戦いでボロボロになってヒロインちゃんを曇らせたい 作:銀髪巨乳清楚シスター
「はい、あ〜ん」
「…………」
「……食べないんですか?」
口元に差し出されるスプーンとスープ。それをいつまで経っても口に含もうとしない俺に対して、アウレーネさんは小首を傾げた。くりくりとした灰色の双眸が真っ直ぐ見つめてくる中、俺は疑問に思ったことを口にする。
「いや、脇腹に穴が空いてたのに食べられるのかなって」
「大丈夫です! 内臓の傷はちゃんと回復魔法で塞ぎましたから!」
「そ、そうなんだ……」
先程鏡で俺の顔色を確認したところ、血を失いすぎて真っ白を通り越して真っ青だった。唇は紫色だったし、皮下の毛細血管まで見えそうなほど。
ただ、アウレーネさんも俺と同じくらい顔色が悪い。どちらが看病されるべきか分からなくなってくる。
「あ〜ん」
「……あ、あ〜ん。……何か苦いかも」
「薬草を混ぜてますので」
「な、なるほど……そういう心遣いは嬉しいけど、アウレーネさんもちゃんと休んでくれよ。あなたはセノン村の精神的支柱なんだから」
セノン村は人口100人程度の小規模な村だ。セノン村において教会は数少ない施設のひとつであり、毎日のように人が訪れている。
特に子供や老人は教会を憩いの場としており、その管理者たるアウレーネさんは村中から慕われていると言ってもいいだろう。
……そんな彼女に、「邪教徒狩りのレイラと一緒にアジトを破壊しに行こう」なんて切り出しにくすぎる。
そもそも彼女はザリア正教の敬虔な教徒であり、邪教徒が対象とはいえ俺の人殺しに良い顔はしてくれないのだ。基本的に「村のみんなを守るために黙認している」状態で、余裕がある状況なら捕縛を勧めてくる。
無論、敵を捕縛できる状況など相当限られてくるのだが……とにかく彼女がレイラの提案を呑んでくれるかは未知数だった。1ヶ月間アウレーネさんと関わった俺的には、レイラの提案を聞いて否定的な意見を零すけど結局断りきれないだろうなという感想だ。
「ご馳走様でした。ありがとう、美味しかったよ」
「うふふ、ありがとうございます」
「……それで、邪教徒狩りのレイラについて話があるんだけど……聞いてくれるかな?」
「はい、構いませんけど……」
食器を片付けようとした彼女を呼び止めて、レイラとアロス教の拠点についての話を始める。
かくかくしかじかで成り行きを説明すると、俺の予想通りアウレーネさんは物凄く微妙な表情になった。
「……要は、我々から攻撃を仕掛けてセノン村周辺のアロス教徒を一掃しようということですね?」
「うん。レイラの実力がどの程度かは分からないけど、結構魅力的な提案だと思う。セノン村の人にとっても、邪教徒にこのまま苦しめ続けられるくらいなら一泡吹かせてやりたいって心象もあるだろうし」
「…………」
顎に手を当てて考え込むアウレーネさん。彼女は心優しい女性にして、ザリア正教の教えを信じる者。相手がたとえイカれた敵であろうとも、最後の最後まで更生や改宗のチャンスを与えたいという考えが根強くあるのだろう。
ザリア正教の考え方は、「全ての人間を等しく深く愛しなさい」という『無限の愛』を基礎にした宗教だ。
対するアロス教の考え方は、簡単に言えば「来るべき世界の終わりに備えて魂の強度を高めておけ」といったような、常識的に考えても頭を捻りたくなるようなもの。教祖がヤバい奴で、信者を洗脳して殺戮を行っているくらいだし救いようがない。
俺としてはアロス教とかいうカルトに染まった時点で更生もクソもないと思うんだが、敬虔な正教徒であるアウレーネさんは邪教徒すら『無限の愛』の対象としているらしい。
主の教えに忠実なのは良いことだが、それでアウレーネさんが傷つくようなことがあったら元も子もないんじゃないかと思う。
「……ザリア正教の者としては反対したいところですが……村の皆様を救うためには、いつかしなければならないことなんだと思います」
「そうか……決断してくれてありがとう」
「……主よ。愚かな私をお許しください」
「…………」
だけど、他人の考え方なんて俺には分からない。教えに沿うことがアウレーネさんにとって最も重要なことなのかもしれないし……価値観は十人十色なのだから。
ただ、今は彼女が賛同してくれたという事実が重要で――
「力のありそうな男を数人連れて行こう。そいつらにアウレーネさんの護衛を頼みつつ、俺とレイラで前線をこじ開ける」
「……そうですね。アロス教徒が落としていった武器もあることですし……」
村の力自慢の男を数人連れて行けば、アジトへの突入メンバーのバランスが取れる。
アウレーネさんは微妙な表情のままだったけど、来たるアジト突入に希望が持てたのは良いことだった。
話が一段落したところで、アウレーネさんは食器を下げるために膳を持つ。同時、彼女の身体が大きく左右に揺れたかと思うと――アウレーネさんは食器を落としながら床に膝をついてしまった。
「あ、アウレーネさんっ!? っく――」
「す……すみません。少し目眩が……」
突如として座り込んだアウレーネさんに駆け寄る。動く度に全身に鋭い痛みが駆け抜けていくが、俺は痛みを噛み殺しながら彼女の背中に手を当てた。
「アウレーネさん、あなたも休んだ方がいい。ずっと魔法を使って限界なんだ」
「……そうですね。少し……眠らせていただきます……」
くそっ、レイラはどこに行ったんだ。村をぶらつかれる前に彼女の介抱を頼んでおくべきだったか?
普段から雪のように透き通っているアウレーネさんの肌。しかし、今の彼女の肌は漂白し切ってすっかり血の気を失っていた。瞼がゆっくりと落ちていき、限界を迎えるかのように静かに閉じられる。
己の限界を超えた魔法使用と、それによる反動を受けたまま行った長時間の治療。更に、俺の料理を作るために数十分もの間キッチンで動いていたのだ。そりゃ眠りたくもなるさ。アウレーネさんは本当によく頑張ってくれた。
だが、アウレーネさんは部屋を出る寸前の場所で倒れてしまっている。ベッドには数歩の距離があった。俺が怪我人でなければ彼女を運ぶのも簡単な仕事だったのだろうが――
「だっ……誰か! ……レイラ! レイラあっ! アウレーネさんに押し潰される! 助けてくれぇ!」
俺は崩れ落ちるアウレーネさんを支えることができず、彼女の身体に押し倒されて床に這いつくばってしまう。意識を失った人間というのは相当に重い。意識という支えを失ったシスターは、俺の上に容赦なくしなだれかかってきた。
満身創痍の身体には重すぎる女性ひとり分の体重がのしかかる。表皮の柔らかさを通り越して、彼女の骨の重みさえ感じられてしまう密着具合。お腹の上で寝息を立てる彼女はこの上なく可愛らしかったが、今の俺は自重を支えるのが限界で。当然他人の体重を支える力なんて残っちゃいなかった。
このままじゃ教会の床の上で死ぬ。助けてレイラ。
天に祈りを捧げて数十秒。ゴツゴツとした特徴的な足音が廊下に響いてきた。厚底ブーツが床を鳴らす音――レイラが戻ってきたのだ! 律儀に扉をノックしたレイラは、結局返事を待たずに扉を開いてくる。
「変な悲鳴がしたんだけど、どうかしたの?」
「たっ助かった……レイラ、アウレーネさんをベッドに運んでくれ……!」
床に絡み合って倒れる俺とアウレーネさんを見て目を丸くした後、レイラはデスサイズの先にぶら下げたフルーツバスケットを傍らの机に置いた。
「……アンタ達何やってんの? 怪我明けのくせにこんな場所でおっぱじめようって……どんだけ元気なのよ」
「今の状況をどんな風に見てるんだよ! お願いだからアウレーネさんをベッドに運んでくれ……!」
「……はぁ。分かったわよ」
レイラはアウレーネさんを引き剥がすと、米俵を運ぶかのようにベッドへ運送する。数回バウンドして隅っこの方に追いやられたアウレーネさんだが、それでも目を覚ますことなくすやすやと眠っていた。
「あ、ありがとう……君には助けられてばかりだ」
「本当にね。先が思いやられるわ」
レイラはデスサイズの柄で俺の首根っこを引っ掛けると、一瞬のうちに俺をベッドまで輸送してくれた。相当大鎌の扱いに自信があるのだろう、彼女は返す手でフルーツバスケット内の果物を切り始めた。
「……レイラはその大鎌だけで邪教徒と戦ってきたのか?」
「なわけ。魔法で自己強化しまくってるし、追い詰められた時は薬でハイになりながら戦ってるわ」
「ヤバいな」
「それに……この武器には代償があってね」
「代償?」
「そう。この武器を持って戦うと
「そりゃ……きっつい呪いだな」
「本当にね」
なるほど、レイラのデスサイズは代償付きの魔法が込められた武器だったわけか。
しかも相当重い代償――そりゃ邪教徒狩りなんて恐れられるくらい強いわけだ。
「そういうアンタは何かあるの? 1ヶ月間も戦ってきたんでしょ?」
「あ〜……基本は剣だけで戦ってる。魔法はあるんだが……使いにくすぎて封印中だ」
「マジ? 1ヶ月以上シラフで邪教徒とやって来たの? アンタも結構頭おかしいわね」
あっという間に果物を切り終わったレイラは、皿の上にそれを取り分けて「2人で分けて食べるといいわ」と言ってデスサイズを置く。
「ところで、その魔法ってどんなの?」
「…………」
「……教えてくれないのね。あたしは教えたのに?」
「いや、違うんだ。説明が物凄く難しい」
「?」
『魔法』にはいくつか種類がある。そもそも魔法使用には才能が必要なのだが、代償を必要とすることで更に効果を高めることが可能なのである。
アウレーネさんは魔法の才能があるので、気絶や体調不良など中程度の代償を支払うだけで回復魔法を使い放題。対するレイラのデスサイズは、重めの代償を支払うことによって飛躍的な力を得ていると見える。
――俺の魔法は光の魔法だ。だが、支払う代償が重すぎた。
まず『時間消費』――魔法詠唱。
次に魔法を使える『対象の限定』。
そして魔法を使用する度に『命と魂』を
それが俺の魔法だ。
「簡単な分類は光の魔法」
「へぇ」
「効果を一言で言うなら……」
魔法を向けられる敵はこの世に8人だけ。
それ以外の者に魔法を使えば俺は死ぬ。それほどの
「アロス教にしか使えない魔法、かな」
「……はぁ? 何で使わないのよ」
「幹部連中にしか使えないように誓っちまった。もう変えられない」
「うわ! それは思い切った魔法ね」
俺はレイラと会話をしながら、心の中でとある景色を思い描いていた。
――心象風景は、紅。燃え盛る炎の色。
極限の苦痛を味わいながら死んでいく家族や友人。燃えながら崩れ落ちていく故郷。
火の粉の中で踊る仮面の男。それに追随する7人の化け物共。
心の底から殺したいと願った。俺の命に換えても奴らを滅ぼしたいと思った。この魂を穢してでも、奴らを地獄に叩き落としたいと渇望した。
――この魔法は、俺の激情に応えた神様がくれた贈り物なのだ。
俺の故郷を滅ぼしたアロス教の教祖と、『アロス教七元徳』と名乗る7人の幹部共達。俺は、奴らを殺せるこの魔法が使える日を――強く――強く