優しいアヒルと醜い仔   作:クエゾノ

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すべての始まり


保育園 猿田山の冒険

 

 

ジリジリ

うるさい目覚ましの音に目が覚める。

 

巨大な布団の山から這い出し、起き上がる。

 

起き上がっても視界はそこまで高くならず相変わらず世界の全ては巨大にそびえ立っている。

 

そのまま寝巻きを着替えようとボタンに手をかける。

 

小さな手、小さな腕、小さなイカ腹の胴体、地面に立つ足は短く細く、頼りない。

 

見慣れた体とはいえ、たまに小さく儚くなった体に頼りなさを感じる。

 

転生してから6年、未だにこの体に慣れたとは言い難い。

 

 

「おはよー」

 

「おはよう。」

 

リビングに座って携帯端末をいじっていた母親はこちらを見て一声かけるとすぐに端末に目を戻す。

 

「いただきます。」

 

用意されていた朝食を摂る。

 

「今日、遠足だけど、大丈夫?」

 

「遠足っていっても、いつもの猿田山の公園の林のところでしょ?

大丈夫、」

 

「そう、お弁当と水筒、用意しておいたからね。」

 

「ありがとう。」

 

食事しながら会話する。

 

干渉は最低限、お互い楽にやろうがこの家のモットーである。

 

最初は親も無理して構い合おうとはしていたが、次第にそうなっていった。

 

朝食を食べ終わると、親に連れられて外に出て保育園バスが来る大通りに向かった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、おきて・・・

けんたくん・・・おきて・・・」

 

ゆさゆさと体が揺さぶられる。

 

・・・いつの間にか寝ていた様だ。

 

「うん〜」

 

意識が明瞭になっていく。

 

たしか、保育園に着いて、そこで朝の会の後で再びバスに乗って、目的地の猿田山公園に向ってる途中で記憶が途切れている。

 

簡単に意識が落ちる子供の体を恨めしく思いつつ目を開ける。

 

と、目の前に顔があった。

 

 

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「うわっ!?」

 

「キャッ!?」

 

お互い同時に声を上げる。

 

目の前にいた園児は驚いて仰け反った拍子に頭後ろの座席にぶつけた。

 

「いたい・・・」

 

少し涙目になりながら園児・・・白髪の幼女がこちらを見ている。

 

確か、この間他のところから転入園してきた子だったか。

 

名前は・・・

 

「小夜ちゃん、だいじょうぶ?」

 

「うん・・・だいじょうぶ・・・」

 

痛そうに目の前の幼女・・・沙霧小夜は答える。

 

「よしよし、いたいのいたいのとんでいけー」

 

ぶつけた頭を撫でさすってあげる。

 

合法的に幼女を撫でられるのは幼児に転生したの利点だなと思いつつ、いつからあるのかもどこで生まれたかも分からない幼きまじないを紡ぐ。

 

撫でられて嫌がる子もいるが小夜ちゃんはそういうこともなく嬉しそうに頭を擦り付けてくる。

 

撫でる手を止めて彼女に向き合う。

 

「起こしてくれたの?

ありがとう。」

 

「どういたしまして、

それよりなにかへんなの」

 

「変て・・・」

 

あたりを見回す。

自分達以外誰もいない。

 

無人のバスの座席が墓標の様に立ち並んでいる。

 

「先生たちはどうしたの?」

 

「しらない、おきたらいなかったの」

 

小夜ちゃんも寝てたのかと思いつつ見回す。

運転席にも誰もいない様に見えるがバスのドアは空いている様に見える。

 

これでバスのドアが閉まっていたら園児閉じ込めで熱中症で死ぬかもしれなかった、対策としては確かクラクション鳴らせばいいんだっけか、

まあこんな肌寒い中じゃ熱中症は無さそうだなと考える。

 

肌寒い・・・?

いや、もう6月だろ、なんで、こんなに寒気がするんだ・・・?

 

改めてバスの外を見ると、バスが止めてある林の中の駐車場に薄っすらと霧が出ていた。

曇り空になったのか日光はでていない。

 

座席からゆっくりと立ち上がる。

 

おそらく寝てしまった僕と小夜ちゃんを置いて、先生方は他の子たちを引率しているのだろう。

 

さすがに近くに誰か先生方はいるだろうから起きた事を伝えようと、バスの出口に向かう。

 

と、後ろで小夜ちゃんが心細そうに佇んでいた。

 

「先生のところに一緒に行こ?」

 

そう言って手を差し出す。

 

小夜ちゃんは恐る恐るというようにその手を取った。

 

 

 

バスから降りて周りを見渡すと、何かがおかしいという思いがはっきりと形になりはじめた。

 

先生も見当たらないどころか、ここでの遠足ではだいたい騒がしい児童の声が聞こえるはずなのにまったく人の気配がしない。

 

そのくせ何かいるような妙な雰囲気がただよっている。

 

小夜ちゃんは怯えるようにあちこちを見ている。

 

保育園児でも・・・いや幼いからこそこの異様な雰囲気が分かるのか、

 

と、小夜ちゃんはバスの後ろの方をじっと見た。

 

視線の先を見るが何もなさそうに見える。

 

とりあえず、バスの中に戻ろうとしたところで、手を握りしめられた。

 

「いすにもどっちゃだめ、」

 

「?」

 

小夜ちゃんは子供らしからぬ怯えた表情を浮かべていた。

 

「こっちにきて」

 

「え、ちょっと・・・」

 

そういうと、手を握りしめたまま小走りに走り出し、彼女にひきずられるまま林の中に入っていく、

 

 

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「ちょっと、どうしたの?」

 

「・・・」

 

小夜ちゃんは黙っている。

 

一応ルートは覚えているので迷子になることはないとは思うが、先生の来るであろうバスから離れるのはまずい。

 

「迷子になっちゃうよ。」

 

「いなくなっちゃうよ。」

 

小夜ちゃんの言葉にぞわっと産毛が逆立った。

 

「どうして?」

 

それでも問いかける。

 

「・・・くろいもやもやがあったの。」

 

「黒い靄?」

 

「もやもや」

 

そこ重要?とは思ったが、子供だしそんなもんかと思う。

 

「もやもやがくっついて、しばらくすると、いなくなっちゃうの。」

 

「消えるってこと?」

 

「うんん、よーちえんにこなくなるの、ひーちゃんも、まいちゃんのおかあさんも、」

 

心当たりの人はいない上、幼稚園と言っているし前にいた幼稚園での話か?

 

「前の幼稚園のこと?」

 

「うん、こやに、たまにくろいもやもやがでて、くっついちゃうと、いなくなっちゃうの。」

 

「そうか・・・」

 

幼児の戯言と切って捨ててもいいが、この明らかに異常な状況では切り捨てるのも躊躇いがある。

 

猿田山は山といっても開発の進んだ小山で少し歩けば簡単に道や公園、遊技施設につく。

 

霧のせいもあるだろうがそれら人間の施設が見えもせず痕跡すら見当たらない。

 

と、小夜ちゃんが足を止めた。

 

「・・・あれ・・・なんだろう・・・?

すごくやだ・・・」

 

「どれ?」

 

「あれ」

 

小夜ちゃんが指差す先には何もない。ただの地面が広がっている。

 

「みえない?とうめいの、どろどろがあるの」

 

透明なのになんで見えるんだ?

 

と考えつつ、その辺りの地面に目をこらしてみる。

 

何もいない・・・

 

いや?周辺と比べて、そのあたりの草や落葉がぺちゃんこに潰れている・・・?

 

一度違和感に気づくと、次々におかしさに気づく、

 

あの部分だけホコリが宙に舞っていない、それどころかホコリが空中で止まって蠢いている。

潰れている端の方が、潰れたり微かに戻ったりを繰り返している。

なにか水っぽい湿った物音が微かに聞こえる。

 

・・・何かいる。

湿っぽくて平べったいぼてっとした何かがいる。

 

ぞわっと背筋が泡立った。

 

先程までの小夜ちゃんの言う彼女だけが見える謎の黒い靄とはちがって、

確かにそこにある事は理解できるのに見えない。

 

「何かいる・・・」

 

「あなたにもみえるの!?」

 

小夜ちゃんがこの場に似合わない明るい大きな声をあげる。

 

と、何か空気が変わった。

 

「いや、見えないけど、何かい・・・」

 

「にげるよ!」

 

突然、小夜ちゃんが走り出した。

 

引きずられる様にして走る。

 

何が起こっているのかまったく分からない。

 

しばらく走って岩の影に隠れる。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

「はあっ・・・はあっ・・・

何があったの?」

 

「みえなかったの?」

 

「ごめん、草が潰れてたりしたから何かいるのはわかったけど、僕には見えないんだ。」

 

「そう・・・」

 

悲しそうに小夜ちゃんは言う。

 

「でもきみの言ってることは本当だってわかるよ。」

 

「そう・・・」

 

すこし悲しみの色を引っ込める。

 

「あのね、あのどろどろがこっちにきたの。」

 

「そうだったのか、ありがとう。

逃してくれて。」

 

そう言うと小夜ちゃんは花が綻ぶ様な笑みを浮かべて抱きついて来た。

 

「・・・はじめて、みえて、ありがとうっていわれた・・・」

 

「そっか・・・よしよし、小夜ちゃん、、ありがとうな。」

 

小夜ちゃんの頭を撫でる。

 

「えへへ・・・

・・・っ!」

 

小夜ははっとしたように岩陰から顔を出す。

 

「にげよ、こっちきてる。」

 

「分かった。」

 

二人で手を繋いだまま、そろそろと歩き出す。

 

 

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「おうち・・・?」

 

「みたいだな。」

 

目の前に古びた一軒家があった。

 

古びたといっても、どうみても作られてから2〜30年程度で、戸がアルミ戸だったりと所々リフォームした痕跡はあるが、なにぶん作りが安っぽい上、ここ何年かは使っていなさそうにみえる。

 

表札には朝倉と書かれている。

郵便受けは空だった。

 

小さな一軒家ではあるが、1m程度の幼児の小さな背丈から見ると、そびえ立つ不気味な屋敷にみえる。

 

玄関に呼び鈴の類いは見当たらない。

 

「ごめんなさい。だれかいませんか?」

 

小夜ちゃんが焦った声をあげるが返事はない。

 

本来ならこんな怪しい家無視したいが、いい隠れ場所が見つからない上、小夜の焦った様子から見えないナニかにだいぶ近づかれている様だ、

 

「はいります。」

 

そう言って、小夜ちゃんが安っぽいアルミ戸を開き中に入る。

 

鍵はかかっていなかった。

 

二人で入るとアルミ戸をしめてロックをかける。

 

中は薄暗く、人の気配は無い。

埃が薄く積もる床には足跡の様なものは見当たらず、ここ数年は誰も入った人はいない様だ。

 

鞄を開けて中からペンライトを取り出す。

 

「かいちゅーでんとーもってたんだ。」

 

「ああ、やっぱり非常時のためにね。」

 

親にねだったり拾ったりしてこの手の道具はいくつか準備している。

 

一度転生したのなら今度は異世界転移したり妙なことに巻き込まれるかもしれないと、最低限の備えは怠れない。

 

・・・単なる厨二病の気もするが、

というか親から子供らしいところあったんだなと生暖かい目で見られていたような・・・

 

それはとにかく、前世の有機ELの真昼の様な明るさとは比べ物にならない豆電球が照らす弱々しい光の元、玄関から上がる。

 

と、袖が引っ張られる。

 

「くつ、ぬがないと」

 

注意する様な表情で小夜ちゃんが玄関を指差す。

 

・・・確かに廃墟とかお化け屋敷のつもりだったが、ただの空き家の可能性もある。

 

だが・・・

 

「すぐ逃げられる様に靴は履いておこ?

黒いもやもやや、さっきのみたいなのが出るかもしれないし、」

 

家の中から怪異の類いが湧いてきて、そのまま逃げる必要があるかもしれない。

 

その言葉に、小夜ちゃんは少し逡巡するように恐る恐る靴のまま廊下に踏み出す。

 

廊下は直線で左側には一つのドアが、右側には二つのドアがある。

 

廊下の左側の扉をそおっと開ける。

 

中にペンライトの光を当てる。

 

台所とリビングが一体になった部屋の様だ。

 

一対のテーブルと椅子、その向こうにはキッチンが見えた。

 

食器棚のガラスが割れ、椅子や床にガラス片が散乱しキラキラと窓の光やペンライトの明かりを反射している。

 

「もやもやとか変なものある?」

 

「ないよ。」

 

小夜が断言する。

 

ここで少し迷う。

 

ゲーマー的感覚によればこの部屋を探索して、その後で、他の部屋にいくことで、他の部屋を開けたせいで敵に察知されて逃げることによるアイテムや文書、手がかりの取り逃がしを防ぐべきだが、

安全性を考えると、すべての部屋を小夜ちゃんに見せて、この家が安全かを確かめてから家探しを行った方がいい。

 

安全性を取るべきというのも分かるが、戸を開けたことで危険を呼び込んでしまった場合、危険な外に逃げることになってしまい危険度な状況は変わらない。

その上、ここにあるものがこの状況を打開するための鍵になる可能性がある以上、取り逃しはあってはならない。

 

ということで・・・

 

がたっ

 

「トイレみたい、なにもいないよ」

 

考えているうちに小夜ちゃんが他のドアを開けていた。

 

「・・・」

 

さらにとてとてと歩いて最後のドアを開ける。

 

「たたみのおへやみたい。」

 

そこはかとない敗北感を感じた。

 

 

 

キッチンやトイレの探索はうまく行かなかった。

 

鍋や包丁といった武器になりそうなものは、流しの中で、朽ちた蛇口からこぼれる汚れた水を浴びて錆の塊となっており、

 

カッターやはさみの類も見当たらない。

 

唯一、壁にかけられたカレンダーと置かれた新聞紙から四年前にここが放棄されたことが伺える。

 

日記やメモの類も見当たらない。

 

テレビは映らず、明かりもつかないことからどうやら電気は来ていない様だ。

 

トイレには本当に何もない。

 

分かるのは、水は流れなかったので水道はもう来ていないことくらいか、

 

 

 

残る最後の部屋に向かう。

 

この部屋を後回しにしたのは和室に土足で上がることへの抵抗もあるが何より・・・

 

「おぶつだんとでんわとおさらがあるね。」

 

埃を被った畳まれた布団の隣に仏壇と黒電話と金属の灰皿があるのだった。

 

作りは安っぽいがこんな状況での仏壇である、下手に弄ってなにが起こるか分かったものではない。

 

電話も同じで電気が来てないこれを下手に動かそうものならナニと繋がるか分かったものではない。

 

「よいしょ」

 

と、小夜ちゃんが布団によっかかる様にして横になる。

埃は舞わなかったが彼女の服に埃がつく、

 

 

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「小夜ちゃん?」

 

「つかれたし、おなかへったから、

ごはんにしない?」

 

小夜ちゃんは自分の鞄から弁当箱を取り出してあける。

 

美味しそうな匂いが漂う。

 

小夜ちゃんがこんなにくつろいでる以上は危険は無さそうだが・・・

 

「こんなところで食べるのは・・・」

 

ぐ〜

 

「あっ、けんたくんのおなかがなった。」

 

「・・・」

 

顔を背ける。

 

「けんたくんも、おなか、へってるから、ね?」

 

「分かった・・・」

 

保育園の鞄から弁当と水筒を取り出す。

 

水筒のお茶を飲んで、弁当を開ける。

 

いつもと同じく冷凍品の卵焼きとウインナー、ほうれん草とごはんを盛り付けてあった。

 

「この、たまごやき、かわいいね。

さやのおいもと、こうかんしない?」

 

そう言って小夜は自分の弁当を見せる。

 

タコさんウインナーにホイルの小皿に入った肉じゃが、プチトマトが入って、ご飯にはふりかけがかけられた、彩り豊かな弁当だった。

 

「ああ、良いよ。」

 

「ありがとう。」

 

芋を箸でつまんで持ってくるので、こちらも卵焼きをつまんで相手の弁当箱に入れる。

その空いたスペースに小夜ちゃんは芋を入れる。

 

そのまま、ウィンナーを食べて、ご飯を少し食べると、弁当箱にフタをする。

 

それを見た小夜ちゃんは驚いた様に言う。

 

「おいも、いらなかった?」

 

「いや、おいしそうだったけど、いつ帰れるか分からないから残しておこうかなって」

 

小夜ちゃんは気にせず弁当を食べているが備えは必要である。

 

それに、もし、小夜ちゃんが自分の弁当を食べ尽くした時も慣れた味のものをあげられるなら落ち着くだろう。

 

それを聞いた小夜ちゃんは思わず自分の弁当の残りを見て、泣きそうな表情を浮かべる。

 

「足りなくなったら分けてあげるから、ね?」

 

「でも、けんたくんは・・・」

 

「いいからいいから、それに、もやもややどろどろを見ることができる小夜ちゃんが動けなくなったら、二人とも帰れなくなるから、こういうのは小夜ちゃんが先、」

 

空腹を堪えながら言う。

 

転生者なら体の年齢より歳を重ねた自分より、体は同じ歳の幼児を優先すべきだ。

これくらいの空腹を我慢できないのなら、なんのために前世の記憶や人格を持ち越したのか、

 

「でも・・・」

 

「帰ろうよ。」

 

最悪小夜ちゃん一人でも、

心の中で呟く。

アレを見れる小夜ちゃんなら一人で帰れる可能性はあるが、自分だけ残ったら帰れるとは思えない。

理不尽だなとは思うが無駄に魂が歳をくった転生者ならこれくらいの理不尽は仕方ないとも思う。

 

「・・・うん、いっしょにかえろ」

 

小夜ちゃんは堪える様に弁当をしまった。

 

 

 

まず仏壇を調べることにした。

 

仏壇の一番上の引き出しを開ける。

 

「チャッカマンに線香か・・・これは使えるか・・・?」

 

パチッとライターに火をつけるが機能は問題なさそうである。

線香はお盆の時に見たことのある市販の箱に入っており、湿気てる様子もなく使えそうである。

 

アレに火のついた線香を投げつければ成仏してくれるかな?

とか考えつつ、次の引き出しを開ける。

 

「箱と・・・ポケット般若心経?」

 

ビニールの表紙にポケット般若心経と書かれた本があった。

 

文具屋のカウンターに置いてあるのを見たことがある。

 

もう一つは変色した木の小箱である。

古い箱なのか、かなり劣化が進んでいる。

裏返すと朽ちたバーコードらしきものが貼ってある。

 

表面には木の変色に紛れているが何か書かれている。

 

「えっと・・・辰・・・砂・・・朱・・・玉・・・数・・・朱・・・・ああ、数珠かこれ、」

 

パカッと箱を開ける。

 

中にはボロ布に包まれた赤い玉が連なった数珠が入っていた。

箱や布の劣化具合と比べて、数珠の赤さが目に映える。

 

「・・・ゲーム的に考えたら、これ、線香立てて供養して数珠つけて念仏唱えろってこと・・・?」

 

単にお参りセットが一式揃っているだけだとは思うがやる価値はありそうである。

 

「小夜ちゃん。」

 

「な、なに?」

 

後ろでなにやらごそごそやっていた小夜ちゃんに声をかける。

 

「ちょっとお参りしてみるから、様子見てて、」

 

「おまいり?」

 

「帰れますようにってお参り、」

 

「いいよ」

 

香炉の灰に線香を立ててライターで火をつける。

 

と、

 

ドン!

 

玄関の方から何か湿ったぶつかる音が聞こえた。

 

小夜ちゃんは息を飲んで言う。

 

「どろどろがきた!にげなきゃ!」

 

「ああ!」

 

そこで窓を見て、固まった。

 

「はめ殺し・・・!?」

 

迂闊だった。

開けられる窓かと思っていたがはめ殺し式の窓だった。

 

思えばキッチンもトイレの窓も全て、開閉できないはめ殺し式の窓だった。

 

こんな安普請の家は窓さえも安くしたのか、本当にハメ殺しの家か!

 

小夜ちゃんも窓枠を弄って開けられない事に気づき、泣きそうな表情を浮かべる。

 

置いてある金属の灰皿を拾って、窓に投げつける。

 

ガン!

 

「きゃっ!」

 

窓ガラスは震えるがヒビさえ入らない。

幼児の体の非力さに思わず泣きたくなる。

 

「小夜ちゃんはガラスが割れるか試して!

僕はこのままお参りするから!」

 

ゲーム的に考えれば、アレはお参りしようとすると同時に出てきた、つまりアレはお参りを邪魔しようとしている可能性がある。

 

それならその前にやり遂げればなんとかなるかもしれない。

 

ダメそうなら・・・

線香の束を香炉に立ててライターで火をつける。

これを直接投げつけてやる。

 

ライターを小夜ちゃんに向けて投げて叫ぶ、

 

「窓ガラスをライターの火をしばらく当てて熱して柔らかくして!そこに灰皿か水筒をぶつけて!」

 

小夜ちゃんがライターに火をつけると窓ガラスに当てる。

 

鐘を鳴らし数珠をもって手を合わさて一心に祈る。

 

「お邪魔してすみません。

どうか、僕たちをここから出して帰してください。あの何かを追い払って下さい、」

 

ひたすらに祈る。

効果は無さそうだ。

 

それなら!

と、数珠を危機感で震える右手で持ち、もう片方の手で般若心経の本を開き、読み上げる。

 

「ぶっせつまか、はんにゃはらみた、しんぎょう、かんじざいぼさつ、ぎょうじんはんにゃはらみったじ、しょうけんごうんかいくう・・・」

 

はっと小夜ちゃんが何かに息を呑んだが気にしていられない。

可能な限り早口で唱えながらページをめくる。

 

ドン!ドシン!

 

ついに何か倒れる音がした。

玄関が破られた。

 

ドギジ〜、ドギジ〜、

 

人のものでは、それどころかこの世の生物のものではありえない湿ったものが廊下を這って移動する音がする。

 

ページはまだある。

 

こうなったら、線香の束を投げつけて時間を稼ぐしか・・・

 

と思いながらもひたすらに般若心経を唱える。

 

ついに、

 

ドスン!

 

ドアが押し上げられ、目には見えないが確かに質量のある湿っぽいナニカが和室に入ってきた。

 

火のついた線香を掴もうと数珠をつけたままの手を香炉に伸ばす。

 

が、その手が掴まれた。

 

「えいっ!」

 

手を掴んだ小夜ちゃんが、手の数珠を奪い取り、そのナニカがいる辺りに向かって投げつけた。

 

『ぐぎゅぁあぁぁぁ!!』

 

不気味な叫び声の様な何かが響き、数珠の周りからじゅわっと煙が上がる。

 

ドス!ドス!

のたうち回る様な音がしてドアや床が揺れる。

 

ズル・・・ズル・・・

 

しばらくすると、さっきとは打って変わった弱々しい軽い音が離れて行く。

 

後に残されたのは朱色の数珠だけ、

 

「ぼじそわか、はんにゃしんぎょう・・・」

 

チーン、

 

仏壇の鐘を鳴らす。

 

何とか視線を本と目の前の状況を行ったり来たりさせながら唱え終わった。

 

・・・どれだけ意味があったかは分からないが・・・

 

小夜ちゃんが朱色の数珠を拾って戻ってくる。

 

「もういったみたい。」

 

「いまのは・・・?」

 

「あのね、どろどろがきたら、おぶつだんから、もやもやもきたの、でも、そのビーズにあたったら、もやもやがきえたの。

だから、ビーズをぶつけたらどろどろもいなくなるとおもったの。」

 

「そうか・・・すごいな・・・」

 

「えへへ、さや、えらい?いいこ?」

 

「うん、すごくえらくていい子だよ。よしよし、小夜ちゃんはえらくていい子、小夜ちゃんはえらくていい子」

 

「えへへ、もっといって、」

 

小夜ちゃんを撫でながら念仏のように繰り返し言う。

 

・・・先程の効果があったかも分からない念仏よりこっちのほうがよっぽどありがたい気がした。

 

「ねえ・・・」

 

「なに?」

 

「わたし、これでほめられたの、きょうがはじめてなの・・・」

 

「そうか・・・」

 

これ、とはおそらく彼女の霊感的な何かであろう。

 

「だから、みんなには、わたしがみえること、ナイショにして、」

 

「わかった。約束する。」

 

「ありがとう・・・」

 

小夜ちゃんは僕の胸に顔を埋めた。

 

 

 

ぶち破られた入口から家の外に出る。

 

さっきのどろどろとの接触で疲れたのか鞄がさっきよりも重く感じる。

 

おまけに小夜ちゃんの様子がおかしい。

さっきのテンションは疲労と緊張で一時的にハイになっていたのか、ふらふらしている。

 

小夜ちゃんの事を考えるとこのまま休みたいが、日が落ちてきた。

この異常な状況の中で、入口がぶち破られた家で夜を明かすのは勘弁願いたい。

 

いざとなったらそうするしか無いが・・・

 

と、

 

リーン

 

どことなく澄んだ鈴の音が聞こえた気がした。

 

小夜ちゃんが顔を上げる。

 

「きれい・・・しろい・・・わんわん?」

 

小声でうわ言の様に何か呟きながら、ふらふらと鈴の音の方に向かう。

 

「お、おい、大丈夫なの?」

 

「うぅん」

 

うん、とも、ううん、ともつかない声を上げる。

 

ふらふらとして今にも倒れそうな小夜ちゃんの肩を支える。

 

「あの鈴の音を辿ればいいの?」

 

今にも眠りそうな小夜ちゃんは、すこし、頷いた様に見えた。

 

 

 

小夜ちゃんの手を引いたり支えながら歩く。

 

半分は起きているのか小夜ちゃんは支えられながらも足を動かしている。

 

「がんばれ」

 

小声で小夜ちゃんに言う。

 

薄目をあけているが反応は無い。

 

リーン

 

鈴の音は一定の距離を保ちながらも、自分たちを何処かに導こうとしている様に感じる。

 

もしこれがナニカの罠だったら死ぬしかない。

 

一応、小夜ちゃんのいう見えない黒い靄に突っ込んでも大丈夫な様に進行方向に先程の数珠を掲げてすこし振っている。

 

これで黒い靄があっても消えているはず・・・

 

どれだけ歩いただろうか、

 

寒気が薄まっていき、異様な空気が次第に和らいでいった。

 

そして、

 

いつの間にか見覚えのある山の中にいた。

 

夕闇の薄暗さの中であちこちに懐中電灯の明かりが見える。

 

木の間に立ち入り禁止と書かれたテープが貼られている。

 

テープには何か紙の様なものが垂れ下がっていた。

 

帰ってこれた。

 

いつの間にか鈴の音は聞こえなくなっていた。

 

「ありがとう!案内してくれて」

 

目に見えぬ鈴の音の主にそう言った。

 

声が聞こえたのか懐中電灯の明かりこちらに向く。

 

「行方不明の子供二人発見!」

 

「信じられん!」

 

「悪魔が化けて・・・」

 

大人達の声が聞こえる中、ゆっくりと二人で木の間に貼られたテープをくぐり抜けた。

 

 

 

なぜか自分を警戒している大人たちに囲まれながら急造のイベント等で使うような大きなテントに通されて、あるテーブルの前に置かれたパイプ椅子に座っている。

 

隣の小夜ちゃんはすっかり寝てしまって寄りかかっている。

彼女の頭を撫でる。

 

「う、ふふ」

 

心地よさそうに小夜ちゃんは眠りながら微笑む。

 

大人たちはどこかへ行ってしまった。

 

この世界にはこの手の異常現象に対応する組織なり業務なりがあるのだろうか、

 

 

しばらくすると、和風の神職の服を着た強面の男と、紫の服を着た女性、そして神父の服だろうかキリスト教的な服を着た眼光鋭い金髪の初老の男が入って来た。

 

「君が広崎健汰君だね。」

 

「は、はい。」

 

強面の男に呼ばれて、彼の威圧感に思わず引く。

 

「駄目ですよ。小さい子を脅しちゃ」

 

紫の服を着た女性が言う。

この中では一番若く、母親と同じ位の年頃に見える。

 

「ねえ、ぼく?

なにがあったか話してくれない?」

 

「あなた方はどなたなんですか?」

 

「わたしたちは・・・そう、園長さんのお友達よ。

猿田山で、がけ崩れがあってあなた達がいなくなったから、探しにきたの」

 

「・・・」

 

どう考えても誤魔化されている。

が突っついても藪蛇になりそうな気もする。

 

「がけなんて崩れてなかったですよ?」

 

とりあえず、発言のおかしなところを突っ込む。

ここはむしろ突っ込んでおかないと、誤魔化しにわざと乗るつもりであることに気づかれてしまう。

 

「そう。じゃあ何があったの?」

 

「それは・・・」

 

話し始める。体験したことを自分視点で、

自分視点なので、当然、ナニカは見えない。約束なので小夜ちゃんが見えていた事も言わない。

 

小夜ちゃんの誘導に関してはよくわからない事を言って怖がっていたで押し切る。

 

「そう・・・数珠を投げてスライ・・・ナニカが逃げていったのね。

その数珠、見せてくれる?」

 

「はい。」

 

アレ、やっぱりスライムだったのか、ドラクエかよというか正式用語なのかと思いつつ、数珠を机の上に置く、

女の人と神父はそれを一瞥しただけだが、神職の男は手にとって眺め、それが終わると返してきた。

 

あっさり返したのは拍子抜けだが市販品みたいだしそんなものかと思う。

 

さらに話を続け、綺麗な鈴の音に引かれてついて行って、帰れたところで終わった。

 

「そうなの・・・お疲れ様、がんばったのね。」

 

「はい。」

 

「おうちに帰ったら、ゆっくり寝てね?

少ししたら、お母さん呼んでくるから、

お話ししてくれてありがとう。」

 

「どういたしまして、」

 

それだけ言うと三人ともテントを出ていく。

 

残ったのは自分と小夜ちゃんだけ、

 

ほうっと息を吐く。

 

なんとか小夜ちゃんのこと言わずに終わらせられた。

 

「ありがとうね。」

 

いつの間にか起きていた小夜ちゃんが言った。

 

「どういたしまして、説明大変だったよ・・・」

 

「うん、ありがとう・・・」

 

そういうと今度は小夜ちゃんが寄りかかったまま手を伸ばして僕の頭を撫でてくる。

 

気が抜けた。

 

グゥ~

 

緊張から開放されたのか腹が鳴った。

 

「残りの弁当食べるか」

 

「あっ・・・」

 

そう言うと、鞄から弁当を取り出す。

 

何故か、自分の弁当箱の他に小夜ちゃんの弁当箱が入っていた。

 

「あんまりたべてなかったから、

たべるときは、さやのもたべていいよ。」

 

「・・・ありがとう」

 

意図がよく分からなかったが、僕のために自分の分の弁当を渡したというのは分かった。

 

「二人で全部食べよう?

もう少しで帰って好きなだけ食べれるから、最後は我慢しないでパーティみたいにさ」

 

「・・・うん!」

 

小夜ちゃんは起き上がって自分の箸をとった。

 

そうして二人で、生還パーティというにはささやかだが、2つの弁当をつつきあった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

「人間なのは確か、ですね。」

 

紫の服を着た女が言う。

 

「悪魔が化けている訳では無く、

寄生されている様にも見えないです。」

 

神父の男が返した。

 

「受け答えはしっかりしすぎていたが、園長先生の話を聞くと以前からそんな感じだそうだ。」

 

神職の男も続ける。

 

林の中の暗がりで三人の大人は話し合う。

 

「しかし信じられません・・・

ヤイヌ様の力で完全に異界化する前の空間異常にとどまっているとはいえ、覚醒もしていないにも関わらず、あそこから自力で出てくるなんて・・・」

 

「最後はヤイヌ様ご自身が見つけて導いたと仰っていたがな。

最後に聞いた鈴の音がそれだろう。」

 

「あの、邪悪な悪魔の言う事聞くのはやめるべきですよ。

空間異常に留めているせいで悪魔が見えないままで犠牲が出ています。」

 

「もとはといえばお前らが、ヤシロ様を封印しているせいだろ!」

 

「神の道から外れ、人の道を誤らせた悪魔を遠ざけるのは我々の務めです。」

 

「この!」

 

「今はその話よりも、今回の話をしましょう。」

 

冷静な女の声に二人は落ち着きを取り戻す。

 

「何か、隠してはいるかもしれませんが、悪影響が出るようなものではないです。

契約しているようにも見えなかったですし、」

 

「そうですわね。

タチの悪い霊装や呪いの痕跡も無かったですし、

そういえば、あの数珠、回収しなくてもよかったんでしょうか?

そちらの家が持っている霊的資源は少ないでしょう?」

 

「アレは単に異界の仏壇に置かれて、たまたま微弱な破魔の力を宿しただけの安物の数珠だろう。

手にとって眺めてみると、赤い塗装が剥げて、中のプラスチックの珠が見えているところがあった。

その破魔の力も、スライムを追いはらった事で使い切ったようで、今やなんの力も無い。

まあ、なんの力もないからこそ小さい頃の不思議な体験の思い出として、彼らに持たせたままでいいと思う。

それに、この類の幼い頃のよくわからない不思議な体験というのは神仏への信仰を強めるからな。」

 

言い訳の様に最後に付け加えられた言葉に女は少し微笑む。

 

「そうでしたか、

確かに力を感じませんでしたし、

それで良かったと思います。」

 

「そうですねー。

今回の異界ですがどうします?」

 

夜の暗がりで三人の大人たちの会議は続いていく・・・

 

 

 

 

 

 

あれからしばらく経った。

 

あの事件以降、目に見える神秘体験などはなく、平穏に過ごしている。

 

あの事件は、猿田山で大規模ながけ崩れが起こる兆候があり、バスを止めて避難した際にバスで寝ていた自分と小夜ちゃんが取り残されたということになった。

 

そうして、その後の崩落から逃れてなんとか奇跡の生還を果たしたが、崩落に巻き込まれたショックで記憶が混乱して、小夜ちゃんと二人で変な夢のようなものを見た・・・

 

ということになっている。

 

まあ、この転生後の世界では、実際にオカルト現象があり、そんな感じでオカルト現象が隠蔽されるのかとなんとなく理解した。

 

記憶操作の異能の力等は存在しないか使われてはいないようだ。

 

小夜ちゃんは、自分が見たことが誰からも信じられない事に悲しんで傷ついていたが、

大人が嘘を信じ込ませて、秘密を隠してるからであって小夜ちゃんのせいじゃないと慰めて、

あのときあったことは、僕たちの秘密にして言わない様にしようと説得して落ち着かせた。

 

それだけではなく、秘密を隠す大人たちへのささやかな抵抗として、あのときあった事を二人で話しながら書き出して、留めておくごとにした。

 

まだ文字は書けない小夜ちゃんも何か書きたいというので、小夜ちゃんには絵を描いてもらい、僕は文章を書いた。

 

その結果、小夜ちゃんがあのとき見ていた景色が、なんとなく分かって来た。

 

スライム(仮)は透明なだけではなくて緑かかっていて何か体内に管のようなものがあった事や、

バスを出た直後にバスが黒い靄に覆われて行く様子、

特に、小夜ちゃんがクレヨンで描いたバスをグリグリと黒いクレヨンで塗りつぶして行く様を見て、あのときの小夜ちゃんの焦りと状況の危険さをようやく理解できた。

 

自分の文章だけじゃなくて、小夜ちゃんに絵を描いてもらってよかったなと心の底から思う。

 

そうしてできたそれをコピーして二人で持っている。

 

ついでに、あのとき見つけた数珠は小夜ちゃんが持つことにした。

 

最初は渋っていたが黒い靄が見えない僕より小夜ちゃんが持っていた方が役に立つと説得し、

また黒いもやもやを見付けたら消してねと言ったところ、私がケンタ君や家族や保育園のみんなを守るんだと息巻いている。

 

それで保育園中探検して靄を探したり、意外と近くに住んでいたので、一緒に近くの公園を探検したりと微笑ましい日々を過ごしている。

 

黒い靄は人気のない場所に薄っすら出ることもあるらしいが、ほとんど害は無い薄さでこれくらいなら誰かいなくなる事は無さそうと言いながらも、数珠を振りまわしていた。

 

僕にはその手のものは見えないが、小夜ちゃんと一緒に靄祓い・・・大人からみたら子供の遊びかもしれないが、するのは楽しく、保育園や公園や町中でやっている。

 

寝起きの夢幻にふと走馬灯の様に浮かんだ記憶を振り払いつつ目を覚ました。

 

さあ、今日も起きなければ

 

 




主人公、何も役に立って無くね・・・?

ポニーかわいいね。
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