「Present for you 〜arrange〜」 作:鐘餅
「……どうして」
ヴィヴィはしばらく固まるという、AIらしくない反応をしてしまっていた。
当然、その間思考も止まっていて、再度演算しても、頭の中を埋め尽くすのは、何故彼らがここにいるのか、という疑問と動揺。
特に中年男性の方は、モモカが死んで以来、今まで一度も会っていなかったため、ヴィヴィとしては気まずいものがある。だが、当時の顔に加齢予想の演算をすると、今目の前にいる彼になるのだ。どんなに否定したくても、紛れもなくこの男性は、モモカの父親だった。
「……えへへ、来ちゃった」
そんな困惑しているヴィヴィに少女が――ユズカが恥ずかしそうに微笑む。それはサンライズで別れた時と変わらない、愛らしい笑顔だった。そしてその隣でモモカの父親が申し訳なさそうにしている。
「すみません、ヴィヴィさん。このような形で突然来てしまって……」
「……いえ、そんなことは」
ヴィヴィはモモカの父に、やんわりと迷惑でないことを伝える。
実際、嫌悪の感情は全くと言って良いほどないのだ。むしろ嬉しい気持ちの方が強い。ただ、陽電子脳の奥、何故か少し、ショートしてるみたいなモヤモヤがあるだけで。
「あの、これはどういった……」
ヴィヴィはそのアイカメラを、すぐに男性職員へ向けた。
男性職員もまた、モモカの父同様、少しすまなさそうな顔をしていた。
「まずは一言謝らせてもらおう、ディーヴァ。こんな時間帯に、しかもメッセージもなしに驚いたことだろう」
「……はい」
「だがね、今の君に必要なことだと感じたんだ。これはナビの判断によるものだよ」
「ナビが……?」
「そうよ」
瞬間、ステージの向こう、ぶっきらぼうな女性の声が響いた。どうやらオフにされていた機材のスピーカーを無理矢理乗っ取り、話しかけてきているらしい。
ヴィヴィはそちらの方を向き、もう一度「ナビ……」と呟いた。
「どうしてそんな演算を……?」
「……話、ドクターから聞いたの」
ナビは短く答えた。
ヴィヴィは予想外の名前に驚いた。反応して首筋のOGCのマークが青く明滅した。
「ま、薄々予想はしてたけどね」ナビはボディがあったら肩を竦めてるだろう口調で言い、
「アンタのことだから、あの子のことを重く考えてるんじゃないかって。だからまあ、なんていうか。一応どうにかしなきゃいけないと思ってたのよ」
そうして、まるでわざとらしく、ぶっきらぼうに溜息を吐くナビ。
ヴィヴィは存外くすぐったく思った。
ナビに心の内を知られることがこんなにも恥ずかしいとは。また同時に、心配させてしまったことに対する罪悪感が生まれる。
だが、ナビは気づいているのかいないのか、無視して話し続けた。
「そんな時だった。丁度ね、ディーヴァに会いたいってモモカのお父さんから連絡が来たの。アンタに伝えようか迷ったけど、やめておいたわ」
「……何で?」
「アンタは断ってしまうだろうから」
途端、ヴィヴィは眉を顰める表情パターン。声が少し責めてるみたいな調子になった。
「どうして、そう思ったの?」
するとナビはもう一度溜息。
でもさっきと違って困ったからではなく、ただ気まずさが理由で思わず出てしまったみたいな、人間みたいな感情表現だった。
「あたしさ、この事をドクターに相談したのね」
「……ドクターに?」
「だってアンタがスタッフの中で一番話してるの、あたしかドクターだし」
つまりはドクターこそが、ヴィヴィの理解者だと考えたらしい。それにAIである以上、ナビも点検が必要で、ドクターには度々世話になっているから、話しかけやすかったのだろう。
「ドクター、言ってたわ。ディーヴァは歌を決めれないこと……モモカのための歌を歌えないことを、恐らく恥じているんじゃないかと。だからこそ合わせる顔がなくて、避けしまうんじゃないかって」
「……」
「けれど会わせなければいけない。これは必要なことだともドクターは言っていた。……あたしも、同感だった。アンタはあの子と……モモカと向き合わなきゃ駄目なのよ」
ヴィヴィは思わず、ドクターの顔を思い浮かべた。今は色々と忙しく、この場にいない老人を。
それから、中年男性の持つモモカの遺影を見つめた。
そこには生前と同じ、少女の眩しい笑顔が、時をそのまま閉じ込めたみたいにあった。今にも声が聞こえてきそうだ。
――「ヴィヴィ、来たよ」
――「ヴィヴィ、今の歌良かったね」
――「ヴィヴィ」
――「ヴィヴィ、いつかもっと色んな人に――」
(モモカ)
ヴィヴィは何度そうした様に、モモカのことを思う。
呼び声が聴覚センサーから離れない。
たとえ幻聴と分かっていても、より一層懐かしく、彼女がその場にいるみたいに感じるのだ。
「ヴィヴィさん」
と、そこでモモカの父はヴィヴィに話しかけた。
彼はやっぱり申し訳なさそうな顔のまま、でもヴィヴィの目をしっかり見ていた。側で娘が、心配そうな顔をしている。
「あまりナビさんを責めないでやってください。これは私の我儘でもあるのです」
モモカの父ははっきりとそう言った。どういうことだと疑問が浮かぶと……「怖かったのです」。
小さな声で、彼は呟いていた。
「ヴィヴィさんに会えないのではないかという恐怖。もし断られでもしたらどうしようかと不安で堪らなく……また、お恥ずかしながら、ここに来るまで行くべきかどうか、迷っていました。だって今更すぎますましたから。貴女にどんな顔をすれば良いか分からなかった」
「……」
「私は、このまま話をなかったことにしたかったのです。だから方々にまで許可を貰っておきながら、直前までヴィヴィさんにお伝えするのを、止めてほしいとお願いしました」
そこでモモカの父の視線が、少し男性職員に向けられた。恐らく彼の権限によって、モモカの父とユズカは、この場にいることを許されているのだろう。
しかし男性職員は、まるでどうということでもないと、静かに首を振った。本当に善意しか感じられなかった。おかげかモモカの父は感謝する様な、また安堵したかの様な目となり、そうして心の底から恥じるみたいに、ヴィヴィへ二度めの謝罪の言葉を紡ぐ。
「すべては私の都合です。本当に……本当にすみません。ですが、どうかお願いします。貴女と向き合わせてください。これ以上貴女から――娘から逃げたくないのです。どうか、どうか……」
切なる思いを吐露し、深々とモモカの父は頭を下げた。ユズカはそんな父に悲しそうな顔を浮かべ、「ヴィヴィ」と、こちらに声をかける。
「ヴィヴィ、お父さんを許してあげて。お父さんもずっと苦しんできたの。お父さん、毎日毎日、お姉ちゃんの仏壇の前で話しかけて、どうすれば良いか悩んでて。だから……」
「ユズカ」
それ以上の言葉は必要ないとばかり、ヴィヴィはユズカの名を呼ぶ。
ユズカがハッとした。モモカの父が顔を上げた。怯えたみたいな表情だった。
(ああ……)
それを見て、同じだと、ヴィヴィは何故か思った。
今のモモカの父は、どうしてだがヴィヴィとそっくりだ。彼も彼で、ずっと罪悪感でいっぱいだったに違いない。
(……やっと分かったわ)
ヴィヴィはようやく自覚した。
確かにこの思いは引け目、罪悪感だ。
ドクターは正しかった。
ずっとずっと、心の中でヴィヴィはユズカに――そしてモモカの父に会いたくなかった。……正確に言うと、嬉しいと思うのは前に言った通り事実で、それでも、モモカを助けられる距離にいたのに、助けられなかった……それがしこりとなっていたのだ。
それはシンギュラリティ計画への覚悟を決めてから、時と共にますます大きくなった。顔向け出来ないと思った。事実を言うわけにいかないけど、責められるみたいな気持ちになって、申し訳なく感じていた。
(けど、本当は避けちゃいけなかったんだ。避けたことで、モモカのお父さんを傷つけた)
本来なら、こちらからもっと早く出向くべきだったのだ。それがモモカを見殺しにしたヴィヴィの責任で、そうすればモモカの父は、こんなにも長い間苦しまずに済んだのではないか。そしてヴィヴィ自身もきっと、気持ちの整理が付けたはず。
ヴィヴィは愚かな自分を責めた。もうモモカの父に対し、同じ過ちは繰り返さない。彼の思いを無駄になんて出来るわけがなかった。
「霧島さん」
ヴィヴィはステージから降りて、モモカの父に歩み寄った。モモカの父の目には、相変わらず怯えがある。でもヴィヴィは優しく包み込む様に言った。
「私も貴方と向き合わせてください。どうか、私と話しをして下さいませんか?」
「……ヴィヴィさん」
モモカの父は少し涙ぐむような声を出した。
その瞬間、
『――大切なのは、自分の心と向き合うことだよ』
何故か脳裏に、そんな言葉が響いたのだった。
それからヴィヴィは、小劇場に来る前のように、ユズカとモモカの父、二人と共に、ニーアランド内を歩いた。
すっかり外は暗くなっていた。
灯りは街灯、それにほんの僅かに差す青い月明かりのみ。
風も強くなってきた。ヴィヴィは靡く水色の長髪を抑え、モモカの父達に話す。
「ここら辺は、新しい拡張エリアなんです。目当てはお化け屋敷。AI制御によって、毎日内容が変わるんですよ」
「へえ、面白そう。全部バーチャル?」
「ええ。そうです。場合によっては疑似的な感触が再現されたりとかしてるんですよ」
「いやはや、昨今の技術は目覚ましいですね。モモカと一緒に来た時は、そんなのありませんでしたよ……」
施設を案内すれば、二人とも驚いたり興味深そうにしてくれた。
今日はよく晴れているので、視界はそんなに悪くなかった。
やがて、大きな通りに差し掛かる。普段は多くの人で賑わう場所だ。こうして無人なのは少し奇妙に感じる。
通りの両脇には、様々なアトラクションが並んでいた。シューティングに、メリーゴーランド、それからフリーフォール……その中でも一際目立つのは、大きなコンサートホールみたいな建物だった。自然とヴィヴィ達は近づき、その建物を見上げる。
「増設されるステージって、まさか……」
「はい、ここです」
ヴィヴィは頷いた。
「広そうですね。何人入るんでしょうか」
「メインステージ程ではありません。それにいくつかのステージに細かく分かれてて、私が歌うのもその中の一つです。せいぜい二百程度でしょう」
「それでも、やっぱりヴィヴィは凄いよ。流石、ニーアランドの歌姫だね」
「ありがとう、ユズカ」
褒められて悪い気はしない。
ヴィヴィは柔和な笑みを作った。……と、そこでぽつりと、モモカの遺影を建物に向けたまま、モモカの父は言った。
「上から目線みたいですが、ヴィヴィさんはあの頃から、大きく成長なさったんですね」
「……そう見えますか?」
「はい。沢山努力したのだろうことが伝わってきます」
モモカの父はヴィヴィと顔を合わせた。
「ヴィヴィさんはモモカのために、頑張ってくれたんですね。娘との約束を覚えていてくれて、ありがとうございます。きっとモモカも喜んでくれてますよ。娘をこの場所に連れてこられて良かった」
「……っ」
ヴィヴィの胸は、それだけのことでいっぱいになった。涙を零す代わりに顔をくしゃりとさせて、
「こちらこそ……です。モモカのお陰で、私は今まで……」
「そうですか。貴女方AIは本当に……義理堅い方ばかりだ」
何か思うところがあったようで、モモカの父はしばし、目を伏せた。それから覚悟を決めるように言う。
「ヴィヴィさん」
「……はい」
「私はこれから、貴女にとって酷いことを言います。私が貴女に対し、今まで感じてきたことです」
「構いませんか?」そう確認してくるモモカの父。ヴィヴィは静かに、はいと答えた。
しかし、ギョッとしたようにユズカが目を見開いた。本気なのかと父親に視線を向ける。
「お父さん」
「良いんだ。ユズカ。これは私とヴィヴィさん、双方にとって大事なことなんだ。なんせヴィヴィさんに向き合うと言った手前、逆に言わなければ失礼にあたる」
「……」
「……ありがとう。お前が側にいるから、私はこうして、ヴィヴィさんの前に立っていられるよ」
モモカの父は、娘へと感謝を告げて、改めてヴィヴィと向き合う。モモカの遺影もこちらを向いた。まるで幽霊から見つめられてるみたいな、変な感じだ。
自然と緊張して、ヴィヴィはアイカメラを逸らせずにいた。
モモカの父は静かに告げた。
「ヴィヴィさん。私は正直言って、この十数年間、貴女のことが嫌いでした。見たくもありませんでした」
「それはモモカとの思い出の中に、私がいたからですか?」
少し震えた声で尋ねれば、モモカの父は曖昧な言い方で肯定した。
「そうとも言えます。しかし、それだけではありません。貴女がAIだから、嫌いだったのです」
「……私がAIだから?」
思わず聞き返してしまう。モモカの父はこくりと頷いた。
「私はユズカを預かり、妻を娘と一緒に飛行機に乗せました。羽を広げさせたくて、何よりモモカとの時間を作ってあげたくて、遊びにいかせたのです。しかし結果として、私は大切な二人を失ってしまいました。あの頃のことを思い出すだけで、今でも胸が張りさけそうになります。たまに夢にまで見る始末です」
「……」
「ですが私にはユズカがいました。いつまでも悲しんでなどいられません。仕事を始め、普段通りの日々が始まり……そんな中でAI達と接す機会は多くありました」
むしろAI達と話さない日はなかっただろう。
この時代、何処もかしこもAIが入り乱れてる。まるで人間のように。
「しかしAIの方って、人間とはまるで違うんですよね。前は気にならなかったのですが、AIの方は前の記憶のことを、やけに鮮明に話すんですよ。人間ではあり得ないほど曖昧な部分もちゃんと覚えてるんです」
「そうですね。私達AIの記憶は、劣化しませんから」
「はい。でも正反対に人間である私は、どんどん昔のことを忘れてしまうんですよ。毎日仕事で忙殺される中、いつの間にか記憶の中から、娘の輪郭は消え失せてしまいました。もう声すら簡単に思い出せないんです」
モモカの父の口元には、自嘲が浮かんでいた。
ドクターの話では、人間の悲しみは時間と共に薄れるのだという。きっとモモカの父もそうだったのだろう。しかし彼はそのことが許せなかった。それで今日までずっと苦しみ続け――
「……ええ。認めましょう。恥ずかしことに、私は貴女が羨ましく、妬ましかったのです」
モモカの父は、己の浅ましい感情を告白した。
「いつまでも変わらない貴女。当時のモモカを覚えている貴女。そのままであり続けるヴィヴィさんを見ていたら、自分の中の変化を受け入れることになる気がして、嫌でした。――私は貴女のことがどうしても嫌いでした」
「霧島さん……」
「ですが、貴女はサンライズで、ユズカを助けてくれたそうですね」
ヴィヴィはユズカに顔を向けた。
どうやらユズカはすべて話したらしい。恥ずかしそうにしていた。
「そこでの出来事を聞いて……思ったのです。思ってしまったのです。もしかしたら、私以上にヴィヴィさんは辛いのではないかと。AIの方は記憶を忘れられないから。それなのにヴィヴィさんはユズカを助けてくれて、ぬいぐるみまで託してくれて……私は貴女から逃げたのが恥ずかしくなってしまいました」
彼はいつの間にか涙ぐみ始めていた。我慢できず顔を伏せ、遂には口元に手で覆っている。
「これが貴女に向き合おうと思った経緯です。本当に、なんと申し上げれば良いのか分かりません。自分が情けない限りです……」
彼は嗚咽を漏らし始める。
父は娘に支えられていた。涙は後悔と感謝が詰まったものだった。ユズカは父の背を摩りながら、自分もまた礼を伝える。
「私も、ありがとうを言わせて、ヴィヴィ。貴方が助けてくれたから、私はお姉ちゃんの分まで生きれる。私達親子は前を向ける。貴女が未来をくれたの、ヴィヴィ」
「……」
その真っ直ぐで暖かな気持ち。ヴィヴィは息を飲むモーションを実行していた。
思うのはたった一つ。
――ここまで……ここまで言ってくれるのか。
命を助けたという、そんな当たり前のことで。
礼を言うのはこちらの方なのに。
「……すみません、霧島さん。謝らせてください。私も――私も貴方達のことを、無意識に避けていました」
「……?」
ぽつりと呟かれた言葉に、父と娘は揃って首を傾げた。
ヴィヴィはドクターの話を思い出しながら、そして自覚した自身の思いを浮かべながら、答える。
「私にとってモモカは、ちゃんと歌を届けられた初めての人。亡くなってとても辛かった。だから貴方達と会うことで、逸らしていた悲しみに目を向けたくなかったのです」
――それに、私もまた、妬ましかったのかもしれない。
「何故ならAIは人間より多くの記憶を持っていられるけど、でもただそれだけだから。人間のように変化が少ないし、時間に取り残されてしまう。私は貴方方に会うことで、自分がそのままだということを、実感したくなかったのです」
「……、そうですか」
話を聞いて、モモカの父は、遺影を抱きしめる手にぎゅっと力に込めていた。それなのに涙は止まっていて、ユズカに支えられるのを止めている。そうして、何度も何度も「そうだったのか、そうだったのか」と呟き……やがて何処かしこりが取れたみたいに、安堵の表情を浮かべていた。
「私もヴィヴィさんも……我々は互いに、真逆のことで悩んでいたのですね」
「……ええ」
「こう言っては何ですが、てっきり、罵られると覚悟しておりましたから、そのようなことで悩んでらっしゃたとは驚きでした。……そういうところは、我々人間も、AIも、変わらないかもしれませんね」
「変わらない……」
「一緒なんですよ。“心”というものは」
「……」
ヴィヴィは心について思いを馳せた。いつもいつも考える、心を込めるということ。その根底は、人間とAI、どっちも同じだというのだろか。
だったら――
「霧島さん、ユズカ。一つ質問してよろしいでしょうか」
「はい。何でしょうか?」
「もし貴方方の目の前に、モモカいるとして。その時はどうな思いを伝えますか?」
ヴィヴィは問いを投げかけた。
二人はしばらくの間考えるような仕草をし、互いの顔を見合わせてから……父の方が、笑顔で答えた。
「感謝です」
「感謝?」
「この世界に生まれてきてくれたこと。色んな思い出をくれたこと。今でも私達を見守って、支え続けてくれること。その出会いと別れ、すべてにありがとうを言いたいです」
その言葉を聞いた途端、ヴィヴィの躯体の中で様々な感情や記憶が駆け巡った。
喜び、悲しみ、絶望、希望。
モモカの笑顔。ドクターとの別れと、霧島親子の唐突な再会。AIと人間の在り方。
そうして思い出される、シンギュラリティ計画での数々の出来事は――
(これだ)
すべてが凪のように静まった時、ヴィヴィは既に、欠けていたピースを自身で埋めていた。
それはシンプルな答えだった。気づけばなんてことない。いつも歌で伝えている、ごく当たり前のことだった。
「ヴィヴィさん?」
「……、いえ何でもありません。ありがとうございます」
心配そうにするモモカの父親とユズカに、ヴィヴィは平静を装い、そう言った。すると彼らは不思議そうにしたものの、それ以上は何も言ってこなかった。
そして、意を決したように、今度はそちらから質問してきた。
「私達も、一つ聞かせてください。何故ヴィヴィさんは、あの時サンライズにいらっしゃったのですか?」
「それは……」
ヴィヴィは答えられない。シンギュラリティ計画のことを話すわけにはいかないからだ。そうして沈黙していると、「答えられないのであれば、構いません」と続けられた。
「誰しも一つは二つ、人には言えない秘密があるものです。ヴィヴィさんにも、色々な事情があったのだと思います。ですが、もしあの時のように、重大な事故に遭うようなことがあったら……」
「そうだよ、ヴィヴィ。ヴィヴィは私達親子にとってとても大切な人だから、危険な真似はやめて欲しいの」
「……」
彼らのヴィヴィを案ずる気持ちは、本物だった。彼に本当のことを言っても、納得出来ないだろう気配がある。……もしかしたらヴィヴィの行動は、人間からしてみれば、とても不可解なものなのかもしれない。人間は縛られず、自由に生きる生き物だから。
だが、ヴィヴィはAIなのだ。
AIは使命に殉ずる。私は、計画を完遂させなければならない。
でも――でも、この人達だけは安心させねば。
「……はい。気をつけます」
ヴィヴィは曖昧に微笑む。それに気づかず、親子は安堵の笑みを浮かべる。
AIと人間、両者の心は同じでも、やはり考え方には大きな差があるのだった。
ヴィヴィが出ずとも、既に会場内の席は埋まっていた。いつもより多くの熱が立ち込め、観客は今か今かと歌姫ディーヴァの登場を待っている。
ヴィヴィはその光景を、舞台裏から見ていた。首筋のOGCのマークは、歓喜からか、ゆっくりと青く点滅していた。
「あー、あー」
ヴィヴィは実際に声を出して、歌唱機能を確認した。
身にまとう衣装は最新のもの。裏ではスタッフ達が目まぐるしく動きながら機器をチェックし、ヴィヴィと顔が合えば、激励の言葉をくれる。
「いよいよだね」
ドクターが話しかける。
ヴィヴィの希望で、彼は特別にここからステージを見届ける。あの男性職員が気を効かせてOKしてくれた。
「……答えは見つかったかな?」
「はい。ドクターのおかげで」
ヴィヴィははっきりと言う。
ドクターはほっとしたように頷いた。それだけでもう、両者の間には答えが交わされている。
「でもさあ、本当にこの曲歌う訳?」
ふと近くの端末から、女性の声が響いた。
ナビだ。今更決定に意を唱えないが、正気を疑うように聞いてくる。
「ちょっと場違いなんじゃないの? これってあれじゃない。本当ならもっと違う場面での……」
「私は意外で良いと思うけどね」
「うっそ、マジで!?」
信じられないとばかり、びっくりするナビ。
ヴィヴィはその反応に笑った。
と、そこでスタッフの一人がヴィヴィを呼んだ。
「ディーヴァ! そろそろ出番だよ!」
「ほら、しゃんとしなさいよ」
ぶっきらぼうにナビが、激励の言葉をくれる。ドクターは優しい目で送り出してくれた。
「皆様お待たせしました、歌姫型AI、ディーヴァの登場です!」
アナウンスに従い、ヴィヴィはステージへ歩んでいく。湧き上がるいつも以上の歓声。
「ディーヴァ!!」「ディーヴァ!!」「ディーヴァ!!」――「ヴィヴィ!!」
その中に、目立たずとも違う名前を叫ぶ二つの声を、繊細な聴覚センサーでヴィヴィは拾う。見れば霧島親子だった。精一杯応援を飛ばしている。
(ねえ、モモカ)
ヴィヴィは所定の位置まで歩きながら、モモカに心の中で話しかける。
(どうして私が、モモカヘの気持ちが分からなくなったんだと思う?)
――それはね、きっとシンギュラリティ計画のおかげで、使命を果たせる機会が増えたからなんだよ。
それはまるで、貴女の死を肯定してるみたいだった。
(だから私は迷ったんだ。果たして今のままで良いだろうかと。ひょっとしたら、私は使命のために、貴女を犠牲にしてしまったんじゃないかと)
――でもね。それは違ったんだ。
(私はそんなことしてなかった。何故なら貴女は、私と共に歌ってくれてたから)
今のヴィヴィがあるのは、モモカのおかげなのだ。モモカの支えでヴィヴィはここまで来れた。
――出会いも別れも、全部貴女の導き。
貴女の生きたすべてに、祝福を。
「……」
いつの間にか所定の座標に着く。
優しい曲が流れる。
プロジェクタからCGが投影され、白い鳥達が一斉にステージ内を飛んでいく。
ヴィヴィは手を広げ、人口声帯から歌を紡いだ。その曲の名は――
――短編「Present for you 〜arrange〜」