建物に入ってから、誰とも会っていない。本当にここはアイドルの面接会場なのであろうか。もしかしたら、部屋に入った瞬間取り押さえられて、そのままどこかへ売られてしまうのではないか。
そんな想像が、頭の中を駆け巡る。
「いや、スバルはエイちゃんを信じるっす、いつも通り、元気にいくっス!」
第一会議室の前に立ち一度大きく深呼吸をすると、ドアをノックし、返事を待たずに勢いよくドアを開けた。
「ちわーっス!大空スバル!面接を受けにきたっス!」
勢いよく室内に足を踏み入れると、入り口と反対側の窓を背にした席に座る、穏やかな顔をした中年男性と目が合った。
「やあ、どうも。大空スバルさんだね。どうぞ、お掛け下さい」
男性が座る席の、正面に置かれたパイプ椅子を勧められ、私は部屋をキョロキョロと見回しながら腰を下ろす。
「ようこそ面接へお越し下さいました。私、エヴァー株式会社社長の、矢郷と申します」
男性は控えめな笑顔で、自己紹介をしてくれた。
アイドル事務所の社長というと、もっとチンピラみたいだったり、究極進化したオタクを想像していたが、思わぬ紳士の登場に、私は気が抜けてしまった。
「あ、ども。大空スバルっス」
「さっそくですがスバルさん、スバルさんはどうしてホログラムライブのオーディションに応募されたんですか?」
おお、いきなり名前で呼んできた。しかし親近感を覚える笑顔のせいか、不快な感じはしない。
「はい、友達が勝手に応募しました。あと、お金が欲しいっス」
「なるほど、どうしてお金が必要なのですか?」
「実は、家が火事になりまして、新しく住む家が必要なんです」
「それは、なんて大変な目に・・・」
突然、矢郷は目を伏せると、肩を震わせはじめた。
いやいや、涙もろ過ぎじゃね?本当かどうか分からない女子高生の話で、大の大人が泣くなよ!
「あ、あ、大丈夫っス!幸い近所への延焼は無かったし、怪我人も出ていないっスから!」
すすり泣く矢郷を慰めるために、私は必死に明るく振舞った。
「分かりました。ホログラムライブの活動は楽ではありません。アイドルの活動の他に、地球を守らなくてはなりませんが、それでもやってもらえますか?」
「え?地球を守る?ボランティアもあるってことっスかね。それなら大丈夫っス。スバルは困っている人は見過ごさないっス!」
自信満々に答えてから、ふと自分の頭の中の冷静な部分が警鐘を鳴らしていた。
(地球を守る?)
「よし!それでは契約成立です!ようこそ、ホログラムライブへ!」
私の疑問をさえぎるように、矢郷は勢いよく立ち上がると、机の端っこに設置されていた電話の受話器を取り、どこかへ電話を掛けた。
矢郷の通話が終わるとすぐに、部屋の扉が開く音が聞こえた。この建物に入って、はじめての矢郷以外の人物の気配である。他にも人が居たことがわかり、私は少し安堵した。
私が入ってきた人物を確認するために、振り返ろうとしたそのとき、相手のほうから先に声を掛けてきた。
「スバルさん、合格おめでとうございます」
「エイちゃん!?」
聞き覚えのある声に驚いて振り返ると、そこにはスーツを着た友人のエイが、ファイルを片手に立っていた。
「エイちゃん、どうしてここに?それにその恰好は?」
「ごめんなさいスバルさん、実は私、このエヴァー株式会社の社員なんです」
突然の告白に、思わず私は目も口も開きっぱなしで、急に大人びた友人を見つめた。
「私が転入生なのは覚えているでしょう?私は色々な企業や学校に入り込んで、ホログラムライブの一員になれる人材を探す、エージェントなの」
「じゃあ、エイちゃんは女子高生じゃなかったんスか?だから化粧が濃か・・・」
「黙りなさい!小童!私は仕事のためならなんでもする、真のプロフェッショナルなのよ!」
エイの剣幕に、私は思わず直立不動になった。
「まあまあ、落ち着いて下さい。スバルさん、騙すような事をして申し訳ない。しかし、私達にはどうしてもあなたの力が必要なのです」
「スバルが?でも、スバルは声が大きいだけで、他に特技なんてないっスよ?」
「そんなことはありません、NEO3DCGを操作することが出来る人間は、限られています。私の調査では、スバルさんにはNEO3DCGに適合出来る、素晴らしい才能が備わっています」
矢郷の横に立ったエイが、手にしていたファイルを開き、目を落とす。
「ほ、本当っスか?スバルにそんな凄い才能が有るなんて」
「ええ、キャラ作りの為に、高校生にもなって自分のことを名前で呼んだり、語尾に(ス)を付ける所なんて、他の人ではなかなかで出来ません(笑)」
「言うなや!」
「他にも、暗い過去を隠すために、学校では能天気キャラを演じているのに、登下校中はずっと俯いて歩いているとか(苦笑)」
「殺せ!ひと思いに殺せよ!」
私はいったいどこまで調査されているのだろうか。高校から新しい生活を始めようと、必死に勉強をして、知り合いのいない都内の進学校にかよっているのに。
「まあまあ、とりあえずスバルさんには、実際にNEO3DCGを体験してもらったほうが早いんじゃないかな」
床でのたうち回る私をみて、見かねた矢郷が口を挟む。
「そうですね、ではスバルさん、こちらへ」
アイデンティティーを撲殺された私は、もはやアイドルになるどころではなかったが、NEO3DCGがどういうものなのか気になったので、はいずりながらエイの後について行った。