ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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ファンサは基本

 当然だが私は友達が多い。

 それは私が可愛いから、優しいから、面白いから──理由は様々だが私は適当な道に突っ立っているだけで誰かが声を掛けてきてそれに適当に相槌を打ってるだけでも友達が出来る。それは友達なのか? と思うかもしれないけど私的には1度遊んだらほぼ友達だし、遊んでなくても頻繁に会って仲良く話せばそれも友達。友達の定義は人それぞれではあるけど友達の定義について面倒くさい持論を持ってる人は多分友達が少ないし少なくなる。意識的な部分は案外態度に表れるものだ。なので気をつけた方がいい。

 何が言いたいかと言うと、私は友達が多いので人一倍あることをしなければならないのだ。それは──友達の誕生日を祝うこと。

 

「うーん……やっぱこれとこれかなー。ねぇユキちゃんはどっちがいいと思う?」

 

「どっちでもいい。その先輩のことよく知らないし」

 

「うわーばっさり。でもそうだよねー。それじゃこっちにしよっかな」

 

 なので今日は買い物に来ていた。隣にはちょっとだるそうにしているユキちゃんを連れて来ている。なぜユキちゃんを誘ったのかは単純に遊びたかったからと都合が良かったからだ。2年生のお世話になってる先輩の誕生日プレゼントを買うのにその先輩のことを知らないクラスメイトを誘うのも無理ではないとはいえ時間は使わせることになる。なのでユキちゃんを誘うことにしたのだ。私は手に取った2つの商品をそのままレジに持っていこうとする。するとユキちゃんは自然に質問してきた。

 

「2つ買うの?」

 

「うん。こっちは先輩用でこっちはユキちゃんにプレゼントかな。今日付き合ってくれたお礼ってことで」

 

「まあ……くれるなら貰うけどさ」

 

「それと私のサイン付きCDとお食事奢る件。どっちがいい?」

 

「ご飯」

 

「即答かーい。サイン付きCD欲しがれよー。プレミア付くよ~?」

 

「いいから買うなら早く買ったら? 今日はこの後勉強するんでしょ?」

 

「はーい」

 

 ユキちゃんと言葉を交わし合いながら店員にプレゼント用に包んでもらい支払いを済ませる。普段クラスメイトと話す時はユキちゃんは周りに合わせるようにしてるけど私相手の時は合わせなくていいと言ってるので少し扱いがぞんざいだ。

 でもまあこれがユキちゃんの魅力だ。Bクラスにはこういうタイプはいないからね。というか私をぞんざいに扱える人がそもそも珍しい。どこいってもチヤホヤされちゃうからね。

 

「あ……葛城くんじゃない? あれ」

 

「お、ほんとだ」

 

 そして買い物を終え、寮へと戻ろうかと歩みを進めているととても可愛い女の子向けのショップの店先にAクラスの葛城くんが立っていた。しかも制服姿で。

 

「何してんだろ……」

 

「ほぉー葛城くんって可愛い趣味してるね。私と話合いそう」

 

「いや多分違うでしょ」

 

 葛城くんが店の中に入っていくのを見て適当なやり取りを交わす。葛城くんが女の子趣味な可能性は少なからず存在するが、普段の感じを見てる限りそれはない。それでも絶対じゃないけどこの場合はやっぱりプレゼントと見るべきかな。

 だけどそうなってくると誰に買うかというのが少し気になる。格好が制服なのも気になるし、何だか普通じゃない匂いがする。

 

「ちょっと声かけてみよっか」

 

「はぁ? いや、やめといた方が……」

 

「大丈夫だって。おーい! 葛城くん!」

 

 その思った時には駆け出していた。ユキちゃんの制止を無視し、あえて明るく葛城くんに声を掛ける。私の声にすぐ反応し、葛城くんが振り返った。

 

「む……南雲、か……」

 

「こんなとこで奇遇だね。葛城くんも買い物? この店可愛いもの多いよねー」

 

「あ、ああ。そうだな……」

 

 私を見るなり苦い顔を隠しきれずに見せてくれる葛城くん。夏の特別試験のことでも思い出しているのだろう。特別試験で葛城くんはAクラスを率いて他のクラスに負けてポイントを落とすことになった。その結果、2学期からはBクラスはAクラスに。AクラスはBクラスになることが決定しているし、おまけにその結果で多くのAクラスの生徒が葛城派から坂柳派に流れてしまったというから大変だ。有栖ちゃんが言うには葛城派はもう虫の息らしい。葛城くんを慕う生徒が2、3名残ってはいるが潰されるのも時間の問題。

 そしてそんな状態でBクラスのリーダーである私と顔を合わせれば色々と複雑そうな顔になるのも無理はないだろう。ただ……なんとなくそれだけじゃなさそうだ。私は何気なく聞いてみる。

 

「もしかして誰かへのプレゼントでも買いに来た感じ?」

 

「……なぜそう思った」

 

「そりゃ見ればわかるって。プレゼント物のコーナーにいるし、女の子向けのお店にいるし、おまけにすっごい悩んでる顔してたしね」

 

「……確かに。聞くまでもなかったな」

 

 そのことを葛城くんはあっさりと認める。こう言うってことは彼女とかそういう感じではないのかな? 彼女ならもうちょっと面映そうというか恥ずかしがるものだけどなんだか自然にしている。そこから察するに、葛城くんがプレゼントを送ろうとしている相手は……。

 

「……ふーん。まあ誰かは聞かないけどさ。女の子へのプレゼントに悩んでるんだったらちょっとアドバイスしてあげよっか?」

 

「南雲が?」

 

「うん。私プレゼント選び得意だし、どうかな?」

 

「そうだな……」

 

 私がそんなことを不意に申し出てみると葛城くんは意外そうな顔を浮かべていた。そして思案する。私がそんなことを言い出す理由とか信用していいのかとか色々考えているのだろう。私が敵には結構容赦のないタイプだと思ってるみたいだからね。まあそれは間違いじゃないんだけど正しくもない。だから機先を制するように言葉を追加する。

 

「言っとくけどこの件を利用して葛城くんやAクラスを嵌めてやろう──とか思ってないからね?」

 

「……よく俺の考えていることがわかるな?」

 

「自然な考えでしょ。他クラスのリーダーがいきなり声を掛けてきたら普通は警戒するし、ましてや親切にプレゼント選びを手伝ってあげるなんて言ってきたら難しい顔になるのも当然」

 

「それがわかっていながら申し出てきたのか。何故だ?」

 

 純粋な疑問をぶつけてくる葛城くん。それに私も単純に返す。

 

「だって別に邪念ないからね。なんだったら敵意も別にないし」

 

「何?」

 

「おかしいかな?」

 

「……ああ。悪いがそうは見えない。南雲は坂柳と同じで攻撃的で敵対者に容赦がないタイプだと思っている」

 

 つまりそれは葛城くんからすると結構なマイナスイメージだね。私は頷く。

 

「それも間違いじゃないけどね。ただちょっと違うかな。私は敵とも仲良く遊べるし友達になりたいタイプだけど、有栖ちゃんは友達は選ぶタイプで認めた人間以外には冷たいタイプ。私とは全然違うよ」

 

 私は私なりに有栖ちゃんとは違うと説明する。まあ有栖ちゃんが悪いという訳じゃなくてむしろそれが普通。どっちかって言うと異常なのは私の方なんだけども。

 私がそう言うと葛城くんは更に難しい顔になった。しかし、その上で結論を出したのか葛城くんなりの解釈を口にしてくれる。

 

「つまり、公私を分けるタイプだということか?」

 

「んー……まあ、そんな感じ? 試験で敵対してなければ相手を罠に嵌めたりとか別にしないしね。試験じゃ容赦なくやるけどプライベートでは別に仲良くするのは自由だし」

 

 唇に指を当て、自分でも考えてみるが多分そんな感じだ。相手が友達でも必要なら切り捨てることが出来るタイプ。うん。確かに出来るけどそれじゃあ結局酷いヤツじゃん、私。でもちゃんと友達も大切にしてるつもりなんだけどな。そういう意味じゃ否定したけど有栖ちゃんと同じかもしれない。まあ私はそんな簡単に切り捨てはしないけども。

 

「そんな訳で私は葛城くんとも友達になりたいと思うんだよね。葛城くん普通に良い人だし。人間としては大分好感が持てる方だと私は思ってるよ」

 

「……なるほど。理解した。確かに理由なく敵対する必要はない。それについては俺も同感だ」

 

 葛城くんは私の言葉を理解し、一部は認める。だけどその言葉選びは否定に繋ぐものだ。

 

「友達になりたいという提案は悪いものではないし南雲がそう言うなら俺も応えよう。だが……生憎とこの件は俺にとって深いところにあるもの。いわば俺の弱点になりえるものだ。悪いがそこまで信用することは出来ない」

 

「えー」

 

「公私を分ける。それはつまり必要があれば、友だとしてもそれを利用することを厭わないということだ。違うか?」

 

 あらら……まあそりゃそうだよね。葛城くんがその意味に気づかない筈がない。でも本当に親切なんだけどなぁ。

 

「違わないけどさぁ……私約束は守るよ? やらないでほしいって言うならやらないし触れてほしくない部分があるなら予め約束しとけばその心配はないと思うんだけど」

 

「それが本当なら喜ばしい話だが、それを信用出来るかどうかも実際に約束してみなければ分からない」

 

「正論きつくない? というか私ってそんな信用ない人だっけ? そんな酷いことした覚えないんだけどなー。もしかして私って年から年中嘘ついてる人だと思われる? ユキちゃんはどう思う?」

 

「……急に振らないでくれない? そんなこと聞かれても困るんだけど」

 

「強敵として警戒してるだけだ。気に障ったなら謝ろう。俺としてもそこまでは思っていない。これが龍園なら同意するところだが……」

 

「あーそれはしょうがない。龍園くんだしね」

 

 やっぱり葛城くん的には龍園くんと関わったことは苦い思い出らしい。龍園くん信用ないなぁ。ある意味信用出来ると私は思うんだけどあえてそれは口にしない。葛城くんの前で龍園くんの擁護しても何の得もないからね。

 

「それじゃ本当にアドバイスいらない?」

 

「アドバイスとなるとそれなりにプライベートな情報を公開しなければならないからな。今回はひとまず遠慮しておこう。だがそういう申し出があったということは覚えておく。また同じようなことがあれば次は頼むかもしれん」

 

「そこまで言うなら受け入れても良い気もするんだけどなー。本当にいらない? 今なら私のサイン付きCDも付いてくるよ?」

 

「いや、葛城くん多分興味ないでしょ……」

 

 私は一応最後まで粘ってみる。でもまあ無理かな。葛城くんはアイドルとかそんなに興味無さそうだし。初めて会った時も緊張とかしてなかったしね。だからその言葉を最後に引き下がろうとしたのだが……。

 

「……サイン……サイン、か」

 

「……あれ? もしかしてほしい? 葛城くんって意外とミーハー? それとも実は私のファンだった?」

 

「いや、そういうわけではないが……」

 

 なぜか私のサインという言葉に反応して再び悩み始める葛城くん。一瞬どういうことなのか分からなかったけど悩む理由をこっちでも考えてみてなんとなく気づく。これはよくあるパターンかもしれない。芸能人のサインは頼む本人が欲しくなくても頼む場合がある。その理由を、私は先んじて口にした。

 

「もしかしてそのプレゼントを送る相手が私のファンとか?」

 

「……ああ。それなりに熱心に話していたのを覚えている。特にCD……南雲の曲は結構聴いていたな」

 

 どうやら私の予想は当たっていたようだ。そう。芸能人のサインを頼む時、家族や友人、知人などがファンだから書いてほしいと頼んでくるパターンはかなり多いものだ。さして珍しくもない。なので私は未だ難しい顔で悩み続ける葛城くんに向けて軽く告げた。

 

「あーそういうことね。オッケー。それじゃ送るもの選んだら連絡してくれる? サイン書いてあげるから」

 

「それは……だが……」

 

「出来れば名前とかも教えてくれた方がいいけどそれは葛城くんに任せようかな」

 

 私が軽い調子で告げた言葉に、更に葛城くんは悩み始める。多分、送ってやりたい気持ちはあるのだろう。だけど私を信用していいのか。それと私に負担をかけるようなことをしていいのか。それで悩んでいると見た。

 だけどこれくらい安いものだ。サイン1つで喜んで貰えるんだから私としてはそんな苦ではない。転売とかしてくる相手じゃなきゃ普通に書く。私はそういうの、結構見抜くから中々売られてないんだよね。前に売られてたの見たら値段が100万とか超えててびっくりした思い出がある。

 ただまあ葛城くんのプレゼントを送る相手となればそんな心配はいらないだろう。それと、ここまでの会話で大体分かってきた。葛城くんがこんなに悩むくらいだ。これは中々にリスクのあるものなのだろう。葛城くんにとっても、私にとっても。だからこそここまで悩んでいる。もうひと押しかな。

 

「私のサインって結構貴重だから喜ぶと思うけど……どうする?」

 

「…………いいのか?」

 

「勿論。葛城くんとそのファンのためなら何枚でも書いちゃうよ」

 

 葛城くんはその言葉で決心したようだ。真剣な表情でこちらを真っ直ぐに見つめてくる。

 

「なら……頼む」

 

「オッケー。それじゃ後で連絡して」

 

「ああ。感謝する」

 

 短い言葉だが確かに感謝は伝わる。葛城くんは実直だからね。好意を向ければ好意が返ってくる。当たり前のことだがこれが中々、そうはいかない人が多いからね。葛城くんの美徳だと言っていいだろう。

 

「それじゃ行こっか」

 

「……うん」

 

 そして葛城くんと別れ、空気を読んで殆ど私の後ろで黙ってくれていたユキちゃんと連れ立って別れる……が、せっかく見てる人もいるしそっちにも声を掛けようかな。私はユキちゃんにひと声かける。

 

「ごめんユキちゃん。勉強するの遅くなるかも」

 

「え? ……って、あいつら確か……」

 

 私の視線の先。物陰に隠れているDクラスの男子3人をユキちゃんもまた遅れて発見する。ほぼ最初からずっと気づいてたけど葛城くんとのやり取りの邪魔になるし黙っていたし、声を掛ける気もなかった。だけど……その中に綾小路くんがいるなら話は別だ。私は軽い足取りで彼らに近づいていく。

 

「やっほー。池くん、山内くん。それと……綾小路くんっ」

 

 私が声を掛けると2つの好色の視線。それと何を考えているか全く分からないその視線が、私に向けられた。

 

 

 

 

 

 ──綾小路くん達としばらく一緒の時間を過ごした後。

 時刻は夕方。私は自室にユキちゃんを誘って夕飯をご馳走していた。

 

「美味しかった?」

 

「美味しかった。だけど最後のアレは最悪」

 

 夕飯を食べ終え、片付けを終わらせたところでユキちゃんはそんな厳しいことを言う。私はそれが何なのか理解しながらもあえてすっとぼけてみせた。

 

「最後のアレ? どれのことかな?」

 

「わかってるでしょ。あのDクラスの3バカ。あんたが気にしてる綾小路くんだけならともかく、なんであんなクソみたいな男子と遊ぶことにしたわけ?」

 

 不満を全く隠さず不機嫌な様子でユキちゃんは言う。クソみたいな男子というのはさっきまで一緒に遊んでた池くんと山内くんのことだろうね。さすがユキちゃん。端的に表せてるね。ちなみにお口が悪いのはいつものこと。ユキちゃんの素は結構言いたいことを言うというか、言葉選びが結構酷いタイプだ。そういうところも良いと思う。私はその言葉に頷きながらもあえて問い返す。

 

「中々酷いこと言うねぇ、ユキちゃん。ちなみにどの辺がクソみたいだったの?」

 

「目線がキツい。胸とか足とかそういうとこばっかり見てたし、下心しか感じない。おまけに気も使えないし空気も読めない。途中マジで帰ろうかと思った」

 

「それはそれは。ユキちゃんには苦労を掛けちゃったね」

 

「今まであんたから頼まれた事の中で1番きつかったんだけど? 本当に悪いって思ってる?」

 

「ごめんて。また今度ご飯奢ってあげるからさ」

 

 私相手にも物怖じせず軽く睨んでくるユキちゃん。まあそこまで怒ってる訳じゃないのはわかるけどキツかったのは確かみたいだ。上級生との交渉とか無人島でリタイアした生徒を数えるためのぼっちかくれんぼとかよりキツいとか、さすが寛治くんに春樹くんだ。普段Bクラスの男子と絡んでるのもあってその落差で余計キツく感じたのだろう。なおも愚痴が続く。

 

「あんた、なんであんなのと友達してんの?」

 

「んー? 駄目かなぁ?」

 

「駄目ってか私だったら多分死にたくなる」

 

「あはは、私は死にたくなるくらい惨めな目に遭ってるってことかな?」

 

「それは……まあ言い過ぎたかな。ごめん。だけどあんな男子と付き合う意味ってないんじゃない? 葛城くんとかはまだわかるけど」

 

 冗談っぽく言い返してみると普通に謝ってくる。こういうところはしっかりとしてるというか、コミュニケーション能力が高い所以だ。会話が自然に続く。言葉は過ぎてもその疑問や思いは変わらないようで素直に質問をぶつけてきた。

 

「それともあんな男子でも利用出来るってこと?」

 

「まあ否定はしないね」

 

「スパイとか出来なさそうだけど。すぐに顔に出そう」

 

「それが面白いところでもあるんだけどねー」

 

 私がそう言うとユキちゃんは眉間に皺を寄せた。だがすぐに表情を戻し、代わりに息をつく。

 

「マジで理解出来ないんだけど……」

 

「んー、そうかな。最底辺の人間はそれはそれで価値があると私は思ってるよ。能力の低い人間がいるからこそ能力の高い人間が楽出来る訳だからね」

 

「それはそうかもだけどさ」

 

「そうそう。私の活動ってああいう人に支えられてきたものだからね。蔑ろにしたりはしないよ。まあ性格はアレだし見た目も悪いし能力が低いことは事実だから否定はしないけどね」

 

「あー……なるほどね。それなら納得かも」

 

 私がアイドルであったことを思い出したのか、私の発言に理解を示すユキちゃん。そう。芸能人なんてのはそんなものだ。というかこの世で成功した人。上の立場にいる人の大抵はそう。下の人間のおかげで生きていけるんだけど割とそれを忘れがちなんだよね。なので私は本心から価値があると思ってる。利用価値でも価値は価値。どんな人間でも生きてる限り価値は生まれる。勿論、その価値に差はあるけど。

 

「それにもしかしたら意外な伸びしろがあるかもだしねー」

 

「なさそうだけど」

 

「ばっさり言うねー。まあ可能性が低いのはそうなんだけど。それじゃBクラスの生徒はどう思う?」

 

「Bクラスの生徒?」

 

「そ。Bクラスの生徒は? 伸びしろあると思う? 成長すると思う?」

 

 私は話題の矛先を変えてユキちゃんに質問する。Dクラスでも最底辺の生徒とBクラスの生徒を比べて成長出来るかどうか。その質問に、ユキちゃんは殆ど間を置かずに答えた。

 

「そりゃ……成長するし伸びしろもあるんじゃない。少なくともDクラスの生徒よりは」

 

「なるほど。ユキちゃんはそう思うわけだ」

 

「何その言い方。あんたは違うっての?」

 

「まあね。伸びしろはともかく、成長の可能性で言うなら私は今のところ、Dクラスの生徒の方が可能性は高いと思ってる」

 

 私が正直に口にするとユキちゃんは理解出来ないって表情を素直に浮かべた。怪訝そうに眉をひそめる。そんなユキちゃんに、私は自分なりの考えを述べることにした。

 

「ユキちゃんは人の成長に必要なものってなんだと思う?」

 

「なんかそれ前も聞いた。環境なんだよね。あんたの考えは」

 

「そう。環境は大事だね。じゃあ精神的に必要なものはなんだと思う?」

 

「……意味がよく分かんないんだけど?」

 

「精神的に安定した状態と安定してない悪い状態。どっちが成長を期待出来るかって話だよ。私の考えとしては……成長には、精神的な負荷が必要だと思ってるからね」

 

「精神的な負荷……?」

 

 ユキちゃんは私の言葉を聞いてそれを理解しようと口に出す。私はその言葉に同意しながら続けた。

 

「そう。精神的にボロボロにやられて今にも挫けて絶望しそうな人の方が、何の不満も不安もない安定した生活を過ごす人よりも成長する可能性は高い。私はそう思ってる」

 

 その持論を聞いて、ユキちゃんは僅かに顔をしかめた。この例を聞いてまず思い浮かべるのは先程出した2つのことだろう。すなわち、DクラスとBクラス。どちらの方が成長の期待が持てるか。そのことをユキちゃんはおそるおそる口にした。

 

「……最下位のDクラスの方が、成長する可能性があるってこと?」

 

「そういうことだね。まあ単純にその状態から脱却しようと足掻く可能性がある。そうやって死物狂いになる。そうじゃなくてもプライドを捨てたり、新たな突破口を必死に模索しようとすることで大いに飛躍することもありえる。そう思わない?」

 

「……でも逆にそのまま絶望して潰れる可能性もあるんじゃないの。空回りに終わっちゃってさ」

 

 そう。それもまた間違いない。劣勢に追い込まれた人間が死中に活を求める。それは自然なことだが、当然それには痛みを伴うし、上手くいくとも限らない。むしろ悪い方に転がってしまうことだってありえる。死にものぐるいで頑張っても結果が出なければ絶望してしまうのは自然なことだ。

 

「あるいは怠惰なまま終わるとかね。これが1番多いかな。現状に折り合いをつけて満足する。向上心や努力を捨て楽に生きる。そうすれば苦しまないし痛い思いをしなくて済むからね」

 

「……じゃあさっきの様子を見る限り楽に逃げて終わるんじゃない?」

 

「その可能性は高いね。ただそれでも可能性はある。Dクラスという最底辺に落ちたクラスの精神的な負荷はこれからも上がり続ける。何かの切っ掛けで殻を破り、成長するようなこともありえるし、その結果クラスが上手く回り始めることもある」

 

「……まあそうなったら怖いかもね。でもあんたならそれでも勝つんじゃないの?」

 

 Dクラス如きが成長したところでBクラス、これからAクラスになるクラスに。私には勝てない。そう。私は確かに自信を持っているし、クラスメイト達もそれを信頼している。それは悪いことではない。私は頷く。

 

「勿論勝つよ。私は自分が負けるとは思ってない。だけど、この状態が長く続けばBクラスは成長しない可能性がある」

 

「……どういうこと?」

 

「私に任せてれば勝てる。その思いが強すぎて思考停止する。成長を止める。そんな可能性があるってこと」

 

 私は私が勝ち続けることによって起こりえるリスクを口に出す。それは私が前から考えていたことだ。

 

「私を信頼するあまりに私の言うことを絶対に思うようなイエスマンばかりじゃ困るんだよねー。ただ逆らえって言ってるんじゃないよ? ただ私としては私を信頼して私の言う事を聞きながらも自分で考えられるクラスでいてほしいんだよね」

 

「……考え過ぎじゃないの?」

 

「そうかもね。最近は良い芽も出てきたし流れとしては悪くない」

 

 ユキちゃんの言葉ににこやかに頷きながらも、私はその危惧を頭の端に追いやることはしない。私を崇拝した先に行き着くその可能性は十分にありえるものだ。

 

「不安にさせるようなこと言っといてなんだけど、今のところはまだ心配ないよ。これは単にユキちゃんには聞いて欲しかっただけだから」

 

「聞いてほしかったって……そんなの聞かせられても反応に困るんだけど」

 

「あはは。そうだね。まあ今は覚えてくれるだけでいいよ」

 

「はぁ……」

 

 私のその言葉にユキちゃんは気怠そうに頷く。まあ今は別にいい。何か起きた時の備えでしかないからね。これは。

 

「ユキちゃんは最近勉強も頑張ってくれるし、前よりは積極的になってきたし、優秀になってきてるからねー。優秀な子には色々と教えたくなるんだよ」

 

「は、はぁ? 急に何? 急に褒められると嫌な予感がするんだけど。もしかしてまたなんかやらせようとしてる?」

 

「ないこともないかな。とはいえ今すぐじゃないけどねー」

 

 私は怪しんでくるユキちゃんにニヤニヤとした笑みを向けてみせる。それを見たユキちゃんはやはりと言うべきか、ちょっぴり嫌そうだが、嫌そうでもない。軽く息を入れて頬杖を突く。

 

「たまには神崎くんに頼んだら? なんか私ばっかり働いてる気がするんだけど」

 

「神崎くんは今ロッキーだから駄目だね」

 

「は? ロッキー? 意味わかんないんだけど」

 

「そのうちわかるから気にしないでいいよ。それよりもう1つ聞きたいんだけど綾小路くんはどうだった? ユキちゃんはなんか感じるものあった?」

 

「……よくわかんなかったよ。やっぱ普通の陰キャにしか見えなかった」

 

「あははは! だよねー! さすがユキちゃん! わかってるぅ!」

 

 ユキちゃんの綾小路くんへの感想を聞いて腹を抱えて笑ってしまう。やっぱそうなんだよね。そう。それが何よりもおかしい。何しろ明らかにおかしな雰囲気を持ってるくせに、私ですらその底が読み取れないんだから。

 その凄さが可笑しくてたまらない。

 

「何がそんなに可笑しいのかわからないんだけど……そんなことより勉強しないの?」

 

「ああ、ごめんごめん。それじゃ始めよっか」

 

 私は笑ってしまうのを何とか耐えながらユキちゃんと一緒にノートを開く。だが思い出すのは綾小路くんだ。やっぱり綾小路くんは面白い。もうちょっと絡んでみたい。

 夏休みはまだもうちょっと続くし、今度適当な時に絡みに行こっかな。雅兄も気になってるみたいだし、()()()()()()()()()()()()。その時が楽しみだね。




次回は綾小路くん視点です。麗ちゃんとユキちゃんと遊ぶ綾小路くんも(それと2バカ)の話もそこで。お楽しみに。

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