ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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アイドルの体育祭は青春な感じでエンディングを迎えるもの

 1年の棒倒しが終われば次は2年と3年の棒倒しが始まり、今度は女子の競技として玉入れが始まる。

 

「う、麗さん。玉置いときますね」

 

「唯ちゃんありがとねーっと。よっ。はっ。とっ」

 

 運動があまり得意じゃない一部の生徒に周囲の玉集めをお願いして私はひょいひょいと手早く素早く玉を籠の中に投げ入れていく。玉入れは棒倒しとかこの後予定されてる騎馬戦と違って策を巡らせて勝つような競技ではない。純粋な投げ入れる力。コントロールが試される競技だ。

 それだけに自信はある。私が完璧に玉を投げ入れつつも他のAクラスの女の子達も帆波ちゃんを中心に頑張ってたし、なんだかんだ能力自体は高い鈴音ちゃんや桔梗ちゃんもいるDクラスも頼りになるからね。

 なので特に頭を使うことなく殆ど反射で玉を投げ入れながら私は先程の一件。玉入れが始まる前に聞いた渡辺くんのポケットからDクラスの出場表が出てきたことについて考える。

 といってもそれ自体は龍園くんがやったことなんだろうけどね。あるいは有栖ちゃんの指示を受けたBクラスの誰かか。私達AクラスとDクラスの団結に少しでもヒビを入れるためってところかな。

 しかしそれをされたところで大勢に影響はない。私達Aクラスは堅実に勝ち星を重ねている。

 強いていうならやっぱりDクラスかなぁ……B()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()強い生徒には弱い生徒を。弱い生徒にはそれに勝てる生徒を配置されている。

 これはDクラスの出場表が漏れてるってことだ。さっきの一件もあったし、これはDクラス内は結構危ういかな? うーん、どうしよっかなぁ。私が話をつけにいってもいいけどAクラスに出場表が漏れてるってのを真に受けてる可能性もあるから干渉のしすぎは逆効果かな? 予定だともうちょっと絡みに行くつもりだったんだけどここは少し様子を見てみよう。どう転ぶにしても面白そうだしね。

 

「合計70個で赤組の勝ちです」

 

 とかなんとか考えてる内に赤組の勝利が告げられたので皆で喜び称え合う。そのついでにDクラスの様子も見てみることにした。

 

「Dクラスの皆もやったねー! いえーい! 鈴音ちゃんもお疲れー!」

 

「……何か用かしら?」

 

 そうしてテンション高くDクラスの女の子達ともハイタッチを交わしていくも鈴音ちゃんからは相変わらずの塩対応。協力して勝利しての第一声がこれかぁと私は苦言を呈する。勿論、笑顔で仲良く。

 

「いやいや勝ったんだからもっと喜びなよ。リーダーがそんなんじゃクラスの士気も上がんないよー?」

 

「……私にはそういった振る舞いは向いてないもの。それにあなた達Aクラスの男子の件で考えなきゃならないこともあるから」

 

 暗にお前のせいで悩んでんだよって言われて私は首を傾げて見せる。ははーん? さてはさっきの出場表が私の策略である可能性も考えてるな? まあそういった視点というか疑っておくことは良いことだけどさ。

 

「はぁ……あのさぁ鈴音ちゃん。鈴音ちゃんってモチベーションとか結構蔑ろにしてない? 大事だよ、士気。兵隊の士気が低いと満足な戦いが出来ないんだから」

 

「……あなたに言われずともそんなことわかってるわ」

 

 だったらすぐに行動すればいいのに。つくづく鈴音ちゃんは不器用だ。その無駄なプライドさえなければもう少し楽しくなるのにね。

 

「そっか。でもまあ鈴音ちゃんが悩むのもわかるよ。なにせ誰が企んだのかの真偽はどうあれ、出場表が漏れてるってことは──Dクラス内に裏切り者がいるってことだからね」

 

「っ……」

 

 私が鈴音ちゃんに同情するように、そして後半を強調するように言えば鈴音ちゃんは僅かに表情を歪めて歯噛みする。

 それを確認してから視線を鈴音ちゃんから外しつつ私はクラスメイト達と共にご機嫌にその場を後にすることにした。今回は楽だからね。始まってから手を打つ必要はあんまりない。

 

 なんたって──ね。()()()()()()()()()()()()()()。後はもう普通に、王道に戦うだけなのだ。

 

 

 

 

 

 女子の玉入れが赤組の勝利で終わり、その後は上級生の出番を挟んで男女別綱引き、そして障害物競走。二人三脚──そして女子の騎馬戦と続いていく。

 その最中にあった目立った出来事といえば、やはり南雲が活躍しているということだ。男女別綱引きも、女子の方は赤組の勝利で終わっていたし障害物競走も安藤と呼ばれる生徒と組んで出場した二人三脚も全て1位。つまり、南雲が出た競技は今のところ全勝しているといった状況であり、今のところ1年の最優秀生徒に1番近い生徒は女子の南雲だろう。次に同じくAクラスの柴田かDクラスの須藤だが、直接対決で一度負けていることが響いて須藤は3番候補かもしれない。

 そしてマイナスなことと言えばやはり堀北だ。須藤の苛立ちによる空気の悪さもマイナスとはいえ、途中Cクラスの木下という生徒との対決で接触による事故が起こったことは今後の競技にかなり影響が出るだろう。

 加えてDクラスは先程のAクラスの男子から出てきた出場表のこともあって疑心暗鬼になっている。同じ赤組内で足を引っ張るメリットは殆どないとはいえ、それでも全くないとは言い切れない。Aクラスが1位を取るために。あるいは何らかの取引によってDクラスに妨害工作を行っている可能性は捨てきれないだろう。そういった思いを、平田や堀北と始めとする鋭い生徒は抱いていると推察出来る。

 それにそう考えるだけの十分な不可解な出来事もここまで起きている。Dクラスに対して、Bクラスが常に競技において有利な順番で生徒を配置しているからだ。

 だからこそAクラスはBクラスと取引を行っているのでは……と考えることも出来なくはない。

 そしてAクラスとCクラスの方に出場表を調整している様子がない。この事実が何を意味しているか──その答えを完璧に導き出すことは難しい。

 とはいえこれだけでも見えてくるものはある筈だが……いや、それよりも打つ手の方か。それに関して未だ堀北は鈍い。

 

 ──とはいえそろそろだろう。

 

 オレは女子の騎馬戦を観戦しながらその時が近いだろうと予想する。女子の騎馬戦は相変わらず南雲の優れた指揮とAクラスの連携力が光った試合だった。Cクラスが行っていると思われる堀北狙いの作戦も、その間にBクラスの騎馬を素早く倒すことで挽回し、その後はCクラスの騎馬に取り掛かって見事殲滅していた。そして1番ハチマキを奪っていたのも南雲。やはり南雲の純粋な身体能力もまた女子の中ではトップクラスだ。

 

 そしてそれが終われば次は男子の騎馬戦が始まるが──そこでも龍園の巧妙な反則すらも使った戦略によって赤組は敗北してしまう。

 

 ──そしてそれこそが始まりだった。

 

「うるせぇって言ってんだろ!」

 

 それは予想出来た流れであった。

 ──度重なる龍園による挑発、反則行為によってフラストレーションが限界に達した須藤が致命的な問題を起こす。

 それによって平田は殴られ、須藤はどこかへ行ってしまった。

 

「──いつまで役立たずでいるつもりだ堀北」

 

 ──弱りきった堀北に対し、オレが堀北の目を覚まさせるための最後の荒療治を行う。

 それによって堀北は何かを考えるように俯いていた。

 この後に起きる出来事。予想される妨害。

 それらを予想するのは難しいことじゃない。事前に動いて手を打っていれば可能なことだ。

 だからこそ何も問題はない。龍園が。坂柳が。そして南雲が。何を考えていようとも。

 午前中の競技が終了し、昼休憩が始まったタイミング。そこでオレは弁当を食べる場所を探す振りをして、ある生徒と偶然を装ってすれ違う。

 

「どこで食べる?」

 

「校舎は使えないし、テントしかないんじゃない? あ、そういえばさ──」

 

 そしてオレはその生徒に向けてすれ違い様に口にした。他の生徒には聞こえない声量で。

 

「──おまえがDクラスの裏切り者だな」

 

「────」

 

 すれ違い、振り向くこともなく去っていく。相手の反応はその一瞬で把握出来た。

 

「……? 今の綾小路くん? 今松下さんに向けて何か言ってた?」

 

「……ううん。多分、独り言だと思うよ」

 

「そっかー。あ、それで何? 何か言いかけてたみたいだけど」

 

「……忘れちゃった。思い出したらまた話すよ」

 

「えー、なにそれー!」

 

 ──そう。こうするだけ。

 これだけでオレがこの体育祭でやるべきことは殆ど終わった。

 後はもう……その経過を見守るだけだ。

 

 

 

 

 

 昼休憩の最中。

 和気藹々と皆で楽しくおしゃべりしながら弁当を食べている最中のこと。一度席を外した麗ちゃんを見た私……一之瀬帆波は麗ちゃんがちょっと……本当にちょびっとだけ、不満そうというか何かが気になっている様子だったからだ。私はそれが気になってつい名前を呼んでしまう。

 

「麗ちゃん?」

 

「……んー? 何かな帆波ちゃん」

 

「あ……いや、ごめん。何でもないよ」

 

「そう? ……さーて! 午後も麗ちゃん劇場のために美味しいお弁当いっぱい食べて頑張りますか!」

 

「あはは……うん、頑張ろうね!」

 

 気になって名前を呼んでしまったもののなんて聞いて良いかも分からず私は言葉に詰まってしまう。そして麗ちゃんは私に向けて首を傾げた後、すぐにいつもの明るく楽しそうな様子に戻っていた。

 

 

 

 

 

 体育祭も午後の部に入り、遂に最終競技が始まるところだった。

 ここまでの私の成績は全て1位。借り物競走も男女混合二人三脚も完璧に1位を取って得点を稼ぎつつAクラスを盛り上げ続けた。

 そうして最後の3学年合同リレーは1年から3年まで各クラス、男女3名ずつ。計6名を代表として選出し、一斉に走るリレー対決。

 その代表に、私もまた当然選ばれて──いや、自分で選んだから正確には選んで出走することになっていた。順番は5番。最後から2番目でアンカーにバトンを渡すことになる大事な役目。

 

「颯くーん。最後、任せたよ!」

 

「おう! 最後も勝って俺達Aクラスの強さを見せてやろうぜ!」

 

「おー!」

 

 Aクラスのアンカーを務める颯くんに声をかけ、リレーに参加する6名で円陣を組んで皆で士気を高める。Aクラスの結果はここまで良い感じで私の計算だと学年で1位。つまり、後は赤組が勝利すればクラスポイントはマイナスされることなく、それどころか50ポイントを貰いつつ他のクラスと更に差を広げることが出来る。

 その事実に、やはり私の采配は完璧だと自画自賛する──が、少々予定と違っていたところもあったので少し残念でもありつつ、それを起こしたであろう人物のことを思うと少し良かったとも思いつつ。良いニュースと悪いニュースがあったおかげで極めてフラットに最後の競技を迎えていた。

 そうして各クラスの代表者がグラウンドに集まっていく中、私はその中で見知った仲の良い先輩を見つけたため駆け寄って軽く挨拶をしに行く。

 

「なずなちゃせんぱーい!」

 

「おー麗ー。麗もやっぱリレー出るんだね」

 

「そりゃ私、エースでキャプテンですから! 出るに決まってますよー」

 

「あはは、見てたから分かってるって。さすが雅の妹って感じの活躍だったね」

 

 その相手はひまわりの髪飾りが特徴的なちょっとギャルっぽい可愛い先輩。2年Aクラスの朝比奈なずな先輩だ。

 つまり、雅兄のクラスメイトであり、個人的にも親しい相手でもある。私とも一学期の早い内から雅兄に紹介されていて知り合っている。何度か遊びに行ったこともある仲の良い先輩後輩の間柄なため、私は可愛い後輩ムーブで突撃した。するとなずなちゃ先輩も私の頭を撫でて可愛がってくれる。

 そして2年Aクラスが集まっているということは、当然他の知り合いも多数存在する。その中でもやっぱり声を掛けてくるのは見覚えがありすぎて見飽きたまである私と髪色を同じくする相手だった。

 

「よう麗」

 

「あ、雅兄。今なずなちゃ先輩に可愛がってもらってるところだからあっち行っていいよー」

 

「そうそう。今は女の子同士でじゃれ合ってるところなんだから雅はあっち行ってなって」

 

「おいおい。俺は邪魔者扱いか? 少しくらい構ってくれてもいいだろう。今なら忙しい俺の手も空いているところだ」

 

「ざーんねん。私の頭は空いてないよ。特に男子相手にはたとえ雅兄が相手でも安売りするつもりないんだから」

 

 そう言って私は頭に伸びてきた雅兄の手を躱す。躱された雅兄も当然本気じゃないじゃれあいであるためやれやれと肩を竦めた。うんうん、機嫌が良さそうだね。やっぱ理由はあれだろうかと私はそのことを口に出す。

 

「やれやれ……助けてくれ朝比奈。妹が反抗期だ」

 

「そんな助けてほしくもないくせによく言うよ」

 

「そうそう。それよりも雅兄はリレーに集中しなよ。堀北会長と走れるなんて良かったじゃん」

 

 私が視線を向けながら言う。その先、アンカーが集まっている場所には運動能力の高そうな各クラスのエースの中に堂々と立つ堀北会長の姿があった。

 そして雅兄はもっと早くにそれに気づいていただろう。いつもより幾分か楽しみそうな様子を見せて私の言葉に頷く。

 

「そうだな。リレーとはいえ堀北先輩と競い合える機会は中々ない。同時に走れることはまずないとはいえ純粋に楽しみな気持ちには違いないな」

 

「さっすが雅兄。堀北会長大好きマンだね」

 

「いつものこととはいえちょっと堀北先輩のこと好きすぎだよね」

 

 なずなちゃ先輩と2人で雅兄の堀北会長好きに呆れてみせる。多分、ずっとこんな調子なんだろうなぁ……なずなちゃ先輩や他の諸先輩方も苦労してそうだ。

 だが楽しみなのはそれだけじゃないらしい。というか、私としてもちょっと予想外な楽しみが出来たところだった。それを雅兄は口にする。

 

「それに……堀北先輩だけじゃない。もう1人、興味深い奴がいるからな」

 

「そうそう! 私もびっくりなんだよ! 意外だよねー!」

 

「興味深いやつ? 一体誰のこと?」

 

「「さあ誰だろう(な)ねー」」

 

「うわハモってる……さすが兄妹。息ぴったしじゃん」

 

 なずなちゃ先輩が気になって問いかけるも私と雅兄は考えることは同じだったのか適当に答えてハモってしまう。そうして見た視線の先──1年Dクラスのアンカーとして……綾小路くんはいた。

 

 

 

 

 

 体育祭最後の競技。3学年合同1200メートルリレーが遂に始まった。

 だがDクラスは当初の出走する予定のメンバーである堀北と三宅が足の怪我で出場出来ないことになり、その代走としてそれぞれ櫛田と……オレが出ることになった。

 それというのも堀北が、オレの思い通りに須藤を連れて帰ってきたのも起因している。あるいは都合が悪ければそれでも走らない選択を取ることも考えたが……走った方が色々と都合が良いだろうと最終的には決断した。オレがアンカーで走ることを。

 そしてスタートの合図が鳴り、第一走者である12人の生徒が走り出す。

 オレはその成り行きを見守りつつ自分の出番を待っていた──そんな時。

 

「さて、この勝負はどうなると思います? 俺が勝つか堀北会長が勝つか。俺が勝てば新時代の幕開けに相応しい結果になりそうですが」

 

 2年Aクラスのアンカー……南雲雅の声がオレの耳に届く。

 その声の相手はオレではなくその隣に立つ堀北学。

 だが確実に、オレにも聞かせているだろう。それを理解しながらもオレは自然体で反応はしない。反応するべきは自分の名が呼ばれた時のみだ。

 だからこそオレは予測して待っていた。

 

「それとも……そこの綾小路が勝つという可能性もあると思いますが……どうでしょう?」

 

 南雲雅がオレの名を口に出す。その時オレは、また別の方を見ていた。遠くにいるもう1人の南雲の反応が気になったから。

 

 

 

 

 

 堀北鈴音の代わりに入った合同リレー。

 その第5走者として走るために待機していた私は、その友達から声を掛けられた。

 

「桔梗ちゃんも第5走者だったんだ。あはは、すごい偶然だねー」

 

「堀北さんが怪我しちゃったから代わりを申し出たんだ。でも相手が麗ちゃんかぁ。うーん、これはちょっと厳しいかも……」

 

 その友達はとても可愛くて綺麗な元アイドル──南雲麗だ。

 Aクラスのリーダーを務める私の嫌いな友達に、私はいつも通り仮面をつけて対応する。そうすると南雲は相変わらずバカそうな振る舞いをして答えてくれる。これで私より遥かに優秀なんだからムカつく。

 

「大丈夫だって! 桔梗ちゃんがこう……上手いこと覚醒して誰よりも速くなって一等賞! なんて未来もあるかもだよ?」

 

「あはは、そうなったらいいねー」

 

「諦めたら試合終了だよ? 桔梗ちゃん──おっ、うち結構速いねー。これはもしかしたら1位取れちゃうかも? そろそろ準備しなきゃ」

 

「うん。頑張ってね!」

 

 あまり中身のない会話を終えて南雲を応援する。友達なんだから応援するのは笑顔で当たり前だ。たとえそれが嫌いな相手であっても。

 だがそれでもこの後のことを思えば機嫌が良くなるため、嫌いな相手とのやり取りも今はそれほどストレスに感じない。だからこそ、いつもより元気よく私は彼女に声をかけた。

 

「──あ、そういえば桔梗ちゃんに言っておくことがあったんだった」

 

「え? な、何かな? というかもう来ちゃうよ!?」

 

 だが唐突に。南雲さんはそんなことを言って私の方に再度向き直る。

 私は彼女を心配して後ろを見るように声を掛けた。Aクラスの第4走者である神崎くんが南雲さんにバトンを渡そうと走り込んでくるところだったからだ。

 だが南雲さんは全く慌てていない。背後をちらりと見てバトンを受け取る体勢を取ってゆっくりと歩き出す。そうして走り出すその時になって──。

 

「──Dクラスの出場表漏らしたのって……桔梗ちゃんだよね

 

「──え……」

 

 こちらに流し目を。薄い笑みを送って南雲さんは走り出す。

 その瞬間に聞こえた言葉に、私は上手く表情が作れなかった。心臓が跳ねて、ただただ驚く。辛うじて言い訳が利く驚きの反応を見せられたのは、本当に驚いてしまったから。ただの偶然に過ぎない。

 

 ──どうして……なんでバレた? 

 

 その思いが頭で渦巻く中、南雲さんは颯爽とトラックを駆けていった。

 

 

 

 

 

 その時、確かに空気は変わった。

 

「……このリレーで綾小路が勝つ可能性、か。確かにそれもあるだろうな」

 

「否定しないんすね。普通に考えれば1年が俺達に勝つなんてまずありえないのに」

 

「可能性の話だ。この段階ではまだどのクラスにも少なからず勝ち目はある。トップをひた走っていても一度転んでしまえば順位を落とすことは十分にありえることだ」

 

 南雲雅のオレの名前を出した質問に、堀北学は冷静に、そして静かに答えた。

 だがその一般的な確率論の答えで南雲雅が満足することはない。それは堀北学も、そしてオレも分かっていること。

 南雲の視線が堀北学だけでなくオレも捉えてきたことからもそれは明らかだ。

 

「まあ確かにそうですが……それだけとは思えませんね。堀北会長が綾小路を高く評価していることを思うとそうは聞こえません」

 

「俺がいつそんなことを口にした」

 

「口にはしていません。ただの推測ですよ。これまでの堀北会長や綾小路の動きを調べればそんな推測も成り立ちます」

 

「仮に俺が綾小路を高く評価していたとして、おまえに何の関係がある」

 

「関係ありますよ。俺は堀北会長を心から尊敬しています。そんな堀北会長が高く評価する後輩に興味を持たない訳がない」

 

 そう。南雲雅の興味は堀北学にある。

 その堀北学と早期に接点を作り、自ら実力を信頼する妹の策を見破ったオレに南雲雅が興味を向けるのは自然なことだ。

 

「そろそろ教えてくれま……いや、それともおまえの方に言うべきか? 綾小路」

 

「オレの方に言うべき……とはどういう意味ですか?」

 

「そろそろ実力を見せてくれって意味だ。おまえが実力を隠していることは察しがついている。俺も、俺の妹もな。だがその本気がどの程度なのかはまだ分からない」

 

「買いかぶりです。先輩と妹さんには敵いませんよ」

 

 そう言うがおそらく逃げ切れはしないだろう。2年生を使った情報に自らの直感。南雲も南雲兄も、オレから疑いの目を外すことはしない。

 だからこそこの後に南雲兄が言うこともまた想像の範疇だった。

 

「そうやって白を切れるのも今のうちだ。俺がその気になればおまえを無理やり表に出すことだって出来るんだぜ?」

 

「1年をおまえの戯れに巻き込むつもりならあまり感心しないな。南雲」

 

「悪いが無理な相談です。堀北会長。それになにも退学にしようってんじゃないですよ。ただちょっと勝負を挑むだけです。退学や取り返しのつかないことをかけるつもりはありません。ただのお遊びですよ」

 

 南雲兄はそう言うが、その言葉を信用しきるのは危険だ。

 南雲兄はこれまでに幾人もの生徒を退学させている。そしてその方法は、おそらく堀北学ですら完全に把握しきれていない悪辣なやり方も含むだろう。

 だからこそオレにとって、この段階で南雲兄がちょっかいをかけてくることは出来れば避けたい展開だ。

 

「わかりました」

 

「なに?」

 

 だからこそ、この場所で接触することを選んだ。

 オレは南雲兄に向けて堂々とその提案を口にする。

 

「リレーで……これからオレと南雲先輩で同時に走る。それで勝負しませんか? 勿論、南雲先輩がよろしければですが」

 

「……面白いことを言うな綾小路。この俺に走力で勝つ自信があると?」

 

「はい。その上で南雲先輩にお願いがあります。もしオレが勝ったら、オレ達が2年に上がるまで、1年生を標的にした仕掛けを行うことをやめてくれませんか」

 

「1年生を標的にした仕掛け? えらく曖昧な条件だな。それに規模も大きい。俺にそんな条件を呑めと?」

 

「無理にとは言いません。条件の解釈も先輩の好きにしてください。ですが断る場合、オレは今後、何があっても先輩からの勝負を受ける気はありません」

 

 自信と挑発の意味を含ませた言葉。それを口にすれば南雲兄の表情に愉快なものが混じる。

 そうしている間に第5走者はこちらに迫っていた。トップを走ってくるのは2年Aクラス。続いて1年Aクラスの南雲麗だ。

 選択の時は迫っている。

 

「……本当に愉快なことを言うやつだな。それだけの自信を見せられたら尚更勝負を挑みたくなるぜ。断って無理やりにでも勝負に巻き込んだ方が得だ。違うか?」

 

「そう思うなら断ってください。ですが言ったように、その場合オレは何があろうと先輩からの勝負を避けて逃げ続けます」

 

 そう。無理にでも勝負を挑める、巻き込めるのだと思えば好きにすればいい。

 だが南雲兄の性格上、おそらくそうはならない。

 2年の支配を終わらせ、3年の堀北学や1年のオレにちょっかいをかけようとするその考え。堀北学から得られた情報も合わせて考えれば見えてくるものがある。

 だからこそ南雲兄はここでの勝負を断る可能性は低い。断れば堀北学相手の失敗を、また来年も繰り返すことになる。

 逃げ続けるオレを追うのもまた南雲にとっては楽しみだろうが、どの道堀北学が卒業するまでのこの1年はそれほどこちらに構っている余裕はないだろう。

 そもそも1年生でのオレの勝負の相手は南雲兄ではない──南雲麗だ。

 そのことは南雲兄も当然わかっているはず。その両方の楽しみを、天秤にかければ。

 

「……いいだろう。勝負を受けてやる──」

 

「──よっしゃー! トップトップトップ! 颯くんいっけー!」

 

「ナイスナイスナイス! 後は任せてちょ!」

 

 ──こうなるだろう。

 南雲兄が勝負を受け入れた直後。2年Aクラスの生徒と1年Aクラスの第5走者南雲麗がほぼ同時に走り込んでくる。それを受け取って柴田の方は猛然と駆け出すが、南雲の方は走り出すことはない。

 

「南雲……?」

 

「下がってろ。問題ない」

 

「え……あ、ああ……」

 

 2年Aクラスの第5走者を務めた生徒は南雲兄にバトンを渡しながらも立ち止まっている南雲兄に困惑したが、異を唱えることは出来ない。2年生全体を支配する南雲兄という絶対的な支配者。その男がオレだけを見ている。

 

「……? ちょっとちょっと。どうしたの雅兄。それになんか綾小路くんも……」

 

「麗。見てろ。今から俺と綾小路が走る」

 

「……は……え、マジ? マジマジのマジ?」

 

「一応マジのつもりだ」

 

 まさか俺と南雲兄が勝負すると思いもよらなかったのだろう。困惑する南雲に合わせてマジだと答える。

 そうして次々と後続がオレ達を追い抜いていく。そんな中で、堀北学は。

 

「せっかくです。堀北会長も一緒に走りませんか?」

 

「……そうだな。南雲との勝負だけということであれば受けるつもりはなかったが、おまえが全力で走るというなら──面白い」

 

 そう言って、オレに応える形でバトンを受け取ってスタートを待った。

 そのことに喜んだのは当然、堀北との勝負を熱望していた南雲兄だ。

 

「……やっぱり、綾小路を高く評価しているという俺の読みは当たっているようですね堀北会長」

 

「この男の全力というものに興味があるだけだ」

 

「同じことですよ。しかし……そうなってくると少し妬けてしまいますね。俺との勝負は避けるのに綾小路が相手となるとそれを受けるなんてね」

 

「しかも堀北会長まで勝負するんですか! うわぁ、楽しみすぎるんですけど! ──ちょっと誰か! 急いでカメラ持ってきて!」

 

 堀北学まで勝負に参加すると知って南雲のテンションが上がっていた。近くの生徒に声をかけてカメラを持ってくるように指示している。

 だがそれよりも早く勝負は始まりそうだ。

 

「勝負の前に1つ言っておきます」

 

「なんだ?」

 

「言ってみろ」

 

 オレに堀北学に南雲雅。3人が助走するタイミングで、オレは一言だけ伝えておくことにした。

 

「──全力で走ったほうがいいですよ」

 

 堀北兄と南雲兄。その両方の笑みを置き去りに、オレは走り出した。




まさかの熱い感じで終わる体育祭。でもまだ終わりじゃありません。
次回は体育祭の最後。皆でネタバラシの回で最後です。次回をまた明日か明後日に投稿したい。お楽しみに。

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