戦いでボロボロになってヒロインちゃんを曇らせたい 作:銀髪巨乳清楚シスター
区切りの都合で短めです
「ドアンさん! 水はありますか!?」
「あ、はい! 水筒にたっぷり入れてきたっす!」
「ありがとうございます! そこに置いといてください! ケルットさんはジークさんの身体を抑え続けて!」
「う、うっす!」
邪教徒幹部のゲルゴロイ・ヨシフスキーを殺害した直後、ジーク・ウィゼアンは泡を吹きながら気絶した。セノン村に帰還することすら叶わず、一行は死体積み重なる古城の中で応急処置を施すことになった。
彼が放った光の魔法の代償は、彼自身が想像するよりも遥かに壮絶だった。復讐心のあまり、彼は1人の悪党に対して過剰なまでの代償を差し出してしまったのである。
まず、魂の一部を消費したことにより肉体に重大な不調が現れた。重傷の身体で血肉を捧げたため重篤な貧血になり、いつ死に至ってもおかしくない瀬戸際の状態に陥っている。加えて、塞がったはずの左腕の断面から出血が起こっていた。
「ひっ、ひいぃ! このままじゃジークさんが死んじゃうっすよ!」
痙攣するジークの身体を押さえつけるケルット。ジークは激痛によって気絶と覚醒を繰り返していた。吐血しながら覚醒したかと思えば、その痛みのあまり気絶してしまうのだ。彼は激しく痙攣し、血反吐と肉塊を吐き、滝のような汗と体液を垂れ流している。
想像を絶する魔法の代償。一連の流れを何度も反復してしまったら、彼の精神は擦り切れて廃人になってしまう。アウレーネは祈るような気持ちで回復魔法に精神力を込めた。
「ジークさんっ……死んだら絶対に許しませんからね!! 呪ってやりますから!!」
アウレーネが回復魔法を振り絞ってジークの傷を治療するが、効果は芳しくない。
回復魔法を拒否するかのように痙攣するジークの身体。既に限界を迎えてしまったのか、彼は激しく痙攣するだけだった。もう、覚醒すらしない。のたうち回り、跳ね回る。血と汗の水溜まりが広がっていく。彼の身体を抑え続けるケルットの首筋には、珠のような汗が滲んでいた。
そうして治癒に奔走するアウレーネの隣で、ジークの身体に滲んだ血と汗を拭き取るレイラ。彼女は彼の身体から目を離せなかった。
「ひ……酷すぎる……」
――ゲルゴロイの戦闘ではなく、魔法の代償により生まれた新たな傷。しばらく経って開き始めたこの傷が厄介極まりなかった。
代償に使われた血肉が移動する際に形成された、
無作為に選ばれた血肉が彼の内臓を四方八方に穿ち、身体中の組織という組織を破壊して体外へと移動したため――身体の表面はおろか内部までズタズタにされている。しかも、回復魔法の効きが悪いためか、いつまで経っても出血が止まらない。
アウレーネが持っていた清潔な布を何枚も使用して止血を試みているが、
多量の水を含んだスポンジを、上からゆっくりと押し潰すかのように――彼の全身から命が溢れ出していく。
ジークは左腕を失った際に多量の血を流している。その上で起こった大量出血。出血の量はとっくに致死量に及んでいた。助かる見込みはほとんどない。たとえ助かったとしても、ほぼ間違いなく後遺症が残るだろうというレベル。既に左手を失って満身創痍のジーク。今までの傷とは訳が違う。レイラの脳裏に『死』という単語が過ぎる。
レイラは今まで数え切れないほどの邪教徒を殺してきた。そして邪教徒によって殺される人間も見てきた。そんな彼女でさえ、ジークの復讐心とその代償には異様なまでの凄味を感じてしまう。
レイラはゲルゴロイに挑む寸前、常人では考えられないほどの覚悟を以て戦いに挑んだ。
しかし、仲間がこんなにも傷ついてしまうなら――もう――邪教徒狩りの旅なんて辞めてしまおうか。そう思ってしまうほどの深い傷を負ってしまった。
レイラとて、復讐を否定する気はない。『復讐は何も生まない』と言ってのける偽善者には唾を吐いてやれる人間だ。それなのに、ジークの悲惨な状態を目の当たりにして――固かったはずの決意が揺らいでいた。
「……ジーク……」
――“アンタはそれで満足なの?”という言葉を呑み込む。アウレーネやあたしをこんなに心配させて、自分は復讐を果たしたから満足ですみたいな顔をして。……それがアンタの生き様ってわけ?
……少し前までは、多分あたしも同じような生き様を貫こうとしていた。状況が少し違っていれば、今倒れていたのは自分だったかもしれない。でも、左手を失って尚も立ち上がり、深く傷つきながら敵に向かっていくジークを見て分かった。
ジークの生き方は……アンタを大切に思う人達にとっては残酷すぎる生き方だわ。
必死に命を繋ぎ止めようと治療を続けるアウレーネを見て、レイラは唇を噛む。
鍔際でせめぎ合っている。『教団への復讐』はレイラの中心を貫く一本の芯だ。気が狂いそうなほど、譲れない。しかし、復讐の旅の末に出会ったアウレーネやジークによって、彼女の心は少しずつ絆されていた。
あの教会にいれば、二度と大鎌を振るわなくてもいい。吸血の代償、眠れない夜は二度と来ない。心優しいシスターがいて、彼女と共に村を守る青年がいて。そこに入り浸る暖かな日常が、どうしようもなく欲しくて堪らなくなっていた。
「……ジーク……死なないで……」
復讐か、安寧か。どちらを選ぶべきなのか、その答えは出ない。どっちつかずのまま、流れていく。
ひとつ確かなのは――ジークに生きていてほしいということ。
「アンタは……あたしの大切な……仲間なんだから……」
レイラは身体中の穴から溢れ出る血を拭い続ける。
今答えを出す必要はない。ジークの命を救ってから、後でゆっくり考えよう。そう思いながら、レイラはアウレーネの補助を続けた。
「っ……く……やっと出血が止まってきましたね……」
ジークの青白い顔を撫でながら、アウレーネは重い責任を感じていた。
“最小限の犠牲でアロス教の幹部を倒せるかもしれない”。ジークの言葉に一瞬でも説得された自分が憎かった。邪教徒と戦っているのは大切な人を守るため。それなのに、村を共に守ってきた大切な仲間を傷つけて――死の間際に追い詰めてしまった。
彼の言葉をもっと強く否定するべきだった。何故左手を失った彼に説得されてしまったのだろう。彼の威圧感に気圧されたから? それとも、
(最低だ……私……)
自分が憎い。そもそも彼は自分を庇って左手を失ったというのに……どうして最善を選択できなかったのだろう。世界中で毎日人が死んでいても、ジーク・ウィゼアンという人間はこの世に1人しか存在しないのに……。
「アウレーネ……アウレーネ!」
「っ! ……ど、どうしました?」
「どうしたもこうしたも無いわよ。やっと血が止まったから、一刻も早くジークを村に運ばないといけないって話じゃない。早く行きましょう」
「あ、あぁ……はい。分かりました」
自責の念に囚われていたアウレーネは、簡易担架を作っていたレイラによって現実に引き戻された。応急処置開始から30分。ジークの出血は既に止まっている。
アウレーネの頭は激しい熱と痛みを孕んでいた。どうやら、想像以上に魔法を振り絞っていたらしい。まだ回復魔法は使えるが、これからは痛みを伴う段階に入るだろう。……ただ、彼の受けた代償を考えれば安いもの。アウレーネはレイラの声に答えて立ち上がった。
教会内の整った医療設備で一刻も早く治療を再開しなければならないため、ジークを古城内から運び出そうという話であったのを思い出す。
ジークの容態は気絶直後に比べると安定していた。まだ予断を許さない状態ではあるが、今のうちに教会に移動しておかなければ。
ケルットとドアンがジークの身体を持ち上げる。一行は血の臭いで溢れた古城を後にした。