戦いでボロボロになってヒロインちゃんを曇らせたい 作:銀髪巨乳清楚シスター
「誰かっ、早く止血を!!」
「自分に任せてくだせェ!」
「ドアンさん、思いっ切り縛りつけてください!」
左腕切断の痛みは無かった。骨を断たれた衝撃と熱。その余韻がじわじわと左半身を多い尽くしていた。どちらかと言うと、思いっ切り布を噛んでいたせいで顎の違和感の方が大きい。麻痺しているせいか痛みはほとんど感じられず、左腕を紐で締め付けられる痛みが微かにあるくらいか。
顔面に噴き出した脂汗は、どこか涼しい空気を運んできてくれる。思考がクリアになっている気がした。左腕が無くなったというのに、おかしな話だけど――
みんなはどんな表情なんだろう。そう思って顔を上げようとすると、「怪我人に患部を見せないで!!」というレイラの声が飛ぶ。それと同時に、半泣きになったアウレーネさんが俺の顔をかき抱いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……! 私のせいです……ジークさんが私を庇ったから……!」
「身体を横向きにさせよう。ドアンそっち持って」
「おう、動かすぜ……よいしょっと」
身体が動かない。五感が遠い。夢の中にいるみたいだ。何もかもぼんやりしている。ふわふわだ。この場にいる全員が俺のために頑張ってくれていて、それがどうしようもなく恥ずかしいことのように思えてくるのは何故だろう。
心配してくれて嬉しいなという気持ちと、俺のためにそこまでしなくても良いのにという極端な感情が混ざり合って、頭の中がぐしゃぐしゃになっている。
俺は考えることを放棄して、俺を抱き締めてくれるアウレーネさんに身を任せた。
「あっ!? アウレーネ、あれを見て!」
「何ですか?」
「切り落としたジークの手首が……」
「……腐っていく……?」
……あれ。大丈夫だと思ったのに、急に気分が悪くなってきたな。目眩が始まった。寒いしきもちわるい。景色の焦点が合わない。頭の中でトラウマがぐるぐると渦巻いている。
ゲルゴロイ。アロス教。仮面の教祖。幹部の7人――『七元徳』。どこかで合致しそうな気がする。『ゲルゴロイ』と『七元徳』。もしかすると、俺に呪いをかけたあの男は――
「あれじゃ、くっつけるのは無理っすね……」
「傷口は……私が塞ぎます。少し離れていてください」
……? 左腕が暖かい。不快感が消えていく。アウレーネさんの回復魔法か? みるみる痛みが引いていく。気分も回復に向かっていくような気がした。
「……!」
次第に正気に戻ってくる。吐き気も痛みも無くなった俺は、アウレーネさんの抱擁から逃れて顔を上げた。
「ま、待ってください! まだ動くのは――」
「…………」
俺の左手が……ない。数分前には自由に動かせていたはずの俺の手。
視線の先には、俺の左手だったモノが転がっている。慌てて拾い上げようとすると、紫色に腐った肉塊はボロボロと崩れ落ちていった。
「…………」
「……あ……あたしのせいよ。アンタをここに連れて来させたのは……あたしなんだから……。あ、謝って済むことじゃないのは分かってるけど……本当にごめんなさい……」
現実を受け止めきれない俺に対して、顔面を蒼白にしたレイラが視線を落とす。何故か俺よりも体調が悪そうに見えた。ケルットとドアンは目を伏せ、気まずそうに唇を舐めている。アウレーネさんは涙声で何度も謝罪の言葉をうわ言のように呟いており、見ているこっちが辛くなってきた。
「……レイラもアウレーネさんも謝らないでくれ。みんなのお陰で何とか助かったんだから」
項垂れるアウレーネさんの頭を撫でようとしたが、左手は空を切った。仲間に見られていることは自覚していたので、咄嗟に誤魔化すように右手で彼女の髪を撫でる。彼女の銀髪は血で濡れていた。
「み、みなさん。これからどうするんすか。ゲルゴロイって奴はまだ奥にいると思うっすけど、ジークさんのことを考えるとやっぱり撤退っすよね……」
「当たり前じゃない。すぐにここを離れるわよ」
「いや、待ってくれ。思い出したことがあるんだ」
「な、何よ……」
俺は左手を見下ろした後、疲弊したレイラの顔を見つめる。
左腕を切り落とされた直後の混乱で、俺は思い出したのだ。アロス教の幹部の1人と、『ゲルゴロイ』の顔が一致したことを。ゲルゴロイの顔をどこかで見たことがあると思っていたら――奴は邪教徒の幹部『七元徳』の一角だったんだ。
むしろ、
しかし、返ってきたのは4人の唖然とした表情。絶句だった。アウレーネさんに至っては、絶望的な表情をしながら床にへたりこんでしまった。
「じ、ジークさん……あんたおかしいっすよ! ゲルゴロイが邪教徒の幹部ってのは一応理解できたっすけど、一旦落ち着いてください!」
「
「そうっすよ! 第1、あんな反則級の呪いを使う相手に太刀打ちできるような案があるんすか!?」
ケルットとドアンが否定的な言葉で反論してくる。彼らの気持ちも分かる。俺が重傷になったことで動揺しているのだろう。しかし左腕の出血が止まった今、俺はこれまでと同じように戦い抜くことが可能だろう。レイラの代償だけ気がかりだが、今判明している敵の残り人数は1人。人数有利なのは俺達なんだ。ここで突っ張らずして何が邪教徒狩りか。
なぁ、ケルットよ。――反則級の呪いを使う相手に太刀打ちできるような案だって? あるに決まってるじゃないか。
俺にはあるんだよ。
俺の魔法の内容を唯一知っていたレイラは、俺の意図に気付いたのだろう――大量の汗を流しながらぼそりと呟いた。
「……じ、ジークの魔法があるわ……それも、とびきりの制約と代償をかけた強力な魔法が……」
「え……?」
「……倒せるかもしれない。……
「ちょ、ちょっと。何言ってるんすかレイラさん……正気じゃないっすよ……!」
彼女の目は混乱していた。邪教徒狩りとして敵の幹部を逃せるはずがない――という、煮え滾る復讐心。それに加えて、俺をこれ以上戦わせるわけにはいかない――という、仲間を思いやる抑制の心。
ふたつの相反する感情がせめぎ合っているように見える。ただ、優勢なのは抑制――意見を出してはみたものの、連戦に踏み出す勇気はないと言ったところか。爪を噛んで何度も視線を泳がせる彼女は、それ以上の言葉を紡ごうとはしなかった。
「……レイラの言う通りだ。俺にはゲルゴロイを倒せる魔法がある。邪教徒幹部を倒したヒーローになれんだぜ? 行くしかないと思うけどな」
「だめ……ダメです。私は許しませんから……!」
アウレーネさんが俺を引き止めようと縋り付いてくる。その気持ちは嬉しかったが、俺はゲルゴロイに一泡吹かせてやりたいのだ。俺の左手を持っていきやがったクソ野郎――奴に俺の魔法を試してみたい。
悪意と敵意によって練り上げられた俺の魔法は、どんな音を立てて弾けるのだろうか? 本当に奴を殺せるのだろうか? 俺の身体に降りかかる代償はどの程度なんだろうか? 全て、知りたい。己の身体を更に破壊してでも、確かめてみたい――
「レイラ。君は戦えるな?」
「…………」
「レイラさんっ!? だ、だめ――行っちゃダメですよ……!?」
「あたしは……どちらかと言うと反対よ……。そりゃ、幹部を倒せば国中の人間から感謝されるでしょうけど……アンタのことが心配だし――」
「俺はまだ動ける。君の薬のお陰でな。効果が切れる前に敵を殺し切りたい。奴は絶対に逃がせないんだ……!」
「っ……」
俺はアウレーネさんの腕を優しく解くと、大広間の奥の扉へと向かっていく。レイラはまだ抑制と復讐の狭間で揺れている。彼女はクレバーな人間だ。損得で物事を判断することができる。俺が説得を続ければ、レイラはこちら側に傾いてくれる。彼女さえ説得できればゲルゴロイは殺せるはずだ。レイラは連れていかねばならない。
「レイラ。時間稼ぎさえしてくれたら俺がゲルゴロイを殺すよ。だから、せめて君だけはついてきてくれないか」
「……アンタの左腕を持って行った呪いはどう対処するのよ」
「代償もなしにあんな強力な呪いを使えるはずがない。……それに、雑魚が死に尽くすまで出てこなかったのも引っかかる。恐らくあの呪いの代償は『魂の消費』……そう何度も使えるものじゃないだろう」
俺達の使う『魔法』は、代償が重ければ重いほどその効果が強力になる傾向にある。そして、代償は何も魔法詠唱者のみが背負うものではない。法規によって明確に禁止されているが、他人の魂を捧げることも可能なのである。
そして、その魂が魔法詠唱者にとって身近であればあるほど効力は強まっていく。他人の魂は『代償』の役割を果たすには薄すぎるのだ。先程俺が受けた呪いは強力無比な『腐敗』の呪い。その代償によって、この大広間で死んだ数百人の魂を消費し切ったとしても何ら不思議ではない。
「とにかくだ。こんなチャンスを逃してもいいのかって話だよ。それとも
「――っ!」
「……あ、アンタ……やっぱり頭がおかしいわよ……」
アウレーネさんとレイラが戦慄する。しかし、俺の言葉を否定はしなかった。
「決まりだな。これから俺達は城の奥に逃げたゲルゴロイを追う。みんな、ついてこいよ」
俺は4人の仲間を引き連れて、ゲルゴロイの後を追った。