私にとって麗ちゃんは親友で憧れの人だ。
この学校に来る前から、麗ちゃんのことは知っていたから見かけた時はつい声をかけてしまった。テレビで見た本物のアイドルがそこにいたから。
そしてこの学校に来て初めての友達になった麗ちゃんはとても優秀な子だった。
勉強も運動もクラスでも1番。明るくて可愛くて時にお茶目でユーモアがあって。それでいて頼りがいもある。
クラスのリーダーになるのは当然だったし、今年の1年生で生徒会に入ることを唯一認められたのも納得の優秀さだった。
……でもそのやり方だけはたまに、少し危ないところもあるからそこに不満を感じることもある。
でもこのクラスがAクラスに上がれたのは間違いなく麗ちゃんのおかげだし、強引なやり方を取ることはあっても基本的に麗ちゃんは友達思いでとても親切だ。
だから私は麗ちゃんの友達であることが誇らしいし、麗ちゃんの隣で支えられることが嬉しい。
でも……それでも、彼女の隣にいるとたまに思ってしまう。
麗ちゃんが羨ましい。
私もこうなれたらいいのに。
もし私が麗ちゃんくらい強ければ……きっとこんなに悩んだりしない。
だから私にとって麗ちゃんは『憧れ』であり『目標』でもある。
私も私なりのやり方で麗ちゃんに追いつきたい。
そのためにもまずは麗ちゃんの代わりにクラスを勝たせる。
その行動のひとつひとつが、私の実力の証明になるのだとそう信じて。
綾小路グループという不本意な名前のグループが発足した。
その理由は期末試験を乗り切るための勉強会を行うにあたって、得意不得意が似通ったペア、三宅明人と長谷部波瑠加の2人をフォローするため。教師役に幸村啓誠。堀北との橋渡し役にオレ。途中で参加希望を出してきた佐倉愛里。この5人によるグループが作られ、日々勉強を中心にしながらもグループチャットを行ったり映画を見に行ったりと普通の友人グループのようなやり取りを行っていた。
「はぁ、勉強かー」
「なんだ? まさかもう集中力が切れたのか?」
勉強中のふとした波瑠加の呟きを啓誠が拾うと、波瑠加は否定しながらも思ったことをそのまま口にした。
「いや、そうじゃなくてさー。頭の良い人ってきっと毎日こんな風に勉強してるんだなーって思ってさ。よくよく考えなくてもそれってすごいことだよね」
「勉強は日々の積み重ねだ。勉強が出来る人間はそれだけやり続けてるから勉強が出来る」
当たり前のことだ、とでも言うように啓誠は何気なく答えた。
「それじゃきっとAクラスやBクラスの生徒ともなるときっとすごいんだろうね」
「……まあ少なくとも平均は高いだろうな」
「そりゃそうだろ。というか、急にどうしたんだ?」
明人が波瑠加の唐突な話題に問いかける。波瑠加にはどうやら思うところがあるようでそのまま話を切り出した。
「いやさ。よく私達狙われなかったなーって。CクラスはともかくAクラスやBクラスも私達を狙った方が楽に勝てた筈でしょ?」
「それはそうだろうな」
波瑠加の疑問に頷くと「でしょ?」と波瑠加もまた頷きを返す。
「なのにAクラスはBクラスを狙うし、おまけにDクラスにも勉強会してくれるし……なんか親切すぎじゃない?」
「……AクラスにはAクラスなりの考えがあるんだろう。Bクラスとの差を広げるため、と考えれば何もおかしなことじゃない」
「Aクラスの今回の仕切りは一之瀬だって噂で回ってきてる。それを考えれば勉強会もただの一之瀬の親切なんじゃないか?」
波瑠加の疑問に啓誠と明人が続けて答える。Bクラスとの差を広げるため。そしてお人好しの一之瀬のただの親切という見方は概ね頷けるものだ。
今回のAクラスの仕切りが一之瀬であるのならそういった行動を取るのは不自然じゃない。強いて違和感を感じることがあるとすれば南雲が早々に指揮権を2人のサブリーダーに委譲したことが気になるが、クラスの能力の底上げという観点で見るならそれもまた1つの手だ。
今後のクラスの勝利を考えるならクラスの地力を底上げすることはどのクラスも必要不可欠。負けても大した痛手にならないタイミングで一之瀬と神崎を中心にクラスの自主性や能力の底上げに舵を取った。
つまり一之瀬がそういった行動を取ることも南雲の戦略の内……そう考えることも出来る。
だがそれを明人や啓誠が口にしない理由は未だ大多数の生徒にとって南雲が信頼出来る人間だからだろう。
一学期の段階でそれに気づけている者はそう多くない。仕掛けられたことで気づけた各クラスのリーダーや関わりのある生徒にとって南雲が容赦のない戦略を打ってくることは周知の事実だが、その南雲の打った手に気づけていない生徒にとっては南雲は未だ学年全体の人気者のまま。1学年の顔とも言うべき存在だ。
そしてそれは気づけている生徒にとっても変わらないだろう。ある程度戦略を共有していると思われるAクラスの生徒が強く南雲を信頼している様子なのがその信憑性を高めている。
Aクラスのリーダーとしてある程度厳しい手を打つところを見せつけるのは他クラスと渡り合う上で許容範囲。その程度で築き上げた南雲麗というイメージは揺るがない、といったところか。
「もしくはそれも南雲さんの戦略なんじゃない? 実は裏でとんでもない悪巧みしてるとかさ」
「その可能性もなくはないだろうが……」
「だとしても勉強会を合同で行うくらいじゃ出来ることは限られてくる。体育祭でもちょっとした疑惑はあったが結局あの一件も俺が思うにAクラスとDクラスの連携を乱すことを目的とした龍園か坂柳辺りの仕業だろうな」
とはいえクラスのリーダーとして活躍する以上はこんな風に警戒されるのも当然で、1生徒でしかない波瑠加の何気ない疑いを明人や啓誠も完全否定までは出来ない。体育祭で起こったDクラスの参加表がAクラスの渡辺という生徒のポケットから出てきたことも少し考えれば啓誠のように手を打ったのは誰か。その目的と合わせて推理することは十分可能だ。
とはいえあれはオレが行ったことなんだが、そう見せかけることが目的だったため啓誠の推理は極めて真っ当なものだ。
「あ、あの……麗ちゃんは……その……」
「麗ちゃん? もしかして愛里、南雲さんと友達だった?」
「う、うん……だからその、悪い人じゃないと思う……」
「ああごめんごめん。別に悪い人だなんて言ってないって。ただそんなこともあるかなって思っただけで」
愛里が南雲のことを擁護するようにおどおどと発言すると波瑠加も安心させるように軽く謝罪する。それを見てオレは南雲の強みを再確認した。
こうして南雲を信頼する生徒が大勢いることは南雲にとって大きな武器だ。南雲の陰口や悪口を言おうとしてもそれを否定する人間が大勢いて、それを止めるような空気になれば仮に悪評があっても大きく広まることはない。
いわゆるそういった風潮。広い言い方をすれば世論と言うもの。社会や組織においての大多数の意見。少数派が南雲の悪評を口にしたところで確たるものがなければその悪評は多数派によって押し潰されるだろう。
オレや堀北が櫛田の秘密を知っていてもそれを口にしたところで決定的なダメージは与えられないように、南雲もまた同じようなやり方で自らの人気とヘイトをコントロールしている。
それでも南雲の場合は櫛田とは違ってリーダーとして大きく動いていることからBクラスやCクラスを中心に自クラスの脅威として恐れられている筈だが……それでも人気が衰えている様子を感じないのはやはり南雲の持つ『魅力』が理由だろうか。
自クラスにとっての脅威であろうとも支持を集めるほどの魅力。異なるクラス同士でも友達や恋人関係が成立するのだからおかしなことではないが、南雲の場合は優れた容姿と能力に加えて『アイドル』という付加価値があればこそだろう。おまけに人当たりも良くて前に見た限りだと多くの趣味を持っていて理解も深い。友達になってみたいと思うのも普通のことだし、仲良く出来るなら仲良くしたい。
そして南雲はそれを否定しないだろう。敵であっても平然と手を差し伸べてくる。
そういう意味じゃ一之瀬とも似ているが、おそらく一之瀬とは根底にあるものが決定的に違うように思える。
オレはそのことを考察し、南雲についての理解を深めていくが……そんなことを考えていると不意に声がかかった。
「──だーれだ?」
唐突に視界が塞がれる。目元に感じるすべすべとした女の手。加えて聞き覚えのある声だった。それにこんなことをしてくるのは1人しかいない。オレは即座に当たりをつけると名前を口にする。
「……南雲か?」
「ピンポンピンポーン! 大正解~! さすが綾小路くんだね! あんまり驚いてないみたいだし、もしかしてやる前から分かってた?」
答えを口にすれば目元から手が離れ、ぱちぱちぱちと拍手をしながら明るく正解を告げる南雲が横にやってきた。その瞬間、周囲から感じる視線。放課後のカフェは大勢の生徒で賑わっている。勉強や友達との会話に意識がいっているとはいえ南雲は目立つ。こうやって目立つ振る舞いをしていれば余計に。
「……いや、こう見えてドキドキしてる」
「そうなんだ? 意外と初心なんだねー」
「南雲にそんなことされたら男子なら誰だって動揺する」
だから出来ればやめてほしい。それに、その大勢の男子から敵意に満ちた視線が送られてくる。よく女の嫉妬は怖いと言うが、男の嫉妬もまた中々に寒気がするものだ。
「う、麗ちゃん……」
「お、愛里ちゃんおっひさ~。それに三宅くんも久しぶりだね~」
「うんっ、ひ、久しぶりっ」
「ああ。一学期以来か」
オレへのからかいを見た愛理の声に反応し、南雲は愛理と明人に軽く挨拶をして2人もそれを返す。だが愛里はともかく明人まで知り合いとは思わなかった。同じくそれが気になったのだろう。波瑠加がそれを問いかける。
「あれ? 愛里はともかくみやっちまで知り合いなの?」
「弓道部の方に顔を出してきたことがあるんだ。その時に少しだけ話した」
「生徒会の仕事で部活動の視察があってさ。その時にちょっとねー。あ、そっちは長谷部さんに幸村くんだよね。初めまして~」
「ん、まあ……初めまして?」
「あ、ああ……」
そして明人と知り合いである疑問に答えた後はその場にいる波瑠加と啓誠にも挨拶。その流れるような挨拶と握手。向けられる笑顔。名前を知っているということも含めて2人とも少し戸惑っていた。
だが相手がAクラスのリーダーであることを思い出したのか啓誠は咳払いを1つして落ち着きを取り戻すとすぐに言葉を返した。
「それで? 何か用でもあるのか?」
「ん? ああ、いや、友達がいたから声を掛けただけだよ。なんか珍しいメンバーだし面白そうだなって」
「……それだけか?」
「幸村くんに長谷部さんとも話したことないからちょうどいいと思ってね。ちょっとだけ話さない? ケーキ奢ってあげるからさ」
啓誠の警戒にもどこ吹く風。マイペースに挨拶と話をすることが目的だと告げてくる南雲に啓誠も毒気を抜かれそうになる。
「……今俺達は勉強会の最中だ。出来れば遠慮してほしい」
「あ、だったら私もちょっと手伝おっか? こう見えて私、Aクラスで1番だから役に立つよ?」
「それは……いや、だとしても他のクラスには任せられない。悪いが……」
「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから! 10分だけ! そしたら帰るから!」
申し出を断る啓誠に南雲はオーバーリアクション気味に手を合わせてお願いしてくる。それを見てまた啓誠は困った。
一方でオレはそれを見て良い機会かもしれないと思う。南雲との会話でまた見えてくるものがあるかもしれない。そう思った時にはオレは声を出していた。
「……確かに、少しお腹も空いてきたな」
「お、おい」
「少しくらい良いんじゃないか? ちょうどコーヒーもなくなってきたしおかわりのついでに休憩を入れるのも」
「じゃあコーヒーも奢ってあげちゃおうかな。支払いは任せろー!」
オレが休憩を取ることを提案すると南雲がそれに乗っかってくる。
そうやって空気を作れば後は流れていくだけだ。
「えっと……私も少し、話したいかも……」
「清隆と愛里がそう言うなら良いんじゃないか。波瑠加はどうだ?」
「まあ……いいかな。確かにちょっとお腹も空いてきたし。愛里の友達なら少しくらい話しても」
元々友人であった愛里に賛同する形で明人に波瑠加も賛成に回る。そうなれば後に残った啓誠もまた渋々折れるしかない。
「……仕方ないな。10分休憩を取ろう」
「わーい。ありがとー幸村くん」
「……息抜きも時には必要だからな」
素っ気なくそう言った啓誠だが南雲の屈託のない笑顔を真正面から見られなかったのか、顔を逸して立ち上がると一足先に注文をするためカウンターに向かっていった。
「オレ達も行くか」
「うんっ」
「皆も好きなもの頼んでねー」
「俺は荷物見てるから波瑠加行ってきてくれ」
「おっけー。それじゃ何にする?」
そして席の確保と荷物番に残った明人を残してオレ達は一度カウンターでそれぞれコーヒーのおかわりとケーキを注文する。この店はコーヒーも中々の味だがクッキーやケーキといった軽食もそれなりに美味しくて女子に人気らしい。
「皆って何がきっかけで仲良くなったの? やっぱり勉強会かな?」
ケーキとコーヒーのおかわりを持って戻ってくると開口一番。南雲はそんなことを聞いてきた。聞くまでもなく南雲には分かっていることだろうが、それでも聞いたのは会話の入り口として適当だったからだろう。
「そんな感じかな」
「なるほど。それじゃ幸村くんが教師役だね」
「まあ、そうだな」
波瑠加の答えに南雲が笑みを啓誠に向ける。啓誠はさすがに落ち着いたのか照れることこそないがAクラスのリーダーの南雲を相手にどう対応していいか分からず歯切れは悪い。
だが南雲は気を悪くした様子もなく朗らかに答えた。いつも通り友達と接するようにケーキを一切れ口にした後。
「ってことは結構忙しくない? 私もさ。友達に勉強教えながらテストの問題作ったりしてるんだけど時間が足りなくて足りなくて」
「えっ」
そこで愛里から間の抜けた声が漏れる。
だがそうなるのも無理もないだろう。声こそ漏らさなかったが、この場にいる全員が南雲のその発言に耳を疑い、そして戸惑いを隠せなかった。
突然の情報開示。南雲がAクラスの問題を作っているという発言に誰もが反応を迷わせてしまう。
「……そういうのは言ってもいいのか?」
「ん? なんで?」
「なんでって……Aクラスの情報だろ。南雲がテストの問題を作ってることが漏れたらやりにくくなるんじゃないか?」
そんな中、明人が先陣を切ってその疑問を口にする。
情報を教えられた側が揃って動揺する中、南雲の方は微塵も揺らいだ様子もなく自然体だ。明人の質問にも笑顔で答えてみせる。
「この中の誰かがBクラスに情報を漏らすってこと?」
「っ……いや、そうは言ってないが……」
「あはは、冗談だよ。でもそうだなー。それくらい別に知られても問題ないっていうか、有栖ちゃんならそれくらい予想してくるだろうし、もし私がこう言ってることが分かっても簡単に信用したりしないんだよね」
「……だとしてもそうはっきりと口にしてしまうのは非効率だろう」
そう、啓誠の言う通りだった。どうせ知られるからとはいえ自らそう口にするのは特にメリットもない。相手に警戒を抱かせるだけの行為だ。
だからこそ誰が聞いているか分からないこの場で堂々とそれを口にするのはあまり良いことではない。
だが、南雲があえて情報を開示するということはそれもまたおそらく勝算があっての行為なのだろう。
1学期からの南雲のやり方を見ていればそのやり方も自ずと見えてくる。意図した情報の開示とそれに付随する大きな罠。
何とか解ける程度の難解な問題を出しておき、それを解いた者を落とし穴に落としてしまう。
人間は自分で辿り着いた答えを無意識に正しいと思い込んでしまう。そういった心理的な要素も取り込んでいるからこそ南雲の罠は気づきづらい。思い込みを利用した罠から逃れるにはその思い込みを排除しなければならないからだ。
一方でこういった情報の開示はそれに気づける者にとっても裏を読み合うような心理戦に発展する。南雲はそこに絶対の自信を持っているのだろう。問題に取り組むきっかけをあえて与えにくる辺りにその節が垣間見える。
実際のところ、南雲はこう言ってきたところでその発言をどこまで信用出来るかは難しいところだ。仮に南雲が嘘をついていないとするなら南雲が問題を作っているのは真実ということにはなるが……。
「1つ聞いてもいいか?」
「お、なになに? 何でも聞いて?」
オレは気になって1つ質問をすることにした。おそらくだがこう聞くことによって南雲の狙いがある程度は見えてくる筈だと。
「南雲は今回の試験の仕切りを一之瀬と神崎に任せたって噂で聞いたんだが……もしそれが本当ならそうやって情報を教えたこともどっちかの指示を受けてのことなのか?」
オレがそう尋ねると南雲の口角が少しだけ上がる。
そうやってオレが気づいてくれたことが嬉しいってところか。
「いやいやいや……鋭いね、綾小路くん。いい質問すぎて言葉に詰まっちゃったよ」
「そうなのか? 特に深い考えがあってのことじゃなくてちょっと気になっただけなんだが……」
「へぇ、そうなんだ。綾小路くんは勘が良いんだね。それじゃそんな勘の良い綾小路くんに免じてお答えすると……これは私の独断かな。気まぐれなイタズラみたいなものだよ。こう言ったら良い反応見せてくれるかなーってね」
そう言って南雲は目線だけをさり気なく横に向けた。何かと思いオレもさり気なく目線をやるも特におかしな点は見当たらない。少なくともオレからは。
……もしかすると南雲からは何か見えているのかもしれないな。
南雲はオレよりも多くの情報を握っている。学校のことも生徒のことも。その南雲から見て何かがあるとすれば……。
「まあ本当に冗談みたいなものだから気にしないでいいよ。──っと、もっとお喋りしたかったけどそろそろお暇しようかな。次はもっと余裕のある時に話そうねー」
「あっ、おい……!」
そして最後に冗談であることを念押しすると南雲は席を立ってその場から立ち去る。
「……なんだったの? 話がしたいっていう割にはさっさとどっか行っちゃったし」
「……まあ、ケーキとコーヒー奢ってもらっただけいいんじゃないか?」
「う、うん。麗ちゃん、友達も多くて忙しいからきっと何か理由があるんじゃないかな……」
「そう? まあでも、そうだね。気になることだけ言って帰ってったのはどうかと思うけど奢ってもらったのは事実だし。ありがたく食べちゃおっか」
「まったく……一体何なんだ……?」
いきなり現れていきなり去っていった南雲。
その意味を考えながらも、オレには関係もないしやることもない。だからこそ南雲のことは頭の片隅に置いてオレは目の前のケーキと愛里達との会話に意識を向けることにした。
──綾小路グループとの接触を終えた後。
私は既に作り終えている期末試験の問題を自室の机の上に並べ、それを確認しながら友達とのチャットに返信していた。
「気づいてくれるかなー……いや、気づかないだろうなー」
二学期の期末試験。通称、ペーパーシャッフルが発表されてから私はずっと平穏な日常を送っていた。
帆波ちゃんと隆二くんにクラスの指揮は任せたので特にやることもないのだ。やるとしてもいつもみたいに頭を使って臨機応変な対応をすることもなく、ただの一生徒としてクラスメイトに勉強を教えたり、帆波ちゃんに任されたテストの問題を作ったりとかそういうのだけ。
後は友達と勉強したり遊んだり趣味を楽しんだり。クラスのリーダーとしてやることが少なくなっても個人としてはやることは幾らでもある。生徒会の活動もそうだし、今日みたいに綾小路くんに絡んだりするのもそう。
「ほんと楽だよねー」
毎回こうならいいんだけどそうもいかないからリーダーってのは大変だ。
とはいえそれも生徒会に入って副会長にまでなったおかげでかなり有利に事を運べるから労力は以前に比べて軽減されている。
そう、生徒会に入ったことの特典。そのアドバンテージがあるからこそ私はもう試験が始まってからは殆ど何もしなくてもいいのだ。
ペーパーシャッフルという試験はこの学校の歴史上何度も行われている。それを事前に知り得ている私達にとって、この試験は難しいものじゃない。
例えばそう。この目の前にあるものだってそうだ。私は携帯で頼りになる先輩からのチャットが送られてきたのを見てそれに返信する。
『俺の作った問題は採用されそうか?』
『うん。良い感じだよ。雅兄らしい意地悪な問題が多くてさ』
『俺が作ったのはほんの一部だ。殆どはクラスの奴と偉大な先輩方に任せたからな』
そのチャットの内容は、まさに私達Aクラスにおけるアドバンテージを証明している。
ペーパーシャッフルにおけるテストの問題。その作成には特に制限はない。先生に相談しようが先輩に相談しようが自由だ。
つまり──生徒会役員だけが閲覧出来る幾つかの情報。その中にある過去に行われたペーパーシャッフルの問題を採用しても問題はない。
これは試験の内容や時期。過去の膨大なデータを一部とはいえ確認することが出来る生徒会ならではの問題の作成方法だ。
もっとも、過去の問題を採用するのはその問題を知られてしまえば最初の中間試験のように楽にクリア出来るリスクも存在する。
だがそれも幾つも分散してオリジナルを作ったり細かく変えていけば特に問題にはならない。
問題の境界線を早期に理解し、それどころか問題を作成するのもそれほど苦労しない。
生徒会役員であることを利用した僅かな有利。これがあるだけで勝率はかなり高まるだろう。相手が元Aクラスであってもかなり良い勝負──おそらくは五分五分か。真正面から戦っても勝つか負けるか分からない絶妙な勝負になるはずだ。
だからこそ僅かな要因が勝敗を分けることになる。それを帆波ちゃんも隆二くんも理解している。だからこそそれぞれ頑張っているのだろう。
勿論、私もそれを理解している。
だからまあ、軽い気持ちで挑んでいる。負けたところでダメージは殆どないし、勝てば更に飛躍する。どっちに転んでも今後の試金石になる。
「それでも多分敗けないけどねーっと」
私は雅兄への返信をやめ、今度は別の相手にチャットを送る。私には友達が多い。以前の愛里ちゃんみたいに、私しか友達がいない子とも私は友達だからね。そういう子には優先的に返事をしてあげないと。そう思い、今日も私は仲良くお喋りをするのだった。
生徒会の特典については色々考察もあるけど新入生の情報を堀北会長が持ってたり南雲雅が試験の内容を知り得たりルールに介入出来たりするのもあってこういうことも出来るかなって。葛城くんもペーパーシャッフルじゃ一之瀬がいるBクラスを選ばないって言ってたので独自に考えてみました。ペーパーシャッフル編は後2話くらいで終わりそうです。
感想、評価、良ければよろしくお願いします。