それはうだるような暑さを感じる夏の日のこと。
「お──おいおい! なんであのハゲが麗ちゃんと!?」
「ハゲのくせにアイドルとお近づきになろうなんて許さねぇ!」
クラスメイトの誕生日プレゼントを買いに来た。その店先でAクラスの葛城とBクラスの南雲が会話しているところに遭遇した。
それを見た池と山内の台詞は中々に酷いものだった。オレは池と山内に合わせてその背後に隠れながら息をつく。池と山内はかなり興奮している様子だ。
「おいどうする? 闇討ちするか?」
「アイドルに近寄っていい訳ないだろ……! クソ……葛城のヤツ……羨ましい……!」
池と山内によればどうやらアイドルは男と喋ってはいけないらしい。そのアイドルと仲良くしようと画策している人の台詞じゃないな。言葉からその欲が隠しきれず滲み出ている。
しかも会話している男の方の闇討ちを計画しようとするのだから中々に危険な思考だ。本気ではないだろうが一応止めておくか。
「普通に会話してるだけじゃないか?」
「バカ野郎綾小路! 良いわけないだろ!」
「ハゲがアイドルと会話するなんて許されるか!」
池と山内によればどうやらハゲはアイドルと会話してはいけないらしい。アイドルとハゲには人権はないのか。ここまで言われるとさすがに可哀想になってくるな。
だがどうやら会話の内容から察するに葛城のプレゼント選びに協力しようと声をかけただけみたいだ。親密な関係というわけではないな。南雲の後ろにも南雲の友人と思われる女子が1人いるし、本当に偶然のようだ。
「お、ハゲが散ったぞ!」
「よっしゃ! ざまあみろハゲ!」
この2人はハゲによっぽど恨みがあるのかもしれない。そう思いながらも別れる葛城と南雲を観察する。どうやらその不意の会話は和やかに終わったようで南雲達もまたどこかへ行くと思われたが、その身体をくるりと反転させ、こちらを向く。やはり気づかれていたらしく真っ直ぐにこちらに向かってきた。そして明るく気さくに声を掛けてくる。
「やっほー。池くん、山内くん。それと……綾小路くんっ」
「う、麗ちゃん!」
「や、やっほー」
「……ああ」
弾けそうな笑顔を向けて挨拶をしてくる南雲に、露骨に池と山内が動揺した。だが無理ないことだろう。この学校の容姿のレベルは高いことは明らかだが、その中でも南雲の容姿は間違いなくトップに位置している。可愛いのに美人。美人であり可愛い。スタイル抜群で胸も大きく、それでいながら気さくな人柄で親しみやすいその性格は男女問わず人を惹きつけるだろう。
おまけにアイドルというステータスまで持っているのだからこんな風に声を掛けられるだけで男からしたらたまらないんだろうな。そんな感想を抱く。Bクラスのリーダーとして割と攻撃的なところも見せていた筈だが、それもまた南雲麗という少女の魅力として周囲には映っているのかもしれない。実際同じクラスの人間からしたら頼もしいだろうしな。
「3人ももしかしてプレゼント買いに来たの?」
「お、おお。そんなとこかな?」
「あ、ああ。でももう選び終わったところだぜ。なっ? 綾小路」
「……まあ」
南雲の質問を受け、頷きながらも既にその用事は終わったことにしたいのか2人が嘘をつく。近くの棚にあった適当な商品を手に取りオレに同意を求めてくる山内。こんな感じでプレゼントを選ばれるとは井の頭も浮かばれないな。
とはいえ物自体は悪くないものだろう。値段も予算内に収まる。適当に選んだにしては悪くないかもな。気持ちは全く籠もってないが。
ともあれ池達は南雲と一緒に過ごす方向に方針を変えたのかこの後予定はないというのを露骨にアピールする。見抜くまでもないその誘いを受けて南雲は笑った。
「あはは、そうなんだ。じゃあ一緒に遊ぶ?」
「遊ぶ遊ぶ!」
「今日はずっともう暇だったんだ! なっ! 綾小路!」
「……そうだな」
すごい食いつきようだった。そして山内はさっきからオレへの同意がすごい。これが同調圧力って奴か。頷かなければいけないという気にさせられる。
そしてそれは相手もまた同じらしい。
「ユキちゃんもいいよね? ちょうど暇だったし」
「……ああ、うん。そうだね」
南雲が一緒にいた女子生徒に了解を取り、同意を得る。が、明らかに嫌そうだった。だが拒否権はないのかもしれない。あるいはあっても断りきれないか。ちょっと同情してしまうな。
「それじゃどこ行く? 3人はどこか希望はあるかな?」
「えっと……あ、ああ。そうだ……えーっと……」
「あ、あんまりポイントを使わないところ……とか?」
「…………はぁ」
一緒に遊ぶことが決まると次は目的地を決めることになる。だが池と山内はそこで金欠であることを思い出したのだろう。動揺して恐る恐るとそんな情けないことを口にする。それを聞いて背後の女子生徒がため息をついた。こっちの評価がかなり暴落しているのを感じる。露骨に遊びに誘っておきながらポイントもない地雷男。こっちの評価はそんなところか。悲しくなるな……。
「あははは! もしかしてポイントないんだ?」
「うっ……そ、それは……」
「ら、来月になればポイント入ってくるんだけど……は、はは……」
だが南雲は嫌な顔をしなかった。素直にそれを笑い飛ばし、その上でこちらに提案をしてくる。
「そうなんだ。それじゃ貸してあげよっか?」
「えっ。い、いやそれは……」
「それはちょっと……情けないっていうか……なぁ?」
なぁ? と聞かれてももうこの時点で大分情けないと思うぞ。
だが南雲の方は特にそのことを突っ込むことはないようだ。携帯を取り出しながら2人の肩を叩く。
「いいっていいって。来月になったら返してくれればいいからさ。せっかく遊びに行くのに何も出来ないって悲しいじゃん」
「う、麗ちゃん……!」
「て、天使だ……!」
「あはは、大げさだって。とりあえず1万ポイントずつ貸しとくね?」
南雲がそう言って携帯を操作した直後、オレも含めた3人の携帯が振動する。画面を開いてみれば通知が来ていた。ポイントの残高が1万増えている。よく分からないうちにオレまで借金させられてしまったな。
まあ後ですぐ返せばいいだろうと思い、オレは口を挟まず一旦その流れに任せることにした。池と山内は南雲を拝むように感謝を告げていた。
「ありがとうな、麗ちゃん!」
「来月になったら倍にして返すよ! 来月になったら50万は入ってくるからさ!」
「あ、ずりぃぞ春樹! くそ……俺もポイントさえあれば……!」
「あはは。それじゃ行こっか。綾小路くんも大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だ」
南雲はこちらにも気にかけるように自然と声を掛けてくる。それに答えるとそこから特に話を続けるでもなくあっさりと池と山内の方に向き直り、集団を先導するように歩き始めた。
「とうちゃーく!」
南雲に連れられてやって来たのはケヤキモールの一角にあるCDやDVD、ゲーム。本などが売られている大型書店。そこに併設された小さなゲームコーナーだった。いわゆるクレーンゲームと呼ばれるものやエアホッケー。太鼓を叩くゲームなどのショッピングモールなどでよく見られるであろうアミューズメント施設。
とはいえそこまで大きなものではない。風紀が乱れるからなのか大抵の娯楽のあるこの学園の中にも大型のゲームセンターのようなものはどうやら存在しないらしいことはクラスメイトの博士から聞いたことがある。あるのはこういう軽めのものだけだど嘆いていた。おそらくゲームなどを趣味とする人にとっては満足のいくものではないのだろう。実際、池や山内などもよくゲームの話をしているがここにはあまり来たことがないようだった。不思議そうな様子で南雲に尋ねる。
「あの……麗ちゃん? もしかしてゲームしたかったりする?」
「ん? そうだけど……ここじゃ嫌?」
「い、いやいやそんなことはないけどさ。どうせやるんならほら……寮の部屋とかでやった方が盛り上がるんじゃないかなーとか思ったり?」
「そ、そうそう! 俺たち結構色々持ってるし?」
どうやらゲームにかこつけて自分達の部屋にアイドルを連れ込みたいらしい。そういえば時折池や山内達からは南雲がそういう話題に詳しいと話していた覚えもある。博士なんかも興奮していたし、南雲はどうやら趣味の幅が広いみたいだな。須藤からはかなりスポーツに詳しいと聞いた覚えがあるし、一之瀬からはかなりお洒落で洋服とかアクセサリー。インテリアにも詳しいと聞いている。
実際今南雲が来ている服はお洒落に見えた。白いデニムのショートパンツに黒い半袖で胸元が少し広めのカットソー。薄めの赤いガウンを羽織っている。肩から小さく下げている鞄の良し悪しは分からないが、おそらくブランド物だろう。改めて観察してみるとスタイルの良さがよくわかる。自分の武器をより良く見えるようなコーディネートだ。
とはいえおそらく南雲程になると何を着ても似合うのだろうが……こうして見ると、なるほど。南雲の魅力が分かってきたかもしれない。これだけ可愛くてスタイルが良くて胸も大きい。しかもアイドルをしていてお洒落な服を身に纏った女子が男の趣味にも理解があるというのは男からしたらたまらないだろう。
まさしく男の夢が詰まった存在、か。それでいて女子からも憧れられる存在。気さくな人柄で幅広い層にも愛される存在。それが南雲麗。なるほど。池や山内達がお熱になるのも無理ないことかもしれないな。
「まあそれはまた今度ねー。今日はクレーンゲームで勝負しようと思ってさ」
「クレーンゲーム?」
「そ。1時間で1番多く取った人の勝ち。それで勝った人には~……ご褒美あげちゃおうかな?」
「ご、ご褒美?」
「それって……な、何が貰えるんですか?」
「何でもいいよ。食事奢ってほしいとかポイントでもいいし。それか……私と1日デートが出来る権利……とか?」
そしてそんな南雲の言葉に反応し、唾を飲み込む池達。ご褒美に何でもいいと、しかもデートの権利など言われてしまえば、池達の反応などわかりきっていた。
「よっしゃー! 見てて麗ちゃん! 俺めちゃくちゃ取ってくるから! ぬいぐるみとか色々!」
「いや俺が取ってくる! キーホルダーとか色々!」
「頑張ってねー」
我先にと立ち並ぶクレーンゲームに向かっていく池達。それを笑顔で手を振って見送ると残ったのはオレと南雲。そして先程南雲にユキちゃんと呼ばれていた女子だけとなったが、そのユキという生徒にも南雲は指示を出す。
「あ、ユキちゃんも行ってきていいよ」
「……わかった」
その指示を受けてユキという生徒は少し考えてから頷く。そしてこちらに背を向け、少し気怠そうに池達が向かった方向に歩いていった。おそらく南雲のその言葉だけで南雲の意思を汲み取ったのだろう。その結果、ここに残ったのは2人だけだ。
そして南雲はそれを見計らったように笑顔を向けてくる。
「さ、綾小路くんは私と一緒に遊ぼっか」
「……オレと一緒に?」
「うん。だって綾小路くん、こういうゲームするの初めてでしょ? ちょっと物珍しそうにしてたし。だからやったことないんじゃないかって思ったけど違ったかな?」
……どうやらバレてしまったらしい。少し迂闊だったか。とはいえそのこと自体は特に問題ない。南雲の観察眼。洞察力に改めて警戒しつつも頷いてみせる。
「バレたか。確かにこういうゲームで遊ぶのは初めてだ」
「そっか。ならやり方とかわかんないでしょ? 初心者をほっぽり出すのも悪いし、私が教えてあげるよ。こう見えて私、ゲームは得意だからねー」
これも特に断る必要もない。南雲が腕をまくる仕草をして笑う。その親切な申し出にありがたく乗らせてもらおう。
「なら頼んでいいか?」
「オッケー。それじゃまずはこっち」
「ああ」
ゲームに詳しく得意だという南雲に従って付いていく。するとそこにあったのはクレーンゲーム……ではなく、大きな太鼓を模した置物が2つ並んで置かれている体感型のゲームだった。
「まずはこれで遊ぼっか」
「……クレーンゲームをするんじゃないのか? どう見てもそうは見えないが……」
「まあまあいいじゃん。1時間の勝負の間ずっとクレーンゲームしないといけないわけでもないんだしさー」
中央に置かれた太鼓を叩く撥のような棒を手に取りながら南雲はいたずらっぽく笑う。バレバレだからこそあえてそうやってふざけたように見せるのも好感触に感じるテクニックなのだろうか。作為的なものを感じながらも悪い気がしない。オレはその申し出にも応じる。
「南雲がいいなら構わないが……」
「ありがと。それじゃ一緒にやろっか。これはやったことある?」
「悪いが初めてだ。教えてくれ」
「オッケー。それじゃこの棒取って構えて」
「わかった」
オレは言われた通り、太鼓の脇に置かれた2つの棒をそれぞれ両手に分けて持つ。察するにこれで太鼓を叩くのだろう。あまり詳しくはないが、画面から音楽が流れていることから音に合わせて太鼓を叩くいわゆる音ゲーという奴かもしれない。オレはその心構えをしながら南雲の言う通り棒を持って構えた。次の指示を待つ。
「次に太鼓に背中を向けて」
「……背中を向ける? 正面を見ないでいいのか?」
「うん。正面を向くのは始まってからだからね」
「そういうものなのか」
南雲の指示通りゲーム画面に背中を向ける。後ろでクレーンゲームの調整をしている店員と目が合った。何をしているんだ? という怪訝な目をしているがこれで本当に合ってるのか不安になってくる。いや、これは明らかに……。
「そしてそのままブリッジするみたいに背中を反らして太鼓に手をついて。その状態のまま奇声を上げればゲームが始まるから、そしたら今度は腕に力を込めて下半身を浮かせて持ち上げて、太鼓と垂直になるように……」
「わかった。やってみよう……とでも言うと思ったか?」
そんなことをすればただの変態だ。それを目撃した通りすがりの人によって拡散され、一生ネタにされ続けることが目に見えている。オレは背を反らしかけたところで南雲に指摘すると南雲は可笑しそうに笑っていた。
「あはははは! ごめんごめん! 綾小路くんがほんとに何も知らないみたいだからさ。ちょっとからかってみちゃった」
「出来ればちゃんと教えてくれ」
「オッケー。それじゃ今度は普通に教えてあげる。太鼓の面部分をその棒で叩いて」
明らかにからかわれていたが今度は本当の説明のようだ。南雲の指示通りに太鼓を叩いてみるとゲームが始まる。ちなみにこういうゲームは本来なら小銭を入れて始めるらしいが、ここでは電子マネーのように携帯をかざすことでポイントが引かれて始めることが出来る。まずはチュートリアルからしようかという南雲の指示に従い、チュートリアルを選択。そうすると太鼓を模したキャラクターから可愛らしいボイスと画面の指示によってゲームの遊び方を実際に学ぶことが出来る。なるほど……親切な設計だな。それに簡単だ。特に難しい要素もなく音に合わせて流れてくるノーツに従って太鼓を叩くだけ。これならゲーム初心者や小さな子供でも遊べるし、オレにも出来そうだ。
「わかった? 結構簡単でしょ? 始めていいかな?」
「ああ、理解した。いつでも始めてくれ」
「うん。それじゃ始めるね」
チュートリアルを終えると今度は南雲も隣の太鼓を叩いて参戦してくる。2人で遊べるのか……家族やカップルに人気がありそうだな。
そうやって感心しているとゲームの画面が進んだ。だが、ここでちょっと問題が起こる。
「綾小路くんは何か好きな曲とかある?」
「曲を選べるんだな」
「うん。結構色々入ってるよ。普通のポップスとかアニソンとか。何がいい?」
「そうだな……」
南雲が曲を1つずつ選択しながら流してくれる。知ってる曲はあるかという親切なのだろうが……その曲が1つもわからない。おそらく流行りの曲。いや、あるいは有名な曲なのだろうがそういうものに疎いオレにとっては少し困る。唯一わかるのはクラシックくらいだが……ここでクラシックを選ぶのはどうなんだ? おそらくだがこういうゲームは知ってる曲を楽しみながら遊ぶものな気がする。南雲なら何を選んでも気にしないとは思うがどうするか……そうして悩んでいると、ふと気になる曲を見つける。
「この曲……」
「お、もしかして聴いたことある?」
「いや、曲は聴いたことないが声が……もしかしてこの声は南雲か?」
その曲はタイトルもアーティストもやはりオレの知らないものだったが、そこから聴こえてくる声がどことなく隣の南雲の声と似ていたためそう尋ねる。すると南雲は少し驚いた表情を見せた後、すぐに笑顔を見せて手を叩いた。
「おおーまさか気づくとは。御名答だよ綾小路くん。この曲は私の所属してたグループの代表曲の1つだね」
「やっぱりか。何となくそんな気がした」
「へぇ~やるねぇ。歌ってる時と普段じゃ結構違うと思うんだけど。もしかしてどっかで聴いたことあった?」
「いや……どうだろうな。もしかしたら耳にしたこともあるかもしれないが覚えてないな」
そこで嘘をつく。聴いたことがある筈もないが、はっきりと聴いたことがないと言い切るには少しおかしい気がしたからだ。南雲のアイドルとしての知名度は相当高いようだしな。
そしてやはり南雲もまたそのことを不思議がる。
「ふーん? それはそれで珍しいね。これって去年紅白でも歌ったんだけど。もしかして綾小路くんってテレビとか見ない人?」
「あまり見ないな。だから正直、話についていけないことが多くて困ってる。好きなアーティストやドラマの話をされても知らないから答えられなくてな」
「マジかー。もしかしてアニメとか漫画とかそういう系ももしかしてダメ?」
「ああ。あまり見たことないな。それよりゲームを始めなくていいのか?」
「あっ、そうだね。それじゃ始めよっか」
どうやら曲の選択に時間制限があるようで気づけば時間が残り僅かになっていた。思い出したように太鼓を叩き曲を選ぶ南雲。結局選んだのはその南雲の曲だった。
「せっかくだしね。綾小路くんにも私のこと知ってもらおうかなって」
南雲の言葉に頷き、ゲームの画面を見る。曲を選ぶと次は難易度選択。全部で4段階あるようで南雲は迷わず最高難易度を選択。オレは少し迷った末に、下から2番目の難易度を選択した。
ゲームが始まると画面が切り替わり、曲が再生される。南雲の曲。それに合わせてノーツが流れてきてそれに合わせて太鼓を叩いていく。自然とリズミカルになるように配置されているので上手く叩ければそれだけで演奏しているような気分が味わえる。
だがそんな中で気になるのは南雲の曲と隣の南雲だ。曲の方はさっきも少し聴いたが激しめの曲調だ。ギターの音が目立つロックな曲だ。勿論アイドルらしい可愛い部分も残しながらもイメージするアイドルのスタンダードな感じとは少し違う。
そしてその中でメインのボーカルを務める南雲の歌唱力は圧倒的に目立っている。よく聴けば南雲の声だとわかるが、確かに普段の声とはまた違うものだ。
そしてその当人である南雲の方は完璧に曲に合わせて太鼓を叩いていた。時々ミスをするオレと違って完璧にコンボを重ねて数字を積み上げていく。
やがて曲が終わると成績が発表されるが、南雲のそのスコアは桁が違っていた。どうやらパーフェクトだったらしい。曲を終えて息をついた南雲がこちらにピースサインを向けてきた。
「いえーい! パーフェクトー!」
「すごいな。やっぱり自分の曲だとやりやすいのか?」
「まあそれもあるけどねー。そもそも音ゲー得意だから、私」
胸を張って自慢してくる南雲に素直に感心する。こっちは難易度が低めだというのにそれなりにミスをしてしまった。まあとはいえ慣れてきたのでもう1度やれば同じ難易度であればパーフェクトを狙うことも出来るだろう。南雲のやっていたような最高難易度となるとまた別だが。それなりの練習が必要だろうな。
「それでさっきの話の続きだけど、綾小路くんの家って結構厳しい?」
「どうしてそう思うんだ?」
「だってテレビとか漫画とかそういう娯楽に疎いし。親に禁止されてたとかなら納得かなーって」
ゲームが終わってからの質問の続き。それを聞いてオレは考える。確かに厳しい環境であったことは間違いないし、娯楽の類も許可はされてなかった。オレは頷く。
「そうかもしれない」
「やっぱそう? ならやっぱ仙人とか?」
「仙人? どうしてそうなるんだ?」
南雲から返ってきたその言葉に意味が理解出来ずに問い返す。すると南雲はこちらとの距離を一歩詰め、下から顔を覗き込んでくる。
「だって綾小路くんってあまりにも浮世離れしてるんだもん」
そして表情は笑顔のまま、その瞳は見開かれこちらの目を真っ直ぐに見つめていた。その瞳は綺麗だが、こちらを見たまま揺らぎが一切ない。こちらに興味を抱き、そして分析している目だ。その目に視線を返しながらオレは言葉を返す。
「浮世離れ?」
「そ。なんか人間らしさがないんだよね、綾小路くんって。こうして私と見つめ合っててもなんも感じてないみたいだし」
「顔に出ないタイプなんだ。実はめちゃくちゃドキドキしてる」
「嘘つきだね。少なくともドキドキはしてない」
オレのその答えを完全否定する南雲の目は絶対的な自信に満ち溢れていた。距離を詰めたことで南雲のその胸が僅かにこちらの身体に当たっているが、それは関係ないだろう。こちらの様子を探るための色仕掛けに近いものだと推察する。
そしてその確信は南雲の特質からくるものだと思われる。南雲の人を見抜く目はかなり精度が高い。
それはこれまでの言動からある程度は察することが出来たが、こちらの想定よりもどうやら鋭そうだ。南雲の言葉を聞いてそう思う。
「それになんかおかしいんだよね。全然分からないのに分かるのは世間に疎そうってことだけだし。だからすっごい陰キャか俗世間を捨てて山で暮らすようになった仙人とか、そういう風に見えてくるんだよ」
南雲の観察眼に内心で舌を巻く。なるほど。『俗世間』か。それは確かに正解だ。
ただし仙人のように世間を知った上でそれを捨てて山に登り厳しい修行を行うのとは順序が逆だ。世間を知らず、厳しい修行を受けて山から降りてきた者。それが完璧な回答。
だが僅かな情報でそこまで近づいてくるのは想定以上の鋭さだと感心する。勿論確信はないだろうが、絶対に辿り着けないと過信するのは少し危険かもしれないな。
オレは南雲麗に対する評価を内心で少し上げつつ言葉を返す。
「その2択だと悲しいが陰キャということになるかもしれないな」
「全然悲しくなさそうに言われてもなー」
「感情表現は苦手なんだ」
「それは本当っぽいね」
くすりと笑い、南雲はこちらか少し距離を離す。人の目を感じたからだろう。至近距離で見つめ合ってる男女など噂になっても仕方ない。ましてや元アイドルの南雲ともなれば特に気をつけなければならないのだろう。あっさりと距離を離してくれた南雲は、その上で更に話を続ける。
「綾小路くんはソシャゲやったことある?」
「ソシャゲ? それもゲームの一種か?」
「やっぱないかー。まあそうだよね。で、質問の答えはその通りだよ。ソシャゲって大体キャラクター毎にレアリティとかが決まっててさ。強くて価値が高い希少なものはSSR。弱くて価値が低い幾らでも手に入るものはノーマルって感じで分けられてるんだよね」
また初めて聞くゲームの種類に黙って耳を傾ける。南雲はそこで視線を別の方向に向けた。その先には遠くでクレーンゲームと格闘する池と山内が見える。その様子を見ながら南雲は説明する。
「人間で例えるなら、池くんや山内くんはノーマルってとこかな。どこにでもいるような能力値の低くて価値も低いキャラクター。そして反対に龍園くんとか有栖ちゃんはSSR。他のキャラクターをその突出した能力で一方的に倒せるキャラって感じ。わかる?」
「……なるほど。ちなみになんだが南雲自身はどこに分類されるんだ?」
「私はURだね」
「……更に上があるのか」
「あったりなかったりするよ。でもソシャゲって見た目が良いキャラとかはレアリティ上がりがちだからね。能力も高くて最強に可愛い麗ちゃんは最高レアに決まってるよねって」
なるほど。よくわからないがそういうものらしい。オレは気になってもう1つ質問をしてみた。
「ならオレはどうなんだ?」
「そう。そこなんだよね」
我が意を得たり、と言わんばかりに指を1つ立てる南雲。そして再びこちらに視線を寄越してくる。
「私って大抵の人間は見抜ける自信があるんだけど綾小路くんだけ全然わからないんだよねー。どんな能力を持ってるかとかどんな人なのかとか。そういうのが全然分からないんだよ。だからレアリティは不明。分けられないかな」
「悪いが大した能力は持ってないぞ。その例で言うならオレもノーマルってことになる」
「いやいやいや。ノーマルが私のスキル防げるわけないじゃん。隠蔽力高すぎでしょ」
ジトっとした目を向けて言ってくる南雲。スキルとはおそらくだが南雲のその高い観察眼や洞察力のことだろう。
それで見抜けない以上、オレがノーマルな訳がないと南雲は確信しているようだ。ただ、だからといってどのランクに位置するかどうかは分からないのだろう。どれほど強いのかが分からない。
そして分からないからこそ興味を持っている。南雲はそう目で訴えながらも、1度その自分の言葉を否定するように言う。
「まあ確かに? ノーマルでも育てれば最高レアと戦えるくらいにはなるけどさ。だとしてもそんな能力がつくのってありえるのかなーって私は思うんだよね」
「オレがそうかはともかく一般的にはありえるんじゃないか? 人間は成長する生き物だしな。どんな成長を遂げるかは人それぞれだ。時には才能が開花して凡人だと思われてた人物が大成することだってあるだろう」
「勿論わかってるよ。今のは例え話だからね。人間の成長に決まった形はない訳だし。それは私も同感かな」
南雲は池や山内をノーマルだと見下しながらも全否定はしない。普通の人は普通の人で価値があると考えているのだろう。
そして同時に、オレが普通ではない存在だとしてその中身を見抜こうとしている。見抜いた上で利用するか、戦って倒すのか、もしくは何もせずに終わるのかは分からないがとにかくオレのことを丸裸にしようとしている。
「でも正体不明の綾小路くんからは明らかにヤバそうな感じがするし、やっぱただの陰キャではなさそうかなー」
「買いかぶりなんだがな」
「でもまあ綾小路くんが徹底して表に出たくないのはわかってきたかな」
「確かに、目立つのはあまり好きじゃないな。それは合ってる」
「陰キャくんであるのは事実ってことだね」
南雲の言葉に一部だけ同意すると南雲がまた楽しそうに笑う。そして更に言葉を続けてきた。
「なら気をつけなよ。2学期からはまた色んなことが起きるだろうしね。友達の鈴音ちゃんをしっかりと支えてあげてね」
「……ああ。クラスメイトの1人として助けるつもりだ」
「その言葉が真実であることを祈ってるよ」
南雲はオレの言葉に期待を見せる。オレのことをまっすぐと見つめながら実力を見せることを期待していた。
そしてオレが表向きにはクラスメイトとしての最低限の義務しか果たさないという言葉の意味にもおそらく気づいてるだろう。その上でそれを脱却してくれることを願っている。あるいは脱却せずとも実力を見せてくれることを願っているってところか。
2学期になって南雲が本格的にDクラスに攻撃を仕掛けてくるようなことになれば危険だが、2学期からAクラスに上がることを考えればある程度その手を弱めることが出来るだろう。他のクラスも含め、上のクラスと争うことでDクラスへ構ってる暇がなくなればいいが……そう都合よくはいかないだろうな。
だがそうならずとも手は打てる。その時はその時だ。適切な処理をすれば負けることはない。
ただ1つ。今の時点で気になることがあるとすれば……。
「そろそろクレーンゲームでもしよっか。私か綾小路くんかユキちゃんが1位取ってくれないとあの2人のどっちかとデートする羽目になっちゃうしね」
「そうだな。ただその前に、ついでにもう1つ聞いてもいいか? 南雲」
「ん? なに?」
オレは1つの懸念事項を南雲に向かって尋ねる。
「堀北は南雲の見立てだとどのくらいのレアリティなんだ?」
「……あー。鈴音ちゃんかー。うんとねー……」
──少し悩んだ末に答えた南雲の言葉に、オレは自分の考えが更に補強されるのを感じた。
あの学園ってゲーセンなさそうだけどまあ、ミニゲームコーナーくらいはあるでしょ。あるってことにしといてください。
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