ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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一般高校生とアイドルの兄の接触

 夏休みとはいえ働かないといけない日もある。普通の学生であればともかく、この学校の生徒会に所属していれば普通の学校の登校日のように出席しなければいけない日というものも存在した。

 

「堀北会長。サインお願いしまーす」

 

「ああ」

 

「南雲先輩。この書類は……」

 

「ああ。そこはだな……」

 

 少し前に行われた改装工事が無事終了した生徒会室で夏休み最後の仕事を生徒会役員は行う。堀北会長や副会長の雅兄。3年と2年の先輩方が揃って書類を片付ける中で私もまた堀北会長に書類を渡してサインを貰う。堀北会長はそれを上から下までしっかり見てチェックを終えるとサラサラと堀北会長らしい実直な字で署名する。

 それを確認したところで私も次の仕事に移ろうとしたところでしかし、堀北会長から声がかかった。

 

「どうやらもう生徒会の仕事には慣れきったようだな」

 

「そうですか? だとしたら先輩方の指導の賜物ですね。ありがとうございます」

 

 堀北会長からの珍しいお褒めの言葉に私は謙遜しつつ答えるも掘北会長はその書類を脇に置きながら更に続けた。

 

「謙遜する必要はない。橘が言っていたぞ。1週間で教えることが殆どなくなったとな」

 

「橘先輩の教え方も上手かったですからねー。とはいえ然して難しいことではありませんでした。おそらく堀北会長もそれほど苦労はしなかったのでは? この学校独自の部分にさえ慣れてしまえば手こずることはありませんよ」

 

「否定はしない。が、それでもおまえの友人は苦労しているようだがな」

 

 謙遜をやめて自信に満ちた言葉を堀北会長に振ると、堀北会長はそれを肯定しながらも視線を私から別の方へ向けた。生徒会室の長机の端っこ。私達がいる位置とは反対に座ってせっせと書類と格闘している私の友達……一之瀬帆波ちゃんに視線を向ける。

 私はその意味を察して微笑を浮かべた。心配はいらないというそういう意味で。

 

「帆波ちゃんならすぐに慣れますよ。雅兄も付きっきりで指導してあげてるみたいですしね」

 

「南雲……おまえの兄が強く推すほど抜きん出たものは今のところ感じないな」

 

「手厳しいですねー。帆波ちゃんも十分優秀ですけど掘北会長のお眼鏡には適いませんでしたか」

 

「一定の評価はしている。勤勉さと善良さには目を見張るところがあるだろう。──だがそれだけだ」

 

 堀北会長は帆波ちゃんの評価をそう端的に告げる。つまり真面目で良い子なところしか褒めるべきところがないってことだ。厳しいなぁ。勿論生徒会入りした生徒としては、という但し書きがつくだろうがそれでも厳しい。ぶっちゃけ私から見ると橘先輩とかも似たようなものだと思うんだけどね。確かにフォローとかサポートは的確だしすごいけど。そこは経験の差とも言えるし。

 でもまあ帆波ちゃんは堀北会長が認めた上で生徒会入りを果たした訳ではなく、雅兄のごり押しによって入ってきたのもあるし文句の1つも言いたくなっても仕方ないのかな。本来入れる予定だった2年の生徒も帆波ちゃんを入れるからという理由で雅兄が蹴ったし(実際は当人に命令して無理やり取り下げさせた)帆波ちゃんを入れたせいで生徒会はこれで定員に達してしまった。そのことも堀北会長にしてみれば気に食わないのだろう。本来入れるべきだった優秀な人材を雅兄が気に入ってる女生徒を入れるためだけに蹴った訳だしね。いわゆるコネ入社という奴だ。

 それでも私くらい飛び抜けて優秀であればともかく、並の秀才程度ともなれば溜飲を下げることはない。雅兄の妹である私に遠回しに小言を口にするくらいには思うところがあるのだろう。仕方ないので私はそれに付き合って宥めてあげることにした。

 

「まぁまぁ。勤勉で善良なら清く正しく成長する可能性があるってことじゃないですか。同じクラスの私から見ても帆波ちゃんは大器晩成型っぽいですし、きっとこれから生徒会のメンバーとして相応しい成長を遂げてくれますよ」

 

「俺が在任している間にそうなることを祈っておこう」

 

 堀北会長は眼鏡をくいっと上げてそう締めくくる。まあ成長するにしても堀北会長が会長の座についている間はそんな飛び抜けて成長はしないだろうしね。不満なのはしょうがない。

 とはいえいつまでもそれを引きずる人でもない。堀北会長は遠くの帆波ちゃんとその隣で仕事を教えている雅兄から視線を外し、再び私を見てきた。

 

「それと話は変わるが2学期からはAクラスに上がるそうだな」

 

「ええ、そうですね。クラスメイト達の頑張りが報われて良かったです」

 

「入学から2学期までの間にB以下のクラスがAクラスに上がった例は少ない。誇ってもいいだろう」

 

「ありがとうございます」

 

 今度は何かと思えばAクラスに上がることを褒められたので軽く礼をしてそれを受け取る。帆波ちゃんへの対応の差を見ると私に対しては優しく見えてくるから不思議だ。実際は誰に対しても厳しいんだけどね。

 というか帆波ちゃんも私と同じクラスなんだから私と一緒にいる時に言ってあげてもいい筈なんだけどそれをしない辺り実はこの人そういう気遣いというか心配りは苦手なのかもしれない。帆波ちゃんが聞いてたら曇っちゃうよ。今は大丈夫っぽいけどさ。

 

「でも油断は出来ませんよ。他のクラスからも追いかけられる立場になる訳ですしね。それに過程がどうでも結果はまだまだ先ですから」

 

「その通りだ。そしてそれが分かっているなら問題ない。Aクラスに上がって抜きん出たからといって気を抜かないことだ」

 

「はーい。ありがとうございます。堀北先輩っ」

 

 そして更にそんなアドバイスというか有り難い助言を下さる堀北会長。この人も厳しいだけじゃないんだよね。きちんと評価するべきところは評価するし、褒めるべきところは褒める。ただそのハードルがちょっと高いのと本人の気質もあってそういう一面が見えにくいだけだ。実際3年Aクラスからの信頼は絶大だし、友人もそれなりにいる。後輩にもこうして声を掛けてくれるし、政敵である雅兄の妹である私にも平等だし、キナ臭い一件があったとしても無闇に疑うようなこともしない。うんうん、慕われるのもわかるよね。

 私は堀北会長の言葉で機嫌を良くする。そして今度はこちらから話題を提供した。

 

「そういえば明日は夏休み最終日ですけど堀北先輩のご予定は?」

 

「友人たちとプールへ行く予定だ。それがどうかしたか」

 

「いえ何となく聞いておきたかっただけですよ。そして奇遇ですね。私も明日は帆波ちゃん達とプールに行く予定なんですよ」

 

 私の質問に堀北先輩は自然に答える。特に違和感を抱いた様子はない。堀北先輩は私の答えにも頷く。

 

「そうか。明日は最終日ともあって混雑が予想されるだろうがそれでも十分に楽しめるだろう。羽目を外し過ぎない程度に楽しむといい」

 

「はーい。堀北先輩も楽しんで来てくださいねっ」

 

「ああ」

 

 その短いやり取りを終えて私達は再び仕事に戻る。何にせよ明日は最終日だし目一杯楽しまないとね! 

 

 

 

 

 

 夏休み最終日。その日オレは池や山内、須藤といったいつものメンバーと共に女子を誘ってプールに行くことになった。

 

「あれれー? 堀北さんたちじゃない。おっはよー」

 

 そして色々あって水着に着替えてプールに到着したところで、声をかけてきたのは一之瀬だった。その後ろにはBクラスの男女7名程の集団がいて向こうもまたオレたちに気づくとその中心にいた生徒もまた一之瀬と共に笑顔で手を振ってこちらに近づいてくる。

 そしてその生徒の名を少し複雑そうな表情で堀北は口にした。

 

「一之瀬さん。それに……南雲さん」

 

「やっほー鈴音ちゃん。綾小路くん」

 

 Bクラスのリーダーである南雲は、相変わらず親しみやすい笑顔を浮かべてオレたちに声をかけてくる。

 すると周囲の視線がオレたちの方にも近づくのがわかった。その理由はやはり南雲と一之瀬だろう。Bクラスの誇る2人の美少女。その2人の大胆な水着姿に誰もが目を奪われている。特に南雲はアイドルということもあってその注目の度合いはちょっとした騒ぎになるレベルだ。一之瀬も負けていないが、さすがに全国的に人気で知名度のあるアイドルと比べるのは分が悪いだろう。南雲が相手では誰であっても見劣りするのは避けられない。

 しかしそれでも一之瀬のレベルは南雲に迫るほどに高く、南雲と一之瀬という2人が並んでいるとどこを見ていいのか分からなくなる。もはや凶悪と言っていい一之瀬の大きな胸に更に一回り大きい南雲の胸が両方とも水着によって強調されている。腰回りや下半身も同様だ。

 その刺激の強さに背後の池たちなどは心を落ち着けるためにプールに飛び込んでいる。Bクラスの生徒のように授業などで多少見慣れていればともかく、初見での対応は難しいだろう。

 オレも1度、無人島で南雲の水着姿を見た時に思ったが思春期の男子で南雲の魅力に抗うのは中々に厳しいものがあるだろう。ただでさえ顔立ちも整いすぎていてスタイルも抜群なのに水着を着ればそれが倍増したような気さえする。それを改めて確認してオレもまた少しそわそわしてしまうが、そんなことはお構いなしに南雲と一之瀬は距離を詰めてきた。

 

「Dクラスの子達も集まってるんだねー。良かったら一緒に遊ばない? ね、帆波ちゃん」

 

「うんっ。あ、でもそっちは大丈夫かな?」

 

「お、おお! 全然問題ないぜ! なあお前ら!」

 

 南雲と一之瀬の誘いに須藤が勢いよく答える。堀北と南雲。その両方に惹かれている須藤としては悩ましいところだが受けざるを得ないだろうな。須藤に問われた池と山内もプールの中で手を上げてそれを歓迎する。そして櫛田も笑顔で同意すれば後はもう拒否権はない。佐倉も南雲とは友人というのもあって嫌そうではないしな。オレとしても問題はないが、問題があるとすれば堀北だ。

 

「……ええ。構わないわ」

 

 だが掘北は一瞬、気づかれない程度に眉間に皺を寄せたもののその誘いに応じる。先日誘った時も悩みながらも了承していたし、やはり掘北にも変化が生まれつつある。無闇に人を遠ざけるのことを一旦やめ、何かを求めて探っている最中というところか。

 

「邪魔して悪いな」

 

 そしてオレが堀北の変化について考えを巡らせていると神崎が話しかけてくる。面識があるだけにこちらの性格をある程度察しているようだった。

 

「まぁいいんじゃないか。夏休みも最後だし」

 

「この学校は他のクラスと仲良くなる機会が少ないからな。一之瀬たちも嬉しそうだ」

 

「おまえはそうでもないんだな」

 

「似たようなものだ綾小路と。騒がしいのは得意じゃない。……とはいえ、そうも言ってられないがな」

 

 どうやら神崎もクラスのリーダーである南雲に振り回されて苦労しているらしい。

 だが嫌そうな感じはない。むしろ決心を秘めた目をしている。船上試験で龍園相手に啖呵を切った時といい神崎は神崎で試験を通じて心境の変化があったのだろう。

 2学期からAクラスになるからといって余裕という訳ではなさそうだ。神崎は神崎で色々と考えている。それを感じさせる表情だった。

 そしてそんな風に神崎と何気ない話をしていると前方の方で歓声が上がった。

 

「何か向こうで騒いでるな」

 

「うおお! すげえ! なんかレベル高くね!?」

 

 須藤が見た先、スポーツ用のプールで行われているバレーを見て山内が興奮したように叫ぶ。多くの女性ギャラリーに囲まれてプレーしてる生徒たちは少し大人びてみえる。おそらく上級生なのだろう。

 その中で一際輝いている男子生徒がいた。

 

「あいつすげぇな……」

 

 須藤がそう関心を示すほど、その男子生徒は確かに動きが違った。一見してスラリとしたその体格はよく見ると鍛えられているのがわかる。だが何よりも目立つのはその輝くような金髪と整いすぎた顔立ちだ。

 周囲の女子生徒はその男性アイドルと言っても通用するようなその美少年に目を奪われているらしい。

 

「ケッ、俺はああいう奴が一番嫌いなんだよな。大した才能も努力もしてないくせに、ただ顔がいいだけで勝ち組なんてよ」

 

 池がそう毒づいたその直後、その生徒が鋭いスパイクを相手コートに打ち込んだ。即座に池の言葉は裏切られる。

 

「い、イケメンでスポーツも出来るとか……誰得!?」

 

「相当盛り上がってるようね。彼一人であの場を支配してる」

 

「そうみたいだな。どこの誰かは知らないが」

 

 Dクラスの面々はその生徒のことを誰も知らない。学年事情にも疎いし知り合いも少ないからな。……とはいえその生徒の顔立ちは誰かと面影がある。櫛田や一之瀬が池たちの発言を聞いて苦笑いをしているし、まさか……。

 

「いやいやいや、大したことないって。池くんの言う通り、あれは顔だけのナンパ男だよ。性格も悪いに決まってるし。だよね? 池くん」

 

「お、おう! そうだ、あんなの顔だけに決まってるぜ。きっととんでもない性悪男だ。スポーツがちょっと出来るだけだよな」

 

「ちょ、ちょっと麗ちゃんっ?」

 

 池たちの会話を聞いて南雲が珍しくはっきりとした悪口を笑いながら口にし、池に同意を求める。池はそれに釣られて更に悪口を口にしたが、それを聞いていた一之瀬が少し焦ったように南雲の名を呼ぶ。

 だが南雲は笑みを絶やすことなく更に続けた。

 

「あの人、今の生徒会の副会長なんだけどさ。次の生徒会長当確間違いなしって言われてて今の生徒会長とも実力じゃ負けてないって言われてるんだよ。BクラスでスタートしてAクラスになったとかでさ。そのくせ会長といっつも争っててしかも勝てるって豪語してるんだよ」

 

 そうしてこき下ろす。視線を向けた先は隣の堀北であり、堀北は生徒会の副会長という言葉に反応した。そしてどうやら気づいていないのだろう。オレもさっき気づいたばかりだが、堀北は構わず南雲の前でその言葉に反応する。

 

「……そう。でも女子の人気の割には私達は知らなかったし、その知名度からして凄いとは思えない。スタートで出遅れている時点で彼のポテンシャルも察するべきよ。確かに運動神経は非凡なものを感じるけど、それでも生徒会長の方が圧倒的に抜けてるんじゃないかしら」

 

 南雲の説明による生徒会長との比較評価に我慢が出来なかったのか、実の兄である生徒会長のことを持ち上げながら副会長をこけ下ろす。南雲はその掘北の言葉を聞いてうんうんと頷きながら楽しそうだった。

 

「うんうん。そうかもね。でも……妹同士の勝負だと副会長側の圧勝かなー」

 

「妹? それは……」

 

 南雲の言葉に堀北が訝しむ。まるで自然な言葉のキャッチボールのように紡がれた南雲の返しだが、その返しは少しの間を置いて驚きとしてその事実を知らないDクラスの面々に与えることになる。

 

「妹同士? 誰と誰がだ?」

 

「え、えっとね。それは……」

 

 池達の疑問に櫛田が説明しようとする。だがその前に、南雲は軽く駆け出しながらオレ達に告げた。

 

「じゃあ私、雅兄と先輩方に挨拶してくるからちょっとだけ待っててね」

 

「え?」

 

「雅、兄……? う、麗ちゃん。それって……」

 

 南雲のその言葉に面食らう堀北。そして池。つい先程、自分がした発言を振り返っているのだろう。その兄という言葉を聞いて、顔が少し引き攣っていた。

 そして南雲は池達の言葉を聞くことなくさっさと上級生達に近づいて声をかける。すると賑やかな騒ぎが更に賑やかになり、南雲は数名の女子生徒に囲まれて頭を撫でられたりして歓迎されていた。

 その様子をオレたちが見る中、一之瀬は苦笑いを浮かべながら口にする。

 

「えっと……あの人は2年Aクラスの南雲先輩だよ。麗ちゃんの実のお兄さん」

 

「っ……なるほど。そういうことね……」

 

 驚きと共にその事実が受け入れられ、堀北はそこで表情を険しくする。からかわれていたことに気づいたのだろう。妹同士という言葉も含めてようやく南雲と堀北の共通点。奇妙な縁に気づいたようだ。

 

「マジか……ど、どうしよう春樹、健。俺……麗ちゃんの兄貴に酷ぇこと言っちまったよ!」

 

「し、知らねぇよ。おまえが勝手に言ったことだろ」

 

「そ、そうだぞ寛治。俺は関係ないから巻き込むなよな」

 

「そんなこと言わずに助けてくれ! 俺、麗ちゃんに嫌われたくねぇよ!」

 

「にゃはは……多分、大丈夫だと思うよ。麗ちゃん、怒ってるってよりは面白がってる感じだったしね」

 

 南雲に誘導される前から悪口を口にしていた池が顔を青くしながら須藤や山内に助けを求める。それを見かねた一之瀬が軽くフォローに入った。

 そうしてオレはしばらく遠目に南雲と南雲兄が軽く談笑しているのを観察する。なるほど……あれが南雲雅か。現副会長であり学校を変革しようとしている男。堀北兄と方針の違いから対立しており、南雲麗の兄でもある生徒。

 一体どういう人物なのか。話でしか聞いたことないため少し興味が湧くが、こちらから接触するような危険は当然冒さないし、接触してきたとしても怪しまれる行動をするつもりはなかった。

 なのでこうして遠巻きに見れただけでこの接触は終わると思われたが……その南雲兄が、南雲と一緒にこちらに歩いてきた。

 

「お、おいおいおい! やべぇって! もしかして兄貴にチクられた!? 俺ボコボコにされるんじゃね!?」

 

「んなわけねーだろっ……多分、南雲の兄貴ってんなら……大丈夫だろ」

 

 悪口を口にした池が須藤の背中に隠れながら怯える。須藤の方はおそらく大丈夫だと南雲を信用しているようだった。

 

「よう。ちょっといいか?」

 

 軽い声掛けだった。しかし、その爽やかさと鋭い眼光を兼ね備えたその男には堀北兄とは別の存在感を感じる。その男の登場に1年生の間に緊張が走った。

 

「おはようございます南雲先輩」

 

「どもっす南雲先輩!」

 

「よう帆波。それに柴田。おまえ達も遊びに来てたんだな」

 

 最初に挨拶をしたのは一之瀬。それにBクラスの男子である柴田という生徒だった。後輩という関係性もあってしっかりと挨拶と返答を行う。

 

「南雲……あ、いや、南雲さんに誘われてっすね」

 

「紛らわしくて悪いな。なんなら妹の方は呼び捨てでもいいぞ柴田」

 

「いやさすがにそれはダメっすよ!」

 

「ホントだよ。勝手に呼び捨て許可しないでくれる~?」

 

「冗談だから怒るなよ麗。だがあまり気にするなよ柴田。あまり緊張されるとおまえの持ち味がなくなるからな」

 

「ッス。今度またご指導お願いします」

 

 柴田は南雲兄に向かって元気よく頭を下げた。その感じは体育会系そのもの。南雲兄の下半身の発達から見るに、もしかしたらサッカー部にたまに顔を出しているのかもしれない。柴田という生徒も同じく下半身が発達しているしな。

 

「あの、南雲先輩。もしかして何か用事ですか?」

 

 柴田とのやり取りを終えたのを見計らい、気になっていることを尋ねるように言ったのは一之瀬だった。

 

「大したことじゃない。妹が友達と遊びに来てるって言うんでな。ちょっと兄として挨拶をしとこうと思っただけだ」

 

 そう言って南雲兄はオレたちを見渡すように軽く視界に収める。その時に一瞬だけオレと目が合った。が、その視線はすぐに移される。特に気に留めたような感じは出さない。すぐに通り過ぎて南雲に目を向ける。

 

「麗。紹介してくれよ。1年生に囲まれてこのままじゃ俺は針のむしろだ」

 

「自分で来といてよく言うよねー」

 

「可愛い妹と仲良くしてくれている友人に兄として挨拶しておくのは当然だろ?」

 

「はいはい。雅兄の言う通りですねーっと。それじゃさっさと紹介しとこうかな」

 

 先輩と後輩という関係ではありえない妹と兄の気安いやり取りを見て確かに2人が兄妹なのだとわかる。知らなければ似ているとも思わないが、こうして並べて見てみれば似ている気がしてくるから不思議だ。

 そして南雲はまずBクラスの生徒たちを友達として紹介していた。Bクラスの生徒は南雲に兄がいることは知っていたのか戸惑う素振りはなく、むしろ嬉しそうにしていた。神崎などはさすがに硬かったが南雲兄や南雲。それと一之瀬も含めた周囲のコミュニケーション能力がなせる技か、会話は盛り上がっていた。Dクラスの面々はそれに入ることは出来ずに池たちは硬い笑顔を浮かべている。櫛田などはさすがで自然に溶け込んでいるが、それでも割って入って話せるほどではない。そしてオレもただ順番を待つのみで、堀北はその和やかな南雲兄妹のやり取りをどこか複雑そうな表情で見つめていた。

 そんな堀北にBクラスの面々の紹介を終えた南雲と南雲兄が近づいてくる。

 

「で、こっちが鈴音ちゃんだねー。鈴音ちゃん、こっちは私のお兄ちゃんの南雲雅。さっきも言ったけど生徒会の副会長をしてるんだ」

 

「……よろしくお願いします。堀北鈴音です」

 

 南雲の紹介を受け、堀北は礼儀正しく名前を名乗り礼をする。

 そしてその名前を名乗れば副会長を務めている南雲兄が気づかない筈もなかった。

 

「妹から話は聞いている。堀北先輩の妹なんだってな」

 

「っ……ええ、はい。いつも兄が、その……お世話になっています」

 

 だがどうやら南雲兄は予め知っていたようで開口一番そのことを指摘すると堀北が言葉に詰まった。その上で社交辞令としてのテンプレートを口にする。さすがの掘北も自分の兄の方がおまえよりも上だとは言うことはない。兄を知り、おそらく認められていると思われる上級生を相手に畏まっていた。

 そして南雲兄はそんな堀北を見て緊張をほぐすように言う。

 

「そんな緊張しなくていい。それに、お世話になっているのはむしろ俺の方だ。そっちこそ麗に手を焼かされてないか? こいつは俺の手に余るワガママ妹だからな」

 

「……いえ、そんなことはないです」

 

 だが掘北は会話を広げることはしない。内心早く終わってほしいと思っているだろうが、今度は南雲の方が会話を広げようとにこやかに告げてきた。

 

「こっちこそ手を焼いてるんだけどなー。ま、いいけど。それより雅兄聞いてよ。鈴音ちゃんはとっても頭が良いんだよ。学力は1年生でもトップクラスでしかも運動神経も抜群なんだから」

 

「そうか。さすがは堀北先輩の妹だ。優秀なんだな」

 

「いえ……それほどでもありません。兄と比べたら私など大したことありませんから」

 

「そりゃ掘北先輩と比べたら殆どの生徒はそうなる。謙遜する必要はないと思うけどな」

 

「いえ、私などまだまだです」

 

 南雲兄の慰めにも似た称賛の言葉を謙遜し続ける堀北。だが掘北の言葉は謙遜でもあるが本心だろう。兄に比べれば遥かに劣る。そのことを正直に口にしているに過ぎない。

 

「それに私は……まだDクラスですから」

 

「なるほど。Dクラス、か。それは確かに残念な事実だな。だがそれも気にする必要はないさ。Aクラスでなくとも優秀な人間はいる。この学校の仕組みはそういう風に出来ているからな。理不尽な理由で優秀なのにAクラスに選ばれなかった生徒も少なくない」

 

「まあ実際鈴音ちゃんはDクラスを立派に率いてるからね! 今日だってこんなに沢山の友達に囲まれて慕われてるんだから!」

 

「それは……」

 

 南雲なら堀北がクラス内でどういう立ち位置にいるかも把握しているはずだが、おそらくあえてそう口にしたのだろう。堀北のことを褒めちぎる。

 堀北はそれを聞いて言いにくそうに否定しようとした。が、その前に南雲兄が感心した声を出す。

 

「なら尚更不思議だな。もはや不可解とも言っていい。理不尽だな。おまえも納得いってないんじゃないか?」

 

「それは……はい。そうかもしれません」

 

 南雲兄の質問に思うところがあったのか、否定しきれずに頷く堀北。それを見た南雲兄もまた更に頷いた。

 

「Dクラスだからと腐る必要はない。まだ1年の一学期が終わるところだろう。なら幾らでも挽回出来るし、それ以外の勝ち上がり方法だってある。頑張ってAクラスを目指すといい」

 

「それは南雲さんが……妹さんが負けてもいいと?」

 

「こいつは勝ちすぎると調子に乗るからな。少しくらい鼻を明かしてやった方がいい」

 

「ぶーぶー。それは雅兄も一緒でしょー」

 

 南雲兄からむしろAクラス入りを応援され、南雲が不満気に唇を尖らせる。そしてそれをまたしても複雑そうに見る堀北だがオレはオレで南雲兄の発言が気になっていた。『それ以外の勝ち上がり方』か。なるほど。どうやら聞いていた通りの思想を持ってるらしい。

 だがそれでも妹の負けを望むのはその仲が良さそうな2人を見てると不思議に思ったのだろう。難しい顔をしていた堀北に南雲兄が補足する。

 

「それに麗が負けるとは思えないからな」

 

 たった一言。その自信を覗かせるその言葉に、堀北は怯んでしまう。

 南雲兄のその強気な発言に対するのもそうだが、それだけ妹を信頼しているという関係性にもまた堀北は苦手意識を感じている。いや、もっと言うならそれは嫉妬や羨望といったものかもしれない。

 

「だが妹のためにもライバルがいるのは喜ばしいことだ。勿論友達もな。だからこれからも妹の良き友人でありライバルであってくれよ。堀北鈴音」

 

「……はい」

 

 そして最後には南雲兄のそんな言葉で締めくくられる。終始堀北と妹のことを気にかけていた優しい先輩。一見した印象はそんなところだ。外野からもそう見えているに違いない。

 だが実際に相対し、やり取りを行った堀北はおそらく居心地の悪さをずっと覚えていただろう。南雲兄と南雲の言葉一つ一つに心がかき乱されていた。堀北にとって兄の話題と絡めた自らの実力の話題は答えにくく心を乱すものであることを理解しているように思える。

 そしてその上で堀北の情報を入手……いや、改めて確認したのかもしれないな。更には何かの布石の可能性もあるが、この段階では何とも言えないところだ。本当にただの挨拶である可能性も高い。

 なにしろ向こうの本命はオレだろうからな。

 

「それでこっちが綾小路くん!」

 

 南雲がテンション高くオレの前に来て紹介してくれる。自然に南雲兄の視線がこちらに向けられた。その鋭い双眸が更に鋭くなる。

 オレは自然にこちらから挨拶をした。

 

「……1年Dクラスの綾小路清隆です。よろしくお願いします。南雲先輩」

 

「よろしくな。綾小路。おまえのことは知ってるぜ。堀北鈴音もそうだが、少し前にあった1年DクラスとCクラスの間に起こった暴力事件。その時の調査に尽力したんだってな」

 

 オレの挨拶を受け、即座にそんな話題で切り込んでくる南雲兄。それを聞いていた須藤がバツが悪そうな表情を浮かべているのを確認しつつオレは答える。

 

「ええ、まあ。でも尽力というほどでは。頑張ったのは堀北ですし」

 

「そうか? 俺が麗から聞いた話だとおまえの働きも大きかったらしいが」

 

「妹さんは友達思いですからね。きっとあの一件で動いた全員のことを褒めていたのでは?」

 

 南雲の評価を上げるようにそんなことを口にすると南雲兄は軽く笑う。

 

「なるほど。確かにそうかもしれない。俺の勘違いだったか」

 

「あはは。ちょっと雅兄も綾小路くんもやめてよ。急に褒められたらこそばゆいって」

 

 更に続けて追求してくるかと思ったが、南雲兄は自分から勘違いだったとオレの言い分を認めてみせた。南雲の方も頭の後に手をやって照れたように笑う。

 妹思いの兄と友人を褒めたオレ。周囲の空気は和やかだが南雲兄の目は笑っていない。その目は真っ直ぐオレだけに向けられている。

 

「だがその掘北鈴音に認められるだけの実力はあるんだろ? 入学早々から常に行動を共にしてたそうじゃないか」

 

「都合のいい駒として使われてるだけですよ。ただの使いっぱしりです」

 

「使いっぱしりか。そうは()()()()()()()()

 

『見えない』ではなく『見えなかった』という過去形。その怪しい言葉をオレが指摘することはない。ただ愚鈍に否定する。

 

「買いかぶりですよ」

 

「俺の目が曇ってる……そう言いたいのか?」

 

 オレの答えを聞いて南雲兄の声が少し低くなる。恫喝。威圧。そういった類の気迫をオレに対しぶつけてくる。

 一瞬誰もがその動きを止める。が、南雲だけは別でオレを庇うように南雲兄にジト目を向けた。

 

「ちょっと雅兄~? 綾小路くんをいじめないでくれる?」

 

「悪い悪い。ちょっとからかっただけだ。ひょっとしたら面白い反応が返ってくるかと思ってな」

 

 南雲がそう言えば南雲兄の出していた威圧感も収まる。周囲が安心する中、しかし南雲兄は話を終わらせない。

 

「それで、どうなんだ?」

 

「どう……とは?」

 

「おまえに俺や俺の妹の遊び相手が務まるのか?」

 

 ……やはり、か。南雲兄は堀北兄に執着しているのは知っていたが、どうやら南雲兄はオレも含めた2対2の戦いを所望しているらしい。

 あるいは代理戦争という表現が正しいか。互いに代表者を1人ずつ選んでの争い。あくまで勝負の1つとしてではあるが、それを楽しみにしているらしい。

 そしてオレはその答えに少し悩む。ここで相手になりませんよと言ったりして断るのは簡単だが、あまりはぐらかしすぎて業を煮やした南雲兄が本格的に関わってくるようになったらDクラスの未来は暗いものになるだろう。

 ならばある程度期待を持たせた方が得策だと判断し、オレはその質問に答えることにした。

 

「1年生のクラス間の争いという意味でしたらオレもしっかり掘北の下で戦いますよ。DクラスをAクラスにするためなら先輩の妹だって倒さなきゃいけませんし」

 

「綾小路くん……」

 

 Dクラスの生徒として普通の返答。少し熱いだけで自然な返答だ。

 だがこれでも南雲兄には意味が伝わるだろう。そして南雲にも同様に。一応最後に付け加えてみせながら。

 

「あ……でも普通の遊び相手って意味だったらちょっと自信ありません。オレは娯楽に疎いので……」

 

「なるほどな」

 

 南雲兄はオレの返答を聞いて白い歯を見せる。オレの言った意味を理解したのだろう。ある程度は満足したのか、そこで言葉を翻す。

 

「だが生憎だな綾小路。俺が聞いたのは純粋な遊び相手としての話だ。おまえは一緒に遊んだら少し面白そうだったんでな。今度麗と一緒に3人……いや、もう1人か2人くらい誘って遊ぼうかとも思ったが……そう言うならやめておこう」

 

「そうですか……それは残念ですね」

 

「ああ。だが麗と遊ぶのは好きにしていい。仲良くしてやってくれよ綾小路。それでおまえが遊び慣れてきたらまた誘ってやる。その時は一緒に遊ぶとしよう」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 その南雲兄の返答の意味も汲み取りながら礼を言う。

 こう言っておけば実力が不明瞭だったとしても期待を持たせられることが出来るだろう。そしてある程度の詮索も避けられるかもしれない。

 もっとも南雲の方は抑えられないし、南雲兄の方も時間が稼げるだけではあるが……それでも時間が稼げるならこちらもある程度準備を整えることが出来る。なので問題があるとすれば南雲の方だな。やはり二学期が勝負だろう。そこで南雲も含めた他のクラスとの争いを乗り越えなければならない。

 

「こらこら雅兄? 人の遊び相手を勝手に決めないでくれる? 許可なんてなくても普通に遊ぶんだけど?」

 

「可愛い妹に悪い男がついたら大変だからな。心配しただけだ」

 

「あはは、シスコンきもーい」

 

「さすがにそれは傷つくな」

 

 さして傷ついてもなさそうな様子で南雲兄が笑う。その兄妹のやり取りに周囲がウケた。その冗談な空気感も演出したものだろう。何となく南雲兄はそういう笑いの取り方は嫌いそうだったが妹相手のそれは別なのかもしれない。妹思いの兄というのもこの程度なら周囲の反応からして好感触なのだと思う。

 

「さて、少し話しすぎたな。全員は紹介してもらってないがそろそろ行かないと友人たちが俺抜きの思い出を作ってしまう。それは避けたいからな」

 

 そして更にそんな冗談を口にして南雲兄が背を向ける。須藤たちは紹介されなかったことが良いのと悪いのとで半々なのかほっとしながらも微妙な表情で受け止めていた。ただの先輩というだけなら嫌っていただろうが南雲の兄というのが大きいのかもしれない。南雲と仲良くなるに当たって南雲の兄と仲良くしておいた方がいいというのは自然な考えだろうしな。

 

「邪魔して悪かったな麗。またな」

 

「はーい。おととい来やがれ~」

 

 そして最後まで南雲兄と南雲は兄妹らしい距離感のやり取りを見せつけていく。南雲兄が去るとようやくこの場にいる面々から緊張感が抜けた。Bクラスの面々も、和やかだったとはいえ上級生相手ともなれば多少緊張していたことが窺える。

 

「あはは、皆ごめんねー。ウチの雅兄がどうしても挨拶したいって聞かなくてさ~。緊張しちゃったでしょ?」

 

「ううん、全然大丈夫だよ」

 

 南雲の軽い謝罪に櫛田が笑顔で答える。池達も誰もそう言われて南雲を責める者はいない。少し微妙な空気にはなったが、すぐに気を取り直すとオレたちはプールに向かっていった。

 




綾小路視点だと最初に知った南雲が南雲麗ちゃんの方だから南雲って書かれた方が麗ちゃんで雅の方は南雲ではなく南雲兄って書く逆転現象が起こってややこしいですが勘弁してください。
次回はもうちょっとプールとその後です。夏休み編最終話になります。お楽しみに

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