ワンサマー? いえ、『,;゙ ・ω・;, 』です。   作:全智一皆

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第二話「首輪付き」

 

■  ■

 姉からの情報を元に、彼は自分の部屋となる寮へと辿り着いた。

「此処か…」

 荷物は既に部屋に置いてあるので、手ぶらな彼は、その扉のドアノブへと手を掛ける。

 緊張は無い。

 そもそも、一々この程度の事に緊張する程の脆い精神を、彼は持っていない。

 傭兵として戦場を歩いてきた彼にとって、緊張すべきは闘争のみ。それ以外の事に緊張などしてはいられないのだ。

 故に、家のドアを開けるような気持ち、つまるところの何を思う訳でもないまま、寮の部屋の扉を開く。

 特筆すべき点などない一般的な廊下、しっかりと灯りは付いている。

 靴は綺麗に並べられている。

「…」

 ただいま、と言うこともなく、彼は静かに靴を脱ぎ、先に並べられた靴の隣に同じく綺麗に揃えて、リビングの方へと向かう。

 リビングに向かう為の扉を開き、当然有る筈のリビングが目に映る―――

「……」

「…な、」

 事は勿論あったのだが、だがそれ以前に、そのリビングでは教室で軽く言葉を交わした自分の幼馴染、篠ノ之箒が下着姿で立っていた。

 一瞬だけ硬直し、そしてみるみる顔を赤くする箒。

 しかしそれに対して、彼は無表情。動じてすらいなかった。

「ルームメイトは箒だったか。」

 まるで、おかしな事など何も無いといった風に、顔を真紅に染め上げている彼女に遠慮なく話しかける。

 事実、彼にとっては彼女の下着姿など、別に驚くべきものでも恥ずかしく思うものでもなかったのだ。

「何故そうも平然としていられるんだ!? というか、見るんじゃない!」

 側に置いてあった木刀を掴み取り、箒は下着姿のまま彼へと襲い掛かる。

 恐らくは羞恥心からの行動だろう。もしくは、想い人が自分の下着姿を見ても平然としている事に対する怒りからか。

「昔は一緒に風呂にも入った仲だ。今更、下着姿など珍しいものでもないだろう。」

 今も昔も幼馴染であり、昔は共に風呂にすら入っていた程の仲良しだった織斑一夏と篠ノ之箒。

 その日々を憶えている彼は、共に裸で湯に浸かり合っていたのだから、下着姿を見ても何とも思わないようだ。

 まぁ、そもそもとして、そういった感情――『情慾』といったものを知らないからだろうが。

「それは昔の話しだ! 忘れろ、見たこと全部を忘れろー!」

 握り締めた木刀を天に翳し、彼の脳天へと翳した木刀を羞恥心のままに振り下ろす箒。

 彼は体を横に逸して木刀の一撃を躱し、そのまま流れるように木刀を握り締める彼女の両手へと右手を掛ける。

 右手で木刀の刀身を握り、左手で木刀の余った柄を握り、更に右足で彼女の足を引っ掛ける。

「な、わっ!?」

 突如として態勢が崩れ、体が宙に浮きかけた事への驚きによって、彼女の手の力が緩み、木刀が離され彼の手に残る。

 このまま地面に落とすのも良い。だが、彼女は幼馴染である。そんな事は出来ない。

 木刀を床に放り投げ、腰を少し落として右手で彼女の背中を支えてみせる。

 ほんのりとした体温と、人間の、というよりは女性特有の柔らかい肌の感触が伝わってきた。

 そんな事が起きても、しかし彼は何とも思わぬのだが。

「すまない。大丈夫か?」

「あ、あぁ…だ、大丈夫だが…いや、やっぱり大丈夫じゃない…」

 顔を手で覆う箒に、彼は何が大丈夫ではないのか分からないといった風に首を傾げる。

 怪我は無いし、恐らく大丈夫だろう、と判断して彼は箒の態勢を戻して腰を上げる。

「…とにかく服を着ろ。そのままでは風邪を引く。」

「わ、分かっている!」

 それだけを言い残し、彼女は自室の方へと戻って行った。

 一人取り残されたが、その方が好都合。ゆっくりと出来る。

「…ふぅ」

 ソファに腰を降ろし、背中を預けて瞳を閉じる。

 一日が長く感じたのは、いつぶりだろうか。

 あの世界では常に依頼ばかりで、そして闘争ばかりであったが故に基本的に一日の時間が全て短く感じていた。

 日常生活も、親が居らず肉親が姉だけであった生活だった。それまで落ち着く事が無かった生活だ、時間の流れが狂うのもおかしなことではなかった。

「…」

 一週間。それが、自分がISに慣れる為のタイムリミット。

 相手は国家の代表候補生。

 此方の世界で例えるならば、かつての国家解体戦争において活躍したリンクス達「オリジナル」に近いリンクス、という事になる。

 オリジナルと戦った訳ではないが、そのオリジナルの殆どを撃滅した伝説のリンクス―――企業連のNo.1であるオッツダルヴァを落とした、最強のネクスト『ホワイト・グリント』を操った「アナトリアの傭兵」とは戦った。

 ホワイト・グリント単体の強さも勿論だったが、それ以上にあの機体を手足のように動かし、操る事が出来るアナトリアの傭兵の技術の高さは正に圧倒的だった。

 正確な射撃能力や先読みによる回避、その全てが圧倒的であり驚異的。流石はリンクス戦争の英雄と言うべきか。

「…セシリア・オルコット、か。」

 相手は学生の身でありながら、国家代表の候補生として選ばれた者だ。油断は出来ない。

 だが、恐らく闘争の厳しさ、闘争の怖さを未だ知らぬ身なのは確かだろう。

 闘争に身を置いていたならば、決してあのような―――『自分はエリートです』といった態度は取らない筈だからだ。

 闘争であの態度を取ろうものなら、出た瞬間にくたばるのがオチだ。

「…なら、知らしめるのも吝かではないか。」

 その他の学生にも、知らしめ、見せつけてみようか。

 ISとは、この世界を破滅させてしまう可能性の一つであり、ISをそうさせてしまったのも、これから世界を滅ぼすかもしれないのも、ISを使う我々なのだ―――と。

「彼女には、悪いことをしてしまうが。」

 申し訳なさそうな声色をして、彼は呟く。

 ISは、最初から兵器などではなかった。

 元々ISとは、篠ノ之束の夢である『宇宙への往来』を達成する為に創られたものであり、彼女の夢の結晶だった。

 だが、国は決してそれを認めなかった。子供の戯言だと言いのけて、振り払い、彼女の夢を悉く否定した。

 故に、彼女は行動に移したのだ。ISという存在がどのようなものであるのかを見せつける為に。

 だが、その結果として、ISは兵器として認知される事となったのだ。

 彼女の夢を知っている彼としては、本来なら兵器として扱うべきではないISを兵器として扱うのは、彼にしては珍しく、申し訳ないのだ。

「覚悟しておけ、セシリア・オルコット。闘争とは、そして人類とは、どこまでも醜いものであると。」

 彼はそれを、闘争と人類の醜さを、身を以て知っている。

 

□  □

 専用機が到着するのは、一週間が経ち、決闘が行われる直前の事だった。

「…」

 専用機。やはり、彼女が、篠ノ之束が絡んでいたようだ。

 彼は、眼の前に置かれたそれへ、ゆっくりと手を伸ばす。

 瞬間。

 白い閃光が、周囲を包み込んだ。

 

「…」

 世界がまるごと一変する。

 鏡のように透き通った水面、雲一つ無い青空が広がった、幻想的な綺麗な世界。

 その水面に、彼と―――見覚えがある白い機体が有った。

「これは…まさか、ホワイト・グリントか?」

 ホワイト・グリント―――リンクス戦争の英雄である「アナトリアの傭兵」が駆った、カラードランク9の最強のネクスト。

 天才アーキテクトであるアブ・マーシュが設計し、造り出した最高傑作である。

 それが、何故、自分の眼の前に有るのか。

 いや、そもそも、此処は何処なのだろうか。

 そんな疑問が駆け巡る。だが、答えは全く見えてこない。

 

『その昔、人類はあの広大な宇宙を、自由に往来する事が出来たという。』

 

 聞き覚えのない声の独白が、頭に響く。

 人類が宇宙を自由に往来する事が出来た?

 それは今も出来る事の筈だが…と、「首輪付き」は、その独白に疑問を抱く。

 

『だが彼らは、自らの手で、その行為を封じた。』

 

 人類が自ら、宇宙の往来という行為を封じた。

 過去、そんな事をしたなどという歴史を聞いた事はない。いったい、何を言っているんだ…?

 

『自らより抜きん出た者を、ただ排除するために。』

 

 まさか、この世界の事ではなく、別の世界の事についてか?

 もしこれが、自分の世界についてのものであるならば―――辻褄が合うかもしれない。

 

『その内、地上で暮らす事を選んだ人間と、再び宇宙への往来を望む人間との間で、戦争が始まった。』

 

 あぁ―――やはり、そうだ。

 この独白は、自分が居た世界のものだ。

 地上で暮らす事を選んだ人間と、再び宇宙への往来を望む人間。

 地上の空で生きる事を選んだ《企業連合》と、宇宙への進出を選んだ《ORCA旅団》との戦争だ。

 

『結果は、双方が敗北した。とある獣が現れたのだ。』

 

 そうだ。その通りだ。

 企業も、ORCAも、その両方のどちらかが勝つことは決して無かった。

 

 何故なら

『ただ人間を殺したいと願う、たった一匹の獣のために、人類の大半は死滅した。』

 

 それを行ったのは、人類を殺し尽くそうと空を駆けたのは―――

 

『―――「首輪付き」。それがそいつの名前だ。』

 

 自分自身なのだから。




独白の台詞は、『mesa mesa』の第三回ACMMD動画祭にて投稿された『ARMIRED CORE Rhapsody Ravens』の冒頭のものを引用させてもらいました。
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