ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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一般高校生はアイドルを翻弄する

 須藤くんの起こした暴力事件。それが全て解決し、めでたしめでたしでの帰路の途中。綾小路くん……ではなく、鈴音ちゃんは私に対してそんな事を告げてきた。

 

「あはは……どういう意味かなぁ?」

 

 私はそれを、いつもの笑みで一旦は流す。確信も何もない。当てずっぽうな言葉なら付き合わない。適当に流すだけだ。そういう意味合いを込めて。

 だが鈴音ちゃんはこちらを真っ直ぐに見て突き返す。

 

「Dクラスを陥れた偽の過去問の事件。裏にいたのは南雲さん。あなたよ」

 

「Dクラスを陥れた偽の過去問の事件? ……あー、それって須藤くんがCクラスに売りつけたって奴? それの黒幕ってどゆこと? 私ってばそんな悪女に見える?」

 

「Cクラスに売りつけたあの過去問。あれはあなたが予めCクラスに過去問のことを伝えて協力を要請していた。そしてそれをCクラス側が利用したものよ」

 

「うーん、私が流したかぁ……私に覚えはないけどもしかして私二重人格なのかな? そんでもうひとつの人格が私の知らないうちに悪いことをしてる! みたいな設定? たまーにあるよねー」

 

「悪いけどおおよその見当はついているわ」

 

 どうやら私を逃がす気はないらしい。どこまで分かってるか知らないけど、ここである程度は問い詰める気みたい。横の綾小路くんも何考えてるか分かんないけど……ま、いいや。それを確かめる意味でも付き合ってあげよっかな。

 

「うんうん。ならその設定で言ってみようか。とりあえず、私が過去問を流した。そう思うなら、それに至る根拠がある筈だよね? ワトソンくん?」

 

「まず第一に、あの偽の過去問を上級生に渡して協力を求めるやり方は大量のプライベートポイントと上級生の伝手無しでは成立しないものよ。あの偽の過去問は2年生の全クラスと3年の一部クラスにまで及んでいた」

 

「ふむふむ。なるほど? 上級生にプライベートポイントを渡して交渉する。それをするにしても、上級生への伝手がないと時間もポイントも掛かりすぎるってことかな?」

 

 あんまりバカを演じるのは賢くないし、鈴音ちゃんの話を聞いた上で理解したという風に話を進める。あくまで、おふざけの延長という感じは崩さないまま。

 

「でもそれなら私はどうやってその大量のプライベートポイントを得たんだろう? 私はまだ1年生だし、それだけのポイントを得られるとは思えないんだけど?」

 

「そこは確かに不確かな部分よ。だけど、上級生の伝手なら南雲さんなら当て嵌まる」

 

 理解しながらもあえて言わない。──ま、これくらいならそりゃ気づくよねと。

 

「南雲雅。生徒会の副会長で南雲さん……あなたの、実の兄よ」

 

「うん。それはそうだね。でも、だからといってそれだけで決めつけるにはちょっと弱くない? 私は知らないけど、他の1年生の中にも上級生にお兄ちゃんやお姉ちゃんがいる生徒もいるかもよ? それこそ鈴音ちゃんだって当て嵌まるよねぇ?」

 

「っ……」

 

 それについてはあっさりと認めつつ、牽制を返してみると鈴音ちゃんの表情が僅かに唸った。あーあーわかりやすーい。やっぱり鈴音ちゃんにとって堀北先輩は弱点なんだね。兄妹仲が悪くて悲しいね。

 

「……確かに私もそれには当て嵌まる。でも私はDクラスよ。自分のクラスを陥れる動機はない」

 

「そんなのわかんないじゃん。足手まといの雑魚クラスメイトなんていらなーいってエリート志向の鈴音ちゃんは考えたかもしんないじゃん?」

 

「……確かに何も思わないと言えば嘘になる。でも、そんなことをしても私にメリットはない。それに須藤くんを狙い撃つことが出来たのはあなただけよ」

 

「須藤くん? どういうこと?」

 

「最初の出会いは綾小路くんが見ていたわ」

 

 私が疑問を返すと、そこで初めて鈴音ちゃんは綾小路くんに話を振った。綾小路くんが頷き口を開く。……ぶっちゃけ分かりやすい鈴音ちゃんなんかよりも綾小路くんから話が聞きたいんだけどな。どうせ綾小路くんでしょ。この考察したの。

 

「お前は退学させるのにちょうどいい生徒を探していた筈だ。それで、偶然にもその生徒を発見した。入学初日、お前は須藤が上級生と揉めている場面に偶然遭遇した」

 

 ああ……覚えてたんだ。へぇ、記憶力はいいんだね。

 まあそれではまだ不正解だけど。

 

「そういえばあれは須藤くんだったね。……って、あれ? ということは綾小路くんもあの場にいたんだ。凄い偶然だね」

 

「綾小路くんが聞かせてくれたその会話も判断材料の1つよ。あなたが上級生に向けて名乗った時、南雲という名前を聞いて上級生は明らかに動揺していたそうじゃない。初対面の上級生。アイドルだということを差し引いてもあなたを怖がる理由はない。理由があるとすれば、その上級生の方のあなたの兄」

 

「雅兄かー。確かに、何してるんだろうね? 確かに怖がってたように見えたかも」

 

「名前を口にしただけで恐れられる。それほどの上級生を兄に持つのはあなたと……私以外にはいないでしょう?」

 

「まあそうかもだけどそれも確証はないんじゃない?」

 

「ええ、勿論。確かにそれはわからない。でも、問題はあなたの行動の方よ」

 

「行動?」と分かっていながらも首を傾げて惚けてみせる。一体私が何をしたんだろうか。

 

「二度目に私達と出会った時のことよ。図書室で勉強していた私達はCクラスに挑発され、一触即発の状態になった」

 

「そこを私と帆波ちゃんが止めたんだったね。それが?」

 

「喧嘩を仲裁したあの時、あなたの視線は一瞬だけど私達のノートを確認していた。その学習範囲。問題の正答数などを見れば、誰がどの程度の学力を持っているかを推し量ることは難しいことじゃない」

 

 ……へぇ? そんなとこまで見てたんだ。それはそれは……気づかれるとは思わなかったね。

 

「それはなんというか……アンビリーバボーだね。あの一瞬であの場にいたDクラスの生徒の学力を把握したってこと? ビックリ人間コンテストに出場しようかな」

 

「あの時はまだ、Dクラスの適当な生徒に過去問を送りつけてクラス全体を嵌めようとしていたんでしょう。だけど──私の指示を受けた綾小路くんが過去問を求めたところで作戦を少し変えた」

 

「……ふーん。鈴音ちゃんがね。それで、それはどういう風に?」

 

「英語だけが偽の過去問が共有されると知ったあなたは、その段階で学力の低い生徒1人を確実に退学にしようと狙いを絞ったのよ。須藤くんの学力を予め確認していたあなたは、その標的を須藤くんにすることに決めた」

 

 ……予め教えられたんだろうなぁ。鈴音ちゃんみたいな頭でっかちに気づけるような作戦じゃないと思うんだけど。それよりも隣の綾小路くんだよ。こうして見ていても……やっぱり、感情が読めない。実は綾小路くんってロボットなんじゃない? この私が人の感情を読めないなんてありえないんだけどなぁ。

 

「過去問の差異によって平均点が底上げされれば須藤くんは確実に退学になる。後は気づかれなければいいのよ。試験前日のギリギリに上級生を動かして過去問を自宅に送り届け、写真では私達が手に入れた方の過去問を撮って送る。そして万が一のために、須藤くんが教室で受け取った過去問は帰宅途中でCクラスの生徒によって回収させる」

 

「なるほど。繋がってきたね。確かに面白い作戦だと私も思うよ」

 

「だけど、あなたは失敗した。点数を大量のプライベートポイントを使って購入することで退学を免れた須藤くん。それで今度は、Cクラスが須藤くんに仕掛けるのを見越して須藤くんとの信頼を築こうと須藤くんに接触した」

 

 おっと。あれ見られてたんだ。気づかなかったなぁ。まあ私が有名人だから誰かに見られてる可能性は確かにあったけども。

 

「あの時のこと? 確かに一緒にバスケしてたけどね。そこまで計算ずくだってこと?」

 

「そこは証拠がない。だけど、一度疑問に思ってしまえばあなたは怪しいところだらけよ。私達に接触してきたタイミングも妙だった。またしても狙ったような喧嘩の仲裁。須藤くんへの擁護。石崎くんを始めとするCクラスの生徒があなたに一目置いていること。綾小路くんから聞いた先日の佐倉さんへの意味深な言動など、ここ数日は怪しいところだらけだった。それこそ、気づけるかどうかを試しているかのように」

 

「…………ふーん」

 

 私はそこで一旦返す言葉を止める。なるほどね。ちゃんと気づいてたんだ。この分だと、愛里ちゃんに渡した私の住所や電話番号にも気づいてたかな? 本当はもっとドラマチックに愛里ちゃんを襲わせようと思ってたんだけどストーカーの行動原理はやっぱ読みにくいね。おまけに綾小路くんが阻止してたんならそりゃ無理か。しゃーないしゃーない。上手くいったら儲けものってくらいだったしまあいいか。というか、綾小路くんはしゃべらないの? 聞いてみよっか。

 

「綾小路くんはどう思ってるの?」

 

「……さあな。オレには理解することで精一杯だ」

 

「話を続けるわよ、南雲さん。クラスを絞り込むことも難しいことじゃなかった。報告にはいってるでしょうけど、再度過去問を求めた際にCクラス、Bクラス、Aクラスと順番に試していった時も、明らかにBクラスと名乗った時だけ上級生の反応が違っていたと綾小路くんから聞いてるもの」

 

「ふむ。他には?」

 

 ああ。それも理解してるか。そう言われるってことはよっぽど反応が違ったんだろう。3年のDクラス程度じゃ仕方ないか……。

 

「まだまだあなたが黒幕だと思った理由はある。だけど……それを全部聞かせなくても……あなたならこちらが気づいていることに気づいてるんじゃない?」

 

「ほうほう、なるほどねー……」

 

 まあ確かに。ここでしらばっくれることは出来る。

 だけどこちらから気づけるかの仕掛けをしてそれに気づいてくれた以上、これ以上隠す必要はないんだよね。元々腹割って話してみたかったところだし、昼行灯気取るのもそろそろ退屈になってきたところだ──サスペンスドラマの犯人風でいくか参加者に紛れ込んでたデスゲームのゲームマスター風でいくかずっといっしょに旅してきたパーティメンバーに紛れ込んでた敵の幹部風でいくか迷うなぁ。

 

「──それで? 黒幕のことをあっさり見抜いた綾小路くんは、私のことをどうするつもり?」

 

 ま、でも普通でいいか。

 私には私なりのやり方があるしね、と綾小路くんの表情を見てみれば、やはり驚いた様子はない。ただぼんやりしているようにしか見えないが、逆にそれが不気味に見える……かな? 

 逆に鈴音ちゃんの方は自分が無視されたことにちょっぴり驚いてる表情。「なんで分かったの?」って感じ? まあそりゃ鈴音ちゃんが分かりやすいからだよ。

 

「……言葉を間違えているわよ。あなたのことを見抜いたのは、綾小路くんじゃなくて私。こっちを向いて貰えるかしら?」

 

「はぁ。ま、いいけどね。それで、仮にそうだとしたらどうだっていうのかな?」

 

「あっさり認めるのね」

 

「鈴音ちゃんが頑張ってるのがいじらしくなっちゃってね。大サービスだよ。それに……仮に認めたらどうしてくれるのか知りたいからね」

 

 私は期待を込めて綾小路くんの方を向いて問いかける。私の戦略を見抜いてる綾小路くんは、一体どういう風な対応をしてくれるのだろうかと。感情が読めないこともあって興味が尽きない。鈴音ちゃんにずっと対応させるのもいいけど、こうなったらボロを出してもらおうかな。そうすれば綾小路くんも表に出ざるをえないだろう。なんで出て来ないかは知らないけどね。

 

「どうもしない。あなたを警戒対象にするだけよ。あなたがBクラスのリーダーで黒幕だと分かればやれることはあるもの」

 

「なるほど。まあそれはご自由にどうぞって感じかな。鈴音ちゃん程度にやれることなんてたかが知れてるしね」

 

「っ……随分と下に見てくれるわね……」

 

「そりゃあ下にしか見えないからね」

 

 安い挑発。こんな程度でも性格が推し量れる。鈴音ちゃんは分かってたけどプライドが高そうだ。本当は自分はAクラスに配属されるべきだとか考えてそう。まあそれは私も人のこと言えないけど、私と鈴音ちゃんじゃ実力が違うんだよね。

 

「やっぱりおかしいよね。鈴音ちゃんが全部指示を出してたってことなら堀北先輩からポイントを貸してもらえるわけなくない?」

 

「……あなたに私達の兄妹関係の何が分かると言うの?」

 

「わかるよ。昨日だって鈴音ちゃんを見る目が、明らかに眼中になしって感じだったし。鈴音ちゃん自身も分かってたでしょ?」

 

「っ……そんなこと、ないわ」

 

 分かっていても、受け流せない。そんな表情してるよ鈴音ちゃん。この程度で表情に出ちゃうなんて鈴音ちゃんは女優にはなれないね。

 

「それに私も生徒会にいるから堀北先輩に聞いたことあるんだけどね。妹を紹介してほしい。なんなら生徒会に入れないのかって兄が堀北先輩に言ったらなんて答えたと思う? 『不要だ。お前の妹と違って、俺の妹は優秀ではない。紹介したところで恥になるだけだ。生徒会に入る資格もない』」

 

「っ……」

 

「酷いよね。こんなこと言う兄と、それを聞いて苦しそうな表情になる妹。その2人の仲が良いなんてとても思えないけどなぁ」

 

 可哀想に。私が掘北先輩の言った言葉を教えてあげると、明らかに鈴音ちゃんの気迫が弱まった。表情も少し弱々しくなる。私の手前、なんとか耐えているという感じだ。これでもまだ前に出てくる気かな? そして、まだ後ろにいるつもりかな綾小路くん?

 まあそれならそれでいい。鈴音ちゃんを攻撃してればたまらず出てくるだろうし、出て来ないならその時はその時。鈴音ちゃんが追い込まれていくだけだ。

 

「おかしいと思うけどなぁ。鈴音ちゃん。やっぱり仲悪いんでしょ? 隠さなくたって……」

 

「そうとは限らないんじゃないか?」

 

 と、そこでようやく綾小路くんが話に割って入ってきた。お、いいねいいね。何を言ってくれるのかな? 鈴音ちゃんは救いの手が差し伸べられたことに意外そうに見ている。綾小路くんって冷たい人なのかな? もしかしてだけど。

 

「綾小路くん……」

 

「これが演技だという可能性もある。堀北兄の優秀さは南雲も知ってるだろ? 兄妹仲を悪く見せかけることで向けられるヘイトを防いでるのかもしれないぞ」

 

「なるほど? 演技かぁ……もしこれが演技なら大女優になれるね、鈴音ちゃん。良い事務所紹介しよっか?」

 

「オレにはお前達の言ってることは難しくて理解するので精一杯だが……それでも分かることはある。南雲の戦略が失敗したのは堀北のおかげだ。須藤を救うために用意したポイントも、堀北が堀北の兄に相談して調達したって聞いてる。勉強会だって堀北が開いてくれた」

 

「勉強会?」

 

「ああ。学力の低い生徒を集めての勉強会。堀北はクラスのために、自ら教師役を買って出てくれた。そのためにオレや櫛田に声をかけて手伝わせてくれたんだ」

 

 そんな美談になりそうなことを淡々とした全く感動出来ない語り口で言ってくれる綾小路くん。一周回って面白い。けど、そんなことを聞いてもね。鈴音ちゃんが頭の良い証拠にはならないんだよ。

 

「そうなんだ。鈴音ちゃんは優しいんだね。今回の件で最初、須藤くんを見捨てようとしたとは思えないくらい」

 

「それも須藤を思ってのことだと思う。あれは須藤も悪かった。反省を促すためにあえて見捨てることだって不正解とは言えないんじゃないか?」

 

 まあそれはそうだけどね。それにしても、よく口が回るね綾小路くん。それに淡々としすぎだ。気づいてるのかな? その感情、内面の読めなさが私があなたを高評価する最大の理由なんだけど。

 一見ぼんやりとしているようにしか見えないけど、それが逆に不気味なんだよね。そのぼんやり感から中々鋭いところをカバーしてくるのは悪いけど自白しているようにしか見えないよ。

 ただまあ……一応、鈴音ちゃんがめちゃくちゃ優秀という可能性も0じゃないんだよね。ありえないと思って排除してるけど、あるいは鈴音ちゃんが綾小路くんを超える擬態を発揮しているとしたら……?

 私はその可能性を考えてチラッと鈴音ちゃんを見る。そして……考えてもやはり。

 

「やっぱないかなぁ。鈴音ちゃんが優秀には見えない。今の綾小路くんの方がよっぽど優秀に見えるよ。どうしたって」

 

「それは見当違いだとしか言いようがないな。今回の暴力事件だって掘北が解決してくれた。それは理解しているだろう?」

 

「私としては裏から綾小路くんがそれを操ったんじゃないかって思ってるんだけど?」

 

「買いかぶりすぎだ。生憎とオレは、どこにでもいる平凡な学生にすぎない」

 

「……ふーん?」

 

 さすがにここまで言われると、ちょっぴりイラッとする。綾小路くんがいつまでも言い訳をしてくるのもそうだが、舐められているように感じるからこそ特にだ。

 

「綾小路くんはさぁ、私が鈴音ちゃんに負けてるって……そう言いたいんだ?」

 

「どっちが上かはオレには判断がつかない。だが、結果だけを見るならそう言わざるを得ないな」

 

「ちょっと、綾小路くん……!」

 

 その挑発。同じクラスの仲間を守った、信頼しての発言といった感じの言葉に、鈴音ちゃんは焦る。まあ挑発だもんね。焦るのは分かるよ。でも、もう遅い。

 

「あーはいはい。わかった、わかったよ。つまり、綾小路くんは極力表に出たくないんだ。鈴音ちゃんを隠れ蓑にしたDクラスの影の王として君臨してたいってことね」

 

「いや、そうは言ってないが……」

 

 綾小路くんの煮え切らない様子に私はもういいと話を打ち切ることを決める。せっかく試して認めてあげたのに、これじゃちょっと興醒めだ。こうなったらもうちょっと追い詰めるしかないね。

 

「もういいよ。だったら先に鈴音ちゃんを潰してあげる。綾小路くんはそうして欲しいんでしょ? じゃあその通りにしてあげるよ」

 

「……!」

 

 一度軽く息を入れて、再び笑顔を浮かべると分かりやすく鈴音ちゃんが怯んだ。威圧と存在感と迫力。それらを意図的に出すことは難しくない。覇気みたいなもんだ。ちょっとしたテクニックで出来ること。

 そしてそれを、綾小路くんはその目で見ていた。どんな感情を浮かべているか全く分からないその目。底なしの闇のようなその目をじっと認めて、私は距離を詰めて顔を近づける。

 

「っ! ちょっと!」

 

「……近くないか?」

 

「全然ドキドキもしてないくせによく言うね。顔全く変わってないし」

 

「顔に出ないタイプなんだ」

 

「あはは、何考えてるかわかんなーい。綾小路くん気持ちわるーい」

 

「…………」

 

「あれ? 傷ついた?」

 

 私が笑顔で毒を吐くと、ちょっとだけわかった。本当にちょっとだけど。今ので傷つくんだ。やっぱないように見えて感情あるんだね。

 

「そういう可愛いところはあるんだね。それならよかった」

 

「……よかったって?」

 

「感情のないロボットを虜にしたところでつまらないからね」

 

 私は宣言する。それは、私自身の成長のために。

 

「今日のところはこれで納得してあげる。でも、絶対に鈴音ちゃんも綾小路くんも私の糧になってもらうよ。その後で私のファンになるか、それ以上になるかはあなた達次第。選ばせてあげるから」

 

 耳元でそう囁いてあげる。普通こんなことすれば男子なんて一瞬で落ちると思うんだけど、綾小路くんにそんな気配はない。さすがだ。それでこそ価値がある。

 

「次は本格的に相手にしてあげる。楽しみにしといて」

 

 そう言って身体を離す。綾小路くんの表情はやはりわからない。鈴音ちゃんは死ぬほど分かりやすい。そんな正反対なコンビに向けて、私は目を細めて笑う。

 

「どうなっても知らないからねー?」

 

「……オレはオレに出来ることをするだけだ」

 

「ええ……私達は必ずAクラスに上がる。あなたが何をしてこようと……それを上回ってみせるわ」

 

「そうしてくれることを願ってるよ」

 

 そうして私は先を歩き出す。綾小路くんも鈴音ちゃんも、ついてこない。まあここまで来て一緒に寮まで帰るってのもね。気まずいだろうし。あえてそうするの悪くないけど今日くらいは勘弁してあげよう。

 

「とりあえず、それはそれとして……これからは友達としてよろしくね~。鈴音ちゃん、綾小路くん」

 

「……ああ。それは……よろしく頼む」

 

「綾小路くん?」

 

 あれ? 友達になってくれるのはひょっとして嬉しいのかな? なんというか……ちぐはぐだね。あんな闇深そうな目してたのに。友達は実は欲しいとかかな。一体どんな育ち方したらそうなるのやら。

 そしてその反応にジト目を向ける鈴音ちゃん。嫉妬かな? いや、注意って感じだね。男女の仲だったら面白かったのに。簡単に壊せるからね。

 

「……あ、そうだ」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「──生徒会に私を入れるように()()()()()()()()()()()って綾小路くんだよね?」

 

「……さあな。それはわからない。どうなんだ? 堀北」

 

「悪いけど教える訳にはいかないわね」

 

 そして去り際に不意打ちでそんなことも言ってみるが、それでも綾小路くんは動じることなく僅かな間で返してくる。うーん、ダメかぁ。ちょっとくらい表情崩してみたいなぁ。あるいは感情を見えるようにしてみたい。アイドルとしてここまで心を動かせないってのは沽券に関わる。

 

「……そっか。それじゃあ鈴音ちゃんをボコボコにした後にでも聞いてみよっかな」

 

「……少しは勘弁してやってくれないか。オレ達はDクラスだぞ?」

 

「あはは、やーだよっ」

 

 自分でけしかけといて勘弁してくれと頼むとか、本当に綾小路くんは面白いね。何を考えているのか頭の中を覗いてみたいよ。

 

「じゃあね、綾小路くん、鈴音ちゃん。威力偵察お疲れ様でした~」

 

「……ああ。またな、南雲」

 

「…………」

 

 振り返って手を振り、2人と別れる。少しだけ走って逃げるように。ここだけ見たら青春の1ページ。とても綺麗な絵だろう。

 だけどその内面はまだまだよくわからないし得体の知れない。嵐の前の静けさ。争いの前のちょっとした舌戦だ。

 綾小路くんは私のことをどう思っているのだろうか。得体の知れない敵か、それとも取るに足らない小物か。あるいは意外と他の人と同じように魅力的な女の子として見ているだろうか。どれだとしても面白い。あれほど人間味のない人間の内面が見れたら、それはきっと私のかけがえのない糧になるだろうから。

 これでまた綾小路くんに関わる理由が1つ増えたね。どうでもいい相手だったらさっさと潰しちゃっておさらばでも良かったけどこうなってくると楽しみだ。この学校での日々にもより張りが出てくる。

 

「次も楽しみだねー」

 

 携帯の画面で届いた何件かのチャットを見ながら言う。種も結構蒔き終わったしね。準備も出来たし、もうじき一学期も終わる。ここからはおそらくクラス間の争いもより本格的になってくるだろう。有栖ちゃんに龍園くんに綾小路くん。後は……可能性は0じゃないし、一応鈴音ちゃんも追加してあげよう。これだけいればしばらくは退屈しそうにない。

 そして誰が相手でも負けるつもりはない。何しろ私はアイドル。暫定日本一魅力的な女の子。負ける訳にはいかないし、今までもずっと勝ってきた。だからここでもまた──勝つだけだ。




前回のラストからちょっと修正しました。これにて暴力事件編は終了。ここまでが序章みたいなもんよね。次からは無人島編です。お楽しみに。

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