──それは先日のこと。
「1年Bクラスの南雲麗です」
私はこの学校に来て、二度目の自己紹介を行った。
その理由はこの場所と目の前にいる大勢の初対面の人達。全員が上級生で、そして生徒会のメンバーだ。
だが向こうは全員私のことを知っている。向けられる視線は好奇、不安、期待、疑問など様々でその理由は私が元アイドルというだけではない。その理由を私は自然な笑みで口にする。
「既に先輩方はご存知かと思いますが私はそちらの南雲雅の妹です。下級生かつ初対面の女子を名前で呼ぶことに抵抗のある人もいるかと思いますが名字で呼ばれると面倒かと思いますのでどうぞ遠慮せず、麗、と下の名前で呼んでください。この学校の名高い生徒会の一員として1日でも早く馴染めるよう努力させていただきます──よろしくお願いします」
少し硬めの挨拶を穏やかで親しみやすい笑みで相殺し、そして礼をすればその部屋にいる生徒会のメンバーがしっかりとした歓迎の拍手を送ってくれた。それを数秒。これ以上拍手をするには少し過剰なタイミングで口を開いたのは生徒会長であり3年生の堀北先輩ではなく、2年生で副会長を務める私の兄である雅兄だった。雅兄は私の横に立ち、改めて私を紹介するように口を開く。
「そういう訳です。2年も3年の先輩方も俺の妹だからと遠慮せず厳しくしてやってください。俺も身内贔屓はするつもりはありませんし、むしろ身内だからより厳しく見てやろうと思ってますから」
「はい。ご指導ご鞭撻よろしくお願いします。それと……もし兄が何か問題を起こしたらぜひ私にお伝えください。妹として責任を持って兄を指導しておきます。こう見えて兄は家だと私に頭が上がらないのでご安心ください」
「おいおい、麗。先輩方にそういうことバラすのはやめてくれよ。俺の威厳がなくなるだろ?」
と、私と雅兄がそんなやり取りを交わすと3年生は苦笑いだが2年生にはウケた。これなら嘘ついて正解だね。まあ他の生徒と比べて対等に話せているし可愛がられてるという意味じゃ事実だけど。2年生の先輩方じゃ雅兄に「外出るんならついでにアイス買ってきてー」って気安く頼めはしないだろうし。家族の距離感としてある程度こっちの言うことも聞いてくれるから比較的に頭が上がらないという意味じゃあながち間違いじゃない。
そして2年の女子から「雅も妹には形無しだねー」とか茶化されて雅兄が肩を竦めて生徒会室に和やかな雰囲気が流れる──が、そのタイミングで動き出したのが堀北先輩。彼が動いた途端、生徒会室に再び程よい緊張感が流れる。さすがの存在感だ。そんな存在感ある先輩が私の隣までやってくる。
「生徒会長の堀北だ。南雲麗。お前の生徒会入りを歓迎する」
「よろしくお願いします堀北先輩」
「期待している。お前の能力の高さは理解しているつもりだからな」
少し意味深に聞こえる言葉と共に差し出された手を握り返し、握手する。その手は意外にも温かい。今までに死ぬほど握手してきた私から見ても良い手をしてると思う。線の細いようでしっかりと鍛えているのが分かる男の手だ。手は冷たい方が心は温かいとかいう謎の通説はあるが、この人の場合はどっちなんだろうね?
「3年Aクラスで書紀の橘茜です。南雲さ……えっと、麗さん。よろしくお願いしますね」
「あはは、呼びづらくてすみません橘先輩。こちらこそよろしくお願いします」
そうして堀北先輩の次はお団子ヘアーが可愛い橘先輩。私の容姿か肩書か噂のどれか、あるいはそれら全てに対し少し緊張しているのかこっちは少し固いというかぎこちない。以前会った時は私がアイドルの麗ちゃんだって気づかなかったからか自然だったんだけどね。ちょっと抜けているところがあるのかもしれない。なんか堀北先輩に対する尊敬だけじゃない感情もちょっと見えるし、ぜひ仲良くなってその手の話をしてみたいところだ。
「2年Bクラス。書紀の桐山だ。よろしく頼む、南雲麗」
「よろしくお願いします桐山先輩。やはり名前で呼ぶのには抵抗がありますか?」
「……ああ。悪いが受け入れてほしい。こちらも徐々に慣れていくつもりだ。その時には名前で呼ばせてもらう」
「ええ、勿論です桐山先輩。先輩に名前で呼んでもらえるよう頑張りますね」
続いて2年の桐山先輩とも挨拶する。なんというか、こっちもこっちで少し複雑な感情が見え隠れする。やはり雅兄と近しい2年の生徒会役員ともなれば自然に雅兄の存在を意識してしまうのだろう。特にこの桐山先輩はその傾向が強そうだ。仲良くなるという意味じゃこの人と堀北先輩が1番難しいかもね。
そして生徒会メンバー全員と握手を交わしていく。2年の溝脇先輩や殿河先輩や女子からは概ね好意的に迎えられ、3年の先輩方からは少しばかり緊張が見える。私を受け入れようとしてくれているが、どうしても雅兄の影がちらつくと言ったところだろう。……はぁ、しょうがないね。この警戒は少しずつ解きほぐしていくしかない。
というか……改めて疑問に思ってしまう。
──そもそも堀北先輩はなぜ私の生徒会入りを認めたのだろう?
政敵である雅兄の妹である私の生徒会入りは見送られると思っていたし、雅兄もそういう見解だったし、最初から認めるつもりだったのならもっと早期に合格を言い渡しておいてもいいはず。堀北会長にとって私の生徒会入りは自身を不利にさせるものでしかない筈だと、そう考えたところで……。
──いや、案外そうでもないかな?
私は思う。私の生徒会入りは、必ずしも堀北先輩の不利益になるとは限らないと。
そもそもの話。遅かれ早かれ、私は生徒会には迎え入れられるのだ。
雅兄が次期生徒会長の大本命でその当選を避けることが難しい以上、雅兄が私を生徒会に迎え入れるならそれを防ぐことは出来ない。ならば早期に生徒会に入れたところで、私の場合は大して趨勢が変わらないとも言えるのだ。
これがたとえば、帆波ちゃんのような純粋で影響を受ける可能性のある人物に、少しでも雅兄の影響を受けさせないためということであれば早期の生徒会入りを阻止することにも意味があるかもしれないが、そうではない。私は雅兄の家族。最初から、雅兄と同じ色なのだ。兄妹だからといって方針まで何もかも同じと思われるのは異を唱えたいところではあるが、似通っているのは事実だし少なくとも堀北先輩や他の雅兄を知る上級生はそう思うだろう。生徒会に入ったところで雅兄と接する機会が増えたところで特に意味はない。元々家族。いつでも話す機会はあるし、本気で兄妹同士で何かを企むというなら普通に密談する。皆がいる場で悪巧みの相談などするはずもない。
それならさっさと生徒会に入れてしまって、私のことをより深く見定める──つまり、情報を集める方に舵を切ってしまった方がいいかもしれない。
勿論早期に生徒会に入れたことでこれから行われる特別試験を含む学校内の様々な情報の入手や生徒会の活動実績を積むことによって得られるポイントなどの恩恵も手に入る。それを私に与えることは明確なデメリットだろう。それは無視出来ない。
だが生徒会に入ったことで私と接する時間も増えるし、私の時間すら削ることが出来る。生徒会は多忙だ。特に入ったばかりの1年生には覚えるべきこともやるべきことも多い。唯一の1年生というなら尚更。必然的に私が他のこと──たとえば、悪巧みを行うような時間も削ることが出来るし、あるいはそのちょっとした会話や動きの中から何をしようとしているか少しでも探ることが出来るかもしれない。
実際に雅兄はそういうところでも堀北先輩の動向をある程度予測しているようだし、逆に堀北先輩も生徒会という活動を通じて何かを察しているのかもしれない。堀北先輩が雅兄に対して一定の信頼を置いているのもこれまで生徒会の仕事などで育んだ仕事などの実績や雅兄の堀北先輩の態度が関わっているのだろう。
……だが、とはいえ疑問も残る。あれだけ堀北先輩を知る雅兄の『私を生徒会に入れることはないだろう』という予想が外れたことも少し気がかりだ。
そのことから堀北先輩の中で何らかの変化があったことは確実だ。方針を変えたのか。あるいは、誰か別の人間が口にした考えを、採用したに過ぎないのか。
今はまだ分からないが……あるいは期待してもいいのかもしれない。
「さて。紹介が終わったところで活動を始める──橘」
「はい。麗さん、こちらをどうぞ」
「はい。ありがとうございます」
──と、思考を回していたところで遂に生徒会の活動が始まる。
堀北先輩から号令がかけられ、橘先輩が私のことを任されているのか、隣に座って私に書類を渡してくる。
……ま、とりあえず今は考えても分からないし仕事に集中しようかな。
私がミスするとは思えないが、初仕事で印象を悪くする訳にはいかないしね、と私は隣の橘先輩の指示に従ってそつなくそれをこなしていく。
──そして結果から言うと、やはり問題はない。生徒会の仕事は確かに多いがこれなら問題ないだろうと判断する。内容もちょっとした情報も拾えることだし、これなら私にとって有益になりそうだ。
「南雲麗」
「はーい。なんでしょう堀北先輩」
そしてある程度仕事をこなし、生徒会のメンバーもそれぞれの仕事をこなし、生徒会室を出ていく人もいる中で堀北先輩は私に声を掛けてきた。
「仕事は順調にこなしているようだな」
「はい。橘先輩の教え方が上手で助かってますね」
「そうか。それならもうひとつ回したい仕事がある」
「何でしょうか?」
生徒会長として生徒会の新入りの様子を見に来た。ついでに大丈夫そうなら仕事をまわす、と普通の対応をしてくれた堀北先輩はその回したい仕事の内容を口にしてくれた。
「先程1年Cクラスの生徒から訴えがあった。1年Dクラスの生徒から暴力を受けたとな。今はまだ事実確認の最中だが、今のところ証拠は出ていない。双方の主張が食い違えば、おそらくその審議が再来週にでも行われるだろう。そうなった時、俺は生徒会長としてそれに立ち会おうと思っているが……その時はお前にも参加してもらいたい」
──そして私はその事件のことを、そこで初めて知った。
7月になって発表されたBクラスのクラスポイントは890だった。
ちなみにAクラスは1004ポイント。Cクラスが600ポイントでDクラスは87ポイントだ。
どのクラスも中間試験を乗り越えたこととこの学校の仕組みを理解したことでクラスポイントを100近く上げてる。Dクラスでさえ0から脱却したのだから中間試験様々だよね。
月初となりクラスポイントが開示されたことで早速今月の徴収のお時間──といきたいところだったんだけど1年生のポイント支給はトラブルにより少し遅れるとのこと。そんなんこっちには関係ないんだからさっさとポイントよこせって言いたいところだけどまあ別に構わない。私達はポイントに困ってる訳じゃないしね。
Bクラスもその点は落ち着いていてそこまで不満は出なかった。ポイントの徴収はポイントが支給されてからという当たり前の告知をして皆思い思いに過ごし始める。
「麗ちゃーん。お昼行こ」
そしてそれは私も例外ではない。友達と遊んで勉強して生徒会として活動して、と充実した学生ライフを送っている。
今もお昼を帆波ちゃん達に誘われた。いつものグループ。色んな人と交友を深めている私だが、1番仲の良い一緒にいる友人達となると帆波ちゃん達になるだろう。そして今日もそんな帆波ちゃんと和気藹々と食事を取るのも悪くないが……生憎と今日は予定があった。
「ごめーん。今日は先約があって」
「あ、そうなんだ。もしかして、生徒会の先輩とか?」
なんて言えば帆波ちゃんは気にしてないようで明らかに気にしてることを聞いてくる。生徒会の面接の結果が気になるんだろうか。話では何度か受けていて先週に受けたのが時期的に最後の面接らしいし。受かったら私と一緒で1年生の生徒会役員の誕生だが、どうなるやら。
それに帆波ちゃんは既に私と雅兄が兄妹であることにも早い段階で気づいていたみたいだし、どうしても気になるかもしれない。一瞬そうだと言ったらどんな反応をするのか気になったけど別に嘘をつく必要もないかな。
「んーん。そうじゃなくて他のクラスの友達。今日は一緒に食べる約束してたんだ」
「あー、そうなんだ。それじゃしょうがないね」
「うん、また誘ってねー」
ばいばーいと帆波ちゃん含む友達とにこやかに別れる。私が生徒会に入ったことや、ちょっとこうして付き合いが悪い程度じゃ私達の友情にヒビが入ることはない。放課後とか結構な頻度で遊んでるしチャットとかで連絡も取り合ってるからね。
と、別れたところで待ち合わせ場所に向かいますかと教室を出る。やはり色んな人に声をかけられるがその全てに笑顔で手を振りながら徐々に人気の少ない場所へ。
待ち合わせ場所である校舎裏の日陰。そのスペースにやってくれば、相手はもう先に来ていた。私はその地味そうな格好を敢えてしている昔からの知り合いに声をかける。
「待たせちゃったかな、愛理ちゃん」
「──あ……麗ちゃん。ううん、全然待ってないよ」
私の姿を見るなり先程までの暗い表情から明るい表情を見せてくれるその眼鏡っ娘の名は佐倉愛理。
1年Dクラスの生徒であり、クラスの中でも地味で目立たない生徒であるらしい。友達もおらず、お昼も放課後もずっと1人で過ごしていると自己申告しているぼっちちゃんだ。
「う、麗ちゃんの方こそ大丈夫……? 友達の誘いとかいっぱいあったんじゃ……」
「まああったけどね。でも1回断ったくらいじゃなんてことないから気にしなくていいよ」
「そっか……麗ちゃんはすごいね。私なんて、まだ友達1人もいないのに……」
そして自ら根暗で人見知りな性格を軽く自己嫌悪する愛理ちゃん。そんな愛理ちゃんと私はお友達。
どうやって友達になったかというそのからくりは至極単純なもので、私と愛理ちゃんがこの学校で唯一の、昔からの知人だからだ。私はそれを口にする。
「その気になれば愛理ちゃんだって友達いっぱい出来るって。特に男子。地味な格好やめて、このおっぱいでも使えばさ」
「ひゃうっ!?」
私が軽く、愛理ちゃんのその大きな武器を指先で突いてやると愛理ちゃんは甲高い声を上げる。良い反応だ。からかい甲斐がある。
「愛理ちゃんがグラビアアイドルの『雫』だって分かったら、皆ちやほやしてくれると思うよ~?」
「む、無理だよそんなの……! 恥ずかしいし……そ、それに声かけられても私上手く話せないし、余計がっかりさせちゃう……!」
そうして告げた私のアドバイスもどこまでも後ろ向きなことを言って否定する愛理ちゃん。そんな彼女の裏の顔はグラビアアイドルの雫ちゃん! 中学生にしてFカップ! 今は多分私にちょっと劣るくらい! ツイッターのフォロワー数は5000人超えだ! (ちなみに私は100万超え)
中学生でグラビアアイドル。そして界隈でも結構人気だったこともあって、私とは何度か一緒に仕事をしたことがある。まあ本当にちょっとだけどね。活動初期に何度か撮影で一緒になったくらいだ。私はグラビアアイドルじゃなくてアイドル路線でその後は全然脱がなくなったし、胸も逆サバ読んでたくらいだし。
とはいえほぼ同業者の同年代の子は珍しかったため、そこそこ話した覚えもある。なので4月の段階で偶然出くわした愛理ちゃんを見て驚いた。地味な格好をしていても私の目は誤魔化せないし、愛理ちゃんの方も私のことを覚えていたようでその後普通に話すことになり、それからはチャットで話したり、たまーにこうして隠れてお昼を一緒したりしている。
そしてこの私と愛理ちゃんの関係は今のところ誰も知らない。愛理ちゃん自身が目立ちたくないみたいだし、私としてもそんな愛理ちゃんを無理に目立たせるのも忍びない。これで結構役に立つしね。
「そっかー。ま、愛理ちゃんには私がいるからね。寂しくなったらいつでも呼んでよ。私も忙しいけど出来る限り来てあげるからね」
「……うん、ありがとう麗ちゃん」
愛理ちゃんと腕を組みながらそう言えば、はにかむような笑顔を見せてくれる愛理ちゃん。うんうん。やっぱり可愛いね。おっぱいもでかいし。この見た目を押し出すだけで大分勝ち組になると思うんだけどなー。勿体ない。その気になればポイントだって稼げるでしょ。女の子はおっぱいでかければ食うのに困らないからね(諸説あり)。
「そういえば1年生はポイントしばらく振り込まれないんだってねー。聞いた? 私達は大丈夫だけどDクラスは困ってない?」
「……あ……う、うん……そうだね……」
ん? なんだろう。今の話をしたらまた表情がちょっと暗くなった。よっぽどポイントに困ってるのか……もしくは何か別の悩み事でもあるのかな。さすがにそこまでは分からないけども……上手いこと聞き出せないかな。
「もしポイントに困ってるならちょっとなら貸してあげてもいいけど」
「あ、ポイントは、うん、大丈夫……いや大丈夫じゃないけど、困ってないから安心してっ」
ということはポイントじゃないか。見たところ嘘はついていない。となると……ポイントやそれで解決するもの以外の悩み。私はそれが何かちょっと推測してみる。色々と可能性はあるけど……。
「……そっか。まあいつでも相談してよ。こう見えてBクラスのリーダーだし、悩みの解決には自信があるからね~」
「……う、うん……その時は、相談させてもらうね」
そう言って更に表情を俯かせる愛理ちゃん。明らかに何かある。すっごい気になるし、この場で聞き出してみたいところだけど……まああえて聞き出さなくてもいいかな。愛理ちゃんと仲が微妙になる方が嫌だしね。
それからは愛理ちゃんの隠してる悩みについて一旦考えることをやめ、2人で持ってきた弁当を美味しく頂いた。その間も、愛理ちゃんはどこか上の空なような気がした。
そしてなんやかんやで7月2日の火曜日。
その日の放課後に、事件は起こった。
「よう須藤」
「あ? ──テメェ……! 石崎!」
私はDクラス近くの廊下で、そのやり取りを偶然通りがかって目撃する。
Dクラスの教室から出てきたその暴力事件の加害者だと疑われる人物──須藤健くんに声を掛けたのは被害者側であるCクラスの石崎大地くんだった。
「よく俺の前にノコノコと面を出せたな……!」
「何を言ってんだ。そっちこそ、俺に暴力振るっといてよくそんな態度でいられるな。しかも俺達のこと陥れといてよ」
「陥れたのはテメェらの方だろうが!」
教室前の廊下は私と同じく帰路につく生徒でそこそこ人手がある。何事かと多くの生徒がそのやり取りを遠巻きに見ていた。そして、すぐそこにあるDクラスの教室からもその騒ぎを察して生徒が出てくる。
「ちょ、ちょっと! どうしたの須藤くん! 落ち着いて!」
「落ち着いていられるかよ! 態々やってきて何のつもりだ!」
ヒートアップする須藤くんを止めに出てきたのは桔梗ちゃん。きっと彼の無実を晴らす手助けをしようとしていたのだろう。優しくて良い子だね。
だがそんな桔梗ちゃんの制止もいつまで効くかどうか。石崎くんは須藤を睨みつけ、それを受けた須藤くんは今にも同じ過ちを繰り返しそうだ。辛うじて耐えてはいるし、さすがにまた殴りはしないだろうけどそれを確信出来る人はいない。前科がある人。評判が悪い人は集団の中で簡単に信用されないのだ。仮に彼が誠意を見せ、口では何と言ったところで、フィルターを通した情報にはどうしても偏見がつき纏う。
「へっ……こっちこそ、落ち着いちゃいられねーよ。俺達Cクラスはお前に煮え湯を飲まされてんだ」
「意味わかんねーぞ! 言いたいことあんならはっきり言いやがれ……!」
「ああ。じゃあ言ってやるよ須藤。お前は俺達に暴力を振るっただけじゃなく──」
石崎くんは、それを予め練習していたのだろう。振る舞いに不自然さがある。
もっともこの場にいる人は誰にも気づけないだろうけど。そして、気づいていたとしてもその立証は不可能だ。これから、彼が言う事もまた。
「俺達Cクラスに……
「え──?」
桔梗ちゃんの、いや、それを聞いていたDクラスの生徒達から空気の漏れたような声が漏れる。
私もまた、それを軽く驚いた表情で見ていた。まるで、今初めて聞いたことのように、表情を作って。
愛理ちゃんも一之瀬も絶対Fじゃないよなって。
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