ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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パーティにも可愛いアイドルは欠かせない

 この学校の映えある生徒会の副会長と言えども何もかも人任せに出来る訳じゃない。

 むしろ大半の仕事は雑用染みた面倒なものだ。他の役員に任せることも当然するが、それだけでふんぞり返ってはいられない。

 

「見回り終了ー。これより帰還しまーす」

 

 校内の掲示板を回ってチラシを剥がしたり逆にプリントを貼ったり。そんな外回りの地味な仕事を気分転換がてらに買って出た私は独り言を呟きながら校内を歩いていた。

 放課後になってすぐ。教室からは離れたその場所はあまり人を見かけない。時折、事務員や教員の姿が見えるのみだ。

 

「どうもお疲れ様でーす」

 

 そして私は通りがかった知り合いに挨拶をしていく。学校関係者、特に教員と事務員はほぼ全員覚えたし顔見知りと言っても過言ではない。地道なコミュニケーションの賜物であり、挨拶をすれば皆にこやかに挨拶を返してくれる。

 

「っと。また着信」

 

 生徒会室へ戻りながらも時折携帯を確認してチャットに返信する。もちろん歩きスマホなんかはしない。ちゃんと立ち止まってやらないとね。こういう地味な普段の行動が大事なのだ。どこで誰が見てるか分かんないからね。

 なので私は階段を上がる前に一度立ち止まって返信。女子高生のスマホ操作速度をもってして素早く文字を打った。

 そしてそんな時。

 

「……?」

 

 私は人の気配を感じて顔を上げる。

 自慢じゃないが私は人の視線や気配に敏感だ。芸能人として培われた感覚の1つ。下世話なパパラッチや妄執に満ちたストーカーと戦うためにはその感覚は欠かせなかった。

 だからこそその人の気配には気づけたが、気づいた時にはその男性は私の背後を通り過ぎていた。

 私は気づいて男性の背中を見てしまったなと思う。挨拶出来なかったし気づくのが遅れた。人の気配に敏感とはいえ、私を気にも留めてない相手には気づきづらい。携帯に集中していたのも合わせて気づいたのは向こうが僅かに視線をこっちにやりながらも通り過ぎる最中だった。

 だけどその背中、スーツを身に付けた大人の男性と思われる相手を見て自分が知らない相手であることに気づく。

 というか多分学校の人間じゃない。私は学校の職員や敷地内で働く大人も一度出会った人は記憶しているがあんな人は見たこと無い。

 お客さんかな。外部からやってきた学校の関係者とかだったりするのだろうかと思う。

 その時点で声をかける選択肢はない。外部の人間と交流するのは場合によってはペナルティを与えられることもある。

 まあそれでも話の内容に気をつければ問題ないし、学校の敷地内に入ってきてる時点で外部の人間とも言い切れないのもある。

 ただ……それでもなんか今の人に声を掛ける気にはなれなかった。

 

「なんか嫌な感じ」

 

 ただの後ろ姿。見えたのは一瞬の横顔だけだが、それでも分かることはある。今まで培われた膨大な経験値。直感などの感覚も含めて思ったのは、なんとなく悪い大人の空気感。

 アイドルとして社会に出た中で見てきた嫌いな大人の匂いがする。

 

「君子危うきに近寄らずってね」

 

 だから私はそういった大人には近づかない。

 今の私はその社会から離れた1人の学生なのだから。昔みたいに対処を考える必要もない。

 なので私はその男のことは一旦忘れて仕事に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 その日、Dクラスには嵐がやってきた。

 放課後のDクラスの教室に突如としてやってきたのはCクラスの龍園とその取り巻きである石崎やアルベルト。小宮に近藤。そして知らない男子生徒が1人。

 その物騒な面子での来訪にDクラスの教室はざわついたが、すぐにその嵐は教室から去っていく。Dクラスの異端児──高円寺を追いかけて。

 オレは明人に誘われて啓誠や後から追いかけてきた堀北に須藤といった面子でそれを追いかけて様子を見に行った。

 そうして辿り着いたのは学校からの寮への帰り道にある並木道。

 そこでCクラスの面々が高円寺に詰め寄っていた。

 高円寺もいかなる判断の上かは分からないが龍園達の用件を聞こうと少し離れた休憩スペース付近に移動する。

 人目は先程より少なく監視カメラもない。その場所で、龍園と高円寺という一筋縄ではいかない生徒同士のやり取りが始まる。

 

 だがそのやり取りが始まってすぐのこと。

 嵐は更に2つやってきた。

 

「何事かと思えば、随分と面白そうな組み合わせの集まりですね」

 

 1つはBクラスのリーダーである坂柳を中心としたグループ。

 神室真澄。橋本正義。鬼頭隼。Bクラスの紛れもない主力メンバー。

 そのBクラスの来訪にただごとじゃない予感を感じさせるも、それはまだ限界じゃない。

 更にもう1つの嵐がやってきたからだ。

 

「ありゃりゃ皆さんお揃いだね~」

 

 間延びした可憐な声が休憩スペースに響く。

 そうしてやってきたのはAクラス。リーダーであり生徒会の副会長でもある南雲麗。

 その横には参謀であり同じく生徒会役員となった神崎隆二の姿もある。

 そしてもう1人……一之瀬ではない。知らない女生徒の姿もあった。

 だが集まった面子は紛れもない各クラスのリーダーとその側近である生徒たち。

 

「パーティをするんなら私達も交ぜてもらおっかな」

 

「ふふ、奇しくも揃ってしまいましたね」

 

「黙ってろよ麗に坂柳。俺の邪魔をするってんなら高円寺より先におまえらから殺すぜ?」

 

「私は忙しいんでね。用件があるならさっさと話を進めてもらえるかな?」

 

 南雲に坂柳に龍園に高円寺。

 それぞれの言葉の応酬を皮切りに、小競り合いを予感させるやり取りが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 それはまさしくパーティの始まりだった。

 

「状況から察するに──恐らく君は、Cクラスの邪魔をする者、あるいは他クラスをまとめる人間を倒すことに夢中になっているように見えるが、違うかな?」

 

「そうだな。目障りな人間は全て敵だ。潰す」

 

 帰宅途中の並木道から少し外れた休憩スペースに、私を含めた1年生のクラスのリーダーや中心人物が集まる普通ではない事態。

 高円寺くんを問い詰めようとする龍園くんをきっかけに始まった意図しない集まりに不謹慎ながら私は胸が躍った。

 龍園くんに有栖ちゃんに鈴音ちゃん。綾小路くんまでいるのだ。

 私が特に興味を持ってる人達の大集合にワクワクする。気分的には本当にパーティだ。もうすぐクリスマスも近いしチキンにケーキにジュースでも買ってきて盛り上がりたい気分。

 だけど主催は龍園くんだし、楽しくお喋りは出来ても和気藹々とは出来そうにないよね。私はそれを思いながらにこにこ笑顔でいつも通り。まずは皆の出方を見ようとした。龍園くんの言葉を受けて高円寺くんが答える。しかも、こっちを見て。

 

「なら私よりもそっちのアイドルガールを狙った方がより有意義ではないかな? クラスの行く末に興味がない私に関わるよりよっぽど面白みがあるだろうねえ」

 

 すぐに私の出番は回ってこないと思ってたが、高円寺くんに名指しされてしまったので思ったより早く出番が来そうだった。こっちの都合なんてお構いなし。

 ま、準備はいつでも出来てるからいいけどさ。龍園くんや高円寺くんが何を言うかを待ちながら発言する時を待つ。

 

「確かに麗は俺の獲物だが今はおまえの調理が先だ高円寺。干支試験ではよく邪魔をしてくれたな」

 

「フフ、それはすまないねえ。だが君たちの企みは生憎と私には共有されてはいなかったものでね。つい自由を求めて終わらせてしまったよ」

 

 分かってたけど干支試験でさっさと正解してポイント当てたのは高円寺くんだった。私達の企みに勘づいていたのかいないのかは知らないけどどっちにしろさっさと終わらせてただろうからそこを推理してもしょうがないが、それはDクラスの裏にいる人間が綾小路くんだと知っている私だからこその判断だ。龍園くんにとっては、確認も兼ねてまだ追い詰める余地はあるだろう。

 

「そんな言葉を信用するとでも思ってるのか? 知らない振りをして協定を破ることだって出来る。唯一、あの契約を結んだDクラスの顔も名前も知らない誰かにはな。それがおまえだって可能性は排除できない」

 

「確かにそうだねえ。けど、もし君がそう結論付ける人間であれば、君はその程度の頭脳しか持っていない間抜け、ということにもなるねえ」

 

 皮肉めいた高円寺くんの発言は概ね正しい。

 確かにそうだし、実際に高円寺くんが黒幕ではないと分かってる私にとってその問答は無駄に限りなく近いものだ。

 ……といっても完全に無駄なわけじゃないけどね。

 私は高円寺くんに関する情報を思い出す。そうしていると龍園くんは笑いを漏らしながらもあえてこちらに顔を向けてきた。

 

「クク、確かにそうだな。だが、何も企んでいないって部分は違うな。そうだろ? 麗」

 

 ここで私に振ってくるかー。うーん、なるほど。どうやら龍園くんもちょっと高円寺くんの臭さに気づいてるみたいだね。

 さて、ここでネタバラシをしてあげてもいいけどね。私はどう答えようか迷いながらもあえて意味深に目を細める。

 

「さて、ね。どうかなぁ。高円寺くんの企みねぇ……」

 

「やれやれ。ドラゴンボーイの次はアイドルガールまで私を怪しんでいるみたいだねえ。人気者過ぎるのも罪なものだ。君なら私の気持ちも分かるだろう? アイドルガール」

 

 私が考える振りをしていると高円寺くんがふざけたことを抜かしてくる。高円寺くんの気持ちなんて分かりっこないし人気者の気持ちも高円寺くんに理解る筈もない。

 だから私は笑顔で応対した。全力で否定の意を込めて。

 

「分からないなぁ。高円寺くんの気持ちなんで興味もないしどうでもいいかな」

 

「ふむ、君なら私の気持ちも分かると思ったのだがねえ。随分と嫌われてしまっているみたいだが私は君に何かしてしまったかな?」

 

「別にー。ただ、高円寺くんみたいな人ってあんまり好きじゃないからね。言ってしまえば……そうだね、生理的に無理、って感じかな」

 

 私がそう言えば私がそんなことを言うと思っていなかったのか周囲から少なからず驚きの気配が伝わってくる。

 というのも私がこうやってはっきりと嫌いを公言するのは珍しいからだ。基本、どんな人でも理解しようとする私だが、私にも嫌いなものくらい結構ある。

 その1つが高円寺くんのような人間だ。私は高円寺くんの問いかけに答える形でそれを教えてあげる。

 

「なるほどなるほど。それは興味深いねえ。せっかくだから理由を教えてくれないかな? 理由を言えば私も改善出来るかもしれないからねえ」

 

「いやいや、そんなこと言って、高円寺くんは何も改善しないし成長もしないでしょ? そういうところが好きじゃないんだよね」

 

 高円寺くんの軽口を内心で冷めた目で見ながら私は薄い笑顔で対応する。

 見れば見るほど可哀想な人間だ。私にとって、高円寺くんは私の持論に反する可哀想な生き物である。

 私は軽く呆れながら口にする。私の内心を読み取ったかのように言葉にする高円寺くんに反抗して。

 

「つまり、成長しないから嫌いということかな?」

 

「それもあるけどそれ以前の問題かな」

 

「ふむ。ならば私はこう答えよう。私は私自身が『完璧』であることに自信を持っている。それこそ大きな変化が必要ないくらいにねえ」

 

「高円寺くんが完璧だなんて冗談きついって。確かに能力は高いけど変人すぎて人望ないしむしろ人から避けられてるじゃん。それはどう説明するのかな?」

 

「自分の価値を他人に求めるなんて実にナンセンスだと私は思うがねえ」

 

 うーん、やっぱダメだね。分かってたけど何を言っても響きそうにないや。これだから高円寺くんはキツいんだよなぁ。社会性0なのになまじ能力だけ高いから成長もしないし孤立し続ける。自己評価が大事じゃないとは言わないけど他者評価を完全に捨てている時点で私とは相容れない。

 

「ま、いいや。とりあえず高円寺くんは他人のために動くような人間じゃないから龍園くんが探してる人じゃないと思うよ」

 

「どうやらそうみたいだな。コイツは俺とは違った方向に狂った人間。ただそれだけのようだ」

 

「誤解が解けたようで何より」

 

 龍園くんも殆ど分かっていた癖に私に高円寺くんをけしかけて中々に意地が悪い。私の観察眼でも利用したつもりだろうけど生憎と隙は見せないよ。

 それに私が答えを口にしたところで龍園くんはしっかりとした確証を持たない限り信じないだろうしね。

 

「ここで高円寺をリンチしてどこまで出来るか確かめておきたいのは山々だが生徒会の副会長サマがいる場だ。勘弁しといてやるよ」

 

「それならそれで私も抵抗して君たちをノックアウトするだけさ。むしろ感謝するべきは君たちの方だと思うがねえ」

 

 別に私がいても全然仕掛ける癖にあえてそんなことを言う龍園くん。多分、理由があるんだろうね。あえて仕掛けようとしない理由が。

 なら私は戯れも兼ねてその理由を取っ払ってあげようかな。

 

「んー、別に何をするか知らないけどやりたきゃやってもいいんじゃない? 喧嘩の1つや2つ、起こったところで私は問題にしないよ。証拠も何もないだろうしね」

 

「それは良いことを聞いたな。ならここで高円寺を殴り飛ばしたところで問題ないってわけだ」

 

 龍園くんの気配が少し暴力的なものに変わる。ここで高円寺くんに仕掛けるのもありなんだろう。それはそれで楽しめるからね。龍園くんの価値基準としては、ここで多少のデメリットを取っても暴力を振るうこともまた悪くないとしている。

 しかも私がそれを見てないことにする訳だからね。お墨付きを得たようなものだろう。流れによっては十分ありうる展開になった。

 そして私がそう言ったことで反応したのはそれを黙ってみていた鈴音ちゃんだった。

 

「気は確かかしら南雲さん。今の発言は生徒会の副会長としては不適切よ」

 

「別に黙認したわけじゃないよ。ただ喧嘩が起きても証拠はないからなーって事実を口にしただけだからね。証拠もないから問題になるとしてもとっても軽い処分で終わるんじゃないかな。あくまで私の推測だけどね」

 

「クク。どうやら今度の生徒会は寛大みたいだな鈴音。おまえも感謝しろよ。隣にいる須藤の馬鹿が誰かを殴っても今度は以前みたいな問題にはならない。おまえにとっても都合が良いだろ?」

 

「っ……あなた達、どうかしてるわ」

 

 私と龍園くんの言葉に苦い表情を浮かべる鈴音ちゃん。暴力沙汰になるリスクは出来れば取りたくないしそもそも暴力なんて好きじゃないんだろう。

 私もアイドル的にはNGだけど暴漢に襲われた場合の正当防衛ならしょうがないからねー。一応いざという時の覚悟は決めている。まずないとは思うけどもしそうなったら頑張って自分の身を守らないとね。ついでに隆二くんがどこまで伸びてるかも試してみたい。

 

「メリットのない暴力を振るう者がいるなら私もいざという時は自分の身を守るために覚悟しておかないとねえ」

 

「さて、どうするかな。ここで一度大暴れしておくのも面白いが……」

 

 高円寺くんはどうなっても何とかなるという自信があるのだろう。涼しい顔をしているし、龍園くんもどう動くべきかを考えている。龍園くんには龍園くんなりの考え方があるんだろうね。見えるような見えないような。中々狡猾な手を考えてる気がするね。メリットがないと言いながらしっかりとメリットはある。だからこそこんな行動を取っているんだろう。

 

「喧嘩沙汰が始まる前に、少し私からもいいですか?」

 

 そしてそんな時に、この場で喧嘩をしたら間違いなく最弱のロリっ子が口を挟んできた。ベンチに座ったままの有栖ちゃんだ。

 

「Dクラスの中に暗躍している何者かがいること。それをドラゴンボーイさんが話していることは理解出来ましたがその黒幕が本当にDクラスであるかどうかは分からないのでは?」

 

「黙ってろよ坂柳。それも含めて俺が判断することだ。それとおまえが次にその呼び方をしたら殺すぜ?」

 

「じゃあ私は呼んでいい?」

 

「俺に殺されたきゃ好きにしな」

 

 呼んでいいけどその時は確実に仕掛けてやるから覚悟しろってことらしい。まああえて呼んでみるのもありだけど今じゃないかな。それよりも話の続きが気になるので私は肩をすくめてみせる。

 

「あだ名は親しみやすくなるから私的におすすめなんだけどなぁ。さすがにそのあだ名はダメかー」

 

「ふふっ。素敵なネーミングだと思いますけどね。それはともかくとして、私としては安易にDクラスが利益を得ているからとDクラスに黒幕がいるとは限らないかと」

 

 くすりと笑って有栖ちゃんは続ける。何を言うか半ば予想出来るけど止めたりしない。別に言われたところでどうにでもなると有栖ちゃんの言葉を耳にする。

 

「Dクラスに隠れた何者かがいても、その何者かが別のクラスに使われている可能性もあるのでは? 他クラスにスパイを忍ばせる……なんて手が最近は流行っているようですし」

 

「おまえが言うかよ坂柳。俺の探してるXとおまえが繋がってることはもうとっくの昔に割れてんだぜ?」

 

「何の話でしょうか。心当たりはありませんね。私などよりも麗さんに聞いてみては如何ですか?」

 

 思いっきりしらばっくれる有栖ちゃんだが、龍園くんがそれを信用するはずもない。そして事実を知る私からしても白々しいことこの上ない。綾小路くんのこれまでの動きには少なからず有栖ちゃんがいなきゃ成し得ないものも多くあったというのに。

 龍園くんもそれに気づいてない筈はないし、Xの正体を暴くなら有栖ちゃんに吐かせるというのも1つの手だが、そっちはさすがに面倒だからか有栖ちゃんから辿ったりはしないのだろう。そんなことをしなくても痕跡を探しつつめぼしい生徒に揺さぶりを掛ければどうにでもなる。

 だが有栖ちゃんの方はそれを理解しながらも煽る言葉を止めない。綾小路くんのことを出来るだけ隠したいのもあるだろう。続けて龍園くんに言葉をぶつける。

 

「それにDクラスよりも麗さんにしてやられてる回数の方が多いのでは? それなのに実在するかも分からない黒幕探しに躍起になるとは、優先順位を間違えてると言わざるを得ませんね。これ以上足元を掬われれば周囲から無能の烙印を押されかねませんよ」

 

「随分と吠えるじゃねぇか。それは先に無能の烙印を押されたヤツからの忠告か? さすが元Aクラスの没落を招いた間抜けなリーダー様は言うことが違うぜ」

 

 有栖ちゃんが煽れば龍園くんも煽り返す。手はでなくても言葉の暴力の応酬は中々激しいものだ。

 だがより怒りを覚えさせることが出来たのは龍園くんの方だろう。有栖ちゃんの隣にいた鬼頭くんが一歩前に出ながら龍園くんを睨みつける。それを見て愉快そうに龍園くんは笑った。

 

「クク、現実を指摘されて癪に障ったか? そりゃそうだろうな。持て囃されたエリートが落ちぶれた時の絶望は相当なもんだろう。鬱憤も溜まるってもんだよなぁ?」

 

「序列が落ちたことは認めますがそれはCクラスであるあなたに言われる筋合いはありませんね。それこそ負け犬の遠吠えにしか聞こえません」

 

「そんなCクラスと何度も契約を結んだ挙げ句、碌に成果も出せない間抜けはどこのどいつだ?」

 

「無人島でのことですか。確かCクラスからの援助を得る代わりに卒業までの間、Aクラスは毎月1人ごとに2万プライベートポイントをCクラスに支払う契約でしたね。残念ながらあれは葛城くんの判断ですよ」

 

 私は既に知っている情報を改めて有栖ちゃんの口から聞く。藍ちゃんから大体のことは聞いてるからね。具体的なポイントの数も私は全部知っているが、それを知らなかったDクラスの面々は驚いているようだった。その中で須藤くんは鼻息荒く文句を言う。

 

「なんだよそれ! そんなのありかよおまえら!」

 

「ルール上は何も問題ないよ須藤くん」

 

「麗さんの言う通りです。お互いのクラスが納得した上なら何も問題はありません。互いに利のある契約を結んだまでです」

 

「クク、その通りだが生憎と契約はそれだけじゃねぇ。体育祭でもBクラスを勝たせる契約を結んだからな。そっちは葛城を言い訳には使えねぇ。大量のポイントを吐き出しておきながら結局2位で終わっちまったんだからな」

 

「あれは最下位や3位を避けるために計画したことです。確かに最良の結果とはいきませんでしたが十分計算内。元より私達のクラスには分の悪い勝負でしたしね」

 

 そう、確かそれもあったんだよね。確かこっちは一括で支払ったらしい。クラス全員を巻き込む契約ではないことは確認は取れてるからね。干支試験で得て徴収したポイントの一部を使ったんだろう。

 そして体育祭が分の悪い勝負だったってのも間違ってない。何しろBクラスは司城くんの退学と有栖ちゃんの存在で他のクラスと合わせて2人分の戦力差がある。運動能力で突出した生徒もいないことからかなり厳しい戦いが予想されるし、普通に戦ってれば最下位もありえた。だからこそそれを避けるために同じ組だったCクラスと手を組むことは悪い手じゃない。

 ただそれでも私達に勝てなかった。これも総合力の差だ。有栖ちゃんも競技に参加するなどして頑張ってたけどさすがにそれだけじゃ勝負はひっくり返せない。

 ただそれも有栖ちゃんにとっては想定内だったのも確か。だからこそそれを指摘されても有栖ちゃんはダメージを負うことはない。

 強いて言うなら、ついこの間のペーパーシャッフルの方が問題だろう。当然、それを龍園くんも指摘する。

 

「だったらペーパーシャッフルのことはどう言い訳するつもりだ? そこの森下を麗に引き抜かれたことでBクラスは敗北しただけじゃなくまた兵隊を1人失くした。痴漢で退学になった間抜けと合わせてこれで2人目だ。無様すぎて笑えるぜ」

 

「司城くんはともかく、確かに森下さんの方は上手く籠絡した麗さんを褒めないといけませんね」

 

「褒めてくれるのは嬉しいけどさすがにそれは負け惜しみすぎだよ有栖ちゃん。素直に私の打つ手が読めなかったって負けを認めたらいいのに」

 

「認めていますよ。麗さんの打った手は私の盲点ではありました。私としても反省し、学習したところです。なので次からはしっかり読み切って差し上げますよ」

 

 おっとっと、ちょっと目が尖くなったね。さすがにこれは効いちゃったかな? 負けを認めないのはそれはそれで無様だから認めはするけどプライド的に私より下だとは認めてはないね。

 そしてそれを横で聞いていた龍園くんはその有栖ちゃんの負け惜しみが面白かったのだろう。その点で弄りを続ける。

 

「ククク、麗の格下であることをようやく認めたか。無様だな坂柳。おまえはもう少し出来るヤツだと思ってたがどうやら高く見積もりすぎたようだ。おまえが無能だったせいでこっちは2人分も月の収入が減って大損害だぜ。こんなことなら退学やクラス移動が行われた際の補填まで契約に入れとくんだったな」

 

「そちらの懐事情は知りませんが、人の言葉を勝手な解釈で捻じ曲げられるのは困りますね。盲点であったことは認めますが格下であることを認めたつもりはありません。それに、麗さんが言うのであればまだ理解は出来ますがあなたに下に見られるようなことをした覚えはありません」

 

「手下の裏切りを察知出来なかった時点で程度が知れてるんだよ。俺なら麗の手を読んでそれを防ぐことが出来た」

 

「たらればの話をしても無意味です。時間の無駄ですね」

 

 売り言葉に買い言葉。私にしてやられたことを突く龍園くんに私にやられたことは認めつつも龍園くんに下に見られることは否定する有栖ちゃんと中々面白い言葉の応酬だ。ちょうど私の話題も出てることだし私も口出ししようかな。

 

「やめて! 私のために争わないでー! ……って感じかな?」

 

「違うかと。南雲麗、その用法はこの場合に適してません。おまけに空気も読めてないのでは?」

 

 藍ちゃんにツッコミを入れられてしまった。藍ちゃんツッコミ出来るんだ……というか空気読めてないとか藍ちゃんに言われたくない。

 それにこれは私なりの、あえて空気を読まないテクニックだ。少し和ませるためにもあえて気の抜けるようなことも必要だろうと判断した。

 だがその後はまた緩急でストレートを投げる。私達の会話はとにかく相手の言動を見逃さずに揺さぶりをかけつつ裏を読み合う戯れだ。殆どの人には分からない領域だろうけどね。

 

「ま、それはともかく龍園くんは随分とプライベートポイントを集めてるみたいだねー。そこまで優先するからには何か狙いでもあるのかな?」

 

「企んでるのはおまえの方だろ麗。随分とポイントを貯め込んでるみたいじゃねぇか。でなきゃ生徒を引き抜くなんて手を打つことは出来ないからな」

 

「だからもうポイントないんだよねー。残高は龍園くんには敵わないと思うよ?」

 

「だったら互いに公開でもしてみるか?」

 

「そんなことしても互いに得もないしそれは嫌かな」

 

 龍園くんの提案は拒否しておく。ただ拒否したところで龍園くんにはバレてるみたいだけどね。2000万もポイントを使ってもまだ私は1500万以上のポイントを持ってる。

 そして龍園くんは2000万以上は軽く貯まってるんじゃないかな。クラスからの徴収。干支試験で得た900万のプライベートポイントにBクラスからの収入もあるしね。Cクラスのクラスポイントからは考えられない額を貯め込んでると見ていい。Bクラスの方はプライベートポイントにはそれほど固執してないみたいだけど……。

 

「じゃれ合いを楽しんでいるようだねえ。それを否定するつもりはないが、これ以上私の邪魔をすることだけは止めてもらえないだろうか。無意味なやり取りを見てる趣味はないんでねえ。私の時間を無駄にされるのは不愉快なのだよ」

 

「どうせ大してやることないのに?」

 

「フッフ。確かに君たちみたいな退屈な存在と戯れるような予定はない。クラス同士の対決など微塵も興味が湧かないのでねえ。私は美しき女性と恋に落ちて互いを高め合う。そして美を追求する。それだけを求めているのだよ。君には理解出来る筈ではないかな。アイドルガール」

 

「金で釣ってるだけのくせによく言うよ」

 

 白々しい上にふざけたことを言ってきたのでノーモーションで高円寺くんの狙いを意味する言葉を投げてやる。高円寺くんは表情を崩さないが、私には読めている。残念だけど私の情報網には高円寺くんの動きも引っかかってるんだよね。

 だから悪いけどその手を取るなら阻止させてもらおうかな。そうなった時に次にどんな手を取るかはおいおい見せてもらおう。本当に全く興味がないなら動かない筈だがそうじゃないのは分かってる。どこまで動かずにいられるかは見ものだよね。

 そして高円寺くんの発言に引っかかりを覚えたのはどうやら私だけじゃなかったみたいだ。それに気づきながらも有栖ちゃんは口を挟む。

 

「聞き捨てならないことを言いますね。ドラゴンボーイさんはともかくとして──」

 

 そう発言した瞬間に、龍園くんは動いた。

 有栖ちゃんとの距離を詰めて素早く蹴りを繰り出す。そのまま激突すれば顔面直撃コースの危ない一撃。龍園くんも容赦がない。

 とはいえそれは橋本くんや鬼頭くんが止めるだろうけど。一応こっちも立場的にポーズは取っておこうかな。

 

「隆二くん」

 

「ああ」

 

 橋本くんがガードしながらも地面に転げたところで隆二くんを前に出しておく。生徒会として喧嘩の仲裁はしてあげないといけない。万が一喧嘩が起こるようなら多少手荒なことになってもしょうがないよね。

 

「気に障ってしまいましたか」

 

「もう一度呼んだら殺すと言ったはずだぜ?」

 

「いい加減にしなさい。今のあなたの行動は大問題よ」

 

「今、何も問題行動はありませんでした。そうですよね? 橋本くん」

 

「ええ。自分が一人で転んだだけです」

 

「だそうですよ、堀北さん。それに生徒会の方々も何も見ていなかったようですしあなたの勘違いです」

 

 こちらを引き合いに出しながら今の行動を何も問題がなかったと言い張る有栖ちゃん。さすがに好戦的だね。自信があるんだろうけど実際にそうならないように一応の配慮をしたのか有栖ちゃんは言葉だけで軽く謝罪する。

 

「ごめんなさい龍園くん。からかいが過ぎましたね」

 

 その上で視線を高円寺くんに向けた。よりイラッとしたのは龍園くんより彼だったらしい。

 

「話を戻しますが、私を含めて退屈、とはどういうことでしょう」

 

「それほど私の一言が気に入らなかったかな? リトルガール」

 

 リトルガール。訳するとほぼ幼女だ。中々面白い直球のネーミングに私は不覚にも笑ってしまう。

 

「クク。リトルガールか。中々良いネーミングセンスじゃねえか」

 

 そしてウケたのは龍園くんも同じらしい。幼女とからかわれた有栖ちゃんが薄い笑みのまま高円寺くんに反論する。

 

「高円寺さん、でしたか。あなた英語の使い方を間違えていますよ? 私は幼女ではありません」

 

「ふっふっふ。それを決めるのは君ではなく私なのだよ間違った用法ではないさ。君がガールと呼ぶのに相応しい年齢と体型になれば、そう呼ばせてもらうだけだからねえ」

 

「それこそ誤りですよ。用法としてはリトルガールは小学生の女の子にしか使わない言葉ですから。この世界はあなたの好き勝手が許されるように出来ているわけではありません」

 

「常識に捉われないのが私の流儀さ」

 

 高円寺くんの主張はどうかと思うが、有栖ちゃんが幼女って言われて怒ってるのは可愛くて面白い。なので私はそこに茶々を入れてやることにした。

 

「いやいや、有栖ちゃんは幼女だよ。身長150センチ以下で童顔で胸がちっちゃい女の子はどんな年齢だろうと幼女だってのが最近の常識だからね」

 

「そんな世界の常識は知りません。あなたの俗世間的な価値観を一般のもののように周知するのはやめてもらえませんか? 麗さん」

 

「つるぺた幼女は希少価値なんだからそんなに怒らなくてもいいのに。結構需要あるんだよ? 世の中の男性の半数以上はロリコンだってデータもあるくらいだし。有栖ちゃんみたいなロリロリつるぺた美幼女ならきっとその需要を満たして大人気になれるんじゃないかな。試しに写真集とか出してみるのはどう?」

 

「──鬼頭さん」

 

 私がそうやってペラペラと口を回して有栖ちゃんをからかっていると堪忍袋の緒が切れたのか、私ではなく鬼頭くんの名前を呼ぶ。

 呼ばれた鬼頭くんは手袋を外して素早く私に肉薄しようとしてきた。その指先が私に迫る。

 少し驚いたけど別に対処出来ないほどじゃない。私はどうしようかと迷いつつもその場から動かず頼れるボディガードに任せることにした。

 

「っ……!」

 

 鬼頭くんの伸ばされた手を腕でガードして止めたのは私ではなく隆二くんだった。軽く痛みが走ったのだろう。声が漏れたがすぐにその腕を払って鬼頭くんを退かせる。

 だがそれでも両者とも戦闘態勢のままだ。それを見て私は肩をすくめた。

 

「あらら。幼女って言われるのそんなに嫌いだった?」

 

「分かってて言うのですから麗さんは意地が悪いですね。そして、あなたがこの場を黙認すると言った以上、あなたもまたそれに巻き込まれることは当然承知していますよね? もし何かされても問題にはならないと」

 

「別にそれはいいけど本当に褒め言葉だったんだけどなあ……それに言われて怒るってことは自覚があるってことじゃ……」

 

「まだ、何か言いたいことがあるならこれ以上は警告では済みませんよ?」

 

 私が小さく呟くと有栖ちゃんがこれ以上続けるなら戦争だと脅してくる。別にやっても構わないとはいえ本気でこの場でやり合うのは色々と都合が悪いし引き下がってあげよう。

 

「はいはい。それじゃやんちゃな時間はもう終わりってことでそろそろお暇しようかな。それじゃあまたねー」

 

 そろそろ終わりの雰囲気を読み取ったので私は背中を向けてその場から去ることにする。軽く皆に手を振って別れの挨拶をすると並木道の方に戻った。多分続かないけど続けるならご勝手にということで。

 

「龍園はあいつを見つけ出そうとしているみたいだな」

 

 そして離れたところで隆二くんが横からそんな言葉を口にしてくる。

 隆二くんには前にDクラスの中じゃ綾小路くんがヤバそうっていう私の見解を聞いてるのもあって察しているのだろう。龍園くんの言うXが綾小路くんであることを。

 

「あいつとは誰のことですか? 高円寺六助ではないことは推測出来ますが」

 

 だが藍ちゃんの方は知らないので素直な疑問を口にしてくる。それに答えてあげてもいいけど、せっかくだから試してあげることにした。

 

「藍ちゃんは誰が怪しいと思う?」

 

「そうですね。実際に接触して調べてみなければ分かりませんが、龍園翔はあの場にいる面々を怪しんでいるようでしたね。その中でもクラスの表のリーダーである堀北鈴音と明らかに頭脳面が足りていない須藤健を除外するならあの場にいた残りの3人が怪しいことになります」

 

「じゃああの3人の中にXがいるって答えでオーケー?」

 

「更に候補を絞るなら勉強の出来る幸村輝彦と体育祭で見せた運動能力をこれまで秘匿していたと思われる綾小路清隆でしょうか。それに比べれば三宅明人は特筆すべきものは現時点ではないように見受けられますし」

 

「うんうん。なるほどねー」

 

 藍ちゃんの分析を聞いて中々にいい線だと私は満足する。絞りきれてないとはいえ候補の中に入っているだけでも十分な勘の良さだ。これならもう少し情報を開示するだけで辿り着けちゃうかもね。

 ただ綾小路くんを探すことが目的だとして、その先の龍園くんの打ってくる手は私にもまだ読めていない部分もある。次はその辺りの分析と理解が必要かな。場合によってはそれに介入するか、ちょっと観察してみたいところだし。

 

「それじゃそれが当たってるかどうか確かめるためにもしばらくは龍園くんの動きに注目だね」

 

「ああ」

 

「では坂柳有栖の方は一旦無視で構わないと? 一部怪しい動きをしているようにも見受けられますが……」

 

「警戒はするけど対応はまだしなくて平気かな」

 

 藍ちゃんの進言に私は頷く。今は有栖ちゃんよりも龍園くんだ。動きがありそうなのは断然そっち。有栖ちゃんの方はまだまだ下ごしらえを始めた段階でまだまだ打ってくる手は絞りきれないし対応するまでもない。良い具合になってきたら大きく動きを見せる筈だからその時にでもまた罠に嵌めればいい。

 後は綾小路くんだけど……そっちも、龍園くんに期待だね。

 ま、精々『理解』させてもらうことにしよう。私の番に備えてね。




今回はこんなところで。次回は龍園くんと綾小路くんだったり麗ちゃんも何かしたり。そろそろ強さも明らかになるかも。お楽しみに。

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