「Present for you 〜arrange〜」   作:鐘餅

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一話

 AI史における歴史の転換点、それを修復し人間とAIの戦争が起こる百年後の未来を変えるシンギュラリティ計画も二回目を終えた。

 マツモトは眠りについたのか、あれ以来姿を現すこともなく、ヴィヴィもサンライズでの一件が嘘のように、歌姫としてのいつもの日常を過ごしている。

 そして今日この日も、ニーアランド、その中のちっぽけな片隅の小劇場にて、舞台に立つのだ。

 

「ディーヴァ!」

「ディーヴァ、ディーヴァ!」

「ディーヴァ、最高の歌を聞かせてくれ!」

「ああ、早く会いたいよ、ディーヴァ!」

 

 ヴィヴィの姿がないというのに、歓声は既に舞台裏にまで聞こえていた。

 ここ最近席は埋まりっぱなしだった。この調子なら、客は外にまで溢れかえっていることだろう。

 我ながら、本当に最初の時とは全然違うな、と思う。

 自然と喜びのエモーションパターン。

 ヴィヴィの首筋に浮かぶOGCのマークが青くゆっくりと明滅し、無意識の興奮を現す。

 ――ただちょっとだけ、この光景をモモカに見せられないのが、残念だけど。

 

 舞台に上がる前に、人間のように頭で内容を思い返すみたいに、自機の状態を把握し、事前チェック。

 服装よし。髪型良し。

 歌唱機能、問題なし。

 歌う曲もすべて入っている。後は予定通りに熟すだけ。

 

 ヴィヴィは無表情の顔を柔らかくするよう、接客プログラムの規定に沿って、口角を僅かに上げた。

 こうすることで、元々人間に好感を与える見た目が、更に効果的に映るのだ。

 所謂営業スマイルという奴である。

 しかし先程も言った通り、まあ嬉しいのは本心だったし、笑顔がすべて嘘というわけではない。何よりお客様が自分の歌を楽しんでくれることは、ヴィヴィにとってはささやかな幸福だった。

 

「皆様、お待たせしました。ますます人気急上昇、その歌声は日々進化しております。ニーアランドの歌姫型AI、ディーヴァの登場です!」

 

 アナウンスが開始を告げる。

 ワアアアアアア!!

 ヴィヴィが登場すれば、途端、更に一斉に湧き上がる歓声と拍手。やはり席はすべて埋められ、外にまで人が……いや、これは想定以上の人数だ。

 席に着けなかった客が何十人も地べたに座り、あるいは周りに立ってぎゅうぎゅうに詰めていて、小劇場内に入れずとも大勢の人間がその側にある露店の周囲に集まり、少しでも良いからヴィヴィの歌を聞こうとしている。

 

 ヴィヴィの中で驚きのエモーションパターンが広がる。しかし、機械に緊張という二文字はなく、プログラムは機体を厳かに礼させる。それから、トークを一言、二言、音楽が流れ出し、彼女は早速歌を歌う。

 

 始めの曲はゆっくりとした静かなバラード。

 その次はアップテンポの元気なポップス。

 人口声帯から作り出される美しい歌声が、小劇場に響き渡る。

 柔らかな部分は弱く繊細に、盛り上がる部分は叙情的に、激しい曲調でもお手のもの。まさに計算され尽くした、AIならではの人間業を超える歌唱力だ。

 しかし、それでもヴィヴィは初期の歌姫型AI。

 無論、データはアップデートされているし、常に改良は加えられているが、綺羅星の如き新型の後輩達に比べると、その歌声は些か見劣りする部分が多い。ぶっちゃけるとこの時点でロートルも良いとこだ。

 

 けれど、何故、ここまで人々は自分の歌を聞いてくれるのだろう。

 心が篭っているように見えるのだろうか。

 よく分からない。

 ただ先程と一転、客は静まり返り、ヴィヴィの歌声だけを感じてくれている。

 ヴィヴィもお客様達と一体となり、繋がっている確かな感覚を持った。もっともっと皆を幸せにしたい。

 

 最後の曲、サビが最高潮に達する。

 ヴィヴィは歌声を更に響き渡らせた。人間の限界を遥かに超えた声量。圧倒される観客。そして静かに静かに、余韻を残らせるように弱くなって……、ピアノのイントロがぽろん、と鳴って曲の終わりを伝えた。

 

「ご清聴、ありがとうございました」

 

 汗もかかず、声も乱さず、最初の時のように美しく礼をするヴィヴィ。観客は初め、惚けたように黙っていたが、やがてパチ……パチ……と一人一人と手を叩き、その内それは波のように全体に広がって、一際大きな歓声共に拍手喝采となる。

 

 ヴィヴィは頭を上げて僅かに微笑んだ。

 過去のログと比較して分かる。今日は、今まで一番、最も大盛り上がりを見せた日であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――このままではいけない。

 それがニーアランド運営上層部の言葉であったという。

 そのことを聞かされた時、初めはとても驚いたものだ。

 何かやらかしたかと、一瞬不安になった。しかしどうやら違うらしい。スタッフは皆喜びの笑顔を向け、口々にヴィヴィを褒めるのだ。

 

「すごいよ、ディーヴァ! 遂に努力が報われたんだ!」

「流石、私達のディーヴァさん! いつかこんな日が来ると信じて……うう」

 

 中には感動のあまり泣いている人までいる始末。

 何が何だか分からない。

 ヴィヴィはスタッフ達に「もう大袈裟ですよ」と言いつつ、困惑の表情を浮かべ続け――と、そこで丁度やってきたのだろう。

 一人の男性職員がこちらに向かってくる。

 ヴィヴィは自然と、その顔のデータを検索、照合。

 合致した。

 やはり運営上層部の人間だ。

 彼はスタッフ達と同じように和やかに笑いながら、しかし軽く周りに注意した。

 

「これこれ。気持ちは分かるが、皆。あまりディーヴァを困らせてはいけないよ」

「はーい」

「分かりました。ごめんね、ディーバ」

 

 上司からの指示で、ある者は軽く笑い、ある者は不服そうに、スタッフ達はヴィヴィから距離を取る。

 代わりに男性職員が前に立つと、すっとヴィヴィと握手をした。

 

「始めまして、ディーヴァ。いつも君の歌を聞かせてもらっているよ。いやはや、とても素敵な歌声だ」

「ありがとうございます。お褒め頂き光栄です」

「君はニーアランドの誇りだ。君がここの歌姫である事を、自慢に思う」

 

 そう言われ、ヴィヴィの首筋のマークが青く点滅。これは喜びの感情だ。自然と口元は緩くなる。

 

「それでは早速だが、本題に入ろうか。ナビ」

「はいはーい」

 

 近くの端末から、面倒臭そうな女性の声が聞こえた。

 ニーアランドの従業員を日常的にサポートしているナビゲーションシステム。通称ナビである。ヴィヴィもここに来てから何度も世話になっている、大変口の悪い先輩AIであった。

 この時も彼女はやはり気怠けな口調で、

 

「じゃ、手短に説明するわよ。まずはアンタも知ってるわよね? ニーアランドの工事の話」

「ええ」

 

 ヴィヴィは肯首。

 現在ニーアランドでは、昨今のAI技術発展の影響を受け、更なる顧客増加を狙うべく、全敷地内の施設を新しく改築、または増設するプロジェクトが進んでいた。既にエリアは拡張され、あちこちで工事が始まっている。今まさに、ニーアランドは生まれ変わろうとしているのだ。

 

「それに伴って、ステージが増設されることになってんのよ。つまりね、ディーヴァ。アンタのためだけに、新しい舞台が用意されるってことなのよ」

「私のためだけに……?」

「そう。当然、あんな小劇場とは比べ物にならない程設備は良いわ。そんで、今の部屋も老朽化が酷いから、別のグレードアップした部屋にお引越し。服も新衣装。良かったわね」

 

 そう最後に、適当な言葉で言い終わるナビ。

 引き継ぐ様に男性職員が続ける。

 

「ディーヴァ。君は今や、ニーアランドを代表する歌姫だ。君の歌を聞くためだけに足を運ぶお客様もいらっしゃる。私達上層部は、君をもっと大勢の前に売り出すべきだと感じた」

 

 ――だからこのままいけない。

 もっと歌姫ディーヴァに相応しい場所を。

 その名声に見合う待遇を、サポートを。

 そのためのステージ増設だと、男性職員は語る。はっきりとした形で、ヴィヴィの歌が上層部に認められたのだ。それを周りは我が事の様に喜んでいたというわけである。

 ヴィヴィとしても、これ程嬉しいことはない。

 ヴィヴィは職員の言葉を聞いて、驚くと共に誇らしく思った。

 まだまだメインステージには立てないが、それでも着実に、その階段を登っていけている。

 

(モモカ)

 

 今は亡き大切な友人へ、そして初めてのファンへ、ヴィヴィは心の中で話しかける。

 もう少しだよ、と。もっともっと頑張るから、と。

 

 ――その時何故か走った、演算の乱れには気づかずに。

 

「新ステージのお披露目は半年後を想定している。その間、ステージチェックにリハーサル、ボディのメンテナンスやインタビュー。仕事が目白押しだ。これからもっと忙しくなるぞ」

 

 何処か興奮した様に男性職員は今後の予定を伝えた。

 後で聞いた話によると、彼もヴィヴィの歌を愛するファンなのだという。そのため、ヴィヴィのサポートが出来る今の仕事が楽しいらしく、これから先のヴィヴィの活躍を想像して浮かれている様だった。

 

「よろしく頼むよ、ディーヴァ。初ステージを必ず良いものにしよう」

「はい」

 

 ヴィヴィもまたワクワクしていた。不安はあるが、使命を果たせることが、AIたる自分の存在意義を満たす喜びに繋がる。

 

「そうそう。そこでなんだが、一つお願いがあるんだ」

 

 と、ふと、男性職員は付け加える様に言った。

 何だろうと首を傾げるヴィヴィ。

 

「初ステージ、最初に歌う曲を君が決めてくれなかな?」

「私がですか?」

「これは君の思いをお客様に伝えるステージだからね。出来るだけ君が望む様な形でステージを作り上げたいんだ」

 

 男性職員はそう言って、期待を込めた眼差しを向けた。

 彼はファンとしても、上司としても、ヴィヴィの意志を尊重しようしているのだ。

 

「そういうことだから、考えておいて。何、期限ギリギリになっても構わない。いつでも待っているからね」

 

 そうして、男性職員は去っていった。

 残り半年。

 その間に出さなければならない難題が、いきなり湧いて出てきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうすんのよ」

 

 新しく引っ越したばかりの部屋。

 椅子に座り、机の前で端末を弄っていた時、ふと側にあったランプが明滅し、ナビが話しかけてきた。

 ヴィヴィは手を止める。

 しばらくの沈黙の後、逆に問いかけてしまった。

 

「……どうしたら良いと思う?」

「どうしたら良いと思うって……」

 

 ナビはそれを聞いて呆れた声を出す。そして溜息をついてから、

 

「アンタさあ、分かってんの? もう時間なんてないの、さっさと決めないとやばいんだって!」

 

 あれよあれよという間に、事は順調に運んでいった。仕事も概ね滞りなく、トラブルもなしにスムーズに予定は進められ、結果、気が付けばあれから五ヶ月だ。

 ステージはいよいよ完成間近になっていて、後は細かい部分をどうするかという段階に入っている。

 だと言うのに、一番大事であろう、ステージで歌う曲が全然決まっていないのだ。原因は言うまでもなく、ヴィヴィがまだ答えを出せていないからであった。

 

「まったく。そりゃあたし達AIは使命に対して直向きになるもんだけどさ。物事には期限ってもんがあんのよ、期限ってもんが。そこんとこ分かってるの?」

 

 ナビのお叱りは最もだ。

 迷惑をかけている事実を改めて自覚し、ヴィヴィは項垂れる。皆、大丈夫だよと余計に気を使うので、その分罪悪感も大きかった。

 

「ていうか、そもそも何を悩んでんのよ。そんなのサクッと決めれば良いじゃない。歌での感情表現は得意なんでしょう?」

「ええ。……そうね」

 

 ヴィヴィの取り柄は歌うこと。

 喋るよりも、歌うことの方が、より気持ちを表せる。だから、いくら心を込める方法が分からずとも、今の気持ちに合う様な曲を検索し、その中から最も相応しい曲を決めるだけで事足りる。

 しかし……、

 

「その肝心の、伝えたい事が分からないの」

「はあ? 何で?」

「……それも分からない」

「ちょっと、しっかりしてよ」

 

 ナビの途方に暮れた声。

 しかし分からないものは分からないのだ。

 ヴィヴィとしても頭を抱えたい気持ちだった。

 

 せめてもの抵抗として、過去貰ったすべてのファンレターを読み返し、お客様に対する当時の気持ちを思い起こしている。

 端末を操作していたのはそのためだ。昔と違い、紙が貴重になった現在、ファンレターは電子メールで送るのが主流となっていた。

 勿論、大量に送られてくるファンレターの中で、ヴィヴィに届くのはほんの一握りだ。形が変わっても、悪質な手紙が混じっているのは、百年前も今も変わらない。ましてやヴィヴィは、国内有数のテーマパーク、ニーアランドの歌姫なのだ。特に厳重にチェックが重ねられ、身元が確かな人物のものからしか、ファンタレターは読めないようになっていた。

 その審査を潜り抜け、つい先日、直近で送られてきた手紙がある。

 

「……」

 

 ヴィヴィは端末を見つめた。

 そこには添付された写真データが開かれている。

 映っていたのは、送り主である茶髪を長く伸ばした女の子。サンライズで別れて以来、しばらく経つが、見ない間に随分と大人っぽくなった。マツモトが入っていたあの青い古びたぬいぐるみを持っていて、もう一方の空いた手ではVサインを作っている。その表情は満面の笑みだった。

 

「それってさ、ユズカだっけ。モモカの妹の」

「ええ」

「なんて手紙には書いてあったの?」

「……ステージ、見にきてくれるって」

 

 これまでの近況、サンライズでの一件への感謝、そして応援メッセージ。それが綺麗な文章で綴られていた。その最後は、「PS.お姉ちゃんに新ステージの報告をしました」。

 ちなみに手紙では“歌姫ディーヴァ”は“ヴィヴィ”と呼ばれている。

 

(本当なら、ユズカの隣にモモカも……)

 

 ユズカの姿を見ると、どうしてもヴィヴィは想像せずにはいられなかった。

 大きくなったモモカ。笑ってくれるモモカを。

 きっと良い姉になっていただろうと思う。

 友達もたくさん出来ただろう。モモカの未来は可能性の塊だった。

 でも、あの時……死ぬと分かっていながらもヴィヴィは助けられなかった。

 シンギュラリティ計画とはそういう旅だ。彼女が犠牲になったのは、ある意味仕方ないことだ。

 ……思う部分は未だあるが、今のヴィヴィはそう納得している。だからきっと、この思いは余分な感傷以外の何物でもない。下手すれば使命を歪めかねない――でも無視することも、消すことも出来ない……まるで延々とハウリングを起こしてるような、そんな絶妙に気持ちが悪くて仕方がない、複雑な感情だった。

 

「絶対に成功させないとね」

 

 しばらく沈黙していると、ふと、珍しく優しい声でナビはそう言った。

 その事に少々驚くヴィヴィだったが、次に「そうね」と同意する。

 

「そのためにも、ちゃんと決めなさいよ?」

「分かってる」

「本当に?」

「勿論、だって私は――ちょっと待って、ナビ」

 

 言い終わる途中で通信が入った。

 ヴィヴィはナビに待つ様に言ってから、無線で応える。相手はどうやらスタッフの様だった。

 

『何でしょう?』

『ごめん、ディーヴァ。こんな時間に。実は伝えたい事があるんだけど――』

 

 それから少し悲しげな声で、スタッフが告げた。

 

『ドクターが、このニーアランドを辞めてしまうらしい』

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