登校して、下駄箱で上履きに履き替えるとすぐに、私は走り出した。
別に走る意味など、何もない。先生に見つかれば、またお説教をくらうだけだ。
ただ、この体に溢れるエネルギーは、わずかでも放出される機会を見付けると、すぐさま体を突き動かすのだ。
「ちわース!大空スバル!登校っス!」
教室のドアを勢い良く開けて、大声で朝の挨拶をする。毎朝のことだが、みんな律儀に驚いて、こちらを見てくれる。
「おはよう、スバル。今日も元気だね」
「今日も雲一つない、青空ブレインだよね」
友人達に呆れられていることは察しているが、この大声と、じっとしてはいられない性格はどうしようもない。
「そんなことないっス!スバルの脳みそにも、悩みというクラウドがかかることがあるっス」
「へえ、スバルが悩み事なんて珍しい。というか、初めて?何があったの?」
「エイちゃん、聞いて欲しいっス!スバルの家が、燃えたっス!」
一瞬、教室の中が静寂に包まれる。しかし、すぐにクラスメイト達は笑いだした。
「そっかあ、燃えちゃったかあ、大変だー」
思い切って打ち明けた悩みであったが、皆の反応を見る限り、家が燃えるくらい大したことではなかったらしい。
「そう、大変なんスよ!しかも火災保険が切れているのに手続してなくて、保険金も降りないらしいっス。スバルはもう、この学校に通えないかもしれないっス、あっはっは!」
自分の悩みは大したことではないと知り、安心した私は大声で笑ったのだが、なぜか今度は、皆の顔が凍り付いている。
「え、嘘なんでしょ?スバルちゃん、本当なの?あんな元気に教室に入ってきて、それはないよね?」
「スバルは嘘なんてつかないっス!幸い近所への延焼はしなかったけど、家は麩菓子みたいになった大黒柱しか残っていないっス!」
静まり返った教室に、自分の大声だけが響き渡る。皆の反応がおかしい・・・つい先ほどまでは、いつもどおり私の大声を、苦笑いで聞いてくれていたのに。
「そ、それで、スバルちゃんはこれからどうるするの?」
「そうっスねえ、とりあえず働かないとならないっス。昨日は家族でホテルに泊まったんスけど、ずっとホテル暮らしできるお金もないみたいっスから、お金が必要っス」
私が話すほど、教室内の空気は重くなり、しだいにすすり泣く声まで聞こえてきた。私は慌てて、さらに大きな声で話してしまう。
「だ、大丈夫っス!学校には、しばらくこれなくなるかも知れないっスけど、いっぱい稼いでちゃんと帰ってくるっス!」
「でも・・・スバルちゃん、仕事は決まっているの?住む所もないんじゃ、かなり稼がなくちゃならないと思うんだけど・・・」
「それは・・・決まってないっス、けど・・・」
私の声は次第に小さくなり、教室の静寂に溶け込むように消えていった。
「大丈夫よ!スバルちゃん。こんな事もあろうかと、じつは私、とあるアイドル事務所のオーディションに、スバルちゃんを勝手に応募しておいたの!書類審査は通っているから、後は面接だけ。芸能界で活躍すれば、家なんてすぐに買えるわよ!」
俯いた私の肩を強く掴み、友人のエイは、突拍子もないことを言い出した。
「ええ!?アイドルっスか!?」
「そうよ、スバルちゃんの溢れ過ぎるエネルギーは、総合格闘技部のマネージャーくらいじゃ発散できないと思って、勝手に応募しておいたの。まさに渡りに船ね!」
「でも・・・スバルはアイドルになるなんて考えた事もないっス」
「大丈夫よ、スバルちゃんは、すでにこの学校のアイドルなんだから!そのままのスバルちゃんで。あとはシュバシュバ言っていればなんとかなるわ!」
「そ、そうなんすか!?初耳っスけど。なんか出来そうな気がしてきたシュバ」
「そうよ!不幸をバネに、スターダムを駆け上がるのよ!」
詳しく話を聞くと、面接は今日だった。私は友人の熱意に乗せられ、深く考えることも無く面接に行く事にしたのでした。
放課後、私はエイからもらった地図を頼りに、面接会場へ向かう。
「はあ、緊張するっス・・・エイちゃんも自分で勝手に応募したなら、せめてついてきてくれればいいのに・・・」
初めて降りる駅の通りを歩きながら、地図と一緒にもらったパンフレットに目をおとす。
【ホログラムライブ タレント募集】
映像の世界から、現実世界への進出を可能にしたNEO3DCG。まるで実在の人物としてファンともふれあえる、3Dバーチャルアイドルとして活躍しませんか?
配信活動は専用機器の中で行いますが、自分の仮想キャラクターを舞台の上で、まるで現実の自分自身のように、自由自在に動かすことができます。
ライブ会場の空気、ファンの熱気、駆け上がる自分の鼓動を、もう一人の自分を通じて、現実のように体感しながら活動できる、新世代3Dバーチャルアイドル。
それがホログラムライブです。
・アイドルになりたいけど、自分に自信がない。
・皆に隠れてアイドル活動をしたい。
・なんでもいいからお金を稼ぎたい。
そんな方は、是非ご応募下さい。
募集要項は裏面へ
「新世代3Dアイドルって、なんなんスかね。まあ正体を知られずに活動できるってところはありがたいっスけど」
独り言を言いながら十五分ほど歩くと、目的地に到着した。
アイドル事務所と聞いていたので、大きくて華やかな外観をしたビルを想像していた。しかし、辿り着いたのは、昭和の初期からそこに佇んでいるような、古ぼけた二階建ての建物であった。
入り口のドアは手動で、入るとすぐに階段が現れ、そこに立札が置かれてある。
〔面接にお越しの方は、二F第一会議室へお通り下さい〕
土足のままでいいのか迷ったが、特に下駄箱やスリッパもないので、靴を履いたまま建物の中へ入った。
今時の照明は殆どがLEDなのに、廊下を照らす灯りは古い蛍光灯で、廃墟を思わせるヒビ割れたリノリウム素材の床を、不気味に照らしている。
「こ、これがアイドル事務所なんスか?まじで幽霊とか出そうっス」
無駄に横幅の広い階段を昇り、二階へ上がる。階段から一番近い部屋が、第一会議室であった。