「ふぅ…………」
なし崩し的にアビドス、便利屋、加えて災厄の狐全員を取り纏める役割に落ち着いていたアルは、一息付いた。とばかりに深呼吸の後、肺に溜め込んだ空気をゆっくりと吐き出す。
「とりあえず、今ので粗方片付いたかしら」
「そうだね。多分、増援もこれで打ち止めかな」
社員達の方に振り返りながら確認を促すと、カヨコから自身が思っている内容と概ね同じ答えが返って来る。
そんな彼女の背後、正確には便利屋68とアビドス校の生徒達の背後には、夥しい程の機械の残骸が転がっていた。
ドローン。オートマタ。雇われ兵。中には戦車や機械兵器等もあったが、一つ残らずアル達によって綺麗に殲滅、破壊されている。
「ザっと全部合わせて数百は壊したんじゃな~い? 流石本拠地。物量もトンデモなかったね」
ま、敵じゃなかったみたいだけど。
にこやかに語るムツキにアルはそうね。と、頷いて見せる。
彼女達がいる場所はカイザーコーポレーションがアビドスに築いた拠点のど真ん中。
右を見ても左を見ても敵、敵、敵の状況下でアル達が立てた作戦は正面突破。
丁寧に侵入してもどこかで必ず騒ぎになるのが確実なら、騒ぎになったら一気に敵が押し寄せて来るのが避けられないのなら、いっそ最初から目立つように動き、撃退に来た兵をこの場で全滅させた方が後々楽になる。そう考えての判断だった。
これで、面倒くさいタイミングで面倒くさい乱入を防ぐことが出来る。
「ようやく本番って感じね」
見上げる。
アビドスの面々が、先生が目的地として設定していたであろう施設を。
見てくれはドーム状の施設だ。どれだけ時間を掛けて作られたのか、ゲヘナの高校二つが丸々収容できる程にその施設は巨大だ。
その中央にそびえる入り口に、自分達は立っている。
ここに、先生が目的としているアビドスの生徒、小鳥遊ホシノがいる。
後は、目の前にこれ見よがしにそびえるドームの中に進入するだけ。
「で、ですがアル様……申し訳ありません……、そろそろ弾薬が底を付きそうです……」
「私も……ちょっと流石に相手し過ぎたかも」
しかし、乗り込もうとする直前、無視出来ない報告が二つアルの耳に届く。
先の作戦、施設の中で暴れる前にまず施設の外にいる集団を掃除する。
この作戦自体は成功を収めた物の、被害がゼロとは言えなかった。
肉体に受けたダメージこそ軽微だが、銃撃戦をするにあたって支払ったリソース量が大きい。
平たく言えば、銃弾が心許なくなってしまった。
特に消耗が激しかったのが、ハルカ、セリカの二名。
前線で暴れる役割を担った二人の消費が特に激しい。
施設の中にも敵が残っている可能性が高い以上、この不安は出来る限り取り除きたい。
この火急を要する事態に、アルが解決策を練ろうと頭を働かせ始めた折。
『皆さん、これを受け取って下さい』
アビドスの生徒、奥空アヤネから通信が入った。
同時、ドサッという音と共に空中にいるドローンから何かが投下される。
『弾薬等の補給物資です。潤沢とは言えないかもしれませんが、継続戦闘能力を多少は回復することが出来る筈です』
そう言えば、一回だけの補給手段を用意していたんだったわねとアルは投下された荷物を見て思い出す。
助かるわ。と、一言だけ礼を述べた後、ハルカ、セリカの二名を中心に弾薬の補充を行う。
良し。と、安心できる量まで弾薬と爆薬を確保したアルは、一度全員を見渡し、それぞれが納得できる量を所持したのを確認した後。
「行くわよ」
殴り込みに行く為の号令を、掛けた。
言葉の後、彼女はゆっくりと歩を進める。
施設の中へと、潜り始める。
「…………」
無数の足音が静かに鳴る中、アルは足の動きは止めず耳に意識を集中させた。
確認する。付いて来ている人数を。
…………全員、彼女の後ろを付いて来ていた。
災厄の狐、狐坂ワカモも含めて。
その事実に、ふぅとアルは誰にも聞き取らせない音量で息を吐く。
「……っ」
途端、ズキンと彼女の額が疼き、アルは表情を僅かに歪めた。
幸い、先頭を歩いている為、彼女が痛みに呻いたのを誰かが気付く様子は無い。
全く、よくもまあ本気で撃ってくれたわねと声に出さずアルは愚痴る。
額に痛みを負わせた張本人、狐坂ワカモに向けて。
敵だらけの施設の筈なのに、不自然に静かな空間を歩く。
極限に張り詰める緊張状態は、数十分前に起きた出来事を思い返すという雑念を生み出させるには、あまりにも充分な環境だった。
──────────────────────────────
「ワカモ。引き返そうとしているのが見え透けてるわよ?」
それは、先生の意思を汲んでアル達便利屋がワカモ達を強引に運び去ってからしばらくしての出来事だった。
当然、アル達にだって体力の限界はある。いつまでも担ぎ続けている訳にもいかない。
なので、先生の姿が一切見えなくなった所で、アル達はそれぞれが担いでいた少女達を降ろした。
突然の出来事に最初は戸惑っていたアビドスの面々だったが、運ばれている最中に自分なりに考えを纏めたのか、アル達が起こした行動について、身体が自由になった後も特に質問はしなかった。
唯一砂狼シロコだけが不安げな表情で後ろを、先生がいる方向を見つめていたが、それでも言葉をアル達にぶつけようとはしなかった。
全員、物分かりの良い少女達だった。
何を優先すべきかを、分かっている少女達だった。
しかし、彼女は、災厄の狐だけは、その例に当て嵌まらなかった。
アルは、彼女の微細な気配の動きから、ワカモが先生がいる場所へ戻ろうとしているのを察し、すかさず釘を刺す。
「……、見え透けていたら、どうするのですか?」
「先生の意志を曲げさせるわけには行かないの。当然、止めるわ」
返答は、銃口を差し向けられる形で表された。
瞬間、周囲から息を呑む音が聞こえる。
どうやら、これがワカモが出した答えらしい。
対して、アルはその行動に動揺一つ見せなかった。
表情も一切変えず、やや冷めた目を向けてアルはワカモを見据える。
「先生は私達にあの場に居て欲しくなかった。戻って来て欲しくも無い筈よ」
「それは……先生があの女を庇う為に、ですよね」
「かもしれないわね」
否、間違いなくそうなのだろう。
あの場にどうしてゲヘナの風紀委員が現れたのかは不明だが、あそこで先生が残った理由は一つしかない。
間違いなく、先生は彼女を守る為に残った。
己の身に、危険が降り注ぐのを承知で。
「でも、先生がそう決めたのなら、下した決断を尊重するべき物じゃないかしら」
どんな問題がゲヘナの風紀委員と先生の間で発生しているのか、アルは知らない。
しかし、寧ろそうではなくてはならないのだと、彼女の中の勘が訴えていた。
何も知らないままでいるのが正解。
だからこそ、先生と風紀委員の行政官があそこで何をしているのかを、第三者に目撃させてはいけないと推測だけでアルは正解に辿り着く。
たとえ、そこで何が行われていようとも。
どんな光景が、繰り広げられていようとも。
先生がその道を選んだと言うのなら、アルが出すべき答えは一つだ。
その邪魔をさせない。
それ一つだけ。
「ええ、勿論心得てます。先生がそれを望んでいるというのも」
一方で、攻撃を仕掛ける側にいるワカモは終始落ち着いた口調で、至極冷静な声色でワカモは続ける。
激情に刈られた訳ではない、しっかりとした思考を続けているのが声から伝わる。
──だからこそ、厄介だった。
アルと同じ思考を経て、その結果先生がいる場所に赴くという道を彼女は選んでいるのだから。
「ですが、それはあくまであの女の事情です。そのせいで危険に巻き込まれたのは、先生です」
彼女は、狐坂ワカモは冷静な思考の果てに、それが最善であると定義していた。
否定は出来ない。
間違いなく先生は危険に巻き込まれている。
その原因も、間違いなくゲヘナの行政官にある。
アルは、否定出来ない。
この場における正論は、どちら側にもある。
「ここから先は私の好きにさせて頂きます」
「ゲヘナの行政官を殺しに行くの?」
「それは行ってみないと分かりません」
否定も、肯定もされなかった。
どうする。と、折れる姿勢を一向に見せない姿を見せるワカモに、アルは頭をフル回転させる。
どうすれば彼女を説得できる。
この場で戦闘を仕掛けて無理やり黙らせる手も取れなくはないが、一対一で戦ったら勝つのは間違いなく災厄の狐の方。
ならば複数人で協力して取り押さえる? その場合も味方側の損失が大きい。折角補給した弾薬が無駄になることもさながら、彼女と戦えば軽い怪我で済むとも思えない。
結論。戦闘で無理やり事態を収める手段は取れない。
やっぱり話術で丸め込むしか無い。
そう決断を下すものの、その成功率も高くないのはアル自身が分かっていた。
交渉技術はまだ低い。
言葉の駆け引きを、アルはまだ物にしていない。
それでも、やるしかなかった。
それしか、残されていないから。
「先生の所に行く行動は、先生の意思に背くことになるわよ」
「ですね。それがどうかしましたか?」
「…………嫌われるわよ」
「かもしれませんね。で。それがどうかしましたか?」
ここに来て、初めてアルの表情が揺れる。
呆気なく、呆気なく言い切ってしまうワカモに、アルの瞳が僅かに揺れる。
だが、ワカモの口は止まらない。
「私が嫌われる。その負債が何だと言うのですか? 先生の危機だと言うのに、先生から向けられる感情が何だと言うのですか? 天秤に載せられる程の物なのですか?」
彼女は今、とてつもなく恐ろしいことを口走っている。
他の誰もが簡単に切り捨てられない感情を、気持ちを、躊躇いなく諦める旨を語っている。
怖い。
素直にアルは、そう思った。
災厄の狐を、心の底から怖いと思った。
「私が嫌われるだけで先生が助かるなら……、喜んで私は先生の隣に並ぶ資格を捨てます」
ガツンと、頭を思いきり殴られた気分に陥る。
彼女は、普通じゃない。
だが。
「警告は終わりました。邪魔、しないでいただけますか?」
「…………イヤよ」
銃声が、迸った。
同時、アルの身体が衝撃により吹き飛ぶ。
「アルちゃん(様)(社長)!!!」
撃たれた。ワカモが引き鉄を引いた。
その事実を認識した便利屋の三人が叫び、一斉にワカモ目掛けて身構えた。
彼女達の動きに釣られるように、アビドスの少女達も同様に警戒心を剥き出しにする。
しかし。
「待ちなさい!!!」
吹き飛ばされたアルから、怒号が響き渡った。
その声にワカモ以外の全員がアルの方へと振り向けば、撃たれた額部分を右手で抑えながら、ゆっくりと立ち上がる彼女の姿が映る。
傷を抑えている右手からは、溢れるようにドロリと血が滴り始めていた。
「戦闘は、許可しないわ……! 私達はこのまま全員でカイザーコーポレーションの本拠地を目指す……。仲間割れは、先生が望む物じゃないわ……」
思い知らされた。
彼女は、狐坂ワカモは普通じゃない。
先生を想う気持ちも、行動も、何もかもが普通じゃない。
本物だ。
彼女の想いは、真っ直ぐ過ぎて、純情過ぎて、眩しいぐらいに本物だ。
だが。
それはこちらだって同様だ。
条件だけなら、変わらない。
「私達と一緒に来て、狐坂ワカモ」
「…………」
「分かってるわよ私だって。本当ならあそこで先生を一人にするべきじゃかったことぐらい……!」
あの場での最適解はどうだったかなんて決まり切っている。
アビドスの面々が行政官に武器を向けたのが正解だ。
先生を守る為、あそこで彼女と交戦しなければならなかった。
けど。
だけど。
先生がそれを望まなかった。
アルに向かって、この場を離れろと依頼した。
それはどこまでも、どこまでも信用されているからではないか。
なら、応えなくてはならない。
ワカモの先生に対する気持ちが普通でないのと同様に。
アルが先生に抱く気持ちもまた、普通では無いのだから。
「けどね。あなたが先生を大事にしたいと思うように、私だって先生を大事にしたいの……!」
感覚で分かる。
ワカモが向ける気持ちの方向性は自分とは違うことを。
だが、特別な感情を抱いているのは両者とも同じなら、やはり大きな違いは無いのだ。
信用と、恋慕。
向けてる方向性こそ違えど、気持ちの大きさが同じなら。
やはりそれは、好意の一言で括られてしかるべき物に違いないのだから。
「先生の邪魔はさせない。けど、あなたと戦うつもりもない。だから一緒に来て欲しい」
ワカモを説得出来るだけの技術をアルは持っていない。
だから、アルは説得を諦めた。
代わりに、言葉を曲げず、真っ直ぐに要求を述べた。
ありのままを曝け出した。
自分の気持ちを、本心から打ち明けた。
先生の所に行かないでと。
私達と一緒に来てと。
きっとそれは。
きっと、それは。
ムツキが、ハルカが、カヨコが。
彼女に付いて行こうとするに至った理由だ。
純粋。
ともすれば悪党には不要だと切り捨てられて当然な感情を、アルはずっと、今も昔も宿してる。
その気持ちこそが、陸八魔アルが持つ最大の武器。
天性の、資質。
人は、それをカリスマと称するのだろう。
「………………。陸八魔……アル。うふふふふふ」
何の解決策も提示しない、ただ己の意見を述べるアルの言葉を受けたワカモは、歪に口を歪めた。
ただし、それは嘲笑ではない。
彼女の声に含まれていたのは、称賛、だった。
「良いでしょう。あなたの正直な気持ちに免じて、その口車に乗せられてあげます。先生は無事であると、私は私自身に嘘を付きます」
あなたの熱意は本物でした。先生に対する真摯な気持ちに今は負けてあげますと、武器を下ろし、敵意を解いてからワカモは自身の欲求を隠す旨を告げる。
アルの指示に、従うことを述べる。
「ただし、全てが終わるまでです。この仕事が終わった時、嘘は消える。それで構いませんね?」
「…………ええ。それで良いわ」
代わりに、条件が提示された。
騙されてあげるのは小鳥遊ホシノを救出するまで。
それ以降は、アルがどう言おうと止まらない。
アルは彼女が突きつけて来た条件を了承した。と言うより、了承せざるを得なかった。
ここを譲らなければ、何もかもが破綻すると本能が悟ったから。
「では行きましょう。歩けますか?」
「当然よ。この程度のダメージ、怪我でも何ともないわ」
「あらそうですか? 本気で撃ったのですけども」
「強がるぐらいさせなさいよ。……本音を言うと今すぐぶっ倒れたい気分よ」
「ふふふ……。包み隠さないのがあなたの魅力なのかもしれません。良かったです。あなたが先生に向ける感情が私や彼女達と同じ物じゃなくて」
もし仮に自分達と同じだったのなら、とっても手強い相手になっていましたから。
意味深な言葉を吐きながら、ワカモはアビドスのサポート役が飛ばしているドローンの方向、道案内している方角目掛けて歩き始める。
その後ろ姿を見て、アルは安心したかのように、息を大きく吐き出す。
同時に、一瞬だけ背後へ、先生がいる方向へ振り返る。
(ここまではやったわよ……。あとは、先生の問題)
出来る限りのことはやった。
これ以上ない成果を叩き出したとアルは自身を評価する。
彼女は先生の信用に応えた。
ならば、残るは。
(どうか無事でいて、先生)
それが、アルから先生に寄せる信用。
どんな局面を迎えたとしても、無事に厄介事を終わらせること。
先生なら出来ると、アルは信じて、後ろ髪を引かれているのを自覚しながらも前に進む。
それが、先生と自分の、自分達だけの絆。
自分達の間でしか、成立しない繋がり。
この唯一無二を守る為、アルは凛とした表情で前を進む。
自身に課された役目を、全うする為に。
──────────────────────────────ー
コツコツと複数の足音が冷たく響く中、ワカモも先頭を歩くアルに続くように、不気味に静かな廊下を歩く。
砂狼シロコを筆頭としたアビドスの面々も、ゲヘナのアルを除いた便利屋集団も、目線が届く限り全ての物に注意を凝らしながら歩を進めていく。
緊張のし過ぎ。警戒のし過ぎですね。と、ワカモは後ろに続く六人の動向を気配だけで察しながら一人優雅に歩く。
唯一アルも彼女と同様に目線を正面に合わせて歩いているが、あれは自分の様に余裕を持っているからこその行動では無いだろうとワカモは断じた。
間違いなく、緊張のし過ぎによる物だ。
もしくは、余計なことを考えているか。
いずれにせよ、今の彼女はそこまでアテになる物でも無さそうであるとワカモは判断した。
(頭の歯車が噛み合わないとダメみたいですね彼女。で、その噛み合わせるのに必要なのが先生ですか)
砂漠で自身を颯爽と担ぎ、全速力で現場を離れた動きは目を見張る物があった。
しかしそれが常日頃から発揮されている訳でもないのを、前方を歩くアルから漂う雰囲気が先程とはまるで別物であることからワカモは目敏く気付く。
思い返せばトリニティの騒動で判断良く状況を動かしていたのも先生がいたからなのかもしれない。
要するに、普段の彼女は割とダメな方向にいるタイプらしい。
そして今がその時。むしろ今は平常時と言った方が正しいか。
加えて残りのメンバーもやや過剰に気を張っている。
さて、どうしましょうかこの状況。と、一人ワカモは冷静に思考を回す。
ハッキリ言ってしまえば、今の状況はあまり喜ばしくない。
(監視カメラが私達の動きに追従して動いてますね。気付かれてはいるようです)
目線を動かさず、僅かな駆動音のみで監視カメラの存在とそれらが的確に自分達を追っているのを察知する。
同時に、周囲に気を配っている筈の彼女達が、カメラに気付いていないと言うのも。
本当に、この状況はよろしくない。
これではいつでも襲って下さいと言っているような物ですねとワカモは僅かに目を細める。
ただし、襲撃に絶好のチャンスを相手が握っているにも関わらず、いつまでも敵襲の気配は無い。
泳がされているのか、迎撃に向かっている途中なのか。
どうでも良い。と、雑に切り捨てるのは簡単だ。
普段のワカモならばどうでも良いと、相手の動きが見えた段階から対処を始めれば良いとするのだが、今は団体で動いている。
一つ崩れれば、崩されてしまえば、立て直しが不可能になる恐れだってある。
その危険性が、このメンバーには含まれてしまっている。
ワカモは彼女達に対して信頼を寄せていない。
唯一アルにだけはそれなりに評価を下しているが、それ以外のメンバーについては不安要素の方が勝っていた。
戦闘において腕が立つ。だけでは意味が無い。
もっとその先を見なくてはならないのだ。
彼女達は、まだその域には到達していない。
ならばどうするのが正解かをワカモは考え。
「失礼」
言葉と同時、監視カメラがある場所に銃を向け、発砲した。
直後、小さな爆発音が着弾した先で発生する。
「ア、アンタ!? 急に何を」
「カメラが私達を追っていたので撃ちました。と言っても、そこら中にあるので無意味ではあるのですが」
ワカモが起こした突然の奇行と発生した事象に動揺するセリカの言葉を遮り、端的に彼女は説明する。
泳がされているぞと。
「こちらからのアプローチは済ませました。後は向こうの出方を伺うとしましょうか」
カメラに気付いているアピールは済ませた。
その事実を全員に共有した。
ここまでやったのだから、後は勝手に相手が動いて来るだろう。
何せ敵が堂々と重要施設に殴り込みを仕掛けに来て、罠に気付いているぞと堂々と宣言したのだ。
二の手、三の手を打ちに来るに決まっている。
もしくはそのまま、罠を発動させるだろう。
いつ何が起きるのか分からず、警戒心を剥き出しにしながら進むことというストレスにより却って注意力が散漫になってしまうのなら、いっそトラブルを引き寄せてしまえば意識を向ける先が絞られ、対応力も上がる。
そう期待しての行動。
だったが。
「……特に何も起きませんね」
ガトリングを構える少女が、皆の心境を代弁するかのように口を開いた。
監視カメラを撃った後も、状況は変わらず、依然として不気味なぐらいに静かな廊下を進むのみだった。
何故。と、ワカモは胸中で呟く。
言い知れない不信感を抱くには、材料が揃い過ぎている。
明かな宣戦布告をした筈なのだが、相手は未だ何もしてこない。
小鳥遊ホシノ奪還への道は着実に進んでいる。
相手からすれば、それは阻止しなければならない案件の筈だ。
何かが、おかしい。
まるで、考え方の前提から間違っているような感覚が走る。
しかし今更引き返す道がある筈も無い。
結局、なるようになるしかありませんねと、気持ちを切り替えて進もうとする。
その、矢先。
「っっっ!」
キュィィ……と、何かが回るような音が聞こえ始めたのを、ワカモの耳は逃さなかった。
まずい。そう本能が察する。
同時。
「走りなさいッッ!!」
ワカモと同じく異変を察知したアルが叫んだ。
直後。
無数の監視カメラから、
天井から、壁から。
機関銃が顔を覗かせ、一斉に火を噴き始めた。
けたたましい轟音があちこちから迸り、ワカモ達目掛けて銃弾の雨が降り注ぐ。
夥しい弾幕は、いくら銃撃に強い彼女達であろうとも、到底受け止めきれる量では無い。
数秒棒立ちしてしまえば、一気に意識を持っていかれてしまう。
直感が、ワカモにそう伝えていた。
だから。
ワカモは、走る速度を意図的に落とし、最後尾に立った。
先頭を、アルに任せて。
「…………っ」
駆け抜ければ駆け抜ける程背中に無数の銃弾が突き刺さり、その痛みにワカモは表情を険しくさせる。
走れば走るだけ背後から追撃が増える。
走れば走るだけ先頭に銃弾が降り注ぐ。
ワカモは、後者を引き受けることを選んだ。
言ってしまえばそれは彼女が他の少女達を見下しているからに過ぎない。
全員が無事に弾幕を切り抜けるには、自分が最後尾に立つ必要がある。
他の少女達は、おそらく耐え切れないだろうから。
身勝手にそう判断し、ワカモは我儘にその考えを許可無く押し通した。
当然、突如走る速度を落としたワカモを追い抜いていった少女達が怪訝な視線を寄せた。
中には、手を取り引っ張ろうとする者もいた。
声を掛ける者もいた。
ワカモは、一切意に介しなかった。
誰の意見も気にせず、一様に振り払い最後尾に立つ。
百、千の銃弾を、一人背中で受け止め始める。
味方の被弾率を、少しでも抑える為に。
「前方に自動ドアがあるわ!! みんなあそこまで走るわよ!!!」
先頭で盾の役目を果たしているであろうアルが叫びながら状況を説明する。
ワカモからは見えないが、どうやらこの銃弾の雨から逃れられる道が見つかったらしい。
(……罠、ですね)
断じる。
それは決して救いの道では無いと。
誘われている。
明らかに。
明らかに誘われている。
この状況で銃撃から身を守れるようにこれ見よがしな扉があるなど、普通に考えて罠でしかない。
(今まで何もして来なかったのは、引き返すという選択肢を潰す為ですか)
なるほど。と一人ワカモは頷く。
もうここまで走ってしまった以上、引き返す道は無い。
この銃弾の雨の中引き返してしまえば最後、間違いなく全員、あるいは大多数が道中で力尽きる。
罠だろうが何だろうが、もうそのまま突っ切るしか残された道は彼女達には残されていない。
たとえそれが、さらなる悪循環の沼へ足を踏み入れることになったとしても。
存外良く考えられている。
恐ろしい程静かだったのは確実に逃がさない為でしたかと納得し、選びたくないが、先へ進む道しか選べないことに嘆息した瞬間。
ざわりと、言い知れない悪寒が背中を撫でた。
全身が、けたたましく警鐘を訴えた。
「ッッッッ!?」
唐突。
あまりにも唐突に、ワカモの中の第六感がざわめく。
瞬間、ワカモは走る勢いを一気に殺すべく急制止を掛け、そのまま後方へ一歩、飛び退いた。
突き刺さる弾丸に自ら身を投げる。
何故と、考えてはいけない。
この直感は疑ってはいけない。
今、このタイミングで自分は後ろに飛ばなければならなかった。
ワカモが本能で自身の第六感を信じた直後。
数十の機関銃が、動きを止めたワカモに向かって集中掃射を始めた。
そして。
ゴッッッッッ!!! と、目視で確認出来ない、衝撃のような何かがワカモの眼前の壁に激突した。
丁度、丁度走っていたワカモに直撃する位置の壁が、ベキベキと言うと轟音と共にひしゃげる。
その様子はさながら、見えない等身大の大きさを持つ鉄球が数百キロの速度で飛来したかのようだった。
「なッッ……ッ!?」
銃弾の雨を浴び始めた中、目の前で起きたただならぬ現象に、流石のワカモも動揺を隠せずに声を零す。
躱していなければ、直感に従っていなければ。
全身の骨が、無残な程に砕けていただろうから。
何だ。
何が起きた。
何処から攻撃を受けた。
自分は今、変哲の無い廊下を走っていた筈だ。
なのにどうして、真横から攻撃が飛んでくる。
自分は今、何をされたのだ。
間違いなく、銃撃では無い。
砲撃でも無い。
もっと、もっと違う何かだ。
何を、されたのだ。
「ワカモッッッ!!」
ワカモの異変に気付いたのは、自分のすぐ前を走っていたシロコだった。
思わず走る足に急ブレーキをかけ、ワカモが動きを止めた場所に引き返そうとする。
残りのメンバーは、三十、四十からなる銃撃の音によってワカモが銃弾とは違う何かに狙い撃たれたことすら気付いていない
気付いたのは、シロコだけ。
しかし。
「行きなさい!!! 構わず!!!」
ワカモは、それを拒否した。
銃口を向け、シロコに脅しを掛ける。
そのまま、躊躇なく発砲した。
ワカモの右手に持つ銃から放たれた弾丸はしかし、狙った通りのシロコの頬を掠める。
自分に近づくなと、威嚇射撃に意味を込めた。
目的を忘れるなと、その一撃に意思を込めた。
「ここは私が引き受けます」
「~~~~~~~~~~~~~~~っっっっっっっ!!」
ワカモの態度に、シロコが戸惑ったのは一瞬。
どうするべきか悩んだのも、一瞬。
そして導き出した答えが。
ワカモを、見捨てるという答えだった。
「…………任せた」
言葉を残して、シロコも残りのメンバーに続くように走り始める。
それで良いとワカモは頷く。
こちらに駆け寄って来たならもう一度撃つつもりだった。
その行為自体が無意味であることを報せる為の物だが、しっかりとシロコはワカモが行動に起こす前にその意味を受け止めた。
「けど……これは、少しまずいですね……ッ!」
走り去っていくシロコをそれで良いとする表情で見送りながら、一人取り残されたワカモは絶えず降り注ぐ銃弾に、そこから走る痛みに顔を歪ませる。
このまま撃たれ続ける訳にはいかない。
だが逃げようにも先の一撃の正体は見破っておかなければならない。
消耗戦が始まる。
そう、考えていた矢先。
ビタリと。彼女を蝕んでいた銃弾が、一斉に止まった。
「……!?」
何故このタイミングで射撃が止まったのかとワカモは驚きを隠せない。
動きを止め続ける絶好の機会だった筈だ。
そのまま撃ち続ければ、戦闘不能に追い込むのも不可能では無いと判断されてもおかしく無い物だった筈だ。
本当にそれが実現したかどうかはさておき、相手視点からすれば間違いなく層だった筈だ。
だが、畳みかけるべきタイミングで、何故か一斉に攻撃が止んだ。
弾切れでは無いだろう。いくらなんでもそれは都合が良すぎる考え方だ。
じゃあ一体何なのかと、理由を突き止めようとした矢先。
「アレを避けるとは想定外だ。やはり君を狙って正解だったようだ」
一つの音声が、響いた。
同時、左の壁に叩き付けられたワカモの前方。目視では壁だと認識していた部分が、大きく歪み、消える。
(壁はホログラフ……!!)
聞こえない声で舌打ちする。
こういうからくりですかと、納得する。
ひょっとすれば自分達が一本道だと信じていた場所は、本来は複雑に入り組んでいた場所だったのかもしれない。否、むしろそうでなくてはおかしかったのだ。
これだけの大規模な施設の廊下が一本道。それもどこかに扉も無く。
あり得ない。普通に考えて、常識的に考えてそんな建物が存在する筈が無い。
少し考えれば辿り着いて然るべきものを、ワカモは見逃してしまっていた。
そういう物もあるかと、どこかで納得してしまっていた。
その結果、狙い撃たれた。
自分だけ、彼女達と切り離された。
「君が彼女に勝つとは思えないが、人数差。というのはある。君が最後尾を走ったのは好都合だった。狙いやすい位置に動いてくれてありがとうとでも、言うべき状況かな」
その理由は、カモフラージュが解除された通路から現れた、ワカモを吹き飛ばしたであろう本人が語っている。
ワカモは、彼を知っている。
昨日、アビドスの高校で在校生達と合流した際に共有した情報の中に該当する人物がいる。
カイザーPMC。
アビドスに問題を巻き起こしている、張本人。
彼女達を延々と苦しめている、黒幕。
その黒幕が、ワカモの前に姿を現した。
但し、その姿は彼女が見た資料とは様相がかけ離れている。
顔や体型に大きな変化は無いが、明らかな異変が一つ。
胴体にあたる部分がパクリと裂け、その内側からニ十本にも及ぶマニュピレータが駆動している。
ギチギチキチキチと自分勝手に動いているように見えるそれらの掌と思わしき部分の中央には、何かを射出する用と思わしき孔が空いてある。
(アレを使用してコンクリートの壁を凹ませた訳ですか)
大雑把にワカモは推測を終える。
原理こそ不明だが、使用した物は把握した。
これならば、戦いようがある。
そのまま、彼女は武器を構える。
こんな下らない場所で時間を食っている場合ではない。
しかし、見つけてしまった以上は排除しておかないと面倒には違いない。
「初めまして。そしてさようなら。スクラップの時間です。一分程度で終わらせましょう」
「おや、君を施設から逃がしたのは私の意思だと言うのに。もっとも、ここまで敵対する位置になるとは予想外だったがね」
「五十……六号。でしたか。懐かしいですね。思い出話は終わりで良いですよね。一分で終わらせたいので」
もしかしたら、あの時カイザーコーポレーションが脱獄の手引きをしたのは自分がカイザー側に付くことを期待されてのことだったのかもしれないとワカモは今この瞬間に思い至る。
だが、結果は違った。
彼女は先生の側に回った。
それが予定外だと主張するのなら、ワカモはハッキリ断言するだろう。
とびっきりのバカですね。と。
「そうだな。私の土地に土足で入り込んだことを後悔させる時間だ。その先は地獄程度で済むと思わないことだ。災厄の狐」
対して、カイザー理事も余裕を崩さず、しかし淡々と終わった後の始末を述べていく。
少女を震え上がらせるべく流れ出た言葉には、恐怖と脅しがどこまでも詰め込まれていた。
カチャリと、拳銃を取り出し、ワカモに向ける。
自身が望む未来の要求を、冷酷に突きつける。
「精魂尽き果てるまで奴隷のように働いて貰おう。今回の襲撃でこちらが被った損害分全てを補填して貰うまでね」
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ワカモがカイザーPMCの策略に嵌り孤立無援に立たされてからすぐ後。
アルの指示によって自動ドアによって銃撃鳴り止まぬ区画から区切ることが可能な場所へ飛び込んだ少女達もまた、ワカモとは別ベクトルの事態に見舞われていた。
「どういう……こと……?」
広がっていたのは、ドーム状の空間だった。
どうやら、ここが建造物のメインとなる部屋らしい。
しかしその内容は悪趣味極まりない。
右を見ても、左を見ても、否、ドームのそこかしこに銃が設置されている。
それらが、全て中央に向けられている。
中央に仰々しく設置されている、十字架を模した台座目掛けて向けられている。
説明が無くても分かる。
ここは、収容所だ。
罪人を、咎人を閉じ込めておく為の場所だ。
武力で、脅し続ける場所だ。
それは良い。
それは良いのだ。
こういう場所があるだろうことは前提としてここまで踏み込んできたのだから。
彼女は逃げられない状況で封じ込められているのは、予想の範疇であったから。
しかし。
ならば何故。
ならば何故……!
十字架の台座がある場所からやや前方で呆然自失気味に散弾銃を両手で力無く抱えるようにして突っ立ち、僅かな身じろぎ一つ取っていないのだろうか。
「小鳥遊……ホシノ……?」
小さく、アルは呟く。
目の前で動く様子を見せない少女の名前を、アルは呟く。
カイザーコーポレーション側に雇われた時、アビドス校に在籍する全員の顔写真を受け取った。
その時、既にこの少女は我々の手に墜ちたとして、ホシノの写真も受け取った。
不気味に動かない少女は項垂れているのもあって容姿こそ把握できないが、あの鮮やかな桃の髪色と、小柄な体躯と、アビドスの制服を着込んでいることから彼女は間違いなく小鳥遊ホシノだとアルは推定する。
では。
では何故彼女は動かないのか。
拘束をされている様子は無い。
完全に自由の身だ。
動こうと思えば今すぐにだって動けるはずだ。
なのに何故彼女は動かないのか。
何より、今ここに自分達がやってきた筈なのに、どうして彼女は反応一つ零さないのか。
小鳥遊ホシノの目の前にいるのは、小鳥遊ホシノの仲間、アビドス対策委員会の少女達だというのに。
「…………っ!」
例えようの無い恐ろしさが、アルの心に芽生える。
本来置かれていなければならない状況と目の前の結果があまりにも噛み合わないチグハグさに、身体が動こうとしてくれない。
広がっている光景は、こちらにとって好都合にも程がある状態なのに。
拘束から脱しているのなら、後はこのまま連れ帰れば全てが終わる筈なのに。
何故、踏み込むことを恐ろしいと考えてしまうのか。
そんな気持ちが、アルの中に広がっていく。
「ホシノ……先輩?」
しかし、この歪な状況を断ち切るべく、口火を切った少女がいた。
黒見セリカである。
カツ……と、誰も彼もが足を止めていた中、唯一、前に一歩踏み出したセリカは笑顔を浮かべる。
助け出したいと思っていた人が、既に自分の力で窮地を脱していたのを目撃したから。
「ホシノ先輩! 良かった! 無事で! 皆で助けに来たんです! 帰ろうアビドスに!」
軽い足取りで駆け寄りながら、ここに来た目的を述べて手を指し伸ばす。
一緒に帰ろうと、もう大丈夫だからと言葉を続けて。
……ホシノは、身動き一つ取ろうとしなかった。
セリカの呼びかけに、一切応じる気配を見せなかった。
顔すら上げず、石のように立ち尽くしているだけ。
彼女の声なんて、一切耳に届いていないかのように。
「……? 委員……長?」
様子のおかしさにセリカも気付くが、それでも彼女は僅かに首を傾けるだけだった。
まさか、この状況で、この格好で寝ているのだろうかと、変わった考えが彼女の頭に浮かぶ。
惰眠を貪ることが多いホシノならば、あながち間違ってるとも言い切れない。
むしろ、ここまで大声を上げて自分の声に反応しないと言うことは、本当に寝ているんだとセリカが判断するには材料が充分に揃い過ぎていた。
「こんな状況で寝てる訳……? さっすが……図太いと言うか何と言うか……。まあいっか。ほらホシノ先輩、起きて下さい。帰りますよ」
やれやれと呆れた顔を浮かべながら、未だ動こうとしないホシノの肩をゆすろうとセリカは手を伸ばす。
ガチャリと、セリカの顔面にホシノが持っていた武器の銃口が突き付けられたのは、手が触れる寸前のことだった。
「え?」
状況を理解出来ないセリカが、この場にそぐわない声を上げる。
唐突に向けられた敵意に、頭の処理が止まる。
直後。
容赦なく、セリカに向けて引き鉄が引かれた。
完全に動きを止めたセリカの眉間に、散弾銃から放たれた弾丸全てが突き刺さる。
──筈、だった。
「危ないッッ!!」
ドッッッ!! と、セリカに弾丸が浴びせられる直前。彼女の身体が真横に吹き飛ばされた。
慌ててセリカとホシノの間に割って入った、カヨコの妨害によって。
傍から様子を見ていたカヨコが、一早く危機を察知し、横やりを入れた。
そして、入れ替わる。
セリカが立っていた位置に、カヨコが位置する。
その、結果。
ドバッッッ!! と、言う音と共に、カヨコのこめかみに散弾銃が全て吸い込まれた。
側頭部に散弾銃による一撃をまともに受けたカヨコの身体が、首を大きく捻じ曲げながら頭から床に落下する。
カヨコの身体が床に頭から落下すると同時、何かが潰れたかのような歪な音が響いた。
それが何の音なのか、アルが、セリカが、シロコ達が理解するより先に。
「ひっっっっっ!?」
ホシノが、動いた。
常軌を逸した速度で、ホシノはハルカに懐に潜り込む。
誰も、目で追えなかった。
狙われた当人であるハルカですら、恐怖する声を出すことしか許されない。
気が付いた時にはもう、ハルカの近くにホシノは飛び込んでいた。
光の灯っていない瞳で睨み付けながら、彼女の左胸、心臓部分に、ショットガンを差し込む。
その意味を、誰もが理解する。
理解、できない訳が無かった。
「~~~~~ッッ!?」
生殺与奪の権利を突然奪われてしまったハルカが身を強張らせる。
しかしそれは、その様子を傍目から見ていたアルも同様だった。
そんな馬鹿な。と、ハルカに危機が迫っているのに、頭が勝手に思考を始める。
身体を動かすよりまず理解が先だと言わんばかりに、自ずと頭が働き始める。
カヨコとハルカとの距離は五メートルはあった。
いくら瞬発力に優れる生徒でも、それを瞬きしただけの合間に詰められる筈が無い。
なのに、彼女は詰めて来た。
これが、小鳥遊ホシノの実力なのか。
もしそうだとするならば、何故彼女が敵に回っているのか。
どうして。
どうし……。
「っ! 逃げなさいハルカ!!!!」
アルが思考を取り戻したのは、その一瞬後。
下らない、余計な思考を切り捨てることに成功したのは、時間にして一秒の半分にも満たない時間だった。
けど。
今、この状況に置いてその時間は。
あまりにも、長すぎる時間だった。
途端。
二発目の銃声が、虚しく迸った。
ゴバッッと、ハルカの心臓部分にゼロ距離で押し当てられたショットガンが唸りを上げる。
人体を破壊せんと吹き上げられた火は、彼女の左胸から背中まで突き抜けていく絶対的な衝撃を、否応なく彼女に与えた。
「がッはッッッ!?」
直後、ショットガンの一撃をまともに浴びたハルカの身体が浮き上がり、そのまま彼女は声にならない悲鳴を上げた。
銃弾の衝撃に肺が押し潰され、息が吸えなくなった彼女の目が大きく見開き、白黒と澱む。
もう、戦闘の続行は困難。
直撃を受けたハルカは勢いのまま激しく吹き飛ばされ、床を勢い良く滑りその身を削らされると同時、痛む左胸を抑えて地面で痙攣する未来なのは確実。
格付けは、終わった。
ハルカはホシノに勝てないことが証明された。
なのに。
刹那。
ギチリと、何かが強く握りしめられる音が響いた。
見れば、いつの間にかショットガンを左手に持ち替え、空いた右手を強く引き絞っているホシノの姿が見える。
その目には、その力には、
一切の容赦が、込められていなかった。
鋭い眼光が、ハルカを捉えている。
輝きの無い目が、ハルカを射抜いている。
そのまま、小鳥遊ホシノは引き絞った拳を力任せに開放せんと、全力で振り抜き始める。
「やめなさ──」
言葉は、最後まで言えなかった。
やめてと、アルが言い切るよりも先に。
ゴギッッッ!! と、何かが砕ける音が響き渡った。
小鳥遊ホシノの拳は、何かを砕く音と共にハルカの頬に強くめり込み。
そして。
彼女の身体を、三十メートルは離れている場所にある壁に向かって吹き飛ばした。
高速かつノーバウンドで壁に叩き付けられたハルカは、壁に激突した直後、起き上がることなくズルリと崩れ落ちる。
声を上げることもなく、
ピクリと、一切動くこともなく、
彼女はもう、顎への一撃を受けた時点で気を失っていた。
故に、糸の切れた操り人形のように、ハルカは床に崩れ落ちる。
「ハル…………」
呆然自失に、アルは陥る。
目の前の光景が信じられないとばかりに、今一度視線を倒れて動かなくなったハルカに寄せる。
「カ……ヨ……」
今度は、ハルカと同じく一瞬で気絶に追い込まれたカヨコの方に動かした。
倒れたカヨコを庇うようにセリカが立っているが、その彼女も目の前の光景が信じられないのか、両足をガタガタと震わせ目に迷いを生じさせている。
分からない。
何も、何も分からない。
何が起きている。
このたった数秒で、何が起きている。
カヨコがセリカを庇って倒れ。
そしてハルカが襲われた。
「何が……何が起きてるの……」
事態が飲み込めない。
小鳥遊ホシノを助ける為にここまで来た筈なのに。
小鳥遊ホシノを救う為にアビドスの皆は戦って来た筈なのに。
どうして今、自分達は小鳥遊ホシノに襲われているのだ。
どうして今、彼女は仲間である筈のセリカに銃を向けたのだ。
分からない。
分からない。
何もかもが、分からない。
「アルちゃん前!!!!!!」
突然、ムツキが叫びを上げる。
その声にアルは意識を現実世界に引き戻し。
そして自身の目の前に飛び込んできていたホシノを目撃した。
「ッッッッッッッッ!!!!」
また、見えなかった。
いつ肉薄されたのか、一切気付けなかった。
銃口が、向けられる。
一撃必殺を謳うように、ハルカに、カヨコにそうしたようにアルの急所に銃口が添えられる。
狙われたのは、首。
彼女の細い首に突き付けられた銃口を前に、アルは思い知らされる。
勝てない。
と。
何で。
どうしてこんな真似を。
恐ろしさに言葉を出すことすら出来なくなったアルが、目でそうホシノに訴える。
しかし、ホシノは答えない。
答える素振りすら見せない。
しかし。
しかし。
一瞬、ほんの一瞬だけ。彼女の口許が動いた。
そんな錯覚を、アルは覚え、そして。
「っっっっぁ……!!」
声にならない叫びを、彼女は上げた。
僅かに動いた口許が。
ホシノが見せた、初めての表情が。
アルには、笑っているように見えた。
まるでこの状況自体を、楽しんでいるかのように。
三週間ぶりです。お待たせしてしまいました。
三週間もあったので文字数も15000とボリューム多めで送っています
しかしまた同じぐらい次回投稿の感覚が空くと思います。本当にごめんなさい。
本編のお話です。
とある箱庭の一方通行において、メインヒロインはユウカやヒナ達七人なのですが、ヒロインでこそ無い物の、限りなくヒロインに近い扱いを受ける少女達がいます。
ミレニアムではネル。
ゲヘナではアルが該当します。
妙に出番が多い組と言ってもいいかもしれません。
深い理由はないです。ただ、恋愛感情抜きで動く少女達がいても良いじゃないかと思った次第ですね。ただ、彼女達は恋愛感情が本当に先生に向けていないのかと言われたら……まあ……黙るしか無いですけども。
この作品においてアルちゃんは比較的『陸八魔アル』として行動することが多いと思います。アルちゃん的要素が薄いかもしれません。
それでも多分思い出したかのように大ポカをする日が……きっと来る筈。
彼女達以外にもアビドス、トリニティからも出して上げたい。
が、トリニティはそもそも出番が来るのがずっと先……。
感想、コメントありがとうございます。
いつも励みになっております!!
皆様の応援が活力です!! 重ねて感謝申し上げます!!
次回も戦闘編です。いよいよアビドス編クライマックス。
アビドス編が始まったのはこのお話からのような気もしますが、まあ気にしないでいきましょう。
それでは、また次回更新までお待ちください。
ハルカ。もっと活躍させてあげたいのに展開がそうさせてくれない……。けど好き。可愛い。