東方時刻烈伝 〜夢見る緋時計〜   作:マデュラ

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ここは、幻想郷。
有機物と無機物が分け隔てなく生きる世界。
それは忘れじの楽園。
それは謳歌する平穏。
それは現に生きる最後のユートピア。
器は、全てを受け入れる。それはそれは、残酷で美しいまでに。
ただ、もし、その器が腐っていたとしたら。
そこから零れた水は一体、何を殺すのだろう―


第一夜 子羊達のプレリュード【上】

 

 年老いた私がいた。

 辺りがオキナグサが一面に広がる中、椅子に揺れている。ほんのりと暖かい日差しが心地よい。

 しかし、私は遠くを見つめ、覚えのない酷く苦い過ちを後悔していた。

 無意識とは違う。確かにそこにあるのに、存在しないはずの光景と思いは、着実に私を(むしば)む。

 私の知らない私が、そこにいた。

 

「こうするしか……」

 

 しゃがれた声でそう呟く私の手には、感覚のない短剣が握られている。

 鈍く光る銀の短剣は、ゆっくりと私の心臓へと突き刺さそうとする。私は必死で止めようとするが、体が言うことを聞かない。

 やがて、鋭い剣先は柔らかい臓物(ぞうもつ)に穴を開ける。不思議と痛みはなく、どろりとした血が私の手を赤く染めた。

生暖かい赤は、私の体から熱を奪っていく。

 私はただそれを呆然と感じるだけだった。死に始める私の体は、意識だけを置いて遠のく。

 力が抜けた手から、懐中時計が滑り落ちた。

 染まった時計はヒビが入ると共に、その動きを止める。

 その瞬間、辺りを白い輝きが覆った。光は、全てのものを飲み込み、善も悪もない狂気の輪廻だけが渦をまく。

 私はふわふわと漂いながら、その目まぐるしい時の流れを眺めていた。

 白い渦の中では、幾万の生き物が生まれ、死に、幾万の物が造られ、崩れゆく。

 途方もない繰り返しの最後、幾万の私が現れる。どれも、私であって、私ではないモノ達。

 彼女らは、再びその胸に短剣を突き刺す。

 躊躇(ためらい)葛藤(かっとう)を抱えた血は空気に触れ、黒くなる。赤黒い私は溶け出し、もうひとつの渦となった。

 渦と渦が泥のように混じり合い、生じる泥濘(ぬかるみ)の波は、意識の私を飲み込んだ。

 泥濘(ぬかるみ)の中は、合理と感情が喰らい合う、夕焼け色の地獄。

 

「……!!」

 

 もがくも叫ぶも虚しく、渦の回転はどんどん強くなる。悲鳴と怨声(うらみごと)の水が私を中へと引きずり込んでいく。

 奥へ、奥へと。

 沈み込む私を呼ぶ声が聞こえる。

 

 あれは……███。

 

 

 ◼

 

 

 そして、私は目が覚める。

 いつもの朝。

 鳥が(さえず)り、眩しい朝日が差し込む中、私だけが最悪の朝を迎える。

 夢が私に吐き気だけを残し、薄れていく。

 

「またかしら……。これで何回目よ!」

 

 彼女の名は、十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)。十代にして、ここ幻想郷にある紅魔館のメイド長を務める使用人の天才である。

 咲夜は、鏡に映る目覚めの悪さと寝癖の壮観さに大きくため息をつき、いつもの支度を始める。

『完全で瀟洒(しょうしゃ)なメイド』。

 それが彼女のモットーだが、ここ最近見る悪夢のせいで、それも狂いつつあった。

 支度が終わった彼女は、銀色の懐中時計をポケットから取り出す。

 複雑な機構を持つ時計は、毎日欠かさない手入れのおかげで、今日も時を示してくれる。

 

「七時三十二分十六秒。また二分十六秒遅れね。最悪」

 

 不満げに時計の蓋を閉め、咲夜は一階のキッチンへと向かう。

 彼女の『メイド長』という役職は名ばかりだ。いうなれば雑用。長など、夢のまた夢。

 その証拠に、彼女はこの紅魔館のほぼ全ての家事を担当している。その他のメイドは妖精達がほとんどだが、これがまた理想とはかけはなれたほどに、だらしない連中ばかりだからだ。

 咲夜はキッチンに着くなり、手馴れた手つきで朝食の支度をする。

 本日の朝食はベーコンエッグに食パンにサラダ、チーズ、そしてローストチキン。あと、一席だけ、積み上がった卵の殻。

 なかなか、豪勢な朝食だが、これが紅魔館の普通である。十何年もやってきた彼女にとって、この程度、簡単すぎる作業だった。

 

「七時三十八分四十秒。二分遅れにしては、上出来じゃん」

 

 しかし、肝心な食事をする者たちが揃っていないのも、またいつものことである。

 

「いい加減、自分たちで起きて欲しいものね」

 

 懐中時計を取りだし、時計の龍頭をグッと押し込む。

 すると、鳥の(さえず)りは止まり、水は流れを留め、爽やかな風は動かなくなる。

 これが彼女の能力、『時を操る程度の能力』。

 この広い館をバカ正直に歩き回っていたら、せっかくの料理が冷めてしまう。そうは言っても、こんなことに能力を使うなんて。

 先程までの上機嫌は消し飛び、重たい顔でキッチンを後にする。

 まず向かうは、眠らずの図書室。

 キッチンからすぐ近くにある巨大なドアの前に立つと、再び龍頭を押し込む。

 全ての時が、流れを取り戻す。

 ドアノブの反射で身だしなみを整え、ノックをする。

 当然、返事はない。

 しかし、中からは微かに物音がしている。

 咲夜がため息混じりに中へ入ると、無数の本棚があっちへこっちへと移動を繰り返していた。

 

「また、図書室の整理ですか? パチュリー様」

 

 咲夜の声に本棚の動きは止まり、紫髪の寝巻きのような格好をした女性が、本を片手に中からぬっと現れた。

 目元に大きなクマを作り、貧血気味な顔だが、これが彼女の平常運転だ。むしろ、今日は元気な方である。

 

「あら、咲夜じゃない。もうそんな時間かしら?」

 

 彼女の名前は、パチュリー・ノーレッジ。

 紅魔館内部にある、動かずの大図書室の管理人だ。主人の大親友であり、魔法の大天才である。

 そんな彼女がここに引きこもってるのは、自身が病弱ゆえでもあり、もう一つ理由がある。

 そんなパチュリーは、読みかけの本に何かを挟んだ。手癖の悪い御友人様である。これで何回目だろうか。

 

「ええ、もうそんな時間です。あと、いい加減、人の下着を本に挟むのはやめてください」

 

 そう、彼女は人の下着を本に挟むくせがある。

 その変態性故に、閉じ込められてるのだとか。

 

「残念、今回はキャミソール。なんの問題もないはずよ。そういや黒って大胆ね、あなた」

 

 何食わぬ表情でパチュリーは、本からキャミソールを引っ張り出す。そして、何事も無かったかのように、咲夜に返してきた。

 お礼も謝罪もない。当然だ。彼女は盗んだ訳じゃない。()()()()()()()()()から、使った迄だ。

 だとしても、と最近のお気に入りを乱暴に取り返す咲夜は、小さい苛立ちを飲み込む。

 

「人の私物を勝手に使う事が問題です。

 というか、なんで今回はキャミソールなんですか」

「私も日々、挑戦しているってことよ。ただ、やっぱり下の方が、栞として扱いやすいわね。

 今後の勉強になったわ」

 

 変態が食卓へ向かったのを確認すると、咲夜は渋い顔で再び時を止める。

 今度は、外にいる門番だ。

 

「相変わらず、よく寝れるわね」

 

 外は肌寒いどころか、外着を羽織っていても、鳥肌が立つくらいだ。それなのに、この館の門番は惚けた顔で、気持ちよさそうに寝ている。

 それも、露出の多いチャイナ服で。

 唯一、隠されている二つの楕円形を見て、咲夜は自分のと比べる。

 いくつになっても、この大きさを超えることはおろか、半分にも満たないのは、何故なのか。考えれば考える程、目の前の長身美人に嫉妬を覚える。

 一旦、深呼吸を入れ、時計を取り出す。

 時が再始動すると同時に、咲夜は有無を言わさず、その(すね)目掛けて、蹴りを入れる。

 甲高い鉄の音が、朝早くから響く。

 

「おはようございます、美鈴」

 

 いきなりの一撃に声にならない何かを叫びながら、門番はようやく目が覚める。

 

「……おはようございます、咲夜さん。朝から重い一撃ありがとうございます……」

 

 彼女の名前は(ホン) 美鈴(メイリン)

 種族不明、出身不明、何もかもが不明だらけ。妖の類であることは間違いないのだが、その正体は誰も知らない。

 しかし、それでもこの館の『門番』なのは、館の住人達が、誰よりも彼女の強さを信用している証のほかならない。

 その証拠に、先程の蹴りは、()()()()()()()()()()()

 

「匂いからして……今日はベーコンエッグですね! ところで、なぜキャミソールを?」

 

 もう一度、蹴る気にはならなかった。鉄板入りの安全靴だったが、先に咲夜の足が駄目になりそうだ。

 

「そうです。

 これは……気にしなくていいから、食卓へ」

「はーい!」

 

 嬉しそうに走っていく美鈴を見届けたあと、足を引きずりながら、門の中へと入る。

 門の内側にかけてある索発射銃(さくはっしゃじゅう)を取り出すと、それを二階の自室へと向けて撃ち込む。鉤爪がバルコニーの柵に引っかかったのを確認すると、スイッチを押した。

 すると、高速回転するリールが、あっという間に彼女を持ち上げた。

 咲夜は、自室に戻るなり、外着とキャミソールを急いで仕舞う。特に、キャミソールは、新しい鍵付きタンスの奥へと押し込む。

 時計の針は、未だ2分ほどしか進んでいない。

 咲夜は難関の前に、朝、唯一の安息へと向かう。

 それは主人の妹、フランドール・スカーレットの部屋だ。

 ノックの返事代わりに愛らしい寝息が聞こえてくる。

 

「フラン様。入りますね」

 

 ドアを開けると、まるで王族の部屋のような豪華なベッドに、絢爛な服の数々。その中で可愛らしい金髪の幼女が、静かに眠っていた。

 その中で眠る彼女こそ、フランドール・スカーレット。

 可能性溢れる吸血鬼が眠る様は、御伽噺(おとぎばなし)に出てきそうな愛らしい光景だが、彼女は『寝相が悪い』。

 咲夜は、部屋に入ると同時に横にズレる。

 その瞬間、修繕したばかりのドアが木っ端微塵に砕け散った。

 これが寝相の悪さの正体。彼女の『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』だ。寝てる時は自制できない能力に、館のものが幾度と破壊されたことか。数えればキリがない。

 しかし、咲夜は動じることは無い。むしろ、そんなことでたじろいでたら、今日まで生きてはいない。

 眠るフランの横に立つと竜頭を押し込み、そっと耳元で

 

「ザメハ」

 

 と呟く。すると、彼女の愛らしい真紅の瞳がぱっちりと開いた。

 まるで待ちわびてたと言わんばかりの機嫌で、従者の生存を祝福する。

 

「おはよ、咲夜! 今日も生きてたね!」

「えぇ、生きてますとも。たった今、死にかけましたけど」

 

 何故、先程の言葉だけで、ここまで目が覚めるのか分からないが、機嫌よく目覚めてくれるなら何よりである。

 この先の苦難が少し和らぐ。

 

「『アレ』用意してる!?」

「はい、ローストチキンですね。ちゃんと用意してありますよ」

「やったァ!」

 

 フランドールは、部屋を飛び出していく。

 可愛い破壊者が食卓へ駆けていくと、咲夜は深呼吸し、最後にして最大の難関に立ち向かう。

 この館で最も大変なのは、変態魔法使いでも、謎だらけの脳筋でも、可愛らしい破壊者でもない。

 目覚めの悪い館の主人である。その名も、レミリア・スカーレット。

 フランドール・スカーレットの実姉つまり、吸血鬼だが、その中身は『ただの自由奔放な子供』そのものである。

 館の朝が早いのも、彼女のせいだ。

 

「お嬢様。朝食のお時間でございます」

 

 どうせ、返事は無い。毎回そうだ。あれほど、朝弱いんだからやめとくべきと止めたのに。

 ただ、彼女が起きなければ、紅魔館の朝はやってこない。

 気を引き締めて、最後の試練の扉を重々しく開く。

 そこには先程の妹と打って変わって、ベットから抜け出し、床で大の字に寝るあられもない主人の姿だった。

 せっかくの豪奢なカーペットも、垂れてるヨダレのせいで台無しだ。

 

「また床で寝てる……。ほら、起きてください。ご飯ですよ」

 

 少し力を入れて揺さぶってみるが、こんなことで起きるなら、毎日苦労しない。

 念の為、毎朝の呪文を唱えてみる。

 

「起きないとサナトラマン、終わっちゃいますよ〜」

 

 サナトラマンとは、人里で評判なヒーローのことだ。レミリアはサナトラマンの大ファンで、早起きするようになったのも、これを見るためである。

 小学生の男子しか考えつかない理由だが、彼女の言葉というものは、紅魔館では絶対である。

 ただ、そんな命令、守るものは一人しかいないが。

 

「うん……今起きる……」

 

 絶対に実行されることの無い宣言を呟きながら、重い瞼を擦るばかりで、一向に起きる気配がない。

 それどころか、寝息を立てつつある。

 咲夜は、今日何度目か分からない溜息をつき、ポケットから小瓶を取り出す。小瓶の中から出すのは、ニンニクの欠片だった。

 ニンニクの臭いは、吸血鬼にとって、苦手極まりない存在。それは、彼女も例外では無い。

 それを咲夜は慈悲もなく、レミリアの鼻へと近づける。

 

「ギャッ!!」

 

 館の主人は、尾を踏まれた猫のような叫び声を上げ、飛び起きる。やはり、最終手段は効果てきめんである。

 

「おはようございます。レミリアお嬢様」

「おはよう……咲夜。やっぱり、それやめない?」

 

 涙目で鼻を擦る愛らしい幼女のお願いだが、聞き入れることは無く、咲夜は代わりに冷たい視線を送る。

 

「嫌でしたら、次からはキチンと起きてください。それに、これはレミリアお嬢様発案ですよ」

 

 何を隠そう、この方法はサナトラマンを見逃したくない一心で、レミリアが考案したものだった。

 

「でもね、朝から直のニンニクってのはちょっとキツイものよ」

「はいはい、今度からは玉ねぎにしますね」

「それもなぁ……。あっそうだ!! 料理にして持ってくるのはどう!? ラーメンとか!」

「朝から、ニンニクマシマシのラーメンを食べようとするのは貴方だけです。

 それにもう一回やってます。お嬢様が吐いたおかげで仕事が増えました」

「あれ、そうだっけ?」

「出来ないことはするもんじゃないです。昔の人も、そう言ってます」

 

 

 食卓では、二人を今か今かと皆待っていた。料理はまだ冷めてないようだ。

 料理を見つけるなり、レミリアが駆け足になる。咲夜のベーコンエッグは、レミリアのお気に入りだからだ。

 

「うわぁ、ベーコンエッグだぁ! やった、やった!」

 

 机を揺らしはしゃぐ姿は、とても五百年以上も生きてる存在だと思えないが、これが紅魔館の主であり、レミリア・スカーレットなのだ。

 ようやく、紅魔館の朝は始まる。

 

「咲夜ぁ、フランが私のチーズ取った!」

「お姉様が食べるの遅いんだもん!」

「レミィ、私のサラダあげる」

「お嬢様、私の殻あげますから」

「どっちもいらない!」

 

 絢爛(けんらん)たる緋色の館にそぐわない程、騒々しく。

 

《続く》




はいどうも、マデュラです。
大抵のWeb小説ってのは、2〜3000文字なんですってね。
えぇ、調べましたとも。そして、自分のを見て驚きました。なんと、1万文字越してるではありませんか。
ってな訳で、1話目から上と下にぶった切られてます(笑)
それでも、オーバーしてるんですけどね……
では、小噺はこれくらいにして。
また、いつか。

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