「はーい! それじゃ皆、かんぱーい!!」
『かんぱーい!』
中間試験の結果発表が終わった、その放課後。
私達Bクラスは敷地内のカラオケボックスでちょっとした祝勝会を開いていた。勿論退学者なんて出るはずもなく、平均点もかなり高い。それを祝ってのことでクラスの全員が参加していた。
「それじゃせっかくだし、リクエスト聞いてあげようかな? 誰かリクエストある人ー! 持ち歌でもそれ以外でもオッケーだよ!」
「え、ま、マジ!? アイドルの生歌!?」
「私あれ歌ってほしい!」
「持ち歌じゃなくてもいいって……!」
「どうしよっか……!?」
私の太っ腹なサービスにクラスが騒然とする。ふふん、アイドルの生歌だからねー。そりゃそうなる。本来ならお金を取るところだが、今回は家族サービスならぬクラスサービスだ。どんどん歌っちゃうよー!
私は久しぶりのアイドルモードでクラスメイトからリクエストされた曲を何曲か、振り付けを交えながら歌う。こういうパーティは最初の盛り上がりが大事だ。選曲も大事。幸いにも知ってる曲ばかりだし、Bクラスの面々もカラオケのセオリーを分かってるみたいだった。私ならバラード連続とかでも盛り上げることは出来るけどね。気を使えるのは良いことだ。
「いえーい! ありがと~! 私ばっかり歌うのもなんだし、休憩するから皆好きに歌ってね! あ、私みたいに何曲も連続で歌わないようにね~? マイクを手放さなくていいのはアイドルだけだからねー」
「きゃー! 麗ちゃーん!」
「マジやばかった!」
そして何曲か、リクエストを消化したところでマイクを手放す。皆の声援を受けながら、そうしてクラスメイトが座る席に合流した。
「やっほー、帆波ちゃん」
「麗ちゃん! 歌ほんと凄かったよっ!」
「ありがとー。帆波ちゃんの歌も後で聴かせてね! なんなら今歌ってもいいよ」
「えぇ~麗ちゃんの後はちょっと自信ないなぁ」
「わ、私は一之瀬さんの歌も聴きたいな……!」
「麗ちゃん、飲み物いる? 私取ってくるよ」
「ありがとー麻子ちゃん。ならウーロン茶で」
まずは帆波ちゃんや千尋ちゃんがいるグループに合流する。他にも千尋ちゃんや網倉麻子ちゃん。小橋夢ちゃんなど、よく一緒に遊ぶ女子のグループだ。そこでしばらく談笑し、クラスメイトの歌を聴いてあげる。
まあ私は人気者だから全グループを回らないといけない。まるで人気No.1のキャバ嬢みたいだ。キャバ嬢のことよく知らないけど。たらい回しにされる。
クラスメイトもそんな私のことを気遣って、強引に誘ってくるようなことも引き止めるようなこともしない。出来ないとも言える。男子なんて私を個人的に誘おうもんなら必ず邪魔が入るもんね。わかりやすいなぁ。
そして、大体のグループを回ったところで、最後に残ったのは端の方に座っている男女2人だった。別に良い関係という訳ではないが、さりとて仲が悪いという訳でもない。でも相性は良いと私は感じる。そんな2人に、私は声をかけた。
「やっほー。隆二くん、ユキちゃん」
「ああ」
「ん。歌、良かったね」
神崎隆二くんに姫野ユキちゃん。どっちも少し無愛想で、人と関わるのがちょっぴり苦手なイケメンと美少女。その美少女の方であるユキちゃんの隣に座ると、2人も短く声を返してきた。私は笑顔を2人に向ける。
「ありがと。2人は歌わないの?」
「いや……人前で堂々と歌えるほどの自信はない」
「私もパスかな……いや、そりゃ回ってきたら歌うけど自分からはいい」
「2人ともいい声してるから結構良さそうなんだけどな~。あ、ポテトもらい」
目の前にあった軽食の中からポテトを手に取り口に含む。こういうジャンクな食べ物があるのもこういう娯楽施設の醍醐味だ。油とじゃがいもと塩の味。そのシンプルな安っぽさが逆に良い。他にも色々と揃っている。
ちなみにこの祝勝会の予算は私が持つポイントから出した。クラスから徴収したポイントだからね。こういう時が使い所だ。クラスメイトも喜んで賛同してくれた。
……ま、もっともクラスに言うことなく使用したポイントの方が圧倒的に多いけどね。帆波ちゃんですら知らない。知っているのは、私の横にいるこの2人だけだ。
「……南雲」
「ん~? 何かな? あ、このたこ焼き美味しい。隆二くんも食べる? せっかくだからあーんしてあげよっか?」
「いや、それは……遠慮しておく。それよりも今のうちに話しておきたいことがある。お前の今回の策のことだ」
私が差し出したたこ焼きにちょっぴり動揺した隆二くんだが、すぐに気を取り直して本題を切り出す。
カラオケボックス内はちょうど曲が始まっていて騒がしい。クラスメイト達もそっちやお喋りに夢中でこっちを気にかけている様子もない。今なら話しても大丈夫かな。
「Dクラスの生徒を退学させてその戦力を削ると共に学校側が科すデメリットを把握することが目的だった筈だ。そして、その目論見は上手くいった筈だった」
「うん、そうだね。隆二くんもちゃんと確認したでしょ?」
「ああ。確かに、Dクラスの須藤は退学になる筈だった。だが、後から聞けば退学は取り消されたという。率直に聞くが、何が起こった?」
「あー、それね」
隆二くんは裏で何が起こったのか知りたい様子だった。その報告は、まだ私の元にしか降りてきていない。上級生との交渉部分で隆二くんには頑張ってもらったが、報告はまず私の方に届く手筈になってるからね。
そして隣のユキちゃんも。
「……私も聞きたいかも。私も関与したことだし」
「まあ、そりゃそうだよね。それじゃ報告しておくと──Dクラスはポイントで点数を買うことで赤点ラインをクリアしたんだよ。それも、150万ものポイントを使ってね」
「な……!」
「……ま、マジ?」
私がそう言うと2人とも驚いていた。私はその手段を把握していたが、それが出来ると思っていなかったため2人に教えてはいない。2人の表情は驚愕に満ちていた。
「そんなことが……可能なのか? Dクラスのクラスポイントは5月時点で0。ポイントに余裕はなかった筈だ」
「……予め私達みたいにポイントをクラス全体から集めてたとか?」
「いや、それはありえないだろう。学校の仕組みを理解していない内からポイントをクラスのために徴収しようと意見を口にしても賛同出来る筈がない。また、信じられることも不可能だ。南雲が最初に口火を切った時でさえ、Bクラスの生徒は半信半疑だった」
隆二くんとユキちゃんが話し合う言葉を聞いて思う。うん、確かに。普通は不可能だ。他のクラスであればともかく、Dクラスが150万ものポイントをクラスで募って須藤くんを救うなんてこと、出来る筈がない。ポイントの残高という意味でも、クラスのまとまりという意味でもだ。
そうなってくると答えは簡単だ。私はそれを口にする。
「誰かから借りたか貰ったんだろうねー」
「借りるだと?」
「そんな大量のポイント……借りれるもんなの?」
「まあどうやって借りたかってのは分からないけどね。でもそうじゃなきゃ説明がつかないし。あるいは……どうにかしてポイントを稼いだとかかな?」
「それだけのポイントをこの短期間の間に稼げるのか?」
率直に疑問してくる隆二くん。ユキちゃんも気になっている様子だ。私はそれも曖昧に答える。私の方法はまだ言いたくないし、そもそも相手がどんな風にしてポイントを得たのかも確証がないからね。
「その方法があるから退学を防ぐことが出来たんだよ。それに、それがあるからこっちの消費も大したことない」
私は携帯を操作し、開いた画面を隆二くんとユキちゃんだけに見せる。まだ6月に入っていない。今の私のポイントの残高は……約480万ポイント。
「……どういうことだ?」
「減ってるどころか、むしろ増えてんじゃん……」
「まーちょっとした資産運用だよ。銀行を名乗るならこれくらいは出来ないとね~。あ、今のうちに報酬も振り込んどこっか。2人とも頑張ってくれたしねー」
ふっふっふ、と私は笑ってみせる。そして今回の仕事の報酬として、隆二くんとユキちゃんにポイントを送金した。ちょっとサービスして30万くらい? これで残りのポイントは約420万ポイント。
2人は携帯を確認して目を見開いていた。さすがに、いきなりこれだけのポイントを貰えると思っていなかったのだろう。ポイントのために動いていた訳じゃないだろうが、これくらいは上げても構わない。
「……どうやって稼いだんだ?」
「それはまだちょっと内緒かな。2人がもうちょっと慣れてきたら教えてあげるよ。そういう取引のために動いてもらうこともあるかもだしね」
「……これ、本当に貰っていいの?」
「勿論。正当な報酬だからね。仕事に失敗したからって報酬を出さないブラック上司じゃないよ、私は。側近にはそれだけの旨味もないとね」
そしてそれだけじゃない。私はもう1つの理由も説明しておく。隆二くんが若干渋りそうだったからね。
「ポイントは持っていた方がいいよ。この先の試験で何が起こるか分からない。もしかしたら個人の力が試される時もあるかもしれないし、私がすぐに指示を出せない時もあるかもしれない。その時にポイントがあれば取れる手段は増える。攻撃にも防御にも交渉にも使えるからね。私の手足として動くならこれくらいは必要だよ」
「……そうか。そういうことなら貰っておこう」
そう言うと隆二くんは納得して携帯をポケットにしまった。そして再び口を開く。
「だが大丈夫なのか? 今回の企みが失敗に終わった。それは間違いないだろう」
「んー? だったら私に従わない? 離反しておく? 結果残せなかったもんねー」
「……いや、それはしない。今回の策で理解した。お前以上にリーダーを任せられる人物はこのBクラスに存在しない。色んな意味で、お前の策は俺達には思いつかない。それに対して全く思うところがない訳ではないがこれが最善だったと徐々に納得し始めている自分もいる。この学校での競い合いというのは、きっとこういうものなのだろう」
隆二くんは最初に出会った時よりも少し鋭くなった表情で、私のやり方を肯定する。
他者を攻撃して陥れることも、結果を求めるなら必要なことだという現実を知った。いや、思い出したのかもしれない。
誰も陥れず王道の戦略を取って勝てるならそれで構わないが、私や龍園くんを見て、そしてこの学校の情報を集めてから分かったのかもしれない。敵がこういう手段を取ってきた時に、防御だけの戦略では厳しいと。
「そっか。成長したんだねー」
「……成長、か。どうだろうな。今はまだ、その実感が湧かない」
そしてその成長に私は嬉しくなる。この2ヶ月でその結論に早くも至ってくれたことが、私には嬉しくてたまらない。
きっとおそらく、この先隆二くんはどんどん成長していくだろう。私の側近として。徐々に学習し、いずれはある程度任せてみても動けるようになるだろう。
「……まあAクラスに上がるためならしょうがないんじゃない? あんまり酷いことしてたら引くけど……」
「あはは、ユキちゃんもそのうち慣れるよ。次もまたよろしくね~」
「はぁ」
ユキちゃんもなんだかんだで納得しているようだ。こっちも成長が見えるね。うんうん。
私は2人の成長を腕を組んで感心してみせる。そしてそうしていると。
「ねぇねぇ、何の話?」
「あ、帆波ちゃん。次の試験も頑張ろうねって話してたところだよ」
「そうだね。次は期末試験かな? Aクラス目指して頑張ろうね!」
帆波ちゃんが私達の席にやって来た。もしかしたら寂しかったのかもしれない。帆波ちゃんもサブリーダーだもんね。勿論帆波ちゃんにも期待してるよ。私のやり方に慣れるのは1番時間がかかるかもしれないし、伝えるのも遅くなるかもしれないけどそれでもやれることは沢山あるからね。
Bクラスの未来は明るい。それはキラキラした青春の1ページのようだ。
だがこれからのことを考えれば、すぐにそうして楽観出来ないことを知るだろう。私もまた、理解出来ていない部分のことを考えれば悩まざるを得ない。
そうして中間試験を大団円で終えたBクラスの祝勝会はあっという間に過ぎ去っていった。その裏で、陰謀が動いていたと殆どの生徒は知ることがないまま。
「はぁ……歌いすぎた。ちょっと疲れたかな」
祝勝会を終え、クラスメイトと別れた私は寮の部屋へと戻り、独り言を呟く。久しぶりに歌ったからかな。ちょっとだけ疲れた。やっぱ定期的にボイトレとかはしとくべきかな。
そんなことを考えながら荷物を置き、考える。夕飯は祝勝会で色々食べたし、今日はもうお風呂に入って寝るだけかなー。
そうしてお風呂でも溜めようかと思い、浴室へ向かおうとしたところで──インターホンが鳴り響く。あー、もしかして来たかな?
私は半ば予想しながらもインターホンに近づいて誰が尋ねてきたのかを確認する。通話ボタンを押せば聞き覚えのありすぎる声が聞こえてきた。
「俺だ。麗」
インターホンから聞こえた声は兄の声だった。それを確認し、私は扉を開けて雅兄を部屋へと招き入れる。
「こんな時間から女子の部屋を尋ねるなんてさすがは雅兄だねー」
「妹の部屋を尋ねただけだ。噂になることもなければ健全なものだろ?」
「そう言いながらも女子の部屋に遊びに行くこともあるくせに」
「否定は出来ないな」
軽いやり取りを終えると、雅兄は遠慮なくクッションを敷いてそこに座る。さすがに友人の女子相手に何も言わずにこんなことはしないだろうけどそこは兄妹がゆえって感じだ。私も雅兄の私物を勝手に拝借することもあるしね。
私も冷蔵庫からお茶を取り出し、2人分のそれを持ってテーブルに置くと、私は床でもクッションでもなくベッドに寝転がった。そこに他意はなくただの気まぐれだ。これが兄妹じゃなければ誘ってる風にも見えたかもだけどね。
雅兄もそれを理解しているのだろう。姿勢をこちら向きに変えながら、敢えて軽口を寄越してくる。
「おいおい、行儀が悪いな。兄と面と向かって話すのも恥ずかしい年頃か?」
「んー? だって今日はいっぱい歌って遊んで疲れたし。雅兄の顔なんて見飽きてるから見なくても分かるよ」
「まあそうだろうがな。俺としてはこの学校で初めての試験を受けた妹の顔でも見たいと思っていたところなんだが」
そう言って雅兄は一度座ったクッションから立ち上がり、私の勉強机の前にある椅子に腰掛けてこちらを見る。どうやらその言葉は本当らしいね。枕を抱くようにして寝転がる私の顔を見て、雅兄は話始める。しょうがないから私も横向きになった。
「試験の結果は耳にした。どうやらお前の策は失敗したらしいな?」
「うーわ、またそれ?」
ニヤニヤとした意地悪な笑みを浮かべながらそんなことを指摘してくる雅兄。今回の試験で立てた私の作戦で誰も退学にならなかったことを言っているのだろう。なんとも嫌味なことだ。私は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「そんなん今更雅兄から言われなくたって知ってるって」
「そうか? だが全部が全部分かってる訳じゃないだろ? それを教えてやろうと思ったんだがな」
私の嫌そうな表情まで楽しむように、雅兄は話を続ける。こういうドSなところがあるんだよね。別に嫌いじゃないけどね。私も似たようなところあるのは自覚してるし。
「だがその前に褒めてやろう。お前の考えた過去問のすり替え。あの作戦は面白かった」
「雅兄を楽しませられたところでねー。そう言うなら私が払ったポイント返してくれてもいいんだよ?」
「そこも評価している部分だ。お前が持ちかけた作戦において、俺は2年と3年のDクラスへの渡りをつけてやっただけ。交渉部分はお前とお前の手駒がまとめ、ポイントも自分達で支払った」
「そりゃあね。この学校の仕組みを知った後だと雅兄の世話になり続けるのも怖いし、ちょっとは自分達でやらないと。もっとも、2年の方は私が雅兄の妹ってことで勝手に忖度してきたことは否めないけどね」
「それすらも理解して利用しただろう、お前は」
「使えるもんは使わないと勿体ないじゃん」
私の矛盾するような言葉に、雅兄は愉快そうにしている。互いが互いの思考を読んでいるのを感じた。よく分かってるじゃないかと、そう言うように雅兄は続けた。
「そうだな。だが、それを抜きにしてもお前の立てた作戦は俺から見ても完璧に近かった。他の生徒が過去問を求めてくるのを見越して偽の過去問を用意し、更にはそれを直接出来の悪い生徒に送りつける。途中で状況が動くと罠が読まれることも見越して更に罠を張った。確かにあの方法なら学力の低いDクラスの生徒は何人も退学に追い込めただろうな」
「でもそうならなかったんだから世知辛いよねぇ……ってか完璧に近いって完璧じゃないってことじゃん。地味にディスってない?」
「ああ。俺なら10人は消せたかもな」
なーんて、他の生徒が聞いたらぞっとしそうなことを難なく雅兄は言う。家族同士、兄妹同士の会話。それも昨日見たテレビの感想みたいなノリでこんな話が出来るのは中々いないんじゃないかな。
そして10人は退学に出来たと豪語する雅兄をじとーっとした目で睨んでやると、そこで降参するかのように肩をすくめた。
「なんてな。あそこまで嵌めた上で退学を阻止されるならさすがの俺もどうしようもない。お前の策が失敗したのはイレギュラーのようなものだ。同学年だけが相手ならお前の勝利はほぼ間違いなかった。俺との縁がなかったとしてもな」
「──って言うことはやっぱ上級生の誰かが関与してたってことだよね? 誰? 今日はそれを言いに来たんでしょ?」
雅兄の思考を先回りして、私は話を早く進めようと問いを投げる。しかし雅兄も私がそう言うことを予想していたようでそれを宥めてきた。
「まあ待て。俺もよく注意されるが、順を追って話をしようぜ。実は俺も裏でちょっとした『賭け』をしてたんだ」
「賭け?」
「ああ。堀北先輩は知ってるだろ? 俺はあの人に度々勝負を挑んでる。いつも断られてるけどな」
あーもう大体読めた。でも話は一応聞いてやる。堀北先輩と言えば雅兄が唯一尊敬するとまで言った3年Aクラスの生徒会長サマのことだ。その名前が出てきた時点で、私は半ば話への興味を失っていた。
「ふーん。それで? いつも掘北先輩に振られっぱなしの雅兄が、今回はどんな『賭け』を挑んだの?」
「──1年生の最初の特別試験。それに退学者は出るか? だ」
雅兄は思い出すように言う。そうして掘北先輩のことを話す雅兄の表情からは、他の人からはわかりにくいだろうが確かに尊敬の感情が見て取れた。
「それは勝負ですらない。ちょっとした戯れ。ちょっとしたお遊びみたいなものだ。試験が始まる約2週間前のことだ。俺はその賭けを持ちかけながらこう言った──『どうスか、Dクラスなんて危なそうじゃないですかね。俺は退学者が出る方に賭けますよ』とな。俺は当然お前が何かを仕掛けようとしていることを知っていたし、堀北先輩もお前の存在自体は知っていた。だからこれはお遊びだ。賭けなんて成立しない。そもそもお前が何もせずとも崖っぷちの今年度のDクラスから退学者が出る可能性はかなり高かった」
「どっちも退学者が出る方に賭けちゃうから賭けが成立しないってことね」
「そうだ。だから俺にとってもこれは大した問いかけじゃなかった。いつものように掘北先輩に勝負を断られ、その言葉尻に『下級生に手を出すなよ』と一応の指示が下ると思っていたし実際にそうなった」
堀北先輩の行動すら先読みし、ちょっかいをかける。なんというか……私が言うのもなんだけど堀北先輩も可哀想だね。こんな厄介な相手に付き纏われてるんだからさ。
「だから俺もいつものように従ってみせた。そこで話は終わりだ。俺はお前を信頼し、今回の試験で退学者が出ることを楽しみに待っていた」
それは雅兄にとっても確信していたことなのだろう。話を聞いていてもそれが窺える。私の作戦を完璧に防いで退学者を0で終わらせることなど新入生には不可能だと。
だが実際にはそうはならなかった。退学者は1人も出ることなく、私の予想も、雅兄の予想も覆された。ある1年と、その先輩によって。
「わかるか? お前が負けたのは堀北先輩であってその1年じゃない。堀北先輩ならしょうがない。ただでさえ入学したばかりの1年がこの学校で1年、2年と戦い抜いてきた上級生に勝つのは難しい。所有しているポイントもそうだが、何より場数が違う。この学校での戦い方を肌で感じ、その仕組みの多くを理解している。ましてやそのトップ、堀北先輩なら尚更だ」
「……まあ確かに、先輩が関わって来なかったらいけてたとは思うけどねー」
あえて、雅兄も私もその1年の存在を無視して話を続ける。明らかに異質なこの学校で生徒会長を務める堀北先輩なら、確かにこれを読み切っても仕方のないことかもしれない。
だけど雅兄は、それを否定する。
「そうだ。俺の思考を読める奴がこの学校にただ1人として存在しないように、
はぁ、と私は軽くため息をこぼす。雅兄は私のことを丸裸にでもするように楽しそうにしている。こういうところ、やりにくいんだよなー。楽しめる時もあるが今はそんな気分じゃないし。なので私は無駄だと分かっていながらも素っ気なく否定気味の相槌を入れる。
「どうだろうねー」
「お前のやり方は後で学校側でも騒ぎになってたぜ。お前の策が嵌まれば最初の特別試験で前例のない多くの退学者を出す可能性があったからな。何も知らない新入生が聞けば嘘だと思うかもしれないが、ああ見えて学校側は生徒に優しくてな。特別試験で定められたルール。その穴は出来る限り潰されるようになっている。俺やお前のようにその穴を突いて他のクラスや生徒を陥れるのは簡単なことじゃない。不正があればすぐに罰則を与え、次に同じ試験を行う時はその穴は埋められている」
それは初めて聞く情報だった。なるほどねー。あくまで学校側は『王道』で試験をクリアするのが理想という訳ね。
ただそれでもルールの穴を突くやり方が駄目という訳ではない。それはあくまで学校側の不備。つまり、学校側の示す基準を乗り越えたということだ。
限りなく怪しくても証拠が見つからない限りは罰することもない。それは正当な評価として生徒に還元される仕組み。つまり、私のやり方は何も問題がないという訳だ。それを、理解していながら雅兄に尋ねる。
「まさか問題になったとか?」
「いいや。問題になんてなる訳がない。確かにお前の作戦には『悪意』があったが、過去問のすり替えなんてのは大したことじゃない。今回の試験は普通に勉強していればクリア出来るただの学力テストだ。退学になる基準も相当低く下げられている。偽の過去問とはいえ過去問は過去問でしかない。なんならせっかく複数の過去問を用意してくれたんだ。それを使って普通に勉強してもいい。むしろ勉強の手助けになるだろう。過去問をすり替えられたなんて必死に学校側に訴えたところでバカが露呈するだけだ。中間試験で同じ問題が出ると信じ込んで勉強を怠るような奴には、退学が相応しいだろう」
そう。そうなのだ。こんな作戦は、
確かに規模は大きいが、やったことは親切に作ってあげた過去問を、上級生に頼んで配布してもらっただけ。あるいは配布しないでほしいと頼んだだけ。
この作戦の本質は、『
「お前の悪意は学校側が用意した抜け道に少しスパイスを加えただけだ。過去問が有効だというのは誰にでも気づけることじゃない。偽の過去問を用意し、それを正解の過去問だと嘯いてやっただけ。バカと自分が賢いと思ってるずる賢いバカにお灸をすえてやろうとしただけだ。随分と可愛い悪意だろう。問題になるはずがない」
「だからこそ引っかかると思ったんだけどなー。ちぇっ」
「お前が本気じゃないだろうと想像するのはお前の優秀さを知る俺からすれば簡単だった。考える必要もない。とはいえかなり面白い作戦だったがな。バカにちょっかいをかける作戦としては中々だ。引っかかる可能性は十分にある。凡人が思いつく作戦じゃないし他者を大勢巻き込むのは俺好みだ──ほら、くれてやる」
「ん? これは?」
そう言って雅兄が懐から取り出し投げ渡されたのは、ギフト用に梱包された小さめの箱だった。私はベッドから起き上がりながらそれを見てきょとんとしてしまう。
「入学祝いだ。俺は学校の仕組みを理解し、学校側の想定を乗り越えられる奴がこの学校に適応した真の実力者の証だと思っている。そういう意味じゃ、それが出来てない殆どの連中は実力不足だ。お前と違ってな」
「え、マジ? さすが、気が利くね雅兄」
私は喜んでそれを受け取る。さすが、女の子の喜ぶところを心得ている。ふんふん、中身はアクセサリーかな?
「麗、お前は優秀だ。最初から能力が高いことも俺と思考が似通っていることは分かっていたが、それでもこの学校に入って初めて試験を迎えてみるまでその実力は分からない。だが、お前は俺の信頼に応えてその実力を発揮した」
「ははーお褒めに預かり光栄ですお兄さまー。……ってことで開けていい?」
「ああ。喜んでくれて何よりだ。可愛い妹のために俺が態々選んでやったんだぜ? 大事にしろよ」
中身を開けてみる。中身はネックレスだ。ハートのシルバー。ブランド物だが、そこまで高くない。雅兄なら数十万ポイントもするものを買ってきても不思議ではなかったけど、そこはほら、あんまり高いものや派手なもの身につけてると怪しまれそうだし、雅兄なりの配慮だろう。助かる。高いアクセサリーの類は学校に持ち込めなかったからねー。私は早速それを取り出して付けてみる。
「どう?」
「似合ってるな。さすがは俺の妹だ」
「いえーい! 自撮りしよー」
携帯を取り出して自分をパシャリ。そして即クラスのグループチャットに送信。『お兄ちゃんからプレゼント貰った!』と書けば『かわいい~!』『ブランド物じゃん。いいね』『麗ちゃんお兄さんいたんだ!』などなど既読と返信の嵐。こういうマメなコミュニケーションが結束を深めるんだよね。男の子の返信が少ないのはどう褒めていいのか分からないからかな? 恥ずかしがっている。あるいは彼氏からのプレゼントだと邪推してるか、私の自撮り画像とかいう最高の写真を手に入れたんで、それを使ってナニかしようとしてるかかな? 別にいい。アイドルやってれば避けられないことだからね。しょうがない。
そうしてしばらく携帯でクラスメイトからの返信を見て、時折返信しているとそれを穏やかな笑みを浮かべて見ていた雅兄が再度声を掛けてくる。
「クラスメイトへの返信は終わったか?」
「ん~、もうちょっと。でももう落ち着いてきたかな」
「ならそのままでいい。聞け。次はお前にも関係があるが、主に俺の話だ」
雅兄はそこで少し目を細めた。ああ、そういえばまだ話は終わってなかったね。確かに、私としてもある部分をまだ話していないことが気になっていた。
雅兄はテーブルの上のお茶を飲み、喉を一度潤わせてから話を始める。喉は大事だからね。お茶はあんまりよくないけど。だからこそ嗜好品としては良い。
「お前の作戦は失敗に終わり、俺の予想も外れに終わった。それも、他ならぬ堀北先輩の手によって、だ」
「うん、それで?」
「疑問には思わないか? 堀北先輩は他者を巻き込むやり方をよしとはしない人だ。これまでの特別試験でも俺のように大勢を巻き込んで他者を蹴落とすようなやり方はしてこなかった。勿論、仕掛けられればそれを読んで対応するし、正当な方法であれば攻撃もする。そして生徒会長として、生徒が不平等になるようなことはしない。そんな人が、何故お前の企みを防ぐ?」
『思わないか?』と聞いておきながら自分にしか分からない情報で自己完結。さすが雅兄。相変わらずだね。
だがまあそんな風に言われればそうなのだろう。私は堀北先輩のことをまだ知らないから分からないが、雅兄は知り合って1年以上は経過している。私には見えない違和感に気づいたのだろう。それを説明しようとしている。
「勿論後輩の頼みを無下にするような人じゃない。だが、1年の最初の特別試験という重要な課題で、特定のクラスや個人に肩入れして手助けするとも思えない。あの人は平等だ。お前が限りなく怪しく悪意をもって他のクラスを陥れようとしたとしても、あの人は関与しないだろう。そもそもさっきも言ったが、この程度は大したことじゃない。堀北先輩がお前の策を見抜いていたかは微妙なとこだが、仮に見抜いていたとしても動きを見せることはなかっただろうな」
そこまで言って、ようやく雅兄はその人の話題を口にする。堀北先輩が主導した訳じゃないのは明確。ならば、手助けを頼んだ人物がいて、私達はそれを正しく理解している。
「お前の立てた作戦を半ば読み切った1年Dクラスの生徒。そいつは頭が回るようだな。バカにしか嵌らない策とはいえ、この罠に気づいてそれを防ごうとするのは難しい。まず思いついても実行不可能だと思い、頭から除外する」
「多分、最初は気づいてなかったとは思うよ。動きが怪しくなったのは明らかに途中からだし。あれはちょっと面倒だったなー」
作戦の終盤。無駄に手間のかかったその辺りのことを回帰しながら思う。試験前日になって急に再び過去問を求め始めたのはちょっとびっくりした。
まあその時点で何とか、須藤くんの手から最初の偽の過去問は奪うことに成功したし、可能性は出来るかぎり排除出来たとは思うけど。そして、防げたのはそこまでだ。
堀北先輩の介入がなければ確実にあの須藤くんは退学していた。そういう意味じゃ、先程も言ったようにその1年Dクラスの生徒は私の策に抗いきれなかった。敗北したともそう言える。結果的にはこっちの敗北なんだけどね。
だが雅兄はその過程に問題があると言う。面白そうに笑みを深めながら、雅兄は自分の考えを語ってくれた。私の言葉にも同意しながら。
「そう。確かにお前の企みを見抜いた1年の生徒は優秀だ。が、それでも多少頭が回るだけに過ぎない。結局堀北先輩がいなければその企みを防ぐことは出来なかった。それなりには有望な生徒だろうが……その生徒の頼みを、何故堀北先輩は受け入れた?」
堀北先輩は生徒が不平等になるようなことはしない。1年の試験に介入する訳がないし、仮に頼みを聞くとしても150万ものポイントを貸し出す筈もない。
「お前の陥れた須藤の点数を買うためのポイントを、堀北先輩があっさりとその生徒に与えた理由はなんだ? それは何らかの契約を結んだからだろう。入学してすぐにクラスのポイントを全て吐き出したDクラスの生徒が、150万ポイントを返すことが出来るとはとてもじゃないが思えない」
「私なら稼げるけどねー」
「そう、貸すにしろ契約を結ぶにしろ信頼が必要だ。俺はお前の実力を知っているし改めて確認もした。だからお前がポイントを貸せというなら喜んで貸してやるし、契約を持ちかけてきたなら前向きにそれを考えるだろう」
そこまで言えば誰だろうと理解出来るだろう。つまり、
「つまり、堀北先輩はその生徒のことを強く信頼していた?」
「そうだ。何を持って堀北先輩が認めるに至ったかは分からないがな。そして、その事実を鑑みて思い返してみれば試験の少し前にこんなことを言っていた。生徒会の立候補者、その合格者を決める会議の中での発言だ──『今年の1年は見どころのある人物が揃っている』と、堀北先輩はそう言った。その時はただのリップサービス。結果お眼鏡に叶った生徒がいなかったことからも大したことじゃないと流したが、今になって思い返してみれば、その発言はそのDクラスの生徒のことを指して言ったんじゃないか?」
それは何気ないただの言葉でしかない。複数形だし、特に意味のない言葉だっただろう。堀北先輩も、特別意図した発言ではなかった筈だが……それでも雅兄はその結論に辿り着いた。
「堀北先輩はそのDクラスの生徒のことを強く認めている。大量のポイントを与えても惜しくないと、俺がお前に思うようにな」
「……結果、私の作戦は防がれたね」
「そうだ。……なあ、これは俺の敗北だと思わないか? 俺は退学者が出るとお前を信頼し、俺は堀北先輩に賭けを持ちかけた。結果、堀北先輩は賭けを飲まなかったとはいえ、もし賭けを飲んでいたなら敗北していたのは俺の方だ」
そこまで聞いたところで……ああ、と。雅兄の目的を理解する。
常人には理解出来ないその雅兄の思考だが、私はそれを読むことが出来る。血を分けた兄妹であるがゆえに。思考が似通っているがゆえに。
だからその答えを知り、私は笑みを消して雅兄と同じように目を細めた。よく似ていると言われる私達の目。その視線が合わさる。
「そしてこれは勝負になると思わないか? あの人が認めた逸材なら、俺も勝負のしがいがある。どれほどの奴なのか確かめる意味でも仕掛けてやってもいいが……それはフェアじゃない。入学してたった2ヶ月の1年に2年の俺が仕掛けに行くのは大人げないだろう」
「……確かにそうかもね。でも雅兄ならそんなこと気にせずに仕掛けるんじゃない? その方がらしいと思うけど」
「ああ。勿論、それを飲み込んだ上であの人の反応を見るためにそいつを潰してやるのも悪くはない。だが……それよりももっと良いやり方を思いついた」
「もう分かったけど一応言ってみてよ。私に、何をしろって?」
「──綾小路清隆を潰せ」
雅兄が、私にはっきりと命令する。
その言葉。発する圧力にはもはや家族は関係ない。兄妹だとしても、いや、兄妹だからこそ。
妹が兄である自分に従うのは当然だと思っている。勿論、私のことを尊重するし可愛がりもする。家族としての情も確かに存在するし信頼もしている。
それでも主導権は常に自分。上位は自分だと強く思っているからこそその命令に迷いはなかった。
「堀北先輩が認めた1年と俺が認める1年の生徒同士の対決。それなら平等な上にはっきりと勝負をつけることが出来る。どうだ、面白いだろう?」
「……一応聞くけど、断ってもいいの?」
「俺だってお前に協力してるんだ。お前も俺に協力してくれたっていいだろ? やり方もお前に任せてやるさ」
そうやって私を納得させようとはするが、顔には『拒否権はない』とはっきりと書いてある。何か納得させられる理由があればそれを話して拒否出来ないこともないけど、説得は難しそうかな。
それにまあ別に頷いてやっても構わないのだが……私は私で思うところがあるため、軽い反抗をすることにした。
「ま、いいよ。ただちょっと条件は付けさせてね」
「俺の頼みを聞いてくれる可愛い妹の頼みだ。聞いてやろう。何だ?」
「それは後でチャットにでも送るよ。もう夜も遅いしね」
「俺はこのまま泊まってもいいがな」
「いや、さすがにそれはキモい」
真顔でぶった切る。冗談だろうけどね。それに別に無理でもないけど今日は1人になりたいから断らせて貰う。雅兄は私に断られるとふっと笑って椅子から立ち上がる。大して傷ついてもいない様子だ。
「冗談だ。また連絡する」
「はいは~い」
「期待してるぞ」
一言、そう言って雅兄は私の部屋を後にした。
そしてようやく1人になった自室。再び私はベッドに倒れ込み、仰向けのまま携帯の画面を触る。
今回の特別試験で得たもの。雅兄との交渉、商談で手に入れたものを確認する。
その中でより強く意識するのは──私の狙いを看破し、堀北先輩にも認められていて、雅兄が潰せと命令してきたその男子。
「綾小路清隆くん、ね」
その顔を思い浮かべる。最初に見た時はただの陰キャだと思っていたその男子のことを。
そして思った。もしかしたら、この人はまだ私の知らない『人間』なのかもしれないと。
中々に面白そうな人だ。興味深い。不思議な魅力を感じているし、雅兄だけでなく私自身も彼という個人に興味が湧いている。
もっとも他にも興味のある人は沢山いるから今はまだその中の1人でしかないが、それでも特に面白そうだと、何故か私の勘がそう言っている。
「明日もまた面白くなりそう」
最初は期待していなかったが、確かに、この学校は面白い。
私は自然と、心の底からの笑顔を浮かべながらまずはお風呂へと向かった。アイドルは身体が資本だからね。これから何をするにしても身体は綺麗にしておかなきゃ。
これにて1巻は終了です。次回からは2章ということでお楽しみに。
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