戦いでボロボロになってヒロインちゃんを曇らせたい 作:銀髪巨乳清楚シスター
瞼の上から差してくる陽光で目が覚めると、俺はアウレーネさんに毛布を被せられて膝枕された状態のままであった。
アウレーネさんは座っている状態ですやすやと寝息を立てており、俺の身体からは痛みや不快感がすっかり消えていた。目の下に隈がある。どうやら俺に回復魔法をかけ続けてくれていたらしい。
「……ジークさん……」
寝言で俺の名前を呼んでくれるとは光栄だ。さて、彼女を起こして村に帰らないと……。
俺は名残惜しく思いつつも彼女の膝枕から離れると、大きく伸びをして立ち上がった。
すると、一瞬の目眩が襲い来る。嫌な予感がして岩壁に手をつくと、すぐに目眩は収まった。
偶然の立ちくらみなのか、それとも毒の効果の残滓なのか、はたまた貧血による影響なのか。……全部当てはまるような気もするが、とにかく教会のベッドで休みたい。深呼吸して息を整えると、俺は下火になっていた篝火を踏み消した。
「アウレーネさん、起きて」
「う〜ん……」
俺はアウレーネさんの肩を揺らして彼女を起こそうとするが、恐らく彼女の回復魔法に一晩中お世話になっていたため、何となく無理矢理起こすのも申し訳ないと思ってしまう。
村まではしばらく歩く必要があるけど、おぶって帰ってしまおうか。ただ……俺が彼女に触れるのは何となく躊躇してしまう。拗らせた性癖の矛先にしているので後ろめたさがある――もちろん死にたくないのでわざと怪我をしているわけじゃないが――からだろうな。それに加えて、彼女が気高い精神と聖母のような美貌を兼ね備えていて、芸術品に触れるのを避けるが如く腰が引けてしまうのだ。
――アウレーネ・システィヤーズ。
腰まで届きそうな長い銀色の髪を肩口でひとつにまとめ、今は閉じられているが透き通るような灰色の瞳が特徴的な女性だ。寝顔はあまりにも無防備で幼いけれど、普段は理知的で高貴な雰囲気を醸し出しており彼女の姿を見たらつい目で追ってしまうほど。
完璧なのは見た目だけではない。誰に対しても分け隔てなく丁寧に接し、俺のような外部の人間にも献身的に尽くしてくれる。誰の目につかない場所でも徳を積んでおり、教会に携わる人間としてもこれ以上ない人材であろう。
着こなしは純白の頭巾と白黒のワンピースのような修道服。清楚な印象がアウレーネさんにマッチしており、初対面は本気で天使なんじゃないかと勘違いした。
今は俺の血と土で汚れてしまっているけど、これはこれで全然綺麗なんだよなぁ。
「アウレーネさん、アウレーネさん。早く村に帰らないと村のみんなが心配するぞ」
俺は指先で肩を突いたりそこそこの声量で呼びかけてみたりしたが、彼女はムニャムニャと言うばかりで効果は薄かった。このまま洞穴に留まり続けるのは得策ではない。仕方ないので、俺はアウレーネさんを背負って村への帰路につくことにした。
「重……って言ったら怒られるな。軽い」
アウレーネさんの身体を持ち上げようとした瞬間ウッと声が出そうになったが、彼女が重く感じるのは俺が少なからず衰弱しているせいだろう。
俺は座ったまま眠りにつくアウレーネさんの前に屈み、彼女の腕を俺の胸の前でクロスさせる。そのままスリットの入った修道服の太もも部分に指を滑り込ませ、息を吐きながら一気に持ち上げた。
肩甲骨のあたりに強烈な2つの柔らかさを感じてしまったところで、俺は煩悩を振り払うように早歩きを始める。
「頼む……早く起きてくれ……」
この村の周辺を拠点とする邪教徒と戦い続けて1ヶ月。俺はゲリラ的に襲ってくる邪教徒と戦っていたが、未だに奴らの教団が消える気配は全くなかった。
昨日の戦いでも結構な数を倒したはずなんだけど、邪教徒全滅には程遠そうだなぁ……。
俺が急いで洞穴を発ったのは、昨日取り逃した邪教徒が再び帰ってきて襲われる恐れがあったからだ。
どんだけ邪教徒多いんだよって話だわ。捕まえても殺してもどんどん湧いてくる。おかげで俺もアウレーネさんも村のみんなもボロボロだ。
「……んっ……」
周囲を警戒しながら歩いていると、耳元でアウレーネさんの声がした。少しだけ身体が硬直するような動きを見せたので、ようやくお目覚めといったところか。
「あれ、ジークさん……? 何をされているのですか……?」
「やっと起きたか。今村に帰ってる途中だよ」
「え……」
おぶられながら目を覚ましたアウレーネさんは、俺の上できょろきょろと辺りを見回したかと思うと――声にならない悲鳴を上げた。
「すっ――すみませっ、わた、私――重かったですよねっ!? すぐに降りますっ!」
背中で暴れ出すアウレーネさん。しかし、動いているのは彼女の手と胴体だけ。俺が抱えた脚はぴくりともせず、いつまで経っても彼女は俺の背中から降りられない。
「あ、あれ……あれ?」
やがて自らの異常に気付いたアウレーネさんは、息を荒らげながら俺の首元に項垂れた。
どうやら魔法の使い過ぎで疲れてしまったらしい。
「昨晩ずっと介抱してくれたんだろ? 魔法を使い過ぎたんじゃないか」
「……すみません。貴方のことが心配で、つい無理を……」
魔法の使い過ぎは厳禁だ。激しい運動の後に息切れしてしまうように、己の技量を超えて魔法を多用すると倦怠感と疲労感が抜けなくなってしまう。更に酷くなると強烈な頭痛に悩まされたり、場合によっては精神を傷つけてしまう場合があるのだ。
アウレーネさんに表れているのは、全身が鉛のように重くなる強烈な倦怠感だろう。声色に元気が無くて、普段と比べると明らかに萎れてしまっている。彼女は魔法の才に秀でた天才シスターであるが故、これまで回復魔法が枯渇するなんてことは有り得なかったのだが……。
「いや、謝らなくていい。アウレーネさんのおかげでだいぶ楽になったからな。ありがとう」
「……いえ、当然のことですから……」
「村に帰ったらお互い羽を休めよう。流石に疲れちまったよ」
アウレーネさんは小さく頷くと、俺の胸の前に回した手をぎゅっと握り締めてきた。首元に細い腕が絡みついて、背中に彼女の身体が押し付けられる。右の肩に顎が乗せられて、耳元に彼女の吐息が吹きかかった。
「……ふふ」
「……ど、どうしたアウレーネさん?」
「いえ。何でもありませんよ?」
「…………」
「ただ……ジークさんの背中、安心しちゃうなって思っただけです」
な……何だよ。えらく思わせぶりな態度を取ってくるじゃないか。アウレーネさんは俺のような男を何人勘違いさせてきたんだ?
魔性の女だぜ。
「…………」
そして俺の肩に寄りかかったアウレーネさんは、遂に何も言わなくなってしまった。ゆっくりと頬擦りしてくるアウレーネさん。体温を確かめるようなその仕草に、俺の心臓は否応なしに跳ねてしまう。
「……ね、ジークさん」
「ん?」
「この戦いが終わったら……何をされるつもりですか?」
「……考えてねぇ」
「……そうですか」
「何だよ?」
「いえ。ずっとジークさんと一緒に居られたらなって思っただけです」
それは告白か何か?
「はは。俺もアウレーネさんと一緒に居られたら一番いいと思うけど、現実はきっとそんなに上手くいかないんだろうよ」
「うふ」
適当な返事をして会話を受け流す。アウレーネさんは柔らかく微笑んで、再び何も喋らなくなった。
戦いの合間に繰り広げられる、何てことのない会話。
死ぬ前にこの会話を思い出したりするんだろうな、なんて思いながら空を見上げる。
頭上を覆う木々の隙間から差し込む太陽。僅かばかり覗く青空。茂みを揺らして吹き抜ける爽やかな風。耳をすませば、さらさらという音が聞こえてきて――
――ひゅん。
遥か遠くに響き渡る一瞬の風切り音。ボウガンという単語が脳裏を掠めて、俺は思いっ切り横に飛び退いた。
「――危ないっ!」
アウレーネさんの声が飛ぶ。激しい運動ができるような身体の状態ではなかった。着地の衝撃で膝から崩れ落ち、地面に投げ出される。何とか矢を避けることはできたが――
「敵襲……!?」
「そ、そんな……」
先程まで立っていた場所に突き刺さった1本の矢は、紛れもなく敵に狙撃されたという現実を示していた。俺はアウレーネさんを背中に庇いながら敵を探し始める。
矢の刺さった角度から大まかな敵の方向は掴めたが、俺達の現在地は森の中の開けた場所。遮蔽物も何も無い所に誘い込まれたのだ。
それに――空腹と疲労によって上手く動けない。この状態でアウレーネさんを庇いながら戦うのはあまりにも無茶すぎる……!
「せめてアウレーネさんだけでも……!」
焦りによって狭まる視界の中、俺は次なる風切り音が生まれたのを聞き逃さなかった。
アウレーネさんを隠れさせる暇はない。
俺が盾になるしか――ない!
そう考えると同時、身体が僅かな力を振り絞って動いていた。
俺ではなく彼女を狙撃してくる矢。視界の端で捉えたそれを、俺は身体の真正面で受け止めた。
「ぐ、ぉ――」
途方もない衝撃。脇腹に深々と突き刺さった矢に押され、俺は横倒しになって地面に激突する。
「い――いやあああっ! ジークさんっ!!」
地面を這いながら手を伸ばしてくるアウレーネさん。その声に反応しようとしたが、俺の身体は小刻みに痙攣することしかできなかった。
腸に熱湯をぶち込まれたかのような熱が生まれ、熱源が液体となって地面に零れ落ちていく。今度こそ視界に靄がかかり、四肢の末端が温もりを失っていった。
血……また血が無くなっていく……。
ああ、くそ、もったいない――
「ジークさん、しっかり――しっかりしてください!」
……矢に毒が塗られていたのか?
なんか、気持ち悪――
「ぅ――ゴボッ」
「!」
鳩尾の奥が痙攣したかと思うと、塊になった血痰が口の奥から飛び出してくる。喉から数珠を引っ張り出すように吐血してから、俺は不可思議な快楽と安心感に包まれた。
とてつもない恐怖と怖気を感じているはずなのに、どこか安心してしまう今の俺は矛盾している。俺の精神はきっと、極限の苦痛を誤魔化そうと必死なのだ。死にたくないはずなのに、死が近づくことがこんなにも心地良い。
こんな俺がギリギリのところで正気を保っていられるのは、アウレーネさんという仲間がいたからだ。
彼女だけは死なせちゃいけない。その気持ちはどんな絶望の中でも変わらなかった。
「……に、逃げ…………」
「嫌です! 置いていくものですか……!」
頭痛に苦しみながら回復魔法を唱えてくるアウレーネさん。僅かに空いた口の隙間から言葉を伝えてみるが、彼女は聞く耳を持たなかった。
もう少しで村に帰れると思ったのに――万事休すか。心優しい彼女が俺を見捨てて逃げてくれるわけがない。俺を助けたいのは分かるけど、このままじゃ2人揃って野垂れ死にだ。
――2度目の射撃からどれくらいの時間が経った。
もう少しで3回目の矢が飛んでくる。それを伝えないと……アウレーネさんが……!
首を動かして何とか彼女の方を向く。
狙撃が来る。矢を装填した敵が撃ってくるぞ。そう告げようとしたのに、俺の口はカチカチと震えるだけだった。
そんな時――突然、アウレーネさんの背後に人影が現れた。
「アンタら何やってるわけ?」
「え……?」
上手く見えないが……ツインテールの……女?
絶体絶命の場面に似合わない明るい声だった。
アウレーネさんも困惑している。俺は薄れゆく視界のせいでその姿を上手く確認できなかったが、どうやら邪教徒ではないらしく。彼女は謎の人物に早口でまくし立てていた。
「じ、邪教徒に狙撃されています! 一般人は危険ですから、下がってください!」
「ふ〜ん。セノン村周辺に邪教徒がいるって噂、本当だったのね」
余裕綽々の声色。ツインテール女が意地悪く笑う中、アウレーネさんは当然の質問を投げかけた。
「あ、貴女はいったい――?」
「邪教徒狩りのレイラ。覚えときなさい、修道女」
そこで限界を迎えた俺は、遠ざかっていく『邪教徒狩りのレイラ』の足音を聞きながら意識を闇に溶かしていった。