先輩をたてているのか、ミコが考えているあいだ、他のメンバーは黙って微笑みながらミコを見つめている。
「わがった!一日二回、ホロスタイルとリンクすると、便秘になるにぇ!」
便秘は困るよね、とメルだけが頷いているが、他のメンバーは苦笑している。
「ほんとにぇ!そして一日三時間以上リンクすると、下痢になるんよ」
もはや最後は自分でも諦めたように、ミコは言った。
「ミコさま、嘘はだめよ」
ミコの思案中に食堂に入ってきたちょこが、優しくミコをたしなめる。
「うむ。嘘だにぇ」
適当なことを言っても、決して威厳のある格好は崩さない。さすがゼロ期生であった。
しかし、私はすでに確信していた。この人は……ポンコツだ。
「私達がホロスタイルのリンクに制限をかけられているのは、それ以上のリンクは、演者が現実と仮想の境界線を見失ってしまう可能性があるからよ」
お尻の尻尾を振りながら、ちょこは私の隣に座り、説明してくれた。
「境界線を見失う?」
「そう、ホロスタイルでの体験って、とてもリアルでしょ?だから、あまりに連続使用してしまうと、今の自分が生身なのか、仮想のホロスタイルなのか、わからなくなってしまうらしいの。脳が勘違いして、超人的な自分の姿が、現実だと考えてしまうのね」
確かに、私はホロスタイルにリンクしたとき、ときどきあまりにリアル過ぎる体験に、怖くなることがあった。
「スバルは、メビウスの輪って知ってる?」
「ミコ、知ってりゅ!」
威厳を取りもそうとしたのか、ミコが大声でちょこの話に割り込んだ。
「チョコのかかった、輪っかのお菓子でしょ!?」
「さすがミコさま。ポンコツなのに、とりあえず言ってみようという姿勢は、尊敬いたします」
「でへへへへ」
ちょこに頭を撫でられ、嬉しそうに目を細めるミコであった。
「メビウスの輪というのは、一本のリボンを途中でひねって、端と端をくっつけてできる、二つの円でできた輪のことよ。無限のマークみたいな感じかしらね」
「その輪が、なんなんっスか?」
「この輪は、表と裏の区別がつかないのよ。表から辿れば、裏に行きつく。裏から辿れば、表に行きつく。表と裏、どちらがどちらかわからない」
ホロスタイルとリンクし過ぎると、現実である(表)と仮想である(裏)がねじれてつながり、区別をつけることが出来なくなる。表だと思って歩いていたのに、いつのまにか裏を歩いている。仮想だと思っていたものが、実は現実だったら……
「だからホロスタイルとリンクする時間や回数は制限されているのよ。人間の脳は一度寝ると整理されるから、連日で操作するぶんには、あまり問題はないとされているけど」
私も聞いた話なんだけど、とちょこは付け足した。
「うむ、ミコの言ったとうりだにぇ」
「いや、言ってないだろ」
もはやゼロ期生相手でも、ためらわずにツッコミをいれるようになってしまった。
「おそらく、僕たちが戦ったホロスタイルの演者は、一日の大半をホロスタイルとリンクしているんじゃないかな。可哀そうだけど、軍事利用されて、洗脳されているのかもしれない。他のイントゥルーダーの演者達も……」
ロボコの言葉に、皆が黙り込んだ。
「でも、同情はしていられないんだよね。私達が戦わなければ、彼らはこの国を侵略して、罪のない人達に危害を加えるんだから。彼らの近隣諸国ではもう、NEO3DCGを使用したと思われる紛争が、何度か起こっているみたいだし。イントゥルーダー相手なら、普通の軍隊でも撃退することはできるだろうけど、あの炎の翼をもったホロスタイルに襲われたら、たくさんの人が焼かれてしまうかも」
真剣な表情で、フブキが言う。
食堂に、重い空気が流れる。自分たちが負った使命の重さを、みんな改めて考えているようだ。
私は、本当に世界を救うなんてできるのだろうか。当たり前だが、そんなことを考えたことはなかった。それはみんな、同じであろう。
戦争や戦闘なんて、遠い世界の出来事で、それこそ仮想現実での出来事だと思ってしまうほど、この国は平和なのだ。
しかし、世界では、確実に戦争は存在し、たくさんの犠牲者がでている。
それが現実。
この国だけが、いつまでも平和でいることが出来る保証は、どこにもない。
平和というバーチャルが、はがされる瀬戸際に、私たちはいるのだ。
「みんな顔をあげるにぇ!」
沈黙を破り、突然、ミコが大きな声を上げた。
「スバちゃん!私達の本業はなんにぇ!?」
「え?えーと、バーチャルアイドル……スか?」
私の返事に、ミコが深く頷く。
「そう、アイドル!アイドルがそんな不安な顔をして、誰を楽しませることができるにぇ!」
ミコの言葉で、みなが重い思考から解き放たれたように、前を向いた。
「そうだよねえ、メルたちはアイドルなんだから、笑顔でいなきゃ」
「そうね、ホロスタイルを強くするのは、リンクしている時間の長さだけが問題じゃないんだから。ファンの思いが、なにより私達を強くするのよ」
ちょこは満足気に微笑んだ。
食堂に張り詰めていた緊張はあとかれ、みんないつもどうりの明るさを取り戻してきた。
「そうだよ、僕たちには、ファンがいて、仲間がいるんだから。絶対、負けないよ」
ポンコツだと思っていたが、ミコの影響力は「ホログラムライブの顔」と言われるのに、相応しいものであった。
「まあ、最後は誰かがなんとかしてくれるにぇ」
影響力はあっても、自分でする気はあまりないようであった。
「ミオさまたちが、逃げたホロスタイルの行方を追っているみたいだけど、多分、敵がどこから電波を送って、具現化しているの割り出すのは、難しいでしょうね。今日はもう敵も襲ってこないでしょうから、解散しましょう」
ちょこの提案で、それぞれ配信部屋や、家に帰る準備をはじめた。