優しいアヒルと醜い仔   作:クエゾノ

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幕間です。


小学二年生 ある春休みの日に

春休みのある日のこと

 

軽く紐で腕を縛る。

・・・しばらくすると静脈が浮き上がってくる。

 

その静脈目掛けて注射針を刺す。

 

前世の痛みの少ない注射針とは違い、割と痛い。

 

まあ、昔からあってなんとか残っている駄菓子屋をいくつか回ってやっと見つけ出した規制前の70年代の昆虫標本キッドの注射針なので、

そもそも人間に使うこと自体が間違っているのだが、

 

というか、昆虫用毒液と注射器をセットで販売するとか前世でも今世でも昔は凄かったのだと改めて思う。

 

だが今回の役目は注入ではない。

 

注射器の押し子を引く。

 

赤い血液がシリンダーを満たしていく。

 

前世の低圧容器を針の逆側に刺してのゆっくりした採血とは違い、荒々しく痛い採血である。

 

注射器本体は今でも売っているので大きめのものを使っている。

 

規定量の血を抜いたので針を抜き、消毒液を垂らし絆創膏を貼る。

 

抜くときも痛い・・・

 

そうして、針を注射器から抜いて、抜いた血液を、辰砂の顔料の粉末の入った皿の中に注入し、かき混ぜる。

 

辰砂粉の朱と血の赤が混じり合い、中間あたりの色になる。

 

あとは乾かして再度かき混ぜれば完成である。

 

針と注射器を洗いながら考える。

 

あの時、胃液に交じる辰砂の粉に由亞ちゃんが触れたときに、煙が立ち上ったのを見て、辰砂朱玉数珠そのものではなく、やはり数珠の塗料の辰砂に退魔の力があるという確信に至った。

 

それで画材屋で水銀朱の顔料を探したところ、規制前なのかkg単位で手軽に安く売っていた。

 

こんなことなら、数珠に拘らずにさっさと購入して試せば良かったと後悔しながら、靄祓いに使って見たところ、小夜ちゃんだけではなく、

自分が使っても効果を発揮することが分った。

 

さらに自分の血を水銀朱と混ぜて塗った試料片を作成し、単に硫化水銀を塗っただけの試料片と比較したところ、小夜ちゃんが使った際に絶大な効果を発揮し、一撃でそれなりにあった靄が消え去った。

さらに、自分が使った場合でも微妙に効果が上がる事が分かったので、

これを使った靄祓い・・・だけではなく怪異退治用の道具を作っている。

 

 

小夜ちゃんがケンタくんに痛い思いさせる訳にはいかないと、小夜ちゃんの血でも試料片を作成して試してみたが、

小夜ちゃんと由亞ちゃん曰く、効果は僕の血を使った場合には及ばないらしい。

 

力のある小夜ちゃんの方が効果強そうなものだが・・・

 

詳しく話を聞くと、血自体に含まれる生気の量は小夜ちゃんの方が多いが、一回使って血に含まれる生気を使い果たして、自身の生気を乗せて振ったときには、僕の血を使ったものの方が生気が上手く靄を祓う力に変換されるという。

 

本人が持っている異能の力と、本人の肉体の生体素材の品質は必ずしも一致するとは限らないようだ。

 

とりあえず、この血と硫化水銀の混合物を、辰砂がかつてそう言われていた故事を元に龍血と呼ぶことにした。

 

あなた、ドラゴンなの?

と由亞ちゃんに言われたときにはダメージがあったが、

 

辰砂・・・硫化水銀の歴史を元にかつて不思議なものとしてそう言われていたことを説明して納得してくれた。

 

・・・正直、自分でも中二名称だなとは思っていた。

 

これを機に、辰砂について、特にその歴史と呪術的な作用について一度調べ直すことにして、しばらく図書館に篭った。

 

その結果、以前までは、古墳彩色には希少な辰砂よりも、ベンガラが使われていることが多いので、辰砂を退魔物質扱いするのはどうかと思っていたが、

どうやら天然のベンガラには微量の辰砂が含まれている様で、

弥生、古墳時代の人間は大量のベンガラを使うことで、辰砂の退魔作用を利用したのではないかと思うようになった。

 

そうこう考えている内に注射器を洗い終わり、棚の中で干しておく、

親に見つかったら何と思われるか分からない。

 

 

・・・そろそろ乾いたかな?

と思いながら、庭に向かう。

 

 

 

 

庭の一角、掘り返されたところに、細長い赤い石・・・コンクリートが埋まっていた。

 

一週間放置して固化している。

 

それを軽く叩いて、固くなっている事を確認すると持ち上げる。

 

ずしりと手の中に重さがかかる。

 

「・・・うん、上手く剣の形になってる。」

 

砂粒でボコボコしているが50センチほどのショートソードの形になっていた。

 

二度目ともなると慣れてくる。

 

 

裏表両面の型を作って合体させるのは手間なので、土を成形して型にした所に、龍血とモルタルの混合物を流し込み、細い鉄筋を入れて固め、片面だけの剣の形にした。

 

これにコンクリートヤスリをかけて刃をつけて、柄に取っ手用のテープを巻いたら完成である。

 

硫化水銀は脆いので、新女神転生の小説で出てきた硫化水銀でできた短剣トミムの様なものを作ったら、あっさりポッキリといきそうな上、

下手に融点の580℃以上に加熱したら昇華してしまうので加工も困難、

 

なので、硫化水銀を鉄や銅の様な融点の高い強固な金属に溶かして混ぜ合わせて強度を確保するのも難しい。

 

ただ、鉛やハンダに関しては融点が硫化水銀以下なので使うこともできるが、

 

かといって塗装しても、自分にはその手の技術が無い上、硫化水銀自体の強度が低いので、衝撃をうけたらあっさり割れたり剥げそう・・・

 

ということで、龍血はコンクリに混ぜ合わせて固めたり、低融点の物質に溶かして混ぜたり、布や繊維に染み込ませるという方法で使うことにした。

 

まあ、発掘調査記録や日本書紀を見ると、朱を塗った武具や祭具の記述が時々出てくるので、塗り方次第なのかもしれないが、

 

そんなことを考えつつ部屋に戻る。

 

と、机に置かれた安物のラジオがひとりでにスイッチが入り、ザーと音を立てた。

 

ラジオの周波数は、あえてどこの局でもない周波数に合わせてある。

 

にも関わらず、明瞭な音声が響いた。

 

『こんにちは、また何か作ってたの?』

 

「ああ、二本目の石剣だよ。

なんかの弾みで折れるかも分からないから。」

 

ラジオから響く由亞ちゃんの声に答える。

 

霊感の無い自分が由亞ちゃんと会話するために、この手の怪談でたまにある電子機器を使った幽霊の声の出力を試してみた所、由亞ちゃんがラジオに干渉して、やろうと思えば声を出せる事が分かった。

 

完全に由亞が物質化すればラジオをつかわなくても会話できるが、親や人に見られる可能性がある時はこうして会話している。

 

由亞ちゃん自身も僕の前で物質化したくないらしく、由亞ちゃんとの会話はもっぱらラジオ越しで行っている。

 

ただ、何が楽しいのか夜中、親と寝ている僕のベッドの隣で物質化して遊んでいる様だ。

 

何か、物の位置が変わっていたりと怪しいので、テープレコーダーを仕込んだところ、僕が寝ていることを良いことに、煽ったり、からかったり、脅したり、感謝したりと話しかけたりドタバタ遊んでいた。

 

首を絞めて殺そうとした怖い相手である一方で、友人意識やマウント取りたい欲等が垣間見えた。

 

テープは保存してあるので、なにかやらかしたら小夜ちゃんに聞かせようと思っている。

 

『近づけないでね。』

 

「そもそもどこにいるのさ、」

 

「クスッ」

 

真後ろから笑い声がした。

 

振り向くと、視界の片隅に由亞ちゃんの顔がちらりと見え、消えた。

 

 

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由亞ちゃんがこの手の事をやりたがるのは、恐怖を感じた際に放出される生気を食べたがる怪異の本能か、

恐ろしい相手にいたずらして、怒らないのを確認して、安全な物だと確認したい人間の本能か、

 

まあ、どっちでもいいかと思う。

 

『辰砂って生きている人にとっても、毒なんでしょ?

そんなふうに、たくさん、いいかげんに使うのは止めた方がいいわ。』

 

「始皇帝の仙丹がらみで毒だのとよく言われるけど、辰砂・・・硫化水銀って、水銀系の化合物の中じゃ最も安全なんだ。」

 

『そうなの?』

 

「ああ、化学物質の安全データシートで確認した。」

 

最近出た初版が本屋にあったので立ち読みした。

 

「基本的に水に不溶なんで体に吸収されなすぎて、危険性を示す根拠となる医療データが殆どない。

危険性を決定したデータも水銀だからとか、他の水銀化合物とかのデータの流用がほとんど、

慢性的に使った場合の影響や皮膚に接触してアレルギーを誘発する危険性についてはあるけど、少量飲んだ程度でどうこうなるものじゃない。

 

仙丹絡みで悪く言われるのはアレだ。

仙丹って、辰砂加熱して他の水銀化合物作ってたからだろう。

 

辰砂つまり硫化水銀自体はそこまで危険なものじゃないんだ。」

 

データシートが出る前からある程度調べてみて毒性は無いと知っていたが、

整理されたデータを見るとやはり分かりやすい。

 

だからこそ、小夜ちゃんが祓えない状態で靄に憑かれた時用の非常手段として、硫化水銀自体に効果があった場合の一か八かの非常手段として考えていたので、あの時躊躇なく噛み砕いて飲み込めたのだが、

 

取り憑かれた時に飲み干す用に健康サプリのカプセルにいれたものや口の中に入れておいて非常時に噛み砕いて飲み干す用のプラスチックの小さなカプセルに入れた硫化水銀はいくつか用意してある。

 

『難しい本を読むのね。』

 

「由亞ちゃんも結構読んでないか?

図書館で置いてある本が独りでに捲れる噂とか聞いたぞ。」

 

以前、一緒に図書館に行って以来、司書の人達が受付で話しているのを聞いたことがある。

 

『うわさになってたの?

次からは見えないところで読む様に気をつけないと、』

 

「そうしてくれ、」

 

契約の影響か、僕からは何を言っているかは分からないが、僕か小夜ちゃんが由亞ちゃんを呼んだ時には、5キロ程度以内なら確実に気づく事が分かった。

 

そのせいで、僕と小夜ちゃんの描く5キロのベン図内部では、除霊できる人がいる可能性があるので、人目をさけながらも、わりと自由にしているようだ。

 

『それより、もういった方がいいわよ。』

 

「約束の時間までまだまだ3,40分はあるし早いだろう。

ざっと形位は整えておきたいんだ。」

 

『でも、サヤが待ってるわ。』

 

「・・・早く来すぎだろ・・・」

 

呟く。

そういえば、いつも小夜ちゃんは時間より早く来てたなと思い出す。

 

それだけ靄祓いが待ち遠しいのか、

 

未完成の石剣を机の上に置くと、

机の隣の布袋に入った、古着屋で買った子供コスプレ用の真っ赤な全身タイツを取り出す。

 

当然、硫化水銀で着色してある。

服を脱いでそれに着替えるとその上から外行き用の服を着る。

 

夏場は熱くなりそうだなと今から戦々恐々としている。

 

さらに、レーザーポインターとカメラ改造スタンガン、血灰と色々アルコールに溶かし込んだ手製スプレーと目打ちを左右のポケットに突っ込む。

 

腕にビーズを巻くと、ランドセルに謎空間に取り込まれたとき用の一式を詰め込み、

細長い袋に入った初代の赤い石の剣と鍋の蓋の裏側を龍血入りセメントで固め、スプレーを取り付けた盾をランドセルと背中の隙間に背負う。

 

さらに百均で買った小型の安物ラジオをポケットに入れて、イヤホンをつける。

 

何故かこの年代でカナル型イヤホンが普及してるんだよなと不思議に思いながらも、親に声をかける。

 

「じゃあ行くか、

小夜ちゃんと公園行ってきます。」

 

『行ってきます。』

 

由亞ちゃんはスカートをつまみペコリと優雅に一礼した。

 

 

公園につくと、小夜ちゃんが所在なさげに立っていた。

 

こちらに気付くとぱっと顔をほころばせて、こちらに寄ってくる。

 

 

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「こんにちは、ケンタくん。」

 

「こんにちは、由亞ちゃんから聞いたけど、そんなに早く来なくて良かったのに、」

 

「早くケンタくんとモヤハライしたいから、」

 

「・・・」

 

『ケンタ・・・』

 

困った。諌められそうにない。これからは約束の時間より早く出なければならないらしい。

 

「じゃあ行こ?

いつものところ回るのと、ちょっと気になるところがあるの」

 

「ん、分かった。」

 

『わかった。』

 

イヤホンから由亞ちゃんの声が聞こえた。

 

こうして靄祓いするときは、物質化して三人で回ることもあるが、由亞ちゃんの事を覚えている人もいるので声をかけられる事があり、面倒事を避けるために物質化はしないことも多い。

 

あと、物質化すると現実の衝撃が通る様になるのであまり物質化したがらない。

 

それはとにかく、黒い靄が貯まりそうな場所はマッピングしてあるので、それを回って靄を消す。

 

幼稚園の頃より大きくなった体は、幼稚園の頃は一苦労だった範囲を回りやすくなった。

 

さらに発生しやすいところには、硫化水銀を置いておくと発生を抑制できるので硫化水銀を塗ったり、硫化水銀を塗ったテープや布、ポスターや御札を縛り付けている。

 

今日の分の見回りを終えると、小夜ちゃんの言う気になるところへ向かう。

 

『どんなふうに気になってるの?』

 

「なんとなく、向こうの方からいやな感じがしたの、」

 

「どれくらい?」

 

「ゆあちゃんのお家よりはいやじゃないけど、あの、ようち園の小屋よりつよい、かな?」

 

ちなみに幼稚園の小屋には目立たぬよう床の近くの壁に硫化水銀を塗って手製の御札を貼った。

 

「ということは・・・

出る、かな?」

 

「わからない。気のせいかもしれないから、

気のせいだったらごめんなさい。」

 

「いいのいいの気にしないで、」

 

しばらく歩くと、路地裏の入口あたりにひっそりと建っている、草が茫々で背が低い木がデタラメに庭に伸びて、柵に絡みつく小さな一軒家についた。

 

郵便受けにはチラシが貯まっていて、人が住んでいる様には見えない。

 

一見ただの荒れた空き家に見えるが・・・

 

『中はモヤがいっぱいね』

 

「うん、そうだね。」

 

由亞ちゃんの言葉に小夜が続く。

 

なにも見えないが靄が渦巻いているのだろう。

 

「出そう?」

 

「出るよ。

だけど、ゆあちゃんより強くて、ぶきを持ったさやより弱い、かな?」

 

『そうね。』

 

「なにか気になることある?」

 

「ないわ。」

 

「由亞ちゃんは?

嘘偽りなく隠し事なく答えて」

 

『・・・ないわ。』

 

「そっか、じゃあ始めるか、

じゃあ由亞ちゃんお願いね。

空き家調査1を行って」

 

由亞ちゃんは何も言わない。

ドアがガチャリと音を立てた。

少しドアが開き、閉じる。

 

しばらくするとラジオから音が聞こえた。

 

『誰もいないわ。

一年以上前から使われてないみたい。』

 

「分かった。」

 

そう言うと、小夜ちゃんがキョロキョロと周囲を見回し、誰も近くにいないことを確認すると門を開けて中に入り、ドアベルを鳴らす。

電気が来てないのか鳴らない。

 

が、

 

ギィィ・・・

 

ドアが開いた。

中は暗い。

 

小夜ちゃんがくるりと右手を回す、

すると魔法のように袖の下に隠した腕に巻いた無数のビーズをつけた紐が解け、

手から、先端に分銅のついたビーズが伸びる。

 

それを事も無げに振る。

 

玄関が少し明るくなる。

 

 

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シューティングスター、

小夜ちゃんの命名である。

 

溶かしたプラスチックに龍血を混ぜて撹拌し、粘土で作った型に入れて固めて穴を開けて作った大きめで不揃いなビーズを、龍血に漬け込んで練り込んだ頑丈な紐に通して固定した。

さらに先端には溶かした鉛に龍血を混ぜた分銅を取り付けている。

 

構造としては片方にだけ重りのついた単流星の流星錘で、それを聞いた小夜ちゃんが命名した。

 

・・・丁度小夜ちゃんが見てる魔法少女ものアニメで流星魔法攻撃のことをシューティングスター・アローと言ってたなと思い出した。

 

ビーズと紐に強度的な不安はあるが、まさかビーズまで鉛(密度11.3 g/cm³)にしたら非常に重くなり、かと言ってコンクリート(密度2.4 g/cm³)にしたら、何かにぶつけた拍子に割れかねない。

 

もう少しお小遣いを貯めたら、融点の低い錫のインゴットを買って、錫でビーズを作り、紐に関してはパラコードに取り替えようと思っている。

 

あの仏具屋め・・・

もう少し金が残っていれば色々できたのに・・・

 

ちなみに、魔法のステッキからビーズが伸びる感じの武器はどうかという提案も小夜ちゃんからあったが、

どう考えても形状が鞭なので、小夜ちゃんが変な性癖に目覚めないように却下しておいた。

 

由亞ちゃんは残念がっていたが、由亞ちゃんがやらかしたら、僕や小夜ちゃんに鞭で打たれることになるぞと言ったら大人しくなった。

 

当たり前だが、打つ方は良くても打たれるのは嫌らしい。

 

まあ由亞ちゃんに装備させるとしたら、龍血の硫化水銀に触れない様に鞭の様な柄を付ける必要はあるだろうが、

由亞ちゃんには自身の武器での自爆を防ぐため紐がブラブラする類の武器を持たせるつもりはない。

 

なお、小夜ちゃんはあまりその辺はこだわらないらしく、手と腕で分銅を振り回す感覚が魔法っぽくて良いと好評である。

 

それはさておき、小夜ちゃんを先頭に空き家の中に入る。

完全に不法侵入だが小学生で、かつ、インターホンを鳴らしたらドアが開いたので入ったということで、言い訳が立つ様にしてある。

 

由亞ちゃんは念動力の様な力を使えるようなので、念動力で鍵開けして家の中に入って、家の中を見てもらって、しばらく人が来た気配が無いようなら入る。

 

ちなみに空き家調査1とはこれに関する細かい手順で、由亞ちゃんが騙し討ちして罠にはめてこないように報告内容や、やり方について手順にして覚えさせた。

 

どれだけ効果があるかは不明だが、

 

それはとにかく、少しだけドアを開けたところでドアストッパーで固定して、由亞ちゃんの時のように鍵を壊されて開けられなくなるという事態に陥るのを避ける。

 

「えいっ、えいっ、」

 

小夜ちゃんはシューティングスターを振り回しながら歩く。

と、足を止めた。

 

向こうから物質化した由亞ちゃんが歩いてくる。

 

「由亞ちゃん、ありがとう。」

 

「どういたしまして、

この先は広めのリビングだからちょうどいいと思うわ。」

 

由亞ちゃんは小夜ちゃんとすれ違い、僕と並ぶ。

 

後ろを取らせる気はない。

 

由亞ちゃんの言った通り広めのリビングに出た。

 

確かに広さ的にお誂え向きである。

 

テーブルが立てかけられて片付けられているのもいい。

 

小夜ちゃんはくるくると滑らかに手を回し、シューティングスターを伸ばす。

 

由亞ちゃんにスプレーを渡すと、僕はプラスチックの硫化水銀入りカプセルを口の中に入れ、ランドセルと背中の内側から石の剣と、鍋の蓋の盾を取り出して構える。

 

「じゅんびはいい?」

 

「いいよ。」

 

「いいわ。」

 

「それじゃあいくよ。」

 

そう言うと、小夜ちゃんは伸ばしきったシューティングスターを滅茶苦茶に振り回す。

だが、それは僕や由亞ちゃんに当たることはなく、完全に小夜ちゃんは己の技量でビーズ紐を制御し切っている。

 

窓から光は射し込んでいるのに何故か異様に暗かった室内が、急速に明るくなっていく。

 

と、小夜ちゃんのシューティングスターの攻撃が止まる。

 

だが明るくなるのは止まらない。

 

「来るわ、」

 

そう由亞ちゃんが言うと、視線の先にスプレーを噴射した。

 

蛍光ピング色の不定形な固まりが浮かび上がった。

 

曖昧だった輪郭が急速にはっきりしだす。

 

スライムだ。

猿田山の時のよりは小さい。

 

「えいっ!」

 

小夜ちゃんがシューティングスターを唸らせてスライムに命中させる。

 

ビシッ!

 

『ーーーー!!』

 

不気味な叫び声の様な何かが響き、スライムの体の半分が煙と共に吹き飛ぶ。

 

「ふふ」

 

由亞ちゃんが見えない衝撃波を放つ、

 

バジャン!

 

残りのスライムの多くの部分が弾け飛んだ

 

宮橋邸では意識がはっきりしたばかりで力の使い方が分かっていなかったのに加え、雑に腕を振り回す様に拡散させて撃っていたので威力はさほどでも無かった(それでも痛かった)が、力の使い方に慣れて、特定のものを狙って撃つ様になると大幅に威力が上がった。

 

これを当時の由亞ちゃんの力で食らったら、間違いなく死んでたなと思う。

 

「うおりゃー!!」

 

盾を構えながら突撃して、スライムの残りの部分に石の刃を突き立てる。

 

ジュワッ!

 

スライムに突き込むと煙が出て、スライムの残りの部分がバタバタと暴れる。

 

それを何とか盾で押さえ込む、

 

と、そこで、頬に手が当たる感覚とともに、体が突然重くなる。

それと同時に視界がおかしくなり、押さえつけられて暴れるスライムが、直接見えるようになる。

 

由亞ちゃんが憑依した。

 

憑依されると同時に、スライムに与えるダメージが明確に増えて、即座にスライムは消滅する。

 

そのまま、周りを見回す。

 

他の敵無し・・・他に特に気をつけるべきものはなさそうだ。

 

『ねえ、もう出ていい?』

 

『ああ、ありがとう。もう出ていいよ。』

 

体が軽くなると同時に真横に由亞ちゃんが現れる。

 

由亞ちゃんは体の調子を見るように自分の体を見ながらクルリと一回転する。

 

「ケンタくん、大丈夫?」

 

小夜ちゃんが心配そうにこちらをうかがう。

 

「ペッ、へーきへーき、小夜ちゃんも、由亞ちゃんも大丈夫?」

 

口の中に入れた取り憑かれた時に噛み砕くための硫化水銀入りカプセルを吐き出して仕舞いながら言う。

 

「だいじょうぶ」

 

「大丈夫よ。ちょっとつかれたけれど、」

 

由亞ちゃんの衝撃波はMPを消費する様で、数回しか撃てない。

 

「もう、もやは無くなったわ。」

 

「じゃあ、御札を貼るか、」

 

使い捨ての手袋をして、居間と廊下の隅に御札を貼る。

 

これで発生を抑制できれば良いが、

 

「じゃあかえろう?」

 

「そうね。」

 

「そだね。」

 

そう言うと、玄関まで戻る。

ドアのストッパーを外して、最後に振り返って、明かりこそ無いがこれまでと打って変わって明るくなった廊下を一瞥して、ドアを閉める。

 

ドアノブを拭って門を出る。

 

「二人共お疲れ様、よく頑張ったな。

おかげで、靄が広がったり、集まった靄で偶然怪異が生れて、人を襲うという可能性は無くなった。」

 

実際にそういう事例は見たことが無いが、可能性としては有り得るとは思う、

 

小夜ちゃんは嬉しそうに、由亞ちゃんは少しだけ得意げに微笑む。

 

「ケンタくんもありがとう。

こっちにこないようにおさえてくれたんだよね。」

 

「まあな。」

 

「わたしがやった方がいいと思う。」

 

「それもそうなんだけど、僕がシューティングスターを使ってもろくに削れないからなぁ・・・

たくさんの硫化水銀を叩き込むしかないんだ。」

 

かと言って、靄を使った試験の結果、小夜ちゃんが石の剣使うのは、シューティングスターよりは威力が出たものの、なぜかあまり効率が良くない事が分かった。

 

龍血を使って生気を力に変えている以上、入力が同じなら出力が変わらないのは理解できるが、大量の硫化水銀で、小夜ちゃんの使う退魔の力が抑制されるのか、あるいは干渉しあってしまうのか、

 

それもあって次の石の剣に使う龍血は自分の血の比率を減らして硫化水銀をほとんどにしてある。

 

まあ、生気を扱えない以上、硫化水銀と一緒になることで生気を退魔の力に変換する血液にはあまり意味が無さそうに思えるが、

 

「危ないからサヤにまかせて。

ケンタが死んじゃったら、私も死んじゃうから、」

 

良かった、契約は効果を発揮している様だ。

 

「かといって、これ以外だと与えるダメージが減るからなぁ・・・

それに今のところ、このタイツは一着しかないから、

タイツ無しで僕を立たせるか、タイツ無しで怪異を抑え込むか、

どっちも危険そう。」

 

あのスライムには触れただけで食いついてくる、

スライムに投げ込んだ虫があっという間に溶けて食われたのを見たことがある。

 

当然皮膚に触れたら一気に食いついてくるだろう。

だがこのタイツを着ていれば、硫化水銀の作用で食われなくなる。

 

以前、弱体化したスライムに纏わりつかれそうになった事があったが、タイツに触れると同時に煙を立ててスライムは引いた。

 

それを考えると現状これが効率的な配置に思える。

 

さらに、安全を考えて与ダメージを減らすと、スライムから反撃される回数や危険性が増えてそちらの方が危険に感じる。

 

「まあそこら辺は小夜ちゃん用のタイツができてから考えよう。

とにかく今のうちはこれで、」

 

「分かった・・・」

 

二人共不承不承という感じに頷く。

 

「じゃあ帰ろうか」

 

そう言って、帰ろうとする、

と、小夜ちゃんが腕を取ってきた。

 

 

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由亞ちゃんも触れようとしたが、下に硫化水銀タイツを着ている事を思い出したのか手を引っ込めた。

 

なので新しいビニール手袋をはめて由亞ちゃんの手を握った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

そろそろ春休みも終わる。

クラス替えで小夜ちゃんと別れないといいなと思いながら、3人で歩いていった。

 




まさかの初討伐すっとばし、

なお本職がこれを見たら複数の意味で発狂する模様

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