目を開けると、違う場所へとアコの身体は移動していた。
その事象から、また、キヴォトスとは違う場所の夢を見ているのだと直感でアコはそう気付く。
さっきまでアビドス砂漠にいた筈なのに、先生の歌声を聞いていたのに。
気付けば全く違う場所で目を覚ますなんて、夢以外の何物でもない。
はぁ……と、アコは嘆息する。
まさか、歌声を聞いて寝てしまったとでも言うのだろうか。
子守歌でもあるまいし。
そもそも、子守歌であったとしてそれで眠る性格でも無いでしょうにと自分自身に愚痴る。
……確かに綺麗な歌声ではあったけども。と、普段の話し声とは打って変わって綺麗だった先生の歌声を思い出しながら、アコは諦めたかのようにもう一度息を吐いた。
必死で自分を救おうとしていた彼の姿に、絆されているような気がして。
これも夢の影響だろうかとアコは思いながら、気持ちを切り替えるように意識を夢の世界へと向ける。
見慣れた場所だ。
場所は、とあるマンションの一室。
少し豪華な作りの、4LDKの一室。
「今日もまた調べものじゃん?」
「ええ、やっぱり落ち着いてられないの。インターネットで調べられる範囲なんてたかが知れてるのにね」
背後から、二人分の声が聞こえた。
振り返れば、二人の女性がパソコンと向き合いながら会話している姿が映る。
「学園都市は今も総力を挙げてあの子を探してる。それで見つけられていないとなると……既にどこかの国によって確保され、隠蔽されている可能性もあるし、もうとっくに学園都市が見つけて、あの子をどこかに監禁しているか。見つからないってことは無いでしょうから、このどちらかである確率は非常に高いわね」
「学園都市はともかく、他国がそこまで躍起になって探すとはあまり思えないじゃん」
知っている。
彼女達の名前はもう何度も聞いた。
調べものをしている女性の名は芳川キキョウ。
その隣にいるのは、黄泉川アイホ。
片方は科学者で、片方は先生。
「甘いわ愛穂。学園都市の第一位。その称号は私達が思っている物よりも遥かに大きい。あの子の脳には国家予算一つ丸ごと叩き込んでも足りない程の価値がある。それがたとえ……遺体であっても」
「桔梗……。冗談でもそれは……」
「分かってるわよ……。こんなこと、私だって言いたくない。けど、可能性は考えないといけない」
言いながら、キキョウは玄関の方へと目を向ける。
彼女の視線に引っ張られて、アイホも同じ方向へ視線を動かした。
クソ。と、不甲斐なさを自身にぶつけるようにアイホが毒づく。
「今日もあの子はアイツを探しにあてもなく街を彷徨ってる……見てられないし、見守り続けるのも限界があるじゃん」
「時間が解決する……なんて甘い言い方は出来ないけど、それでも願うしかないわね。彼の無事を」
あの子。
アイホやキキョウが言うあの子とは、夢の最後にいつも出て来るあの少女を指しているのだろうかと、アコは思いを馳せる。
街で彷徨っている少女。
ひたすらに、誰かを探し続けている少女。
キキョウやアイホの証言と、一致している少女。
一体、あの少女は誰を探しているのだろうかと言う気持ちが湧き上がる。
あんな小さな子どもを泣かせているろくでなしは誰なのかと、遠い場所で行方不明になり、帰って来なくなった馬鹿は誰なのかと思考を傾ける。
「もう一度、会わせて上げたい。それがたとえ、どんな形であろうとも」
けれど、その答えに辿り着くより先に。
世界が、切り離された。
──────────
「今日も収穫は無しですか。と、ミサカはまた眠れぬ夜を過ごすことが確定してしまい苦しみに震えます」
瞬きをした途端、空間ごとアコの身体は切り離された。
次にいる場所は、どこかの病院。
これもまた、見慣れた光景。
最初の内は一瞬で違う場所に移動したことに慌てふためていたアコも、慣れてしまった今となっては冷静だ。
次の瞬間移動先は病院ですか。と、異常事態を異常とは一切思わずに受け止める。
ここで繰り広げられる光景は奇妙な物だ。
同じ顔、同じ体格、同じ声、同じ制服に身を包んだ少女が五、六人いて、奇妙な番号を用いてそれぞれを判別している。
アコは、彼女達から一切認識されない空間から、それぞれの会話を盗み聞きする。
「また、世界中にいるミサカと連絡ですか。と、ミサカ一〇〇三二号はミサカ一〇〇四六号のことを見ていられずに雑談を試みます」
「上位個体もそうですが、時には休むことも必要です。と、ミサカ一九〇九〇号はこのままでは身体に大きな負担が掛かることを懸念し休息を促します」
一人、病院のソファで表情を暗くするミサカ一〇〇四六号と呼称される少女のもとに、三十二、九〇九〇と自称する二人が心配そうに寄り添う。
四十七号が探しているのはアイホやキキョウが探している人物と同じ人。
他の少女達はその素振りを見せない中、彼女だけはいつも必死に彼を探している。
ミサカネットワーク。と彼女達がよく用いる単語が一体何を意味しているのかアコには不明だったが、恐らくはもっと多くの姉妹がいて、彼女達も捜索に参加しているのであろうとアコは踏む。
その結果は、芳しくないと言うのも。
「第一位とのネットワーク接続は切断されてからかなりの日数が経過しています。生存は……絶望的です。と、ミサカは目を背けてはいけない現実を改めて突き付けます」
三十二号は残酷にも程がある事実を述べる。
けれどそれは、彼女なりの優しさなのだろうということはアコには伝わった。
でも。
「…………チョーカーの電池が、切れてるだけです」
「……っ」
四十六号は、受け入れられないとばかりに首を振り、可能性を語った。
チョーカーの電池が切れていたら何が問題なのだろうと思うアコだが、彼女達の中ではそれは共通認識なのか、誰も異論を挟まず話が進んで行く。
「だから、ネットワークが届かないんです。と、ミサカは現在最も可能性が高い彼の現状を憶測で語ります」
俯きながら憶測を語る四十七号の声は、震えていた。
そうであって欲しいと、願っているのだ。
彼女の声に、三十二号は押し黙る。
掛ける言葉を探しているのだろう。そのまま数秒の間、目を伏せていた三十二号は。
「ミサカ一〇〇四六号。気持ちは分かりますが、ネットワークでミサカ達の補助を受けられない彼は動くことも話すことも出来ないのです。その状態でどうやって生活を続けているのですか。と、ミサカは問います」
四十六号の名を呼びつつ重々しく口を開く。
それは恐らく、決定的な指摘なのだろう。
認めざるを得ない理論を告げる三十二号に対して、四十六号はしかし。
「寝ているんです。どこかの国の病院で、看病されて……。安全な場所で……」
それを、認めたくないという旨を表明した。
「チョーカーの電池が、そこから伸びるコードがあの人の活動維持に直結してると気付いていないから、ミサカネットワークが接続されていないんです。それが真実です。と、ミサカはあの人はどこかで必ず生きていると信じたい旨を吐露します」
持論を述べた四十六号の表情は暗い。
分かっているのだ。彼女自身が。
自分が言っていることが、荒唐無稽な物であることぐらい。
世間一般の常識とはズレた見解を述べていることぐらい、四十六号自身が分かっているのだ。
それでも信じたくて、彼女は希望を語っている。
奇跡が起きていると、信じている。
これを止めることなど、誰が出来るのだろうか。
それは夢物語だと切り捨てるなど、誰が出来るのだろうか。
「ミサカは、第一位に助けられました」
ポツリと、四十六号が呟き始める。
「暴徒に連れ去られようとしていたミサカが第一位に助け出された時から、いつかミサカが助けられる側になれるようになりたいと、その為に、強くなろうと努力を重ねました。我々大多数のミサカが、あの人に力を貸したいと願うように、ミサカは第一位の力になりたいと……」
言葉が、途中で消える。
続きが、言えなくなる。
「ミサカは……、無力です」
ようやく絞り出された言葉には、四十六号が抱えている物、その全てが詰め込まれているような感覚をアコは覚えた。
「助けたい人が助けを待っているのに、助けに行くことすら出来ない。どこにいるかも分からない。どうしようもなく、無力です。と、ミサカは己の弱さを恨みます」
彼女の中に渦巻いている絶望感は底知れない。
彼女の絶望に、寄り添える人物もまた存在しない。
だから、アコは手を伸ばそうとした。
たとえ届かなくても、気付かれなくても。
その肩を、支えてあげたかった。
そう思って、ゆっくりとアコは手を四十六号目掛けて伸ばす。
でも。
触れる直前で、また別の場所にアコは飛ばされた。
──────────
また、どこか違う場所へ飛ばされた。
何処まで行ってもここは夢の中。空想の世界に作られた物語なのでそれ自体に不満を覚える必要は無い筈なのだが、手を差し伸べられなかったその事実に唇を悔しそうに噛む。
だが、いつまでそうしていても意味は何も無い。
どこかで必ず、諦めなければならない時がやってくる。
なので、アコはミサカと呼称された少女達のことを意識から無理やり飛ばした。
そうでもしないと、心が押し潰されそうだったから。
今度はどこかのモールだろうか。
気分を変えるように、意識的にそう呟きながらアコは周囲に目を配る。
様々な学生で賑わっているのが一目で分かる一角。
どうしてこんな場所に飛ばされたのかと疑問に思うも束の間、アコの目を一際引く団体がいた。
とはいえ、目を引かれているのはアコだけではない。
周囲の学生の半分程度が、一度そちらの方に目を送り、その後、見なかったことにしたい風に目を背けている。
巨大な荷物が足を生やして歩いている。少なくともアコにはそう見えた。
その荷物の前を三人の少女が手ぶらで歩いていた。
見るからに荷物持ちをさせられている一人と、三人。
そんな、団体だった。
「じゃ、私達は服買いに行くから浜面はそこで待機」
「終わるまで一時間ぐらい掛かると思いますが超頑張ってください。言っておきますが荷物を置いたり落としたりしたら超許しませんから」
浜面とは、あの大量の荷物を抱えて前もろくに見えてない中必死に前方を歩く少女達に置いて行かれた怪物のことだろうかと、アコは目線で追いながらそんな感想を覚える。
手首に袋をぶら下げて数多の箱を抱えている姿はもう人には見えない。
胴体から頭のてっぺんまで全部抱えている箱によって隠れているのに、よくもまあ今まで彼女達に付いて歩いていた物だと、アコは呆れに近い感心を覚えた。
さらにここから一時間待機と言う地獄のような刑を言い渡されている様子に同情を覚える。
まさに血も涙もない三人組だった。
しかし、それは過りであったとアコは気付く。
三人の中の一人が、肩の辺りで斬り揃えられた黒髪の少女がトコトコと荷物持ちの、浜面と呼ばれた何者かの方に近づいて行ったのを目撃した。
なるほど、全員が全員悪魔のような少女では無く、中にはしっかりと良心を持った存在もいたらしい。
少しでも荷物を持って負担を軽減させてあげるつもりなのでしょうと、アコはその後の展開を予想する。
だが。
「大丈夫だよ、はまづら。私はそんなはまづらを応援してる」
とか言いながら、黒髪の少女は残り二人の方へあっさりと戻って行った。
浜面とやらを助ける気配は微塵も無かった。
どうやら、応援とは本当に応援することを指していて、荷物を少し肩代わりしてあげるということではないらしい。
再び、不憫ですねと同情を覚える。
あれが彼女達の日常なのだろうか。
だとすると、ちょっと、いやかなり浜面という存在が可哀想だった。
手を出せないのでアコもアコで可哀想と思う以上のことは何も出来ないのだが。
そう言う経緯を経て、アコが浜面と言う誰かを哀れに思いながら瞬くと、また景色が変わっていた。
──────────
今日は、いつになく忙しない。
しかし夢から自力で覚める手段を持ち合わせていないアコはこの夢に付き合う以外の選択肢を持っていない。
仕方なく、振り回されることを了承する。
アコが次に放り出されたのは、どこかの公園と思わしき場所だった。
「チェイサ────ッッッ!!」
途端、公園内から物凄く勢いのある声が響く。
反射的に声が響いた方にアコは目を向け……。
自販機を勢い良く蹴りつけている少女を目撃した。
その少女は、先程病院にいた少女達と、そっくりな見た目をしている。
違う所は、彼女達よりもより活発な所だろうか。
「お、やった! ヤシの実サイダー! アンタ結構良いのくれるじゃない」
今度からしばらくアンタの所に通おうかしらねと、バシバシとまるで往年の親友みたいに自販機を笑顔で叩きながら、少女は缶を開け美味しそうに喉を潤し始める。
ひょっとしてあれはまさか自販機を蹴って商品を無料でかっぱらっているのだろうか。
金を入れている様子は見られなかったことから、間違いないとアコは少女の犯行現場を目撃してしまったことに眉を吊り上げる。
しかしここは夢の世界。
アコはその世界の光景を認識こそすれ、干渉することは出来ない。
なのでその光景を見てアコは、ここがキヴォトスじゃなくて、私が干渉出来る世界じゃなくて良かったですねと、風紀委員の目線から彼女が働いた狼藉に対して小言をぶちまけた。
ここがゲヘナなら速攻でとっちめて反省文を二十枚は書かせている。
もっとも、その小言も含めて何一つこの茶髪の不良少女には届いていないのだが。
「……あ!」
カラン。と、飲み干した空き缶をゴミ箱に放り投げた後、少女は途端に嬉しそうな声を上げた。
一体何をそんな嬉しそうにしているんだと視線を彼女が投げている方向に合わせれば、ツンツン頭の少年が走って行くのが見える。
──途端、アコの身体を先程の少女が走りながらすり抜けた。
わ。と、その現象に幾度目かの驚きをアコは覚える。
何度か経験しているが、未だに通り抜けられていく感覚には慣れない。
触れられた感覚も、通り抜けて行く風圧も、一切感覚として覚えたりはしないのに。
「ねえ、ちょっとアンタ! そんな慌てて何処へ行こうとしてるのよ!」
少女が突然走り出したのは呼び止める為、いや、話す為か、とアコは納得した。
同時、嬉しそうに話しかける少女と、その会話に応じる少年の姿にアコはどこか既視感を覚える。
これは一体、何なのだろうか。
どこかで見た覚えがあるのはどうしてだろうか。等と考えた矢先。
答えが、導き出される。
「卵の特売? 相変わらず高校生なのに二十年後に送るような生活をしてるわねぇ……」
ああ、委員長と先生だ。
見覚えがあったのは、先生のことを話す委員長は、あの少年に話しかける少女と同じ顔をしているからだ。と、思い至る。
あれ。と、同時に疑問に思う。
今は、それがそんなに腹立たしくないことに気付く。
アビドス砂漠に向かっていた時は、ゲヘナで皆を気絶に追い込んだ時は。あんなに憎らしく思っていたのに。
「あ、ああああのさ。卵、特売で安いんでしょ? けど一人一パックまでなんでしょ? な、ならさ、一緒に私も買って上げよっか……?」
アコが一人自分自身の感情に疑問を持っている間にも二人の会話は続く。
もじもじと指をすり合わせ、俯きながら意を決したように少女は一緒に買いに行く提案を彼に向けて放っていた。
しかし悲しいかな、彼女の前にもう少年はいない。
じゃ、そう言う訳で急いでるからと言い残して彼はもう既にスーパーに走ってしまっていた。
その一部始終をバッチリ見ていたアコは置いて行かれた少女に、もう行ってしまいましたよと声を掛けてあげたいが、悲しいかなアコの声は彼女には届かない。
なので。
「アンタだって卵を二パック買えて嬉しいし、私もアンタと一緒にいれて……って!! あれ!? アイツどこ行ったのよ!? まさか私が話しているのを無視して勝手にスーパーに行った訳ぇ!!??」
んがああああああああああ!! と、怒髪天を突くような声を巻き散らしながら地団太を踏む彼女がほんの少しだけ可哀想に思えた。
──直後、いや、あれは自販機を蹴って商品を無料で取ったバチが当たったのだと、先程の行いを見て可哀想と思った気持ちをアコは素直に天に返上した。
──────────
本当に今日は夢に振り回される。
そう嘆息するアコを責める人は誰もいないだろう。
指摘する人物がいるかいないかは別として。
もうこれで何度目の移動なのだろうか。
先程まで公園にいたアコは、今度はどこですかこことぼやきながら場所の確認を行い始める。
初めて訪れる場所だった。
黄泉川、芳川がいたマンションのような広さも無い、小さな一室。
少なくとも、記憶の限りここに来た記憶は無い。
じゃあどうしてこんな場所に飛ばされたのかと考察を行おうとした矢先。
「とうまが帰って来ないんだよ」
と、言う気だるげな声がアコの耳に届いた。
「今日の補習は午前までだからお昼には帰って来るって言ってたのに、もう二時なんだよ」
声が聞こえた方に移動すると、白いシスター服(何故か所々が安全ピンで止められている)に身を包んだ少女が仰向けに寝っ転がりながら、超小柄の猫を上に持ち上げながら愚痴を垂れている姿をアコは目撃した。
トウマ。と言うのは誰かの名前なのだろう。
帰って来ない。という言葉から、友人、姉妹、兄妹。あるいは恋人かと推測する。
「お腹が空いたんだよスフィンクス。でも冷蔵庫にはちくわ一本すら残って無いんだよ。このままじゃ飢え死になっちゃう。と言うか既になってる。お腹と背中がもうとっくにくっついてるかも!!!!」
飢え死になってるならそれはもう死んでいるのではとツッコミを入れたくなるが、生憎アコはこの世界に対して影響力を持たない。
というか、それはトウマという存在が帰って来るのを待っていのが辛いと言うより、お昼ご飯がまだ食べられなくて辛いのでは? と頭を傾ける物の、そこにも答えは帰って来ない。
シスター服に身を包んでいる癖に、やけに欲望に忠実なシスターだった。
にゃーと。彼女の文句に猫がそんな声を走らせて返事をする。
何ですか今の変な声はと、言葉になってないじゃないですかとこれまたツッコミを入れていると、ガチャリと玄関のドアの鍵が開く音が響いた。
「あ! とうま!!」
その音に素早く反応した少女は、即座に起き上がりぱたぱたと玄関まで駆けていく。
彼女の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
その表情から、何だかんだ文句を垂れつつも、真実はただ寂しかっただけのだろうとアコは読み取る。
「お帰り! とうま!」
玄関口から嬉しそうな声が響く。
まあなんとも健気なことだと思いつつ、アコも玄関へと向かう。
理由は当然トウマの出迎え……では無く、この部屋から出ていく為だ。
何がどうしてこの場所に飛ばされてしまったのか理由は一切定かではないが、この場所に留まる理由も義理も無い。
夢から覚めたいという欲求が仄かに燻ぶっている今、何も目覚める切っ掛けになりそうな物が無さそうなこの空間はアコにとっては退屈と言って良いに等しい。
それならば、さっさと外に出て例の少女でも探した方が幾分かマシと言う物だ。
もう何度も繰り返したからこそ、夢の中限定で思い出せるようになってしまった。
アイホやキキョウが言っていた少女を見つけ、すれ違うと夢から覚める。
なので、その少女を探しに外へ出ようと、そのついでにトウマという存在が誰なのか顔ぐらい拝んでおきましょうかねと若干の野次馬根性で玄関に赴いた矢先。
へ……? と、アコは声を出した。
あり得ない物を、見てしまったからだ。
トウマと呼ばれた存在は、先程の自販機を蹴っていた少女と話していた少年だった。
それは良い。それは良いのだ。多少驚いたがそれは本当に全然良いのだ。
問題は、その先。
先程の映像の時とは違い、彼の後ろに少女がいる。
でも、それは良い。そこまで本当にどうでも良いのだ。
問題は、その先。
少女の、頭。
トウマが連れている少女の頭には、
形は、トウマの影に隠れていてよく見えない。
でも、ここまではまだ良い。許せる範囲の話だ。別に良いと、捨て置ける話だ。
問題は、その先。
「と、とうま……? その子は……その天使の輪っか……いや、天使じゃない……!? ど、どういうことなのかな!?」
シスター服の少女が発するその声は、アコの境界線を越えるには充分だった。
彼女は、認識されている。
夢の中の筈の世界なのに、自分と違い存在を認識されている。
何が、起きているんだと、アコは自分に問いかける。
答えは無い。見つかる筈も無い。分からないとしか答えられない。
何だ。何が起きている。
何がこの夢の世界で巻き起こっている。
慌てて、アコは走る。
目的は勿論、こちら側の住人であろう少女の顔を覗き見る為。
制服やヘイローからおおよそどこの誰かを推測することが出来る、ゲヘナならば確定まで持ち込める。
興味では無く、恐怖からアコは正体を探ろうとして、走り出して。
ここでは誰かとぶつかってもすり抜ける性質を利用して、トウマと呼ばれた少年の身体を通り抜けながら少女の顔を覗き込もうとして。
バツンと、彼の身体に触れた途端、唐突に意識が暗闇に放り出された。
夢から覚めるのだと、感覚が訴える。
しかし、それは今まで体験した、ゆるやかに意識が覚醒に向かって落ちていく物とは全く似て非なる感覚。
いきなりコンセントを引っこ抜かれ、無理やり電源を落とされたような感覚が、アコにいきなり襲い掛かった。
何が起きたのか。考える余裕は無かった。
ただ。
ただ。
意識が消える僅かな一瞬。トウマと呼ばれた存在と、一瞬目が合ったような気がした。
彼は驚きの顔を浮かべて。
自分の右手を、眺めて。
それ以降は、もう、何もアコには分からなかった。
夢が、終わる。
この日を境に、アコはキヴォトスとは違う、どこか別の世界の夢を見ることは二度と無かった。
──────────────────────────────
「……はっ、呑気に眠ってやがる」
胸に抱いたアコから寝息が聞こえていることに気付いたのは、一方通行が歌い終わってからのことだった。
トンと、首に右手を添える。
脈も正常。
呼吸も穏やか。
寝顔も、安らかだ。
それ以上に直感が伝えて来るのだ。
もう、大丈夫だと。
アコを蝕む脅威は、命を脅かす程の物では無くなったと。
「良かった……。本当に」
ぶっつけ本番。確証一切無し。
未知の力に頼るのも含めて、あまりにも分の悪すぎる賭けに一方通行は勝った。
払ったリスクに相応しい、報酬を得ることが出来た。
ならば、残っている仕事はあと一つだ。
「……っっ、ぐ」
動こうとした矢先、ふらりと身体が揺れる。
抑えようとしても、倒れそうになるのを抑えられない。
アコを落とさないようにするだけで精一杯だった。
どうやら、血を流し過ぎたらしい。
たまらず膝を突き、ゆっくりとアコを砂漠に降ろしつつ、一方通行は血の気の薄い顔で想像以上にダメージが蓄積していることを思い知る。
「先生……!」
途端、震える声が後ろから聞こえた。
顔だけをそちらに向ければ、泣いているヒナの姿を見つける。
「ヒナ……悪い、アコを頼ンで良いか」
一方通行は、そんなヒナに向かって自身の要求を述べた。
彼女が泣いている理由の全てを、察しながら。
「っっ……! せ、先生はどうするの……?」
「勿論、ワカモ達を追いかける」
「っっっっっっっっっっ!!」
面食らった表情を、ヒナは見せる。
当然か。と、一方通行は自身の状態を冷静に把握しながら、ヒナの感情を読み取る。
止めて欲しいんだろうなと、言いたいであろうヒナの気持ちを見抜く。
「そ、そ……っ、そんな怪我で……、追い付ける訳が無い……。それ以前に、そんな怪我で歩いたら……! き、気付いてる……? 先生の身体……ぐちゃぐちゃなんだよ……? 今すぐ治療しないと……取り返しの付かない……ことに…………」
言わずもがな、自分の身体がどうなってるか、一方通行自身が分からない筈が無い。
全身の痛みが消えた。
なのに出血は今も続いている。
痛みが無いことが、危険信号。
今すぐ引き返さないと危険。
否……もしかしたらもう手遅れの段階に差し掛かっているかもしれない。
「先生、帰ろう……! もうこれ以上は……頑張る必要はどこにも無い……!! ワカモだって、アビドスの誰もだって、先生が死ぬのを望んでない……! こんな姿で助けに来るのを誰も望んでない……っ!!」
ダメ押しとばかりに、正論を武器にヒナは一方通行に説得を試みる。
けど、一方通行はもう答えを出していた。
アコと約束した。
死なないと。
同時に、ワカモ達とも約束したのだ。
後から追い付くと。
故に。
「ヒナ、アコを頼む」
変わらぬ意思を、ヒナに教えた。
「アコを連れて先に帰ってくれねェか? アコを、守ってくれねェか?」
「わ、わかってる……! アコは守る……絶対に……ッ! でも、でも先生だって守りたいの……!!」
彼女の涙が、痛い程に一方通行の心に刺さる。
泣いている姿が、少なからず彼の決意を揺らす。
でも。
「ヒナ。俺は死なねェ。絶対にだ」
ポンと、ヒナの頭上に手を置いて、一方通行はヒナとも約束する。
「必ず戻って来る」
必ず戻ると。
生きて帰って来ると。
優しい声で、一方通行は約束する。
「~~~~~~ッッッ!!」
それは、ヒナにとって何よりも耐え難い毒のような言葉だった。
一方通行が語った意志に対して、ヒナはそれ以上言えなくなる。
ここに反発してはいけないと、咄嗟にそう思ってしまったのだろう。
先生の気持ちを、折り曲げてはいけないと。
けど、分かったとも彼女は言いたくなかった。
行ってらっしゃいも、言いたくなかった。
行かないでと、言いたかった。
けどそれは、どうしても言えないから。
だから。
ヒナは、顔を伏せた。
顔を伏せて、鼻をすする。
これ以上、何も言葉が言えない。
言えないから、態度で表すしか無かった。
一方通行は、そんなヒナの様子を見て。
ぐわし。と、彼女の頭を撫でた。
彼女の強さに、感謝の意を表す。
「ありがとよ。……行ってくる」
その言葉を最後に、一方通行は立ち上がる。
……一歩目を踏み出す前から、彼の身体はぐらついていた。
咄嗟に収納していた杖を伸ばし、安定を図る。
そのまま一歩、また一歩と、身体を杖で支えながら、よろめきながらも歩き始める。
行く先は、ワカモ達が向かって行った方向。
小鳥遊ホシノが、いる方向。
「……さァて」
自分の感覚を元に戻す為、あえて彼は声に出す。
くたばるのはまだ早い。
休むのももまだ早い。
まだ、話は何も終わっていない。
よくよく考えれば、おかしい話だ。
何故このタイミングでアコが現れたのか。
それは当然、先日ゲヘナでアコと邂逅し、彼女の中にあった最後のタガを意図せず外してしまったからだ。
では何故アコと邂逅したのか。
これも当然、連れ去られたノノミを取り戻す為に、カイザーのオークション会場へ殴り込んだからだ。
「よくよく考えれば出来過ぎなンだよなァ……ここまでの流れがよォ」
ガシ……と、頭を書きながら一方通行は思い返しを進めていく。
アコとカイザーコーポレーション。
繋がる筈の無い点が、偶然にも繋がっている。
アビドスを絡ませて。一方通行を絡ませて。
結果、アコは一方通行を始末しに単独でゲヘナからやって来た。
これを偶然と済ませる程、一方通行は目出度い頭をしていない。
断言出来る。
カイザーコーポレーションは、アコがこうなることを、ここまでの暴走を引き起こすことを予測して動いた。
それはつまり、アコの命を脅かした事実に直結する。
瞬間、身体に残った必要最低限の血が沸き立つ感覚が走った。
「ウォーミングアップは、充分だな」
改めて、一方通行は決意する。
くたばるのはまだ早い。
休むのもまだ早い。
その人物はアビドスを地獄に叩き落したのでは飽き足らず、アコの命すら弄びの対象にした。
それは何処までも、一方通行の地雷で。
果てしなく、一方通行に動く理由を与えた。
「ンじゃまァ、挨拶に行かせて貰うとするかァ!? カイザーPMCさンよォオオオオオオォッッ!!」
アビドス砂漠を、最強が進む。
彼女達の運命を狂わせた、とびっきりのクソ野郎の顔を拝む為に。
爆弾を落とすのが大好きな私です。
その爆弾が爆発するのが一年は先になってしまうのが悲しいんですけども。
10046号
『とある科学の一方通行』に登場した、一方さんに助けられた個体。
今作品では上記の救出された出来事を切っ掛けに一方さんに想いを寄せています。
また、裏設定で、大多数の妹達は原作通り上条派なのですが、極少数の個体だけ一方派に属する個体がいます(出番はありません。重ねて言いますが裏設定です)
上条さんと浜面君。
言わずと知れた主人公ズのお二人。今作でも無事に出番が与えられました。互いに台詞無いですけど。
特に上条さんは出番ない癖に今作でも存在感が強いです。まともな出番は無い筈なんですけどね。全部一方さんがとびきり厄介なファンしているのが悪い。
アコちゃん。
アコちゃんは色々と特別枠です。
ブルアカ原作において敵側生徒じゃないにも関わらず敵役に抜擢されたり、とある側のシステムを盛り込まれたりと盛りだくさんです。
付け加えると、原作では味方なのに敵側に立つ生徒はアコが最初で最後です。この点でも特別です。
第一章から続いていたアコ編、このお話で完結です。いや出番自体は少ないんですけど……。
よく見るとアビドス編、割とずっとアコの話をしています。
一方さんもアコがいると、割とずっとアコの話をしていますし、アコちゃんも大体一方さんの話をしています。こうして終わってみると結構露骨に描写していたと思います。
悪役ムーブ兼ヒロインムーブを登場当初からずっとしていた彼女ですが、ヒロインとして動かすのは第一話の時点から決めていました。
ヒロインにするからこそ、という気持ちでここまで書いていましたが、割とアコがヒロイン枠に収まると予想していた人は少なかったように思います。
そしてこのお話をもってアコがヒロインとして正式加入です。
……長いよ。八十五万文字使ったよ。ラノベなら五巻分くらいだよこれ。
厳密に言ってしまうとシロコが登場した段階で勢揃いはしていたんですが、その時は残り最後の一人はアコであることは言及していなかったので、まあこのお話からと言う事で問題は無いかと思います。
アコVS一方通行。
『とある箱庭の一方通行』自体が長いお話になりますので、一回ぐらいは上条スタイルの戦闘をやろうと思って書きました。結果からすれば一発も殴らずに勝利する形に終わった訳ですが……。
そしてこの話でやっと一方さんがまともなタイマンを張ることに。黒服戦は格が違い過ぎたからね……。
八十万使ってようやく格上との戦闘に放り込まれた一方通行。次はいつ、誰と戦うことになるのやら……。
ヒナちゃん。
前々回で一方さんを撃ってしまったヒナ。
結果として、エデン条約編でサオリに先生が撃たれたのを間近で見た時の比ではない程に心に大きな傷を負いました。
あとがきでネタバレを言ってしまうのもあれなんですけど、エデン条約編の転換点とも言える先生が撃たれるシーンは今作ではありません。サオリは先生を撃ちません。
なので、アコVS一方通行は、前後の展開も含めて『とある魔術の禁書目録』色が非常に濃いシーンとなっていますが、エデン条約編の銃撃イベントを大きく前倒しし、アコとヒナが敵対、かつアコではなくヒナが撃ったという形で描写されるという、見方を変えれば途端にブルアカ色が強くなる一戦でもあります。
じゃあこの後ヒナはどうなるの? というのは……アビドス編が終わってからになると思います。ひとまずヒナとアコのお話は一区切りが付きました。
まだ色々あったと思うんですけど、忘れている部分も多いですね。このぐらいにしておきましょう。
感想、良いね、評価ありがとうございます。
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ここで一つ、お知らせがあります。
来週から8月中旬、具体的には夏コミが終わるまで更新頻度が著しく減少します。
おそらく二週、三週に一回更新となると思います。週一更新は難しいです。中断まではしなくても良いと思いますので、本当に気長にお待ちくだされば幸いです。
申し訳ありませんがご了承下さい。
それでは、次回更新までまたしばらくゆるりとお待ちください。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
超個人的な主観ですが、もし、仮に一方さんが恋愛感情を持った場合、生徒で誰が一番タイプなのかと言われたら第一位はアコだと思います。間違いなく好きだよ。打ち止めと真逆を行く面倒くさいタイプの女。