2日目を終え、無人島サバイバル生活ももう3日目。私達Bクラスは何事もなく順調にスポットを見つけ、それを占有しまくり、休憩しては再び占有することに成功していた。
それにしても昨日は悔しかったな。龍園くんとお遊びで勝負をして負けてしまい、罰ゲームを受けてしまったし。外野を利用しての目潰しさえなければ……。
まあでもいいだろう。屈辱は屈辱ではあったけどあれくらいならバラエティ番組の罰ゲームみたいなもんだから流せる。テレビと違って映像にも写真にも残ってないしね。ちゃんと勝負の前に約束も交わしたしその心配はない。あれは本当にちょっとしたお遊びだ。偵察を兼ねたね。
そしてその判断も間違いじゃない。鈴音ちゃん達Dクラスの様子も何となく察せられたしね。綾小路くんは相変わらずぬぼーっとしてるように見えたけどきっと色々考えてると信じてる。鈴音ちゃんと話してみた感じ、何もわかってないし思いついてもなさそうな体たらくだったしやっぱりブレインは綾小路くんだね。
ただ綾小路くんは表に出る気がなさそうなムーブしてるし、今のところ怪しい動きもないんだよね。Dクラスも聞いた感じ普通にサバイバルしてるだけっぽいし、ひとまず様子見でいい。動くとしても私達の情報を得た明日以降になるだろうしね。
なので目下、警戒対象があるとすればやっぱり龍園くん率いるCクラスかな。
「……それで? 確認出来たのは高円寺くんだけ?」
「一応言っとくけど、ちゃんと言われた通りずっと見張ってたよ。でも……Cクラスの生徒は誰一人現れなかった」
3日目の夜。木箱の上にランタンを置き、その周りで今日の報告を聞く。ユキちゃんが私に手渡してきた紙のリストには高円寺くんの名前しか書かれていない。
つまり、ユキちゃんが確認出来たリタイアした生徒は高円寺くんだけということになるが、それでは矛盾する。
「……隆二くん。Cクラスは誰一人いなかったんだよね?」
「ああ。浜辺には誰もいなかった。念のため周囲を軽く捜索してみたが発見することは出来なかったな」
偵察の結果を隆二くんが改めて報告する。そう。Cクラスは昨日いた浜辺から1人残さず消えていた。
それも船の近くの茂みで見張っていたユキちゃんにバレることなくだ。リタイアするだろうというのはCクラスの状況を知る誰もが読んでいたが、こうしてあっさりといなくなったことに隆二くんもユキちゃんも考え込んでいる。帆波ちゃんもだ。
だが私に言わせれば簡単な種だ。
「もしかしてキャンプ地を移したのかな……? それならいなくなったことに説明はつくけど、でもあれだととてもじゃないけど残り4日を乗り切るのは無理だよね?」
「うん。だからリタイアしてるね」
「え、でも……」
「そんな難しいことじゃないよ。ユキちゃんに見張らせてるのも、隆二くん達の偵察も朝と夜の点呼の前には解かれるんだから。だからその時間に合わせてリタイアすればいいだけ」
「あ、そっか」
失念していたという風に帆波ちゃんが反応する。まあ少し考えれば皆すぐに気づいただろうけどね。今は別に待つ必要もないので答えを教えてあげると、隆二くんもまた頷いた。
「なるほどな。Cクラスは全てのポイントを使い切っている。俺達のように点呼を気にする必要はないわけか」
「それにどうせリタイアするんだから関係ないよね。びっくりしてちょっと頭が混乱しちゃってたよ」
「まあしょうがないよ。普通はあんな作戦取らないからね」
帆波ちゃんはちょっと恥ずかしかったのか照れて頭をかく。ま、可愛いからいいけど帆波ちゃんは咄嗟のアクシデントへの対応とかアドリブ力はあんまり高くないね。番組収録だとそれなりに結果を残せるけど生放送とかダメそうなタイプだ。
私が仕方ないと帆波ちゃんを慰めているとユキちゃんが息をつく。ここ3日、ずっと船を見張ってるのに躱されたことへの落胆が隠しきれないのだろう。さすがに気落ちしていた。
「じゃあ私がやってたことって意味ないじゃん……」
「そんなことないけどね。これで逆にわかったこともあるし」
「……わかったこと? それってなに?」
ユキちゃんが率直に聞いてくる。別に慰めているわけではない。事実としてわかったことを私は皆に伝えた。
「龍園くんはそれを知られたくなかったってことだよ。全員でリタイアして試験を放棄するつもりなら、時間なんて気にしなくていい。それでも点呼のタイミングっていう人がいない時に生徒をリタイアさせたってことは、誰がリタイアしてなくて誰がリタイアしたのか知られたくなかったってこと」
「え……それって、つまり……」
ユキちゃんが驚きの気配を見せると同時に、同じ緊張が帆波ちゃんや隆二くんにも走った。Cクラスは試験を放棄したとそう思っていたのだろう。その考えが覆された瞬間だ。
「Cクラスは試験を放棄してない。浜辺で見たあのどんちゃん騒ぎは、他のクラスを陥れるための戦略だよ。……ま、私は最初からそんな訳ないって思ってたけどね」
私はそう言って肩をすくめる。ぶっちゃけ何かするつもりなのは読めてたからどうでもいいんだけどね。
ただ問題があるとすれば一点。こちらの狙いがバレているかいないかだ。
「ユキちゃん。船見張ってる時にCクラスの人と鉢合わせたりした?」
「……いや、多分してないとは思う。でも、見られてたかどうかは自信ないかも」
「そっかー」
見られてないというなら問題ないけど、見られてたならちょっとね。目的までは読めてないといいけど龍園くんだからなー。ユキちゃんに船を見張らせている理由から推測して私の狙いまで辿り着かないとも限らない。気づいたところで問題ない戦略を打ってあるとはいえ、龍園くんならそれを防ぐためにメチャクチャな手を打ってくる可能性もある。バレたら即失格ものの不正行為。そういった手段も考慮するなら私の戦略も防げないこともない。バレているかどうかは分からないが……。
「はぁ。しょうがない。一応対策打っとこうかなー」
「何をする気なんだ?」
「龍園くんが島に残ってるかもしれないから、それへの対策ってことだよね?」
隆二くんと帆波ちゃんが尋ねてきたが、今日はもう夜遅いからと言って一旦解散にする。まあ、何もなければ良いんだけど何かあったら取り返しがつかないし、備えは万全にしておこうと、私はとあるテントに近づいていった。
──そして試験4日目。これで残りは3日で試験も明日で折り返しだ。
「おーい。そっち足気をつけろよー」
「うん。ありがとう柴田くん。ほら、こずえも」
「んっ……はぁ……ありがとう」
私は背後を振り返って大木の蔦を足場に登ってくる3人の様子を観察する。さすがに皆、一昨日、昨日と歩いているのもあってこの島の歩き方に慣れ始めていた。
だが疲労もそれなりに感じているようで、たまに手や足を揉みほぐしていたりする。特に運動神経は良いが部活に入っていないこずえちゃんがちょっと体力的にきつそうだ。
……ま、それだけじゃないだろうけどね。
とはいえ3人の状態は概ね計算通りだ。この分だと順調に計画は進むだろう。
「……ねぇ、麗ちゃん」
「んー? 何かな紗代ちゃん」
「後ろ……誰か付いてきてる」
──ま、何もかも順調とはいかないか。さすがに3日目になって気づいたのだろう。ちょっかいをかけてくるクラスがいることは予想出来ていた。私は紗代ちゃんの呼びかけに頷く。
「大丈夫。ほら、先進んで。道は分かるよね?」
「え……あ、ああ。わかるけどよ……どうするつもりなんだ?」
「別に。普通に話しかけようと思ってね。──おーい! そんなところで見てないでこっち来なよー!」
颯くん達に先に進むように促し、私は最後尾へ。そして大声でこちらを尾行してくる生徒に声をかける。
その生徒はこのタイミングで私に呼ばれるとは思っていなかったのか、少し迷っていたが程なくして近寄ってくる。その姿を見て私は笑顔を浮かべて歓迎してあげた。やっぱりね。尾行がうますぎると思ったんだよ。
「おはよう正義くん。こんなところで奇遇だねぇ。なんでこんな早朝から尾行してるの?」
「いや、ちょうど探索してるところで見かけただけだぜ。声をかけようか迷ったんだがな……さすがに他のクラスだから自重しようと思ってたんだ」
そう言ってバツが悪そうな表情で近づいてきたのはAクラスの橋本正義くんだった。坂柳派の中心人物。有栖ちゃんの側近だね。相変わらず演技も尾行も上手い。が、私には通用しない。私は笑って指摘する。
「あはは! 笑わせないでよ。10分くらい前からずっと付いてきてたじゃん。正義くんさぁ……前にも言ったけど、私アイドルよ? どれだけプロのパパラッチと戦ってきたかわかる? 気づかないとでも思ってるの?」
「っ……と。そうだったな。ああ、俺が悪かったよ。だから勘弁してくれ」
私がそう言うと正義くんはあっさりと両手を挙げて観念した。正義くんは切り替えも早い。誤魔化せないとわかると途端に演技をやめて友好的に接しようとする。
「ったく……南雲を相手にすると自信なくすぜ」
「学生にしては十分上手いから自信もっていいよ。私が人の視線とか気配に敏感すぎるだけだからさ」
「はは……こんな島の中でもかよ。さすがに恐ろしいな。うちの姫様と張り合うだけあるぜ」
正義くんは手放しで私を褒め称える。その中に畏怖も交えながら。
私はそのまま颯くん達から少し離れて次のスポットへの道を歩いて行く。すると正義くんもついてきた。話がしたいんだろう。その意思を汲み取ってこちらから尋ねてあげることにした。
「それで、何の用?」
「用? いや、ちょっと見つけて付けてたのは認めるが、用なんて……」
「あっ、そう。それじゃあもう二度と正義くんの話は受け付けないよ。さよなら」
「まっ……待て待て待て! わかった! 話があるから聞いてくれ!」
この期に及んで惚けようとしたもんだから突っぱねてやると焦って謝り倒してきた。私が言うのもなんだが、正義くんは私とすこぶる相性が悪い。正義くんは尾行とか演技とか交渉とかそういった対人能力が優秀だけど私には大体通用しないからね。通用するのは交渉くらいだ。
「それでー? 話って何?」
「あ、ああ。話ってのは単純さ。……どうするつもりなのかと思ってな」
「どうするつもりって? 質問の幅が広すぎてわかんないよ?」
いや、わかる。わかるけど敢えてそう言った。正義くんが少し声を抑えてこちらに掛けてきた言葉は、なんというかAクラスにとっての裏切りの言葉だからね。別に録音も出来ないしするつもりもないけどちゃんと自分の口から言わせようとした。
正義くんもまた私相手におためごかしが通用しないと察したのだろう。回りくどい言い回しはせず直球で言いたいことを告げてきた。
「勝算はあるのか? ないんなら、こっちはAクラスのリーダーを教える用意があるが」
うん。清々しいまでの裏切りだ。わかってたけども。正義くんはこういう人なんだよね。どのクラスがAクラスに上がっても勝ち上がれるように各クラスのリーダー、実力者を見定めて対話を繰り返しているし、それを有栖ちゃんもまた理解しながら重用しているのだ。なんだかんだ言って正義くんは優秀だからね。駒としては便利なのだ。痒いところに手が届く人材って言うのかな。そんな感じ。
なので今回の試験で私達Bクラスが勝ち上がる可能性を鑑みて接触してきたのだろう。それに加えて有栖ちゃんの思惑もありそうだ。正直それは大した予想じゃない。私はそれを口に出す。
「今回の試験でAクラスの指揮を執ってるのは葛城くんだからねー。葛城くんを失脚させるためには失態を演じさせる必要がある。それに加えて、正義くんの個人的な私への点数稼ぎってところかな」
「……いやほんと、隠し事が通用しないな。だけどまあそういうことだ。さっきは勝算があるのかって聞いたがあってもなくても教える用意はある。こっちとしちゃあ葛城にはさっさと潰れてもらってクラスをひとつにまとめないとな。勝てる勝負も勝てなくなる」
「ふーん。有栖ちゃんも苦労してるねぇ。でもそれでAクラスから陥落してもいいの?」
「ウチのリーダーが言うには、俺たちがAクラスから一度落ちることは避けきれないそうだ。葛城じゃあ南雲や龍園の相手にはならないってよ。俺もそう思うね」
正直な正義くんの言葉を聞いて私はさもありなんという風に肩をすくめる。実際のところ、正義くんや有栖ちゃんの見立ては間違ってない。7月終了時点。この試験が始まった時のAクラスとBクラスのクラスポイントの差は僅か100程度。今回の試験だけで十分にひっくり返る差だし、私もひっくり返す気でいる。そうなれば2学期には私達のクラスはAクラス。正義くん達のクラスはBクラスだ。
そしてその結果の責任の所在が誰になるのかと言うと葛城くんだろう。今回の試験でひっくり返された場合、葛城派の生徒も有栖ちゃんに下る可能性が非常に高い。坂柳派にとってもそれが良いのだろう。もっとも、全員が全員クラスが落ちることを良しとしている訳ではないだろうが。多分有栖ちゃんと側近の数名くらいしか知らされてないかもね。
そしてその提案を受けない理由は存在しない。強いて言うなら有栖ちゃんがトップになることでよりクラスが強固になるというデメリットはあるが、そうなればそうなったでより楽しめるんだから私個人にとってはそんなにデメリットでもない。ただ1つ、気に入らないことがあるとすれば……。
「……受けてあげてもいいけど、なんというか──気に入らないね。有栖ちゃんは私に塩を送ってでも勝てるつもりでいるってことでしょ? 可愛くないなぁ」
「っ……そこはまあ……大目に見てくれよ。ウチのリーダーは好戦的なんだ。南雲も知ってるだろ?」
「わかってるけどね」
身体をビクッとさせた正義くんの反応を無視して有栖ちゃんの顔を思い浮かべる。自信家なのは良いことだけどね。それでも私を舐めるようなやり方はちょっと気に障るかな。
……ま、私も同じようなところあるから強くは言えないけど。はぁ、なんで私といい有栖ちゃんといい龍園くんといい、リーダーってのは好戦的だし自信家なんだろうね? 困ったものだよほんと。
「というか別に教えて貰わなくても実は分かってるんだけどね」
「……そうなのか?」
「戸塚くんでしょ?」
と、私がいきなり言えば正義くんは表情を動かさない。驚かないようにしていた。そして、その不自然さが逆に私に確信を与えてくれる。
「うん。本当は確信までは持ててなかったけどこれでわかったよ。戸塚くんなんだね。ありがとう正義くん」
「……って、おいおい……俺の反応で確信したってのか? どんだけ注意深いんだよ」
「ほぼほぼわかってたけどね。正義くんのおかげで99%にはなったかな」
それを聞いた正義くんは苦笑いを浮かべていた。そしてすぐに切り替えて言葉を返してくる。
「なら100%にしてやるよ。リーダーは戸塚だ。当たってる。間違いないぜ」
「って、言われてもなぁ。100%っていうのは証拠がなければ100%にならないんだよ? そう言うんなら写真でも撮るか盗んでくるかして物証持ってきてよ。そうしたら100%信じてあげるからさ」
「無茶言わないでくれ。葛城は俺たち坂柳派にすら注意を向けてるんだ。そんなことは出来ない。……つーか葛城の奴、俺たちが何もしなくても失態犯してんのかよ。これじゃ企むまでもなかったな」
私が既にリーダーに当たりをつけていたことを知って正義くんが顔を手で押さえる。坂柳派に所属しているとはいえ、葛城くんはAクラスの2大巨頭の1人。それなりに評価はしていたはずだ。
その葛城くんがこうもあっさりやられているのを感じて橋本くんもがっかりしたのだろう。ちょっとしたやるせなさを感じているはずだ。強敵だと思っていた相手が案外弱かったら萎えるよねー。わかるわかる。
「まだわかんないよ? 葛城くんが逆転の1手を思いつくかもしんないし、私達が大失敗する可能性もあるからねー」
「そりゃあ無理だろ。……ってそうだ。Bクラスの戦略のことも聞きたかったんだ。そっちは大丈夫なのか?」
「スポット巡り大作戦のこと? まー平気だよ。どうにでもなるからさ」
私がお気楽にそう言ってみせれば、正義くんはどう判断していいのかわからないといった微妙な表情をしていた。やっぱり正義くんの目から見ても私の戦略は悪手に見えるようだ。うん。それでこそだよね。改めて成功を確信出来る。
「心配するのもわかるけどさ、信頼しといてよ。南雲麗ちゃんの戦略は完全無欠で変幻自在。完璧な勝利を見せてあげるからさ」
「……そうか。なら期待させてもらうかな。俺にはお前達の考えることなんてわからないし、予想するだけ無駄ってもんだ」
考えても分からないことを悟った正義くんが肩の力を抜く。なまじ頭が良くて判断力が優れてるせいかな。早々に見切りをつけちゃうのはちょっと悪い癖だね。死ぬ気で考えれば思いつく可能性だってあるかもなのに。
「それじゃ俺は戻るぜ。ちょっとは俺の仕事も加点しといてくれよ」
「ちょっとだけね。──あ、そうだ。それならせっかくだし仕事を頼もうかな」
「ん? どんな仕事なんだ?」
「それはねぇ──」
私は正義くんに一応仕事を頼んでおく。それを聞いた正義くんは若干顔を引き攣らせていたがしょうがない。私の駒になりたいならこれくらいの仕事はこなしてもらわないとね。
無人島試験も折り返しの4日目を過ぎて5日目。その日は朝から面白い報告が上がってきた。
「……Dクラスで下着泥棒?」
『ああ。軽井沢恵の下着が盗まれたらしい。今Dクラスの女子が男子を起こしてその犯人探しが行われている』
偵察に出ていた隆二くんからそんな報告が無線機越しに上げられる。なんともまあDクラスはトラブルが絶えないね。
「それはそれは。軽井沢さんも可哀想にねぇ。それで、犯人は捕まったの? それと疑われたりしてない?」
『いや……まだ見つかってはいないようだ。それに幸いにも疑いはDクラスの男子だけに向いている。どうやらDクラスの男子は女子にあまり信頼されてないらしい』
「男子も可哀想だね」
Dクラスは団結力が皆無だね。あながち不良品というのも間違いじゃないのかもしれない。あるいは優れたリーダーがいない弊害かな。地味に掘り出し物があるクラスなのに勿体ないよね。
『どうする? こちらから何か仕掛けるか?』
「そうだね……」
隆二くんからの質問に、私は考える。仕掛けるのも確かに悪くはない。後の布石としてちょっかいをかけておく、という手も一応思いついた。Dクラスという組織を崩壊させるにはこの下着泥棒事件は中々に面白い。誰が犯人かはわからないが、これが単なる性欲に惑わされただけのつまんない目的の犯行でなければこれを1つの切っ掛けとすることが出来る。
無論、そうであっても私のような意図で起こしたわけではないだろう。単なる嫌がらせの1つ、あるいは隙を作るための1手と見るべきだ。そんな1手が打てる人物がいるとすれば……。
「あれ? 浜口くん。ナイフどこにいったか知らない?」
「ん、そこに置いてないかな」
「えー、浜口くんが持ってると思ったんだけど……」
「僕は使ってないかな。野菜の収穫に誰かが持っていったか、料理の後に使ってどこかに落としたのかもしれないね……一応探してみようか」
「どうかしたのですか?」
「あ、金田くん。ちょっとナイフが見当たらなくてね。どこにあるか知らないかな?」
「いえ……僕は見てませんね。それにしても……ナイフですか。少し危ないですね。良ければ僕も探すのを手伝いましょう」
「ありがとう。じゃあ金田くんは向こうの食材置き場の方をお願い出来るかな?」
「わかりました」
私は周囲の会話を耳にしながら、下着泥棒の件について思考を回す。どうやらこっちでもちょっとした失せ物が出たらしい。とはいえそれは下着のような個人の物ではないし、特に気にすることでもない。浜口くん達、生活班がそれに気づいて軽く探し回っている。私はちょっと気になって声をかけてみることにした。
「隆二くん、ちょっとごめん──浜口くん、どうかしたの?」
「あ、南雲さん。それがナイフが一本無くなってしまったみたいなんです」
「あらら、それは危ないね。探すなら気をつけて探してね」
「ええ、お気遣いありがとうございます。皆にも注意しておきますね」
私の注意を素直に受け取り、浜口くんは再びナイフを探し始めた。ナイフか……無くすものとしてはちょっと物騒だね。
とはいえこれは下着泥棒の件とは関係ないだろう。それに、なくなったところでちょっと不便になるだけだ。野菜の収穫の時に便利かもってことで調理用の包丁とは別に購入したものだが、一本だけならなくなっても特に影響はない。特に騒ぎにもならないだろう。悪意も感じない。これがサスペンス映画なら明らかにフラグではあるけど……さすがにそれはありえない。
『どうかしたのか? 何やらナイフがどうとか聞こえたが……』
「……いや、ちょっとね。それより決めたよ。Dクラスには仕掛けない。今まで通り監視だけお願い」
『いいのか?』
「うん。ただ犯人が見つかったり、何か怪しい動きがあったら報告お願いね」
『……ああ、わかった』
私は考えた末に隆二くんにDクラスの監視を継続し、仕掛けは行わないことを決める。やるには私自身が動く必要もあるし、Dクラスとの接触は予定通り後1回だけで十分だろう。
「あ、麗ちゃんいた」
「そろそろ出発だろ? 集めといたぜ」
「ありがとう颯くん。それじゃあ行こっか。……こずえちゃん、大丈夫?」
「……うん、大丈夫だよ」
そして気づけばもう予定していた出発の時間だ。私は颯くん達の呼びかけに答えつつ、小声でこずえちゃんの様子を尋ねる。こずえちゃんはパッと見まだ元気そうだ。とはいえ、少し元気もなくなってきたかな。私はそれを確認し、他の生徒に声を掛けてキャンプ地を出発する。
「……荒れてほしくはないんだけどなぁ」
私は先頭を歩き、何となく空を見上げながら呟く。このままいけば私達の勝利。それは間違いない。私の戦略に穴はない。
だけど面倒な方に転がる可能性はあるかもしれないと、私は警戒を少しだけ強めることにした。
試験6日目。下着泥棒の1件で男女の生活区域が別れたその次の日に探索から帰ってくると、またしても新たな事件が起こっていた。
「おいおいマジかよ! 嘘じゃないだろうな?」
「いや嘘じゃないし。確かに見たんだって!」
男子と女子のエリアの境界線。そこにDクラスの生徒達が集まっていたのを、探索から帰ってきたオレ達は目の当たりにする。下着泥棒の1件で男子と女子の距離は離れていた筈だが、昨日の今日で一体何があったというのか。
「はぁ……全く……次から次へと騒がしいわね……」
山内に泥をかけられて(オレが指示したものだが)早く身体を流したい堀北はいい加減勘弁してほしいと言わんばかりに深いため息をつく。こうも立て続けに事件が起きたらそう言いたくもなるだろうな。
だが近づいていくに連れ、その空気が伝わってくるが、どうも不思議なことに言い争いをしていたり揉めていたりするようなことはないようだ。むしろ、話し合っているようにも感じられる。堀北や佐倉、山内や一緒に来ていたCクラスの伊吹ですらどういうことかと訝しんでいた。
「……うん。それじゃそうしようか。明日、責任を持って僕が名前を伝えさせてもらうよ。それまでの間、迂闊に口に出さないようにしよう」
だがその話し合いは平田の一言でどうやらまとまったようだ。その言葉に男子も女子も納得したようでそれ以上何かを言う事はなくそれぞれの生活区域に戻っていく。その時も、今朝よりも少し雰囲気が良い。
まさか仲直りかとそう思ったが、どうやらそうではないようだ。戻ってきたオレ達は真っ先に平田に声を掛ける。
「平田。何があったんだ?」
「あ、帰ってきたね……って、堀北さん? どうしたんだいその格好……」
「……私のことは放っておいて。それより、何か話し合っていたようだけどその内容を教えてくれるかしら」
「ああ、うん。勿論だけど……先に身体を洗った方が……」
「……ここまで来たら一緒よ。そう思うなら早く伝えてちょうだい」
堀北も辛そうではあったが、話を聞くのが先決だと平田に催促する。どのみち、シャワー室は並んでいるようですぐには使えそうにはなかったが。平田は堀北を心配そうに見ていたが、堀北の意思を尊重して先に伝えることに決めたようだ。
「……うん。わかった。なら伊吹さん。悪いけど少しの間離れててくれないかな?」
「……ああ、わかった」
クラス内の話し合い。それも内密なものだと理解したのだろう。伊吹は素直にその場を離れていく。それをしっかりと確認し、見送ったところで平田は声を落としてその話の内容を口にした。
「それじゃあ堀北さん達にも共有させてもらうけど……実は、探索に出てたグループがリーダーを見つけたらしいんだ」
「……!」
その言葉に探索に出ていたオレ達は驚く。もしその平田の言葉が本当なら、オレ達Dクラスにとって値千金のポイントとなるだろう。なるほど。確かにそれなら先程の状況も頷ける。
「……それって本当? 見間違いとかではないわよね?」
「佐藤さん達が言うには間違いないそうだよ。探索に出ていたところ、Bクラスの南雲さん達が歩いているのを見つけたんだって。そこで向こうにも見つかって、ちょっと話していたらしいんだけど、別れ際になってBクラスの南方さんがカードを落としてそれを佐藤さん達は拾って見たらしいんだ。名前もしっかり確認したって」
「それは……」
「お、おいおい! それなら間違いないじゃねーか!」
平田の佐藤から聞いたという話に堀北も咄嗟に言葉を口に出来ない。山内が大声で騒ぐが、今回は山内の言葉が正しいだろう。その状況でカードを直接間近で見たというなら間違いない。偽証は不可能だからだ。
「うん。一緒にいた松下さん達も見てるし、間違いないみたいだね」
「そう……それで、そのカードはどうしたの? もしかしてまだ持っている?」
「ううん、さすがにカードを佐藤さんが手に取って見た瞬間、南雲さんに奪い返されたそうだよ。その後、Bクラスは焦ってその場を離れていったって」
「……なるほど。随分と大きなミスをしたのね、彼女は。リーダーは……その南方さんでいいのよね?」
「うん。南方こずえさんだね」
堀北が改めてリーダーの名前を確認する。南方か。聞いたことのない名前だな。顔も知らないし、あまり目立つ生徒ではない普通の生徒なのかもしれない。
だがキーカードを落としたか……どうにも稚拙なミスだが、名前をはっきりと見てしまった以上、リーダーは確定だ。複数人の証言もあるし、見間違いということもおそらくないだろう。それは間違いない。
「……なら明日の点呼の時に名前を告げればBクラスから50ポイントを奪えることになるわね。それに、今までBクラスが集めたボーナスポイントも全て抹消できる」
「うん。南雲さん達には少し悪いけど……さっき話し合って名前を告げることを決めたんだ」
「……そう。わかったわ。それならそうして。私は身体を洗ってくる。シャワー室は……まだ無理そうね」
堀北はそこで少しだけ気を抜いたようだ。南雲という警戒する相手が自滅してくれたことで少しだけプレッシャーから解放されたのだろう。川で身体を流すことを提案したオレの言葉に乗っかり、櫛田と共にその場から立ち去っていく。山内がまた堀北に殴られた身体を休めると言ってテントに戻っていった。
そしてオレはシャワー室に並ぶ伊吹の姿を確認しつつ、内心で疑念を確信に変える。やはり、Bクラスの……南雲の思いついた戦略は、これからオレがやろうとしていることと同じだと。
次回かその次々回で無人島試験編は終わりです。お楽しみに。
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