ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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アイドルと鬼ごっこ

 試験6日目は朝から雲行きが怪しかった。

 それは空を覆う雨雲のことでもあり、それ以外のことでもあり。

 

「大丈夫? こずえちゃん」

 

「う、うん……まだ、大丈夫かな……」

 

 朝。最後のスポット巡りに向かおうと点呼を終えた時点で、リーダーのこずえちゃんは明らかに苦しそうだった。その様子を見て、周りのクラスメイトもこずえちゃんに心配そうに声を掛けている。これからまたスポットを巡らないといけないのにこれじゃあキツそうだね。疲労と慣れない環境も合わさったせいかな。想定よりも気分が悪そうだ。

 そんなこずえちゃんを心配しながら準備をしていると、帆波ちゃんが声を掛けてくる。その表情は、とても明るいものとは言えない。

 

「……麗ちゃん」

 

「何?」

 

「金田くんがいなくなったよ。皆にも聞いてみたけど誰も見てないって。朝起きたらいなくなってたみたい」

 

 うん。帆波ちゃんからの報告を聞いて私は頷く。どうやらちゃんと証拠は見つけてくれたみたいだね。毎日ちゃんと隙を作ってあげた甲斐がある。

 私は自分の戦略が尽く良い方向に進んでいることに満足する。後は最後のスポット巡りを行って、こずえちゃんを送り届けるだけだ。それだけでBクラスの勝利は確定する。私は帆波ちゃんにも激励しておこうと声を返した。

 

「うん。いなくなってたなら仕方ないね。それよりも最後1日、頑張ろっか。帆波ちゃんは生活班の指揮、最後までよろしくね」

 

「……うん。それは勿論。責任を持ってやり遂げるよ」

 

 そう笑顔で言ってあげれば、帆波ちゃんからも満足行く解答が返ってくる。これなら心配いらなそうだね。私はそう思い、キャンプ地を後にしようとした。その際に、何かを口にしようとした帆波ちゃんの口を塞ぐべく、私は先に口を開いた。

 

「心配はいらないよ、帆波ちゃん」

 

「っ……でも」

 

「言いたいことはわかるよ。でもここまで来たらさ。私に任せてよ。こずえちゃんにも無理はさせないし、ちゃんと送り届けるからさ。こずえちゃんも大丈夫だよね?」

 

「……うん。私は大丈夫だから……心配しないで」

 

 帆波ちゃんの心配を吹き飛ばすべく、こずえちゃんにも尋ねてみればこずえちゃんは笑顔を浮かべてみせた。うん、いじらしいというか、健気だね。自分に任せられた役割をしっかりと理解しているようだ。

 対する帆波ちゃんももう気づいているようだが、私は異論を挟ませない。この戦略こそが何よりも効率がいいのだ。試験も残り1日だし、今更ここで中途半端に締めることはしない。やるなら最後までやりきる。そう。この時間からこずえちゃんをリタイアさせるには、まだちょっと早すぎる。リタイアするのは日が落ちてからか、せめて夕方頃が望ましい。

 ただ帆波ちゃんはこずえちゃんの状態を見てこれ以上無理させるのが辛くなったのだろう。私としてはリタイアする正当な理由として望ましい状態になってくれたことを感謝したい気分なんだけど、帆波ちゃんとしては今すぐリタイアさせたいってのが本音だろうが、こずえちゃん自身も大丈夫と言っているし、飲み込むしかない。帆波ちゃんもこの戦略の利点を理解している。だからこそ、クラスの損失になるようなことに踏み出せない。

 

「……わかった。でも、絶対に無理はさせないでね」

 

「うん、わかってるよ。何かあったらすぐ連れて行く。約束するよ」

 

 私が笑顔を消してそう言えば、帆波ちゃんも信じてくれたのだろう。私の真剣な表情を見て嘘はないと判断し、やがてゆっくりと頷いた。

 

「……うん。麗ちゃんを信じるよ。でも本当に無理はさせないでね」

 

「わかってるよ。──ということで人員交代かな。颯くんと紗代ちゃんは生活班に移動。代わりに隆二くんはついて来て」

 

「ああ」

 

「え……いいのか?」

 

「3人だけで大丈夫?」

 

 これまでスポット獲得班として動いていた颯くんと紗代ちゃんに待機を命じ、代わりに隆二くんを同行させる。2人からは疑問の声が上がったが、問題ない。むしろいざという時に優しい2人は邪魔になっても困る。

 

「うん。大丈夫。後1日だしね。2人は身体を休ませるといいよ。後は私達に任せて」

 

 最後に頼れるリーダーとしての言葉を発し、私はこずえちゃんと隆二くんを連れて最後のスポット巡りに向かう。空模様が更に怪しくなった気がした。

 

 

 

 

 

 最後のスポット巡り。その行軍は中々に厳しいものとなった。

 

「大丈夫か? 南方」

 

「はぁ……はぁ……うん、ありがとう……神崎くん」

 

 鬱蒼とした森の中を進み、次のスポットを目指して歩き続ける。朝に出発して5箇所を巡ったが、まだ半分も終わっていない。そして時刻はお昼を過ぎ、やがて夕方に差し掛かろうとしていた。

 その原因は当然、体調の悪いこずえちゃんだろう。私が計算したことではあるので悪し様に言うつもりはないけどそれが事実。明らかに顔色が悪くなってきたこずえちゃんを、隆二くんが気遣って手を貸している。歩む速度も初日と比べて亀のように遅い。……潮時かな。私はそれを見て指示を出した。

 

「──うん。次のスポット……船に向かう道中にあるスポットに寄って終わろうか。こずえちゃん、もう少しだけ頑張れる?」

 

「次で終わり……うん、それなら、頑張れるかも……」

 

「オッケー。それじゃ行こうか。隆二くん、後ろ警戒お願いね」

 

「ああ。任せてくれ」

 

 私は進行方向を少しずらし、南に向かう。船へと向かいながらスポットに寄る道筋だ。

 こずえちゃんは辛そうだが、それでも私の言葉を聞いて奮起したようで、先程よりも歩みを早めてみせる。思ったよりも根性あるね。私の中でこずえちゃんの評価が上がる。こずえちゃんはしっかり出来る子だ。終わったら報酬のポイントと私からのお褒めの言葉をあげよう。

 そうして私達は再び無言で歩き続ける。普段なら私が軽快なトークで場を盛り上げながら行くところだが、そんな余裕はあまりない。何となく嫌な予感がするからね。

 隆二くんもまた私の指示に従って私達の背後を警戒しながら進む。どうやら尾行は……多分、ないみたいだね。

 妥協するのであればこんな警戒もしなくていいし、今すぐ離脱するのも良いんだけど気づかれてなかった場合に利益が大幅に下がるからやりたくないんだよね。あくまでそれは最終手段だ。出来る限り自分達で向かう。それが最善だ。

 

「ん。ついたね。最後のスポット」

 

「はぁ……はぁ……やった……!」

 

 そしてしばらく歩き続けることしばらく──遂に辿り着く。

 そこは木々に囲まれた平地のスポットであり、その端末装置が取り付けられた大木を中心に近くには様々な野菜や果物が実っている場所だ。ここを占有して拠点にすることが出来れば食料はそれなりに充実するし、他のクラスにも取られにくい。比較的スタート地点の浜辺に近いスポットだが、洞窟や水辺、井戸などと比べればあまり良い場所とは言えない。食料は足を使って取りに行けばいいからね。水や隠蔽性の方が大事だ。

 

「さて、それじゃあカードを通して帰ろうか」

 

「う、うん……行ってくる……!」

 

「あ、ちょっと待ったこずえちゃん!」

 

 端末装置を見つけるなり、こずえちゃんは私を通り越してそちらへ走っていってしまう。もう少しだと思い気が逸ってしまったのだろう。私はそれを呼び止めるが、こずえちゃんは止まらない。作戦を理解していることもあって、バレる心配はないと高を括っている。

 だがそれでも概ね問題はない。この戦略はバレたところでルールに則った対処は不可能。この戦略を取られた時点で、相手はもうほぼ負けが決まっている。そんな作戦なのだ。

 だから私達スポット獲得班は終始気楽ではあった。一応のリーダー隠しはするものの、バレても構わないのだ。そんな気の緩みが、最後の最後で隙になる。そして更に。

 

「雨……」

 

 頭に雫が落ちてくるのを感じ、空を見上げる。その瞬間に、私は()()()()大声を上げた、

 

「こずえちゃん戻って!」

 

「え……?」

 

 こずえちゃんが私の声に反応し、振り返る。だけど、そこでまず目にするのは私じゃない。

 

「──よう。会いたかったぜ」

 

「っ……! あ……!」

 

 こずえちゃんの目の前に。木の上から降りてきたその男は獲物を捕らえた喜びで口端を酷く歪めていたに違いない。怯えるこずえちゃんに向けて、容赦のない蹴りを腹にお見舞いする。

 

「っっ!?」

 

 明らかに喧嘩慣れした、人を蹴り慣れている男のそれを受けてこずえちゃんが悶絶する。ただでさえ体調が悪く体力も限界に近いこずえちゃんがそれを耐えられる道理はなく、身体の力を抜いてしまう。背後の隆二くんがその暴挙を見て彼の名前を呼んだ。

 

「──龍園っ!!」

 

「クク。どうした? 何をそんなに怒ってる?」

 

 隆二くんがすかさず前に出ると、その男──龍園くんは素早くこずえちゃんの手首の腕時計を外し、それを投げ捨てる。その上で部下の名を口にした。

 

「アルベルト」

 

「っ……!」

 

 のそりと大木の陰から姿を現した黒人の大男を見て隆二くんの足が止まる。Cクラスの山田アルベルトくん。龍園くんの側近であり、日本人離れした体格を持つ彼の登場は私達の行動を躊躇させることに成功する。そこで私は素早く懐に手を伸ばした。そしてようやく龍園くんは私を。私は龍園くんと視線を合わせた。先に声を出したのは私の方だった。龍園くんの作戦を、早くも理解したから。

 

「……あはは、やってくれるね。今自分が何してるか、何をしようとしてるのかわかってる? 不正行為だよ龍園くん」

 

「俺がそんなこと気にするように見えるのか? 麗、悪いがお前の戦略はお見通しなんだよ」

 

 距離にして10メートルといったところかな。互いに距離を空けた上で口を開く。互いに互いを警戒し、どんな行動を取られても動けるように。

 そしてその上で龍園くんは私を見て笑った。この上なく楽しそうに。称賛すら交えた上で。私の立てた戦略を口にする。

 

「いや、見通すことが出来たって言うべきか? まさかリーダーの交代なんて離れ技を使ってくるとはな」

 

 龍園くんは私の考えたその戦略をあっさりと暴露してみせる。隣の隆二くんから驚いた気配が感じられた。だが、私は不敵に笑いながら余裕を崩さない。

 

「……へぇ? よく気づけたね。てっきり騙されてくれてるもんだと思ってたけど?」

 

「ああ。確かに最初は俺にも気づけなかった。大したもんだぜ麗。あのまま続けてれば敗北してたのは俺の方だった。試験が始まって俺とおまえが動き始めた時点で勝敗は決まってた。種は簡単だが中々思いつける戦略じゃない。それを実行された時点でどのクラスも作戦負けも同然だ」

 

 龍園くんは自らの敗北を認めてみせる。雨音が徐々に強くなりながらもそれを一切気に留めることはせずに龍園くんは続ける。

 

「臭いと思ったのはおまえの立てた偽の戦略を知ってからだ。おまえがあんなバカみたいな作戦を立てるわけがない。必ず裏があると思った。船の近くでこそこそとBクラスの女が動いていることにも気づいてたぜ。その上で考え……俺はようやくおまえの戦略に追いついたってわけだ」

 

 龍園くんは言う。腕の中にしっかりとこずえちゃんを捕まえ、逃さないようにしながら。

 

「正当な理由なくリーダーの変更は出来ない。なら、その正当な理由を作ってやればいい。明らかに体調の悪いこの女がリーダーになってるのもその証拠だ。おまえはこの女をリタイアさせてリーダーを直前で変更させるつもりだったんだろ?」

 

「……あー、はいはい。正解だよ。おめでとうございまーす。……って、褒めて上げればいいかな? ほんと、よく気づけたね。誰も気づけないと思ってたんだけどな」

 

「おまえのやり方を知ってたからな。何もなけりゃ気づけなかったぜ。おまえが偽の過去問をばら撒いたあの作戦を知ってなきゃ俺もまんまと騙されてたかもな」

 

 龍園くんは私のやり方を理解したとこの試験が始まる前に言っていた。最初は気づいてなかったものの、一応それが切っ掛けになったことは事実だろうね。あの一件で私のやり方を知らなければここで龍園くんを含めて全クラスを陥れることが出来た。

 

「それだけに惜しかったな麗。もう少し巧妙にやってればこの状況を防ぐことはできた。バカの演技が過剰なんだよ。少しでもおまえのことを知ってれば誰だっておかしいと思う。もっとも、それでも葛城や鈴音みたいな奴らには気づけなかっただろうが……俺だけは別だ」

 

 既に勝ちを確信したように、龍園くんはこの状況を楽しんでみせる。この状況を作ってみせた自分こそが勝者だと。

 だが生憎と……私はそう思っていない。

 

「この女にリタイアされればBクラスのリーダーは行方不明も同然だ。誰でも適当な奴を新しいリーダーに指名するだけでお前の戦略は成就する。他のクラスは間抜けにもお前の作った罠に引っかかってポイントを削らされるのさ」

 

「……それがわかったならリーダーを当てなきゃいいんじゃない? それなら50ポイントは守れるよ?」

 

「確かにそうすれば間抜けを晒すことはなくなるな。だが、元よりポイントを使い切った俺たちにはそれじゃあ足りねえんだよ。俺の当初の戦略を成立させるためには、この女にリタイアを許すわけにはいかねえ。何としてでも阻止してやる必要があった」

 

 だからこそ、この場所で機を窺っていたのだろう。私達が各スポットを巡っているのは少し調べれば分かること。そうなればどこかで待ち伏せしていればいい。

 あるいはそれでも成功するかは運に左右される。それに、この天候やこずえちゃんの行動がなければそれでも防げたけど……最後に運が無かったと言うべきかな。

 

「……こんなことをしてタダで済むと思ってるのか? 龍園。俺たちが学校側に訴えればおまえ達は失格になる」

 

「おまえこそよくわかってないようだな神崎。こんなところでどこの誰が見てるって言うんだ? ここで俺たちが何をしようと証拠は出ない。後はやったかやってないかの水掛け論だ。そうなりゃ損をするのはお前らの方だ。少しは頭を使って考えるんだな」

 

「くっ……!」

 

「わかったか? 既にここは俺のフィールドなんだよ。こうなった以上、お前らに勝ち目はない。後はこの女を朝までどこかで保護してやれば終わりだ。心配するな。危害は加えねえよ。死んじまったらさすがにポイントどころじゃねえからな」

 

 片手を広げ、後はどうにでもなると豪語する龍園くん。実際、幾つか取れる手段はあるがそのどれもが決定的な解決手段にはなりえない。そのまえに、アルベルトくんが私達をボコボコにして逃げればそれだけで済む。何をしようが証拠が出ない以上、水掛け論にしかならないし、どれだけ上手くいっても両成敗で終わる。

 そもそもBクラスはリーダーを当てられただけで敗北とも言える戦略を取ってるし、ここでこずえちゃんを攫われるだけで私達は大損害だ。緊急用に使える腕時計も捨てられてしまったし、私達が押して事情を話したところでどこまで上手くいくか。はぐれた生徒がいるからと試験中に捜索してもらえるかも分からないし、その前に龍園くんには逃げられるだろうし、万が一後から見つかっても私達とはぐれたのか、1人でいるところを保護してやっただの幾らでも言い逃れは出来るしでかなり面倒な状況だ。俺のフィールドとはよくいったもので、教師の目が届かないこの無人島の試験では龍園くんの取る暴力のような手段が発揮しやすい。確かにリスクではあるだろうが、成功すれば私達を地につけることが出来るのだから龍園くんにとっては安いものだろう。彼はどうやらリスクを恐れない人みたいだ。

 そこまで考えた上で私は納得する。1番良いのは、この場で龍園くん達からこずえちゃんを奪い返して船まで連れていくこと。それが出来ればその瞬間に私達の勝利だ。

 私は隣にいる隆二くんに軽く目線を送り、すぐにその視線を龍園くんに戻す。そして不敵な笑みのままで、腕をぽきぽきと鳴らしてみせた。

 

「つまり、龍園くん達と鬼ごっこだ。こずえちゃんを取り返して船まで連れてけば私達の勝ち。それでいいのかな?」

 

「クク……何だ。教師でも呼ぶつもりか? まさかそれまで無事でいられると思っちゃいねえだろうな?」

 

 龍園くんがそう言うとアルベルトくんがすっと前に出てくる。そうはさせない。そんな無言の意思を彼から感じた。

 私はその圧力を感じながらも、あえて挑発する。横にいた神崎くんが頷く。龍園くんの遥か後方に光が見える──この時点で、鬼ごっこの準備は整った。

 

「いやいや。こうなったら龍園くんが大好きな暴力で付き合ってあげるよ。それなら文句ないでしょ?」

 

「ほう?」

 

 私のやる気を感じ取ったのだろう。龍園くんが楽しそうに目を細める。

 私達が話している間に日は沈み、雨は更に激しくなる。耳に雨音が響き、視界は悪く、周囲の気配も拾うことは難しい。

 

「おまえもやれるのか? だとしたら面白いな。アイドルがどこまでやれるのか、是非とも俺自身の手で確かめておきたいところだが……生憎と俺の手は空いてないんでな。アルベルトで我慢してもらうぜ?」

 

「あーあー怖い怖い。こんな可愛くてか弱い麗ちゃんにそんな大男けしかけてきちゃってさ。ほんとずるいよねー。勝てるわけないじゃん」

 

 あえておどけながらゆっくりと近づいていく。アルベルトくんからは、僅かだが躊躇の気配が生まれた。無防備に近寄ってくる女の子相手に先に手を出していいものか迷っているのだろう。

 だがそれでも後一歩近づけば迷いはなくなる。さすがだね。忠誠心が高い。ほんと、私のボディーガードに欲しいくらいだよ。私は片手を上げて口にする。

 

「だからハンデをもらおうかな」

 

「あ?」

 

 私は懐から懐中電灯を取り出し、何度か点滅させることで合図を出す。辺りから、息を呑むような気配と共に茂みを疾走する音が聞こえた。龍園くんとアルベルトくんも遅れてそれに気づく。その瞬間、私や隆二くんも走った。私は言う。

 

「2対15でいいかな?」

 

「ッ……クク、そういうことかよ!」

 

「やれ!」

 

 背後から、隆二くんの声が飛ぶ。それは指令だ。

 周囲に集まってきたBクラスの男子13人。隆二くんが指揮する遊撃班が、四方八方から現れて龍園くん達を囲む。

 その瞬間に私は走った。隆二くんとBクラスの男子2人がアルベルトくんに体当たりを仕掛ける。そのブロックの間に横を走り抜け、私は周囲の生徒に対処しようとする龍園くんに素早く近づき、その顔面目掛けて蹴りをお見舞いした。

 

「っ」

 

「よっし。こずえちゃん確保ー!」

 

 龍園くんの顔の横に蹴りをクリーンヒットさせれば、龍園くんが舌打ちをする。効いてない訳じゃないと思うけど、思ったよりタフだった。その間にBクラスの男子たち数名で龍園くんを抑え、こずえちゃんをその手から引き剥がすように奪い返すと私はこずえちゃんをおぶさって急いでその場から駆け出した。背後から龍園くんの声が届く。

 

「なるほどな。俺がこういう手に出ることも読んでたってわけか……!」

 

「備えておいて正解だったよねー! そういうことでばいばーい龍園くん! 追いつけるもんなら追いついてみなよ!」

 

 私は通り過ぎるBクラスの男子達に手を上げて足止めに徹するよう指示を出す。その男子達の手には無線機と懐中電灯が握られていた。やっぱ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正義くんもしっかり指示を出してくれたみたいで助かった。

 それにしても元々リーダーを変更するために船に男子達は集める予定だったとはいえ、こうも荒っぽいことに使うとは思わなかったな。おかげで直前に伝えることになっちゃったし、優等生ばっかりなのもあって大分躊躇してたし。それでも私のお願いを聞いてくれたのは良かった。やっぱ私の魅力には抗えないってことだね。そう思い、走っていると……。

 

「面白えじゃねえか……! なら望み通り鬼になってやるよ……!」

 

「うわっ。もう追いかけてきた!?」

 

 背後を軽く振り返ると木々の間でBクラスの男子を容赦なく殴り飛ばす龍園くんの姿が見える。その目は真っ直ぐにこちらだけを捉えていた。あちゃー。幾らなんでもウチの男子弱すぎない? というかやっぱ暴力振るうの躊躇してるね。調教が足りてないかな。ちょっとマズいかも。

 

「蹴散らせ! アルベルト!」

 

「うぐっ!」

 

 龍園くんの指示を受けたアルベルトくんがBクラスの男子をその丸太のような太い腕で吹き飛ばす。いやいやいや……わかってたことではあるけどアルベルトくん強いなぁ。そしてウチの男子弱いなぁ。切実に暴力担当がほしい。これが学校なら先輩を使う手もあるんだけど無人島だとそれも無理だし。しょうがないからひたすら逃げるしかないね。せめて一対一で両手が使えれば……。

 

「逃げられると思うなよ……!」

 

「うるさいバーカ! そう簡単にアイドルを捕まえられると思うなよー!」

 

 背後。遠く、雨の音に混じって龍園くんの声が聞こえたのであえて言い返しておく。このまま逃げても追いつかれる可能性があるし、罠に嵌めないとダメだ。そう思い、頭の中でこの島の地図を思い出す。そうして少しだけ方向転換しつつ走ると……。

 

「止めろ! 石崎!」

 

「は、はい!」

 

「げっ……石崎くんも隠れてたんかいっ!」

 

 正面に石崎くんが走って回り込んでくる。これは……読んでいた訳じゃないだろう。おそらく私達の動向を追うような指令を与えられていたと見た。その手に無線機も持ってるしね。

 

「悪いな南雲! 大人しく捕まってくれ!」

 

「仕方ないなぁ……!」

 

 石崎くんが私を捕まえようと腕を広げて近寄ってきた。その瞬間に、私は立ち止まって一度フェイントを入れて石崎くんの腕を躱す。

 そうして引っ掛けるのはもつれた石崎くんの右足だ。私は石崎くんをその場に転がす。

 

「おあっ、うげっ!?」

 

「よっと。上手くいった。じゃあねー! 石崎くーん!」

 

 そうして再び走り出す。雨で走りにくいし、こずえちゃんを背負ってるからスピードは出ないが、最初のスタートダッシュで何とか逃げ切れないこともない。こけたら終わりなので出来るだけ平坦な道を選んで進む。

 

「逃げるなよ……! もっと遊ぼうぜ!」

 

 だがそれでも追いかけてくる龍園くん。このままじゃ追いつかれるね。向こうにこちらの姿が見えなくなったとしても船までの最短距離を進めば回り込まれてしまう。

 ならば……と私は方向転換し、罠を仕掛けた。頭の中の地図を思い出しながら一応、慎重に足元を確認して回り道をし、先程の場所から真っ直ぐ進んだ場所に移動して龍園くんに呼びかける。

 

「ほらほら、こっちだよ!」

 

「クク、良い度胸じゃねえか……!」

 

 私の声を聞いて雨の中でもお構いなしに走って追いかけてくる龍園くん。それに背を向けながら、私は注意をしてあげた。その落ちるギリギリで。

 

「あ、言い忘れたけどこっち危ないから気をつけてねー!」

 

「っ!?」

 

 龍園くんの目の前に、傾斜のきついちょっとした窪みが、崖が現れる。

 岩と岩の間に出来たそれは、高さは2メートル程しかないが、幅は5メートル程。雨の中、走って飛び越えるには躊躇するだろう。回り道をしてくるしかない。その間に、私は逃げ切ってやろうとそう思い……。

 

「クク、この程度で俺が足を止めるとでも思ったか?」

 

「え?」

 

 私の耳に龍園くんの声が届く。つい振り返ってそちらを見れば、何の躊躇もなく走る勢いのまま跳躍し、こちら側まで跳んできた龍園くんが着地に失敗して地面を転がっているところを目撃した。

 それは明らかに無傷じゃすまない──いや、そもそもあそこで躊躇しないのがおかしい。普通の人間ならあそこで躊躇する。恐怖する。大怪我して、最悪の場合死ぬかもしれないと思う。そんな人間が恐怖するギリギリのラインを狙い撃ったつもりだった。それで躊躇するならそれでよし。迷った末に跳ぶなら十中八九落ちる。だがそれを、迷いもせず躊躇なく跳ぶのは人間としてどこかネジが外れてる証拠だ。多くの人間を見てきた私にはそれがわかる。

 

「ククク……さすがに無傷とはいかねぇな。だがまだ終わってねぇぞ」

 

 地面を転げたことで泥に塗れた龍園くんはなおも立ち上がって遠く、今にも見失いそうな私をなおも睨みつける。その表情には楽しみを見出してる笑みしか感じない。そこで私は気づく。

 あらゆる人間を見てきて、あらゆる感情を見てきた私。アイドルとして、人の感情を動かしてきた私ではあるが……おそらく、龍園くんに対しては()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

「……なるほど、ね。そりゃ強いわけだ」

 

 認めてあげよう。私じゃ龍園くんに恐怖を与えることは出来ない。

 龍園くんみたいな人種を支配するのに恐怖はわかりやすい手段ではあるのだが、どうやらそれは難しいみたいだ。私は近くなった懐中電灯の光を見ながら、ようやく海辺の近くまでやって来たことに安堵する。

 

「待てよ麗! もっと遊ぼうぜ!」

 

「……あー残念だけど今回は私の勝ちで終わりかな。──ってことで後は任せたよ、正義くん」

 

 懐中電灯を持って合図を送っていた正義くんの横を通り抜け、船へと向かって走っていく。

 

「クク……そうか。今回のお前は麗に使われてたってことだな。橋本──!」

 

「お、おいおい……話が違うじゃねぇか! 相手が龍園なんて聞いてないぜ南雲!」

 

「ごめーん正義くん! 100万点上げるから頑張ってー!」

 

「ぐ、おおお!? それでも赤字なんだよ……! くそ! ウチの姫より人使い荒いじゃねーか!」

 

 背後で橋本くんが龍園くんにメチャクチャに殴りかかられているのが見えた気がした。それでもしばらくは耐えてくれそうだね、と私は更に緩やかになった道を進んでBクラスの生徒が待つ浜辺の船へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 ──その話を私が聞いたのは、私が堀北からキーカードを盗み、それを合流した龍園達とAクラスの葛城に共有し、葛城と別れた後のことだった。

 

「はぁ? 堀北はどんな状態だったかって?」

 

「ああ。葛城がいる場じゃ何も言わなかったが、堀北は意識を失ったと()()()()()? もしかして体調が悪かったんじゃないか?」

 

「それは……そうみたいだけど。それが何だって言うの?」

 

 合流場所に指定された砂浜の近くの木の下で私──伊吹澪は何故か泥だらけになっている龍園、アルベルト、石崎と話をしていた。

 だがその内容は私には理解出来ないものだった。龍園は、私の話を聞いて笑みのない表情で口にする。

 

「そうか。ならDクラスのリーダーも当てにならないな」

 

「……は? それ、どういう意味よ。ちゃんと確認したじゃない。あんたにぶん殴られまでして盗んできたってのに、今更どういうつもり?」

 

「落ち着けよ伊吹。今から説明してやる。単純な話だ。鈴音が体調不良でリタイアすりゃリーダーは変わる。だから当てにはならねえ。それだけの話だ」

 

「っ!?」

 

 落ち着いた様子でそんなことを、私達Cクラスの戦略の前提が崩れるようなことを言う龍園に、私の頭はかっとなる。その瞬間には文句を口にしていた。

 

「何よそれ……! あんた、それがわかってんだったら最初に……!」

 

「俺も気づいたのは後からだった。麗の怪しい動きに勘付かなきゃ気づけなかったが……後からでも気づいただけで儲けもんだ。これでポイントを残す余地が出来る」

 

 私の思考が追いつかない中、既に龍園は次のことを考えているのだろう。手の中でどこからか手に入れたナイフを弄びながら不敵な笑みを浮かべていた。……悔しいが、龍園は頭が切れる。誰よりもムカつく奴なのに誰よりもAクラスに近い奴。そんな奴だからこそ、私は龍園に従っている。

 だけど、その話は龍園が出し抜かれたことを意味していた。その相手は話を聞く限りBクラスの南雲。私ですら知っている元アイドルでBクラスのリーダーであるその人物。そいつに龍園は出し抜かれたらしい。それでも、なぜか龍園はまだ負けたとは思っていないようだった。

 

「今から鈴音を確保しにいくのも悪くねえが、この天気じゃさすがに現実的じゃないな。お前ももう場所を覚えてないだろう。リタイアするかどうかという問題もあるが、意識を失った鈴音をDクラスの連中が見つけてた場合、リタイアさせる可能性は十分にある。そのリスクを考えればリーダーを指名することは出来ねえな」

 

「それなら龍園さん……これからどうするんですか?」

 

「どうするも何もない。このままいけば俺たちのポイントはなくなる。Aクラスのリーダーで50ポイントを得てもこっちもリーダーを当てられたんじゃ意味がない。麗は最初から俺が島に残ることを予想していたようだったからな」

 

「そんな……」

 

 当初の予定では石崎もアルベルトも他の生徒と同じようにリタイアする予定だったが、龍園は途中で方針を少し変えて石崎とアルベルトを島に残した。それでBクラスに対して少し仕掛けたらしいが、それを防がれたことで窮地に陥っているというのが今の状況らしい。龍園が最後まで島に残る戦略を見抜いていたということは、龍園がリーダーであることもバレていると言っていい。少し考えればわかることだと龍園は言う。

 

「だが、手がないこともない」

 

 しかし……龍園はまだ手があると言って、不敵な笑みを浮かべる。

 その考えは全く予想がつかない。試験はもう明日の正午には終わる。これからまたBクラスとDクラスのリーダーを当てるのは現実的じゃないし、私も正直疲れている。これ以上動きたくないというのが正直な気持ちだ。

 

「……何をする気よ」

 

「簡単なことだ。俺たちもリーダーを変えりゃあいい。急遽お前らをリタイアさせずに島に残したのもそのためだ」

 

 その手とは自分達もまたリーダーを変えることだと言う。それは確かに、わかりやすい手だった。石崎ですらすぐ理解して声を大きくする。

 

「なるほど! 龍園さんがリタイアすればいいんですね! 他の連中みたいに仮病でも使って!」

 

 そう。そういうことだ。それだけでリーダーを当てられることは免れ、少ないながらもポイントを守ることが出来る。なるほど。確かにこの状況で打てる手としては最善かもしれない。少なくとも私はそう思った。

 

「それは出来ねえな」

 

「え?」

 

 だが、そんな私の考えすら龍園は否定する。今しがた自分で言ったことのくせに。私は少しイラッとして龍園に食って掛かった。

 

「は? 意味わかんないんだけど。あんたがリタイアしてリーダー変えればいいって言ったんでしょ?」

 

「話は最後まで聞けよ伊吹。出来ないってのは仮病のことだ」

 

「ど、どういうことですか龍園さん」

 

「確かに普通の生徒なら仮病だろうが何だろうが適当な理由をつけてリタイアすることは難しいことじゃない。だが、ことリーダーという重要な役職ともなれば話は別だ。マニュアルには正当な理由なくリーダーを変更することは出来ないと書いてあった。そうなると仮病でのリタイアによるリーダーの変更は認められない可能性が高い。もしそれができるなら、その戦略に気づいた時点で幾らでもリーダーを変更出来ることになっちまう。それじゃあ試験は成り立たない」

 

 龍園はマニュアルに記載された罰則事項もしっかりと暗記しているようだった。つまり、リタイアによるリーダーの変更に限っては、学校が認める正当なリタイアでなければならないということ。

 堀北やBクラスのリーダーはしっかりと体調を崩していたからこそその戦略を取ることが出来た。ならば、私達がその戦略を取るには龍園が熱でも出して体調不良にならなければならない。それを思い、私は絶望した。

 

「……確かに、それならできない。あんたは風邪とか熱とか引きそうにないし」

 

「クク、そうだな。今から俺が病気になるってのはさすがに無理がある」

 

「な、なら結局俺たちは……」

 

 石崎の言う通り、結局リーダーの変更は出来ずにポイントは残らないことになるが……そこで私は矛盾に気づく。

 今さっき、龍園は『出来ないってのは仮病のことだ』と言った。

 つまりそれは、裏を返せばリタイアすることは出来るということ。龍園はまだ、リタイアによるリーダー変更が出来ると思っている。それをするには一体どうすればいいのか……。

 

「話を急ぎすぎるなよ石崎。リタイアが認められる正当な基準は『著しく体調を崩したり、大怪我をし続行が難しいと判断された者』だ。なら、その基準を満たせるようにすればいい」

 

「は、はぁ……なるほど……?」

 

 石崎が頭を捻って間抜け顔晒す中、私はふと龍園が右手に持つそのナイフに目が行く。

 確かそれは金田に命令し、Bクラスから盗み出させたナイフだ、その刃は鋭利で、肉や魚、野菜だけでなくロープや枝を切るにも適しているサバイバル用のナイフ。

 それを見て、今しがた言った龍園の言葉を頭の中で反復する。そしてそれに気づいた瞬間──私はさすがに血の気が引くのを感じた。

 

「……あんた……まさか……」

 

「気づいたか? 残念だぜ。せっかくお前らを驚かせてやろうと思ったのによ」

 

「っ……! あんた正気……!? そんなバカなこと……!」

 

「クク。何だ、心配してくれんのか伊吹。気づかなかったぜ。まさかお前がそんなに俺のことが好きだとはな」

 

「っ……もういい! なら、やればいい。言っとくけど、私はどうなっても知らないから」

 

 こんな時までムカつくことを言う龍園に、私はカッとなって反対しようとしていた言葉を引っ込める。

 

「え……? あの、どういうことですか? 龍園さんは一体何を……?」

 

「クク、まあ見てな石崎。これから愉快なショーを見せてやる。この俺のリタイアを成立させるための唯一の方法だ。一瞬で終わるからな。よく目に焼き付けておけよ?」

 

 そう言って、龍園は右手を振り上げる。その手に持つのはナイフ。狙いは地面に置いた自らの左手。

 そこまで見てようやく石崎も気づいたのか顔を青くする。アルベルトも、普段は不気味なくらい感情が読めないのにどこかおろおろとしているように見えた。

 そんな中、私もまたつい顔をしかめ──

 

「えっ……あ、ちょ……りゅ、龍園さん? そ、それはさすがに……!」

 

「──()()()()()()()

 

「っ……!」

 

 ──そうして幾重にも流れる大雨の中で、私はその赤い雫が流れるところを目撃する。

 それから龍園は、汗をかきながらも笑みを絶やすことはなく、石崎とアルベルトが心配そうに付き従う中、船へと向かっていった。私も一応ついていき、そこで教員から新しいキーカードを貰う。次のリーダーは私だ。

 そして島へと再び戻る中、脳裏に焼き付いた先程の光景を自然を思い浮かべながら私は思った。龍園はイカれてる。そしてムカつく男だ。

 だがやはり、このCクラスで最もAクラスに近い男は龍園だろう。私はそれを再認識し、その日一晩を凌ぐため、再び暗い森の中を歩んでいった。




次回で(多分。長くならなければ)無人島編終了です。次回もお楽しみに。

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