ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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一般高校生から見た赤組の話し合い

 体育祭についての説明と20分の話し合いを行った後は体育館へと向かった。

 そこにいるのは当然オレたちDクラスだけでなく400名以上の全校生徒と大勢の教師。そこから赤組と白組で分かれると生徒たちは1度座り、3年Aクラスの藤巻という生徒が赤組の総指揮として場を仕切り始めた。

 といっても有り難くも曖昧なアドバイスを行い重い一言で締めくくっただけだ。学年の垣根を超えて争う競技が最後のリレーだけなのだから本当に全てのクラスの指揮を執る筈もない。クラスのことはクラスで。1年や2年のことはそれぞれの学年で話し合うのが良い。それを堅実に実行していた。

 そして藤巻がその挨拶を締めると各学年毎に話し合いが始まる。オレたちDクラスは赤組で味方はAクラス。つまり、集団でこちらにやって来るのはAクラスだった。

 

「やほやほー、Dクラスの皆。元気してる?」

 

 Aクラスの生徒たちを背後に引き連れてやってきたのはAクラスのリーダーである南雲だ。

 1学期や夏休みまではBクラスだったが、特別試験でかつてのAクラスである葛城や坂柳のいるクラスを追い抜いた結果、2学期からは晴れてAクラスへと上がった。

 そんな訳で今回のDクラスの味方は南雲のクラスとなる。もし南雲のクラスがAクラスに上がっていなければオレたちの味方は葛城と坂柳のクラスだっただろうが……どちらにせよDクラスからすれば頼もしい相手であるだろう。

 こうしてAクラスの生徒たちをざっと見てもどことなく自信を持っているように見える。Dクラスという最下位のクラスから見ればAクラスという集団はエリートに見えるからな。Dクラスの生徒たちも若干緊張してしまっているようだが、南雲はそれをフレンドリーな態度で吹き飛ばすように距離を詰めてくる。

 

「よろしくね、南雲さん」

 

「よろしくー! 今回は味方だからね! 仲間同士一丸となって頑張ろう! おー!」

 

「はは……元気だね。でも僕も同じ気持ちだよ。一緒に頑張ろう」

 

 やってきたAクラスを歓迎するように平田が握手に応じる。そうして周囲にいた軽井沢や櫛田といった人物にも声を掛け、笑顔で言葉と手を交わし合う。そのテンションは妙に高いが、それを近くで見ているDクラスの面々は面食らいながらもすぐにその元気の良さに早くも毒気を抜かれ始めていた。

 

「須藤くんに綾小路くんもよろしくねー!」

 

「お、おお! よろしくな南雲!」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 そしてそんな南雲はクラスの中心から遠い人間にも名前で呼び掛け、手を伸ばしてきて強引に握手を交わしてくる。本当にテンションが高いというかフレンドリーだ。強引ではあるものの嫌な気はしないのか『組めて良かった』という南雲の気持ちが伝わってくるからかもしれない。それが本心かどうかは分からないが、そう思わせてくるのはさすがの一言だ。

 

「あ、鈴音ちゃーん!」

 

「……南雲さん。何か用かしら?」

 

 そして当然、南雲の挨拶は堀北にも及ぶ。孤立気味の生徒にすら声を掛けていたのだからこうなるのは必然だろう。

 とはいえ堀北は南雲に苦手意識を持っている。そうでなくとも人当たりが良いとは言えない生徒だ。それだけに冷たい反応を見せていた。南雲が強引に手を伸ばして堀北の手を取るも、それを強引に引き剥がす。

 

「触らないでくれる?」

 

「えー。いいじゃん今回は仲間同士なんだしさ。赤組勝利のために仲良く協力しようよ!」

 

「組としては味方でもクラス同士で順位を争うことに変わりない。一部の協力しなければならない競技はともかく、それ以外で足並みを無理に揃える必要はないわ」

 

 堀北は南雲の差し伸べた手を拒む。その頑なな態度はともかく、堀北の言う事にも正しさはある。

 赤組として負けないようにすることも大事だが、クラス毎の順位によってもクラスポイントは変動するため、味方でありながらもより上の順位を競い合う敵であることには違いない。協調して体育祭に挑んでも真の意味で団結することは難しく、何かが起これば味方を疑う羽目になりかねない。余計な不和を生む可能性を作るくらいなら程々の距離感で事を運んだ方が良いだろう。

 それにこれまでに何度も出し抜かれた堀北からすれば南雲を信用することは出来ないだろう。味方かと思っていたところで急に裏切ってくる可能性もある。

 

「そんなことないって。絶対協力した方が上手くいくし、勝てると思うよー?」

 

「その根拠は?」

 

 だが南雲はそんなことは関係ないと言わんばかりに堀北に絡む。南雲ほどの人物がデメリットに気づいていない筈もないため、何か裏があるのではと疑ってしまう。

 それでも勝てると言い切る南雲に堀北が根拠を問うのも無理ないことだろう。実際、オレとしても今回の体育祭で南雲がどんな戦略を取るのかは気になるところであるため、南雲の答えを待つ。南雲はやはり笑顔で答えた。

 

「数は力だからね。クラスそれぞれで戦うのも悪くないけど40対40対80の方が強いに決まってるでしょ?」

 

「……あなた、何を言っているの? さっきも言ったけど、体育祭では共闘関係にあるとはいえ私たちは敵同士。数は力と簡単に言うけれど別々のクラス同士が1つにまとまることなんて出来るはずもない」

 

「まあ確かに鈴音ちゃんがいたら難しいかもだけどそこは頑張ろうよ。最初っから出来ないって諦めてたら何も出来ないよ?」

 

「私は現実的な方策を聞いた筈よ。実現不可能な与太話を聞いている余裕はないわ」

 

「はぁ……ま、それでこそ鈴音ちゃんって感じだね。鈴音ちゃんはこう言ってるけど洋介くんはどう思う? 私としてはAクラスとDクラスは可能な限り協力していくべきだって思うんだけど」

 

 堀北の頑なな拒絶の姿勢を見て南雲はため息を1つこぼす。やれやれと言ったように肩をすくめると今度は平田に意見を求めた。自分を馬鹿にするような仕草に堀北の目線が鋭くなるが南雲は無視する。

 代わりに平田が南雲の提案を聞いて少し考えながら答えた。

 

「……そうだね。僕としても協力出来る部分は協力した方がいいと思うけど……南雲さんとしては、参加競技の詳細まで互いに共有すべきだって言いたいのかな?」

 

「うん。その方が確実な勝ちを呼び込めるからね。団体競技は言わずもがな、個人競技でも何度か合同練習を行って互いに連携力を高めつつDクラスと信頼関係を築き上げたいと思ってるんだけどどうかな?」

 

「なるほどね。うん。確かに出来ることならそうしたいし、南雲さんがそう提案してくれて嬉しく思うよ。でも……どうだろう。僕自身は南雲さんや柴田くんといったAクラスの人たちは友人として信頼してるけど、この学校の仕組みを考えると完全に信用しきるには難しいんじゃないかな?」

 

 南雲の提案に対し平田が穏便に答える。意見としては堀北と同じで否定だが、その口調や言葉の選び方でこうも印象が変わる良い例だ。

 そして平田の答えを受けて南雲もまた答えた。

 

「うーん……そっかぁ。確かにそうかもしれないね。なら参加競技の共有は無しで合同練習は? 団体競技は得点の配分も高いし、練習して綿密に打ち合わせしておいた方がいいと思うんだよね! 個人競技の方も互いにアドバイス出来れば良いし、競い合うことでより練習に身が入ると思うし! おまけに本番の予行練習にもなる! これなら良いんじゃないかな?」

 

 最初は残念そうだったが、すぐに切り替えて明るく折衷案を提案してくる。確かに、参加競技の共有はリスクも高いが、合同練習をする分にはそのリスクは下がるしメリットもある。クラスの能力が把握されることも、確実にどのクラスも偵察を行うことを考えればある程度無視して構わない。バレるのは時間の問題だからだ。

 つまるところ生徒の情報を与えてもクラスとしての戦略がバレなければ痛手にはならない。そういったメリットやデメリットの薄さを平田も考えているのだろう。顎に手を当てて少し考えたところで微笑んだ。

 

「……うん。確かに、それなら問題ないかもしれないね」

 

「やったね。それなら決まりでいいかな?」

 

「あ、でも一応クラスの方で意見を聞いてからでもいいかな? 合同練習ともなるとクラス全員の問題になるし、皆とも相談しておきたいんだ」

 

「勿論。それがいいよ。なら返事は後日聞かせてもらっていいかな?」

 

「うん。ただ、もし合同練習を断ることになっても力を合わせたいとは思ってる。だからよろしくね、南雲さん」

 

「うん! 力を合わせて頑張ろー! こちらこそよろしくね!」

 

 南雲が声を大きくして右腕を上げるとAクラスの生徒は誰もが無言ながらも頷いたり自然な笑みを浮かべていた。南雲の協力し合うという方針に彼らもまた異論はない。むしろ喜んで付いて行くという姿勢の表れだろう。彼らもまたDクラスとの共闘関係を全力で行おうとしているように思えた。南雲であれば分からないが、少なくともこの連帯感はきちんとその目的を共有していないと出すのは難しいだろう。

 Dクラスの方はまだ空気がバラバラでAクラスとは比べるべくもない。合同練習と聞いて難しそうな顔をしてるのは堀北だけではないし、賛成しているのもそれなりにいるような感じだ。

 これはまたクラス内で話し合う必要があるだろうな。

 

「ちょっといいか?」

 

 そして南雲と平田の話が終わったタイミングで、見知らぬ男子生徒がAクラスとDクラスの輪に向けて声をかけてきた。自然に全員がその生徒を見る。

 

「あ、溝脇先輩」

 

「おーワッキー先輩じゃーん! こんなところでどうしたんですかー?」

 

 その男子生徒のことを知ってる人は少ないようだったが、一之瀬と南雲だけがその生徒に反応を見せる。特に南雲は割と仲が良いのかあだ名で呼んでいた。どうやら先輩らしい。

 

「……南雲。そのあだ名はやめてくれって言っただろ」

 

「あはは。ごめんなさーい」

 

「全然反省した様子がないな……まあいいけどな。それより、1年AクラスとDクラスの代表数名に来て貰いたいんだが構わないか?」

 

 突然の上級生からの呼び出し。その理由が分からず誰もが困惑したところで頼れる男平田が質問した。

 

「えっと、どうしてですか?」

 

「これから赤組の各クラスの代表者で赤組の詳しい方針についてミーティングを行おうと思ってる。そのために集まって貰いたいんだ」

 

 溝脇という上級生は簡潔にその理由を説明する。

 そしてそれは特に怪しくもない普通のもの。詳しい方針、という言葉が気にかかるもののそれに引っかかる者は少ない。

 

「……なるほど。わかりました。代表者数名で良いんですよね?」

 

「ああ。だけどあまり多いのは勘弁してくれ。多くても4、5名程度なら問題ない」

 

 そして人数についても指定してくるが……代表者同士での話し合いをするには少し指定人数が多い気もするな。

 とはいえ先輩にそう言われたからには従う他ない。そして逆らう気もないのか南雲は笑顔でAクラスの生徒に声を掛けた。

 

「はーい。それじゃAクラスは私と隆二くんで行くよ。それでDクラスは洋介くんと桔梗ちゃんかな? 後は……鈴音ちゃんと綾小路くんも一緒に行く?」

 

 そしてDクラスの生徒にも声をかけてくる。しかもオレまで名指しだ。

 代表者に相応しいリーダーとその側近の生徒を連れていくという当然の人選ではあるのだが、Aクラスの南雲にDクラスの代表者を指名される道理はない。そのため、気にしない平田や櫛田はともかく掘北が口を挟んだ。

 

「勝手に決めないでくれるかしら。あなたはDクラスの生徒ではないでしょう? それに私は行くとは言ってないわ」

 

「えー。でもクラスの代表者って言うんだから鈴音ちゃんは来た方が良くない? もしかしたら戦略とかも教えられるだろうし、それを理解した上で質問なんかも出来る人が来た方がいいと思うんだけど。鈴音ちゃんは一応Dクラスのリーダー格でしょ?」

 

「だとしても私は──」

 

 南雲の言葉に再度堀北が反論しようとする。

 だが、その反論は意外な形で封殺された。

 

「何でもいいが早くしてくれ。堀北先輩たちを待たせるつもりか?」

 

「っ……」

 

 溝脇という上級生が出したその名前を聞いて堀北が言葉に詰まる。

 堀北と同じ名前の先輩と言えば1人しかいない。その人物を思い浮かべ、堀北は言葉を口に出来ず代わりに迷いを見せる。

 堀北としては当然、その場に兄がいるなら距離を詰めたい。近づきたいだろう。

 だがこうもあっさりと。簡単に近づいていいものかを迷っている。堀北としては突然すぎて決意も考えも足りていない。それを思わせるような沈黙だった。

 だがその堀北の後押しをしたのはオレではなく──南雲だった。

 

「だってさ。ほら、行こうよ。さっきはああ言ったけど別に気まずいなら黙って話を聞くだけでもいいんだからさ。それとも……この程度ですら怖いの?」

 

「っ……! あなたに何が……!」

 

 南雲の最後の言葉は堀北と距離を詰めての小声だった。それは配慮でもあり、攻撃でもある。堀北はそれを受けて眉間に皺を寄せて苛立ちを見せる。

 だがそこで掘北は堪えてみせる。その上で深呼吸をして口に出す。

 

「……いいわ。私も行く。綾小路くんもついて来て」

 

「おー、やったね」

 

「……いいのか?」

 

「ええ。ただ話を聞くだけ。そう……それだけよ」

 

 堀北は小声でオレにもそう言ってくる。

 その言葉はオレに対してというより自分に言い聞かせているようだったが、指摘するのも野暮なので何も言わずに頷く。既に南雲は神崎を。こっちは堀北に加えて平田や櫛田も結局来るようだし、オレは南雲と堀北の名指しによりついていく羽目になった。

 

「よし。こっちだ」

 

 そうして話し合いがまとまったところで溝脇が先導するように歩き出し、オレたち1年生はそれについていく。

 とはいえ体育館だ。それほど長く歩くこともなく、すぐに目的の場所に辿り着いた。3年生のAクラスとDクラスが集まる場所。その中心に連れて来られたオレたちは、早速何やら話し合っているのを目にした。

 

「南雲。これはどういうつもりだ?」

 

 その発言をした生徒は先程、赤組の総指揮として前に出てきた藤巻という3年生の先輩だった。そして、その先輩が疑問を呈す先は南雲。だがオレたちの隣にいる1年生の南雲ではなく、3年生の先輩の輪の中で堂々と立つ上級生。南雲の兄の方だった。

 

「どういうつもりも何も説明したじゃないですか。これから赤組全体の方針を決める話し合いを行うと」

 

「そんな指示は出していない。それにする必要もないだろう。だからこそ、どういうつもりなんだと聞いてるんだ」

 

「そんなの赤組の勝利のために決まってるじゃないですか。藤巻先輩はそんなのする必要ないと言いますが俺はそうは思いません。赤組全体で1度話し合いを持つべきだと判断しました」

 

 どうやらこの集まりは藤巻や3年生の提案ではなく、2年Aクラスの南雲兄の提案であったようだ。そのためか、そもそも話し合いをするべきかどうかで少し揉めているようだった。南雲兄の独断に藤巻が苦言を呈する。

 

「俺は必要ないと判断した。勝手なことをして時間を取らせないでくれ」

 

「別に良いじゃないですか。俺は提案してるだけです。必要かどうかは話を聞いてからでも遅くはない。そうは思いませんか? 堀北会長」

 

「っ……」

 

 藤巻の苦言を涼しい顔で受け流し、隣にいた別の3年生の先輩……堀北兄に水を向ける南雲兄。

 堀北兄の姿を確認したところでほんの僅かに怯む堀北だが、どの道この話し合いに口を挟む余裕はないだろう。口を挟めるのは一定の発言力と度胸を持つ者だけだ。

 

「今回の赤組の総指揮は俺だ。話すなら堀北じゃなく俺にしろ、南雲」

 

「話を聞いてなかったんですか? 俺は、各クラスの代表に集まってほしいって言ったんですよ? 藤巻先輩は確かに3年Aクラスのナンバー2ですが、別に代表じゃないッスよね。側近としてある程度話し合いに参加するのは認めますけど少しでいいんで発言を控えてもらえませんか? 俺が聞きたいのは堀北先輩の意見なんで」

 

 藤巻を含めた3年生を露骨に下に見る言動。3年生を差し置いてこの場を取り仕切ろうとする南雲兄に敵意が向けられるが、南雲兄はなおも涼しい顔をしていた。他の3年生に敵意を向けられようがどうでもいいといった態度。だが、堀北兄が前に一歩出れば楽しみを見出したように目を鋭くした。

 

「赤組の方針と言ったな。一体どのような方針を提案するつもりだ?」

 

「さすがは堀北会長。どこかの先輩とは器が違いますね」

 

「無駄な挑発を続けるならこの場は解散させてもらうぞ」

 

「おっとすみません。それは困るんで早速提案させて貰いますよ。俺が提案するのは、赤組の絶対勝利のために全クラスで一丸となって勝ちに行く。そういった方針です」

 

 堀北兄に急かされ、南雲兄が口にしたその提案は、言うなれば先程南雲がDクラスに提案してきたものを更に大きく広げたものだった。

 だがそのなにかあるような語り口に反して言っていることは至極当然のこと。しかしそれが逆に周囲で聞いている3年生をざわつかせる結果になっている。だが、その中でも堀北兄だけは一切の動揺を見せていない。

 

「それだけなら態々こうして各クラスの代表を集める意味はない。方針だけでなく具体的な方策もある筈だな? 一体どのようにしてその方針を達成するつもりだ?」

 

「赤組の総力を結集すれば油断して各学年で個別に戦おうとしている白組の生徒を陥れることは難しいことじゃありません。情報を集めて戦いを有利に運ぶなり、運動神経の高い生徒を退学させれば確実に勝てますよ」

 

「退学って……」

 

 南雲兄の物騒な戦略に堀北が思わず小声で口にする。

 

「誰がどの競技に参加するかを得られれば確かにほぼ確実に勝てるねー。それに加えて体育祭とは関係のないところで生徒を罠に嵌めちゃう訳だ。相変わらず酷い奴だよねー。私の兄なんだけどさ」

 

「そんなの……ふざけてる。認められるはずないわ」

 

 南雲が兄の提案を小声で補足すると堀北もまた小声で否定する。そしてやはり兄妹ゆえに根っこの部分は似ているのか、堀北兄も返答した。

 

「そのようなやり方は認められない。体育祭は純粋に運動能力を競うものだ」

 

「退学云々は冗談にしても情報収集を行うことが勝つための戦略として有効なのは堀北会長もここにいる人たちも気づいてますよね? ならそれをあえて行わない理由が俺には分かりませんが……」

 

「仮にそれを認めたとして、学年の垣根を超えて協力する必要性は薄い。2年の方針に口出しするつもりはないが、3年や1年を巻き込むのはやめてもらおうか」

 

「そうですか? なら俺たち2年と3年だけじゃなく1年にも聞いてみましょうか。おい、麗。それと1年Dクラスの代表者もこっちに来て意見してくれ」

 

 南雲兄の突然の呼び出しに堀北を含むDクラスの面々は少し慌てる。一方で、南雲の方は動じることなく自然に頷いた。

 

「はーい。それじゃ鈴音ちゃん、行こっか」

 

「っ、ちょっと……!」

 

 南雲が強引に2歩前に出ながら堀北の手を引っ張る。そして一歩でも前に出てしまえば、自然と周囲の目は南雲だけでなく堀北にも向けられた。

 

「へぇ。これは面白いですね。1年の代表者は奇しくも俺の妹と会長の妹ですか」

 

 そしてそこで逃げ場を塞ぐように南雲兄が発言する。その言葉を耳にし、3年生の生徒たちはざわついた。南雲は上級生にも顔が知れ渡っているが、堀北の方は別だ。その言葉に多くの人が堀北。そして掘北兄に視線を向ける。そしてその状況を見て南雲兄は楽しそうにしていた。

 

「さすがは俺たちの妹ですね。人の上に立つ素質を持っている。やはり血は争えないと言ったところでしょうか」

 

「まあそれほどでもないけどねー」

 

「わ、私は……」

 

「……1年に話を聞くと言ったな。だが1年が賛同したところで俺たちはその提案には同意しない。おまえもそれは理解している筈だが、態々無駄なことを続けるつもりか?」

 

 堀北が狼狽えながらも声を出したところで、それに被せるように堀北兄が厳しい言葉を南雲兄に向ける。

 やや発言までに間があったのは堀北兄もまた、この状況が何を狙ったものであるかを思考しているのだろう。堀北兄がいる場に堀北鈴音が連れて来られたその理由は確かにオレとしてもまだ狙いが読めないもの。ただ堀北を嬲るために呼び出したのか、あるいはまた別の狙いか。それとも本当にただ1年に意見を求めただけなのか。

 幾つかの可能性が頭に浮かぶ中、話は続けられる。

 

「さっきも言いましたが無駄かどうかは話を聞いてからでも遅くありませんよ。それに俺の意見に賛同する必要もないですしね。もしかしたら俺か先輩の妹のどちらかが俺たちよりも良い意見を出してくれるかもしれません」

 

「そうそう。せっかくだから私の意見も聞いてくださいよ、堀北先輩。赤組に所属するクラスのリーダーとして一応発言は自由にしていいですよね?」

 

 南雲兄の言葉に、南雲が更に後押しをする。それを聞いて堀北兄は1度眼鏡を指で押し上げた。堀北の方には見向きもしない。1人で南雲兄妹と対峙する。

 

「なら南雲麗。おまえはどうするべきだと考える。やはり兄の意見に賛同するか?」

 

「いえいえ。別にそんなつもりはないですよ。私としては、方針としては賛成しますけどそのやり方は賛同しかねるって感じですかねー」

 

 南雲の発言はここにいる人間の予想を裏切るものだった。多くの人はてっきり、南雲兄の発言に全面的に賛同して後押しするものだと思っていただろうが、南雲はそれを否定するように堀北兄に向けられた疑問に笑顔で続ける。

 

「つまり、おまえは南雲のやることに反対するということか」

 

「はい。だってせっかくの楽しい体育祭なのに誰かを陥れたりするのって可哀想じゃないですか。参加表を集めるのも自分のクラス以外に任せたらいつ裏切られるか分かりませんよ? そうだよね、雅兄」

 

「心配するな麗。協力する以上は裏切らせないようにしっかりと統制すればいい。それでも万が一、赤組を裏切って赤組の参加表を漏らすような命知らずな奴がいれば俺が突き止めて退学にしてやる。どの学年の、どのクラスだろうがな」

 

 南雲兄の言葉は、やはり一つ一つに力が宿っている。生徒を退学にさせるなど簡単に出来ることではないが、実際に多くの生徒を退学にしてきたであろう南雲兄の言葉には説得力を感じられた。

 事実、3年生の生徒は南雲兄に警戒心を向けているし、何も知らないこの場にいる1年。平田や櫛田もさすがに不安を感じているようだった。そしてその周りの空気を感じ取って、南雲が呆れるように肩を竦める。

 

「だからそういうのがダメなんだって。みんな引いちゃってるし。協力するならするでもっと穏便にリスクの少ない方法でやろうよ」

 

「そう言うからには何か意見があるんだろうな? 麗」

 

「まあね。といっても大した意見じゃないけど。普通に3学年合同のリレーだけ、ちょっと調整するとかで良いんじゃない? 後は同じ学年同士なら団体競技の連携を高めるために一緒に練習するとかさ」

 

 それは南雲がDクラスに持ちかけたものとほぼ同じ提案だった。ただ合同リレーの調整だけが追加された形。

 しかし合同リレーは何も赤組全体でバトンを繋ぐものではないため調整する必要性は殆どないだろう。その疑問を堀北兄が口にした。

 

「合同リレーの調整とは何を目的としている」

 

「そりゃあまあ、順番かな。だって雅兄、どうせ堀北会長と勝負したいだけでしょ? なら純粋に競い合うために、そして確実に同じ順で走れるように合わせてあげようかなーって。堀北会長もそれなら別に構わないんじゃないですか? というか、普通に考えて堀北会長がアンカー走りますよね?」

 

「リレーの順番はクラスの勝利のためにクラス内で協議して決めるものだ。無意味に他学年の生徒と勝負するために調整することはない」

 

 どうやらその理由は南雲兄と堀北兄の勝負のためだったようだが、それすらも堀北兄は拒否する。

 ただリレーのアンカーを走ることは否定しない辺り、堀北兄としてもその可能性が高いことを示唆しているのかもしれないな。そういう意味じゃ、そっちから勝手に競い合ってくる分には構わないのだろう。元より他学年、他クラスの方針に口を挟むつもりもないと先ほども言っていたし、3年Aクラスはその堅実さを崩さないようだ。

 そして南雲兄は妹の南雲や堀北兄のその言葉を聞くと息を入れて笑ってみせた。

 

「気づかれてたか」

 

「そりゃあね。堀北会長に接する時の雅兄って分かりやすいし」

 

「妹に目的を見抜かれるとは参ったな。でも協力したかったのは本当のことですよ。その上で勝負がしたかったんです。もうバレてしまったんで開き直って聞きますが、堀北会長。合同リレーやクラスの総合点で俺と勝負する気はありませんか?」

 

「体育祭は組同士。そして同学年のクラス同士で競い合うものだ。同じ赤組で違う学年のクラスと勝負する意味はない」

 

「そんな勝負、結果が分かりきっていて面白くないじゃないですか。俺や堀北会長。それに俺と先輩の妹が揃った赤組が負けることはありえない。クラス同士でも同じことです。堀北会長が所属する3年Aクラスが他の3年生のクラスに負けることはありえないし、2年の中で俺が負けることもない。となれば違う学年でも競い合って楽しみを見出そうとするのは自然な事じゃないスか」

 

 堀北兄との勝負を熱望する南雲兄だが堀北兄はそれに取り合う様子はない。

 3年や2年の他のクラスを愚弄するような発言も問題だが、そちらは特に異論が出ない辺り、3年Dクラスは薄々それは理解しているのだろう。自分たちでは3年Aクラスには勝てないことに。

 それだけに3年同士で協力することはありそうに見えるが、どちらにせよ他学年には関係のない話だ。堀北兄もまたそれを突きつける。

 

「南雲。おまえが何に楽しみを見出そうが自由だ。しかし、俺はそれに付き合うつもりはない。何故だかは分かるな?」

 

「あくまでもクラスの勝利が優先……ということですか」

 

 南雲兄の言葉に堀北兄は沈黙することで返事を返した。これ以上話すことはないという意思表示だろう。

 だが南雲兄は更に言葉を繋げた。

 

「さすがは堀北会長。ブレないですね。そういうことなら俺は諦めるしかありません。俺の出した提案も取り下げます。各学年、各クラス同士で健全に競い合いましょう」

 

「結論は出たみたいだな。ならすぐに自分のクラスに戻ってくれ。おまえのせいで中断することになったが、この時間を利用して話し合いがしたいのは俺たちも同じだ」

 

 そして南雲兄がすんなりと提案を取り下げたところで再び堀北兄の隣にいて沈黙を保っていた藤巻がこの場から去るように告げる。同じ話し合いでもクラス内や同学年の間で行いたいとそういうことだ。

 だが南雲兄は、そう言われてもまだ帰ろうとしなかった。

 

「すぐに帰りますからそう邪険にしないでくださいよ。もうひとつ、質問をして答えを聞いたら帰ります」

 

「質問だと?」

 

 藤巻の疑問に不敵に笑い、その視線を堀北兄から別の方向に向ける。

 その視線の先はオレではなく、Dクラス。その先頭に立つ堀北だった。その堀北に視線を移した後、一瞬だけ堀北兄に目線を向けてから南雲兄は質問する。

 

「なあ堀北鈴音。俺と堀北会長のクラスなら仮に勝負をしたとしてどっちが勝つと思う?」

 

「え……?」

 

 ここまで話を向けられることも殆どなかった堀北へ、南雲兄からのキラーパス。

 それを受けた堀北は純粋に戸惑っているようだった。それを見下ろしながら、南雲兄は続ける。

 

「どうなんだ?」

 

「……私は……」

 

「そう緊張しなくてもいい。ただ予想を聞いてるだけだ。そしてどう答えようが俺は気にしない。きっとその答えは自然なものだろうからな」

 

 優しさを見せながら南雲兄は答えを促す。何故か自然と、周りも静かになった。堀北兄の妹という情報を聞いて3年生としてはどうしても気になってしまうのだろう。そして、その妹が南雲の質問を受けて何と答えるのか知りたがっている。そんな空気が感じられた。

 そして堀北自身もその空気を感じ取った筈。だからこそ緊張しているのが見て取れたが……それでも堀北はぐっと堪えてそれから口にした。

 

「それなら私は……3年生の、Aクラスが勝つと思います」

 

 いつもよりも声が小さい。だが、その答えははっきりと聞き取れた。

 そして南雲兄はそれを受けると頷いた。そして堀北兄の方に姿勢を向ける。

 

「なるほどな……聞きましたか? 兄想いの妹を持って会長は幸せ者ですね。堀北会長」

 

「……話はそれで終わりか? ならもうクラスに戻れ」

 

 そしてその堀北の答えを聞いても堀北兄は反応を示さない。ただ粛々と、自分たちのクラスに戻るように告げる。南雲兄もそれに応じた。

 

「ええ、勿論。それでは先輩方、失礼しました。1年も呼び出して悪かったな」

 

「いえ……」

 

「ホントだよ。時間の無駄だったじゃん」

 

 南雲兄が3年生。そして1年にも声を掛けて軽く詫びると2年生の生徒数名を引き連れてその輪から去っていく。

 そして1年のオレたちも、何とも釈然としない空気になりつつもそこから離れていった。堀北は目尻を下げて、南雲の方はちょっぴり不満そうにしている。

 

「結局何だったのかな……?」

 

「……さあな。オレも分からない」

 

 櫛田の呟いた疑問に答えながら、オレは堀北の様子を横目で見る。

 南雲や南雲兄がどういうつもりなのかは分からないが、オレにとっては悪くない展開になっている。

 そしてその事実がどういった意味を持つのか見えてきたところで、オレたちは再びクラスの輪に戻り、1年AクラスとDクラスの話し合いを再開させる。そしてオレたちがいなくなった後に行われていたという白組のBクラスとCクラスのやり取りも含め、情報を共有していった。

 




体育祭編はぶっちゃけると割と平和です。ルールからしてそこまで不穏なことは出来ないからね。次回はドラゴンボーイとリトルガールの話だったり合同練習会だったり色々と。お楽しみに。

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