「Present for you 〜arrange〜」   作:鐘餅

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三話

「……どうして」

 

 ヴィヴィはしばらく固まるという、AIらしくない反応をしてしまっていた。

 当然、その間思考も止まっていて、再度演算しても、頭の中を埋め尽くすのは、何故彼らがここにいるのか、という疑問と動揺。

 特に中年男性の方は、モモカが死んで以来、今まで一度も会っていなかったため、ヴィヴィとしては気まずいものがある。だが、当時の顔に加齢予想の演算をすると、今目の前にいる彼になるのだ。どんなに否定したくても、紛れもなくこの男性は、モモカの父親だった。

 

「……えへへ、来ちゃった」

 

 そんな困惑しているヴィヴィに少女が――ユズカが恥ずかしそうに微笑む。それはサンライズで別れた時と変わらない、愛らしい笑顔だった。そしてその隣でモモカの父親が申し訳なさそうにしている。

 

「すみません、ヴィヴィさん。このような形で突然来てしまって……」

「……いえ、そんなことは」

 

 ヴィヴィはモモカの父に、やんわりと迷惑でないことを伝える。

 実際、嫌悪の感情は全くと言って良いほどないのだ。むしろ嬉しい気持ちの方が強い。ただ、陽電子脳の奥、何故か少し、ショートしてるみたいなモヤモヤがあるだけで。

 

「あの、これはどういった……」

 

 ヴィヴィはそのアイカメラを、すぐに男性職員へ向けた。

 男性職員もまた、モモカの父同様、少しすまなさそうな顔をしていた。

 

「まずは一言謝らせてもらおう、ディーヴァ。こんな時間帯に、しかもメッセージもなしに驚いたことだろう」

「……はい」

「だがね、今の君に必要なことだと感じたんだ。これはナビの判断によるものだよ」

「ナビが……?」

「そうよ」

 

 瞬間、ステージの向こう、ぶっきらぼうな女性の声が響いた。どうやらオフにされていた機材のスピーカーを無理矢理乗っ取り、話しかけてきているらしい。

 ヴィヴィはそちらの方を向き、もう一度「ナビ……」と呟いた。

 

「どうしてそんな演算を……?」

「……話、ドクターから聞いたの」

 

 ナビは短く答えた。

 ヴィヴィは予想外の名前に驚いた。反応して首筋のOGCのマークが青く明滅した。

「ま、薄々予想はしてたけどね」ナビはボディがあったら肩を竦めてるだろう口調で言い、

 

「アンタのことだから、あの子のことを重く考えてるんじゃないかって。だからまあ、なんていうか。一応どうにかしなきゃいけないと思ってたのよ」

 

 そうして、まるでわざとらしく、ぶっきらぼうに溜息を吐くナビ。

 ヴィヴィは存外くすぐったく思った。

 ナビに心の内を知られることがこんなにも恥ずかしいとは。また同時に、心配させてしまったことに対する罪悪感が生まれる。

 だが、ナビは気づいているのかいないのか、無視して話し続けた。

 

「そんな時だった。丁度ね、ディーヴァに会いたいってモモカのお父さんから連絡が来たの。アンタに伝えようか迷ったけど、やめておいたわ」

「……何で?」

「アンタは断ってしまうだろうから」

 

 途端、ヴィヴィは眉を顰める表情パターン。声が少し責めてるみたいな調子になった。

 

「どうして、そう思ったの?」

 

 するとナビはもう一度溜息。

 でもさっきと違って困ったからではなく、ただ気まずさが理由で思わず出てしまったみたいな、人間みたいな感情表現だった。

 

「あたしさ、この事をドクターに相談したのね」

「……ドクターに?」

「だってアンタがスタッフの中で一番話してるの、あたしかドクターだし」

 

 つまりはドクターこそが、ヴィヴィの理解者だと考えたらしい。それにAIである以上、ナビも点検が必要で、ドクターには度々世話になっているから、話しかけやすかったのだろう。

 

「ドクター、言ってたわ。ディーヴァは歌を決めれないこと……モモカのための歌を歌えないことを、恐らく恥じているんじゃないかと。だからこそ合わせる顔がなくて、避けしまうんじゃないかって」

「……」

「けれど会わせなければいけない。これは必要なことだともドクターは言っていた。……あたしも、同感だった。アンタはあの子と……モモカと向き合わなきゃ駄目なのよ」

 

 ヴィヴィは思わず、ドクターの顔を思い浮かべた。今は色々と忙しく、この場にいない老人を。

 それから、中年男性の持つモモカの遺影を見つめた。

 そこには生前と同じ、少女の眩しい笑顔が、時をそのまま閉じ込めたみたいにあった。今にも声が聞こえてきそうだ。

 

 ――「ヴィヴィ、来たよ」

 

 ――「ヴィヴィ、今の歌良かったね」

 

 ――「ヴィヴィ」

 

 ――「ヴィヴィ、いつかもっと色んな人に――」

 

(モモカ)

 

 ヴィヴィは何度そうした様に、モモカのことを思う。

 呼び声が聴覚センサーから離れない。

 たとえ幻聴と分かっていても、より一層懐かしく、彼女がその場にいるみたいに感じるのだ。

 

「ヴィヴィさん」

 

 と、そこでモモカの父はヴィヴィに話しかけた。

 彼はやっぱり申し訳なさそうな顔のまま、でもヴィヴィの目をしっかり見ていた。側で娘が、心配そうな顔をしている。

 

「あまりナビさんを責めないでやってください。これは私の我儘でもあるのです」

 

 モモカの父ははっきりとそう言った。どういうことだと疑問が浮かぶと……「怖かったのです」。

 小さな声で、彼は呟いていた。

 

「ヴィヴィさんに会えないのではないかという恐怖。もし断られでもしたらどうしようかと不安で堪らなく……また、お恥ずかしながら、ここに来るまで行くべきかどうか、迷っていました。だって今更すぎますましたから。貴女にどんな顔をすれば良いか分からなかった」

「……」

「私は、このまま話をなかったことにしたかったのです。だから方々にまで許可を貰っておきながら、直前までヴィヴィさんにお伝えするのを、止めてほしいとお願いしました」

 

 そこでモモカの父の視線が、少し男性職員に向けられた。恐らく彼の権限によって、モモカの父とユズカは、この場にいることを許されているのだろう。

 しかし男性職員は、まるでどうということでもないと、静かに首を振った。本当に善意しか感じられなかった。おかげかモモカの父は感謝する様な、また安堵したかの様な目となり、そうして心の底から恥じるみたいに、ヴィヴィへ二度めの謝罪の言葉を紡ぐ。

 

「すべては私の都合です。本当に……本当にすみません。ですが、どうかお願いします。貴女と向き合わせてください。これ以上貴女から――娘から逃げたくないのです。どうか、どうか……」

 

 切なる思いを吐露し、深々とモモカの父は頭を下げた。ユズカはそんな父に悲しそうな顔を浮かべ、「ヴィヴィ」と、こちらに声をかける。

 

「ヴィヴィ、お父さんを許してあげて。お父さんもずっと苦しんできたの。お父さん、毎日毎日、お姉ちゃんの仏壇の前で話しかけて、どうすれば良いか悩んでて。だから……」

「ユズカ」

 

 それ以上の言葉は必要ないとばかり、ヴィヴィはユズカの名を呼ぶ。

 ユズカがハッとした。モモカの父が顔を上げた。怯えたみたいな表情だった。

 

(ああ……)

 

 それを見て、同じだと、ヴィヴィは何故か思った。

 今のモモカの父は、どうしてだがヴィヴィとそっくりだ。彼も彼で、ずっと罪悪感でいっぱいだったに違いない。

 

(……やっと分かったわ)

 

 ヴィヴィはようやく自覚した。

 確かにこの思いは引け目、罪悪感だ。

 ドクターは正しかった。

 ずっとずっと、心の中でヴィヴィはユズカに――そしてモモカの父に会いたくなかった。……正確に言うと、嬉しいと思うのは前に言った通り事実で、それでも、モモカを助けられる距離にいたのに、助けられなかった……それがしこりとなっていたのだ。

 それはシンギュラリティ計画への覚悟を決めてから、時と共にますます大きくなった。顔向け出来ないと思った。事実を言うわけにいかないけど、責められるみたいな気持ちになって、申し訳なく感じていた。

 

(けど、本当は避けちゃいけなかったんだ。避けたことで、モモカのお父さんを傷つけた)

 

 本来なら、こちらからもっと早く出向くべきだったのだ。それがモモカを見殺しにしたヴィヴィの責任で、そうすればモモカの父は、こんなにも長い間苦しまずに済んだのではないか。そしてヴィヴィ自身もきっと、気持ちの整理が付けたはず。

 

 ヴィヴィは愚かな自分を責めた。もうモモカの父に対し、同じ過ちは繰り返さない。彼の思いを無駄になんて出来るわけがなかった。

 

「霧島さん」

 

 ヴィヴィはステージから降りて、モモカの父に歩み寄った。モモカの父の目には、相変わらず怯えがある。でもヴィヴィは優しく包み込む様に言った。

 

「私も貴方と向き合わせてください。どうか、私と話しをして下さいませんか?」

「……ヴィヴィさん」

 

 モモカの父は少し涙ぐむような声を出した。

 その瞬間、

 

『――大切なのは、自分の心と向き合うことだよ』

 

 何故か脳裏に、そんな言葉が響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 それからヴィヴィは、小劇場に来る前のように、ユズカとモモカの父、二人と共に、ニーアランド内を歩いた。

 すっかり外は暗くなっていた。

 灯りは街灯、それにほんの僅かに差す青い月明かりのみ。

 風も強くなってきた。ヴィヴィは靡く水色の長髪を抑え、モモカの父達に話す。

 

「ここら辺は、新しい拡張エリアなんです。目当てはお化け屋敷。AI制御によって、毎日内容が変わるんですよ」

「へえ、面白そう。全部バーチャル?」

「ええ。そうです。場合によっては疑似的な感触が再現されたりとかしてるんですよ」

「いやはや、昨今の技術は目覚ましいですね。モモカと一緒に来た時は、そんなのありませんでしたよ……」

 

 施設を案内すれば、二人とも驚いたり興味深そうにしてくれた。

 今日はよく晴れているので、視界はそんなに悪くなかった。

 

 やがて、大きな通りに差し掛かる。普段は多くの人で賑わう場所だ。こうして無人なのは少し奇妙に感じる。

 通りの両脇には、様々なアトラクションが並んでいた。シューティングに、メリーゴーランド、それからフリーフォール……その中でも一際目立つのは、大きなコンサートホールみたいな建物だった。自然とヴィヴィ達は近づき、その建物を見上げる。

 

「増設されるステージって、まさか……」

「はい、ここです」

 

 ヴィヴィは頷いた。

 

「広そうですね。何人入るんでしょうか」

「メインステージ程ではありません。それにいくつかのステージに細かく分かれてて、私が歌うのもその中の一つです。せいぜい二百程度でしょう」

「それでも、やっぱりヴィヴィは凄いよ。流石、ニーアランドの歌姫だね」

「ありがとう、ユズカ」

 

 褒められて悪い気はしない。

 ヴィヴィは柔和な笑みを作った。……と、そこでぽつりと、モモカの遺影を建物に向けたまま、モモカの父は言った。

 

「上から目線みたいですが、ヴィヴィさんはあの頃から、大きく成長なさったんですね」

「……そう見えますか?」

「はい。沢山努力したのだろうことが伝わってきます」

 

 モモカの父はヴィヴィと顔を合わせた。

 

「ヴィヴィさんはモモカのために、頑張ってくれたんですね。娘との約束を覚えていてくれて、ありがとうございます。きっとモモカも喜んでくれてますよ。娘をこの場所に連れてこられて良かった」

「……っ」

 

 ヴィヴィの胸は、それだけのことでいっぱいになった。涙を零す代わりに顔をくしゃりとさせて、

 

「こちらこそ……です。モモカのお陰で、私は今まで……」

「そうですか。貴女方AIは本当に……義理堅い方ばかりだ」

 

 何か思うところがあったようで、モモカの父はしばし、目を伏せた。それから覚悟を決めるように言う。

 

「ヴィヴィさん」

「……はい」

「私はこれから、貴女にとって酷いことを言います。私が貴女に対し、今まで感じてきたことです」

 

「構いませんか?」そう確認してくるモモカの父。ヴィヴィは静かに、はいと答えた。

 しかし、ギョッとしたようにユズカが目を見開いた。本気なのかと父親に視線を向ける。

 

「お父さん」

「良いんだ。ユズカ。これは私とヴィヴィさん、双方にとって大事なことなんだ。なんせヴィヴィさんに向き合うと言った手前、逆に言わなければ失礼にあたる」

「……」

「……ありがとう。お前が側にいるから、私はこうして、ヴィヴィさんの前に立っていられるよ」

 

 モモカの父は、娘へと感謝を告げて、改めてヴィヴィと向き合う。モモカの遺影もこちらを向いた。まるで幽霊から見つめられてるみたいな、変な感じだ。

 自然と緊張して、ヴィヴィはアイカメラを逸らせずにいた。

 モモカの父は静かに告げた。

 

「ヴィヴィさん。私は正直言って、この十数年間、貴女のことが嫌いでした。見たくもありませんでした」

「それはモモカとの思い出の中に、私がいたからですか?」

 

 少し震えた声で尋ねれば、モモカの父は曖昧な言い方で肯定した。

 

「そうとも言えます。しかし、それだけではありません。貴女がAIだから、嫌いだったのです」

「……私がAIだから?」

 

 思わず聞き返してしまう。モモカの父はこくりと頷いた。

 

「私はユズカを預かり、妻を娘と一緒に飛行機に乗せました。羽を広げさせたくて、何よりモモカとの時間を作ってあげたくて、遊びにいかせたのです。しかし結果として、私は大切な二人を失ってしまいました。あの頃のことを思い出すだけで、今でも胸が張りさけそうになります。たまに夢にまで見る始末です」

「……」

「ですが私にはユズカがいました。いつまでも悲しんでなどいられません。仕事を始め、普段通りの日々が始まり……そんな中でAI達と接す機会は多くありました」

 

 むしろAI達と話さない日はなかっただろう。

 この時代、何処もかしこもAIが入り乱れてる。まるで人間のように。

 

「しかしAIの方って、人間とはまるで違うんですよね。前は気にならなかったのですが、AIの方は前の記憶のことを、やけに鮮明に話すんですよ。人間ではあり得ないほど曖昧な部分もちゃんと覚えてるんです」

「そうですね。私達AIの記憶は、劣化しませんから」

「はい。でも正反対に人間である私は、どんどん昔のことを忘れてしまうんですよ。毎日仕事で忙殺される中、いつの間にか記憶の中から、娘の輪郭は消え失せてしまいました。もう声すら簡単に思い出せないんです」

 

 モモカの父の口元には、自嘲が浮かんでいた。

 ドクターの話では、人間の悲しみは時間と共に薄れるのだという。きっとモモカの父もそうだったのだろう。しかし彼はそのことが許せなかった。それで今日までずっと苦しみ続け――

 

「……ええ。認めましょう。恥ずかしことに、私は貴女が羨ましく、妬ましかったのです」

 

 モモカの父は、己の浅ましい感情を告白した。

 

「いつまでも変わらない貴女。当時のモモカを覚えている貴女。そのままであり続けるヴィヴィさんを見ていたら、自分の中の変化を受け入れることになる気がして、嫌でした。――私は貴女のことがどうしても嫌いでした」

「霧島さん……」

「ですが、貴女はサンライズで、ユズカを助けてくれたそうですね」

 

 ヴィヴィはユズカに顔を向けた。

 どうやらユズカはすべて話したらしい。恥ずかしそうにしていた。

 

「そこでの出来事を聞いて……思ったのです。思ってしまったのです。もしかしたら、私以上にヴィヴィさんは辛いのではないかと。AIの方は記憶を忘れられないから。それなのにヴィヴィさんはユズカを助けてくれて、ぬいぐるみまで託してくれて……私は貴女から逃げたのが恥ずかしくなってしまいました」

 

 彼はいつの間にか涙ぐみ始めていた。我慢できず顔を伏せ、遂には口元に手で覆っている。

 

「これが貴女に向き合おうと思った経緯です。本当に、なんと申し上げれば良いのか分かりません。自分が情けない限りです……」

 

 彼は嗚咽を漏らし始める。

 父は娘に支えられていた。涙は後悔と感謝が詰まったものだった。ユズカは父の背を摩りながら、自分もまた礼を伝える。

 

「私も、ありがとうを言わせて、ヴィヴィ。貴方が助けてくれたから、私はお姉ちゃんの分まで生きれる。私達親子は前を向ける。貴女が未来をくれたの、ヴィヴィ」

「……」

 

 その真っ直ぐで暖かな気持ち。ヴィヴィは息を飲むモーションを実行していた。

 

 思うのはたった一つ。

 ――ここまで……ここまで言ってくれるのか。

 命を助けたという、そんな当たり前のことで。

 礼を言うのはこちらの方なのに。

 

「……すみません、霧島さん。謝らせてください。私も――私も貴方達のことを、無意識に避けていました」 

「……?」

 

 ぽつりと呟かれた言葉に、父と娘は揃って首を傾げた。

 ヴィヴィはドクターの話を思い出しながら、そして自覚した自身の思いを浮かべながら、答える。

 

「私にとってモモカは、ちゃんと歌を届けられた初めての人。亡くなってとても辛かった。だから貴方達と会うことで、逸らしていた悲しみに目を向けたくなかったのです」

 

 ――それに、私もまた、妬ましかったのかもしれない。

 

「何故ならAIは人間より多くの記憶を持っていられるけど、でもただそれだけだから。人間のように変化が少ないし、時間に取り残されてしまう。私は貴方方に会うことで、自分がそのままだということを、実感したくなかったのです」

 

「……、そうですか」

 

 話を聞いて、モモカの父は、遺影を抱きしめる手にぎゅっと力に込めていた。それなのに涙は止まっていて、ユズカに支えられるのを止めている。そうして、何度も何度も「そうだったのか、そうだったのか」と呟き……やがて何処かしこりが取れたみたいに、安堵の表情を浮かべていた。

 

「私もヴィヴィさんも……我々は互いに、真逆のことで悩んでいたのですね」

「……ええ」

「こう言っては何ですが、てっきり、罵られると覚悟しておりましたから、そのようなことで悩んでらっしゃたとは驚きでした。……そういうところは、我々人間も、AIも、変わらないかもしれませんね」

「変わらない……」

「一緒なんですよ。“心”というものは」

「……」

 

 ヴィヴィは心について思いを馳せた。いつもいつも考える、心を込めるということ。その根底は、人間とAI、どっちも同じだというのだろか。

 だったら――

 

「霧島さん、ユズカ。一つ質問してよろしいでしょうか」

「はい。何でしょうか?」

「もし貴方方の目の前に、モモカいるとして。その時はどうな思いを伝えますか?」

 

 ヴィヴィは問いを投げかけた。

 二人はしばらくの間考えるような仕草をし、互いの顔を見合わせてから……父の方が、笑顔で答えた。

 

「感謝です」

「感謝?」

「この世界に生まれてきてくれたこと。色んな思い出をくれたこと。今でも私達を見守って、支え続けてくれること。その出会いと別れ、すべてにありがとうを言いたいです」

 

 その言葉を聞いた途端、ヴィヴィの躯体の中で様々な感情や記憶が駆け巡った。

 喜び、悲しみ、絶望、希望。

 モモカの笑顔。ドクターとの別れと、霧島親子の唐突な再会。AIと人間の在り方。

 そうして思い出される、シンギュラリティ計画での数々の出来事は――

 

(これだ)

 

 すべてが凪のように静まった時、ヴィヴィは既に、欠けていたピースを自身で埋めていた。

 それはシンプルな答えだった。気づけばなんてことない。いつも歌で伝えている、ごく当たり前のことだった。

 

「ヴィヴィさん?」

「……、いえ何でもありません。ありがとうございます」

 

 心配そうにするモモカの父親とユズカに、ヴィヴィは平静を装い、そう言った。すると彼らは不思議そうにしたものの、それ以上は何も言ってこなかった。

 そして、意を決したように、今度はそちらから質問してきた。

 

「私達も、一つ聞かせてください。何故ヴィヴィさんは、あの時サンライズにいらっしゃったのですか?」

「それは……」

 

 ヴィヴィは答えられない。シンギュラリティ計画のことを話すわけにはいかないからだ。そうして沈黙していると、「答えられないのであれば、構いません」と続けられた。

 

「誰しも一つは二つ、人には言えない秘密があるものです。ヴィヴィさんにも、色々な事情があったのだと思います。ですが、もしあの時のように、重大な事故に遭うようなことがあったら……」

「そうだよ、ヴィヴィ。ヴィヴィは私達親子にとってとても大切な人だから、危険な真似はやめて欲しいの」

「……」

 

 彼らのヴィヴィを案ずる気持ちは、本物だった。彼に本当のことを言っても、納得出来ないだろう気配がある。……もしかしたらヴィヴィの行動は、人間からしてみれば、とても不可解なものなのかもしれない。人間は縛られず、自由に生きる生き物だから。

 だが、ヴィヴィはAIなのだ。

 AIは使命に殉ずる。私は、計画を完遂させなければならない。

 でも――でも、この人達だけは安心させねば。

 

「……はい。気をつけます」

 

 ヴィヴィは曖昧に微笑む。それに気づかず、親子は安堵の笑みを浮かべる。

 AIと人間、両者の心は同じでも、やはり考え方には大きな差があるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ヴィヴィが出ずとも、既に会場内の席は埋まっていた。いつもより多くの熱が立ち込め、観客は今か今かと歌姫ディーヴァの登場を待っている。

 ヴィヴィはその光景を、舞台裏から見ていた。首筋のOGCのマークは、歓喜からか、ゆっくりと青く点滅していた。

 

「あー、あー」

 

 ヴィヴィは実際に声を出して、歌唱機能を確認した。

 身にまとう衣装は最新のもの。裏ではスタッフ達が目まぐるしく動きながら機器をチェックし、ヴィヴィと顔が合えば、激励の言葉をくれる。

 

「いよいよだね」

 

 ドクターが話しかける。

 ヴィヴィの希望で、彼は特別にここからステージを見届ける。あの男性職員が気を効かせてOKしてくれた。

 

「……答えは見つかったかな?」

「はい。ドクターのおかげで」

 

 ヴィヴィははっきりと言う。

 ドクターはほっとしたように頷いた。それだけでもう、両者の間には答えが交わされている。

 

「でもさあ、本当にこの曲歌う訳?」

 

 ふと近くの端末から、女性の声が響いた。

 ナビだ。今更決定に意を唱えないが、正気を疑うように聞いてくる。

 

「ちょっと場違いなんじゃないの? これってあれじゃない。本当ならもっと違う場面での……」

「私は意外で良いと思うけどね」

「うっそ、マジで!?」

 

 信じられないとばかり、びっくりするナビ。

 ヴィヴィはその反応に笑った。

 と、そこでスタッフの一人がヴィヴィを呼んだ。

 

「ディーヴァ! そろそろ出番だよ!」

「ほら、しゃんとしなさいよ」

 

 ぶっきらぼうにナビが、激励の言葉をくれる。ドクターは優しい目で送り出してくれた。

 

「皆様お待たせしました、歌姫型AI、ディーヴァの登場です!」

 

 アナウンスに従い、ヴィヴィはステージへ歩んでいく。湧き上がるいつも以上の歓声。

 

「ディーヴァ!!」「ディーヴァ!!」「ディーヴァ!!」――「ヴィヴィ!!」

 

 その中に、目立たずとも違う名前を叫ぶ二つの声を、繊細な聴覚センサーでヴィヴィは拾う。見れば霧島親子だった。精一杯応援を飛ばしている。

 

(ねえ、モモカ)

 

 ヴィヴィは所定の位置まで歩きながら、モモカに心の中で話しかける。

 

(どうして私が、モモカヘの気持ちが分からなくなったんだと思う?)

 

 ――それはね、きっとシンギュラリティ計画のおかげで、使命を果たせる機会が増えたからなんだよ。

 それはまるで、貴女の死を肯定してるみたいだった。

 

(だから私は迷ったんだ。果たして今のままで良いだろうかと。ひょっとしたら、私は使命のために、貴女を犠牲にしてしまったんじゃないかと)

 

 ――でもね。それは違ったんだ。

 

(私はそんなことしてなかった。何故なら貴女は、私と共に歌ってくれてたから)

 

 今のヴィヴィがあるのは、モモカのおかげなのだ。モモカの支えでヴィヴィはここまで来れた。

 ――出会いも別れも、全部貴女の導き。

 貴女の生きたすべてに、祝福を。

 

「……」

 

 いつの間にか所定の座標に着く。

 優しい曲が流れる。

 プロジェクタからCGが投影され、白い鳥達が一斉にステージ内を飛んでいく。

 

 ヴィヴィは手を広げ、人口声帯から歌を紡いだ。その曲の名は――

 

 ――短編「Present for you 〜arrange〜」

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