最初はどうなるものかと思ったが、ようやく上手く回り始めたな。
無人島試験1日目を終えての感想はそんなところだ。トイレの設置問題や川の水を飲めるか飲めないかの問題など、順風満帆とはいかなかったもののキャンプ経験のあった池がきっかけを作り、平田がまとめたところでようやくオレ達Dクラスは団結することが出来た。……まあ高円寺のリタイアという手痛い出費はあったものの、それはもう諦めるしかなかった。
他にもCクラスの伊吹という女子生徒が転がり込んできたことなど気になることはあるが、どれも大きな問題にはなっていない。
「なあ、平田。あれって他のクラスの生徒じゃないか?」
「本当だ。先頭にいるのは神崎くんだね。他の人も見たことある。Bクラスの生徒みたいだ」
とはいえ、やはり不安ではある。早朝に目が覚めたオレと平田が何気ない会話を交わしていると、遠くにBクラスの男子が5人ほど窺うようにしてこちらを見ていた。
それをオレは発見し、平田に教える。その先頭にいるのは確かに神崎だ。Bクラスのサブリーダー的存在で南雲と一緒にいるところをよく見る生徒。暴力事件の時は一之瀬と共に協力してもらったのもあって面識もある。
その神崎が生徒を引き連れてDクラスのキャンプを見に来たか。おそらくは偵察だろうが、どことなく不気味に感じてしまうのはどうしてだろうか。
「えっと……おはよう、神崎くん。何か用かな?」
別に危害を加えられた訳ではないが、放っておくことも出来ないと判断したのか。平田は近寄って、にこやかに声をかける。オレもそれについていった。
Bクラスの男子生徒は少しだけ驚いていたが、神崎の方に動揺はないようだった。平田の挨拶にも普通に答える。
「おはよう、平田。それと綾小路。こんな時間から何をしているんだ?」
「えっと……」
それはこちらの台詞。そう言いたいのは山々だったが、あまりにも堂々とそんなことを聞いてきたため、平田も苦笑いを浮かべる。神崎もその空気を察したのか、すぐに謝罪をしてきた。
「すまない。それは俺達の方だったな。俺達は……ただの偵察だ。Dクラスも良い場所を押さえたようだな」
川辺を軽く見渡しながら神崎は言う。その言葉に嘘はなさそうだ。
せっかくだし、オレは試しに質問をしてみようと口を開く。教えてくれるかは分からないが聞くだけ聞いてみるのはありだと、そう思って。
「神崎。Bクラスのキャンプは──」
「すまない。ちょっと待ってくれ」
と、質問の途中で自然のものではない異音が神崎の方から鳴り響く。それを聞くと神崎はこちらに一言断ってからその場を少し離れた。Bクラスの生徒が集まる場所へ戻る。そうして取り出すのは、無線機だ。連絡用か。Bクラスはそんなものまで買っていたんだな。
そうしてしばらく、神崎は無線機越しに誰かから連絡。あるいは指示を受け取ったのだろう。Bクラスの男子生徒3人に指示を出しているのが見えた。神崎の指示を受けた3人は去っていく。それを確認し、神崎は無線機を懐に戻してこちらに戻ってきた。
「すまない。やることが出来た。何か用があればBクラスのキャンプまで来てくれ。いつでも歓迎する。場所は──」
そうして言いたいことだけ言って、神崎もまた去っていく。残ったのは遠巻きにこちらを見ているBクラスの男子生徒1人だけ。それを見て、平田は感想を口にした。
「なんというか……Bクラスはすごく統率が取れてるみたいだね。まるで軍隊みたいだ」
「そうだな」
軍隊か。言い得て妙だな。Bクラスのあの動きは何か目的があって行動しているのだろう。何となく様子を見に来たという感じには見えない。もっとも、それがどういった目的なのかはわからないが。
アイドルの無人島の朝は早い。朝8時の点呼の前に起床し、顔を洗って身だしなみを整えて行動を開始する。朝ごはんの果物をもぐもぐと口にしてから。
「はーい。それじゃ朝の体操がてらウォーキングするよー。近場のスポットまでしゅっぱーつ!」
「はーい」
「ふわぁ……」
「マジで朝練みたいになってきたな~」
準備を整え、スポット獲得班を連れて早速出発だ。夜中に切れた近場のスポットをまず獲得しに行く。朝が早くてこずえちゃんは眠そうだったが、紗代ちゃんと颯くんは運動部に所属しているだけあって慣れている様子だった。頼もしいことこの上ないね。
昨日の時点でスポット7箇所は占有したし、その7つの場所は簡単に地図に書き込んでルートも絞った。近場の2箇所であれば点呼までに帰ってこれる。ベースキャンプのスポットもさっき3度目の更新を終えてこれで11ポイントだ。まだまだ微々たる量だけど今日からはペースアップしていかないとね。
「はい、おかえり~。3人共1時間休憩していいよ。1時間後にまた集合ね。ってことで解散!」
そうしてスポットを占有して戻ってくれば、ほとんどの生徒が起きて顔を洗うなり朝食の準備をしたり話し込んでいた。女子ばっかりなのは男子の半分は出かけてるからだね。ちょっと偵察に出てもらっている。それもすぐ戻ってくると思うけど。
「おはよー。麗ちゃん。昨日はよく眠れた?」
「おはよー帆波ちゃん。うん、バッチリだったよ。無料のビニールを敷くってアイデアはさすがだね。お手柄だよ」
「うん、ありがとう。あんなに貰えるかはわからなかったから不安だったけどね。上手くいってよかったよ」
他の子に指示を出していた帆波ちゃんと挨拶を交わし、そのアイデアも褒め称える。寝床をどうするかは私としても色々考えていたが、帆波ちゃんは極力ポイントを使わないように節約術を思いついてくれていた。私はぶっちゃけ節約はそんな得意じゃないから助かる。帆波ちゃんはきっと良い主婦になれるね。
「あ、おはよう金田くん!」
「っ……ええ。おはようございます。南雲さん」
と、帆波ちゃんとイチャイチャ話し込んでいると、Bクラスではない男子生徒が女子から朝食を受け取っているところを発見したため、背後から明るく声をかける。少しびくって身体を跳ねさせてこちらに振り向いたのは昨日からうちに居候してるCクラスの金田くんだ。おかっぱ頭で眼鏡の男子。
「昨日はよく眠れた? 朝ごはん美味しい? 怪我は大丈夫?」
「ええ。おかげさまで。受け入れていただきありがとうございます」
「いいよいいよ。何か困ったことがあったら何でも言ってね!」
「……はい。ありがとうございます」
私の気遣いに何度もお礼を言う金田くん。ちょっとビビってるというか、警戒してるように感じるのは相手が私だからだろう。私は可愛くて優しくて頼れるけどちょっと他のクラスからしたら何考えてるかわからない不気味なリーダーとして有名だからね。ま、意図的にそうしてるんだけど。
これが帆波ちゃん相手ならもう少しリラックス出来るだろうけど。もう少し我慢してね。もうちょっとしたら私はいなくなるし動きやすくしてあげるから。
「みんなおはよ~……点呼取るわよ~……」
「ほ、星之宮先生? 大丈夫ですか?」
「大丈夫よ~……」
そしてしばらくして隆二くん達が戻ってくると、ちょうど点呼の時間で知恵ちゃん先生がやってくる。眠そうだなぁ……それにちょっと辛そう。やっぱ歳を取ると寝付きが悪くなるのかな? 若い私達ですら普段通りとはいかないしね。寝る前に良いストレッチ方法でも教えてあげようかな。番組で知り合ったヨガの先生から教えてもらったすごいやつ。知恵ちゃん先生の体調まで悪くなられても困るしね。
そうして点呼を取って欠席者なし。無人島サバイバル2日目。今日も元気よくサバイバルしようと皆が動き始めたところで──
「あ、小宮くんに近藤くんじゃん! おっすおっすー!」
「っ……南雲……」
私達のキャンプにゆっくりと近づいてくる小宮くんと近藤くん。Cクラスのバスケ部の2人でこの間の暴力事件でも問題の中心にいた男子達だ。何をしようとしていたのか知らないけど、とりあえずこっちから近づいて声を掛けるといきなり私が来ると思っていなかったのかやっぱちょっとビビってた。
「どうしたの? 遊びに来ちゃった? あ、ポテチじゃん。もらっていい?」
「お、おお……別に、いいけどよ」
「わーい! ありがとね。小宮くん」
2人の肩に手を置き、距離近めで聞いてみれば顔を少し赤くして目を逸らしながらぶっきらぼうに許可をくれる。うんうん男子だねー。お礼を言って遠慮なくポテチを一切れ取って口の中に放り込む。美味しい。まさかサバイバル中にポテチが食べられるとはね。
「うすしおかぁ。私は九州しょうゆ派なんだけど小宮くんと近藤くんは何派?」
「あ、ああ。俺はのり塩……」
「お、おい。言ってる場合かよ……!」
律儀に私の質問に答えてくれる小宮くんに近藤くんがツッコむ。そう言うってことは何か目的があるのかな? なんだろう。
「す、すまねぇ。お、おい……その、南雲」
「なーに?」
「うっ……お、お前らBクラスは随分と質素な生活をしてるんだな……」
「そうだ。せっかくの夏休みだってのにな。可哀想で笑えてくるぜ。朝は何食ったんだ?」
「ん。果物と君たちから貰ったポテチかな」
「っ……お、おう……そうだったな……」
私達をバカにしようとしたんだろう。でも私が笑顔でまっすぐに。そして普通に答えたもんだから小宮くんは顔を赤くしてしどろもどろだし、近藤くんはポテチを貰ったと返されてバツが悪そうだしでなんかグダグダだ。
「何だあいつら……?」
「もしかして麗ちゃんに声かけに来たのかな?」
「ポテチ持って? ナンパにしては安すぎない?」
「何しに来たんだろう……?」
そして私達のやり取りに気づいて、キャンプに残っているBクラスの生徒達が集まってきた。その視線に耐えかねたのだろう。やがてゆっくりと、観念したように私に告げてくる。
「……龍園さんからの伝言だ。夏休みを満喫したかったら今すぐ浜辺に来いってよ」
「あーそういう用事? ならさっさと言ってよ。こっちも暇じゃないんだからさ」
「っ……確かに伝えたからな」
それだけ言って小宮くんと近藤くんは逃げるように立ち去っていく。一緒に行こうと思ったんだけどな。浜辺とは別の方角に去っていったし、もしかしたらまだ用事があるのかな。
「今の、小宮くんと近藤くん? なんか浜辺に来いって言ってたみたいだけど……?」
「どうするんだ?」
帆波ちゃんや颯くんがやって来て私にどうするのかと聞いてくる。私は一応腕時計を確認した。まあ、問題ないかな? 時間的には少し余裕があるし、休憩時間を少し伸ばそっか。私はその決定を皆に伝えておく。
「パーティにお呼ばれしちゃったね。ちょっと行ってくるから留守番お願いね?」
ウインク1つでお願いし、私は自分の荷物を小走りで取りに行った。
Cクラスからの不可解な挑発。それを受けて、オレは堀北を誘って浜辺へと向かった。
そこでオレと掘北が見た光景は、想像の遥か斜め上を行っていた。
「嘘でしょ……。こんなことって……ありえる?」
その光景を目にしながらも信じられないと言わんばかりに目を見開き、何度もあり得ないと口にする堀北。
そしてそれはオレも同じ。その光景はまさしくバカンスと呼ぶに相応しい光景で、大量のポイントを使って用意したと思われるレジャーアイテムやバーベキュー。娯楽を楽しむにあたって必要な設備は全て揃っていた。
それらにも、大いに驚く。だが……何よりも驚いたのは、砂浜の中心。そこに作られた謎の砂のオブジェクト。
「ククク……お似合いだぜ。無様な格好だなぁ、麗。気分はどうだ? 俺に教えてくれよ」
「くっそぉ……屈辱……! 最低だよ龍園くん! このセクハラやろー!」
「何とでも言え。ククク……!」
そして、そこに寝そべる南雲と、そんな南雲を見下ろして悦に浸る龍園。
南雲は砂浜の砂に埋められ、顔だけが確認出来る状態だった。それはよくある遊びだが、その砂で形作るのは言葉にするのも憚られる
「な、何をしているの……あの2人は……」
「……さ、さあな……オレにもわからん……」
オレも困惑する。堀北にどういうことかと質問されるが、これほど難しい問題は初めてだ。オレにも解けない。一体何があったというんだ……。
そうして困惑したオレと掘北がその場で佇んでいると、やがて相手の方が気づいた。龍園の側にいた男子生徒。確か石崎だ。その石崎が、こちらに駆け寄ってくる。
「あの、龍園さんが呼んでます……」
「──嫌よ。絶対に行かない」
清々しいまでの拒否。拒絶だった。いや、気持ちはわかるが……一応、気にもなるためオレは堀北を取りなすことにする。
「おい、堀北……」
「絶対に嫌。綾小路くん。あなたは私に、あんな卑猥な物体に近づけと言うつもり? 視界に収めるだけでも汚らわしいわ」
「そ、そんな……」
断られるとマズいのか、石崎が絶望する。取り付く島もないとはこのことだ。……しかし、それにしてもリアルだ。そして現実ではありえないデカさだ。周囲で見ている女子生徒も引いている。顔を赤くして顔を隠している者もいた。誰がやったのかは知らないがおそらく龍園だろう。龍園には彫刻の才能があるのかもしれないな……。
「……あ! 鈴音ちゃん! 綾小路くん! ふん、ぬっ……!」
だがそこで南雲がオレ達に気づく。すると力を入れたのか、その砂のオブジェクトから抜け出し、そこから水着姿の南雲が地上に出てきた。
そのことで哀れ、砂の彫刻は崩れ落ちる。惜しいような、全く惜しくないような……オレは複雑な気分だった。一周回って芸術品にも見えてきたところだったんだが。
「チッ……抜け出しやがったか」
「罰ゲームはもう十分でしょ! ってことで私はお肉取ってくるからね!」
「好きにしろ」
砂から抜け出した南雲は身体についた砂を払いつつ、舌打ちをした龍園に文句を言って今度はバーベキューコンロの方に向かう。そして龍園もまた興味を失ったように砂浜から離れ、チェアーに腰掛けた。
「……どうやら終わったようね。よくわからないし、理解したくもないけれど」
「そうだな……」
「……あなた、少し残念そうじゃない?」
「……そんな訳ないだろう。それより行かないのか?」
オレは何とも言えない気分だったが、堀北は安堵したようだ。オレが尋ねると、少し考えた上で頷く。
「いいわ。どういうつもりなのか興味があるし、行きましょう」
「興味がある、か……」
「……言っておくけどこの散財っぷりのことよ。変な勘違いをしないでちょうだい。刺すわよ」
あえて冗談で、ナニを? と言ってみたかったが、それを言ったらポイントを使ってでも何かを購入して刺してきそうな雰囲気があったため黙ってついていった。そして、この集団のリーダーへと近づいていく。
「よう。こそこそと嗅ぎ回ってると思ったらお前だったか。俺に何か用か?」
「随分と羽振りが良いわね。相当豪遊しているようだけど」
「見ての通りだ。俺たちは夏のバカンスって奴を楽しんでるのさ」
この光景を自慢するように手を広げてみせる龍園。その理解出来ない行動に疑問を呈しようとしたのだろう。堀北が口を開く……が、まず気になったのはオレ達とは別の来客の方だった。
「俺たち? つまり、南雲さん……Bクラスもこんなバカなことを?」
「勘違いするなよ。あいつはお前らと同じ。招待してやっただけだ。BクラスはBクラスでせこせこ走り回ってるようだぜ。お前らDクラスよりはマシだろうが質素な生活を送ってるようだ。想像するだけで笑えてくるな」
「……そう。こっちは笑いを通り越して呆れているわ。これは試験なのよ? あなた達はルールを理解していないのかしら。トップが無能だとその下が可哀想になってくるわね」
CクラスとBクラスは無関係らしい。それを聞いた堀北は容赦なくCクラスを、いや、龍園を侮蔑する。対する龍園もまた他のクラスを馬鹿にした。
「おっまたせー。こんにちは鈴音ちゃん、綾小路くん。今なんの話してたの?」
と、そこで南雲が肉を取って戻ってくる。そして龍園の隣に置かれたチェアーに遠慮なく腰掛け、近くにいた石崎に声をかけた。
「石崎くん。水持ってきて」
「石崎。俺のも持ってこい。キンキンに冷えた奴をだ」
「は、はいっ!」
「……南雲さん。あなたは何をやっているの?」
その振る舞いに疑問を覚えたのだろう。堀北が南雲に質問する。龍園に対するものと同じで、敵として認めていただけにその声色には呆れが混じっていた。
そしてそんな堀北の呆れを気にせず、肉に頬張りつく南雲。……こうして見るとバカンスを楽しんでいる姿がここにいる誰よりも似合っているな。その大きな胸を包み、その抜群なスタイルをさらけ出すビキニ。サングラスを頭にかけ、長い足を組んで佇む姿は芸能人やセレブのそれだ。堀北とは大違いだな。どこがとは言わないが。
「んー? 何って、龍園くんに招待されたから遊んでるだけだよ? あ、それともさっきのオブジェの話? あれはただの罰ゲームだから忘れていいよ」
「遊んでるだけって……」
「お前もどうだ? お前が望むなら歓迎してやるし、なんなら俺が遊んでやるぜ。こいつみたいに無様な姿を晒すことになるかもしれねぇがなぁ」
「ぐぬぬ。あれは油断した……」
一体何の勝負をしたんだろうか。気にはなるが、そんなことを質問出来る空気じゃない。オレがいきなり口を開いてもおかしいしな。気にはなるが黙って成り行きを見守ることにする。堀北はどうやら何一つこの2人の行動が理解出来ないようだった。
「これが私達より上のクラスだと思うと泣けてくるわね」
「そうだな。俺もお前らのことを思うと可哀想で泣けてくるぜ。このクソ熱い中、100だか200だかの小さなクラスポイントのために無人島でサバイバル生活だなんてな」
「やってみると意外と楽しいよ? それに龍園くんのやり方も正解の1つではあるし、安易に人のやり方を否定して見下すのはよくないよ鈴音ちゃん」
「このやり方が正解? 理解出来ないわね。この試験は耐え、工夫し、協力し合う試験よ。満足な計画すら立てられず試験を放棄するこのやり方のどこが正解なのか、わかっているというなら是非とも教えてほしいわね」
売り言葉に買い言葉。堀北の見下すような発言に龍園は挑発で返し、南雲は諭すように返したが掘北はその発言を取り合わない。このやり方を稚拙だと心底見下している。
そして南雲はその掘北の様子を見て笑みを大きくした。声を上げて笑うと、すぐに声を抑えて笑みを威圧的なものへと変化させる。
「あはははは! そんなの……自分で考えなよ、鈴音ちゃん」
「っ……不愉快ね。随分と余裕みたいだけどそんな調子だと足を掬われるわよ」
「やめとけ鈴音。お前じゃこの女に敵わない。無様に泣き腫らして屈服するのがオチだ。大人しくしといた方が身のためだぜ?」
「気安く名前で呼ばないでくれるかしら。それにポイントを無駄遣いするあなたこそ、勝利するのは不可能よ。Bクラスどころか、どのクラスにもね」
確かに、ポイントを消費するCクラスがこのまま1週間を乗り切れるとは思えない。それは確かだが、それも想定済みなのか龍園は笑みを崩さなかった。
「不良品は必死だな。まあ精々汗水垂らして頑張れよ。俺達はお前らが必死になって地面を這いずり回る姿でも想像して楽しませてもらうぜ」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
堀北は堀北で明日以降、Cクラスがポイントを使い切って苦労することを想像しているのだろう。だが……そうはならないだろうな。
「はぁ……鈴音ちゃん。それって演技じゃないよね?」
「……どういう意味かしら?」
「何でもないよ。鈴音ちゃんは可愛いなって思っただけ。ね、綾小路くんもそう思わない?」
ため息をついたかと思って一瞬がっかりしたような顔になった南雲。だがすぐに笑顔に戻ってこちらに同意を求めてくる。オレはそれに答えない。リーダー同士の話に交ざることの出来ない無害な生徒を演じる。
そして掘北はバカにされてることだけは感じ取ったのだろう。更に表情を険しくして南雲を睨む。そしてそれすらも相手にする価値もないと言わんばかりに涼しく受け流し、南雲は立ち上がった。
「さて、私はそろそろお暇しようかな。あ、鈴音ちゃん。時間が余ってるなら後でBクラスのキャンプにも遊びに来てよ。隆二くんから場所は聞いてるでしょ?」
「……ええ。場所なら聞いているわ。でも不思議よね。来てと言われると急に行きたくなくなってきたわ」
「あはは、そんなこと言わずに来てよ。歓迎するからさ。……それじゃ龍園くん、誘ってくれてありがとう。試験頑張ってねー」
堀北をBクラスのキャンプに招待した後、南雲は龍園にもお礼を言う。その時に、なぜか龍園の目が蛇のように鋭くなった。
「……生憎と、頑張るのはお前らだけだ。俺は努力が大嫌いなんだよ。我慢? 節約? 冗談じゃない」
「そっか。それもいいと思うよ。それじゃあね」
南雲もまたそんな龍園を流し目で見ながら横切る。そうしてオレ達にも軽く手を振り、更衣室と思われる場所へ向かっていった。
南雲が立ち去ると再び龍園の目が堀北を捉える。南雲に対して少しだけ帯びていた剣呑な気配は既に消え去っていた。
「鈴音。お前に1つアドバイスを送ってやるよ。麗を信用しねぇことだ。油断してると潰されるぜ?」
「信用のないあなたに言われても素直に受け取る気になれないわね。それと、名前で呼ばないでといったはずだけれど?」
それは同感だな。だが……それでも油断しない方がいいというのは確かだろう。
その後、更に続く堀北と龍園の舌戦を聞いて龍園の考えについて思考を巡らせながらも、未だ見えない南雲の考えが気がかりだった。
それからオレたちは神崎に伝えられたBクラスのベースキャンプに向かうことにした。堀北は南雲の挑発じみた誘いが気に入らないようだったが、それでも偵察することによって得られる利益を優先したようだった。オレとしてもあの南雲がどういったキャンプ地を選び、どう動いているのかは気になる。
「……なるほどね。流石はBクラスといったところかしら」
そして程なくして辿り着いたBクラスのベースキャンプを見て堀北が感心してみせる。多くの木々に囲まれた井戸を中心にしたベースキャンプ。木々に吊るされたハンモックや見慣れない機械など、見るべきところは沢山ある。
だが何よりも驚くべきはその雰囲気。そしてその集団行動の淀みなさだ。
こうして傍目から見ているだけでも集団が集団として機能しているのがよく分かる。どこかで揉めている様子もなければ、むしろ談笑しながら作業を行っていた。ちょうど食料の調達から帰ってきた数人のグループがキャンプで待っていた他の生徒にそれを渡す。別の生徒は井戸から汲んだ水を空のペットボトルに入れるとそれを帰ってきた生徒に手渡していた。
他にも作業をしている生徒が多数集まっているが、注目すべきはそのおおよそが女子によって行われているという点だろう。男子は2人ほどしか見えない。それ以外は全て女子だ。
「あ、来た。おーい、堀北さん! 綾小路くん!」
そしてその中心にいたのは一之瀬だった。一之瀬は手に持っていた無線機を持ったままこちらに駆け寄ってくる。
「いらっしゃい。2人とも。待ってたよ」
「待ってた? 私達が来ることをもしかして聞いていたの?」
その手に持った無線機に視線を落とし、堀北が一之瀬に尋ねると一之瀬はそれを掲げて苦笑してみせた。
「あはは……まあね。麗ちゃんからこれから掘北さんと綾小路くんが来るから歓迎してあげてって連絡があったんだ。ついさっきだよ」
「……そう。あんまりいい気はしないわね」
今朝も感じたことだが、やはりBクラスは無線機を使った素早い情報の共有と連絡を重要視しているようだ。そこまでして連絡を取り合う必要は一見ないように思えるが……それも一之瀬の言葉を聞けば納得出来た。
「えっと、ごめんね? 私達は班ごとに分かれて行動してることが多いからこうして連絡し合わなきゃならなくてね。気に障ったなら謝るよ」
「別にいいわ。それより……そんな情報を私達に伝えていいの? 私達は敵同士だと思うのだけれど」
「あはは……私としてはまだDクラスと協力したいと思ってるんだけどね。それに麗ちゃんからも連絡があったんだ。Dクラスに私達Bクラスがどんな風に過ごしているか
苦笑いで堀北の機嫌を伺い、解きほぐそうとする一之瀬の言葉には少し自信がない。おそらく一之瀬も南雲の言葉の真意を量り損ねてるのだろう。神崎と並ぶ参謀の一之瀬ですら分からないのであれば他クラスのオレ達が南雲の意図を読めるはずもない。堀北も難しそうな顔をしていた。
「……どうかしらね。でも、いいわ。貰える情報は貰っておく。その代わり私達も私達がどうしてるかの情報を渡すわ。対等な取引にしましょう」
「……うん。堀北さんがそれでいいならそうしよっか」
施しを受ける気はないと言うような掘北の提案に一之瀬は笑顔でそれを受け入れた。この接しやすさ、人柄、気遣いなどは流石だな。南雲もまた人を率いる力は疑う余地もないが、一之瀬は一之瀬でものごとを円滑に進める能力に長けていると思われる。いわゆる人間関係における潤滑油のような存在だ。南雲もまたそれが出来ない訳ではないだろうが、それでもリーダーとして決断、厳しい指示を下す以上はどこかで軋轢が生じかねないリスクを孕んでいる。それを取り除く役目を一之瀬は買って出ているのかもしれない。
そんな一之瀬はオレ達をキャンプ内に招き入れてマニュアルを取り出し、会社案内でもするかのように説明を始めた。
「それじゃあ私達から話すね。私達が購入したのはハンモックに調理器具。小型テントにランタンに仮設トイレ。釣り竿にウォーターシャワーに無線機。それに食料を合わせてトータル約80ポイントってところかな」
使ったポイントの内訳を説明しつつ、一之瀬はオレ達が疑問に思ったウォーターシャワーについての説明もしてくれる。井戸の水を利用して使えるものらしく、中々便利な代物だった。
それから寝床をどうしているかや暑さ対策などの説明を経て、一之瀬はそこで区切りをつける。
「……と、こんな感じかな。私達
「……生活班? それ以外にも何か別のことをしていると言うの?」
オレも気になった疑問を堀北は拾って質問する。一之瀬はそれも快く答えてくれた。
「あ、うん。神崎くんと男子の殆どは遊撃班で他のクラスの偵察とか情報収集に行ってるね」
「そういえば、女子ばかりなのが気になっていたけれど……」
「うん。そういうことだね。一応神崎くん達も戻ってくる時は野菜とか果物を持ってきてはくれるけど、基本はずっと外回りかな」
なるほど。男子の姿があまり見えなかったのはそういう役割を任されていたからか。
それにしてもBクラスのまとまりは想像以上だな。Dクラスはリタイアした高円寺を除いて39人全員がサバイバル生活を成立させるために四苦八苦しているというのに、Bクラスはより少ない数。それも殆ど女子のグループでBクラス全体の生活を支えている。
その事実を理解したのか、堀北の表情が悔しそうに少し歪んだ。この連帯感と統率力はDクラスにはないものだ。仮にDクラスで同じことをしようとすればサバイバルが成り立たなくなるか、揉めに揉めて集団が崩壊するのは目に見えている。
「……そう。それで、分かれているのはそれだけ? 南雲さんはどうしているのかしら」
「麗ちゃん達は……あー、その、他のクラスには言わないでね? ……スポット獲得班だよ」
「スポット獲得班?」
その分かりやすすぎる名前のグループに、堀北がオウム返しをしてしまう。先程までと違って一之瀬の方もリスクを感じているのか少しだけ言いづらそうだった。が、許可は出ているのだろう。これもまた詳細に説明してくれる。
「運動能力を高い子数人と麗ちゃんだけで島の各地にあるスポットを回ってボーナスポイントを集める班だよ。私達Bクラスは、このスポットを占有しまくって大量のボーナスポイントを集めることを基本戦略にしてる」
Bクラスの狙い。基本戦略だと語ったその方針を聞いた堀北の表情が驚きに染まる。それは誰もが一度は考え、しかしすぐにその高すぎるリスクから真っ先に除外するはずの作戦だった。堀北もまた理解が出来ないのだろう。眉間に皺を寄せて苦言を呈する。
「何を……無謀だわ。リーダーが当てられたらポイントがマイナス50ポイントされるだけでなくそれまで集めたボーナスポイントも全て没収されるのよ?」
「えっと……うん。それはそうなんだけどね。麗ちゃんが言うには『当てられなきゃ問題ない』って……」
「それはそうでしょうけど、やっぱり無謀だわ。少数で行動しているなんて……その中にリーダーがいるって言ってるようなものじゃない。しかも少数じゃリーダー隠しも満足に行えない。あまりにもリスクが高すぎる」
そう。スポット占有は諸刃の剣。スポットを占有するために島中を走り回るならリーダーを当てられる危険性がぐっと高まる。何十人でスポットの獲得のために移動する訳にもいかないのだから少数で行動するのは当然だが、それでは十中八九、他のクラスに露見してしまうだろう。
「あなた達もよくその作戦で納得出来たわね……反対意見は出なかったの?」
「まあ、出ないこともなかったんだけど……麗ちゃんには何か考えがあるのか自信満々だったからね。私達のクラスは麗ちゃんを信頼しているし、すぐに納得したよ」
「呆れた……あまりこんなこと言いたくないけれど、あなた達は南雲さんを盲信しすぎじゃないかしら。幾ら彼女が優秀でもミスをする時もある。そういう時に異論を唱えるのがあなたや神崎くんの役目だと思っていたのだけど? 一之瀬さん」
「あはは……それはそうなんだけど、ね」
堀北の厳しい言葉に一之瀬は頭をかいて苦笑いを浮かべる。確かに、一之瀬や神崎であればそのリスクに気づけないとは思えないし、そこまで発言力が弱くもないだろう。南雲に物を申せないほど絶対的な上下関係が既に出来ている訳でもないはずだ。
だがあるいは一之瀬達は既に南雲から予めこの作戦の概要を全て聞かされている。あるいは、自力で気づいたのかもしれない。リーダーを当てられれば集めたボーナスポイントも全てなくなるが、逆に言えばリーダーさえ当てられなければこの戦略は通用する。もっとも、それが難しいからこそどのクラスもその作戦を真っ先に除外する訳だが……。
「とりあえず、私達Bクラスについてはこんな感じかな。えっと、Dクラスはどうしているのか聞いていい?」
「……いいわ。それじゃ次は私達の話に移りましょう」
頭の中で何度も考えたのだろう。それでも理解出来なかったのか、最後まで苦々しい表情を浮かべていた堀北だったが一之瀬からそう尋ねられればその思考も打ち止めにする他ない。Dクラスの情報を話し、Aクラスの情報も受け取り、BクラスにいるCクラスからあぶれた男子生徒のことも聞く。そこまで聞いたところでオレ達は一之瀬と別れ、Bクラスのキャンプ地を後にした。
「総じてBクラスはDクラスの上位互換。だけど、あの戦略だけは理解出来ないわね」
「そうだな。あの組織力は脅威だが、スポットを回る作戦はリスクが高すぎる」
だがやはり見るべきところはあった。戦略のことは置いといてもBクラスは既に集団として完成されている。
オレは頭の中にその全体像を朧げに描いた。総じてアベレージが高く、協調性を持つ大多数のBクラスの生徒。その上に立つ神崎と一之瀬の2人のサブリーダーにトップに南雲か。隙のない布陣だな。正直言ってDクラスには荷が重い相手だ。リーダーの能力も組織力も差がありすぎるように思える。
「南雲さんがスポットを回っているというなら私達も人を割いて偵察するべきかしら。上手くいけばリーダーを当ててポイントを得ることが出来るわ」
「……そうだな。いいと思うぞ」
偵察に出して南雲達を発見出来れば十中八九リーダーが誰か当てることが出来るだろう。そう思い堀北の意見に賛同しつつも、オレはこの試験でDクラスだけが取り残される未来を幻視していた。
主に綾小路くん視点でした。ちなみに龍園くんと麗ちゃんがした勝負は大したことじゃないので気にしなくていいです。チャンバラとかスイカ割りとかそういうのやって負けただけです。
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