とある箱庭の一方通行   作:スプライター

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風紀委員

「一つ質問があるンだけどよォ。二機あるンだったら、一機ぐらいスクラップにしても別に構わねェと思わねェか?」

 

頭部の半分以上を破壊した人型ロボットに銃口を向けながら一方通行はそんな疑問を口にする。

尋問するのに二機もいらない。

そう脅す事でこの後の展開を予測可能な範囲に収められるよう画策しての発言だった。

 

実際の所、一方通行はロボットを破壊する気は毛頭ない。

一機はほぼ制圧することに成功したが、残り一機の姿はまだ見えない。

 

気付いていない筈はない。相手は機械。こちらに悟られずに互いに連絡を取る手段はいくらでもある。

このまま自分達の迎撃に向かって来るのならば良いが、既に逃げられている場合は話が違って来る。

 

逃げたロボットを捕まえるのは容易ではないのは明らかで、その場合この半壊したロボットから情報を吐かせる方針に舵を切るしかなくなる。

 

だとしても今度はこのロボットが情報を漏らさない為に自爆する可能性が浮上する。

結局、どう転ぶにせよロボットは二機とも壊す訳にはいかず、出来る限り捕獲しておかなければならないのが一方通行が置かれている現状だった。

 

脅しを脅しとして機能させるように一機を半壊までは追い込んだ。

いつでもぶっ潰せるという所までは踏み込んだ。

 

人間相手なら多少は通じるこの方法がロボットに通じるかは未知数だ。

 

それをこのロボットは理解しているのか。

バチバチと電流を迸らせ、頭部を覆うディスプレイの電源が完全に落ちているにも関わらず。

 

「もう、勝った気でいるのですか? 我々が教育した生徒をもう助けたつもりでいるのですか?」

 

と、まるで自分達が有利な立場であるかのような言葉を一方通行に投げかけた。

 

当然、一方通行は油断などしていない。

このロボットに対する警戒は、最初から何一つ変わっていない。

それどころか、むしろ上昇している。

 

激昂していた口調が落ち着いた物に戻っている。

破棄寸前の状況でそれに対し何の恐怖も抱いていない。

 

まだまだ自律思考型の思考が浅いからなのか、はたまた本当にどうでも良いと思っているのか、このロボット自身ではない一方通行がその意図を的確に判別することは不可能。

 

警戒心を引き上げるなと言う方が、無理な話だった。

 

解決手段の一つとして、もう一発だけ撃ち込み強引に黙らせるという方法が頭を過る。

 

しかし、それはもう出来ない。

彼の目から見てもこの機械はもう限界だ。

一秒後に止まると言われても不思議ではないくらいに頭部を破損させている。

 

これ以上は撃てない。

かといって、撃つ姿勢を見せなければ相手に自分はこれ以上撃たれないと悟られる。

 

心理的に不利な状況へ追い込まれる訳にはいかない。

故に焦りを一切見せず、淡々と一方通行は銃を突きつける。

 

そこまでしても、相手は尚も余裕の態度を崩さなかった。

 

「先生が来るのは予想外でしたがまあ良いでしょう。懸念を先に排除できる機会と捉えます」

 

ピクッッ! と、その一言に一方通行が反応する。

何をする気だ。

ロボットだけでなく、その周囲への警戒をさらに強めた刹那。

 

パチンと。小気味良い音がロボットの指から響いた。

 

事態が変わったのはその直後だった。

 

ガタガタガタッッ!! とでも言うべき雑多な音が未来塾の内部から響いたかと一方通行が思ったその瞬間、今まで何が起きてもジッとし続けていた生徒達が一斉に立ち上がると、手に持っていた得物を一方通行達に向けて構えた。

 

先程まで机の上のパソコンを眺めていた筈なのに、まるでスイッチが入ったかの如く機械的に行動する少女達は、それ自体が自分の意思ではなく洗脳された故の動きであることを証明する。

 

「答えを一つ教えましょう、彼女達の洗脳はこうです。我々に対し一切の不都合を与えない。ですよ」

 

チッッ!! と、ロボットの勝利宣言に等しい言葉が放たれると同時、少女達から一切の容赦の無さを敏感に感じ取った一方通行は、即座に銃撃から隠れられそうな場所はないか辺りを見渡し、無いと分かった瞬間その身を外へ転がり込ませようと身を屈めようとしたタイミングとほぼ同時に、

 

血相を変えた表情でミドリが銃を構え、少女達からの射線を遮る様に一方通行の前に躍り出た。

 

「ッッ!!」

 

身体が勝手に動いたと言っても良い程の、ともすれば恐ろしさすら感じるミドリの反応速度に一瞬、一方通行は面食らい、次にしなくてはならない動きを止めてしまった。

 

まずい。と、彼の直感が訴える。

このままだと間違いなくミドリは弾丸の雨を浴びる。

少女達の数は十人。

その全員がフルオート射撃が可能なアサルトライフルやマシンガンを構えている。

 

いくらキヴォトスの少女達が銃弾程度では死なないと言っても、それだけの人数から射撃を受けたらただではすまないだろう。気絶で済めば御の字だ。

 

よりにもよって少女達の思考は洗脳によって、容赦のない性格へと歪まされている可能性が高い。

ミドリが気絶に追い込まれたとして、そのまま気絶で済ませてくれるかどうかに関して言えば、その確率はあまりに低いとしか言いようがなかった。

 

隠れろ。

そう命令しようとするが、ミドリの突飛な行動にその言葉が出せない。

コンマ数秒の間だけ、一方通行は動揺によって全ての行動に遅れが生じた。

 

生まれてしまった隙を逃さない様に、少女達の指が引き金に掛かる。

グッッ!! と指先が強く押し込まれていく。

百発以上の弾丸が、容赦なく放たれようとする。

 

その、寸前。

少女達が銃撃を開始するまでの僅か一瞬、その僅か一瞬より先に。

 

ミドリの方が早く行動を始めた。

 

ドパパパパッッ!! と、五発の弾丸がミドリの愛銃、フレッシュ・インスピレーションから間髪置かずに放たれる。

 

その銃撃に、一方通行を含めたミドリ以外の全員が反応する事は出来なかった。

声を発することも、思考することも、把握することも許さない。

 

ゲームのドットを撃つよう緻密な精度で放たれた五発の弾丸は、無防備に突っ立っていたミドリから見て手前側にいる五名の少女達の額、その中心部に一人一発ずつ、まるで吸い込まれていくかのように着弾し。

 

ドパァァンッッ!! と、ミドリの弾丸が命中した少女達の身体を、机や椅子、加えてそれぞれの背後にいた残り五名の少女達諸共ドミノ倒しの要領で吹き飛ばし、教室内を忽ちに大惨事の光景へと作り替えた。

 

先生を守る。

絶対に攻撃を当てさせない。

 

純粋な想いを胸に宿したミドリから放たれた弾丸は、彼女の持ち味である近距離戦闘における正確無比な連続狙撃をより無慈悲な銃弾へと昇華させた。

 

弾丸を額に受けた少女達の意識は着弾した瞬間に奪われた。

意識を失いながら吹き飛んだ少女達の身体はしかし、余波で吹き飛ばしただけの少女達の重しとなって機能する。

 

起き上がれない。

武器を構えられない。

少女達をどかせない。

正気ならばどうにか対応出来た筈のアクシデントが、今の彼女達には解決出来ない。

 

そしてその大きな隙を、ミドリは絶対に逃さない。

 

フッッ!! と、彼女の口から呼吸音が走る。

一方通行がその音で漸く身体の動きを取り戻すが、その頃にはもう、

 

ドパパパパッ!! と、呼吸を整え集中力をさらに研ぎ澄ませたミドリの弾丸が、残り五人の生徒の額に命中する。

ミドリの弾丸をまともに頭で受けてしまった残りの少女達も、最初に銃撃を受けた少女達と同じように未来塾の床に沈み、それきり動かなくなる。

 

この間、僅か五秒。

五秒でミドリは、未来塾の戦闘機能の大半を沈黙に追い込んだ。

 

「先生! 無事ですか!?」

 

バッ!! と、少女達の再起不能を確認したミドリは、彼の安否を確かめるべく振り返りながら叫ぶ。

銃撃が始まる前に制圧したのだから、無事かどうかはちょっと考えれば明らかなのだが、そんなどうでも良い事を考える余裕はない程に集中していた事を肌で感じ取った一方通行は、

 

「気ィ抜くな。ウジ虫はまだ壊せてねェぞ」

 

声を発する事で無事を教えつつ、かつ心を落ち着かせるのはまだ早い事を伝えた。

 

はい! と、勢い良く返事をしながらもう一度ミドリは未来塾の方に向き直り、倒れているロボットの方へと視線を戻した瞬間。

 

グッッ!! と、突然ミドリの足が床を離れ、どういう訳か彼女の身体が宙へと浮いた。

 

「ッッ!?」

 

「な、なにこれっっ!?」

 

目の前で起きた不可解な現象に、間近でそれを目撃した一方通行は目を見開き驚愕し、当事者であるミドリが困惑の声を上げる。

 

明らかに不自然な現象が発生したが、一方通行は事態の異常さに戸惑うことはせず、未だ姿を確認できていないもう一機のロボットがどうやってか彼女を持ち上げられていると断定し、舌打ちしながら左手に持つ銃でミドリに当てない様照準を僅かにずらしながら引き金に指を掛けた直後。

 

宙に浮いてるミドリの身体が、ミドリから見て正面にある未来塾のコンクリート製の壁目掛けて吹き飛び始めた。

相手がやろうとしていることを瞬時に嗅ぎ取った一方通行は、相手がどこにいるかもその形状も不明という状況の中、それでもミドリにだけ弾を当てない事を意識しながら容赦なく発砲を始める。

 

三発、四発、五発。

 

一発一発ごとに照準をズラして立て続けに放たれた弾丸は、しかし全てが未来塾の壁にめり込むだけで終わり、ミドリが吹き飛ぶ動きを阻害することが出来ない。

 

クソッタレがと叫びながら一方通行が歯噛みするその間にも、ミドリの身体は容赦なく壁に向かって吹き飛ばされて行く。

 

あのままでは間違いなく激突する。

壁に激突すれば、それは痛いではきっと済まされない。

 

ふつっっ。と、一方通行の血がその瞬間に沸騰した。

ガツンと頭を殴られたような衝撃が脳内を走り回り、あぁ、これはまずいと彼の理性が制止を求める。

 

一方通行はこの衝動を抑えてきた。

表に出さず、裏で隠しているという事実を自身にも自覚させず、静かに、ゆっくりと消え去るのを待つだけだった高揚が、激昂となって表出していく。

 

どうすれば彼女を救えるか。

どうすれば見えない奴をあぶり出せるか。

 

答えが一つしか出せなかった一方通行は、ギリッッッ!!! と、歯が削れる程に力強く食い縛り、覚悟を決めたようにシュッッと、杖を右手首に装着している収納装置へと収めると。

 

ほんの一瞬だけ、嗜虐性を表に出す事を許容し、

コツッッと、右の爪先で軽く床を叩いた。

 

その、直後。

 

ゴッッッッッッ!!! と言う轟音と共に、彼の靴底に特殊機構としてエンジニア部から備え付けられた噴射口から、圧縮された空気が爆発する。

 

それは人体を軽々と持ち上げ、時速にして二百キロメートルにも迫ろうかと言う勢いで一方通行を正面方向へと吹き飛ばしていく。

 

「ぐっっォっっ!!!」

 

途方もない速度で前方へ吹き飛び始めた一方通行の全身に、途轍もない空気の圧が襲い掛かる。

空気の壁が、一方通行を押し潰さんと圧迫し、声すらまともに上げられなくなった一方通行だが、それでも彼は目線を前へと注ぎ続け、右手を伸ばす。

 

ミドリに追いつくように、

ミドリよりも先に壁に激突するように。

 

追いつくまで、一秒とかからなかった。

激突まで残り二メートルを切った所でミドリに追いついた一方通行は、即座にミドリの肩を引っ掴み、彼女を庇うように引っ張りながら、己の身体を半回転させる。

 

そうして、一方通行はミドリを自身の前へと移動させることに成功しながら、背後から壁へとぶつかる様に身体の向きを調整した直後。

 

ゴシャッッ!! と、言う何かが潰れたような音と共に一方通行はコンクリートの壁に激突した。

 

「がっっぎッッッ!!!!」

 

ミシミシと、背骨が軋む。

肺の空気が、悉く強制的に吐き出される。

想像以上の激痛に、全身が硬直する。

酸素が、取り込めなくなる。

 

だが、彼は痛みに思考を手放さない。

肺にある酸素が全て吐き出され、新たに酸素を取り込むことが出来なくなっても手に持つ武器を手放さない。

 

ここで武器を手放し痛みに苦しむのは簡単だ。直ぐにでも実行できる楽な逃げ道だ。

しかし、それをすればミドリが似たような苦しみを味わう。

もう一度、違う壁に運ばれ激突させられてしまう。

 

それだけは、防がなければならない。

 

圧倒的速度で壁に激突し、同時にミドリにも押し潰される形となった一方通行は、想像を絶する痛みに呻き声を上げながらも左手に持っていた銃を離さずに耐え切ると、ミドリの右わき腹を掠める様に狙いを定め、

 

「茶番は、終わりだッッ!! 三下ァ!!!!」

 

重い銃声を、一発分響かせた。

 

幸いにも、敵の場所はもう割れていた。

ミドリを庇おうと手を伸ばし身を翻した時、何もない虚空からありもしない質量感を感じた。

敵がいるなら、可能性があるならもうそこしかなかった、

 

全身から訴えてくる痛みで震える左腕から確かに放たれた銃弾は、ミドリのわき腹のすぐ真横を通り抜け、そして。

 

バガンッッ!!! という何かが派手に壊れたような破裂音をミドリのすぐ傍から迸らせた。

直後、バチバチと電気が飛び散るような音と、ゴトンッと何かが落ちるような音が連続して響く。

 

音が鳴った方へ視線を向けると、そこには小型のドローンらしき物体が撃墜されていた。

 

「ギ……ギ……何故……バ……レ……」

 

「こいつも喋りやがるか……。にしても光学迷彩ねェ……!! てっきり二機とも人型だと思ったが、機械にしちゃ頭が回るじゃねェか」

 

苦痛に顔を歪ませながら、状況を冷静に分析した一方通行は機械らしからぬ人間の心理をついた作戦に感嘆する。

 

最初に姿を見せたロボットが人の形をしていた事が一方通行に先入観を持たせた。

二機とも人型なのだろうなと、勝手に決めつけてしまっていた。

 

そのせいでミドリの危機に一瞬反応出来ず、対応が遅れた。

理解不能な出来事だと、そこからどうして理解不能な出来事が起きたのか、考えを進める思考が先入観によって遮られてしまっていた。

 

だが、結果は物理的ダメージこそ負ったものの上々。

自分以外に大した被害を生み出す事無く、ロボットを二機とも無力化することに成功した。

 

作戦は無事、成功と言って良い。

 

「先生!! 先生大丈夫ですか!? い、いま凄い速度で壁に……っっ! それに、先生の身体から凄い音がッ!」

 

だが、ミドリだけは違ったようだった。

顔をこれでもかと青くし、身を挺して庇った一方通行の背中にそっと手を当てる。

 

「無茶をしないで下さい!! ほんの少し違えば今ので先生は、二度とう、動けなかったかもしれないんですよ!」

 

「この程度で動けなくなるよォなら、俺はもうとっくの昔に死ンでる。打算有りでの行動だ。気にする必要はねェ」

 

涙ぐんだ声で抗議するミドリを諭すように、それは無用の心配だと一方通行は言葉を添える。

 

しかし、心配するミドリからすればそれは当然の反応だった。

自分達と違って彼は生身の人間。自分達にとって擦り傷程度の怪我が、彼にとっては致命傷となる可能性は大いにある。

 

あの場で壁に激突するのは自分であるべきで、先生が庇う必要はなかったとミドリが思うのも無理はない。

寧ろ、そう考えるのが自然だった。

いくらコンクリート製の壁だとしても、そこに正面から激突させられたのだとしても、それらはすべて自分への致命傷にはならない。

 

間違いなく痛いし、想像できない程に苦しいだろうが、人体的にはダメージは無いと言っても良い。

なのになんでとミドリは困惑するが、一方通行としてはその思考こそが間に割って入った原因だった。

 

その僅かな痛みすら許容出来なかった。

頑強な肉体を持っているから大丈夫だとか関係なく。

 

先程、ミドリが一方通行を庇うように前に出たのと同じように。

彼女に痛い思いをさせたくなかった。

 

彼が動いた理由は、たったそれだけ。

たったそれだけである。

 

そしてその目的は無事に達成された。

故にこの件は既にどうでも良い物となっており、一方通行はそれよりもと、背中をさすり続けるミドリをそっと引き剥がすと、撃墜したドローン、及び最初に半壊させた人型ロボットの二機の方に改めて威圧する表情を向け、

 

「さァて、全部終わったことだしそろそろ始めよォか。楽しい楽しい尋問をよォ」

 

「我々が、喋ると、思う……の、か」

 

ギチ……ギチ……と全身の各所から軋む音を走らせながら、人型ロボットが尋問される側からすれば当然の返事を放つ。

洗脳された少女達との戦闘及びドローン型の出現、それの撃墜としばらくの間コイツを放っている間に損傷が進んだらしく、起き上がれぬ状態に付随し、音声すら途切れ途切れとなり始めている。

 

ロボットの断固とした姿勢は命知らずならば普通にあり得る行動だなと思う反面、今の一言だけで収穫があった事に一方通行は口元を吊り上げた。

 

口調が威圧する物に戻っている。それは余裕がなくなったからに他ならない。

少なくとも、今状況を支配しているのは間違いなく一方通行だった。

 

なので、彼は誰にとっても分かりやすいよう暴力的な笑みを浮かべ、

 

「まァ、別に良いけどよォ。もう既に大体分かってる段階でここまで踏み込ンで来たもンでよォ」

 

カツッ、と、収納していた杖を伸ばして改めて身体の支えを務めさせ始めてから彼は揺さぶりをかけた。

誰が何の情報も無しにここまで来るか。

誰が思い付きでシャーレからゲヘナまで足を運ぶか。

 

一方通行は大袈裟に左手を持ち上げながら、そうロボットを見下ろす。

 

どこまでも上から。

果ての果てまでも勝者側の立場で。

 

「カイザーコーポレーション」

 

ポツリと、そんな一言を何の気なしに呟いた。

 

「ッッ、!? なぜ、それ、をッッ!!」

 

カイザーコーポレーションと、ある会社名を一方通行が呟いた瞬間、ロボット側から明らかな動揺が走る。

刹那、ギチィッ! と、一方通行の口が悪魔的に吊り上がる。

 

決定的な物を見つけたように笑いながら一方通行は。

 

「あァ? 声が変わったなァ。なンだ。そンなに今の会社名に聞き覚えがあったかァ?」

 

適当に言っただけの会社にそこまで変化があるなンてよォと笑い、

同時にロボットは一方通行の策略に完全に嵌ってしまったことに気付いた。

 

「貴様……わざとッッあぐっっ!!」

 

「あァダメだ。全部終わったら途端に何もかもバカらしくなってきやがった。なンで俺がここまでチンケな三下組を相手にしなくちゃならなかったンだ? あァ?」

 

音声を遮るように彼の身体を杖の先端で抑えつけると、彼は全く持って興が覚めたとばかりに捲し立て、相手の雑さを嘲笑う。

 

そもそもが洗脳による思考の指定からしてザルさが光る。

 

『我々に対し都合がよくなるような思考を持たせる』

 

そんな曖昧な指定をしているから不都合を与えない範囲で救助要請を送られるのだ。

チラシを送るだけならば不都合ではなく、むしろ洗脳先を増やすきっかけを生む。

 

素直に助けてではなく、解釈内で可能な限り洗脳が働かない部分でそう動いた事、そしてその事をロボット側が見抜けなかった彼等の雑さ加減が、今になって一方通行の興を削いで行く。

 

とは言え、既に得たい情報は既に大方今ので得てしまっているのだが。

 

(カイザーコーポレーションねェ。キヴォトスの中にある企業の中で一番睨ンでいた物がここまでビンゴだとむしろこっちの方が踊らされてる気分になりやがる)

 

軍事会社、金融業等、キヴォトスに名を連ねる企業のあちこちにカイザーコーポレーションが運営する組織がいくつもあった。

 

シャーレで活動することになった初日にキヴォトス中の社会構造等を頭に叩き込んだ時、最も目に付いた名前だった。

 

表沙汰に出来ないような何かが起きる時、真っ先に疑っても良いだろうと睨んだ会社がカイザーだった。

 

こういう時の勘だけは鋭い。

闇に関する匂いをかぎ分ける能力は人一倍優れていると一方通行は自負している。

 

今回も、その勘は当たっていた。

まさかここまですんなりと情報が割れるとまでは思っていなかったが。

 

「洗脳の目的は資金源確保の働き手かそれとも軍事企業の方へ流すつもりだったかは知らねェが、この際それはどォでも良いよなァ、テメェ等の思惑通りにもう事は進まねェンだからよォ」

 

ガンッ!! と、不機嫌さを隠す素振りすら見せず、杖で撃墜したドローンを叩き飛ばしながら一方通行は

床で動けない人型ロボットをどこまでも見下げ果てながら宣言する。

 

「最後に俺からの宣戦布告だ」

 

絶対的な意思を。

連邦捜査部(シャーレ)の先生として。

学園都市第一位の一方通行として。

 

やる事は変わらない。

本来なら学園都市でやろうとしていた事を、先にこちらで実行するだけ。

 

「今後、テメェ等カイザー企業のやる事は全部把握させてもらうからよォ、生徒に手ェ出すともれなく俺が出張して手ェ出した連中一人残らず一つ残らずぶっ潰す事に決めてるンで」

 

キヴォトスに巣食う闇に生徒を飲み込ませたりはしないと。

連邦捜査部(シャーレ)を始める前から決意として秘めていた契りを、改めて闇筆頭と思わしきカイザーコーポレーションに向けて宣言する。

 

「そこン所、ヨロシク」

 

そこん所、よろしくと。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

「先生、あのロボット二機と中で気絶させちゃった彼女達はどうします?」

 

戦闘終了後、未来塾の中に置いてあったガムテープ等でロボット二機の動きを封じ終えた一方通行とミドリは、この後どうするかを決める為一旦外へと出た。背中の痛みを引かせる為と、ミドリの心的疲労を落ち着かせる為に設けた休憩時間である。

 

未来塾のある二階部分から、一方通行は一階部分へ目線を動かす。

 

未来塾では大分派手に一方通行とミドリは暴れていた筈だが、外に出てみてもその騒ぎを不信に思う少女達は誰一人おらず、相も変わらない日常を送っていた。

 

またどこかの誰かが破壊活動を行った。

とうとう未来塾が暴れん坊によって滅茶苦茶にされた。

 

その程度の認識で済まされている事実に一方通行は改めてゲヘナという地区の治安の悪さと特異性に頭痛を覚えたが、しかしそう言う風に考えられること自体が状況が落ち着いた証拠かと割り切っている時に、ミドリからそんな質問が飛んだ。

 

そうだな、と一方通行は全てが終わり静かになった未来塾を、そこで倒れている少女達を見つめる。

 

このままここで放って置いて自然と覚醒するのを待つか、それとも適当に誰か呼んで手を貸して貰うか。

どっちを取っても時間がかかるなと一方通行は僅かに思考時間を割き、妥当な選択を選んだ。

 

「とりあえず今はロボット二機だけは回収する。倒れてるあいつらは今は後回しだ。ドローンは俺が運ぶ。問題は人型だが、一人で運べそォか?」

 

「大丈夫です。あれぐらいなら重く無さそうですし、私に任せて下さい」

 

先に危険性の高いロボット二機だけは回収し、残りの生徒達は一端保留とし、戻ってくるまでに方針を決める旨をミドリに告げると、彼女は力強く返答した。

 

ハッと、彼は意気の良いミドリの返事を少しだけ笑い。

さっさと回収して帰るとするか。

そう、ミドリに言い掛ける直前。

 

「そこを動かないで下さい」

 

自分達を威嚇するような声が響き、同時、カツカツと、複数の足音が階段を昇る音が聞こえた。

発されたのは、どう聞いても少女が出したと思わしき声色だった。

 

あァ? と、先程、ほんの数十秒前に一階部分を見渡した時には誰も未来塾を訝し気に見ていた人物はいなかったこのタイミングで、どういう訳か登場人物が増える事態に一方通行のスイッチが再び日常から非日常へと切り替わる。

 

一体誰だ。

何故この場面で第三者の介入が入る。

 

即座に一方通行の頭に思い浮かんだのはこの洗脳を企んだカイザー側の人間。

異変があったことをすぐさま察知し、問題を排除すべく動き出した。と言う筋書きが最も濃厚。

 

チッ! と、面倒くさいという感情を隠すこともしないまま一方通行は一歩だけ前へと踏み出し、困惑の表情を浮かべているミドリを後ろに回しながら、声を発した人物をその場で待ち受ける姿勢を取り始める。

 

塾の中に逃げても、塾内から外へと繋がる逃げ場所がここしか無かった以上、退路を自ら塞ぐのは得策ではないと判断しての結果だった。

 

やってくる足音の数からして三人ないし四人はいる。

キヴォトスの常識を考えると、恐らく全員が武装しているだろう。

 

応戦するにせよ逃げるにせよ、外へと繋がっているここでまず出方を見るのが一番生き残る率が高い。

半歩分横に移動し、ミドリに気付かれない様にそれとなく彼女の盾となりながら一方通行は声を発した人物達を待つ。

 

その人物達は、一方通行が警戒心を剥き出しにした状態になってから、十秒も経たずして現れた。

 

階段を昇り、まず姿を現したのは銀髪の長い髪を持つ、自分よりも背丈の小さな少女だった。

その一歩後ろを歩くように、何故か横乳が半分程曝け出された服を着込んでいるどう見ても痴女判定されるギリギリの服装をした青髪の生徒が続き、その隣にいた褐色肌の女生徒と共にこちらへと足を進めてくる。

 

こいつらは一体何の集団だ?

睨むように一方通行は目の前にいる三人組をじっと見つめながら思惟を続けていると。

 

「先生……?」

 

聞き覚えのある声が、三人の背後から響くと同時、その声の主が階段から姿を現した。

見覚えのある顔が、驚きの表情で自分達を見据えている。

 

「火宮……つまりこいつらはゲヘナの風紀委員って訳か」

 

姿を現したのは、かつてシャーレ奪還作戦で行動を共にした火宮チナツだった。

 

同時、一方通行はこの四人がゲヘナ学園の風紀委員であることを察し、少なくとも彼女達は自分達を襲いにやって来た訳ではないことを悟る。

 

「どうして先生がこんな所に……? まさか、同じ目的で……?」

 

一方、チナツもチナツで、一方通行がどうしてここにいるのか分からず、困惑しながらも彼女なりの予想を組み立てている様子だった。

その姿から、一方通行は彼女達が計画的に表れた訳でもないことを知る。

どうやら、未来塾で暴れていたのを知っていて、かつ全てが終わったタイミングで話をややこしくする為に今まで登場するのを窺っていた訳ではないらしい。

 

つまり、全くの偶然。

予想していた中で、最も話が纏まりやすそうだとしていた展開。

彼女達の登場後から一瞬で組み上げていた、最悪の想定が大きく外れた事に安堵を覚える。

 

だが、一方通行は彼女達への警戒だけはまだ解かない。

 

ただ一人だけ。

たった一人だけ、痴女と間違われてもおかしくない恰好をした少女からのみ、敵意が放たれていることを目敏く感じ取ったからだった。

 

それが自分になのか。シャーレになのか、はたまたミドリなのかまでは分からない。

しかし、彼女が向けている視線から、争い事にこそならなくても、揉め事に発展する可能性は十分にあるなと予想を立てた一方通行は、厄介事にならない事が確定したことも踏まえて。

 

「ミドリ、先に帰ってろ」

 

背後にいる少女を、これより先の世界に踏み入れさせない決断をした。

 

「え? でも先生……」

 

命令を出されたミドリは、目線を風紀委員と一方通行とで何度も往復させながら、戸惑いを露わにしながらも、自分もここにいたいという意思表示を見せた。

 

彼女が放つ敵意をミドリも感じ取ったのか。それとも一方通行のただならぬ物言いに何かを予感したか。

真意こそ一方通行には掴めなかったが、ミドリが自分の事を心配している事だけは十二分に伝わった。

 

これはこのまま命令し続ける方が逆に意固地になるな。

彼女が抱いた気持ちを的確に受け取った一方通行は、はぁと少しばかり声を優しくしながら

 

「別に何も起きはしねェよ。こいつらも俺達に何か問題を起こすような変な真似はしねェだろ。問題を解決する側の奴等が問題を起こすンじゃ話にならねェからなァ」

 

勿論、階段は風紀委員が立っている方にしかない為、その横を通り抜けなければミドリは降りられない。

その途中で彼女達にミドリの動きを封じられたが最後、穏便に話が進まなくなり先行きは不穏に包まれてしまうが、チナツがいる限りそこまでの行為は及ばないだろう。

 

連邦捜査部(シャーレ)の活動内容及び行使できる権利を考えれば、今回の騒ぎは合法の範疇に入る。

加え、その責任者である一方通行が逃げも隠れもせず堂々としているのだから、下手に騒ぎを起こして状況をややこしくするとは考えにくい。

 

だから心配する必要はどこにもない。

シャーレに戻って帰りを待ってろ。

 

そんな意味を込めた言葉を送る。

 

するとミドリは一瞬悩んだ素振りを見せながらも、コクリと小さく縦に首を動かして。

 

「オフィスで待ってますから」

 

一言だけ告げた後、彼女達の横を通り抜けながら階段を降りていった。

妨害は、当然入らない。

 

ミドリが風紀委員が登って来た階段を降りて行ったのを見届けた一方通行は、改めて風紀委員と対峙する。

 

「一体何の用だ。つってもこのタイミングじゃ考えてた事は同じだよなァ? さしずめ自分達が解決しようとしてた問題が先に解決されてたって所だろォ?」

 

先手を打つ、とばかりに彼女達が現れた理由を先んじて発表する。

連邦捜査部(シャーレ)と同様に、ゲヘナ風紀委員にも同様のチラシが送られていたのだろう。

そして、チラシに違和感を覚えたのが少しだけこちらが早かった。

 

だから一方通行とミドリの二人が先に到着したし、遅れたように彼女達がやって来た。

ゲヘナがどれだけ未来塾の情報を握っていたかは定かではないし聞く必要はもうどこにも無いが、ここに集団でやって来た以上目的は同じだったと見て良い。

 

その証拠に、四人の少女達は未来塾の惨状を信じられないという目つきで凝視していた。

ガムテープで動きを封じられている二機のロボット。

飛散した机と椅子、倒れている机、破壊されたパソコン。そして意識を失っている十人の少女。

 

それはどう見てもここで戦闘があった事を如実に物語っており、同時に戦闘した結果未来塾が敗北したことを限りなく証明していた。

 

「信じられない……! たった二人で、その内の一人はキヴォトスの外から来ている一般人なのに、これだけの数の生徒を制圧するなんて……!」

 

ポツリと、呆然とその光景を眺めていた四人の内、褐色で銀髪の少女の口からそんな声が漏れる。

他の少女達も彼女の意見に賛成なのか、皆一様に黙ったままだったが、いち早く一番先頭にいた身長の低い少女が現実世界へと帰還したのか、スッと、一歩だけ前へと進み。

 

「初めまして。あなたが噂のシャーレの先生ね。私は空崎ヒナ。で、こっちがアコ。イオリ。で、最後に先生も知ってるだろうけどチナツ。まずお礼を言わせて。彼女達を助けてくれてありがとう。風紀委員長として先生に感謝を述べるわ」

 

ペコリ、と丁寧に頭を下げて感謝の言葉を口にしながら、残りの少女達の紹介を済ませた。

彼女が声を発し始めた事で残り三人も帰還してきたのか、ヒナに名前を呼ばれた少女は、その都度小さくペコリと頭を軽く下げる。

少女達が頭を下げ、誰が誰なのかを知り得ていく傍ら、風紀委員長の物腰柔らかい態度に一方通行は瞬時にヒナに対する必要以上の警戒を解いた。

 

元々、一目見た時から彼女がこちらに敵意を向けていないことは把握していた為、それ程の意識を傾けてはいなかったのだが、改めて彼女の言葉に含まれた嘘偽りなき言葉が、一方通行にヒナは大丈夫な生徒だと確信させる。

 

「別に礼を言われる事じゃねェよ。気に入らねェ奴等が気に喰わねえ事をしてたから制裁したまでだ。奴等は二機とも一応スクラップにはしてねェ。後は任せても良いか?」

 

未来塾の中をチラリと見ながら、ほんの僅か日常に気持ちを切り替えつつ一方通行はヒナに確認を取る。

 

自分が知りたい情報は既に握った。

これ以上は深入りしても得られる物は何もない。

 

捕縛と残りの尋問、及び洗脳された少女と、今日塾にいなかった洗脳された少女達のケアと捜索は彼女達に任せた方が賢明だろう。

 

当初はロボットだけは持ち帰る予定だったが、それは誰もいなかったからの話。

風紀委員が現れたこの状況になったら、話はまるっきり別となる。

よって一方通行は、未来塾の件について、これ以降の介入は一切しない事を口にした。

 

それは後始末を全て任せると言う事に違いないが、同時に風紀委員が仕事をしたという事に仕立て上げても構わないという話でもあり、向こうの立場を考えての物。

 

むしろこうして、事件の本質的には全てが終わったタイミングで風紀委員がやって来たのは一方通行にとっても都合が良い展開だった。

 

この事件が原因不明の誰かではなく連邦捜査部(シャーレ)が動いた故に解決したこと。

それが本人達の前で証拠として確立出来た。

 

これで下手な犯人捜しの時間が作られる隙間は無いだろう。

 

「任せて。次は私達風紀委員が仕事をする番。それと先生にあまり手間をかけさせない様、今後はこういうのにも細かく目を光らせておくから」

 

頑張りの意思表示をこれでもかと感じさせるような優しい声でヒナが一方通行に向かってそう紡ぐ。

第一印象で最も頑固そうなイメージがあったヒナが、この場で一番冷静かつ柔軟な思考をしていることに一方通行は内心驚いたが、それ以外にもヒナの心強い発言と同時、チナツ、及びもう一人の褐色銀髪少女も同様の意思を示すようにコクンと頷いた事が、風紀委員に対する印象を変えさせていく。

 

威厳漂う登場をした割には、随分と柔軟に物事について対応出来る少女達だった。

これがゲヘナを取り締まるトップと、それを補佐する者達の思考かと、一方通行は『風紀委員』に対する好感度を僅かに上昇させる。

 

しかし、やはりどのような事例においても例外という物はあるらしい。

一方通行は、この場で唯一、ヒナの言葉に形だけでしか同意していない少女の方へ赤い目を向ける。

 

その少女は、微笑みを崩さぬまま、しかし目を笑わせずに一方通行の方を見つめていた。

 

警戒心を持っている所の話ではない。

明確に敵意を抱いていると言っても良いその顔は、しかし前方にいるヒナにも隣にいるイオリにも、背後にいるチナツにも悟られることのないまま、ただひたすらに一方通行だけに伝えられていた。

 

「初めましてですね。先生、委員長から既に紹介されていますが改めて。天雨アコと申します。ゲヘナ風紀委員の行政官を務めております」

 

一歩、前に出ながら丁寧に丁寧に一方通行に挨拶をする。

アコ? と、前に出た彼女の意図が掴めなかったヒナが彼女の名前を呼ぶが、アコはヒナの言葉に返事する事なく。

 

「先生がキヴォトスにおいてありとあらゆる場所に介入出来る権限があることは承知しています。ゲヘナ以外の生徒を引き連れて良い事も、戦闘行為が可能な事も。その上で一つだけ質問をさせて下さい。何故、ゲヘナの自治を担っている私達に連絡の一つも寄越さなかったのですか?」

 

連絡を寄越してさえいれば、ここでかち合う事も無かった。

そもそもゲヘナに来る必要すらなかった。

ゲヘナ学園の動向すら知らずに、シャーレだからという理由で好き勝手に動くのは礼儀が無い以前のただの無法行為だと。そうアコは叩き付ける。

 

ピクッ、と、アコから投げかけられた言葉に一方通行の眉が動く。

彼女が言わんとしている事を、その一言だけで理解する。

 

先程のはどう聞いても建前でしかない発言だと瞬時に見抜けてしまうぐらいには、彼女が発した言葉一つ一つには力が入り過ぎていた。

 

それはヒナも同様だったのか、アコ。と、微かに語気を強めて静止の声を掛けるが、彼女はヒナに対し今度は無視せず、すみませんと謝罪をするも、自分の行動を止める様子は一切なく、同じように一方通行の前に立ちはだかり続けた。

 

アコの全身から発される不信感と言う名の威圧を受ける一方通行は何も言わぬまま、目を若干細めて彼女の次の発言を待つ。

 

しかし、その目に秘められた光の中には先程彼女達がやって来た時に抱いたような荒い感情は残っていない。

 

今、一方通行が彼女に向けているのは、もっと別の感情だった。

 

「今回の事はお互いの交流不足という事で手を打ちましょう。しかしここはあくまでゲヘナ自治区。ゲヘナで起きた問題は私達ゲヘナの学生が解決します。先生の手をこれ以上煩わす訳にはいけませんから」

 

つまり、分かりやすく言ってしまえばこうだ。

自分達の縄張りで好き勝手やってんじゃねえ。

他の学区は好きにして良いが、自分達の学区の不始末だけは自分達で片づける。

 

オブラートに包んでいるが、彼女が言いたいのはそういう事だった。

 

やっぱりな。と、一方通行は立てていた予想と何一つ違わない発言だった事に嘆息する。

 

横を見ると、ヒナの顔が驚くような物へと変わっていた。

分かりやすく顔を青くさせ、何と声を掛けて良いのか迷っているように口を何度か開けては閉じてを繰り返している。

 

それはアコに向けての静止か。

それとも一方通行へ向けたアコの擁護か。

 

どちらにせよ、この先の発言を彼女に任せるのは荷が重いだろう。

次に放たれる言葉が何であれ、それは間違いなくアコを、何よりヒナ自身を深く傷付けるナイフでしかないのは明らかなのだから。

 

そう、一方通行は理解し。

ヒナが何かを口走るより先に。

 

「下らねェな。その価値観」

 

一方通行は、事も無げにアコに向かってそう吐き捨てた。

 

「は!? 下らない!? 下らないってなんですか! 私達風紀委員が風紀委員を全うしようとして何が悪いって言うんです!!」

 

「言葉通りに決まってンだろォが。風紀委員が取り締まると意気込むのは勝手だが、そこを基準にして物事の判断を定めてンじゃねェ」

 

風紀委員としての誇りを貶され怒りに震えるアコだったが、対する一方通行はあくまでも冷淡に彼女の言葉を切り捨てる。

 

怒りで揺れ動くアコの瞳を真っ直ぐに見据えながら、一方通行は更に続ける。

 

「ゲヘナは自分達が管理するとか。他はお任せしますとか。そォ言うのお前が選ぶ立場か? 選ぶ立場だとして、選ンでそれで何になる? 何が守られる? エゴだけだ。自分の中のな」

 

喰って掛かるアコを歯牙にもかけず、一方通行は未来塾で倒れているであろう少女達の方へ視線を移しながら淡々と言葉を吐き出す。

 

彼女の言いたい事が理解出来ない訳ではない。

 

キヴォトスにやって来る以前の自分が持っていた考え方だ。

持っていたからこそ、それが下らないと一方通行はハッキリ言える。

 

「こいつらが必要だったのは何だ? 風紀委員に助けて貰う事か? それとも先生である俺に助けて貰う事か? 違うなァ。全然違う。そンな些細な違いをこいつらは拘ってねェ。そンなどォでも良い事に意識を傾けてなンざ最初からねェんだよ」

 

一方通行は、アコから一切目を逸らす事無くその思想は間違っていると断言する。

 

しかし、しかし一方通行が吐いた暴言に近い指摘は、アコを酷く憤慨させるには十分だった。

風紀委員としての仕事を無下にされたと、彼女は沸騰する程の怒りをこれでもかと表情に出しながら顔を赤くし、グッッ!! と掴み掛かる勢いで一方通行に詰め寄る。

 

胸倉を掴まなかったのは、最後の良心が働いたからなのかもしれない。

 

「だから先生の活動をゲヘナでも見逃せと? その結果風紀委員が仕事をしていないと各所からバカにされる目に私達が会う事になってもですか? それで委員長の面子がどれだけ潰れると思ってるんですか! 委員長がどれだけ頑張って今を手に入れたかも知らないで!!」

 

「アコ!! そこまでにして! それ以上は!!」

 

二人の険悪極まりないやり取りにとうとう耐えられなくなったのか、ヒナの方から怒りと悲しみが混ざり合った仲裁が入る。

だが、彼女がその言葉を言い切るより先に、

 

一方通行が動いた。

 

バッッ!! と、視線はアコの方に向けたまま、右手の掌だけをヒナに向けそれ以上口を動かすなと合図を送る。

 

「っっ!!! 先生!!!」

 

一方通行の意図を汲み取り、その上でヒナはここへの介入を求めた。

これ以上は聞いていられない。

ここで二人は止まらないといけない。

 

彼女なりの判断でそう思い、そう叫ぶ

しかし、一方通行はヒナの願いを叶える事はせず、

 

「静かにしてろ。間違っちゃいねェ。空崎。お前は何も間違っちゃいねェ。けど。今だけは」

 

成り行きを見とけ。

彼女の正しさを認め、本当はそうするべきであることを一方通行自身も自覚しつつ、それでいて尚、ヒナに自分とアコとの会話に入って来ないで欲しい事を要求した。

 

でもっ! と、言いたそうにヒナの口が声を伴わずに動く。

そのまま何度か、言おうとして。言葉として言おうとして。

俯いて、顔を上げて、口を開いて、悲しそうな顔をして。

 

繰り返し、繰り返し、繰り返した後。

ヒナは一方通行の事を信じ、折れた。

 

半歩だけ下がり、顔を僅かに俯かせる。

それは一方通行に行動で伝えた、了承の意だった。

 

悪ィな。

同様に一方通行も声に出さず口だけを動かし、ヒナに感謝の意思を伝える。

 

そして、改めて一方通行はアコの方へ意識を集中させる。

面子ねェ。と、今度は小さく声に出して、彼女が先程叫んだ言葉の一つを拾い上げる。

 

「そンなに面子が大事かァ? そこまで言う程に風紀委員がこの事態を収めたっていう一円の益にもならねェクソみてェな価値観がお前の中に欲しいのかよ。確かにお前はそれで満足だろォな。結果も残せて万々歳だ。だがコイツ等は違ェなァ。確かに元はと言えば自業自得だろォな。下らねえ蛮勇が招いた結果なのは疑いよォもねえ事実にゃ違いねェだろォよ」

 

実際な話として、未来塾に対し真摯な気持ちで入ろうと思った生徒はいなかっただろう。

誰も彼もが面白半分で入塾したのは変わらないだろう。

その事については疑いようも無く少女達は悪だと断定出来る。

 

しかし、その気持ちを利用しようとしたさらにドス黒い悪がいたことは確かだ。

そして、少女達は一転して被害者側となった。

助けを求める事さえ出来ないような身体へと改造された。

 

それを助けるのに、許可がいるのだろうか。

ゲヘナにわざわざと連絡を寄越し、一々連携を取る必要があるのだろうか。

 

答えは一つだ。

そんな必要、ある訳がない。

 

一方通行は、それをもう知っている。

 

だから彼は、だがと言って、一度言葉を区切り。

 

「コイツ等にとっちゃそンな事はどォだって良いンだよ。お前等がどれだけ仕事をして他の連中に褒め称えられよォが報酬を得ようが心底関係ねェ。仕事の出来ねェクズだと罵られようがそれも関係ねェ。こいつらが望ンでたことはたった一つだ。()()()()()()()()()()()()。だよクソッタレ」

 

未だ状況の本質が理解出来てないアコへ、一方通行は現実を突きつける。

覆しようのない言葉を。

ひっくり返す事は出来ない言葉を。

 

アコは、何も発さなかった。

ただただ、語られた言葉を悔しそうに噛み締めながら、ギリギリと拳を強く握る。

 

彼女だって理解しているのだろうと、納得出来ていないだけなのだろうと一方通行は悔しそうな顔をするアコを見てほんの僅か安心する。

 

分からず屋では決してない。

彼女は言葉や態度では反論しつつも、心の中では恐らく把握しているのだ。

一方通行が語った物が何一つ間違って無い事ぐらい。

 

それでも反論する気持ちがあったのは、ヒナを想っての事。

一方通行が活躍すればするほど、ゲヘナにおけるヒナの立場が悪くなる。

 

風紀委員長の立場が悪くなれば、調子に乗って荒事が増える可能性もある。

ゲヘナ内における発言力も弱まる可能性だってあるかもしれない。

それを回避するためには、威厳を保ち続けさせるためには、第三者に介入されてはならない。

 

だから、彼女の地位を脅かすであろう自分に喰って掛かった。

その気持ちを、一方通行は理解する。

 

それでも、決して彼女の思想に折れてはならない部分だった。

アコの気持ちを汲み取り、しょうがないと妥協してはいけない部分だった。

 

そうすることを、彼は己の中で決めていたから。

この生き方を選ぶ事を、彼は決めてしまっていたから。

 

「今回はたまたま早く助けたのが俺だった。この話はこれでお終いなンだよバカが。お早い到着ありがとうございました先生が大変頑張ってくれたお陰で無駄な労力を割かずに良くなりました後は引き受けますお帰り下さいで適当に終わらせれば良かった話をよォ。少しは委員長を見習えってンだ。コイツはちゃァンと分かっていたぜ」

 

暴走し続けるアコをなんとか宥めたいが、先生にそれは止められているし、止められていなかったとしてもどうすれば状況が落ち着くのか分からないと戸惑い続けるヒナをフォローしながら一方通行はアコへそう告げる。

 

最初からこちらを煽るがてら、残りの役割を奪えば良かったのだ。

たったそれだけで良かったし、これからもそうし続ければ良かったのだ。

 

ヒナはそれを分かっていた。

チナツもイオリも受け入れていた。

 

アコだけが、納得できなかった。

彼女だけが、風紀委員としての使命に忠実だった。

 

それは正しいのだろう。

本来ならば、そうあるべきなのだろう。

アコは風紀委員の見本として、立派だったかもしれない。

 

だがそれは、助けを求める側にとっては何もかも不要の考えだ。

アコは、それだけが分かっていなかったのだ。

 

ただ、それだけの話でしかない。

 

「面子、立場。それを気にして動くのを別に悪いとは言わねえ。だがな。そこに比重を置き過ぎていると、大きな事件を前にした時、その面子とやらが足を引っ張る事態が必ず起こる。一歩前に踏み出しゃどうとでもなる問題が、そんな感情一つで踏み出すことが出来なくなり、結果取り返しのつかない問題に発展することだってある」

 

そんな彼女に、一方通行は指導を施す。

一方通行としてではなく、一人の先生として。

 

自分が守るべき対象の一人でもある、天雨アコが道を違えさせない為に。

重要な場面で、自分を見失うような事態に遭遇させない為に。

 

経験に基づいた、己の価値観を語る。

 

「こいつは忠告だ。その下らねェ価値観を捨てろ。何かを為す時、適当にいる誰かではなく、特定の誰かがするべきだなンていう価値観だけは持つンじゃねェ」

 

その言葉を最後に、カツンと杖をつきながら彼は歩き出し始める。

これ以上ここにいても用はない。いても彼女達の邪魔になるだけ。

 

やる事は果たした。アコに対して忠告も告げた。

ヒナには少し悪いことをしたかと思い、去る間際にチラリと彼女の方を一方通行は見たが、彼女はふるふると首を左右に振り、語らずに彼に意思を示す。

 

ありがとう。

 

そう言っているように聞こえた一方通行は、口元を僅かに緩ませながら心のスイッチを完全に日常用へと切り替え。

 

「次に会う時は、柔軟に考えを巡らせられるようになって欲しいもンだ」

 

ポツリとそう呟き、ゲヘナの街中へと一人消えて行った。

 

―――――――――――――――――

 

 

「あれが、シャーレ……」

 

先生が去り、中でボロボロとなっていたロボット二機をチナツとイオリが回収する作業を見守る中、ヒナは先程見た光景を思い起こしながら小さな声を音に乗せる。

 

呆けるように紡ぐ彼女の視線はどこかおぼつかない。

ただ、その瞳にはどこか熱が籠っているようだった。

 

思い起こす。彼の発言を。

アコの考えを是正する為、そしてアコの暴走にどうすれば良いか分からず動けなかった自分を支えてくれた言葉を一字一句違わずに思い出す。

 

彼が放った言葉は上っ面だけの物ではなかった。

確かな芯があって、確かに自分達を想っての物だった。

 

「あれが、先生……」

 

じっくりと胃の中を満たしていく温かいスープのように、先生が語った物一つ一つが、信念とも言うべき熱意が、ヒナの中に確かな物として根付いていく。

今後の彼女の指標として、新たに設定されていく。

 

高揚する。

心が、身体が。どうしようもなく高揚する。

悪くない気分だった。

 

「いつか、私も……」

 

そう呟く彼女の気持ちは、

いつかと呟いてしまったその言葉は。

 

彼女の今後を、これからの未来を、今までから大きく変貌させていく。

その表情に尊敬以上の感情を持つ色を、これでもかと浮かべながら。

 

しかし。

その一方で。

 

「シャーレの部活顧問。キヴォトスの外から招かれたヘイローの無い一般人。でも、あの目、あの威圧感。そして発言の一つ一つが持つ意志力。修羅場慣れしているとか、そんな一言で纏めて良い物じゃない雰囲気……」

 

アコは一人、先生が去った方向を見ながらブツブツと独り言を呟いていた。

 

「おまけに、キヴォトス全域の情報の中からピンポイントで未来塾を見抜き、かつ自治区外からでも的確に情報を収集する人員の厚さ。ゲヘナ外では勝てない所か、ゲヘナ内でようやく五分の勝負……」

 

その表情はヒナの方と一転して暗く、重い。

まるで、どうしても敵対せざるを得ない相手を見つけてしまったような顔だった。

 

「放置するのは、あまりにも危険ですね……」

 

誰にも聞こえないような声量で発した言葉は、彼女の希望通り誰にも聞き届けられる事無く空中で無散していく。

 

「とっても、とっても……」

 

その目にある強い決意が宿っている事すら、誰に悟られることも無く。

 

――――――――――――――

 

遠い場所、名も無い場所。人のいない場所。

廃墟となって久しいビルの中、一つの機械が動いていた。

 

見た目は、丸い洗濯機のような物。

しかし、側面の中央部に目を模したように作られたカメラレンズが、それが洗濯機ではなくロボットだという事を認識させる。

 

キュイィィ……と、内部の音を駆動させ、レンズを右へ左へと回しながら丸型の洗濯機、五十六号は未来塾襲撃事件の事の始まりから顛末までの全てを塾内に設置されたあらゆるカメラから記録し。

 

『発見。未来塾の内部から不明なエネルギーを『先生』から感知。検索結果、該当情報無し。該当情報無し』

 

シャーレの先生の肉体から、この世の何とも説明が付けられない。キヴォトスにも外の世界にも存在し得ない、詳細不明の微弱なエネルギーが発されていることを検知した。

 

『結論。未知のエネルギーと断定。キヴォトスに存在しない物を確認。科学の新たな発展性を検知。マスターに報告。マスターに報告』

 

五十六号はそれを理解出来ない物であることを知った。

それを発し続けているのが、紛う事なき人間からであることを知った。

 

先生。一方通行の身体から検知されたのが、『能力者』が無自覚に発し続けてしまうエネルギー。AIM拡散力場であることすら知らないまま、五十六号はそれをマスターと呼称する誰かに報告を始める。

 

何処とも知れない場所で、丸型の自律型ロボットが動き出す。

かつて狐坂ワカモを脱獄させたロボットが、静かに静かに稼働を始める。

 

世界が動き出そうとしていた。

まだ誰も予感していない場所で。

異変を異変と感知する事すら出来ない程に小さな所から。

 

しかし確実に、だけどゆっくりと。

悪の魔の手が、各々の少女達へと伸びようとしていた。

平穏が、崩れ去ろうとしている。

時間が、進もうとしている。

 

だが、まだ。

それでも、まだ。

 

世界が傾くまでは、時間がありそうだった。

救いの手に出会うまでの猶予は、残されていそうだった。

 

キヴォトスは、砂時計の中に残された僅かな砂を慈しむように平穏を謳歌する。

罅割れ、崩れそうな薄氷の上に残された時間で青春を送る。

砂時計の中に残った砂が全て落ちきるまで。

時計がひっくり返されるまで。

平穏が地獄に変わるまで。

あと…………。

 

 

 

 










二万字ですよ二万字。区切って二話で投稿しようとどれだけ思ったことか。
でも区切ると話が面白くなかったのでここまで書き切るしかなかったんです……!!

アビドス、エデン、パヴァーヌに繋がる展開を少しでも楽にしようと色々と伏線を張っております。これでちょっとだけでも話が円滑に進むと……いいなぁ。

嬉々としてツンツン頭の受け売りを語る一方さん。これはファンに違いないですね。それが良いかどうかはさておくとして。
正しいかどうかもさておくとして。

やっとヒナちゃんを登場させることが出来ました。
ブルアカ人気投票をやったら間違いなくトップ3に入ると思っています。残り2人はミカとユウカ辺りかな。きっとその辺。シロコは4位だと思います。
ん。先生はもっと私を持ち上げるべき。

イオリとチナツの出番が壊滅的に少なかったけど、あの状況ではどうしようもない。話に割って入れません。


本編ラストではシリアスを濁しておりますが、日常編はもうちょっとだけ続きます。
次回もゲヘナ。出したかった子が出ます。



トリニティ? あの学校はメインで大きく取り扱うので今の所予定は……。

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