ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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夏の終わりは美少女と共に

「ねえねえ。人数的にもちょうどいいし、私達もプールでバレーしようよ!」

 

 雅兄が予定通り綾小路くんや鈴音ちゃんにちょっかいを掛けに来た後、私はDクラスに向かってそう提案した。こっちは7人で向こうも7人。運動が苦手であまり好きじゃない愛里ちゃんが抜けるとしても6対6は成立する。

 なので普通の遊びとしての提案だったのだが、乗り気な池くんや須藤くんらと違って鈴音ちゃんはさっきのことを少しだけ引きずってるのか不満そうにぼやく。

 

「気が乗らないわね」

 

「あーそっかそっか。鈴音ちゃん、負けるのが怖いんだね?」

 

 なので勝負に乗らせるために私はニヒルに笑って挑発する。鈴音ちゃんの目がキッとこちらを睨んだ。

 

「安い挑発ね。その手には乗らないわ」

 

「負けるのが怖くないなら乗ってきなよ鈴音ちゃん。これはただの遊びだよ? 負けてもクラスポイントが下がる訳でもない。むしろ負けても鈴音ちゃんが目標とする次のAクラスの戦力を見れるんだからDクラスにとっては得しかないと思うけどねー」

 

 安い挑発だと理解しながらも苛立ちを感じている表情。そして私の言葉を受け、そのメリットを鈴音ちゃんは確かに理解したようだった。こちらを鋭い視線で見つめながらも先程と違って意思を感じる。そうなればもう返答は決まりきっていた。

 

「……いいわ。やりましょう」

 

「うんうん。そうこなくっちゃ」

 

 鈴音ちゃんの承諾を歓迎する。せっかくプールまで遊びに来たんだからこういう熱い戦いも楽しまないとね。

 そしてそのための労力は惜しまない。私は笑みを浮かべて軽く提案する。

 

「勝負を盛り上げるためについでに何か賭けようか。負けた方は勝った方のランチを全額負担する。こんな条件でどうかな?」

 

「その条件も受けるわ」

 

「オッケー。それじゃコートの申請しよっか。空きが出るまでの間、各自作戦会議ね」

 

 そうしてコートを申請し、その待ち時間の間に各自チーム毎に別れて作戦会議。こっちのメンバーは私、帆波ちゃん、千尋ちゃん、麻子ちゃん、夢ちゃん、隆二くん、颯くんだね。向こうのメンバーと比べて女子の比率が多い。そのことを帆波ちゃんは指摘する。

 

「こっちは女子が多いからポジションなんかも工夫しないとだね。どうしよっか?」

 

「それに向こうは須藤もいるしなー。あいつめちゃくちゃ運動神経良いみたいだし気をつけた方がいいな」

 

「堀北もそこそこ動けそうだが……どうするつもりだ?」

 

「んー。そうだねー……」

 

 私の作戦を求めて意見を口にするBクラスの面々に、私は腕を組んで考える。ぶっちゃけると男子の多さなんてものはどうでもいい。池くんと山内くんの身体能力、運動神経共に大したことないし、綾小路くんはどうせ実力を出さないので勝ち負けには関係ない。戦力として脅威なのは須藤くんだけだ。須藤くんの運動能力は私の見立てだと1年生の中で間違いなく1、2を争う。バスケなら間違いなく頂点だがバスケでなくともトップランカーなのだ。颯くんとどっちが強いかは種目なんかにもよるだろう。ただパワーじゃ勝てないかな。スピードやテクニック、スタミナが颯くんの持ち味だ。そこでも競ってくる須藤くんはメンタル以外は隙がない。

 そしてそのメンタルを突くのもなー。須藤くんとせっかく仲を深めてるのにこんな遊びに躍起になってそれを台無しにするのは勿体なさ過ぎる。

 加えて女子は鈴音ちゃんに桔梗ちゃんがそれなりに優秀。愛里ちゃんは出ないから無視していい。

 こっちのチームの戦力となるのはまず男子で運動神経トップクラスの颯くんに元から身体能力もそれなりに高い上、最近トレーニングを始めた隆二くん。そして私ってところか。帆波ちゃんは球技だとぽんこつだけど最低限の動きは出来るはず。麻子ちゃん達は良くも悪くも普通だ。ちなみに千尋ちゃんは運動音痴。可愛い感じだね。となるとポジションと作戦は……。

 

「よーし決めた。フロントは颯くんと帆波ちゃん。バックは私と隆二くんかな。基本はこれで空いてるところに麻子ちゃんたちが入って」

 

「ああ、いいぜ。だけど大丈夫か? 須藤の球、多分結構ヤバいぜ?」

 

「へーきへーき。私がいればなんとかなるって。隆二くんや皆も頑張ってくれるだろうしさ」

 

「ああ。任されたことは全力でこなしてみせよう」

 

「うん。それじゃポジションはそれでいいね。後は作戦だけど……」

 

「まあ作戦は適当で。私が相手の動きを見て指示を出すからそれに従ってくれればいいよ。後言えることがあるとすれば……楽しんでね!」

 

 私がそう言って作戦会議を締めるとBクラスの面々から良い返事が返ってきた。こういう集団スポーツなんかで変な作戦を立てる必要はない。団結力の高い私たちなら正面からやればどうにでもなるからね。

 

 ──そしてしばらくして試合が始まる。

 

「おっしゃおら! いくぜ!」

 

 予想通り、須藤くんが暴れる。そのジャンプ力は驚異的の一言だ。身体能力任せではなくて身体の使い方もしっかりと心得ている。そこから放たれるスパイクは凄まじいの一言。男子だろうと取ることは至難だろう。とはいえ、私なら取れなくはない。

 

「そっちはダメだ──ぞっと!」

 

「何っ!?」

 

 須藤くんが飛んでスパイクを打つその直前に私は動き出し、ボールが放たれた瞬間に飛び込むようにして腕を伸ばす。ボールは手に当たって空中へ。

 

「ナイス麗ちゃん! 行くよ柴田くん!」

 

「よっしゃ任せろ!」

 

「くっ!」

 

 私が上げたボールを帆波ちゃんが綺麗にトスし、飛び上がった颯くんがスパイクを相手コートに叩き込む。その付近にいた鈴音ちゃんが必死にボールに食らいつくが、ボールはコート外に落ちてこっちの得点だ。

 

「まさか女に俺のアタックが取られるなんてな……やるな南雲!」

 

「ふふん。この鉄壁のリベロを抜けるかな? 須藤くん」

 

「次は抜いてやるよ!」

 

 ボールを手にしながら軽く挑発すると須藤くんが乗ってきてくれた。とはいえ怒ってるというわけではなく燃えているという感じだ──ま、こうしておけば私の範囲内に飛んでくる確率が上がるだろう。そうでなくとも思考パターンが読みやすい。ブロックと合わせてコースを読めば大抵のボールは取れる。それでも確実じゃないのが須藤くんの怖いところだ。メンタル攻撃ありならどうとでもなるんだけどね。と、私はサーブを打つ。

 

「げっ、速ぇ!?」

 

「取って綾小路くん!」

 

 Dクラスの面々が私のサーブの鋭さに驚嘆する。そうして狙うのは綾小路くんだ。鈴音ちゃんが綾小路くんに向けて注意が飛ぶが、綾小路くんは取らないだろう。それが分かる。

 私もまたそれを期待して狙ったわけじゃない。期待しているのはその身体の動きだ。私はじっと綾小路くんの肉体を観察する。綾小路くんが動いた。だが。

 

「げっ……」

 

「いえーい! 連続とくてーん!」

 

 腕に何とか当てることには成功したが、ボールは明後日の方向へ。そのボールをDクラスは取ることが出来ずにこっちの連続得点だ。私は隣にいた夢ちゃんとハイタッチする。

 だがそうしながらも私は綾小路くんの動きを見て分析をしていた。

 あの様子だとバレー経験は0かな。動きが不自然すぎる。手を抜いているのは間違いないが、手を抜いていなくてもバレー経験の無さからテクニックは皆無かもしれない。

 ただやっぱり身体つきはちょっとおかしいので何かしらの運動はやってたと見るべきだね。この間のゲーセンで身体に触れた時も思ったけどそうじゃなきゃおかしい身体をしている。勉学に関しては少し分かりにくいけど身体能力は身体を少し見て触って実際の動きを見れば大体の概算を出すことは出来るのだ。

 なので多分だけど綾小路くんの推定身体能力は最低でも須藤くん級はあるだろうね。パッと見の筋肉量はそこそこでも質が高そうに感じられる。私にちょっと似てるかな。私も身体の美しさを損なわないような鍛え方をして気をつけてるしね。

 ただやっぱり上限は見えないんだよなぁ。もうちょっと本気を出してくれれば測れるかもしんないけど……っと。ボールが飛んできた。鈴音ちゃんのスパイクを拾い、隆二くんに繋げる。隆二くんはそれをそのままクイックスパイクで打ち込んだ。おーやるね。パワーも一学期で見たそれよりほんの僅かだけど上がってるかな。気持ちの問題もありそうだけど悪くない。と私は分析を続けながらバレーの試合を続ける。2セット取っての圧勝だと可哀想だし勿体ないから次のセットを落としてからセットを取って勝利しよう。

 そうして私は1セット目を取ってクラスの仲間と喜びつつ、自分の目的のために綾小路くんの観察を続けた。

 

 

 

 

 

「それじゃ皆お疲れ様~! 今日は楽しかったよ。また遊ぼうね~!」

 

「うん。また遊ぼうね」

 

 プールでのバレー対決に勝利し、ランチを挟んで閉館時間少し前まで遊んだ私達は帰り道にアイスを食べてそれから寮のロビーで別れた。

 

「まさかDクラスと遭遇するとは思わなかったけど一緒に遊べて良かったねー」

 

「うん。堀北さんや佐倉さんとも話せてよかったよ」

 

「あんま絡んだことなかったけど面白かったなー」

 

 Dクラスの人達と別れて(Dクラスの男子たちが少し怪しかったけどスルーした)Bクラスの子達とエレベーターに乗り込み、数秒の雑談。寮の部屋は下の階が男子なので隆二くんや颯くんといった男子たちがまず降りる。そして続いて千尋ちゃんに麻子ちゃんと順番に降りていく。

 

「帆波ちゃんもまたね」

 

「あ、うん。またね」

 

 そして最後に帆波ちゃんとも手を振って別れようとした。でも帆波ちゃんはちょっと何か言い残したことがあるような、ちょっと名残惜しそうだったので私はエレベーターの開ボタンを長押ししながら様子を窺う。

 

「どうかした?」

 

「えっと……うん。何でもないよ。また明日ね」

 

 少し迷いながらも取り繕うように笑顔を浮かべて再度手を振ってくる帆波ちゃん。

 明らかに何かあるような様子だったが、私はあえてそこで残ることはしないことにした。

 

「うん。また明日ね、帆波ちゃん」

 

 笑顔で別れる。これも必要なことだ。帆波ちゃんが悩んでるであろうことに私が話すことはあまり良くなさそうだからね。無理やり解決することも出来るけど私が言って解決するよりは少しでも自分で考えて結論を出してくれた方が成長に繋がる。

 

「上手い方に転がってくれればいいけどねー」

 

 自分の部屋に入ったところでそんなことを口にする。

 

「夕飯どうしようかなー。誰かを誘ってもいいけどさすがにもう今日は……っと」

 

 だがすぐに思考を切り替えて夕食についての独り言を鼻歌交じりに口にしていると携帯に通知が来る。基本的に優先度の低い相手は通知を切ってるので携帯が鳴るってことは私にとってそれなりに重要な相手ってことだ。

 なのですぐに携帯を確認するとチャットが来ていた。文面を確認する。

 

『少し会えませんか?』

 

「……んー?」

 

 その文面。それとその相手を見て私は首を傾げる。

 何の用だろうかと気になりながらも返信する。

 

『今から?』

 

『ええ。よろしければこちらからそちらの部屋に伺わせていただきます』

 

「ええー」

 

 続く返信に軽く声を出す。いや、別にいいけどさ……なんか珍しいねー。何か企んでるんじゃないかと勘ぐってしまうけど……。

 

「ま、それならそれでいいか」

 

 私はお気楽に呟き、その申し出を受けることにする。チャットを打ち込み、30分後に来ることを確認すると私はプールの荷物を片付け、エプロンを身に付けて準備に入る。

 そうしてキッチンで食材と格闘すること少し、インターホンが鳴ったので私は彼女を出迎えることにした。

 

「こんばんは、麗さん」

 

「有栖ちゃんいらっしゃーい」

 

 玄関の戸を開けるとそこには小柄な可愛い女の子。先程チャットを送ってきた相手である坂柳有栖ちゃんがそこにいた。

 手に杖を持っている有栖ちゃんは白いワンピース姿で可愛らしい。幼い有栖ちゃんにぴったりの格好だ。そんな有栖ちゃんを私は歓迎スマイルで招き入れる。

 

「料理中でしたか」

 

「そうそう。もう出来るから上がって上がってー。飲み物は何がいい? 緑茶と紅茶とさんぴん茶とほうじ茶とりんごジュースがあるけど」

 

「紅茶でお願いします。……お茶がお好きなんですね」

 

「やっぱわかる? 有栖ちゃんはイメージ通り紅茶が好きなんだね。りんごジュースとの二択だったけど」

 

「ええ。紅茶は好きですが何故その二択なんですか?」

 

「お嬢様が好きそうな飲み物とロリっ娘が好きな飲み物だからね」

 

「私はいわゆるロリではありません。前にも言ったはずですよ?」

 

 紅茶をカップに入れて出しながらからかってあげると有栖ちゃんが笑顔で言い返してきた。平常時よりちょっぴり声が低いし返しも早い。やっぱおこなんだろう。取り繕っているが内心ではぷんぷんなのがよくわかる。

 

「はいはい。それより夕飯出来たよー。紙エプロンあるから付けてね」

 

「ありがとうございます」

 

「付けてあげよっか?」

 

「結構です。それと、からかいも程々にしてくださいね?」

 

「はーい」

 

 再度のおこちゃま扱いに有栖ちゃんの怒りゲージがまたちょっと溜まる。これ以上やると根に持たれそうなので程々にしておく。このギリギリを突いていくのが楽しいのだ。なんだかんだ仲良くなれたりもする。ただやりすぎたり人によっては嫌われるので気をつけようね。

 

「ということで今日の献立はトマトとバジルの冷製パスタ麗ちゃんスペシャルと麗ちゃん特製サラダでーす」

 

「美味しそうですね。どの辺りがスペシャルか特製なのかは理解出来ませんが」

 

「私が作ってるってだけでスペシャルだからね」

 

「頂きます」

 

「ついに無視されちゃったよ。どうぞ召し上がれー」

 

 紙エプロンを身に付けた有栖ちゃんがお上品にフォークを使ってパスタを口に運ぶ。その一口は小さい。やっぱり少食みたいだね。それを見越して量も少なめにしておいたけどどうやら正解だったみたいだ。

 その後は私も食べ始めて食事の時間が続く。量をしっかり少なめで調整したのもあって有栖ちゃんはしっかりと完食してくれた。

 

「ご馳走様でした」

 

「お粗末様でしたー。美味しかった?」

 

「ええ。悪くありませんでした。麗さんは料理がお上手なんですね?」

 

「やっぱ完璧なアイドルとして料理は欠かせないからね」

 

 食べ終わるとやり取りも程々にお皿を片付け、もう1度紅茶を入れてあげる。こうしていると何度も遊びに来たことのある友達のようだが実際は有栖ちゃんを部屋に招き入れるのは初めてだし、こうして2人の時間を過ごすのも初めてだ。大抵はどっちも側近を連れてくるからね。それ以外は電話やチャットになるし。

 なのでこうして2人きりで会うとなると……やっぱり何かあるよねぇ。まあ大体予想はついてるんだけど有栖ちゃんは気づいてるかなー? 期待を抱きつつ片付けを終え、有栖ちゃんの正面に座る。そしてこちらから声を掛けた。

 

「それにしても有栖ちゃんから誘ってくれるなんてねー。しかも夏休み最終日に会いたいなんてさ。しかもいきなりお家訪問でこっちも夕飯振る舞っちゃったし、なんか一周回ってめちゃくちゃ仲良しみたいじゃない?」

 

「夏休み最終日であれば人気者の麗さんと言えど他の予定は入れてないと思ったものですから。麗さんとはクラスのリーダー同士、それなりに親交を深めておきたいと思っていますよ」

 

 有栖ちゃんのその言葉。それを聞いて私は少しだけ目を細めた。

 

「クラスのリーダー同士、ね。その様子だと葛城くんはもう再起不能って感じかな?」

 

「ええ。派閥としてはもはや死に体ですね。まだ数人ほど残っているとはいえ離れるのは時間の問題です」

 

 どうやらAクラスの長き……と言うほどでもないが、坂柳派と葛城派の内部抗争は坂柳派の勝利で決着がついたようだ。まあ知ってたけど。なにしろトドメを刺したのは私みたいなもんだし。

 

「それはそれは。めでたいことだね。祝福させてもらうよ」

 

「ありがとうございます。そちらは2学期からAクラスへ昇格するとのことで。おめでとうございます」

 

「あはは、ありがとー。正義くんも協力してくれたし助かったよ」

 

「はい。私も彼から話は聞かせて頂きました。相当ご活躍だったそうで」

 

「まあそれほどでもないけどね~。あ、でもクラスポイント結構削っちゃってごめんね?」

 

「構いませんよ。おかげで早々に派閥争いに決着が着いたのですから。その上プライベートポイントも得ることが出来ましたのでこちらとしてもまずまずの結果です」

 

 この夏に起きた2つの特別試験の結果を話題に2人で談笑する。

 明日からは二学期で私達BクラスはAクラスに上がり、AクラスはBクラスに下がるが有栖ちゃんがクラスのリーダーとしてBクラスを率いることになる。

 互いに実りある夏だったというこれは言わば総評だった。1年生の一学期の戦いは私達Bクラスが大勝利し、Cクラスはまずまずの結果。Aクラスはクラスとしては大きく後退したが内部抗争は終結。Dクラスはクラスポイントこそ伸びたが未だクラスのリーダー的存在は不在で団結力にも難あり。そんな結果を私は思い浮かべる。

 

「まあこれでDクラス以外はちゃんと戦う体制が出来たって感じかな」

 

「そうですね。これでようやく私も舞台に上がれます」

 

「あれ? もういいの? てっきりもう少し葛城くん虐めを楽しむかと思ってたのに」

 

「あまりそちらに構っていると麗さんに独走を許してしまいそうですのでやめておきます」

 

 どうやら有栖ちゃんはこれ以上、葛城くん達の相手をしてる余裕はないと思ったらしい。

 あるいはだからこそ、さっさと葛城派を沈めるべく正義くんに指示を出したのかもね。一時的にクラスポイントが下がってBクラスに落ちようとも葛城派との内部抗争をさっさと収束させられるならプラスだと考えたようだ。

 それはつまり、自分がリーダーとしてクラスをまとめ、采配を振れるならその程度の差もどうにでもなると思ってるのだろう。やっぱり有栖ちゃんも自信家だね。怖い怖い。私はその気持を口に出す。

 

「それじゃ二学期からは有栖ちゃんが相手かー。怖いなぁ。ただでさえ龍園くんからも狙われてるのに有栖ちゃんまで相手となると私の身体が持たないよ」

 

「さすがと言うべきでしょうか。麗さんは人気者ですね」

 

「私ってばモテモテだからねー」

 

 時折冗談を交えながらやり取りを行う。和やかな雰囲気だ。本当に、この光景を切り取れば普通に友達同士にしか見えない。

 だが心の中だけは別だろう。私は有栖ちゃんが何を言いに来たのかわかってるし、有栖ちゃんもまた私に気づかれてることに気づいている。

 いや、むしろそれを予想してその上で楽しんでいるのだろう。この和やかな会話。友人同士、ライバル同士の語らい。そのやり取りの1つ1つを、楽しんでいる。

 そして時が満ちれば唐突に終わりを見せるのだ。それも含めて楽しんでいる。

 

「羨ましいことですね」

 

 有栖ちゃんは私の軽い言葉に軽く返しながら、そこで少しだけ間を取って口にする。思い出したと言う風に。

 

「モテるで思い出しました。麗さんに1つ、ご報告がありまして」

 

「ん? 何かな? もしかして……彼氏が出来たとか!?」

 

「フフ。残念ながら違います。ご報告と言うのは1年Aクラス……司城大河くんの、退()()()()()()()()

 

 そして……今度は間を取らずに告げてきた。

 あくまでも日常会話の延長のように。なんてことない会話のように、衝撃的なことを口にする。

 このことを知らない大多数の生徒が聞けば驚愕するであろうその言葉を私は聞いた。だが、私はそれを知っている。知った上で有栖ちゃんの言葉を待った。笑顔のままで。

 有栖ちゃんもまた笑みを浮かべている。姿勢を少しだけ前のめりにするように机に肘をついて手を組むと、微笑みながら有栖ちゃんは口にした。

 

「司城くんのことは麗さんもご存知ですよね?」

 

「友達だからね。それに生徒会の一員としてその件は知ってるよ。私は担当じゃなかったけど……そっか。審議はダメだったんだ。残念だね」

 

 1年Aクラスの司城大河くんというのは1年生でウチの柴田くんと並ぶモテ男のイケメンくんだ。

 運動も得意で学力も学年トップクラス。コミュニケーション能力も良しと非の打ち所がない生徒であり、坂柳派の主力の1人でもある生徒。

 その生徒が退学したという話を私は初めてここで耳にする。これは正真正銘本当のことだ。その審議がどうなったか、私は聞いてはいなかった。なので有栖ちゃんからの説明をそのまま聞く。

 

「はい。容疑は女子生徒への痴漢行為でしたが証拠が確かなものでしたのでその処罰が覆ることはありませんでした。一応相談は受けていたのですが力になることは出来ず、私としても残念な結果に終わってしまいましたね」

 

「そっか。司城くんがそんなことをするなんて信じられないけど証拠があるならしょうがないね」

 

「ええ。司城くんも最後の最後まで容疑を否認していましたね。最後は泣いていましたよ。とても可哀想で見ていられませんでした」

 

 1人の生徒が、それも自分のクラスの生徒が退学したというのに微笑みを絶やさず、まるで他人事のように有栖ちゃんは語る。

 一方で私は苦笑していた。女子生徒への痴漢など最低な行為。しかも証拠もある。友人だからと庇えることではないため、それを自然な流れだと受け入れている。

 それに私達のクラスにとって結果的に有利になるのだから、友人が退学したことは辛くてもこっちは喜べる。クラスのリーダーとしてはそう受け入れられる。

 そんな私の表情を、有栖ちゃんはくすりと笑う。

 

「悲しまないのですね?」

 

「しょうがないからね。それに私達のクラスにとっては都合が良いことだからさ。しかも痴漢で退学ってのは悲しむに悲しめないよね。退学して当然って思っちゃうもん」

 

「そうですね。私もそう思います。ですが……少し気になる点がありまして。実のところ今日はこの一件に関する私の推測を麗さんに聞いてもらおうと思って来たんです」

 

 有栖ちゃんがそうして遂に本題に入る。

 最初からこの話を私に聞かせたくて来たのだろう。私はそれを余裕を持って受け止める。何を言われようが私は与り知らぬことだからね。

 

「そうだったんだ。ならせっかくだし聞かせてもらおうかな」

 

「はい。ではまず事件の概要から……事件は夏休み期間の最中。8月25日の午前11時頃。ケヤキモール西口近くのエレベーター内で起こりました」

 

 どうやら有栖ちゃんは親切に最初から説明してくれるようだ。その辺りは生徒会の議事録でも確認したから知ってるから飛ばしてくれてもいいんだけど黙って聞くことにした。

 

「司城くんはその日、付き合っている彼女と朝からデートに来ていたところ、1階から5階に移動するためにエレベーターに乗り込み、そこで同じくエレベーターに乗っていた女子生徒のスカートの中に手を入れ、痴漢に及んだ。……ここまでは麗さんもご存知ですよね?」

 

「うん。エレベーター内が混んでたのもあって監視カメラに映ってなかったんだよね」

 

 私は私が知ってる情報を口にすると有栖ちゃんが頷いた。

 

「そうですね。エレベーター内には監視カメラが付いていましたが、犯行当時はエレベーター内に定員ギリギリまで生徒が乗り込んできたのもあって司城くんが痴漢に及んだ部分は映っていませんでしたが、被害にあった女子生徒がエレベーターから降りたところで司城くんが触れていたことを訴え、その場で学校側にも訴えかけました」

 

「でも司城くんは当然否定してたんだよね?」

 

「はい。司城くんは痴漢に及んでいないことを確信していたようで、最初は怒っていましたがどうせ証拠もないからと堂々としていたようです。訴えるならそうしてくれとその女子生徒に告げ、学校側の呼び出しにも堂々と応じたそうです」

 

 バレる訳がないと思っていたのか。あるいは本当に触れていなかったのか。どちらかは分からないが本当に確信していたのだろう。罪に問われる訳がないと。

 だがその彼の自信は次の日に打ち砕かれることになる。

 

「ですが……被害者の女子生徒が証拠として提出した下着には確かに司城くんの指紋が付着していましたし、司城くんの手からも繊維が検出されました」

 

「その手配が中々大変だったみたいだね。大事にならないように学校側が働きかけてたし、私達生徒会にも軽めの箝口令が敷かれたし。あまり人に言いふらさないようにってさ」

 

「はい。つまり証拠が出てしまった訳です。その結果、審議の結果もむなしく司城くんの犯行が立証され、司城くんは退学になってしまいました」

 

 そう。それが事件の顛末。その全てなのだろう。証拠が出てしまった時点で司城くんが何を言おうが関係ない。やってないことの証明は何よりも難しいのだ。しかもやってる証拠が出てしまった以上それをひっくり返すことは難しい。

 有栖ちゃんも相談されたらしいが、有栖ちゃんでもどうにもならなかったのだろう。私は有栖ちゃんに同情する。司城くんがバカなことしたばっかりにクラスポイントが減らされる羽目になって残念だねと。

 ただまだ有栖ちゃんの話は終わっていない。そのことをこちらからも指摘する。

 

「そっかー。でも推測って言うくらいだから有栖ちゃんには有栖ちゃんなりの考えがあるんだよね?」

 

「ええ。勿論です」

 

 有栖ちゃんは言う。確信を持っているのだろう。自信に満ちた視線をこちらに向けてくる。

 

「結論から言うと司城くんは痴漢はしていません」

 

「へぇ? それはどうして? だって証拠もあったんでしょ」

 

「あの証拠は偽物です。そして、この一件は誰かに仕組まれたもの。そう思った理由をこれから説明して差し上げます」

 

 有栖ちゃんは強く断言する。熱を感じる言い方ではない。むしろさらりと当然のように。

 自分の考えた絶対的に正しいものだと確信した様子で口にした。私はそれに相槌を打つ。

 

「じゃあ聞いてみようかな」

 

「では順番に。まず気になったのは司城くんの彼女であるこの女子生徒です」

 

「司城くんの彼女? 気になるのってそっち? 被害者の女子生徒じゃなくて?」

 

「そちらについても気になる点は幾つもありますが、まずはこちらから説明させて頂きます」

 

 まるで探偵のように丁寧に口にする有栖ちゃん。中々可愛いことだ。

 

「この司城くんの彼女は3年Cクラスに所属する上級生で司城くんとは7月頃から付き合い始めたそうです」

 

「話題になってたよね。司城くんが年上の彼女と付き合い始めたって」

 

「ええ。これは司城くんに聞いたのですが、何でもその先輩から熱心なアプローチと告白を受けて付き合い始めたのだとか」

 

「やっぱ司城くんってモテるよねー。1年生の女子の間でも結構狙ってる子いたしさ」

 

「そうですね。しかし司城くんは上級生の先輩と付き合い始め、夏休み頃から頻繁にデートを繰り返すようになったようです。何でも彼女は甘え上手だそうで。ここ最近は毎日のようにデートをしていたと司城くん自身の口から聞かされました。事情聴取の筈なのに意図せずして惚気を聞かされてしまいましたよ」

 

「それはご愁傷様だね」

 

 司城くんも呑気だね。そんなこと言ってる場合じゃないってのに。

 まあ証拠なんて出る訳ないと思ってたんだからしょうがないか。私は頷きつつ有栖ちゃんの話の続きに耳を傾ける。

 

「そしてその司城くんとその彼女ですが……噂があるのはご存知ですか?」

 

「噂? あー……もしかしてアレかな?」

 

「はい。アレです。想像通りのもので間違いないかと」

 

 あえてはっきりと口にせずにアレと言うのはちょっと理由がある。司城くんに対するここ最近の噂と言えば、ちょっと口に出し辛いものだからだ。

 だがそれを有栖ちゃんは口にする。こういう時に使う正しい言葉で。

 

「──不純異性交遊。司城くんとその彼女は、どうやら()()()()()()()を行っているかもしれないと」

 

「私も聞いたよ。でもまあ……そういうこともあるんじゃない? って感じだったけどね。私の周りは。付き合ってる男女なら皆言わないだけでシてるんじゃないかなって」

 

 私はそれを思い出す。不純異性交遊の噂は確かにここ最近流れてきたものだ。

 そしてその意味は、身も蓋もない言い方をすると「こいつらヤることやってるな?」とか「絶対エッチしてるよね、あれ」みたいなことだ。

 実際司城くんとその彼女さんは傍目から見てもラブラブだったみたいだし、そういう噂が出てもおかしくない。その上学校側は禁止しているとはいえ、売店などでは避妊具なんかも売ってるし、買っても店員は見て見ぬ振りだ。まあ、使わずに妊娠なんてことになったら大変だからね。暗黙のルールというか、バレたらヤバいけどヤるならバレないように。そしてちゃんと避妊しろよってことだ。

 つまりそういう噂が立ってて、実際にヤッてたとしても証拠が出なければ問題ないし、証拠なんて普通に気をつけてれば出ようもない。まさか外やカラオケボックスでやりだすような馬鹿はこの学校にはいないだろうし。多分。Dクラスの3馬鹿とかならワンチャンありそうだけどね。する相手がいればだけど。

 私はその暗黙のルールのことを思考しながらも言葉を返す。

 

「でもそれが何の関係があるの?」

 

「ええ。それがですね。聞き込みをしたところ、事件が起きた当日の朝にその彼女の部屋から司城くんが出てきたことを見た人がいたんです」

 

「わーお。それはなんというか……やばいねー」

 

 年上の彼女の部屋でお泊りかー。それはそれは。お熱いことで。

 あるいは朝からやって来てという可能性もあるけど……それはそれでまた何というかって感じだね。アイドルとしては言葉に出しにくい話題で困っちゃうなー。

 

「ってことはやっぱり噂は真実ってこと?」

 

「私はそう思っています」

 

 有栖ちゃんは自信たっぷりに頷く。

 だがやはりここまで聞いてもそれが事件と関係があるとは思えなかった。

 

「まあそれはいいんだけどさ。噂が真実だとして事件と何の関係があるのかな?」

 

「フフ。麗さんほどの人が、ここまで言ってもまだ気づきませんか?」

 

 そんな挑発を有栖ちゃんは唐突に放ってくる。私はそれに腕を組んで考えるような仕草を見せながら答えた。

 

「うーん……ちょっとわかんないなぁ」

 

「そうですか。なら私の考えを言わせて頂きます。結論から言えば、この彼女と被害者女性はグルではないかなと……そう疑っています」

 

 有栖ちゃんのその言葉を聞いて、私は驚く。そんなまさか、と。

 

「ど、どういうこと!? 説明してよ有栖ちゃん!」

 

「白々しさもここまで来ると少々鼻につきますね。そろそろ演技はやめにしませんか? 麗さん」

 

「え、演技?」

 

「はい。さすがにその反応はこちらを馬鹿にしているようにしか思えませんよ」

 

「そんな……」

 

 手厳しい言葉を有栖ちゃんから受け、私は絶望……いや、しないけどね。

 息を入れる。まあ今のはちょっと過剰だったかな。分かってたけど、有栖ちゃんが何を言ってくるか分かったからあえてふざけてみた。私はそれだけを認める。

 

「──なんてね。まあふざけてたのは認めるよ。それで、続きは?」

 

「どうせならもう1つの方も白状しませんか? 私はこの事件、あなたが裏で糸を引いていると確信しています」

 

「へぇ?」

 

 確信している、と来たか。私は笑みを浮かべてしまう。先程までと違って、楽しみを見出した笑みを浮かべながら言葉を返した。

 

「面白いこと言うね。有栖ちゃん。この事件で裏を引いてるのが私? そこまで言うなら根拠とか理由はあるんだよね?」

 

「勿論。先程の話の続きですが、この痴漢事件。司城くんの彼女がグルであれば問題なく成立します」

 

 私は言葉を発さない。続けて、と目で言外に告げれば有栖ちゃんは続けて口にした。

 

「司城くんは頑なに触ったことを否定していましたが……実際には触っていた」

 

「触ってたなら何もおかしくないよね」

 

「はい。それが被害者の物であれば、ですが。司城くんが触れたその被害者女性の下着は深夜か、あるいは今朝にでも彼女の部屋で司城くんが触れたものでしょう。それならば司城くんの手に繊維がついていた理由も下着に指紋が残っていた理由も説明が付きます。行為の最中であれば触れることもおそらく不自然ではありませんからね」

 

 中々にえげつない推理を披露してくれる有栖ちゃん。それに私はつい笑ってしまう。

 

「あはは。なるほどね。確かにそれなら成立しないこともないかー。でもなんでそれを被害者の先輩が持ってるの?」

 

「現場となったエレベーターに向かう前、司城くんの彼女さんはトイレに行ったそうです。おそらくそこで下着を交換したのでしょう。トイレの中に監視カメラはないので確認は取れませんがおそらく間違いないでしょう」

 

「なるほどね。確かにそれなら犯行が成立する」

 

 布についた指紋はすぐに劣化するのもあって分かりにくいし、手についた繊維もすぐに調べないといけない。だからこそ、その日の朝の内に触らせとけばいいってことだね。万が一のために彼女の指紋なんかがつかないようにする必要はあるけどそれくらいなら気をつければどうにでも出来る。予め新品の下着を買っておいて、それをさり気なく触らせる。ヤッてる関係性の男女ならば容易だろう。なんなら穿かなくても床やベッド脇に落ちてるのを拾ってもらうなどすればいい。それを適当な物越しで手で触れないように回収し、出かける時に持っていく。そしてそれをトイレで置いて交換すれば問題ない。そうして被害者が穿いていった後で、エレベーター内で触られたと訴えればいけるが……だとしてもだ。私は有栖ちゃんに問いかける。

 

「でもそれで私が関与してるって言うのはちょっと無理がありすぎないかな? その3年の先輩と私には何の関係もないし、被害者の女子に関してもよく知らないんだけどなー」

 

「はい。だから私は言いました。これは私の推測だと。確信はしていますが、証拠はありませんしきっと出ないでしょう」

 

「中々めちゃくちゃなこと言うね有栖ちゃん。一応聞いとくけど証拠もないってどういうこと?」

 

「この犯行を教唆した生徒を辿ろうにも足がつかないように幾つか仲介を挟んでいるんじゃないですか? その仲介人が全員に指示を出したと私は見ています。司城くんにアプローチをかけ、この時のためだけに長い期間彼女を演じた女子生徒。被害者の女子生徒。そしてエレベーターが1階から5階に上がる際、都合よく2階で乗り込んできた2年生の女子の集団も」

 

 事件に関わっている生徒の上級生の割合。そのことを有栖ちゃんは冷静に指摘してくる。

 

「事件に関わる生徒の殆どが上級生。しかもその9割が2年生です。1年生を嵌めるためだけにこんなことが出来るのは1人しかいないと思うのですがどうでしょう?」

 

「なるほどなるほど。中々面白い推測だね有栖ちゃん」

 

 どうやら有栖ちゃんはそこまで辿り着いたようだ。1年Aクラスの生徒を態々嵌める動機は上級生にはない。それを企んだのは1年の生徒だと考えるのは自然なことだ。

 とはいえ有栖ちゃんがここまで分かっているとなると疑問も思い浮かんだ。

 

「だけどちょっと気になるんだけど聞いていいかな? だったら何でそれを審議の場で言わなかったのかな。それを言えば企んだ人のことが分からないにしろ司城くんの退学くらいは取り消せたんじゃないかな? 多分停学か、あるいは訴えを取り下げて無罪になるとか。そのくらいのことは見込めたんじゃない?」

 

「ああ。それは簡単なことです。いりませんでしたから」

 

「いらない? どういうこと?」

 

 私の質問に簡単に答えてみせる有栖ちゃん。その意味を理解しながらも期待を込めて問い返すとやはり有栖ちゃんはその期待に応えてくれた。

 

「司城くんを残しておくとまた今度は大事な場面でAクラスの足を引っ張られる可能性があるからです」

 

「……へぇ? 具体的にはどんな風に?」

 

「惚ける必要はもうありませんよ麗さん。もう分かっています。司城くんの痴漢の証拠が出て退学がほぼ決定事項になった後、審議に参加していた南雲副会長が話を持ちかけて来ましたよね? 『あれで退学になって足を引っ張られることになるのはさすがに可哀想だ。だから坂柳。もしおまえがあの司城の退学を避けたいと思うなら退学を取り消すのに必要な足りない分のポイントを俺が貸してやってもいい』と」

 

 私のお惚けを楽しそうに見つめながら有栖ちゃんはその審議の後に起こったことを私に教えてくれた。

 それは司城くんの退学を取り消すための雅兄からの融資の提案だ。私はそれを聞いて頷く。中々面白い提案だよね。

 

「副会長として困ってる後輩に手を貸したくなったんじゃないかな。それにAクラスならお金も返せるだろうし、利息の回収で利益が見込めるだろうしね」

 

「はい。確かにそれで司城くんの退学を防ぐことは出来ました。条件も聞きましたが悪い話ではなかった。そして、それに乗らずとも私が弁護することで退学を阻止することは可能でした」

 

 だが有栖ちゃんはそれを断った。その理由は1つ。先が見えていたから。

 

「ただここで司城くんの退学を取り消したところで、後からまた司城くんを退学に出来る決定的な証拠が出ればもはやそれを防ぐことは出来ません」

 

「それは例えばどんな?」

 

「不純異性交遊の証拠……それがあれば退学に追い込むことも難しくはないでしょう」

 

 そう。その証拠があれば1度退学を取り消した後でもう1度騒ぎを起こすことが出来る。黒幕はそこまで計算していたということだ。有栖ちゃんはその可能性を指摘する。

 

「その時は付き合っていた3年生の先輩も一緒に道連れとして退学になるかもしれませんが……黒幕はそれを平然とやってのけるでしょうし、痴漢事件でやったことをバラしたとしても主犯格には辿り着かないなら大して痛手にはなりません。精々仲介役の生徒が痴漢事件のことを蒸し返されて処罰される可能性があるくらいでしょう。私が見たところ、どうやら黒幕さんは関与した証拠は絶対に出ないと確信しているようですしね」

 

「なるほどね。その先輩もまた切り捨てられるようにしてると」

 

「あるいは万が一何かが起こって騙していたことがバレても救済すると約束しているのかもしれませんね。まあそれは構わないとしても、私としてはその証拠を決定的な時に突き出される方が面倒です。特別試験の最中にでも実行されて司城くんが退学になるようなことがあればクラスの士気は著しく下がります。試験に影響が出ることも避けられないでしょう。そのことを思えば痴漢を冤罪だと証明したところで何の意味もありません。むしろ傷が深くなってしまいます」

 

 有栖ちゃんにとって一番嫌なのはそれだろう。司城くんの退学を取り消した後でまた同じことが起こる。しかもそれをクラスにとって重要なタイミングで起こされれば有栖ちゃんのクラスにとって大打撃になる。大きな損害を受けてしまうだろうと。

 

「つまり黒幕さんは、司城くんの退学を狙いつつAクラスからプライベートポイントを根こそぎ奪い取り、更には今後の特別試験で司城くんを再び突き出すことでクラス全体の足を引っ張らせるという3つの狙いがあった。なので私は司城くんを弁護することなく、むしろさっさと退学するように尽力させて頂きました。黒幕の狙い通りになるのは面白くありませんので。いわゆるリスクヘッジですね」

 

 司城くんの相談に乗って援護するどころかむしろ退学を容認したという面白いことを口にする有栖ちゃんに、つい笑みが溢れた。

 

「冷たいこと言うねー有栖ちゃん。クラスの仲間はもっと大事にしなきゃダメだよ?」

 

「確かに司城くんは優秀な能力をお持ちでした。ですがそれだけ優秀な駒にしても不純異性交遊の証拠を取られるような脇の甘い駒はいりませんよ」

 

「なるほど。ごもっともだね。私もそう思うよ」

 

 確かに司城くんは馬鹿だった。先輩と付き合って楽しくて仕方なかったのだろう。随分と脇が甘くなっていたようだし、仕留めるのは簡単だったな。恋愛と性欲は人を盲目にさせる良い例だったよねほんと。

 

「私の話は以上です。ご納得頂けましたか? ご納得頂けたなら答え合わせをさせて頂きたいのですが……麗さん。あなたが黒幕ですよね?」

 

 そして有栖ちゃんは正面から私が黒幕だと言ってくる。うーん、なるほどね。さすがは有栖ちゃんだ。まさかここまで辿り着くなんてね。

 私は有栖ちゃんに対する評価を上げながらも少し考える。答える前に気になったことを口にすることにした。

 

「うーん。どうだろう。その前に……録音するのはやめてくれないかな?」

 

「あら、気づいていましたか」

 

 私が指摘すると有栖ちゃんはあっさりとポケットから携帯を取り出してテーブルの上に置く。そして録音を止めてみせた。いたずらがバレたといったように微笑む。

 

「確かに無粋でしたね。ではこれで安心して答え合わせで出来るでしょう。お答え頂けますか?」

 

「だーめ」

 

 私は見逃さない。立ち上がり、有栖ちゃんの側に近づくとその白いワンピースのスカートに手をかける。それを捲りあげ、有栖ちゃんの白くて華奢な太腿が露わになったので私は手を伸ばす。太腿に指が触れたのも束の間、そのベルトにくくりつけられたボイスレコーダーを奪い取った。

 それに対し有栖ちゃんは抵抗しなかった。代わりにくすくすと口元に手をやって笑う。

 

「スカートを捲り上げるなんてさすがは痴漢事件の黒幕さんですね。今度は私の下着まで見て、どうなさるおつもりですか?」

 

「女同士のただのスキンシップだよ。それにしても……中々可愛い下着穿いてるねー有栖ちゃん。ちょっとマセてる気がするけど有栖ちゃんに似合ってるよ。どこのブランド?」

 

「見えないところにも気を配るのもまた女性の嗜みです。良ければ今度一緒にお店に伺いませんか?」

 

「そうだねー。それもいいけど……私としてはこっちのボイスレコーダーの方が気になるかな。まさかこんな女スパイみたいなことを有栖ちゃんがするなんてね、と。後はもういいかな。私みたいに胸の谷間に隠してるなんてことないだろうし」

 

「ふむ。確かに、麗さんのその大きな胸にはそういう利点がありましたか。それは少し盲点でしたね。次からは気をつけて見るとしましょう」

 

「や、そんなじっと見られてもわかんないと思うよ? というか今は何も隠してないしね」

 

 手の中でボイスレコーダーを弄びながら言う。先程携帯をスカートのポケットから取り出す時に若干不自然だったからね。

 まあそうでなくとも脱がして確かめるつもりではあったけども……と、私はボイスレコーダーのスイッチを切ろうとして、そこで気づく。

 

「あれ? これスイッチ入ってないじゃん」

 

「お気づきになられましたか。ええ、勿論。こんなはしたない真似は私はしませんよ。しても無意味ですからね」

 

 こちらを見上げながら得意気にそんなことを言う有栖ちゃんに、少し遅れてその言動の意味を理解する。わかったところで苦笑した。

 

「有栖ちゃんってば負けず嫌いだねー。私のやることはお見通しって言いたいためだけにわざとスイッチ入れなかったんだ」

 

「フフフ。どう捉えて頂いても結構ですよ」

 

 どうやら有栖ちゃんは、私の読みの1つ上を行くということをこっちに伝えたかったらしい。簡単に言えばマウントを取りに来た訳だ。そちらのやることなんてお見通しですけど、そちらは私のやることを見抜けなかったんですね、と。

 有栖ちゃんの負けず嫌いというか、こんなくだらないところでも優位を取ろうとする辺り中々に良い性格をしている。私は肩を竦めた。

 

「メスガキここに極まれりって感じだね」

 

「メスガキ、ですか。察するにあまり良い言葉ではないようですがどういう意味でしょう?」

 

「残念、良い意味だよ。有栖ちゃんみたいな小生意気で幼い可愛い女の子を指して言う言葉だからね。ちょっぴり言葉が汚いのはスラングだから大目に見てあげてね」

 

「なるほど、理解しました。つまりは負け惜しみのようなものだと」

 

 メスガキの言葉の意味を理解して笑う有栖ちゃん。やっぱりメスガキだね。わからせたくなってきたので私は言葉を返した。

 

「負け惜しみは有栖ちゃんの方だよね。なんかリスクヘッジとか言ってるけど結局、被害は食い止められなかった訳だしさ」

 

「そうですね。駒が1つ減ったことによる損害。それと少々、麗さんを侮っていたこと。それらは確かに認めざるを得ないでしょうね。その洞察力……いえ、人間観察力とでも言いますか。それも称賛に値しますが、まさか上級生を買収してのハニートラップとは中々面白い手を思いつくものです」

 

 どこまでも上から目線。その上で私のことを認めてみせる有栖ちゃんは、そこで少し間を作って言う。私に対する評価でも上げたのかな。愉しみを少し見出したような視線を向けてきた。

 

「ですが私がクラスを1つにまとめた以上、今後このような手が成功することはないでしょう。私も麗さんのことは退屈を紛らわすことの出来る相手として認識しましたので」

 

「手を抜いてたから成功したって中々な言い訳だね有栖ちゃん。そういう自信家なところ、私は好きだよ」

 

「私も麗さんのことは好ましいと思っていますよ。『本命』を相手にする前の良いウォーミングアップになりそうです」

 

 笑みを浮かべながら互いに互いのことを褒め合う。

 そして有栖ちゃんの口から出た『本命』という言葉に私は反応した。それが意味する相手は1人しかいない。その顔を思い浮かべながら。

 

「本命かー。私のことをキープ扱いするなんて良い度胸だね有栖ちゃん。普通は許されないよ、そんなこと」

 

「気に障りましたか? ですが麗さんにとっても私は本命ではないと見ているのですが如何でしょう?」

 

「さあ、どうだろうねー。でも今回の一件で有栖ちゃんへの好感度が少し上がったのは確かだよ」

 

「私も同じ気持ちです。どうやら相性は良さそうですね」

 

 互いに本命の相手がいながらも相手のことを自分に相応しい相手だと認める。有栖ちゃんが言うように私達の相性は良いのかもしれないね。

 ただ……どっちも自分が上だと思っている関係は長続きしないことも互いに理解している。私はそれを示すように有栖ちゃんを正面から見つめ、威圧的に言葉を放った。

 

「そうだね。改めて認めてあげるよ有栖ちゃん。有栖ちゃんは私の友人として。そして敵として相応しい。龍園くんに続いて有栖ちゃんも私の中の強敵リストに入れといてあげるね」

 

「ありがとうございます。ですが龍園くんと同じに括られるのは遺憾ですね。麗さんの人を見る目はかなりのものだと思っていましたが私の勘違いでしたか」

 

「生憎と同じだよ有栖ちゃん。どっちも私の下だからね」

 

 確かに有栖ちゃんと龍園くんのどっちが上かは悩ましいところではある。暴力なら圧倒的に龍園くんだが、学力なら有栖ちゃんで、知力であればほんの僅かに有栖ちゃんかもしれないが、互いの思考パターン。思いつく策。好む戦略が違う以上、単純な比較は出来ない。

 しかし1つわかることがあるとすれば──どっちも私よりは下だということ。

 それだけ自信を持って言えることだ。

 

「私としてもようやく内政が一段落ついたところだし、二学期からは本腰を入れて遊んであげるよ。私としたことが一学期はちょっと温い手が多くて退屈させちゃったみたいだしね。二学期からはもっと楽しませられるようにしなきゃ」

 

「はい。是非とも掛かってきて下さい。私の方も動けるだけの準備は整いましたので胸を貸して差し上げます」

 

「貸す胸もないくせに」

 

 私は有栖ちゃんの隣に腰掛け、ワンピースの上からその小さな胸を指先でなぞる。こんな華奢な身体で私に挑もうって言うんだから大した度胸だよね。そこだけは本当にそう思う。

 

「二学期からは私達がAクラスなんだからこっちこそ胸を貸してあげるよ」

 

「クラスポイントの差など、どうとでもなります。Aクラスの席を今のうちに堪能しておくことをおすすめしますよ。すぐにそこから突き落として差し上げますから。その無駄に溜め込んだクラスポイント、大事になさってくださいね」

 

「そっちこそ、これ以上落ちないように気をつけなよ。私に気を取られすぎて龍園くんやDクラスに抜かされるようなことがあったらさすがに笑えないからさ」

 

「ご忠告ありがとうございます。麗さんこそ派手に遊びすぎて迂闊な痕跡を残さないように気をつけてくださいね?」

 

 と、そう言って有栖ちゃんの手がお返しと言わんばかりに私の胸元に伸ばされる。今の私の着ている上着はラフなタンクトップだ。

 そのタンクトップの上側。谷間に有栖ちゃんの小さい人指し指が入ってくる。確かめるように指を押し進め、指の根本まで埋まったところで一瞬だけ有栖ちゃんの視線が何とも言えないものになった。そして興味深そうな視線を向けてくる。

 

「……ふむ。一応何かないかと確かめて見ましたが何もありませんでしたね。この大きさなら携帯をすっぽり丸ごと隠すことも無理とは言い切れません。私の持ってきたボイスレコーダーくらいなら完全に隠せますし、確かに隠しものには何かと便利そうですね」

 

「まあね。とはいえ滅多にそんなことしないけどさ。有栖ちゃんには出来なさそうだけど羨ましい?」

 

「そんなことはありませんよ。ただ、少し感心したのは認めましょう。これも確かに麗さんの長所の1つですね」

 

「気にすることないよ。有栖ちゃんのちっぱいも需要はあるし単純に短所とは言えないからさ。むしろステータスって言葉もあるくらいだし」

 

「また理解に苦しむ言葉ですね。ですが察するに品がある……と、そういうことですか?」

 

「好意的解釈すぎてさすがだね有栖ちゃん。しかもそれって私の胸には品がないってことかな?」

 

「そちらは悲観的解釈が過ぎますよ。別に他意はありません。麗さんに合わせた、ただの冗談です」

 

「ならいいけどね」

 

 至近距離で視線を送り、胸を触られても逆に触り返して動じることなく微笑みながら見つめ返してくる有栖ちゃん。私から触れたからとはいえ触れ返して谷間に指を突っ込んでくるとは中々大胆だね。

 私はその表情に揺らぎがないのを感じ取ると、距離を少し離す。互いに胸から手を離し、奪い取ったボイスレコーダーを机の上に置いて返すと有栖ちゃんが「ありがとうございます」と軽く礼を言い、そしてまとめるように口にした。

 

「フフ。二学期が楽しみですね」

 

「あはは。本当にね」

 

 私はその言葉に同意し、有栖ちゃんに合わせて立ち上がる。衣服の乱れを直した有栖ちゃんがスカートの端を摘んでお上品に礼をする。

 

「今日は麗さんに夕飯をご馳走してもらいましたし、麗さんの実力も改めて確認出来ました。有意義な時間を過ごさせて頂きありがとうございます」

 

「こちらこそ楽しかったよ。またいつでも遊びに来てねー」

 

「はい。それではまた」

 

「うん。じゃあねー」

 

 有栖ちゃんを玄関先まで見送り、友達らしく笑顔で別れる。

 そうして部屋に静寂が訪れた。夏休みの最後の時間を有栖ちゃんと過ごすことになるとは予想外だったけど、中々楽しかったし結果オーライだよね。ちゃんと『宿題』も終わらせることも出来たしさ。

 明日からは二学期。私達はAクラスに上がる。クラス間の争いもより激しくなるだろうし、決して楽な戦いではない。

 だが、だからこそ私は楽しみだった。色んな人間を私の糧とすることが出来る。

 私は二学期からの日々に思いを馳せながら機嫌を良くする。願わくば私の想定をどんどん超えてきてほしいと強く思う。

 それでこそ、やりがいがあるのだから。




普段の倍以上に長くなった。有栖ちゃんがどんな下着を履いているかはご想像にお任せします。
次回からは体育祭編ですのでお楽しみに。

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