カプセルのハッチが閉められると、一切の光が遮断され、暗闇に包まれた。自分の体も目に写らず、自分の心音と呼吸音しか聞こえない。
目を閉じると、しだいに身体全体が毛布にくるまれたかのように暖かくなってきた。
眠りに入る直前の、抗うことのできない心地よさが、私の意識を何処かへ連れ去ろうとする。
いつの間にか、私は宇宙を漂っていた。いや、宇宙に行ったことがあるわけではないので、自分がイメージする宇宙みたいな空間だろうか。どこまで続く真っ暗な空間に、小さな光がいたるところに散りばめられている。
遠近感というものがなくなってしまったのか、その光は掴むことが出来そうなほど近くにあるようで、決してさわれない遠くの明かりのようでもあった。
時々見る、とても現実的な夢のようだ。ありえない状況だと認識しながら、現実ではないとわかっているから、その状況に疑問を持たない。
どうすることも出来ず、ただ空間に浮かぶ光を眺めていると、小さな光はやがて、私の目の前に集まり出した。
それは一瞬だったようにも、一つ一つの光が重なり合うのが、はっきり見えたような気もした。そして集まった光は、一軒家なみの大きさの砂時計となり、私の前にそそり立った。
砂時計を見上げると、時計はゆっくりと回転を始め、上部と下部が入れ替わる。
上部の空間から零れ落ちる黄金色の砂が、舞うように下部の空間に降り注いでいく。
「きれいっスなあ・・・」
一体何の時間を計っているのだろうか。
私は飽かずに舞い落ちる黄金色の砂を見つめた。やがて、最後の砂の粒が、降り積もった砂の上に辿り着いたとき・・・
「いらっしゃい、スバルちゃん」
突然、名前を呼ばれて私は目を開いた。いや、もともと目を閉じていたのか、開いていたのかも定かではないのだが。
「ホログラムライブへようこそ!初仕事、がんばろうね!」
ポニーテールの女の子が、目の前で、満面の笑みで私を見つめてそう言った。髪の香りが分かるほどの近さだ。
「あ、ども、よろしくお願いするっス」
「スバルちゃんはみんなと会うのは初めてだから、順番に自己紹介しようか」
「みんな?」
自分の置かれた状況を整理する間もなく、矢継ぎ早に話をすすめられる。
少女から視線を離して周りを見渡すと、他に四人の女性が私を見ていた。
「じゃあ、私から。ホログラムライブの清楚担当、一期生の海色まつり。ホロスタイル 一・二 CHIAの演者だよ」
自己紹介とともに、まつりはVサインをでポーズを決めた。
「一期生!?先輩っスか?」
ポニーテールの少女が先輩と分かり、私は直立不動になる。
「やだなあ、そんなにかしこまらないでよ、先輩っていっても、私もホログラムライブに入って、まだ一年も経ってないし。実際はスバルちゃんの方が、年上かもしれないんだし」
「いや、体育会系の部活では、先輩後輩の上下関係は絶対っスから」
「そっか、スバルちゃんの、中の人は体育会系なんだ」
「中の人?いや、まあマネージャーなんすけど」
「じゃあ、次は私の番ね」
大人びた優しい声と共に、金髪をツインテールにまとめた女性が、一歩近づいてきた。
「アローナー、ホログラムライブの癒し系ハーフエルフ、アキ・ローゼンタールよ、まつりちゃんと同じ一期生。ホロスタイル 一・三 POWERの演者、お酒が大好きなんだけど、スバルちゃんはお好き?」
「いや、スバルはまだ未成年で、お酒は・・・」
「あら、残念。成人したら、一緒に吞みましょうね」
そう言うと、アキは顔を近づけてウインクをした。
「はあー色っぽいすなー。アキ先輩は大人の香りがするっス」
アキ先輩も、まつり先輩も甘くていい匂いがした。匂い?私はいまホロスタイルを操縦していて、実際の体はあのカプセルの中にいるのに、ちゃんと匂いが感じられる。
「凄いっス、本当に自分がここにいるみたいっス」
「凄いでしょ?味も匂いもちゃんとするんだよ、本当の自分は配信装置の中にいるのに、不思議よね。でもホロスタイルでいくらお酒を呑んでも、酔わないの。不思議よねー」
呑んだことがあるのか・・・ホロスタイルは髪の匂いや体臭までするのかと思うと、私は急に自分の体臭が気になった、まさか、汗臭かったりしないよな・・・
「ちょっと、なに自分の匂いを嗅いでるのよ?へんな趣味でもあるの?」
いたずらっ子を絵に描いたような、魔女帽子をかぶった女の子が、怪訝そうな顔をして近寄ってきた。そして、私の近くで鼻をひくひくと動かす。
「うわ!くさ!」
「嘘だろ!?いや、本当でもふつう言わないだろ!」
「www」
「いや、くさじゃねーんだわ!言葉にならないほど臭いのかよ!」
私は自分の体を抱きしめるようにして体をひねり、女の子から距離を取った。
「冗談よ、無臭だったわ。いや、でもちょっと・・・」
「言うなや!」
このクソガキ!と言いそうになったが、もしかしたら先輩かも知れないので、ぎりぎりで歯を食いしばった。
「冗談よ、冗談、私は紫咲シオン。あなたと同期の二期生、ホロスタイル 二・二 WITCHの演者よ、よろしくね!スバル」
馴れ馴れしいが、無邪気に笑う顔はどこか憎めず、差し出された手を握って握手をした。
「シオンの手、暖けーな」
「え、なにそれ、気持ち悪い」
「このクソガキ!」
私はホロスタイルが、相手の体温を感じることが出来るのを感心したのであったが、シオンは変態を見るような目で、私の手を離した。