「ちょっと公園行ってくるね。」
休日の午後、昼食を食べて、のんびり過ごしている両親に声をかけて家を出ていく。
わりと自分は一人で外出する事が多く、基本的に行き先は古本屋か本屋か図書館だが、ここのところ公園に行く事が増えている。
「気をつけてねー」
「はーい。」
あの事件以降、多少は両親との会話は増えた。
ドアを開けて家を出る。
そのまま住宅街を抜け、大通りをしばらく歩く。
休日であるが交通量が多い。
平日の通園時たまに渋滞してバスが着くのが遅れることあるんだよなと思いつつ、脇道に入って、広い公園に着いた。
あちこちに遊具が置かれた緑豊かな広めの公園、
その入口で、可愛らしいリュックを背負って所在なさげに佇んでいる小夜ちゃんを見つけた。
「おーい、」
呼びかける。
すると小夜ちゃんは、ぱっと顔をほころばせて、こちらに駆け寄ってくる。
あれから、すっかり懐かれた上、そもそも周りに自分が見えるものについて信じてもらうのを期待するのを止めたのか、いつもくっついてくる。
「ね、またモヤハライしよ?」
靄祓いとは僕が名づけた、小夜ちゃんが見える黒い靄を探し出して消す作業である。
「うん、やろうやろう。
今日は家から数珠を持ってきたんだ。」
そう言って、家の引き出しから拝借した数珠を取り出す。
水晶の珠を白い糸に通した数珠で房がついている。
これまで見つけた黒い靄はあそこから持ち帰った数珠・・・辰砂朱玉数珠を振りかざせば消えることは分かった。
ただ、小夜ちゃんが言うには僕がやるより小夜ちゃんがやった方が一度にたくさん消せるそうだ。
今回は数珠を普通の数珠に変えてみて効果があるかを試してみたい。
「このじゅずがあるのに・・・」
「もし、あのどろどろみたいなのが出て、投げつけて失くしちゃったら、もう靄祓いができなくなるからね。
代わりになるものも見つけようよ。」
これが数珠と呼ばれる仏具であることは既に教えた。
幸いにしてもうあのスライムというらしい怪異には出会っていないが、これから出会う日が来るかもしれない。
「うん、」
こくりと小夜ちゃんは頷く。
「じゃあ行こうか、」
「あ、待って、」
そう言うと、とてとてと公園のトイレに向かう。
しばらくして魔法少女的な白っぽいリリカルな服に着替えて戻ってくる。
そうして、くるりと一回転する。
「マジカル、リリウム、ファンタジア!
まほーしょうじょ、リリウムさや、さんじょう!」
片足で立ち、腕を下向きに可愛らしく伸ばし、笑顔を浮かべ、首をちょこっと傾けてポーズを決める。
最近、女児向け魔法少女アニメに影響されたのか、靄祓いを始めるときにはこういうごっこ遊びをやるようになった。
まあ人知れず町・・・というには狭い範囲だがの平和を異能の力で守っているのだから、間違ってはいないと思う。
外でそれ着るのは汚れるからやめた方がとは言っているが、聞き入れる様子はない。
そのうち汚れたりほつれたりして泣くだろうなと思いつつ、
今は可愛らしい小夜ちゃんの魔法少女姿を愛でることにしている。
「じゃあ、今日はどこを探す?」
「こーえんは、もういっぱいしらべたから・・・
きょうはまちをさがすわ。」
「町か・・・」
正直、交通事故に遭遇したりかわいいので誘拐される危険があるのであまり外は探させたくない。
特に、黒い靄があると小夜が主張するところは裏路地や、人通りの多い道から外れた場所が多く誘拐やらの可能性がある。
「だめ・・・?」
少し不安そうに覗き込む様に見てくる。
小夜ちゃんを見る。
以前あげた防犯ベルは指示した通りつけている。
ポケットに入れた2個の防犯ベルと、お年玉で買った販売規制前のレーザーポインター(まだ出力による販売規制がされていなかった。5mwクラスなので、しばらく覗き込まないと失明する危険はないだろうが、足止めにはなるだろう。)、ゴツい目打ちの感触を確かめる。
「・・・うん、良いよ」
これらを使うような事にならなければ良いが・・・
「やった!ありがとう!」
喜んでいる小夜を見ながら守らねばという意識を新たにする。
小夜ちゃんの要望で小夜ちゃんの家の近くを探し回ることにする。
僕や僕の両親が靄に巻かれたら大変だからといって僕の家の周囲をやる事もあり、優しい子だなぁと思う。
ハイエース的な自動車での誘拐の可能性から自分は車道側を歩いて小夜ちゃんを守りながら目的地に着く、
この辺は一歩踏み入れるとごちゃごちゃした小さな家が区画整理されず密集するややこしい道になるが、たまに小夜ちゃんが町内会の行事で行く事もあるらしく、勝手知ったる感じである。
しばらく二人で、あちこちを歩き回り隙間を覗き込む、
「あっ!」
「どうしたの?」
家と家の間、道と言うには狭い隙間を覗き込んだ小夜ちゃんが声を上げる。
「うすいけど、もやもやがある!」
二人して隙間に入り込む、
子供の体格だけあって、大人がぎりぎり通れる隙間でも並んで入ることができる。
少し歩いたところで小夜ちゃんが僕の服を引っ張り停止させる。
見えないが目の前に黒い靄があるのだろう。
早速赤い数珠を取り出そうとする小夜ちゃんを抑えて、水晶の数珠を取り出して渡す。
「これで試してみて、」
「うん、」
コクりと頷くと、小夜ちゃんは水晶の数珠を受け取り、何もない様に見える空間に向けて振る。
「どう?」
「きえるけど、すこしだけ」
小夜ちゃんは何か力をもっているらしくただの棒でも多少は消せるらしいので、数珠の効果の検証という点ではあまりあてにはできない。
今のところ僕がやっても効果が確認されたのは辰砂朱玉数珠のみである。
「じゃあ僕がやってみる。」
返してもらった数珠を握り、振る。
「きえないよ・・・」
「少しも?」
「うん」
「じゃあもう一回」
同じ場所でなんどか振る。
「きえない・・・ぜんぜんだめみたい」
「そっか・・・」
ただの数珠では駄目なようだ。
やはり同じ製品の数珠を試さなければならない。
あるいは、前世の子供時代に古本屋で見つけた大昔の女神転生のゲームの小説の様に、この数珠に使われているらしい辰砂、つまり硫化水銀に退魔の力があるのだろうか、
『多分、古墳に大量の赤い朱丹が使われてたり、死者に朱丹を塗る古代の施朱の風習からそういう設定にしたんだろうけど、
当時の考古学では辰砂由来の水銀朱と、同じ赤色塗料のベンガラが区別されず同じ朱丹として報告されてたからなぁ・・・
古墳に硫化水銀が塗ってあって悪魔の侵入を阻むという描写があったけど、
現代の古墳調査だと高価な水銀朱よりベンガラの方が多めに使われている上、
原始の洞窟壁画もベンガラが使われてたりと、ベンガラの方が神秘物質としては適当に思えるんだよなぁ・・・
まあ、ベンガラって要は赤錆だから、あんなありふれたものに退魔作用があったら物語が成立しないけど、
・・・ワンチャン、あのとき、台所で見つけた錆びの塊と化した包丁、見えないスライムにぶっ刺せば、そのまま倒せてた可能性?
今度赤錆を持ってきて試してみよう。
水銀朱はこの年齢だとちょっと用意できそうにない・・・』
前世に古墳博物館やら本で読んだ事を思い出しつつ、ぐだぐだとくだらない事を考える。
その間に小夜ちゃんはいつもの辰砂の数珠を目の前の空間に振りかざしていた。
「おわったよ。」
「そっか、おつかれさま、」
先程、水晶の数珠を握っていた片手を上げる。
と、小夜ちゃんが息を飲む。
「そのて、だして」
言われた通り手を出す。
その手に辰砂の数珠を押し付け、マッサージするように動かす。
「!まさか、・・・それくらいの濃さだったのならやらなくても」
「だめ、」
年齢に見合わぬ毅然とした真剣な表情で小夜ちゃんは言う。
さっきので手に黒い靄が纏わりついていた様だ、
ただ薄い靄ならいなくなったりしないとは小夜ちゃんは言っていたが、僕に靄が纏わりついた場合は薄くても真剣に取ろうとする。
怪しげなものに纏わりつかれているのにそのことを認識すらできないのが歯がゆい。
「取れた・・・」
小夜ちゃんは、疲れたような眠そうな声を上げる。
とろんと目尻が落ち先程の真剣な表情がとろける。
「ありがとう・・・平気?」
「うん・・・へーき・・・」
よろめく、どう見ても平気ではない。
小夜ちゃんは、この手の人に纏わりついた靄を払った後はだいたいこうなる。
僕以外にも、たまに靄が纏わりついた人を見かけると、こうして払う。
スライムを追い払った時といい、MP的な気力を消費して怪異的なものを追い払っているのか?とも思うがよく分からない。
「無理させてごめんね。
とってくれてありがとう。」
そう言って小夜ちゃんの頭を撫でる。
「えへへ・・・」
くたっと緩んだ表情のまま、力が抜ける。
そのまま小夜ちゃんを背負う。
「わ・・・ケンタくんのせなかだ・・・」
小夜ちゃんの家には何度も行っているので道は分かる。
背負ったまま歩き出した。
ピーンポーン
「はーい、」
どたどたという音とともにドアが開かれる。
「健汰くんですか?小夜は・・・」
「また眠そうです。」
「まあ、大変だったでしょうね。
よいしょ」
最初は心配していたが、最近は慣れたものでさっと小夜ちゃんを抱きかかえる。
「おかーさん・・・?」
今にも眠りそうに小夜ちゃんは呟く。
そのまま小夜ちゃんのお母さん・・・
沙霧望結さんというらしい。が奥に入っていくのを尻目に帰ろうとする。
しかし、
「せっかくですし、上がってください。」
「・・・分かりました。」
このまま帰って、前世で見たこち亀を参考に先日からしている捨て替えカメラを使った電子工作の続きをしようとも思ったが、
お呼ばれしたのなら仕方がない。
居間に入って座って待つ。
ふと、テーブルの片隅に子供向けのカラフルな絵本が置かれている事に気づいた。
買ったのは新しそうだが何度となく読まれたのか少し傷んでいる。
タイトルは・・・
「みにくいあひるのこ、
か・・・」
そういえば保育園の朗読でも、これを先生にお願いしたりと、小夜ちゃん好きだったなと思い出す。
「ごめんなさいね。」
そういいつつ望結さんがクッキーの入った皿とオレンジジュースの入ったコップを持って居間に入ってくる。
子供にも丁寧な口調で話すあたりどこかのお嬢様だったのかな?とも思うがよく分からない。
「いえお構いなく。
小夜ちゃんの具合は異常ありませんでしたか?」
「大丈夫、いつもと同じ、ぐっすり眠っていますよ。」
「そうですか・・・
今日はうっかり僕の手に黒い靄がついたらしくて、それを小夜ちゃんがのけたせいです。
すみません。」
ぺこりと頭を下げる。
「・・・あの子の言うことを信じているんですね・・・」
「ええ、以前の事故では命を助けられましたから、
たとえ、あれが夢だった可能性が高かったとしても、」
「やはり、私にはあの事故の時の話、信じられないです。」
少し苦痛を飲み込むような表情を浮かべて望結さんは言う。
「別に信じなくてもいいと思います。
小夜ちゃんが、いえ、僕たちがそれを信じていることさえ信じていてくれさえすれば、」
クッキーを頬張る。
行儀が悪いとは思うが、子供の体はよく腹が空くのに加え、小夜ちゃんをここまで運んだせいで空腹でたまらない。
「それに、もしあれが夢の類いだったとしたら、実際に起きたトラウマになる様なもっと怖いことを忘れるための嘘記憶の類いである可能性が高いので、
信じられないからといって強く否定して当時の事掘り返すのもまずい気がします。
あの事故、何人か行方不明が出ているので、」
何度か親たちに言った事を再び繰り返す。
まああれが夢だったとは思わないが、一般受けする合理的な説明は相手を納得させる上で必要である。
望結さんは、本当にこの子6歳児なのという目でこちらを見てくる。
「・・・」
「見えないもの、あり得ない事を子供に合わせて無理に信じる必要は無いです。
そして、必死な子供を信じられないことを後ろめたく思う必要も無いです。
ただ、小夜ちゃんにとってはそれが本人の好き嫌いに関わらず彼女が見せられている世界である事を受け入れた上で、
小夜ちゃん自身が、自分がそれを見えることで傷つかない様な付き合い方をしてください。
小夜ちゃんのために、」
本人の意思とは無関係に見える以上、見えることを否定するのは、根本的に意味がないどころか、それが見えてしまう小夜ちゃん自身が見える自分は悪い子、おかしい子なんだと追い詰めてしまう。
小夜ちゃんが本人の意思とは無関係にナニかが見える事をまず受け入れて、それが幻覚であれ何であれ、彼女が強く傷つかない様に、彼女が見ている世界と自分が見ている世界の間でバランスをとって付き合って欲しい。
救出されたあと、そう小夜ちゃんの両親に訴えかけた事を思い出しながら話す。
ふぅと望結さんは息を吐く。
「ありがとう。
小夜ちゃんのアレを受け入れてくれる健汰くんに言われると、少し気が楽になります。」
「保育園児に言われて気が楽になるってどうなんですか・・・」
突っ込む。
「ふふっ、健汰くんには感謝しているんですよ?
見えない黒いもやもやが見える小夜ちゃんとどう付き合ったら分からなくて、そうしていたら不気味な事を言うからと前にいた幼稚園に居づらくなって、
それで小夜ちゃんをちゃんとさせようと思って強く否定しちゃったりもして・・・
小夜ちゃんすごく暗くて苦しそうだったの。
でもどうしたらいいか分からなくて・・・
だけど、今では、健汰くんに言われて付き合い方が分かって、家族で楽しく過ごせる様になれたの、
それに、小夜ちゃんもあなたと遊ぶようになってからよく笑う様になって元気になったんです。
少し前は自分から外に行くなんて想像できなかったから・・・」
望結さんは笑みを浮かべて言う。
「でも今日みたいに時々眠そうに帰ることありますよね。
それはどうなんですか?」
一番気になっていたことを聞く、
外で遊ぶようになったのは良いとして、外で寝そうになる様になったのはどう考えてもまずい。
これに関しては、外出禁止にされてもおかしくないと思う。
「眠くなるようなことは、危ないから寝たら家に帰れそうにない時はしちゃだめって約束したの。
それに・・・たまに、家でも寝そうになることがあるんです・・・」
「?」
望結さんは葛藤するような表情を浮かべて口を開く。
「以前、お父さんや私に黒いもやもやがついてるっていって、あの数珠をこすりつけた事があったの。
当てたら少し体が楽に・・・
ううん、きっと気のせい、
そうしたら、小夜ちゃんがくたっと眠そうになったんです。」
「そうですか・・・
お父さんとお母さんを守ろうとしているんですね。」
呟く。
例え小夜ちゃんが見ているものが幻覚だったとしても、両親を守ろうとしている小夜ちゃんの意思は変わらない。
「そう・・・ですね。
優しい子です・・・」
「全くです。」
「そういえば、健汰くんは、小夜ちゃんと付き合ってああやって遊ぶのはどう思ってるんですか?
いつも一緒だけど、嫌になったりしませんか?」
こちらを見つめて聞いてくる。
「いいえ」
「どうしてですか?」
「不思議なものが見える異性の相手と一緒に、あちこち冒険して、それを退治するって、結構、大人でも憧れたりしませんか?
小夜ちゃんとの靄祓い・・・冒険はつまりそれです」
「・・・
本当に健汰くんは保育園児なんですか・・・?」
呆れた様に望結さんは言った。
そうして望結さんとしばらく話していると部屋のドアが開いた。
「小夜ちゃん?」
「やっぱりケンタくんだ・・・」
小夜ちゃんは、少し眠そうにとてとてと歩いてくるとギュッと抱きついてきた。
「ちょっと私はお洗濯があるから、少し小夜ちゃんをよろしくね。」
「そうですか、」
望結さんは微笑ましげにこちらを一瞥すると部屋を出ていく。
残されたのは、小夜ちゃんのみ。
眠そうだし何話そうかとなんとなくテーブルの上を見ると、先程見た、みにくいあひるのこの絵本があった。
「この本、好きなの?」
そう問いかける。
「うん、すき。」
そういうと小夜ちゃんは絵本の表紙の主人公の醜いアヒルの子を指差す。
「このこね。さやなの」
「?」
「わたし、みんなから、うそつきとか、きもちわるいっていわれてたの、
だけど、ケンタくんにあって、しんじてくれて、
きれいでつよい、はくちょうになれたの。
ううん、さやが、はくちょうだってわかったの。
はくちょうだったらいいなじゃなくて、」
・・・そういうことか、
昔から悪口いわれて孤立していたので、物語の醜いアヒルの子に自分を重ねて、いま孤立しているけど、本当の自分がこういうものだったら良いなと空想していたところで、
あの事件があって、僕が肯定したせいで自分の力は人を助けられるものだと知って、自分を肯定的に見ることができるようになったと。
「だからね。さやをはくちょうにしてくれたケンタくんをまもるから・・・」
そこまで言ったところで小夜ちゃんはまたうつらうつらとし始める、
そっと膝に小夜ちゃんの頭を載せ撫でる。
「今日はありがとう、おやすみ。」
「ケンタくん・・・」
そっと小夜ちゃんは目を閉じた。
白鳥・・・?