ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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夏休み編
裏方の人間に優しいと業界の評価は上がる


 私にとっての夏休みは、言わばボーナスゲームだった。

 学校に登校しなくてもいいので思う存分仕事を入れられる稼ぎ時。アイドルをやってた時は殆ど仕事。たまに遊び。たまに勉強とそんな感じだ。

 なのでアイドル活動を休止して高校に入った今は暇かと言えば、そうでもない。

 学校だろうとどこだろうと私は人気者に違いないのだ。毎日のように遊びの連絡が来るし、学力も高めなければならないし、他にもやるべきことは多くある。普通の学生にとってもやりたいことをやれる長期休暇はやはり私にとってもやりたいことをやれる稼ぎ時だし、大勢でいる時間が特に苦でもない私にとっては誘いを断る理由はない。むしろ、こちらから連絡を入れて遊びの予定を調整している。

 なので特別試験が終わってからも私は上級生と遊んだり他のクラスの友達と遊んだり同じクラスの友達と遊んだりと忙しい日々を送っていたのだが……そんな中、少し気になる話を聞かされることになった。

 

「隆二くんの付き合いが悪い?」

 

 私はその話を聞いて純粋に首を傾げた。話の出処はBクラスのクラスメイト達から。特に隆二くんと親しい生徒達からだ。つまり、私にとっても近しい友人達から。

 

「ああ。なんか誘っても『忙しい』って言って断られるんだ」

 

「そうそう。あ、でも申し訳なさそうにはしてくれるんだけどね」

 

「それだけにちょっと心配というか……というか私達も神崎くんと遊びたいし」

 

 颯くんに麻子ちゃんにこずえちゃん。一緒に遊んでいた子達からそんな証言が寄せられる。特に男子の中だと1番仲の良い颯くんが誘っても断るという話は中々。というか寝耳に水だ。初耳だった。私は気になって尋ねる。こういう時は普通のとこから潰していく。

 

「隆二くんのことだから本当に何か用事があって忙しいんじゃない?」

 

「まーそれなら良いんだけどよ。というかそれだけなら別に、あいつにもやりたいこととかあるだろうし気にならないんだけどなー」

 

「ってことは他にも気になることがあると?」

 

「ああ。なんかあいつの隣の部屋のヤツから聞いた話なんだけどよ。なんでもあいつ、試験が終わってからずっと部屋にいるみたいでさ」

 

 なるほど。部屋にずっといる、か。でもそれはおかしなことじゃない。夏休みだからって毎日外出してる方がどちらかと言うとおかしいのだ。特にこの学校だとその方が賢いまである。無駄にポイントを使う必要はないし、そうじゃなくても自室で普通に過ごしてる可能性もある。

 私も小学生の時、夏休みの殆どを歴史シミュレーションゲームに費やしたことがある。その時はさすがの雅兄もちょっと引いていた気がする。『せめてスマ○ラかマ○オとかにしたらどうだ? 友達誘って遊べるやつ』みたいなアドバイスをされた気がする。まあそういうのも好きだけど私としては複数人で遊べるゲームってコミュニケーションツールとして見てるからそういうのを休みたい時にやるには適してないんだよね。相手によって手加減とかしないといけないし。だから本当に楽しみたい時は雅兄みたいな互角に遊べる相手とやるか、1人用ゲームがいい。

 とまあ私の話はいい。ともかくそういう可能性はあるが……私は想像してみる。隆二くんが部屋で延々とゲームをしている様子を。冷凍ピザとコーラを相棒にFPSのレート上げに勤しむ隆二くん。対人ゲーで負けた相手にキレ散らかしてクソみたいなチャットを送ってコントローラーを破壊する隆二くんを……うん、これはちょっと行き過ぎかもしれない。

 でもやっぱ想像したけどこれはないな。ちょっと想像出来ない。なのでこの可能性は一旦頭から除外して質問する。

 

「そもそもさ。なんで部屋にずっといるってわかるの?」

 

「それは俺も不思議に思ったんだけどよ。なんか音……? ベランダに出てる時に隣から微かに音が聞こえたんだってよ」

 

「音……? それって音楽とか動画の音声とか? あるいは料理とか洗濯とかの日常音?」

 

「いや、なんか息遣いが聞こえたって。ハァハァ言ってたらしいぜ」

 

 ……隆二くんは何をやってるのかな? 

 私は頭の中で真っ先に思いついた可能性に少し思考を乱されながらも冷静になって考えてみる。寮の部屋は防音対策もバッチリだし、隣の部屋の音が聞こえてくるなどありえないが、ベランダからなら多少の音は聞こえないこともない。ベランダを開けているなら尚更だが、問題は外の気温。今の季節は当然夏。日本の夏は湿度が高く、気温も40度近くまで上がるようになって久しい。そんな中で空気の入れ替え以外で窓を開ける必要なんてない。私達はどれだけクーラーを使おうが電気代はタダなのだから節約する必要もないし。じゃあ窓を開けてる理由とは……? 

 

「わからん……」

 

「まあよくわかんねーけどさ。俺たちも神崎と遊びたいしちょっと南雲の方からも一回誘ってみてくれねー?」

 

「多分麗ちゃんが言うなら神崎くんも付き合ってくれると思うんだよね」

 

 私が頭を抱える中、純粋に隆二くんのことを心配している颯くん達。付き合いが悪くても陰口を叩くんじゃなくてこうして心配するんだからやっぱ良い子達だね。まあ私としても気になるし、聞き入れてあげよう。

 

「うん。ならちょっと誘ってみるよ」

 

「ああ! ありがとな南雲!」

 

 皆からお礼を言われながら私は考える。……それにしても付き合いが悪いねぇ。隆二くんは女子と接するのが少し苦手だったとはいえ協調性がない訳ではない。それも最近は改善されてきてるしね。私のおかげで。だからよくわからないけど……とりあえず調べてみますか! 

 

 

 

 

 

 後日。私は隆二くんを誘うことに成功した。

 待ち合わせ場所に指定したカラオケの個室で1人、歌の練習をしながら待っていると約束の時間の10分前に隆二くんがやってくる。

 

「……1人で歌っていたのか?」

 

「ボイトレも兼ねてねー。隆二くんもせっかくだから歌う?」

 

「遠慮しておく。それより、今後のクラスについて話しておきたいということだったが……姫野や一之瀬は来てないのか?」

 

「今日は隆二くんだけだよ。まあちょっと内密にしておきたい話があってねー」

 

「そうか……」

 

 私は間奏に入ったところで演奏を中止し、ソファーに腰掛けて隆二くんを出迎える。帆波ちゃんやユキちゃんがいないことを尋ねてきた隆二くんだが、今日は2人だけだと言えば特に不思議がることもなく対面に腰掛けた。まあ珍しいことじゃないからね。帆波ちゃんは表側のサブリーダーでユキちゃんは実行役って感じだから。裏側のサブリーダーとして私がまず相談するのは隆二くんだし、その役割を隆二くん自身もしっかりと自覚しているようだ。真剣な顔つきで私が話し出すのを待っている。

 ──だが、実は話すことなんてない。

 いや、全くないという訳ではないんだけど別に今すぐ話さなきゃならないようなことなんてない。言うべきことは特別試験が終わってすぐ伝えたし、何かするにしても次は2学期になるだろう。特別試験が告知されている訳でもないしね。

 それにあんまり働かせすぎると謀反されるかもしれないし。休ませる時は休ませるのがいい。

 なので今日隆二くんを呼んだのは最近人付き合いが悪い理由を探るため。その後で場合によっては軽く注意する。人付き合いを悪くするのはあんまり良くないからね。何か理由があるなら別だけど。クラス内の関係は良好に保っておきたい。

 なので別に話すことはないし、なんならさっさと部屋に上がらせて調べさせて貰いたい。隆二くんが部屋に籠もって何をしているのか。それも気になるからね。今日はそのためだけ動く。そうだね。まずは……。

 

「それで今日は……」

 

 ──トゥルルルル、と。隆二くんが喋り出そうとしたタイミングで個室内にある内線電話が鳴り響く。私はそれをちょっと焦った様子で取った。

 

「あれ? もしかして時間ですか? しかも延長出来ない? あちゃー、それじゃもう出まーす。──ごめん隆二くん! ここで話そうと思ってたんだけど私朝から6時間くらい歌ってるからもう終わりだって!」

 

「……そんなに歌ってたのか」

 

「練習は大事だからね!」

 

「そ、そうか……」

 

 サムズアップして練習の大事さを隆二くんに伝えると隆二くんはテーブルに置いてあった伝票を見て確かに6時間ここにいることを確認して少し驚いていた。

 だが実際には私は6時間もここにはいない。いたのは1時間程度だし入ったのは本来別の部屋。ここはちょっと前まで友達が使っていた部屋であり、その友達はさっき私が借りた方の部屋にいる。予め頼んで仕込んで置いたのだ。借りた名前も私だし、このままこの伝票を私が持っていって支払えば入れ替わり完了。これで部屋を出る理由は作り出せたね。

 

「なら場所を変えるか」

 

「そうだね。でもその前にせっかくだから買い物に付き合ってもらってもいい?」

 

「買い物? 別に構わないが……何を買うんだ?」

 

「まあ色々とね。とりあえず出よっか」

 

「ああ」

 

 場所を変えようと言い出した隆二くんに自然に買い物に付き合ってほしいと言ってカラオケ店を後にする。そうして向かうのはケヤキモールの一角。様々なアパレルショップが並ぶ通りだ。そこに辿り着いたのを見て、隆二くんが尋ねてくる。

 

「服を買うのか?」

 

「秋物の服をちょっとね」

 

「秋? 夏じゃないのか?」

 

「夏物の服を夏になってから買ったって遅いからねー。大体その前には買い揃えておくものだよ」

 

「……それはそうだな。すまない。失念していた」

 

「いいっていいって。あ、せっかくだし隆二くんの服も選んであげよっか?」

 

「いや、俺は……」

 

「よーしメンズエリアにレッツゴー!」

 

 隆二くんの返事を聞く前に、私は強引に隆二くんの手を引いて近くのアパレルショップに入っていくと、そのまま男性用の服が置かれているエリアで服を物色していく。

 

「さーてどれがいいかなー。隆二くんは好みとかある?」

 

「特にはないが……本当に俺の服を買うつもりか? 正直に言うとあまり必要としていないんだが……」

 

「そりゃダメだって。女の子は結構服見てるんだから。遊びに行く時に変な服着てたり同じ服ばっかり着てきてたら幻滅されちゃうよ?」

 

「……一応気をつけてはいるつもりだが……それほどか?」

 

「それほどだよ。それに私と一緒に歩くんならちゃんと良い服を着て貰わないとね! せっかく素材は良いんだからちゃんと良い服を着ないと──はい。まずはこれとこれ。試着してきてー」

 

「選ぶのが早いな……」

 

「ダラダラと服を見るのも好きだし女同士の買い物だったらそうするけど男の子はこういう方がありがたいでしょ? それともそっちの方がいい?」

 

「それは……そうだな。わかった。試着してくる」

 

 私が選んだ服を持って試着室へ移動していく隆二くん。本人も言うように服を欲しているようには見えないが、言っても無駄だと悟ったのだろう。私の勢いに押されて一応見てみることにしたようだ。

 その間にも私は服を選ぶ。いっぱい買って貰わないと困るからね。手は抜かない。普段の隆二くんがどんな服を着ていたかは大体覚えてるし、そこからあまり外れないように。でも似合いそうなものもチョイスしていく。手に持ちきれないくらいになったところで、隆二くんが向かった試着室へ移動するとちょうど着替えを終えた隆二くんが出てきた。

 

「着替えたぞ。南雲……何だその量の服は!?」

 

「お、いいねー。やっぱフォーマルなのが似合うね隆二くんは。隆二くん的にはどう? その服気に入った?」

 

「……まあ悪くはないが……」

 

「オッケー。それじゃそれ『買い』ね。次はこっちにしようかな。これ着てみて」

 

「いや待て……まさかとは思うが、それを全部着るのか?」

 

「ん? そうだけど?」

 

「…………わかった。なら手早く済ませよう」

 

 おっと。さすがだ隆二くん。色々と飲み込んで諦めたね。ちょっと強引だけどこれくらいしないと隆二くんは話を戻そうとしてくるし普通に断ってくるからね。笑顔で黙らせた。再び隆二くんが試着室に入っていく。さて、これで第一段階もクリア。どんどん行ってみよう。

 

 

 

 

 

 隆二くんの服を選んでしばらく。遠慮する隆二くんに衣服を大量にプレゼントした後はスーパーに向かった。

 

「えーっと。とりあえず野菜からかな。あ、隆二くんは何か嫌いな物とかある?」

 

「もしかして夕飯の材料を買うのか?」

 

「ああ、うん。もう遅くなってきたし、話は部屋でした方がいいかと思ってね。ついでに夕飯も作って一緒に食べた方が効率良いでしょ?」

 

「それはそうだが服まで貰ったのに更に夕飯までご馳走になるのはさすがに悪い。荷物も多いし日を改めるのは……」

 

「気にしなくていいって。これも日頃頑張ってくれてる報酬なんだからさ。ってことでカレーでいいよね?」

 

「……報酬、か」

 

 野菜をポイポイとカゴに投げ入れながら尋ねると、少し難しい顔になる隆二くん。その様子がどうも気になりながらもあえて追求はしない。

 

「隆二くん?」

 

「……いや、何でもない。それと了承した。南雲が言うならここは厚意に甘えることにする」

 

「硬いなぁ。アイドルの手料理を食べられるんだからもっと喜んでくれてもいいのに。カレーは辛いのと甘いのどっちが好き?」

 

「どちらでも構わない。南雲の好きな方にしてくれ」

 

「オッケー。それじゃ辛口と……」

 

 カレールーをカゴに入れ、次々に必要なものを入れていく。

 ちなみに私は料理が得意だ。完璧なアイドルとして君臨するには料理スキルも必須だからね。元々そこそこ出来たけど中学に入ってからは結構勉強した。メシマズはそれはそれでウケるけどやっぱ料理は出来る方が良いに決まってるからね。

 

「よしよし。こんなもんかな。それじゃ帰ろっか」

 

「ああ」

 

 そして必要なものを買ってスーパーを出るとそのまま寮へと帰る。

 しかしなんというか隆二くんはブレないな。この私と2人っきりで明らかにデートみたいなことしてるのに下心0だし表情もいつも通りだ。これがそこらの男子なら舞い上がりすぎておかしくなることは想像に難くない。側近としていることに慣れて違和感とかなくなっちゃったのかな? 

 まあ別にいいけども。だからこそ近くに置いているとも言えるしね。アイドルとしてそういう視線を向けられるのには慣れてるが、近くにいる友達や側近。たとえばマネージャーや仕事仲間なんかがそうだと仕事に支障が出たりするし。美少女過ぎるのも罪ってやつだ。

 ──そして閑話休題。ここからが本番だ。私は寮のエレベーターに入ったところで迷わず自分の部屋ではなく隆二くんの部屋の階を押す。

 

「……? おい南雲。そこはおまえの部屋じゃ……」

 

「あれ? ダメだった? 今日は隆二くんの部屋で話そうと思ったんだけど」

 

「いつも通り南雲の部屋では駄目なのか?」

 

 隆二くんの部屋に行くつもり満々の私にそんなことを言ってくる隆二くん。これも想定内。私は自然な言葉を返す。

 

「だって隆二くんの服も結構あるし、このまま隆二くんの部屋に行って料理した方が良くない?」

 

「っ……それは……そうだが……」

 

 隆二くんが自分の手に持っている自分の荷物を見て言葉に詰まる。そう。そのために私は隆二くんの服をプレゼントしたし、2人分の夕飯の材料も買ったのだ。

 服だけならその場で別れることになるし、夕飯の材料だけなら私の部屋でもいいってことになる。この2つが揃うことで合理的な思考パターンを持つ隆二くんは断る理由を失ってしまうのだ。理由をつけて断ることも出来なくもないが、その前に私は追い打ちとして口にする。

 

「それになんか麻痺してるみたいだけど女の子の部屋に入るのってちょっと問題だからね。隆二くんも毎回見られないように気を使う必要があるって困ってたでしょ? だから隆二くんの部屋がいいと思ったんだけど」

 

「あ、ああ。確かに言ったな……」

 

 自分の発言を思い出し、更に退路が塞がれて焦る隆二くん。……やっぱりおかしいな。なんでここまで部屋に入られたくないんだろう。以前はむしろ自分の部屋の方がいいと言っていたくらいなのに。

 ちょっとここで核心を突いてみるか。そう思い、私は尋ねてみる。

 

「もしかして部屋に入られたくない理由でもあるの? 部屋が散らかってるとか。それなら気にしないよ?」

 

「いや……そういう訳ではないが……」

 

「じゃあどういう訳? ほら、もう着いちゃったよ?」

 

 エレベーターが隆二くんの部屋がある階に到着する。ここで立ち止まり続けていれば誰かに見られて何事かって感じにもなるし、さっさと部屋に入れてしまった方がいい。隆二くんならそう考える筈だという私の予想通り。隆二くんは数秒悩んだ末に息を吐いた。

 

「……わかった。だが、その……」

 

「ん? 何?」

 

「……出来れば他の人に教えるのはよしてくれ」

 

「え……? 何? なんかあるの?」

 

「見ればわかる」

 

 部屋に入ることを了承しながらも、こちらに他言しないことをお願いしてくる隆二くん。明らかに怪しい。まさか本当にヤバいものでも置いてあるのか? 

 どこかドキドキしながら隆二くんが部屋の鍵を開け、その招きに応じて部屋の中に入る。そうして部屋の中で、ゆっくりと足を進め、そこで見たものは……。

 

「おじゃましまーす……って、これって……!?」

 

 私は驚愕する。隆二くんらしいシンプルな部屋の端。窓際に鎮座するその物体を。

 インテリアとしては大きすぎるその黒い塊。その正体を、私は口にした。

 

「……サンドバッグ?」

 

「……ああ。その、少し前に購入した」

 

 部屋に置かれたその物体の正体。それはトレーニングなどでお馴染みなシンプルなサンドバッグだ。

 私はそれが隆二くんの部屋に置かれていることにシンプルに困惑する。

 

「えっと……ボクシングでも始めるの?」

 

「そういうつもりはない」

 

「じゃあ何で……?」

 

「……身体を鍛えようと思ったからだ」

 

 隆二くんは私の質問に真面目に答える。バレた以上隠す必要はないという真剣な面持ちだ。私その隆二くんの様子を見ながらさり気なく机の上に積まれている本を見るとその殆どがトレーニングや体作りに関する本だった。そして、それを確認した頃に隆二くんは決心したように話し始めた。

 

「南雲。無人島試験でのことは覚えてるか?」

 

「え? ああ、うん。覚えてるけど、それがどうかした?」

 

「あの試験で俺はおまえに1つの役割を任された。その役割は、Cクラスが万が一襲撃してきた時にそれを撃退することだ」

 

 夏休みの特別試験。無人島で私が出した命令のことを隆二くんは真っ直ぐに、しかしどこか憤りを感じた様子で口にする。

 だがその憤りは命令を出した私に対してではない。自分自身に対して。

 

「俺はおまえに任せられた役割を遂行出来なかった。それどころか、俺たちBクラスの男子はしばらくその場に倒れ伏し、点呼の時間に戻ることさえ叶わなかった。あれはおまえにとっての想定外だった筈だ。違うか?」

 

 その質問に私は否と答えることも出来た。仲間を庇うリーダーの姿としてはその方がいい。

 だけど……そこまで分かっているなら隠すことはない。そして、隆二くんの行動の理由を半ば予想出来てしまったからこそ、正直に答えることにした。私はゆっくりと頷く。

 

「……まあ、そうだね。正直もっと耐えてくれると思ってたし、点呼の時間までには戻ってくると思ってたよ」

 

「ああ。そうだ。おまえにとって、俺たちの弱さは想定外だった。俺たちが、お前の想定を下回る弱さだった」

 

 隆二くんはそう言って拳を強く握り込む。その時のことを思い出しているのだろう。

 たった2人。龍園くんとアルベルトくんに蹴散らされた。あれだけの人数がいて歯が立たなかった。それどころか、やられた後に満足に立ち上がることすら出来なかった。

 

「あの時に俺達が、俺がもう少しタフだったら……点呼に遅れず、ポイントを失うことはなかった。俺がもう少し強ければ、龍園達をもう少し足止めすることが出来たかもしれない」

 

「それもそうだね」

 

「ああ。だからこそ、俺はあの時のことが不甲斐なくてしょうがない。おまえが完璧な戦略を立てたのに、俺たちの力不足で危うくそれを台無しにするところだった。あの時、俺たちが勝利することが出来たのは……南雲。おまえのおかげでしかない……おまえのおかげでしかないんだ……!」

 

 普段の冷静を装った皮を捨て、隆二くんは怒りに満ちた声を絞り出す。暴力に容赦なく蹂躙された記憶。その経験は強烈なものだろう。それで負けていたかもしれないとなると尚更。

 そして私のやり方を1番近くで見ているからこそ、自覚してしまった。自分は足手まといだと。

 そしてその言葉を聞いて、私はそれをあえて否定しないことにした。

 

「……それで? 隆二くんはどう感じたの?」

 

「強くなる必要があると感じた。勉強だけでは足りない。様々な意味で力をつける必要があると改めて思い出したんだ」

 

「なるほどね。だからこれを叩いてたって?」

 

「……幾つか思いついた選択の中でこれが1番ちょうどいいと思ったんだ。それに、いざという時のために練習しておかないと本番では力が出せないことを学んだからな」

 

 自分の力不足を痛感し、自分を鍛えるために動いていた。

 隆二くんがここ最近、人付き合いが悪かった理由はこれだろう。荒い息遣いの理由もこれで分かった。なるほど。自分を高めていたのか。

 それを理解すると、私は自然と笑みを浮かべる。思っていた以上の結果。その向上心。私の予想を超えてきたその成長に、私は喜びを隠せない。

 

「……そっか。私は嬉しいよ隆二くん。まさかそんなに成長しようとしてくれるなんてね。隆二くんならもっと別の方向で成長していくんだと思ってたけど……まさかこっちにまで手を出すなんてね」

 

「必要なら何でもやる。その言葉に嘘はない。それがたとえ暴力でも、もはや躊躇はしない」

 

「ふーん。そっかそっかぁ……」

 

 私は軽くサンドバッグを撫でてその状態を確認する。まださすがに新品だが僅かに凹みや皮の部分のほつれがある。試験が終わってからすぐに購入し、暇があれば叩いていた。そんな光景が朧げに浮かび上がる。

 その覚悟は素晴らしいものだ。そして、クラスにとっても私にとっても利になることでもあった。

 

「……それなら今後はもっと期待してもいいのかな?」

 

「勿論だ。やれることはやらせてもらう」

 

「なら今後はそういうのも視野に入れておこうかな」

 

 私は期待の眼差しを真っ直ぐに隆二くんに向ける。隆二くんもまたそれを返すようにしっかりと頷いた。私への信頼。そして私からの信頼に強く応えようという意思を感じる。

 そしてその確認は一瞬だ。私は再びニッコリとした美少女スマイルを浮かべ、背を向ける。

 

「それじゃ今日はその前払いのご褒美も兼ねて振る舞わせてもらおうかな。アイドルの手料理だからねー。たっかいぞ~?」

 

「ふっ……そうだな。ならそれに見合った働きをすると約束しよう」

 

「オッケー。それじゃ料理開始~!」

 

 微笑を浮かべた隆二くんに合わせてニヤリと笑い合い、私はキッチンへと向かう。その手はいつもより軽やかで、作ったカレーもいつもより少しだけ美味しい気がした。

 




夏休み編の始まりということで何話か日常を書きます。

感想、評価、よろしくお願いします。
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