戦いでボロボロになってヒロインちゃんを曇らせたい   作:銀髪巨乳清楚シスター

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 白髪短髪の中年男――ゲルゴロイは扉の奥の部屋で向こう向きになっていた。木製の椅子に揺られてリラックスした様子で、こちらに振り向こうとする素振りさえ見せない。扉の開閉音は聞いていたはずだが……。

 

「……まさか即座に左腕を切断して尚オレを追いかけてくるとは……とんだ狂人に目をつけられたものだ」

「ゲルゴロイ……お前、邪教徒の幹部『七元徳』の1人なんだってな。一般の傭兵がそんな大物を前にしたらどうなると思う?」

「……どうなるんだ?」

「言わせるな。成果が欲しくてブッ殺したくなるんだよ……」

「フフッ……面白い男だ。オレを殺そうなどと、たわけたことを」

 

 ゲルゴロイは椅子から立ち上がると、部屋の中を闊歩し始める。大広間の奥に位置するこの部屋は、第2の礼拝堂とも言える造りをしていた。ゲルゴロイはあちこちに置いてある奇妙な道具を手に取り、そして元の場所に戻し、俺達を揶揄うような仕草を見せる。

 

 俺は苛立ちと復讐心を押し殺しながら機会を待った。魔法詠唱を開始するのはゲルゴロイの戦い方が分かった瞬間だ。レイラに時間稼ぎをしてもらいつつ、俺は安全な場所から魔法を詠唱する形になる。

 レイラがゲルゴロイを殺せるならそれはそれで良い。俺の魔法の代償は寿命と魂の消費。やらないに越したことはないのだから。

 

「ボウズ。貴様の名前は……確かジークと言ったかな。そして奥に隠れているザリア正教の女はアウレーネ……その両隣にケルットとドアン……最後に『邪教徒狩り』のレイラ……フフ……5人共素晴らしい魂をしている……」

 

 ザリア正教のカラーが『白』だとするなら、アロス教のカラーは『紫』。毒々しい紫のローブを着飾ったゲルゴロイは、威厳と風格に溢れていた。

 

「ゲルゴロイ。お前がもう呪いを使えないことは分かってるんだ」

「ン……?」

「お前は俺達に雑魚を殲滅させた後、周囲に漂っている魂を代償に腐敗の呪いを詠唱した。だが結果は俺の左腕を持っていくだけに留まり……お前は今俺達をどう殺そうか悩んでいる。そうだろ?」

「中々鋭いな。だが『腐敗』が無くとも関係ない……伊達に『七元徳』をやらせてもらってるわけじゃないんでね……」

 

 ゲルゴロイは粘ついた金の瞳を俺に向けた後、人骨のモニュメントに手を触れる。そして奴が骸骨の口の中に手を突っ込んだかと思うと――モニュメントの内部に隠されていた剣を引き抜いた。

 卑金属の歪なロングソード。ぬらりとした赤色の光沢は、その刃に込められた呪いの濃さを表していた。

 

「主よ、我が剣に祝福を。『七元徳』が『節制』、ゲルゴロイ・ヨシフスキー……いざ参る――」

「敵の攻撃手段は剣!! 頼んだぞレイラっ!!」

「任せなさい!!」

 

 ぐにゃり。ゲルゴロイの剣の一部が薄暗い闇の中に消える。刹那、俺の真横に出現するゲルゴロイの剣。歪な剣の切っ先が眼球目掛けて飛んでくる。右手に持った剣で対応しようとしたが、その前にレイラの大鎌が敵の凶刃を弾き飛ばした。

 

「ちっ」

「ジークは詠唱を!!」

「助かるぜ、レイラ……!」

 

 舌打ちする男。時空の狭間を出現させる能力か? 奴の剣は真横から飛び出してきたのに、奴の姿は間合いの遥か外にあった。強烈な違和感を抱きながらも、俺は1歩引いてレイラに敵を任せる。レイラが振るうデスサイズに押され、ゲルゴロイは部屋の奥へと押し込まれていった。

 

 その間に俺が『光』の魔法詠唱を始めようとするが――ゲルゴロイの能力なのか、闇の中から卑金属の剣が絶え間なく飛んできた。魔法詠唱中は無防備になってしまうため、迂闊に隙を晒すことができない。

 

「っ……!」

 

 ゲルゴロイはレイラと戦っている。敵のロングソードは()()()()()()()()()()。それなのに、何故俺の元に剣が飛んでくる? あの剣がまるで2つ存在しているかのように錯覚してしまう。これが『節制』の力なのか――

 

「――代償を支払い、剣を複製せよ」

「!?」

 

 突然ゲルゴロイの腕から血が噴き出る。同時、レイラの死角と俺の死角から3本の剣が飛び出した。俺は咄嗟に赤い剣を弾く。それでも捌き切れない2本の剣は、身体を捻って何とか回避。レイラは高く跳躍することで剣の刺突を回避し、闇から飛んでくる謎の剣を避け切った。

 

 ゲルゴロイの腕から赤黒い血が垂れ下がる。剣が振るわれる度に血が床に滴り落ち、更なる追撃が襲い来る。

 

「レ――レイラっ! 何とかしてくれ!」

「分かってるっつーの!」

 

 レイラは身体の節々を削られながらゲルゴロイと刃を交える。あの刃はいつ襲ってくるか分からない。奴が代償を支払ってこの魔法を扱っているのは分かる。空間に作用するタイプの魔法だ。しかし、カラクリが分からない。レイラのデスサイズと同じように、武器使用によって代償を支払わなければならないタイプなのだろうか。

 

 とにかく、これでは魔法を詠唱する隙がない。レイラは懸命にゲルゴロイと戦っているが、押し切れそうな雰囲気もない。それどころか、彼女は敵の剣に押されて後退し始めている。

 

 ――時間をかけて不利になるのは俺達だ。いつまでも『あの剣』を避け切れるほど余裕があるわけじゃないし――こうなったら捨て身の詠唱を行うしかない……!

 元々、命と魂を消費して発動する魔法なのだ。発動の瞬間まで敵の攻撃で死にさえしなければ良い。既に左手は失っている。俺の身体がどうなろうと構うものか。

 

 俺はゲルゴロイを視界の中心に収める。魔法の射程距離範囲内ギリギリに奴の身体を置きながら、俺は右手の剣を床に突き立てた。

 ほんの僅かな時間、レイラと視線を交わす。今が()()()だと理解した彼女は、口の中に含んでいた血液混じりの唾液をゲルゴロイの目に向かって吹き出した。

 

「ぐうっ!? 視界が――」

「喜びなさい、ご褒美よ!」

「ぐ――貴様――」

 

 ふらつき目を拭うゲルゴロイ。体勢を立て直そうとしているため、『あの剣』が飛んでくる気配はない。奴の力にも制約と代償はあるはず。()()()()()()()()。そう思い込むことによって、俺は覚悟を決めて詠唱を始めた。

 

「――我が憧憬は白。秘めたる激情よ――須くを嚥下し、我が存在を喰らえ――」

 

 時間消費を代償に紡がれる魔法。詠唱を練り上げようとするだけで、心臓が締め付けられるように痛む。魔法完成に近付く度に削られていく寿命と魂。その代償を呑み込んでも尚、殺したい相手がいる。詠唱を一度始めたが最後。魔法は己の存在を魔力へと変換し、血肉を消費してより強力な魔法へと育てていく。

 

「――闇の御手よ――我が血肉と魂を消費し――」

 

 突き立てた剣を中心にして生まれる白い魔法陣。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺の存在の一部が魔法陣に吸い込まれていき、意識が途切れそうになる。完成に近づいている。加速度的に俺の存在が消費されていく。精神をごりごりと削られる中、俺の意識を繋ぎ止めるのは強い復讐心。

 

「――光の御手よ――過去の怨嗟を解き放ち――」

 

 俺達の使う『魔法』は、()()()()()()()()()()()()()()()

 最後に俺の魂と寿命を捧げながら、俺は『光』の魔法を解き放った。

 

「――我に弓引く節制を灰燼と変えよっ!! ――【喰怨(ぐえん)封縛(ふうばく)】っ!!」

 

 魔法を発動した瞬間、背中から魂が抜けていくかのような脱力感が襲った。5年――10年――支払った寿命はどれくらいになったのだろう。それは分からないけれど――絶望的なまでに俺の身体は重く凝り固まっていた。

 

 魔法陣から生まれた白い光が、俺とゲルゴロイを呑み込んでいく。怨嗟と狂気と覚悟に満ちた悍ましい光。視界が白み、漂白されていく。

 

 ――目を開くと、辺りは地下牢の如き閉鎖空間だった。ゲルゴロイの姿を探すと、奴は牢屋の中で鎖に繋がれて瞳を閉じていた。

 俺が魔法に込めた効果は『対象者の逃れられぬ死』。実際に魔法を使ったことが無かったため、何が起きているかさっぱり分からない。

 

 いったいどうなっている? レイラやアウレーネさんは何処へ消えた? そもそもこの場所は何処なんだ?

 状況を整理するために部屋を探索しようとするが、()()()()()()。鉄格子と、枷を嵌められたゲルゴロイと、普段着の俺がいるだけ。しばらくすると、目を覚ましたゲルゴロイが呻き声を上げた。

 

「うぅ……ここは……?」

「……起きたか」

「っ!? き、貴様――オレに何をした?」

「魔法をかけた。【喰怨封縛】だ」

「……聞いたことがない魔法だな」

 

 ゲルゴロイは()()()魔法を使えない。武器も持っていない。何もすることができない。彼の身体を調べたわけではないのに、どうしてかその事実を知っていた。

 そして、ゲルゴロイの怯えた様子を見て何となく分かってくる。

 

 ――これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――と。

 

 ゲルゴロイが最も恐れる死の方法は――

 

 ……()

 

「ゲルゴロイ」

「……これからオレをどうするつもりだ」

「蟻だ」

「……は?」

「蟻が来る」

 

 壁や床の隙間から蟻の大群がやってくる。

 目を見開くゲルゴロイ。床を蹴って蟻から逃れようとするが、太い鎖に繋がれているため全く動けない。それに、彼らは小さすぎる故にゲルゴロイの反撃を容易く掻い潜る。奴もやっと理解したのだろう。俺の光の魔法が、彼にゆっくりとした死を運んでくることを。

 

「きっ、貴様っ!! ()()()()()()()()!? こんな穢れた魔法が、この世に存在していいはずがない!! どれだけの激情と代償を捧げれば、こんな――こんな――っ!!」

 

 半裸のゲルゴロイの身体を行進し始める蟻の群勢。素足を登り、脚を伝い、胴を覆い、全身の穴という穴から肉を求めて(あぎと)を振るう蟻たち。

 あっという間にゲルゴロイの身体は黒い粒に埋め尽くされ、声にならない絶叫が部屋の中に木霊した。俺はその様子を間近で眺め、痛みのあまり瞼を閉じたゲルゴロイの目を無理矢理こじ開けた。(むらが)る蟻。粘膜の表面を食まれ、古城の中では表情ひとつ変えなかったゲルゴロイが絶叫した。

 

「あ、あぁぁああっ!! あああああっ!!」

「最期に教えてくれないか。お前らアロス教の目的は何だ? どうして俺の故郷を焼き払った? どうして一般人を殺し続ける? 答えてくれ」

「――や、やだあぁぁっ!! 殺さないでくれっ!! 死にたくないっ!!」

「……死にたくない? 散々殺しておいてそれはナシだろ。それに……俺、代償支払ってるんだからさ。ちゃんと死んでくれないと困るよ」

「い、いやだ――死にたくない――」

 

 言葉を漏らす度、血と共に蟻を吐き出すゲルゴロイ。ゆっくりと全身を侵食され、地下牢の床に血溜まりが出来始める。

 

「殺さなかったら質問に答えてくれるのか?」

「あ、ああっ!! 答える!! 答えるとも!!」

「取引成立。じゃ、言ってみな」

「あ――アロス教は――『魂の収集』のために人を殺している……! 計画のためには莫大な量の代償――『魂』が必要だから――」

「計画? 計画って何だ?」

「質問には答えただろう! だからはやくっ、こいつらを追い払ってくれっ!! 死にたくない――死にたくないいっ!!」

 

 もう耳が聞こえていなかったのか、それ以上ゲルゴロイとやり取りをすることは不可能だった。目も見えていないだろうし、舌も細かく砕かれてしまっている。蟻を追い払ったところで長くは生きられないだろうな。

 

 次第にゲルゴロイの抵抗が弱まっていく。彼が暴れることによってジャラジャラと音を立てていた鎖はすっかり静かになり、成果を持ち帰る蟻の量が増えてきた。まだ胸が上下している辺り、かなりの生命力の持ち主だ。

 

 まぁ……俺に目をつけられた時点で諦めるべきだったな。こいつは敵を殺すために命を賭けられなかった。ゲルゴロイが操っていたのは、恐らく自分を傷つけることを代償にして発動する魔法――その程度の覚悟じゃ俺は倒せない。

 

 都合、6時間。俺はゲルゴロイの解体作業を見届けた後、ゆっくりと目を閉じた。

 【喰怨封縛】の領域が解け、現実世界へと意識が還っていく――

 

 

 

「………………!」

「……――さん! ジークさん!」

 

 目が覚めると、そこは大広間の奥の小部屋だった。上体を起こして部屋の中を見渡すと、少し離れた場所に『解体』されたゲルゴロイの死体が転がっていた。

 

「ジークさんっ! 急に倒れるから心配しましたよ!」

「周囲が光に包まれたかと思ったら、ゲルゴロイは既に死んでたっすよ。ジークさんの魔法の効果っすか?」

 

 俺はみんなの声を無視しながらゲルゴロイの残骸に近付く。

 ……間違いなく死んでいる。奴は『最も恐れる死に方』を経験しながら死んだのだ。俺が練り上げた怨嗟と執念の塊によって……。

 

「……俺が魔法を使ってから、どれくらい経った……」

「数十秒ってところね」

「…………」

「凄いっす! よく見えなかったっすけど、どんな魔法の効果で――ちょっとジークさん? ジークさん!?」

「アウレーネ! 早く魔法をっ!!」

 

 身体中が冷え込んでいく。血、肉、寿命、魂……全てを使い過ぎた。立ち上がろうとしても足腰に力が入らない。

 しかし、やり切った。俺はセノン村を救うばかりか、邪教徒の幹部を殺したのだ。いち傭兵としてこれ以上の誉はない。何より――無念のまま死んでいった故郷のみんな。邪教徒に殺された人達。ゲルゴロイの無惨な死に様は、僅かでも彼らへの手向けになったのではないだろうか。

 

 俺は満足感に包まれながら目を閉じる。

 意識が途切れる寸前、視界の端では蟻の群れが蠢いていた。

 

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