部屋の外に出るのかと思ったが、エイは会議室の壁に向って歩き出すと、ヒマワリの絵が入れられた額縁を持ち上げる。
額縁で隠されていた壁の一部には、小さなタッチパネルが設置されており、エイが何か操作をすると、音もなく会議室の壁が左右に割れた。
「すげー、隠し部屋っすか?」
「いえ、これはエレベーターですよ。スバルさんはこれから、エイさんと共に、地下の配信部屋へ行ってもらいます」
「配信部屋?」
聞き慣れない言葉に、不安になる。
「行ってみれば分かりますよ。では、エイさんお願いします」
どうやら矢郷は一緒に来ないらしい。私は恐る恐る、エイに続いてエレベータに乗り込んだ。
エレベーターに設置されているモニターには、3DCGキャラクターのライブ映像が流れている。
「あ、このキャラ知ってるっス」
「トキノソラね。ホログラムライブの0期生で、初めてNEO3DCGを動かした子よ」
「そうなんスか。でも、最近はずっと活動休止しているって聞いたっス。ここにいれば会えるんスか?」
「そうね、会えるかもしれないし、会えないかもしれない」
「なんスかそれ?」
エイの曖昧な返事が気になったが、質問を続ける前にエレベーターの扉が開いた。
エレベーターの扉から続く廊下はとても長く、突き当りまでは五十メートルはありそうであった。そして長い廊下の左右に、多くの扉が並んでいる。
「すげー、いったい何部屋あるんスか?というか、明らかに地上の建物の面積より広いんっスけど・・・」
照明も明るいLEDだし、地上の廃墟みたいなビルはなんだったのだと思ってしまう。
「部屋の数は五十だったかしら?この会社の技術は、世界でも類を見ないものだから、秘密保持のために、実際の活動や研究、開発はこうして地下施設で全て行われているの」
私の前を歩きながら、エイが説明してくれる。
「まるで秘密結社っスね、もしうっかりこの場所を誰かに話しちゃったら、どうなるっス?」
冗談半分で聞いたつもりであったが、エイは真剣な表情で振り返った。そして右手に握った鉄の塊を、私のお腹に押し付ける。
「え、エイちゃん、冗談っスよね?」
「冗談では済まないのです。スバルさん、この施設の秘密は、世界の在り方を変えてしまうかもしれないほど、重いものなのです。冗談でも、この施設のことを他の人に話してはなりません。もちろん、家族にも。いいですか?」
「はい、忘れました。私は何も見てません」
無意識に両腕を上げて、私は素の状態で答えた。お腹に押し当てられた鉄塊の重厚感が、決して遊びで使うものではないことがわかったからだ。
「いや、忘れられても困るんです、これからここで働いてもらうんですから」
「いや、やっぱりスバルにはアイドルなんて無理っス、ウーバーイーツの配達員になるっス」
「仕方ありません。それじゃあ私は引き金を引くしか・・・」
「やります!スバルは日本一のアイドルになります!」
「まあ、何位でもいいんですけど」
エイはため息をつくと、鉄塊をジャケットに仕舞い、歩き出した。
「さあ、この部屋がスバルさんの配信部屋です。中へどうぞ」
もしかしたら、連れて行かれたその先は、拷問部屋かもしれない。そんな想像をしていたため、恐る恐る部屋の中を覗く。
「右手のドアはシャワールーム、その奥がお手洗いね。食堂に行けば、いつでも無料で食事ができるし、飲み物も飲み放題よ」
通された部屋は想像と違い、キレイな家具付きのワンルームであった。
「すげー、テレビもソファーもパソコンもある。ここで暮らせそうっす」
「メンバーの中には、本当にここで暮らしている人もいるわよ。でもスバルさんには、家族で住める家を会社で用意します」
「本当っスか!?ありがたいっす!スバル、死ぬ気で働くっす!」
さすがはアイドル事務所!太っ腹!などと思いながら部屋に入ると、部屋の奥に置かれた、大きな楕円形の家具が目についた。銀色の大きな卵、そんな感じのフォルムであり、上部がハッチになっているらしく、今はパカッと開いている。
見慣れない家具に、私の視線は釘付けになった。
「あれはなんスか?卵型ベット?酸素カプセル?」
「あれがNEO3DCGを動かすための装置ですよ」
エイはそう言うと、テーブルの上に置かれたパソコンのモニターをつけた。
「そしてこれが、スバルさんが操ることになるNEO3DCG、しぐれうい教授によって作成された『ホロスタイル 二・五 DUCK』です」
モニターに映し出されたのは、帽子を被った、小柄なショートヘアーの女の子であった。
「かわいいー、スバルはこの姿になって、アイドルとして活動をするんスね?」
「そうです、スバルさんはホログラムライブ二期生の最後の一人として、このホロスタイルで活動してもらいます」
「最期の一人ってことは、もう他に同期の人がいるんスか?」
「はい、二期生の募集は五人。四人の仲間が、すでにホロスタイルで活動を・・・」
話の途中、エイの携帯電話が鳴りだした。