大体変な方向に向きますけど。
不死川心とセバスチャンが初めて顔を合わせたのは、実はと言うとつい最近の事だ。
出会いは湿っぽく、不死川が一人で気まずそうにしていただけなのだが、あまり良い出会い方ではないと思っている。
それでも、特別だった。
物語にある様な劇的な出会いでも無いのに、たったそれだけで全てが変わった気がした。
――私も一人なのです。よろしければお供しますよ、
そう言って差し出された手を掴んだ日を、忘れる事はないだろう。
「オイ、そこの
不死川の目の前には、先ほど自己紹介を終えたセバスと九鬼主従が向き合っている。
HR直前に主人たちが取り決めた決闘。
それを叩きつけたのだ。
その瞬間、セバスは笑顔を張り付けたまま僅かに表情を不快に歪めた。
真正面にいる英雄達ですら気付かないほど、ごく僅か。
しかし、それに気付いた者が一人だけいた。
主人である不死川心、その人である。
セバスとの付き合いは短い。だが、この教室の中で誰よりも長く共に過ごした不死川は、セバスの心情を僅かながら捉えていた。
(不愉快になっておる。おおかた九鬼の身の程知らずに癇が触ったのじゃろう)
理解出来るのじゃ、と一人腕を組んで共感すると同時、セバスと思いを共感出来ているという事実に少しだけ嬉しくなる。
なまじ自身の考え方が一人浮いていると分かっているから、嬉しさ倍増である。
「手加減なんてしませんからね♪」
あずみはそう言うや否や、自身の得物である小太刀を取り出し構えて見せた。
明らかな挑発。というか見下されている。
不死川の沸点は怒りでマッハになった。
(むっきぃぃ! あ奴完全に此方等を見下して居るのじゃ! 九鬼の従者如きが此方を見下すなど不敬極まりないのじゃ!)
けちょんけちょんにしてくれる、とセバスに命令しようとした時、初めてセバスがこちらの方を向いている事に気付いた。
その赤い双眸は不死川を微動だにもせず見つめていた。まるで良く躾けられた番犬のようだ。
しかし、その眼が求めている事を主である不死川は正確に察した。
許可を、求めている。
決闘を承諾した時点で、戦う事は既に決まっている。にも関わらず、一体何の許可を求めているというのか。
そこまで思いついた瞬間、不死川はハッと目を見開いた。
この状況で不死川に許可を貰わなければいけない程の何か。
心当たりがあるとすれば、たった一つ。
“全力”での戦闘。
この状況、そしてセバスの乞うような視線。
不死川の中で、何かがカチリと嵌ったような気がした。
「……うむ!」
此方を向く赤い双眸に応えて、頷いた。
手加減は必要ない。闘うのはセバス達従者だ。下手に縛るより全力で戦って貰う方が良いだろう。
(そうすれば、九鬼のあのアホ面も歪もうというものじゃ、ホホホ!)
あの凶暴で生意気な野蛮メイドと英雄が悔しさに顔を歪め、周囲が不死川を称賛の嵐で包み込む。
そんな光景を思い浮かべていると、先ほどまでの怒りも治まってくる。
(十中八九そうなるじゃろうて。にょほほ、笑いが止まらぬのじゃ)
もし誰が一番強いかと聞かれれば、不死川は自信を持って答えるだろう。
セバスが勝てない姿なんて想像出来ない、と。
それほどまでに、セバスに対する不死川の信頼は厚い。
それにここでセバスが勝てば、いつも騒ぐ山猿共に不死川家の格の違いを見せつけれる。
まさに一石二鳥。
「全力で勝ちに行くのじゃ!」
許可を出す。
僅かにセバスの口角が上がった気がした。
そこに見える感情は絶対の自信か、はたまた相手に対する同情か。
「
迷いなく教室の床に
ドーモ皆サン、セバス=ちゃん
とりあえず決闘するのに狭いからってことで教室からグラウンドに集合する。
もう時間無いから放課後でも良いんじゃないかと思うんだけど、どうやら
なら止めてくれよと言いたくなった俺は間違ってない。
ちなみに決闘の方法は制限時間付きの純粋なバトル。リングの中で肉弾戦らしい。
でも刃を潰してれば武器の使用はOKだって。なにそれこわい。
そんな感じで膝をガクブルさせてると、九鬼くん達の会話が耳に入ってきた。
「あずみ、お前の目から見てあの執事……どう映る?」
「ただの案山子ですね。私なら瞬きする間に殺っちゃいます♪」
「フハハハハッ! ならばこの決闘、あずみの勝利は確実だな。いや、もとより論ずるまでもないか」
「もちろんです、プロですから☆」
つまり元
ってネタに走ってる場合じゃない。そろそろこっちも準備しないとね。時間も無いし。
……しかし自分で言っておいてなんだけど、そもそも軍人が転職してメイドとか有り得ないって。
ハハッ、無い無い。
そうゆうのが許されるのは二次元だけだよね。
「つーワケで、とっとと終わらせてやるよ、優男」
その言葉に全力で同意を示したいが、その前に全力で目蓋を閉じていた。
ややわー、前をみたくないわー。
だって刀っぽいもの持った女性がギラついた目でこっち見てくるんやで。
なんのプレイなんですか。SM? ついていけません。
と幾ら嘆いても現実は非情である。
「ええ、早めに終わらせましょう」
本当に。真剣に。切実にそう思います。
こんな地獄からはスタコラサッサとっととオサラバしたいのだよ。
というか、さっきの俺の返事にあのメイド――あずみさんがすっげえ舌打ちで返してきた。
もしかしたら俺の態度が余裕かましてる様に見えてたりして……?
いやいやいや、俺にそんな余裕ないよ。誤解してるって。
何故か笑みばっか浮かべてるから誤解されやすいけど、内心全然そんな事思ってないから!
そんな余裕も持ち合わせてないし。
知ってる? 俺って本当にチキンハートなのよ?
……あ、知らないからこうなってるのか。
とにかく、ただ笑顔でいるだけなんだから!
笑顔のまま内心焦りまくってる今の俺の心情を説明しようとした瞬間、
「――――ではこれより川神学園伝統、決闘の儀を執り行う!!」
学園長の川神鉄心さんがいきなり出て来て、老人とは思えない張りのある声で宣言した。
そして俺は心の中で崩れ落ちた。
ちょとsYレならんしょこれ・・。俺のヤル気がストレスでマッハなんだが。
折角俺の勘違いを正そうとしていたのに、台無しである。
さては鉄心さん、アンタ忍者だな?
汚いなさすが忍者きたない。
「決闘は制限時間付き、HR終了のチャイムをもって終了とする。双方異論は無いかの?」
「ああ」
「問題ありません」
事前に説明されてた通りの内容なので、頷いて答える。
うーむ、やはり覚悟は決めたのは良いんだが、相手が女性っていうのがね。
強い弱いは関係なく男である身としては、結構気が引けるものがある。
なるべく傷付けないようにしないとね。肌に傷とか残ったら大変だし。
と、そこまで考えた時、俺の中で至上かつ最重要である問題が発生した。
これ、胸とか当たったらどうするんですか……っ!?
いくら決闘、男女平等の場であるとはいえ、いわば女性のデリケートゾーンに当たる、ないし掴んだり触ったりしてしまったら。
――――変態のレッテルが張られる事は確実。
しかも向こうもこっちも動き回る訳だからその確率は跳ね上がり、手を出しにくいこっちと違い向こうは手を出し放題、という構図になる。
……あれ、これ詰んでね?
こんな所に伏兵が潜んでいたとは予想外だった。
まさかこんな直前にそれに気付いてしまうとは。これが孔明の罠だとでもいうのか。
「いざ尋常に……」
でも時既に時間切れ。
カリスマで固めた予定調和にスキは無かった。
そうこうしている内に開始する直前にまで迫る。
うむむ、どうしようか。このままだと何も出来ないまま一方的に攻められて終わりなんだが。
それはそれで男のプライドってものがあるから複雑だ。
それに勝ってこいって送り出してくれた心ちゃんにも悪いだろう。
「始めぃ!!」
しかし手が無い訳でも無いのだよワトソン君。
与えられたこの力、ここで使わずしていつ使う!
という訳でまず第一に、開始の合図と共に迫ってくる刀を弾く。
第二に弾く。
第三に弾く。
その後もずーっと弾いていく。丁寧に、和の心を持って、向かって来る
そう、これぞ究極闘法『お も て な し』である。今命名。
……ごめんなさい、ふざけてました。
しかしおふざけは抜きにしても、この戦い方は俺にとって都合がいい。
相手を傷つけないし、不用意に体を触らなくていい。
そして何より対応が楽なのだ。
理由として、攻撃というのは敵を倒す為に放つ物だ。当然敵に当てる為に襲い掛かってくる。
逆を言えば襲ってくる範囲は“俺”という点で限られているのだから、的となる自分はその分タイミングが取りやすい。
躱すことは容易、迎撃ならばより簡単。
反応の誤差は経験則で取り戻せる。何より相手の身体に触れなくていい!
悪魔は伊達ではないのだよ、フハハハハ!
……というか、あずみさん。普通に強すぎませんか。
これ俺が一般人のままだったら間違いなく瞬殺待ったなしじゃないですか。
どれだけ実戦経験積めばここまで強くなれるのか。後学のために聞いておきたいけど、今は無理だろう。心ちゃんが目の敵にしてるようだし。
でも俺だって今日までただ日々を過ごしていた訳じゃない。
何人ものヤンキー相手に試してきた技の数々。今こそ披露するべきだろう。
例えば、向かって来るあずみさんの目の前から消えて、背後に突然出現したり。
――――
やってみたかった。一度でいいから、やってみたかった……!
あずみさんも結構驚いた顔をしていた。そんなに早いのねコレ。やってる俺からは全く分からないけども。
「クスッ」
思わず笑みが零れて落ちた。
なんというか、純粋に楽しい。
そう、なんかこう、赤屍さんに成りきってるような気がして。
コスプレなんかじゃ味わえない、この快感。
すごいですね
でもアニメ○トにあったあの帽子は、今でも俺の宝物です。
あ、でもこの世界には無いんだった。
「クッ、こ、のぉ!!」
「!?」
考え込んでる間にあずみさんが得物を構えなおした。
これは……最後の一撃来るか!
ならば、その礼に応えてやろう!!
「フッ!」
といっても世紀末拳法なんて出せないから、変わりの物でごめんなさい。
呼吸を整え、手袋をギュッと掌に差し込む。
そして近付いてくるあずみさんの間合いの内側に潜り込んで、カウンターの要領で腹に掌底を叩き込む!
「がはァッッ!!」
タイミング、位置、角度、力加減、全てをベストにしてこの攻撃を打ち込んだ。
秘境にいる達人の流派秘伝の最終奥義『猛虎龍咆万華散裂拳(コミックス1巻参照)』。さすがの威力である。
まともに受けたあずみさんが、リング端まで吹き飛んだ。
どうやらこの展開は皆さん予想外だったのか、心ちゃん以外は一瞬固まってた。
心ちゃん? なんか技が決まった瞬間「勝ったのじゃー!」って嬉しそうに声に出してた。
今はぴょんぴょん飛び跳ねてるし。可愛いぞコンチクショウ。
九鬼くんは「あずみっ!?」って声に出して驚いてた。
俺も驚いた。まさかあんなに吹っ飛ぶなんて思わなかった。
やっぱり身長低いだけあって軽いね。
達人っぽいし避けようとしたのも理由なのかもしれないけど。
人があんなに吹っ飛ぶ筈はないのだ……。
ごめん、やりすぎたとは思わなくもないけど、怪我は無いハズだから!
「
とりあえず勝ったと思うので、勝利宣言をする。
直後、HR終了のチャイムが鳴った。
「それまで! 勝者、セバスチャン・ミカエリス!!」
勝利宣言が響き渡る。
終わってなんだけど、結構な数の生徒が見てたのに初めて気づいた。
窓からも身を乗り出してる人もいる。危ないよ、君たち。
そんな彼ら彼女らだが、大勢が拍手で讃えてくれていた。
ちょっと嬉しいよね、コレ。
それに応える様に一礼を返してから、俺は意気揚々と心ちゃんの所へ向かったのだった。