ワンサマー? いえ、『,;゙ ・ω・;, 』です。 作:全智一皆
だから、この世界では―――そうなりたくない。
■ ■
ISの授業を終えた後の事だった。
織斑一夏(首輪付き)は、昼食を取ろうと思い、バッグの中から一つの小さな箱を取り出した。
『BALANCE POWER 北海道バター』と書かれたそれは、彼が愛食している栄養機能食品である。
幼い頃、というか生前から、首輪付きはマトモな食事を取る事が少なかった。と言っても、それが決して虐待を受けていたからという訳でもない。
物心ついた時から両親が居らず、姉だけが居る生活の中で、首輪付きは少しでも姉が楽になれるならと自ら食料を縛っていた。
栄養機能食品。もしくは、携行食。米や汁物を食べず、野菜も食べず、ただそれらだけを食べ、体を鍛えながら生きてきた。
その所為もあって、高校生となった今でも彼の食事は栄養機能食品となっている(ちなみに、実の姉である織斑千冬はその事を知らない)。
「……おい、織斑一夏。」
「ん?」
箱の蓋を開き、中身が入った袋の入口を切り開いて、頂きますをしようとした直後、名を呼ばれた。
目線を上げると、見慣れた―――と言っても一、二日程度―――銀髪が最初に写った。
ドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒである。
「ボーデヴィッヒか。何か用か?」
「貴様、昼食はそれだけか?」
「あぁ…そうだが?」
「…それでよく戦場を生き抜けたな、貴様。」
「戦場では食事を取った事はおろか、水分補給も行った事がないが…」
「……………」
アーマード・コアが行き来する戦場には、休憩する時間なんて優しいものは存在しない。
否、そもそもとして、あの世界には人間が休憩出来る様な場所など殆ど無い。
少しでも外に出たならば、コジマ粒子によって体を蝕まれ、苦しみ藻搔きながら死んでしまう。
それは食事や飲み物も例外ではなく、自然すらも汚染してしまうコジマ粒子によって食べれる物は塊に成り下がる。だからこそ、首輪付きは食事を取らなかった。
否、食事を取る事が出来なかった。そんな暇も無かったが故に。
「だが、今の時代は良い。こうして平和に食事を取る事が出来る。」
「…その口振りだと、戦場を渡り歩いてきた風に聞こえるが…まさか、本当に戦場を経験しているのか?」
「何を今更。戦場の経験がなければ、ISを碌に触った事がない人間が軍人と渡り合える訳がないだろ。」
「っ…! であるならば―――」
「…?」
「であるならば何故、誘拐されるなどという失態を犯したのだッ!」
鋭い怒号が、教室に響き渡る。和気藹々としていた雰囲気が消え失せ、騒々しかった教室が一気に静かになる。
首輪付きは手に持っていた食料を置き、ラウラの眼を真っ直ぐに見詰めながら沈黙する。
ブリュンヒルデ―――織斑千冬が正式的に世界最強の名を手に入れる事が出来なかった原因は、織斑一夏が誘拐れてしまった事にこそある。
幼き頃の織斑一夏が《亡国機業》に誘拐され、それを助ける為に千冬は最後の試合を放棄した。その所為で、彼女は名実共に世界最強の地位を手に入れる事が出来なかった。
自分を救い、育ててくれた恩人に汚名を着せた男―――織斑一夏。戦えない人間だと思っていた筈が、しかし実際は戦場を経験してきた男だった。
だからこそ、疑問と怒りが湧く。そんな実力を持っていたならば、何故、誘拐されるなどという失態を犯したのだ、と。
「……ひとえに、俺が弱かったからだ。ISも使えない凡人だったから、誘拐されるなんて…いや、姉の顔に泥を塗る様な真似をしてしまった。酷く後悔している…だが、同時に―――安堵もした。」
「は?」
「姉が、国家同士の愚かでくだらない戦争に巻き込まれずに済んだ。実の姉が国家の犬として扱われずに済んだ。そう考えて、安堵した。」
「貴様っ…!」
「その怒りは尤もだ、ボーディヴィッヒ。恩人に汚名を着せたにも関わらず安堵した、などと言うのだからな。だがな、織斑千冬は俺の姉だ。姉さんを国家の犬にさせるくらいなら、俺は喜んで手を汚す。」
国家の犬でこそ無かったものの。
企業の仕事を請け負ってきた身としては。
企業の闇を見てきた身としては。
自身の姉に、あの汚れ仕事をさせるなど―――絶対に許さない。許してはいけないのだ。
故に、手を汚す。自分が犠牲になろうとも、喜んで手を汚す。
それで姉の為になるのなら、自分の様にならずに済むのなら。