「ヒーローなんて……」
薄暗い山の中をフランは目的もなく、ふらついていた。噛みきれないゴムのような黒い感情がフランの意識を覆い尽くす。
そんな折、辺りから草木を掻き分ける音が聞こえてきた。
「ヘヘヘ、これはこれは紅魔館のバケモンじゃねえか」
声の方向には単眼に獣の頭、鳥の羽が生えた者もいる。どうやら、この山に住む妖怪共らしい。閉鎖的な連中はフランの神経を丁寧に
「なんの用? フラン、今イライラしてるから」
しかし、彼女も成長している。愚かに殺す野蛮さはもう卒業した。
「それはこっちのセリフだ。館のボンボンが俺らんとこに何の用だ。
ここはテメェのような汚れた存在がいていい場所じゃねぇんだよ」
フランは大きく深呼吸をする。口は悪いが、自身と同じ生き物だと自分に言い聞かせる。
「ヒーローでも呼んでみるか? テメェのようなバケモンを助けてくれるとは思わねぇけどな!」
さて殺す。フランは腕を突き出し、べらべらと喋る獣顔に照準を合わせる。
手を握ろうとした瞬間、獣顔の後ろから巨大な影が現れる。
「なんだテメェ!」
獣顔が叫び、影に向かって牙を剥く。それを合図に単眼が拳を、羽持ちが蹴りを飛ばすが、影は難なくそれを掴む。離せと暴れる二人を影はものすごい勢いで空の彼方へと吹っ飛ばした。
「てっテメェよくも子分を!」
獣顔が爪を立て影へと向かっていくが、影は華麗な一本背負いで獣顔を遥か遠くへと吹き飛ばした。
影は手をはたき、フランの方へと振り向く。フランは、次は自分の番だと身構えた。
それに、彼女は数時間前まで戦闘中だったのだ。警戒心は再び最高潮に引き上げられる。
「
月明かりが照らすのはサナトラマンの面だった。背中に巨大な縄で出来た輪が浮遊している。
異様な存在から敵意は感じられない。だが、フランは警戒を解かなかった。
「あなた誰?」
影は面を投げ捨てる。月明かりが照らす紫がかった青髪をなびかせ、フランとおなじ赤目の女性が風変わりな笑みを浮かべた。
「私か? 私はお前さんと同じヒーロー嫌いの神様さ」
◼
「おーい早苗ー、飯はまだかー?」
ぼりぼりと腹を掻きながら幼女が茶の間へと現れた。いつもここら辺でだらしがないと
「早苗ならフランと咲夜を迎えに行ったわよ」
そこに居たのは、早苗のコレクションを遊び眺めるレミリアだけだった。しかし、そろそろ飽きたのか、その声には元気がない。
「おぉ! あんさんは紅魔館の主ちゃんじゃないか!」
幼女の見た目に似合わないおっさんのような口ぶりで、幼女はレミリアに駆け寄る。
深く被った帽子のおかげで顔は分からないが、帽子の上にとって付けたようなギョロ目は興奮に満ち溢れていた。
「いやぁ噂はかねがね聞いてたんだ! フランの姉さんなんだろ!?」
フラン。その言葉は今のレミリアにとって禁句だった。漏れた怒りが空気を張りつめる。
「あなた誰?」
機嫌が低下した声は
しかし、そんな不安定な怒りに臆することなく、幼女はにぃっと白い歯を見せて近づく。
「私か? 私はあんさんと同じ、ヒーローを愛する神様さ」
◼
「フラン様〜! どこ行ったのかしら……」
咲夜は飛び出したフランを追って、山の中を歩き回っていた。いつの間にか先にいたフランの姿は消え、目の前は黒い木々が生い茂るけもの道へと変わる。
月も雲に隠れ、より一層、暗々とした森は咲夜の不安を掻き立てた。
「早く見つけないと、フラン様が何をしでかすか分かったもんじゃないわ」
そう、妖怪共がフランになんか出来るとは思っていない。むしろ、フランがまた感情のままに破壊することを恐れていた。
「マジでどこに行ったのかしら……」
奥深くへと進んだけもの道は方向感覚を狂わせる。
咲夜は自身の来た道すら把握出来ないほどに迷っていた。
「ヤバいわね……」
入り組んだ道は雑草が覆い隠し、見回しても似たような木々ばかり。
清々しいまでの酸素があるというのにもかかわらず、息苦しさが喉を締め付ける。
数時間、いや単なる数分、もしかしたら数秒かもしれない。ただ、それが焦りを加速させる。
咲夜は途方もない道無き道を歩いていた。
すると突如、開けた場所にたどり着いた。
大木の絡み合う枝の隙間から見える
まるで人工的に作り上げたかのような自然の広場は優しく、咲夜を受けいれた。
「こんなとこあったなんて……」
咲夜はその広場の可憐さにそっと息を飲んだ。
そして、奇妙な既視感を感じていた。
紅魔館のすぐ後ろに位置する妖怪の山だが、咲夜がこの山に入ったのは、たった一度。それも霊夢と魔理沙に連れられて入っただけ。一人で山を散策するほどの余裕は、これまでメイド長にはなかった。
なのに、記憶の片隅に確かに存在するこの広場の正体は一体。
どことなく感じる不穏が心臓の鼓動を早くする。巡る記憶の食い違いが先程とは比べ物にならない不安を呼び起こす。
「もし?」
ふと咲夜は顔を上げた。そこに居たのは、小さな老婆だった。
先程までいなかったはずの存在に咲夜の眉間は大きく皺よる。
「おやおや、そんなに怖がらないで」
老婆はそっと近寄り、咲夜の頬を撫でた。その手は懐かしくも寂しい独特な匂いがした。
「随分と迷っていたようで」
老婆は触ると崩れてしまいそうな笑みを浮かべた。
先の見えない不透明な現実に咲夜は理解出来ずにいた。そして、何故か
咲夜は震える唇でたった一言、やっとの思いで吐き出す。
「あなたは一体……?」
◼
「私は……精霊の神。神と言っても、もう信仰を失い、やがて消え去る身ですがね」
老婆はゆっくりと答えた。ガラス玉のような瞳に、その凛とした
「ここは一体……?」
ごく普通の疑問だったはずだ。しかし、咲夜の問いに老婆は首を傾げた。
「ここが何処か覚えていないのですか?」
知るわけが無い。少なくとも咲夜の記憶には存在しないはずだ。
「おや、私としたことが見間違えていましたわ」
「見間違えていた?」
老婆は咲夜の胸を指さす。
「似ている、よく似ている。あの人に」
決して咲夜の胸の慎ましさに対してではないようだ。咄嗟に隠してしまった咲夜の耳が赤くなる。
老婆は目が見えていないのか気にすることなく、ブツブツと同じ言葉を繰り返していた。
「ごめんなさい、あの人って誰のこと?」
老婆は一瞬悲しそうな顔を浮かべた。だが直ぐに先程の笑みに戻り、咲夜に座るよう促す。
咲夜はゆっくりと草木の上に座った。黄色に彩るユリの葉はまるで羽毛のような柔らかさで咲夜を包み込む。そうされることが誇りかのように。
「あなたは幻想郷が誰によって作られたかご存知ですか?」
「昔聞いた事あります、一柱の龍神……ですよね? 八雲紫を筆頭とした賢者達と呼ばれる者たちが龍神にお願いして出来たとか」
咲夜の返答に老婆は大きく息を吐いた。
「やはり、そう伝わっているのですね」
意味しげに老婆は遠くを見つめた。その顔は後悔に満ちていた。
「違うんですか?」
確かに、『賢者達』『龍神』が伝承として残っているのはこの話しか存在しない。それに、どちらも明確な誰とは伝承されていない。
たった一人を除いて。
「【八雲 紫が何かを隠している】ってことでしょうか?」
恐る恐る咲夜は、
しかし、それしか考えられる者はいない。長年、幻想郷に携わり、多種多様な存在を受け入れる地の管理者だけが、伝承の登場人物として大衆に知られている。
龍神も紫以外の賢者達は、特に言及されていない。むしろ、他の功績もない。神も妖怪も人も受け入れる地を作り上げるような存在が、これまで伝承として残らないというのは、少し不可解ではあった。
「真実を教えていただけますか?」
今まで特に気にもとめなかった事だ。
しかし、ここ最近の出来事のせいで、どんな些細な情報でも知っておきたい。もしかしたら、自身を殺しにくる連中の正体が少しでも分かるかもしれない。
そんな咲夜の想いが伝わったのか、老婆はゆっくりと口を開く。
「かつて、全ての
あの人はとても優しく愉快な方でした。そして、全ての造物を愛していた」
そんな話聞いたことない。確かに伝承や神話に創造神などいくらでもいる。現に幻想郷にも創造神を名乗る神はいくつか来訪したこともある。だが、どれも否定されているのだ。創造神を名乗りたかっただけの紛い物しかいない。
「【神はいくつもあれど、世界を創った神はいない】でしたかね?」
幻想郷でよく聞く言葉だ。そう、世界は神ではなく、その中で生きる人々が創り、成長させていくもの。始まりは現象の一つでしかない。
だからこそ、幻想郷は、創造神など全て紛い物であると主張出来るのだ。
「これはあの人が言った言葉です。あの人は、崇められることがお嫌いでしたから」
老婆の言葉はどこか信憑性があるものだった。なぜだか分からないが、見てきたありのままを語っていたと、そう思える何かを感じた。
しかし、不明な点は多い。
「その……お名前は?」
咲夜の言葉に老婆は口を
「言えません。いや、分からないと言った方がよろしいか」
名が分からない。そんなことがあるものか。世界を創った神なのに、名を知られていないはずがない。
咲夜の中で老婆への疑心が
「名が分からないとは?」
「あの人はもう去った身ですから」
老婆は悲しげに言った。まるで死んだかのような口ぶりだ。
「神がいつ死ぬかご存知ですか?」
老婆の問いに咲夜は首を振る。神は死なない。それが神という種族のはずだ。
「名を失った時です」
老婆は重々しく答えた。
「神は名を失い、信仰を失えば、弱り朽ち果てる身。私の名があなたの中に無いように」
老婆のガラス玉のような瞳は寂しげに咲夜の方へと向く。確かに老婆が神の一柱であるということを知らなかった。
「でも、創造神の名前が失われるってこと有り得るんですか?」
この質問は老婆にとって残酷なものだったらしい。先程までの
仮に創造神がいたとして、その存在が忘れられるなんてことありえるのだろうか。伝承が続けば、神は一定の信仰を得られるはずだ。
「……あの人は名を捨てたのです」
老婆は思い出したくない記憶に触れるかのように、一言だけ呟く。
「あの人は皆を愛してきた。私達もそうするべきだった。それなのに、それなのに。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
老婆は必死に保っていた物が壊れたかのように泣きじゃくりながら、謝罪をしていた。こともあろうか咲夜にだ。
急な出来事に咲夜は困惑する。
「わっ私は人間ですよ……!?」
しかし、老婆の謝罪はとどまらず、まるで子供のように涙を垂れ流し、咲夜の
「許してください、私達の罪を、私達の愚かさを」
老婆の血気迫る言葉に、咲夜は身を引いてしまった。
そこまでされる言われは無い。
「何があったんですか……!?」
しかし、咲夜の言葉はもう老婆には届かない。老婆の体は薄れ、徐々に声も遠ざかっていく。
「どうか、どうか、許してください。そして、認識を、私がいたという認識を……」
か細い声で老婆は
咲夜は驚きと困惑の中で、優しく老婆の手を握る。
「なんの事だか分からないですが、大丈夫。
私はあなたがいたことを忘れません、絶対に」
老婆は唐突に出た言葉に顔を上げ、最後に微笑んだ。
「ありがたや、ありがたや、本当に有り難や……」
老婆は塵となって消えた。
咲夜は残った感触から夢でないことを実感していた。そして、謎だけが残ったことも。
「なんだったのかしら、一体……」
咲夜が一人残された広場に聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「十六夜さーん、どこ行っちゃったんですかー!」
広場の草木を掻き分けると早苗の姿が見えてきた。
「おーい早苗ー、こっちー!」
考えるのはまた後でにしよう。
《続く》
はいどうもマデュラです。
ユニークアクセス500到達したのに、投稿遅れてスイマセンデシタァッ!
これからはサボらず、投稿できるよう頑張ります……
思えばもう3月も下旬ですね……この後どうなる事やら……
頑張ります笑
では中編で、バハハーイ
もしかして、Twitterアカウントは必要ですかーッ!?
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