚えるギラついた闘志を秘めながら。
「初お披露目だ、コイツでしっかりと教え込ンでやる」
一方通行は、キヴォトスにやって来た謎の人物では無く、学園都市の超能力者としてキヴォトスに帰還する。
「オマエが先に進もうとしてる道は、これ以上は進めない通行止めだってことをなァ!!!」
『特殊デバイスアプリ『
魔法少女マジカルアコたん!
正義を乱す悪い奴をやっつける為、今日も元気に戦うぞ♪
そんなノリで始まってしまうブルアカ。中々に良いのではないでしょうか? え? 良くはない? それはそう思います。
……、鎌池和馬先生が執筆する『とある魔術の禁書目録』に登場する『魔術』は、RPGに登場するMPを消費して扱う魔法のような簡単に扱える物ではなく、突き詰めて精錬させ、練り上げてやっと実用的な物として扱えるようになるという、魔法と言うジャンルに対する一種のアンチテーゼとして定義され、生み出されています。
なのでアコちゃんにはその魔術の定義をひっくり返して、魔力を消費して最低限の法則に乗っ取った異能をバカスカ撃って貰おうという話でこの展開が組まれました。でもこれを種蒔きしてから花咲かせるまで一年掛かるのはどうかと思いますの。黒子もそう言ってますの。
そして、同時に一方通行の能力解禁もこのお話から本格的に登場です。
……、はい。言いたいことは分かります。分かっております。
ここに至るまで、
ここに至るまで、
ここに至るまでが、本当に長かった……!
一年半弱ですか。長いよ、能力使用不能帰還が。どこまで引っ張るんだって話です。
でもやっとここまで来ました。
この話をもってしていよいよ物語が始まったのかもしれません。
ミサカネットワークでの補助では無く、シッテムの箱を用いた演算補助と言う形で能力を取り戻した一方さん。
一万弱の補助を経てやっと満足に使用出来た能力が、シッテムの箱一台で補えるのかどうかについてはまだまだ未知の領域です。次回を待ちましょう。
そんな感じでアコVS一方通行の対戦カードが始まります。
前章と比較すると対戦カードが悉く生徒VS生徒か、生徒VS一方通行になってます。ほんの少しだけ対になっているんですね。
感想、良いね、評価ありがとうございます。
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次回は恐らくGWを明けてからになります。
次回はちょっとした種明かし編と、激突編です。
神秘の異能と科学の異能がぶつかり合う時、物語は始まる。