気温はゆうに氷点下を下回り、陽射しに照らされた氷の結晶が、キラキラと美しく空を舞う。
そんな場所に水着で訪れるのは、お笑い芸人か、アイドルしかいないであろう。
「あじまーるよ、あじまあるよ~あじまるあじまるあじまるあじまる」
「にゃっはろー今日はスバちゃんと、温泉にきています」
「いやー雪に囲まれた温泉に入るなんて、風流っスねぇ」
「えー現在の気温はー。えーマイナス六度。ミコの鼻水も凍っております」
「シュバシュバシュバ、こんな晴天なのにこの寒さ、こんなときに欲しいものと言えば、なんですかね?ミコさん」
「お金にぇ」
「ばか!ちげえだろ!」
「お金は全てを解決するにぇ!、大金持ちだったら、こんな仕事受けてないにぇ!」
まずい、寒さでミコが壊れている。
「わあー見て、見て、ミコチ!目の前に、とっても温かそうな温泉が!」
私は慌てて、台本を修正する。
「うお!凄い湯気にぇ!、スバちゃん!ぐつぐつ音がするにぇ!」
「確かに。煮えてねえかこれ?本当に入って大丈夫か?」
この寒さのなか、目の前に温泉があれば、普通はすぐにでも飛び込むであろう。
しかし、辺り一面を白く染めるほどの湯気を上げる、この温泉の温度は、推して知るべきであった。
「さあ!スバちゃん、先に行くね!」
「いや、ここは先輩から、お願いするシュバ」
「先輩の言うことがきけにゃいね!?」
「うるせえ!こんな熱湯に入れるか!客なんて誰もいねえじゃねえか!」
二人で押し合いをしていると、雪に足を滑らしたミコが、頭から温泉へと落下した。
「あっちゅ!あっちゅ!」
「ミコチ大丈夫か!?」
私は溺れたようにもがくミコに、手を伸ばした。
「ばか!引っ張るな!ああああ!」
ドボンと音を立てて、私は煮えたぎるよな温泉に、引きずり込まれた。
「あちー!離せミコチ!」
「助けてスバちゃん!あっちゅ!あっちゅ!」
「うおおお!」
「がぼがぼがぼ」
体にしがみつくミコを温泉に沈め、私はなんとか温泉から這い上がった。
「はーい、スバルさんの負けでーす」
温泉の淵で這いつくばり、息を荒くしている私に、エイは非情な敗北宣告をした。
「はあー!?」
「では、スバルさんには罰ゲームを受けていただきます。どうぞ!」
エイの合図で、四方からホースで放たれた水が、私にかけられた。
「ばか、ばか、やめろって!寒い!寒い!あああああ!心臓があああ!」
「ふふん、ミコを沈めたバチが当たったにぇ」
初めてミコと共演する案件は、想像以上に地獄であった。
ホロスタイルとリンクしていられる三時間みっちりと、さまざまな高温の温泉に入れられた。そして基準がまったくわからない判定で、罰ゲームとして雪に埋められたり、川で泳いだりするはめになった。
撮影が終わり、配信装置から出たときは、全身がぐったりと疲れていた。
体は配信装置で横になっていただけなのに、繰り返される熱さと寒さによって、脳はそうとう疲弊したらしい。
服を着て食堂にいくと、椅子に座ってボーと口をあけながら、天井を見つめるミコがいた。
「ミコ先輩、お疲れさまっス」
「スバちゃんお疲れ、大変だったにぇ」
ミコが手足をパタパタさせながらこちらを見た。
「酷い目にあったス。ホロスタイルは痛みを軽減して演者に伝えるって言ってたのに、熱さや冷たさは別なんすか?」
「ホロスタイルには戦闘用と、アイドル活動用の二つがあるにぇ。指令書によって変わるにぇ。アイドル活動用は、特別な力は働かないんよ」
知らなかった。じゃあ、私は生身と変わらない感覚で、あの寒さと熱さを経験していたのだ。どうりで、ぐったりとするわけだ。
「しかし、こんなことばかりしてていいんっスかね?敵は全然現れないっスけど」
私がホログラムライブに入団してから半年が経ったが、出撃したのは未だに二回だけであった。
「私が入団してから、敵が攻めてきたのは十回ぐらいにぇ。そう簡単にホロスタイルの量産なんて、出来ないにぇ」
「でも、ちょくちょくやってくるのはなんなんスかね?しかも決まって人気の無い場所ばかりに」
「おそらく、自分たちの作った、イントゥルーダーの性能を試しているにぇ」
そして、とミコは言う。
「私たちとまともに戦えるイントゥルーダーが出来たら、奴らはここに攻めてくるにぇ」
「え?ここに?」
「にぇ。奴らはこの施設にある残りのホロスタイルと、研究成果が喉から手が出るほど欲しいに決まってるにぇ」