とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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とある魔術のアーカイブ

 

 

 

 

 

 

 

「い゛や゛ぁあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 

 ヒナのつんざく絶叫がどこまでもどこまでも響く。

 けれど、その声に誰も反応しない。

 

 倒れている先生も。

 目の前で倒れた彼を凝視する、アコも。

 

 ドサリと、今しがた使用した銃が手から滑り落ちる。

 だがヒナはもう、その銃を手に取ろうとしない。

 

 もう、二度と握れはしないだろう。

 戦う力を、ヒナはもう行使出来ない。

 

 一番守りたかった人を、一番隣にいたかった人を。

 自分自身で、撃ち抜いてしまったのだから。

 

 彼女が戦う理由は、もうどこにも無くなってしまったのだから。

 自分で失ってしまったのだから。

 

「わた、しがっっ、あ、ああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああッッッッ!!!」

 

 撃った。

 自分が撃った。

 

 この手で、撃った。

 この手で、この手で、この手でこの手でこの手でこの手で。

 

 アコを撃とうとして。

 先生を、撃った。

 

 心折れた少女は、力尽きたかのように膝を突く。

 だが、もうどうしようもない。

 

 撃つという選択を選んだのは間違いなくヒナだ。

 その時点で、未来はもう決まっていた。

 

 ヒナが武器を取ったあの瞬間から。

 引き鉄を引いた、あの瞬間から。

 

 アコか先生かのどちらかは、ヒナの銃弾によって倒れる。

 未来は、彼女が武器を取った時からもう確定していたのだ。

 

「~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッ!!!!!」

 

 痛い。

 痛い。

 全身を切り刻まれて行くような痛みに、ヒナは声を上げられず、ただ涙を流す。

 

 心臓が握り潰される。

 息が、出来なくなる。

 

 心が、精神が見えない重圧によって押し潰される。

 

 でも、彼女に襲い掛かる痛みは全てヒナ自身が引き起こした悲劇だ。

 

 結果としてアコは生き残り、先生が倒れた。

 だが、ボタンを掛け違えば倒れているのはアコで、生き残っているのは先生だったかもしれない。

 

 それがわかっているから、ヒナは余計己を苦しめる。

 もし仮にアコが倒れていたのなら、ここまで苦しいと思わなかったであろう自分がいて。

 その自分が冷酷に発するのだ。

 

『お前は本当は、アコを助けようとはしていなかったんじゃないか』と。

 

「違うっっ!! 違う違う違うーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!」

 

 喉が張り裂ける程の声量でヒナは必死に自身の声を否定する。

 アコを助けようとしたのは本心。

 そう何度も何度も己に向かって叫び続ける。

 

 だが。

 

『でもお前は撃ったじゃないか。先生を守る為に、アコを殺す決断をしたじゃないか』

 

「ッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 そう、蹲り絶叫する自分を見下げ果てながら冷酷に切り捨てる内なる自分がいて。

 

『良かったじゃないか。アコを殺さずに守れて』

 

 当初の予定通りアコを無事に助けられて良かったねと、冷めた目で見下ろしながら事実を述べる自分がいて。

 

「いっ、いや……いや……いやぁぁぁ……!!!」

 

 頭を何度も振り乱し、内なる自分を否定しようとしたくても、次々に言葉が畳みかけられる。

 

 じゃあやっぱり、お前はアコを殺したかったんだ。

 そうじゃないと撃つ筈が無い。

 だって先生は、銃を捨ててアコを助けようとしていたのに。

 それを間近で見てて、お前は銃を握った。

 

 殺そうと、思ったから武器を取った。

 そして、撃つ場所を間違えて先生は死んだ。

 お前の選択が、全部台無しにしたんだ。

 お前がここにいなければ、先生は死ななかった。

 

「やめてっやめてえええええええええええええええええええええええええええええっっっ!」

 

 耳を塞いでも、目を閉じても、心の中から聞こえて来る声が止まらない。

 奥底に封じ込めようとしていた事実が、次々と羅列される。

 ヒナの内なる本心が、取り繕う自分に殴りかかって来る。

 

『……先生にごめんなさいって謝ることも、もう言えないね』

 

「!!!!!!!!!」

 

 それが、トドメだった。

 心の自分が言っていること、その何もかもが、的を得ていたから。

 ヒナにとって、受け入れるしかない物ばかりだったから。

 

 だからこそ、その一言はヒナに一つの救いを与えた。

 与えてしまった。

 

 先生に謝る。

 ごめんなさいと、謝罪する。

 

 でも、その先生はもう喋らない。

 歩かない。

 動かない。

 目を開けない。

 

 なら、どうするのか。

 どうすれば、謝れるのか。

 

 ……答えは、一つだった。

 だから彼女は、今一度銃を取る。

 

「………………」

 

 泣き腫らした目を虚ろにして、ヒナは震える手で銃を握る。

 もう握れないと思った銃は、何故か今だけはあっさりと握れた。

 

 そのまま、彼女はゆっくりとその銃口を自身のこめかみに向ける。

 

「ッッッッ!!! ま、待ってください委員……ゴホ……!!」

 

 途端、ヒナが何をしようと察したアコが慌てて声を荒げるが、その言葉も言い切れずに彼女は咳き込み、吐血する。

 

「ま、まってくだ、ゴフ……! ゴホ……が、げほ……ッ! ダメ……それだけ……は……」

 

 駆け寄ろうとしていたアコは、その場でヒナと同じように蹲った。

 そのまま、体内から込み上げてくる夥しい程の血液を喉から溢れさせる。

 

 口内に溜まった血液を吐くのとは違う、体内が壊れていく際に生じた出血が、彼女の喉を通して吐き出されていく。

 

 でも、ヒナはもうそんなアコすら視界に入れていない。

 

「先生……。……、先、生……」

 

 掠れた声で、ヒナは先生を呼び続ける。

 

 何発撃てば良いのだろうか。

 十、百で足りるのだろうか。

 いや、もっと欲しい。

 

 千でも足りない。

 万でも足りない。

 

 先生が受けた痛みは、苦しみは、きっと今から受ける痛みの比ではないから。

 

 痛みが欲しい。

 壊しても壊しても壊したりない程の痛みが欲しい。

 もう二度と、息すら出来なくなっても撃ち続けなくてはならない程に自分の身体を壊して、世界から消え去って初めて。

 

 私は先生に会えるんだ。と、思い込んで、塞ぎ込んで。

 

 ヒナは、自分を殺す為に引き鉄を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカな真似ッッ! してンじゃねぞッッッ!! ヒナァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 声が聞こえたのは、彼女の銃が火を噴きかける寸前の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 数秒足らずの気絶から目を覚ました彼の眼の前に飛び込んできた光景は、にわかには信じられない物だった。

 

 ヒナが、自分のこめかみに銃を押し当てている。

 彼女が何をしようとしているのか、一目瞭然だった。

 

 何故そうしようと思ったのかも、一目瞭然だった。

 

 故に彼は、声を上げるのも苦痛の中、全力で叫んだ。

 早まった真似をするんじゃねえ。と。

 

「ッッッッッッッ!!???」

 

 その声に驚いたのは、ヒナと、アコの両方だった。

 どちらとも、彼が死んだと思っていたのだろう。

 

 舐められた物だな。と、彼は身体を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がりながらそう呟く。

 

「せ、先生……ッ! 先生ーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」

 

 生きている。

 その事に気付いたヒナが全力で叫び、全速力で駆け寄る。

 

 一方通行の場所に彼女が辿り着くまで、十秒と掛からなかった。

 

「せんせ……わた……わたし……」

 

 一方通行の背中を支えながら、ヒナはひたすらに泣きじゃくる。

 何かを言い出そうとしても、涙がそれを邪魔していた。

 

 それを、分かったうえで一方通行は。

 

「ヒナ、下がってろ」

 

 出来ることなら待っていたい。

 落ち着き、ゆっくり話し始めるのを待っていたい。

 

 その気持ちを堪えて、一方通行は冷酷にヒナを突き放した。

 

 今は、ヒナに意識を向ける時では無いから。

 彼女よりもっと、気に掛けるべき少女が他にいるから。

 

「な、なん……なんで……先生ッ!!」

「天雨を助けなくちゃならねェ。危ないから下がってろ」

 

 彼女が戦火に巻き込まれたら、それを助けられる自身が無い。

 反射の右手では、自分の身しか守れない。

 

 ヒナを傍に置いていても、彼女を悪戯に傷付けるだけ。

 抱え込む必要の無い危険度が、無意味に跳ね上がるだけ。

 それが分かっている一方通行は、危険から遠ざけるべくヒナに離れろと促す。

 

「イ……イヤ……!」

 

 だが。

 

「イヤだ! このままじゃ本当に先生が死んじゃう!! お願い置いて行かないで!! もう動かないで!! もう戦わないで!!!!!! お願いだからッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

 ヒナは必死に食い下がり始めた。

 彼の服を掴んで、引き下がらない意志を見せる。

 

 彼女が言いたいことは、全て分かっている。

 でも、今は。

 今だけは。

 

 一方通行には、どうしても聞けない願いだった。

 

「シャーレの部活顧問としての、命令だ」

 

 だから、一方通行は突き放す。

 ヒナに、残酷を突きつける。

 

 ヒナが絶対に引き下がらないのを承知で、引き下がりたくない理由も全部見通していて、その上で一方通行は命令と言う形を使う。

 

「頼む。もう時間が無ェンだ」

 

 今、気にするべきはヒナでは無い。

 今、面と向かって相対すべきは彼女では無い。

 

 スルリと、裾を掴むヒナの指を優しく振り解いて、一方通行は自らヒナと距離を取る。

 一歩、二歩と進み、ヒナから離れていく。

 

「あ……、あ……い、いや……! いやよ……先生っ……」

 

 離れていく一方通行の後ろ姿を見ながら、ヒナは震えながら手を儚く伸ばす。

 届いてと願いながら伸ばした彼女の細く白い手は、届く寸前でシャーレの制服の裾を掠めた。

 

 あっ……と、掴み取れなかったことに小さくヒナが声を零した後、そのままもう一度掴もうとさらに手を前に伸ばす。

 

 しかしその手は、今度は空を掴んだ。

 ヒナが伸ばせる範囲にはもう、一方通行の姿は無かった。

 

 思わず足を前に動かそうとするが、彼女の足は動かない。

 まるで鉄になったかのように、一向に前に進んでくれない。

 

 彼から放たれた、自分から離れてろと言う命令がヒナを蝕む。

 ヒナは、彼からの命令を裏切れない。

 

 慕うからこそ、彼の言葉に逆らえない。

 でも、逆らわなくては、彼を救えない。

 

 けれど、身体は正直に放たれた命令を守り、律義に動かなくなっていた。

 空崎ヒナは、そう言う少女だった。

 

「待って……待って先生……! 行か……な、いで……ッ!」

 

 背後から聞こえる悲し気な声を、泣きながら吐き出されたであろうヒナの声の一切を聞かないフリをしながら、一方通行は無慈悲に歩を進める。

 悪いなと、ヒナに向かって心の中で謝罪を述べる。

 

 今は、彼女の言葉を受け入れる訳にはいかない。

 聞き入れてやりたいその要求を、今は聞き入れる訳にはいかない。

 

 彼が気にするべき少女は、ヒナでは無い。

 故に、もうヒナの声は彼には聞こえない。

 何一つ、届かない。

 

「さて、待たせたなァ。天雨」

 

 ヒナとそれなりの距離を取った後、アコとそれなりの距離を縮めた後、一方通行は腹に二つの穴が開く前と変わらない声色で、改めてアコに声を掛ける。

 

「……良かったです。生きてて下さって。危うく委員長に心の傷が残る所でした」

 

 対するアコも、顔色をさらに悪化させ、全身から汗を拭き出しながらも、一方通行が向かい始めた途端彼女も起き上がり、平然とした口調でヒナを気遣う様子を見せる。

 

 一方通行に対してだけは弱みを見せたくない様に、虚勢を張る。

 恐らく、いや間違いなく彼女も同様に倒れていなければおかしいのに、そんな様子をおくびも見せず、余裕の笑みすら浮かべて立ち続けている。

 

「先生を殺すのは、私がやるべき仕事ですから」

 

 グイ……と、口元に付着した吐血後を拭ってアコは戦闘継続の意を示す。

 途端。

 

「……クク」

 

 一方通行は、不自然に笑った。

 堪えきれないと言わんばかりに、おかしそうに笑った。

 

「な、何故……笑ってるんですか……? 何故急に笑ったんですか……ッ!?」

「あ? ンなの、決まってるだろォが」

 

 何を当たり前なことを聞いてやがる。そう彼は述べて。

 

「オマエは俺を殺そうとしていない。それがコイツで分かってるからだよ」

 

 穏やかな表情で、アコに風穴を開けられた場所を指差しながら一方通行はそう断言した。

 

「……は?」

 

 何を言っているのか分からない。

 言っている意味が、理解出来ない。

 その傷は、何処からどう見ても殺す為に穿たれた傷では無いのか。

 

 そんな声と表情を見せるアコに向かって、一方通行は穏やかな顔のまま、説明を始める。

 

「俺が死ンでないことが、その証拠だ」

 

 ス……と、アコが貫いた腹部に今度は右手を置く。

 この傷こそが証拠だと、彼は言い切る。

 

「槍が俺を貫いた時、オマエは俺を殺すことが出来た筈だ。槍の先端を自在に折れ曲がる能力で、俺の体内にめり込ませた槍をぐちゃぐちゃに動かしてしまえば良い。それで終わり、俺は即死だ。でも俺は死ななかった」

 

 アコが伸ばす神秘の槍は先端を自在に何度でも折れ曲がらせながらどこまでも伸びていく能力があった。

 その槍が一方通行に突き刺さった時点で、本当は終わりなのだ。

 

 回避不能の、死が待っている筈だったのだ。

 

 だが。

 

「俺の腹に槍が刺さったのに、体内を掻き回すことに躊躇した。悩んだ末に俺の身体をそのまま貫く選択を選ンだ。だから俺の背中を槍が貫通するまでに僅かな時間があった」

 

 肉体を貫くのに時間が掛かった。なんて言い訳は通用しない。

 現に、ヒナの肩を貫いた時はあっさりと彼女の身体を貫通した。

 

 一方通行よりも何百倍も頑丈な、彼女の身体を。

 

 その槍が、一方通行を貫くのに僅かな時間を要した。

 あり得る訳が無い。

 

 故に断言出来る。出来てしまう。

 あれは、アコの意志が介入していたのだと。

 

「本気だったのかもしれねェ。殺すと豪語していた時も、アビドス砂漠に単独姿を現した時も、俺と戦っていた時も、俺を殺そうとしていた気持ちは本心だったかもしれねェ。けどいざそれを前にした時、殺せる瞬間が訪れた時、オマエはそれを選ばなかった。自分の意思で殺すことを止めたンだ」

 

 無意識だったのかもしれない。

 気の迷いだったかもしれない。

 けど、答えは出てしまったのだ。

 

 生殺与奪の権利を握られた一方通行は、死ななかった。

 アコが、そうさせなかった。

 

 それが答えで。

 これが、結末だ。

 

 天雨アコは、光の世界にいる少女だった。

 どれだけ身を堕としても、その事実だけは変わらなかった。

 

「助けるに決まってるだろォが。そンなオマエを、見捨てる筈が無ェだろォが!!!」

 

 そんな理由が無くたって彼はアコに手を差し伸べている。

 しかし、その理由が余計彼を熱くさせる。

 

 諦めるつもりはさらさら無いが。

 彼女を救うと決めたその覚悟に、一層力が入っていく。

 

「オマエは死なせねェ。俺の前で死ぬことだけは俺が許さねェ!!」

 

 そんな一方通行の、余りにも真っ直ぐな言葉に、アコは顔を酷く歪ませる。

 青筋を顔中に浮かべて、怒りで目を充血させながら歯を食い縛る。

 

「思い上がりも甚だしいんですよ!! いつ!! 誰がそんなことを言いました!? 私がそんなことをいつあなたに言ったんですか!! 頼んだんですかッッッ!!!!!!!!!」

 

 そんな彼女の叫びを受け止めながら、それでも彼は一歩も引かない。

 少女を救う為に、例え何があっても諦めないと断言する。

 

 最後に、これが決定的だと言わんばかりに言葉を紡ぐ。

 

「必死に俺を殺そうとしているオマエが、俺には助けてと言っている風にしか聞こえなかった」

 

 だから、助ける。

 例え彼女がそれを望んでいなくとも、一方通行はアコを救い出す。

 

 その覚悟が、彼女の逆鱗に触れた。

 

「ふざけないで下さいッッ!!! そんな下らない、妄想に等しい物がまかり通る訳がないでしょうッッ!!!」

 

 ブチブチと血管が千切れる音すら聞こえてきそうな程怒りで顔を真っ赤にしながら、彼女は叫ぶ。

 あまりにも身勝手な彼の言い分に怒りを露わにするアコだが、一方通行が返す言葉は変わらない。

 

 どこまでも傲慢に。

 果てしなく我儘に。

 

 一方通行はアコに突き付ける。

 

「拒否は受け付けねェ、却下だ」

 

 俺が助けることに対して、オマエの意志は受け付けないと。

 

 一方通行は知っている。

 本当に助けを必要としている者は、助けてとすら言えないことを。

 彼はそれを、実体験で知っている。

 

 間近で見た経験があるからこそ、分かったのだ。

 アコがアビドス砂漠に現れた時から、無意識化でそう発し続けていたことを。

 助けてと、泣いていたのを。

 

 一方通行は、それを汲み取った。

 だから彼は最初から、銃で戦うことを拒否した。

 

 自身の願いの為に、武器は邪魔でしか無かったから。

 

「悪かったな。殴り合いを行おうとしていてよォ。てっきりそれしか助ける道は無いと思い込ンじまってた」

 

 嘆息を交えて彼は自白する。

 戦いと言う安易な道に自分は逃げていたと、一方通行はアコに懺悔する。

 

 あの男はそうして皆を救っていたのだから、それが最善なのだと信じ切ってしまっていたことを。

 

 でも、違った。

 それでは駄目なのだ。

 それでは、何も進まない。

 

 あのレベル0がやって見せた手法の模倣では何も解決しない。

 何故なら、一方通行はあの男では無いから。

 

 上条当麻では無い人間が、上条当麻のやり方を真似しても無意味なのは当たり前なのだ。

 

 一方通行は、そこに気付くのがほんの少し遅かった。

 けど、今はもう違う。

 

 一方通行は、一方通行自身の力で打破を試みることを決意する。

 その手段を、彼はもう既に。

 その身体の中に、とっくに宿らせていた。

 

 戦わずに、何もかもを終わらせられる方法を。

 彼女を、救う方法を。

 

「ここからが、本当の俺だ。俺の戦い方だ」

 

 ザリ……と、一方通行は彼女との距離を一歩、詰める。

 途端、壮絶な痛みが肉体に空いた二つの穴から迸った。

 

 立っていられない程の痛みが、出血と同時に全身に巡る。

 もう、いつ死んでもおかしくない程の重傷を負う一方通行はしかし。

 

「良いか。逃げるなよ」

 

 平然とした顔をして、また一歩アコとの距離を詰めた。

 こんな痛みが何だ。アコの体内はもっと酷い状態になっているに決まっている。

 

 目で見える痛みとは比較にならない程、崩壊を始めている。

 この程度の怪我、アコの苦しみと比較するのもおこがましい。

 

 内心でそう吐き捨てながら、また一歩、一方通行は彼女へと近付く。

 

「う、うっあっっ!!」

 

 後ずさりしながら、アコは呻く。

 その目を狂気に染めて、その目を困惑に染めて。

 自分の気持ちが整理できない子供のように、癇癪を起こし始める。

 

「こ、来ないで……ッ! 何も知らない癖に! 私の事を何も知らない癖にッッ!! 一人で思い上がって!! 一人で命を張って!! 一人で好き勝手に言いたいこと言い張ってッッ!!」

「かもな。だから全部終わったら……シャーレにでも顔を出しやがれ。コーヒーぐらい出してやるよ」

「身勝手なことを言わないで下さい!! 誰が、行くもんですか……ッ!!」

 

 取り繕うことを忘れたアコと、一方通行はどこまでも向き合う。

 死と隣り合わせの空間で。

 両者ともが命のタイムリミットを切られているこの段階で。

 

 二人はようやく、真正面から対話をしていた。

 

「それに、どうせその出血じゃ助かりませんよ。私も、貴方も。シャーレに行く義理は、全部終わったころにはもう無くなってます。私が直接手を下さなくても、出血多量で死ぬんです」

「じゃあ、賭けてみるか? 明日の俺がここで野垂れ死ンでいるか。死ンでいないか。明日のオマエが病院のベッドで目覚めるか、否か」

 

 おもむろに、話を持ち掛ける。

 互いに死にかけだと言うのに、二人は揃って明日の話をしている。

 

 やって来るかもしれない明日が二人にあるかどうかで、賭けを始める。

 それは、アコが誰にも見せなかった素の一面なのかもしれない。

 天雨アコと言う少女が持つ、至って普通の感情が、ようやく曝け出されただけなのかもしれない。

 

「意味の無い賭けを……良いでしょう。もしあなたが生き残って、私も生きていたら。そうですね。シャーレにでも何でも、顔を出してあげますよ」

 

 一方通行は、有る方にベットした。

 対してアコは、無い方にベットする。

 

「その賭け、乗りましょう……ですが、先生が生き残るのは最初から無理な話です」

「…………………………………………ほォ? どォいう話だ?」

「今ここで、私が先生を殺すからです……ッ!!」

 

 ペ……ッと、再び口の中に溜まった血を吐き出しながらアコが動き出す。

 これで最後だと言うように、背中に作り上げていた巨大な拳を、高々と持ち上げる。 

 

 神秘で構成された彼の体格の倍はある拳。

 一方通行が持つ反射が、適用されない拳。

 

 彼の体躯の倍以上は誇るその圧倒的質量を、触れた物全てを消し飛ばすグーの形に変形させて。

 

「うぅぅぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 

 心の底から叫びながら、湧き上がって来る抗えない衝動と言う感情に振り回されながら、天雨アコと言う生徒の少女性をこれでもかと曝け出しながら、アコは背中から生えている莫大な数の槍を編み込ませた拳を全力で一方通行目掛けて飛ばす。

 

 手加減一切抜き、正真正銘の、彼を殺す一撃。

 後先も何も考えない、全身全霊で繰り出す必殺。

 

 恐るべき速度で肉薄する自分の等身大以上の拳を見て、一方通行は笑う。

 

「そっちがその気なら存分に付き合ってやる」

 

 何処か嬉しそうな笑みを浮かべて、紫色の極大の拳が迫る中彼は自身の右拳を強く握った。

 

 これが正真正銘、最後の一撃。

 ギンと目力を上げ、目一杯力を込め、腰に力を入れ、全力で右拳を真後ろに振りかぶる。

 

 持てる力の全てを振り絞って、一方通行は、アコの想いを受け止める。

 

「それがオマエなりの、助けての合図だってンならなァァアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

 雄叫びを上げる一方通行の超能力の拳と、絶叫するアコの背中から伸びる、槍で編み込まれた神秘の拳が激突する。

 

 神秘と科学。

 超能力と魔法。

 重なり合うことのない力が、巡り合う筈の無い力が、全身全霊の力を持って衝突する。

 

 

 直後。

 

 

 ゴッッッッッッッッッパァアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッッッ!!!!! と、アビドス砂漠の大気をまとめて吹き飛ばす衝撃波が炸裂した。

 

 周囲の雲が軒並み吹き飛び、大地にひしめく砂が大きく巻き上がり、円形状にどこまでも広がっていく。

 その衝撃の中心にいる一方通行がどれほどの痛みを覚えているのか、想像に難くない。

 

 ともすれば、衝撃波の直撃を受けているだけでも彼の身体は耐えられない。

 呆気なく吹き飛んでもおかしくない程の力を前に、一方通行は立ちはだかり続ける。

 

 右手に触れている部分が、紫電となって四散していく。

 だがそれでも、圧倒的質量が襲い掛かって来ているのは変わらない。

 

 神秘の話ではなく、重量と速度の話だ。

 アコが放った最大最強の一撃を受け止めようとした段階で、一方通行の身体は跡形も無く吹き飛んでいないとおかしい。

 

 なのに、一方通行は耐え続ける。

 耐えて、アコの意思と真正面からぶつかり続ける。

 

「何で!? その怪我でどうして耐えられるんですか!? どうしてこの一撃で死なないんですかあなたはっっ!!!」

 

 信じられない物を見ているとばかりに、目を見開いてアコは大声を上げる。

 普通じゃない。あまりにも普通じゃない。

 

 自分を助けようとすることも、

 その為に命を賭けていることも、

 死にかけているのに構わず命を張って立ち向かって来ることも、

 

 何もかもが、普通じゃないとアコは訴える。

 

「……ハッ」

 

 一方通行は、そんなアコの声を聞いて、笑った。

 絶体絶命の状況で、笑った。

 

「死なね……ェ、よ……ッ!」

 

 右手で莫大な質量を誇る神秘の槍を少しずつ外部へと弾き飛ばしながら、一方通行は少しずつ前へと進む。

 それでも尚畳みかけて来る圧倒的質量の波は強大だ。

 

 気を抜くと、すぐに押し潰されてしまいそうになる。

 あっと言う間に、跡形も無く吹き飛ばされてしまいそうになる。

 

 あと一歩踏み間違えば即死となるラインで、一方通行はそのギリギリで踏ん張り続ける。

 

 自分は死ぬ訳にはいかない。

 何があってもこの場所で死ぬ訳にはいかない。

 

 それは学園都市に帰る目的があるからではない。

 それは小鳥遊ホシノの救出作戦に戻らなければならないからではない。

 

 そんなクソッタレで、陳腐な理由な訳が無い。

 

「させて……たまる、か……ッ!」

 

 等身大以上を誇る神秘の拳を押し返すように、また一歩強く踏み込みながら一方通行は力任せに吠える。

 

 グジュ……と、前に出る度に傷口が開き、激痛を発する。

 一方通行は、臆しない。

 

 自身の痛みに、怯んだりしない。

 それよりも重要なことがある。

 

 この場において、絶対に成し遂げなくてはならない願いがある。

 

 死なない。

 死ぬ訳にはいかない。

 

 させる訳にはいかない。

 

「オマ、エを……、人殺し、に、させて……ッ、たまるかァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!」

 

 その為なら、どこまでだって踏ん張れる。

 死の淵からも、生還してみせる。

 

 アコを人殺しにさせる訳にはいかない。

 ここで自分が殺されれば、アコは日常に戻れなくなってしまう。

 アコが望む世界に、アコが入れなくなってしまう。

 

 それだけは、絶対に許されない。

 だから、一方通行は今ここで死ぬことは許されない。

 

 それが、願い。

 何よりも優先される願い。

 

 他のどの事項も、今この場においては全て下位になる。

 

 アコを守ること。それが最重要事項。

 彼女の全てを守る為には、自分は彼女に殺されてはいけない。

 

 彼女に人殺しの業を背負わせる訳にはいかない。

 

 だから、一方通行は耐える。

 何があっても、耐え続ける。

 

 生きる為に。

 守る為に。

 

 アコをこれ以上、傷付かせない為に。

 

「オォォオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 天まで届く絶叫を上げ、一方通行は一歩、さらに強く踏み込む。

 途端、無理やり押し返される程の圧が襲い掛かり、それに抗おうと全身に力を入れれば、また一段階傷口が開く。

 

 ふざけるな。

 ふざけるなふざけるなふざけるな。

 

 この程度の何が痛いだ。

 この程度の何が苦しいだ。

 

 学園都市の最強ならば、

 キヴォトスの先生ならば、

 

 痛みの一つや二つぐらい、眉一つ変えずに耐えて見やがれ!!! 

 大事な生徒の前でぐらい、盛大に格好付けて見やがれッッッ!!! 

 

 そう、喝を入れて。

 そう、覚悟を決めて。

 

 もう一歩、一方通行はさらに踏み込む。

 この戦いを、終わらせる為に。

 

「吹き飛べェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッッッ!!!」

 

 力強く吠えて。

 猛々しく唸りを上げて。

 

 一方通行は力強く前へと踏み出し。

 反射の力を持つ右手を、もう一段階、強く、強く押し込んだ。

 

 刹那。神秘の拳が全ての力を解き放つように著しく膨張し。

 

 直後。

 

 バヂィイイイイイイイイイイイイイイイッッッッ!!!! と、アビドス砂漠全域に届くのではないかと疑う程の轟音が爆発し、神秘の拳が弾け飛んだ。

 

 拳を形成していた全ての槍が紫電に変わり、膨大な放電音と共に周囲に飛び散り霧散する。

 

 静けさを取り戻した世界で、一方通行はもう一度、アコと対峙する。

 何が起きたのか、彼女は理解出来ない様子だった。

 

 信じられないとばかりの眼を、一方通行に向けている。

 そんな中。

 

「…………」

 

 ザ……と。一方通行は砂の大地を踏みしめ、無言でアコに歩み寄る。

 ザ……ザ……ザ……。と、おぼつかない足取りで、しかし両の足で一方通行はアコの下へと歩み寄る。

 

 彼の眼は、前髪に隠れてアコからはよく見えない。

 

「あ…………」

 

 アコの口から小さく声が落ちる。

 

 真っ青な雲一つない空の下。

 全てが終わった雲一つ無い晴れ渡る世界で、一方通行は静かに、一歩ずつ互いの距離を縮めていく。

 

 アコは、動かなかった。

 逃げようと、しなかった。

 

 そうか。と、彼女の決断に一方通行は呟く。

 ザ……ッ。と、さらに一歩、一方通行は踏み出し、アコとの距離がゼロになった。

 

 彼女の近くに立って、改めて見下ろす。

 アコも一方通行と同じく、その身体は既にボロボロだった。

 先の拳と拳が激突した際に生じた衝撃はアコにも影響があったのだろう。

 

 髪はボサボサ。服は所々が破けていて修復作業でどうこうレベルでは無い。

 懐に納めていた筈の拳銃も見当たらない。先の衝撃で砂漠のどこかに吹き飛ばされたのだろう。

 もしかしたら、それ以外にも何か弾き飛ばされているかもしれない。

 

 一目見るだけで様々な異常が散見されるが、それ以上に目を引くのが、彼女の衣服もまた血だらけだと言う部分だろう。

 

 吐血で吐き出した血液が、衣服にベットリと染み付いている。

 衣服に付着しているその血も新しい。

 

 最後の攻撃を放っている最中にも、彼女は血を吐いていたのだろう。

 無茶を、通し続けていたのだろう。

 

 面倒な奴だと、素直に思う。

 手の掛かる女だと、切に思う。

 

 けど。

 けれど。

 

()()

 

 一方通行はそう、優しく呼び掛けて。

 

「もう、大丈夫だ」

 

 彼女の身体を力一杯抱きしめ、一方通行は優しい声でそう紡いだ。

 語られる声も、優しい目つきも、全て彼が出す本心。

 元来持つ優しい性格が、完全に表出したオリジナルの自分自身。

 

 ポンと、彼女の背中に回していた手を、後頭部に動かして優しく置く。

 

「ここまで、良く頑張ったな」

 

 そのまま彼はゆっくりと目を閉じ。

 最後にもう少しだけ、アコを抱き止める両腕に力を入れて。

 

 

 

 一方通行は、祈り始めた。

 

 

 

 かつてロシアの地で、そうしたように。

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」

 

 キヴォトスに来る前、学園都市でエイワスによって刻まれることになった答えを、暴力に頼らずにアコを救う為の力を、祈りとして、歌として捻出する。

 

 途端、真っ暗闇の道を真っ逆さまに転げ落ちていくイメージが頭の中で出力された。

 闇はどんどん深くなり、意識が吸い込まれていく。

 自分の知らない世界へと、まるで迷い込んで行くように。

 

 この感覚には、覚えがある。

 既に一度、一方通行は体験している。

 だからこそ、前に進んでいるという認識が持てる。

 

 故に、彼はひたすらに落ちていく道を選んだ。

 

 一方通行は、望んだ展開を望むままに現出させるべく喉を開く。

 

 ブワッッと、彼から放たれる透き通る音色が瞬く間にアビドス砂漠に広がった。

 莫大な数式が、音として世界に出力される。

 

 一方通行はその数式を、音で微調整を施し始める。

 ロシアの雪原で使用した数式ではアコには効果を発揮しない。

 彼女には彼女用の術式をこの場で組み立て直す必要がある。

 

 過去の経験と推測からその事実に辿り着いた一方通行はゆっくりと音色を整え、自身が望む物を世界に君臨させていく。

 同時に、転がり落ちるイメージがどんどん克明に、鮮明に広がっていく。

 

 脳が発する。

 これ以上進むのは危険だと。

 脳が訴える。

 ここで奏でるのを止めろと。

 

 ……黙れ。と、一方通行は一蹴する。

 今、気にするべきは自分の身体の心配では無い。

 最も優先すべきは、今自分が胸に抱えている少女なのだと、強く強く断じる。

 

 音として世界に算出され、広がっていく莫大な計算式をアコの身体にリンクさせるように微調整していけばいく程、闇の意識の中にさらに一層深い穴が見える。

 気付けば、いつしかその穴は自身を易々と呑み込めてしまう程に大きくなっていた。

 一方通行は、そこに恐怖を覚えない。

 戻って来たなと、むしろ二度目の光景に僅かに口角を吊り上げた。

 

 これを潜れば最後、もう後戻りは出来ない。

 腹に穴が二つ開いているこの状態で飛び込めばどうなるか、一方通行は敢えて分かることを拒否した。

 

 俺の運命がどうなろうが、それは今ここでは関係無い。

 

 迷い無く、一方通行は穴に飛び込む。

 不可思議な法則に、その身を呑み込ませていく。

 

 それは、彼が再び一線を越えた証。

 魔術の行使を、始めた証。

 

 …………、キヴォトスでは魔術を使用できない。

 しかしそこに例外を生ますことは可能である。

 

 例えばミレニアムの都市全て。

 例えば天雨アコが用いた薬剤による神秘の暴走。

 

 例えば、そのアコを抱き抱えて、世界に向かって魔術を使用しているのが天雨アコであると誤認させての使用。

 

 当然、魔術の概念もこの世界のルールも知らない一方通行は意図してこれを発生させた訳では無い。

 

 だが、彼はその僅かな道に辿り着いた。

 アコを助けたいという想いが、その一心が、偶然を手繰り寄せ、必然へと生まれ変わらせる。

 

 奇跡。

 そう称される概念を、一方通行は引き寄せた。

 

 独特の呼吸を行い、喉ではなく体内全体で音を作り出し、口から作り出した特殊な音色に自身の生命力を練り込ませ、魔力として生み出し、術式として組み合わせ、現実世界に事象として発言させる。

 

 科学が生み出した超能力でも無い。

 キヴォトスに渦巻く神秘でも無い。

 人々が渇望と努力の末に辿り着いた新たな法則による力。

 

 

 

 魔術が、発動する。

 

 

 

 ──直後、彼の身に異変が生じた。

 

「ッッッッッ!!」

 

 ビキリと、全身の血管が悲鳴を上げ始めた。

 身体中のあちこちから、血管が爆発する音が鳴り響き始める。

 心臓が想像を絶する速さで鼓動を始め、体温が急激に上昇し、破裂した血管から血の汗が全身から流れ始める。

 

 常人ならば、発狂してもおかしくない苦痛と激痛が幾重にも、何倍にもなって襲い掛かる。

 

 超能力者は魔術を扱えない。

 使用しようとすればその時点で、甚大な拒絶反応が襲い掛かる。

 一方通行に起きた異変も、正にその現象だった。

 

 全身が痛みを訴え始める。

 喉に血が溜まり、酸素を吸い込むことすら満足に行えなくなっていく。

 

 だが。

 

「ーーーーーーーーーーーーーっ」

 

 一方通行は、奏でる声に変調一つ来たさなかった。

 どれだけの傷が刻まれ始めても、彼の歌は砂漠の空に延々とブレ一つなく広がっていく。

 

 構うな。と一方通行は血管が破裂し、皮膚を切り裂いて血が噴出している様子を身体の各所から感じながらも自分自身に言い聞かせる。

 この道は既に通った道だ。

 臆する必要は何処にも無いと。

 

「せん、せ……っ」

 

 次々と出血箇所が増えていく光景を見て何かを言おうとしたアコの身体を、それ以上言わせない様に強く抱きしめる。

 グジュっと、強く押し付けた胸板から液体が絞られる様な音が走った。

 

 ああ、彼女の顔にベットリとイヤな物をこびり付かせてしまったなと、思う。

 それでも、一方通行はアコを離さなかった。

 一心不乱に、彼女をこの場所に押し留める為に、痛みすらも気にせず音を奏で続けた。

 

 ドロリと、血液が視界を覆う。

 見るも無残な姿に、一方通行は成り果てていく。

 

 もう、赤くない部分を探す方が難しい。

 

 それでも。

 どんな姿になっていくとしても。

 彼は誰かを守る為にその命を賭していく。

 

「どうして、ここまで……」

 

 胸の中にいるアコが、涙混じりに紡ぐ。

 

 どうして殺そうとしていた相手にそこまで必死になれるのか。

 どうして命懸けで助けようとするのか。

 もう、生きているのが不思議なぐらいにボロボロなのに。

 立っているのが不思議なぐらい、こんなに傷だらけなのに。

 

 一方通行は、何も答えない。

 そんな愚問に、何も答える必要が無い。

 

 もう既に、言葉としての答えはとっくの前にアコに向かって言い放っている。

 必死に俺を殺そうとしているオマエが、助けてと言っている風にしか聞こえなかったからだと。もう既に一方通行は言い放っている。

 

 本当に危険な時は『助けて』の一言すら言い出せないのを知っているから。

 何も言えず、何も出来ずにいるのを知っているから。

 

 暖かい光がもう二度と刺さないかもしれない怖さを知っているから。

 自身の中にある太陽を失うかもしれないという痛みを、知っているから。

 

 アコの為に、ヒナの為に。

 

 一方通行は、躊躇なく手を差し伸べる。

 悲劇を、ここで食い止める為に。

 

 でも。

 もし。

 仮に。

 仮に。

 

 それ以外の理由が他にあるとするならば。

 天雨アコを助けたいとする気持ちが彼女が放った救助を求めた声以外にあるとするならば。

 

 彼はこう答えるのだろう。

 

 

 

 俺は俺のやりてェようにやってるだけだ。それ以外に俺を表現することなンざ出来ねェ。と。

 

 

 

 一方通行は歌う。

 打ち止めを救ったのと、同じように。

 

 血まみれになりながら。

 歌い続けて。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

『演算結果、『先生』との関係は、断つ事をオススメします』

「……へ?」

 

 未来観測機関『讖』

 収集したデータを基に実現性が最も高い未来を可能性として予測し、出力するシステム。

 

 現在はアリスによって破壊されたが、まだミレニアムに『讖』があった頃、早瀬ユウカが自身の未来を覗き見ようと『讖』を起動した。

 

 先生と仲良くなるにはどうしたら良いですか? 

 

 ユウカが放った内容で『讖』は未来を観測し、最も辿り着く可能性が高い未来の光景から、答えを算出する。

 

 彼の傍に、いるべきではないと。

 

『あなたは『先生』の傍にいると遠くない未来、楽園へと至る道の途中で身を滅ぼします。その身はその身として『有る』だけの存在へと変貌します』

 

 語られた内容を、ユウカは理解出来なかった。

 動揺に動揺しきった顔で、事実を受け止められずに困惑をし続けていた。

 

『讖』は語り続ける。

 算出した未来の結果から、彼に関わるべきではない生徒の名前を。

 

『早瀬ユウカ、才羽ミドリ、黒舘ハルナ、空崎ヒナ、狐坂ワカモ、砂────』

「うるさいっっっ!!! それ以上何も言わないでッッ!!!!!」

 

 思わず、もしくは咄嗟にユウカは声を張り上げた。

 聞きたくない。そんな未来なんて聞きたくないと必死に耳を塞ぐ。

 だが、『讖』は彼女の言葉に耳を傾ける人間らしさを持つ筈も無く。

 

『狼シロコ、天雨アコ。以上七名の生徒は、『先生』と関わるべきではない。即座に関係を絶つべきです』

 

 無慈悲に、冷淡に、七人の少女達の名を挙げた。

 後に大きな運命を背負うことになるヒロインの名を。

 

 一方通行を守る為に立ち上がることになる、生徒達の名を。

 

 

 

 

 
















次回、アコ編完結です。

あとがきは、次回で纏めて書きます。




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