とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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その銃弾が撃ち抜く先に

 

 

 

 

 

 視線の先に広がる、見ていられない光景を前にヒナは顔を青ざめさせ続けていた。

 彼女の先には、どういう技術か槍を紫電に変換して無効化し続けている先生の姿が映る。

 

 今もそうだ。

 

 襲い来る八本の槍を同時にではなく、身体の動きでほんの僅かでも一本一本ずつ迫る様に、どれだけ多くても最大襲撃数を三本に抑え、一度に対応出来る限界を見極めて攻撃を全ていなしている。

 

 見事。そう表現しても良い状況だった。

 けど、それがいつまで続けられるかは不透明。

 

 見ていられない。

 もう一度言う、ヒナには見ていられないのだ。

 

 失敗すれば即死がちらつく環境で、一度のミスすら許されない状況で、必死に攻撃を捌いている先生の様子がヒナにはたまらなく恐ろしい。

 

 目を離してしまえば、その隙に刺し貫かれそうな雰囲気が常に漂っている。

 

「ど、どうしたら……!」

 

 貫かれた右肩はずっと痛みを発し続けている。

 出来れば今すぐにでも先生の助けに入りたいが、分かってしまうのだ。

 

 自分があそこに割り込んでも、邪魔になるだけだと。

 

 先生が見せている右手による防御能力を、ヒナは持ち合わせていない。

 昨夜アコから受けた打撃、先程ハルナによって受けた銃撃のダメージも大きく、十全なパフォーマンスが期待できないのもあってか、あの速度の槍を回避出来る自信も無い。

 

 そんな状態であの戦いに参戦しても、何も出来ず攻撃されるだけ。

 最悪の場合、足手まといの自分を庇って先生が被弾してしまう。

 

 先生なら、そうしてしまう。

 故に、ヒナは二人の戦いに手を出せない

 

 それでも何とかしないといけないと、ヒナは自分が今動かなくてはならない場面に遭遇している。

 

 どう見ても先生は防戦一方。

 このまま戦い続けたら、スタミナ切れで先生が負ける。

 集中が一瞬でも途切れたら、その時点で最悪な瞬間が訪れてしまう。

 

「っっっ」

 

 チラリと、視線を下に落とす。

 いつも愛用している自分の武器『デストロイヤー』に目を配る。

 

 確かにこれなら、援護が出来るかもしれない。

 けどそれは、それは。

 

(アコを……撃つ……? で、出来る訳がない!!)

 

 先生は言った。

 ヘイローが無いアコに銃を撃てば、その身を貫いてしまうかもしれないと。

 

 先生が語った内容も推測である以上本当かどうかは疑わしいが、それでも先生は銃を捨てた。

 万が一が、起きないように。

 

 加えて、そもそもの問題として、ヘイローがあろうがなかろうが、ヒナはアコを撃ちたくないという感情がある。

 

 撃てない。

 撃つ訳にいかない。

 

 しかし。

 それでは、振り出しだ。

 

 事態の解決に、何も進んでいない。

 このまま指を咥えて見ていたら待っている結末はただ一つだ。

 

 先生が、死ぬ。

 アコに、殺されてしまう。

 

 それは、それはもっと、もっとイヤだ。

 

「う、ぁ……あ……!!」

 

 追い詰められる。

 ひたすらに、ひたすらにヒナは選びたくない二者択一に迫られる。

 

 先生を見殺しにするか。

 アコに銃を向けるか。

 

 拒否の選択は選べない。

 その場合は、先生が殺される選択肢が自動的に選ばれる。

 

 迷っている時間も、残り少ない。

 決断の時は、ヒナの目の前までやって来ていた。

 

「わ、たし……は……っっ!!」

 

 か細い声で、縋るような声でそう呟きながらヒナは、ゆっくりと手を伸ばしていく。

 儚い腕を、延々と痙攣させながら。

 

 彼女が出した答えが、後に一生拭いきれない程の後悔を生むことになるのも、知らずに。

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 前兆の感知。と言う限られた者だけが辿り着く境地がある。

 相手が攻撃を行う際に行われる瞬きや呼吸のリズム、微細な筋肉の動きなど、『本人の意図しない微弱な動き』から、これから行おうとしている攻撃を察知する力。

 

 異能そのものと、そこから派生した余波を相手がどう利用するかと言う判断基準。それらを自身が持つ高い反射神経と組み合わせて、頭の裏側にある部分で処理した結果扱える、職人芸の領域に片足を突っ込んだ戦闘技術。

 

 対人戦において非常に有利に立てる裏技的技術だが、生憎にも一方通行はその技術を有していない。

 そもそも、この技術はどちらかと言うと、先天的に持ち得る才質があるか否かに二分される。

 

 生来的に持ち得た物が、数多の戦闘経験を経て、観察眼を磨きに磨きを掛けた結果、何とか無意識に発動することが出来る代物。

 

 当然、非常にセンスを要求されるこの技術は、才能を持ち得ない物はどう足掻いても会得することが出来ない。

 一方通行は、後者に分類される人間だった。

 

 なので彼は、咄嗟の一撃に対する反応が遅れがちになる。

 これは一瞬の判断ミスが命取りになる銃弾や異能が飛び交う戦闘では、文字通り死に直結しかねない欠陥であると言えた。

 

 とはいえ、一方通行は元々その技術の一切が無用の長物となる人間だ。

 学園都市が定めた序列において第一位を冠したという、極限に才能が有り過ぎたが故に、一方通行はこの技術を必要としない。

 

 何処の誰が、ただ黙って見ているだけで勝手に相手の方へ跳ね返っていくあらゆる攻撃に対して、頑張って避けよう等と言う思考をするだろうか。

 

 でもそれも、過去の話。

 一方通行に今、常時反射の能力は宿っていない。

 

 アコとの戦闘においても、反射能力が働いている範囲は非常に限られている。

 攻撃を防げるように、避けるように動くことを彼は否応なしに要求される。

 

 しかし、前述の通り彼は本能で咄嗟に動く能力が弱い。

 故に、この戦闘は防戦一方を強いられる。

 

 その部分に違いは無い。

 だが。

 

「ッッ!! このッッ!!」

 

 両手を前に突き出し、三本の槍をアコが放つ。

 砂を巻き込むように一直線に進むそれらを見て、一方通行は渋い表情を浮かべた。

 

(砂を巻き上げて目くらまし……! 本命は地下に潜らせてやがるなッ……!)

 

 わざと砂を巻き込むようにして飛来する様子から、飛んでくる槍は全て囮だと看破する。

 随分とまた面倒な戦法を仕掛けやがったなと言いたげな表情のまま、一方通行は正面から飛んでくる槍が突き刺さって来る直前、射線から外れるように真横に向かって転がり、すれ違いざま右手を三本の槍全てを巻き込むように叩き付けた。

 

 ドロ……ッ! と、一方通行の右手が触れた部分が液体へと変わり、溶け落ちるように消失する。

 

「く……! 制御が効かない……ッ!!」

 

 瞬間、アコの表情が僅かに変わったのを一方通行は見逃さない。

 驚愕しているなと、目と口の僅かな動きから彼女が今思い浮かべている感情を察する。

 そのまま彼女の視線が追われるように一瞬だけ下を向いた瞬間、一方通行は右手を真下に押し当てる。

 同時、ゴバッッッ!! と言う音と共に一本の槍が大地から姿を現し、出現を予測して事前に置かれていた一方通行の右手に着弾した。

 

 今度は紫電と共に、槍が霧散する。

 先端では紫電に変化し、棒部分では溶ける。

 

 その原理が何で発生しているのかは不明だが、今は気にするべき部分では無い。

 今、彼が最も気にしなくてはならないのは、この一方的に攻撃され続けている状況を好転出来ないという部分だった。

 

「クソッタレがッ!」

 

 攻撃を防ぐには防いだが、依然として芳しくない状況を前に、彼は忌々し気に吐き捨てる。

 意図せずほぼ同じ状況になって、気付いてしまった。

 

 右手一本で攻撃を捌ききることの異常さ。

 そして、頼りにしなければならない右手の貧弱さに。

 

 なのに。

 

(あの最弱野郎は()()()()()()()だけで俺を二度も下したってのか!?)

 

 狂気の沙汰だと、今ならハッキリ分かる。

 無謀。そんな一言ではとても説明しきれない。

 頼れるものが右手のみという、あの男と同じ状況になって初めて分かる。

 

 重りにしかならないこれを引っ提げて最強に挑むことが、どれだけ死にに行くと等しい状況だと言う事が。

 

 だが、あの男は生き残った。

 最強を相手にして、その右手一本で勝利をもぎ取った

 それも、一度ではなく二度も。

 

 ……今の自分はどうだろうか。と、一方通行は状況を静観する。

 

 反射を貫通するあの男の右手。

 神秘を弾く自分の右手。

 

 若干の違いこそあれ度、使用感は一切変わらない。

 

 だが、自分はアコから押される一方。

 右手が働く有効範囲も明らかにこちらの方が上なのに、未だこちらは攻めあぐねている。

 

 認めるしか無かった。

 あの男との間にある、覆しようの無い差を。

 

(それがどォした!! 持ってねェ物に縋っても意味ねェだろォが!!!)

 

 持っていない物は仕方が無い。

 渇望したって手に入らない物を、欲し続けていても時間の無駄。

 

 それを認知した上で、一方通行は編み出した。

 前兆の感知が無くとも、一瞬の判断ミスを極力少なくする方法を。

 

 それが、予測による察知だった。

 

 相手の戦闘スタイルを知り、身振り手振りから次の行動を予測し、瞬きや視線がどこを見ているかでどこに攻撃場所を定めているかを特定する。

 

 どのように仕掛けて来るか、どのタイミングで攻撃をしてくるか、息を入れて溜めの時間を作るのはどういう状況になってからなのか、それらが割れさえすれば、受ける被害を最低限に食い止められる。

 

 一方通行がやっているのは、そういう戦闘だった。

 

 基本的に人間は考える生き物だ。

 銃で誰かを撃つ時も、どこに狙いを絞るか、どのタイミングで撃つか。

 無意識的であろうが意識的であろうが、戦闘を技術として扱えば扱う程、思考の側面は強くなる。

 

 一方通行は、相手が思考することに信頼を置き、観察することに意識を傾けた。

 その結果がどうなったかは、未だ大きなダメージを負っていない事実が物語っている。

 

「しぶとい……ッ!!」

 

 幾度目かの攻防の後、一向にまともなダメージを与えられていない現状に対して、鬱陶しそうにアコが吐き捨てる。

 

 策を弄しても防御されてしまうならば、次は数に物を言わせるとばかりに、今度は一斉に複数の槍が同時発射されていく。

 

 自在に折れ曲がり、安易な予測は不可能な挙動で襲い掛かる複数の槍だが、一方通行はアコの視線や槍の挙動を頼りに的確に捌いて行く。

 

 右半身を半歩分引いて正面から見える面積を少なくして心臓目掛けて飛んできた三、四本の槍を僅かな隙間に自身の身を潜り込ませるようにして躱す。

 畳みかけるように上空から迫る二本の槍は、すかさず前方に走ることで追撃を一方向に絞った。

 

 前に飛び出せば当然、追いかけるように槍も直角に折れ曲がり、真っ直ぐに彼に追いすがる。

 

 そのまま一方通行を翻弄したいのならば二回、三回と複雑に折れ曲がるのだろうが、それをしようにも今度は槍が飛来する速度がこの行動を阻害する。

 

 早すぎる槍の速度は僅か目の前に飛び出して回避した一方通行の予測を混乱させる為に複数回折れ曲がることを許さず、早すぎてしまうが故に一直線に一方通行を貫こうとする。

 

 そうなれば、一方通行にとって簡単な展開だった。

 ただ、手を前に出すだけで良い。

 

 瞬間、バチィイイイッッッ!! と、二本の槍が右手にまるで吸い込まれるように飛び込み、雷鳴のような音と共に霧散する。

 

 結果的に背後から一直線に襲い掛かるだけになった槍を冷静に処理した一方通行は、そのまま右手を大雑把に振り回し、当初の心臓部分を目掛けて伸びて来ていた槍の棒部分を雑に叩いた。

 

 ドロリと、反射を宿す一方通行の右手が棒部分に触れた途端、神秘に異常が発生したのか液体のようになって棒が溶け、槍全体の機能が停止する。

 

 しかし。

 

「……ッ掠ってやがったか」

 

 心臓を狙った槍の致命的な一撃を躱すには躱したが、槍の先端が右腕を掠めていたのか、シャーレの制服の一部が彼の皮膚と共に切り裂かれ、切り裂かれた二の腕部分から僅かに血を溢れさせる。

 

 これが前兆の感知ならば、完全に無傷でやり過ごせていただろう。

 でも、彼が使うのは感知ではなく計算による推測。

 

 あくまで頭を使っての戦闘スタイルな以上、その精度と速度は本物には敵わない。

 

 感知ではなく察知である為、初動はどうしても遅れる。

 本能では無く理解で動く為、何をどうしたって本場の技術の劣化であることは免れない。

 

 あのツンツン頭の少年なら無傷でやり過ごせたであろう場面でも、一方通行は軽傷を負ってしまう。

 

 これが意味する物はただ一つ。

 長期戦になればなるほど、こちらの敗色が濃厚になる。だった。

 

 どこかで攻勢に出なければならない。

 頭ではそう分かっているが、アコの攻撃から身を守るので精一杯。

 

 それが余計、一方通行に焦燥感を与えた。

 

(何か一つ、切っ掛けでもあれば……!)

 

 悪い流れを断ち切ることさえ出来れば勝機が生まれる筈。

 しかしその切っ掛けを掴むことが出来ていない。

 

 どうする。と、アコの挙動を必死に目で追いながら頭で作戦を組み立てているそんな折。

 

「アコッッッ!!」

 

 背後にいるヒナから、決死極まる叫び声が放たれた。

 尋常ではない必死さを含んだその声に思わず一方通行が背後を振り返れば、手を、足を小刻みに震えさせながら、銃口をアコに向けているヒナの姿が映った。

 

 瞬間、頭の中で警鐘が鳴り響く。

 彼女が何をしようとしているのかなんて、答えを聞くまでも無い。

 

 だがそれだけは。

 それだけは、絶対に許してはならない事態だった。

 

「これ以上はもうやめて……!! あなたがこれ以上先生と戦うなら……、撃つ……!!」

「止めろヒナ!! それだけは絶対にするンじゃねェ!!!」

 

 答え合わせとでも言わんばかりに、ヒナがアコに警告を向ける。

 慌てて必死に制止の声を投げるが、その声はヒナに届いていない。

 

 彼女の眼は、錯乱状態に陥っている人間と同じ眼をしていた。

 

「お願いアコ!! 撃ちたくないの!! でも……撃たないと止まってくれないなら私は……ッ! わ、たし……は……ッッ!!!」

 

 それでも行動を実行に移さないのは、ひとえに彼女の精神が必死にそれだけはダメだと働きかけているからだろう。

 

 これ以上は戦わないでと、まるで最後通牒のような言葉選びでヒナはアコに呼びかける。

 

 だがそれもいつまで続くか分からない。

 ヒナの指先は、既に引き鉄に引っ掛かっている。

 

 いつ感情が爆発して、取り返しの付かない行動に出てもおかしくない。

 

「チッッッッ!!!!」

 

 一方通行は盛大に舌打ちする。

 

 ヘイローが無いアコを撃つ。

 それがどのような結果を生むかは未知数な物の、それ以前にアコを撃つという行為自体をヒナに実行させる訳にはいかない。

 ヒナがアコを撃てば最後、どのような結果になろうが、アコが倒れようが倒れまいが、撃ったという事実が発生してしまった時点で一生心に残り続ける傷を彼女に刻ませてしまう。

 だからこれは、絶対に阻止しなくてはならない。

 

 彼女に痛みを、与える訳にはいかない。

 

 この瞬間、一方通行は攻める機会を伺う等と、悠長なことを言っていられる場合では無くなった。

 今動かなければ、何もかもが終わってしまう。

 

 だから一方通行は、ヒナの問いかけにアコが何がしかの返答をする前に、動き出した。

 

自動歩行(オートオーダー)』を的確に動かし、勢い任せに大地を踏みしめ、一気にアコとの距離を詰める。

 

 その速度は、健常者のそれとほぼ変わらない。

 十メートル以上あった両者の距離を、たったの数歩で縮めていく。

 

「ッッッッ!!!!」

 

 今まで攻撃を防ぐことしかしていなかった一方通行の急襲。

 それはアコにとって予想外だったのか、冷静に対処を施さず、半ば反射的にアコは背中に作り上げた巨大な質量を持つ拳を、手を開いた状態で全力で地面に向けて叩きつけ、人一人程度なら簡単に押し流せる程の大質量の砂を掴み取り、全力で彼に向かって浴びせた。

 

「ッ!?」

 

 目の前に突然飛び込んできた大質量の兵器に一方通行は息を呑む。

 

 いくら元は砂でも、その砂が大容量かつ異様な速度で飛んで来れば話は途端に変わって来る。

 あれに飲み込まれたら、ただでは済まない。

 

 最悪、五体満足で済まない可能性があると、直感がそう訴えて来る。

 

 だがそれはあくまで一般人に対しての話。

 一方通行は、その常識は当て嵌まらない。

 

 いくら大容量とはいえ、恐ろしい速度が乗っているとはいえ、襲ってきたのが()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一方通行は、浴びせられる砂の波を前にして、進行方向を変えず直進を続けた。

 最中、右手を前方に向かって前に突き出す。

 

 右手を前に突き出した直後、重い音と共に彼の身体は砂に呑まれ。

 

 彼の右手に触れた部分だけ、砂が()()した。

 

「オ、オオオオオォ……ッッ!!」

 

 圧倒的質量を持っていた筈の砂の津波に、一部分だけ亀裂が入り、道が開ける。

 押し流されそうになるのを必死で堪えながら、一方通行は自ら作り出した活路に身を滑り込ませる。

 

 どれだけ大質量で襲ってきようが砂は砂。

 いくら見た目は巨大な波でも、一方通行の右手はその波を群として判定せず、砂粒一つ一つを的確に個と認識して反射する。

 

 するとどうなるか。

 反射した砂が押し寄せてくる砂と相殺する結果を生むのだ。

 

 それはつまり、反射した砂がアコには届かないことを意味している。

 加えて、例え砂の波を区切り抜けて反射した砂がアコに届いたとしても、その量は限りなく少ない為実害も乏しい。

 

 アコに負担が無いのなら、一方通行は反射する右手を存分に扱える。

 

「オオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 一方通行は、開いた道に身体を割り込ませ、勢いが弱くなった場所から強引に滑り込む。

 姿勢を少しずつ低くしながら砂の波を反射させながら掻き分け、浴びせられた砂を真正面から攻略する。

 

 視界が開ける。

 押し流されまいと抗っていた身体が途端に軽くなる。

 

 砂の波を掻い潜った先には、当然その攻撃を仕掛けた本人がいる。

 ここに来て、初めて一方通行はアコの懐に潜り込んだ。

 

「なっっっ!?」

 

 まさか潜り抜けて来るとは思わなかったのだろう。

 砂の波を掻い潜り、アコの目の前に現れた一方通行を視認した途端、彼女の口から信じられないと言いたそうな声が零れる。

 

 驚愕は、思考の停止に繋がる。

 思考の停止は、隙へと変わる。

 

 一方通行は、ようやく手にしたそのチャンスを見逃さない。

 

(執拗に追撃を仕掛ける訳にもいかねェ! 一発で黙らせる!!)

 

 身を低くし、アコから来るであろう追撃を回避しながら一撃を叩き込める位置に潜り込んだ一方通行は、冷静にアコの動きを見ながら、ここからどうするのが最適解なのかを解き始める。

 

 アコの身体がどれだけ危険域なのかは未知数だが、間違いなく長期戦は出来ない。

 しかし裏を返せば、それ程アコが消耗しているということであり、であるならば一方通行が全力の一撃を与える必要も無いという要素に置換できる。

 

 大きな負担を与えなくても良い。

 戦闘の続行が不可能になるだけの打撃を与えるだけで良い。

 今の彼女ならば、軽度の衝撃だけでも立ってられない筈だと、一方通行はアコが動けなくなるだけで済む最低限の攻撃の威力の攻撃を放つ為、反射能力が備わっていない左の拳を小さく真後ろに引き、溜めを作る。

 

 後はこれをこめかみ部分目掛けて振り抜くだけ。

 それで、彼女の動きを止めて、鎮圧終了。

 

 その筈、だった。

 

 けれど。

 もう、そんな悠長な時間を世界は待ってくれなかった。

 

 既にアコの身体は、限界に近いことを。

 一方通行は、目の前で知ることになる。

 

「ゴフ……ッ!」

「ッッッ!?」

 

 姿勢を低くしていた一方通行を見下ろしていたアコが突然、体勢を崩して咳き込み始めた

 喉でせき止めていた何かを吐き出したいかのように、彼女の表情が苦痛に歪む。

 

「ゴホ……ゴ、ッッ、こ、んな時……、ゴフ……ッ!」

 

 何かを言い出そうとした物の、それらは全て咳き込みによって掻き消される。

 

 目の前でその光景を目撃してしまった一方通行は思わず動きを止める。

 ビタリと、振りかぶろうとしていた拳の力が急速に弱まる。

 

 見て、しまったからだ。

 アコの口から、夥しい程の血液が吐き出されたのを。

 

 知って、しまったからだ。

 もう、たったの一撃すら受け止める余力が彼女には残っていないことを。

 もう、彼女にダメージは与えたら最後、取り返しの付かないことになる可能性が非常に高いことを、一方通行は気付かされる。

 

「あ、まッッッッ!!!」

 

 軽い衝撃一つすら、命の危険がある。

 身体の内側は、傷付いていない部分があるのかどうかも疑わしい。

 

 もしかしたら、もう手遅れの可能性だってあるかもしれない。

 

 でも、それならば。

 どうする事も、出来ないのならば。

 

 どうやってアコの暴走を、終わらせることが出来ると言うのか。

 

(どォすりゃ良い!! どォすりゃ良いンだ!!!)

 

 彼女を止める手段を全て失ってしまった一方通行は、彼女に手が届く目前にして迷いを見せる。

 どうすれば彼女を助けられる。

 どうやればこの場を収められる。

 

 ……何も、思いつけない。

 力でねじ伏せることで勝利をもぎ取って来た彼には、力に逃げることで生き続けていた彼には……。

 

 アコを救う方法が、見つからない。

 

(オマエならこの状況でどう動くンだヒーロー!! 何もかもを掬い上げて来たンだろ!? だったらアイツを無傷で黙らせる手段の一つぐらい教えやがれッッ!!!)

 

 もう時間は無い。一秒だって惜しい。

 アコの体調はみるみる悪化の一途を辿っている。

 人知れず彼女の体内は崩壊を続けている。

 

 何とかしなければならない。

 なのに。

 

 その何とかする方法がどうしても一方通行は見つけられらない。

 

 このまま、このまま手をこまねいて彼女が崩れていく様子を見続けることしか出来ないのか。

 何も出来ずに、苦しんでいるアコに対して何も出来ずに、黙って彼女が倒れ、動かなくなるのを待つことしか出来ないのか。

 

 その時、彼女がどんな状態になっているかなんて、火を見るより明らかなのに。

 

「ふざ、けやがって……ッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 ギリ……ッッ!! と、噛み砕く勢いで彼は歯噛みする。

 自身にぶつける憤りに、全身の血管が浮かび上がる。

 

 でも、どれだけ自身に怒りをぶつけても、無力なまま道を模索しようとしても。

 

 答えは、何処にも見つからない。

 

「先生後ろ!!!」

「ッッ!?」

 

 悲鳴にも似たヒナの声が届いたのは、どうにもならない無力感に苛まれ始めていたそんな折。

 彼女の言葉通り、後ろに視線を向ければ、アコの背中から伸びる槍が二回、三回と折れ曲がって一方通行目掛けて戻って来る瞬間が映る。

 

「クソッッッ!!」

 

 この状況でも、この状況でもアコはまだ敵意を向けている。

 だがその一方でこちらもこちらで、自分の身を守らなければならない。

 すかさず振り返り、槍の軌道から腹部を狙っていることをコンマで叩き出した一方通行は、計算で導き出した箇所を守る為右手を防御に回そうとする。

 

「甘さを見せる、から……ですよ。先生……!」

 

 瞬間、背後から声が響いた直後、前に突き出そうとしていた右腕をアコに突然掴まれた。

 

 眼球を彼女の方に動かせば、顔色が非常に悪いまま、一方通行の右腕を掴んでいるアコの姿が映る。

 それは、アコとの距離が肉薄していたが故に起きた出来事だった。

 

 瞬間、まずいと彼の中の本能が騒ぐ。

 運が悪かったのか、はたまた見通されたのか、アコが掴んでいたのは前腕部分。

 その部位には、反射が行き届いていない。

 

 彼女の手を、一方通行は能力で拒絶出来なかった。

 

 もう、時間は無かった。

 振り解くかどうか迷う暇も。

 力任せに避ける暇も無く。

 

「先生のそう言う所が、嫌いなんです……!!」

 

 アコの本音が耳に届き。

 そして。

 

 

 ドシュ……ッ! 

 

 

「ぐっっっっっ!?!?」

 

 紫色の槍が、一方通行の腹部を貫いた。

 僅かな時間の後、槍が彼の体内を貫通し、背中からその先端を覗かせた。

 

「が、あ……ッッ!」

 

 呻く間に、突き刺さった槍が勢い良く引き抜かれる。

 同時、腹に空いた穴から尋常ではない量の血が零れ始めた。

 

 激痛。

 そんな単語の比ではない痛みが腹部から全身に走る。

 

 今すぐにでも処置を施さなければ手遅れになるかもしれない傷が生じた中。

 

「うぁ、うあぁああああああああぁあああああああああああああああああああッッッッッ!!!!」

 

 ガチャリと、背後から銃口が動く音が聞こえた。

 同時、ヒナの悲痛な絶叫が轟く。

 

「ッッッッ! ヒ……ナ……ッッ!!」

 

 まずい。あまりにもまずいと一方通行の直感が訴える。

 背後を振り返るまでも無い。

 

 ヒナは今、何一つ正常な判断が出来ていない。

 それも、自分が今、何をしようとしているのか分かっていないぐらいに。

 

「ぐ、ぎ……ッッ!! がァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!」

 

 最悪の事態を予測した一方通行は咄嗟に、掴まれた右腕に強引に力を込めて、自身の身体を割り込ませるような動きでアコを左方向へ突き飛ばした。

 

 直後、腹に力を入れた影響で傷が広がる。

 一層血が、滴り落ちる。

 だがそんな物、彼が気にする理由はどこにも無かった。

 

 今はそれよりも優先すべき物があると、一歩通行は必死の表情でアコの前に躍り出る。

 

「きゃっっっ!?」

 

 彼が起こした突然な行動に、思わず飛び出したという風なアコの声が零れた。

 突き飛ばした衝撃によって彼女の体勢が崩れ、砂の大地にその身を預ける。

 

 その、刹那。

 

 

 

 一つの音が、響いた。

 

 

 

 

 それは紛れも無い、発砲音だった。

 

 そこから、間を置かずして。

 

「ッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

 グジュ……ッ!! と、肉片が飛び散る音がおぞましく迸った。

 何が起きたのかを証明するかのように、一方通行の横腹に深々と銃弾が突き刺さり、勢い良く貫通する。

 

 致命的な、一撃だった。

 アコが貫いた槍の痕跡よりも一回り大きな穴が、一方通行の身体に刻まれる。

 

 ヒナが撃った銃弾は、彼の横腹を食い破った。

 

「っっっっ~~~~~~~~~~~~~~~!?!?!?」

 

 声にならない叫びを上げたのは、ヒナか、アコか、あるいは両方かもしれない。

 けれど、そうしている間にも死の神は着実に一方通行を誘っていく。

 

 ジワリと、彼の服に血が滲み始める。

 瞬く間に衣服では血を吸い取れなくなり、ボタボタと夥しく滴り、あっと言う間に彼の足元の土が赤色に染まり、どこまでも広がっていく。

 

 だが、痛みは覚えなかった。

 痛みを認知すればその瞬間に死ぬと、身体がそう判断したからだ。

 

 けれどそれは、一時凌ぎにもならない。

 痛みはなくとも、結果は既に出ている。

 既に彼の横腹からは、致死量の血が溢れようとしていた。

 

「ご、ぼ…………」

 

 トドメとばかりに、一方通行の口から溢れんばかりの血が吐き出された。

 喉から込み上げる血を吐き出す過程で、呻くような声が放たれる。

 それが、彼が放った最後の言葉で、最後の反応だった。

 

 ガクンと、瞬く間に彼の膝から力が抜けた。

 膝から、緩やかに地面に崩れ落ちた。

 

 そして、受け身も取らぬままうつ伏せに彼は倒れた。

 自分で作り上げた赤い砂漠に、頭から落ちるようにして。

 

 砂漠の砂を巻き上げる風の音が、途端に耳に残り始める。

 先程までの戦闘が嘘のように静かになった世界でただ一人、少女の声が、ヒナの声が届く。

 

「い……」

 

 ヒナの顔は、絶望に塗り潰されていた。

 ヒナの顔は、真っ青に染まり切っていた。

 

 残酷なまでに、結果が物語る。

 ヒナが撃ったという事実が、彼女の心に傷を刻む。

 

 バキンと、心の何かが壊れるような音が走った。

 もう二度と、修復出来ない心の支柱が、呆気なく崩れ去っていく音が彼女の中で迸る。

 

「い゛や゛ぁあああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!」

 

 全てが終わった戦場には、耳をつんざくヒナの慟哭だけが、どこまでもどこまでも響き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


















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それでは、次回更新までまたしばらくお待ちください。




あとがきは次回にしましょう、今は……余韻に浸りましょう
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