ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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アイドルと縁のある一般暴君の策略

 時任祐也にとって龍園翔は心底気に食わない相手だ。

 常に高圧的で人を見下す男。卑怯な手を使って人を陥れ、暴力で人を支配する暴君。

 そんな男のことを好きになれる筈がない。

 だがCクラスの生徒は龍園に屈した。

 入学して間もない頃は石崎に小宮に近藤といった喧嘩自慢も反抗し、頭の回る金田や一匹狼の伊吹に争いを好まないアルベルトも皆龍園に反抗していた。

 だが今ではその全員が龍園に従っている。クラスの連中を顎で使う暴君の誕生だ。

 そんな状況に、龍園に、ずっと不満を抱えていた。

 

 ──だからこそ話を持ちかけられた時はチャンスが巡ってきたと素直にそう感じた。

 

 その相手は自分の不満、反抗心を見抜いた上で龍園が気に入らないのなら自分に情報を下ろすスパイにならないかと提案してきた。

 上手く働いてくれればAクラスに引き抜くという報酬付きでだ。

 ……正直、クラスを裏切るような真似をするのは少し抵抗があった。幾ら龍園が気に入らないとはいえクラスを陥れる手伝いをするのは本望ではない。

 だが龍園を引きずり下ろすには龍園に失態を演じさせる必要があるのもまた事実。

 だからこそ俺は龍園を失脚させるために手を組んだ。Aクラス行きの切符をもらうことは一先ず置いといて龍園を引きずり下ろすことだけをまず考えた。

 そして龍園の情報を送ってやった。クラスの内情に戦略。そういった情報を送って役立ててもらう。そうして龍園が敗北させてクラスの目を覚まさせてやると。

 しかし、どうにも動きは鈍かった。

 契約を結んで半年以上経っても指示はたったの1回だけ。それ以外は何もなかった。

 だからこそ俺は自分から動くことにした。体育祭を終えてから龍園が戦略をクラスに下ろさなくなったこともある。

 これじゃ碌な情報は得られない。

 なら自分から龍園に近づいて情報を得てやることにした。

 体育祭が終わってから偶然手に入れたとある写真を利用し、俺はスパイを見つけ出した功績を上げて龍園に近づくことに成功した。

 スパイに仕立て上げた野村には悪いことをした。特に暴力を振るってしまったことは思うところもあったが、それも指示を出してきた龍園のせいでもある。

 いずれ龍園を失脚させた後に謝ればいい。今はとにかく龍園の情報を送って龍園を失脚させることだけを優先することにした。

 

 そして遂にチャンスが来た。

 

 龍園がDクラスのXを見つけ出すために遂に動く。

 相手は軽井沢というDクラスの派手な女子。なんでもその軽井沢がXと繋がっているからとこれから軽井沢を追い詰めるらしい。

 俺は即座にその情報をあいつに送った。そして俺は龍園に呼び出され、石崎、アルベルト、伊吹と共に学校の屋上へと向かった。

 1つしかない監視カメラを塗りつぶして証拠を出させないようにした龍園は軽井沢をメールで呼び出し、Xのことを喋らなければ軽井沢が過去虐められていた事実を学校中に暴露すると軽井沢を脅した。

 ……心底胸糞悪いものではあったが堪えることにした。もうすぐ龍園を陥れることが出来る。それまでの辛抱だと自分に言い聞かせた。

 だがその風向きが変わったのは石崎が水を入れたバケツを持って戻ってきた時だった。

 また龍園が碌でもない仕打ちを軽井沢に行うのだろう。そう思った時だ。

 

「時任。おまえが軽井沢を吐かせろ」

 

「……何?」

 

 俺は耳を疑った。

 俺が……軽井沢を吐かせるだと? 

 

「聞こえなかったか? 軽井沢にXのことを吐かせろと、そう言ったんだ」

 

「っ……何で俺が……自分でやればいいだろ」

 

「おまえは俺に忠誠を誓ったんじゃなかったのか? だったら俺の命令も聞けるはずだ」

 

 何をふざけたことを。おまえに忠誠を誓ったことなんて一度もない。

 だが表向きにはそうだ。龍園の言っていることに間違いはない。

 俺は龍園に近づくために手を染めたのだ。野村のことも殴った。汚れ仕事を買って出たのだ。

 俺は少しだけ迷いながらも屋上のカメラを見る。証拠は……出ない。

 仮にここで俺が龍園の命令に従って軽井沢に水をぶっかけたところで問題にならないはずだ。龍園のことは心底気に食わないが、暴力や卑怯な手を隠蔽する能力は確かだと思ってる。

 軽井沢も話を聞いている限り、おそらくだが虐められていた事実を話されることはここでのことを暴露するよりも痛みを負うことだろう。多分、話すことはない。それに自分は龍園の命令でやるだけだ。責任の多くは龍園にある。そう思った時には──。

 

「……分かった」

 

 俺は短くそう答えていた。

 石崎の持ってきた水入りのバケツを持ち上げる。

 こうすればいいということは皮肉にも理解出来てしまった。龍園のやり方をこれまで見てきたからこそ。

 

「な、何を……」

 

 軽井沢が怯えた。

 その直後に俺は彼女に頭から水をぶっかけた。

 あまりのショックに崩れ落ちる軽井沢。

 身体を震わせる彼女に俺は質問する。

 

「……Xの正体を吐いてくれ。そうすりゃこんな悪夢もすぐに終わる」

 

 過去の虐めがフラッシュバックしたのだろう。軽井沢が更に怯える。

 だが軽井沢は口を割ろうとしなかった。

 

「……仕方ないな」

 

 だから俺は水をかけ続けた。龍園の命令に従い、軽井沢の口を割らせるため。

 

 ──背後で悪魔が笑っていることにも気づかずに。

 

 

 

 

 

 オレがグループと別れ、茶柱先生と堀北兄とのやり取りを終えて屋上に向かうと、そこには少しだが驚く光景が広がっていた。

 

「あやの、こうじ……?」

 

 伊吹が最初に声を出していたが、それよりもオレには気になることがある。

 その場で軽井沢の1番近い距離にいるのが時任祐也という以前にも見た龍園の新たな側近の1人であること。

 そしてその足元。ズボンが濡れていることだ。おそらく軽井沢に水をかけたのは時任なのだろう。

 いや、主に軽井沢に尋問したのも時任か。軽井沢が、思ったよりも恐怖を感じていない。その瞳はオレが来たこともあるが輝きを完全には失っていなかった。

 これが龍園であればこうはいかないだろう。だからこそ、オレは龍園がこちらの期待を完璧に応えてくれたことを察した。

 龍園もまたオレを見て口端を吊り上げた。龍園が想定する展開の中で、最も歓迎するべきパターンになったのだ。無理もないだろう。

 

「これはこれは、誰が来たと思えば。いつも鈴音にくっついて回っている綾小路じゃないか。冬休みに入った人気のない屋上になんの用だ?」

 

「軽井沢からメールを貰った。助けて欲しいってな」

 

 そんな具体性のない言葉で答えると龍園は軽井沢に、正確には時任に近寄った。

 その時任も、石崎や伊吹と同じように現れたオレにだけ注目している。

 だが龍園の最初の狙いは、生憎とオレではない。

 

「そうだったか。なら好都合だ」

 

「あ……? 龍園、何を……ぐっ!」

 

 龍園は突然、時任の髪を掴んで引きずり倒す。

 不意の痛みと衝撃で声を出した時任はそこで龍園から意外な言葉を耳にした。

 

「おい時任。おまえ軽井沢に何をしてるんだ? 誰がそこまでやれと言った」

 

「は……? 何を、言ってやがる……! これはおまえが命令したことだろ……!」

 

「俺は軽井沢を吐かせろと言ったんだ。水をぶっかけてやれと命令した覚えはないな」

 

「何だと……?」

 

 状況が飲み込めずに上手く言葉が出ない時任。

 そんな時任に龍園は構わず告げる。

 

「軽井沢を解放してやれよ。あまりにも胸糞悪くて放心しちまったがこれを見過ごしてやるわけにはいかねえな」

 

「っ……だから何言ってんだ……! そもそもおまえが……!」

 

「クラスを裏切っただけじゃなく暴力に虐めか? とんでもない悪党がいたもんだな時任」

 

「なっ……!」

 

 今度こそ時任の表情が驚きに染まる。

 クラスの裏切りもの。それが意味するところは明白だ。

 

「何を驚いてやがる。まさか気づかれないとでも思ったのか? おまえが麗のスパイ。Cクラスにいるもう1人のユダだってことはとっくの昔に割れてるんだよ」

 

「っ……何を、言ってんだ……そんなわけ……スパイは野村だって結論で落ち着いただろ! 龍園、おまえも納得してただろうが!」

 

 時任は酷く動揺していたようだが、それでも龍園に対する反抗心からか、負けじと言い返す。

 だがそれがもう語るに落ちていることに時任は気づいてない。そのタネを、龍園は説明する。

 

「ど、どういうことですか龍園さん。時任のヤツが裏切り者なんですか?」

 

「ああ。こいつは間違いなく裏切りものだ。体育祭で俺の語った戦略を録音して麗に流し、野村を裏切り者に仕立て上げてこの俺に近づこうとした。麗により深い情報を流すためにな」

 

「で、でもあの写真は……」

 

 石崎の口から出てきた写真という言葉に俺は推理する。時任は野村という生徒をスパイに仕立て上げた。その証拠がおそらく写真なのだろう。口ぶりから察するに南雲と2人で写っている写真か。

 そしてそれを入手、そして流したのも──。

 

「あれは俺が入手して流してやったものだ」

 

「な、なんだと……?」

 

 そう。龍園が自分で入手し、時任に流したもの。

 だがそれをするに当たって幾つか乗り越えなければならないものもあるが、それも龍園はクリアした。俺はあえて、そこで口を挟むことにした。

 

「つまり野村も全部分かった上での演技だったってことか」

 

「は、はぁ? どういうこと……? なんであんたが、そんなことまで分かるわけ……?」

 

 伊吹がこちらを見て困惑する。オレがこの場に現れたことと龍園が突然時任が裏切り者だと口にした流れに未だついていけていない。

 だがそれも無理もないことだ。この場で、それを理解出来ているのはオレと龍園の2人だけ。

 その龍園がこちらに回答権を渡してくる。

 

「おまえも気づいてたのか?」

 

「いや、推理しただけだ。オレの知る由もない情報もあったからな。とはいえ、それも今はほぼ埋まったが」

 

「そうかよ。だったら答え合わせといこうぜ。俺の計画を言い当てたならおまえが俺の探し求めるXだって証明にもなる」

 

 周りが理解に躓く中、オレは龍園の求めに応じて答えを口にする。

 

「まず、その野村と南雲が写った写真は体育祭以前に撮らせたものだろう。南雲の情報を得るため。そのためにクラスの生徒か……あるいはポイントを使って入手したか」

 

「クク、人の気配や視線に異常に敏感なあいつがそう簡単に写真を撮られるか? 普通にやれば気づかれるのがオチだ」

 

「それでも付け入る隙はある。特に南雲は有名人だからな」

 

 そう。幾ら人の気配に敏感とはいえ、写真の一枚くらいなら撮ることも不可能じゃない。最初から尾行する気でいる相手なら気づくことも容易だが、偶然通りがかった人間が有名人である南雲を写真に撮るということは十分に起こり得る。

 

「如何に人の気配に敏感だろうとその全てを警戒することは出来ない。やましいことなんてない時は特にな」

 

「クク……まずは1つ、正解だな。俺は無人島、そして干支試験の後、あの女の情報を得るためにポイントを使って探らせた。その中で手に入れた成果の1つがあの野村と麗が2人で写っている写真だ。それを幾つも仕込んでやったんだ。時任が気づくまでに何度もな」

 

「あの写真が……おまえが撮らせたものだと……!? それで俺に利用させた……!? くっ……ふざけるなよ……! そんなこと、出来る筈が……!」

 

「俺とおまえじゃ頭の出来が違うんだよ時任。裏切り者探しが始まった時、おまえはそれから逃れる方法を探したはずだ。そして俺がクラスの連中に戦略を口にしなくなればおまえは麗に情報を送ることも出来ない。そのために俺に近づこうと必死になって考えた結果、おまえは裏切り者をでっち上げる作戦を思いついた。もしくは、俺がネットに上げてやった写真を見つけて思いついたか?」

 

「っ……」

 

「クク……おまえが俺の狙い通りにまんまと野村を裏切り者として密告してきた時は傑作だったぜ。雑魚は雑魚なりに大人しくしてりゃいいのに欲を出しすぎた。麗に指示を仰いでればこうはならなかったのによ」

 

 龍園はこちらに正解を告げ、そして時任に頭脳面での実力差を見せつけると続けて先程のオレの言葉の真意を口にする。

 

「もっとも、その写真自体にやましいことは1つもない。野村と2人で遊んでいただけ……ファンサービスの一種ってとこだろうな」

 

「で、でも野村は自分がやったって言ってましたよ」

 

「嘘の自白をしたことにも何の不思議はない。なにせあれは俺が言わせたんだからな」

 

 石崎が質問の答えを受けて再び驚く。そう、それもまた龍園の仕掛けだ。

 体育祭での結果を経てスパイを見つけ出すため、そしてスパイを嵌めて南雲の手を止めるための作戦だ。

 その標的である時任を龍園は見下ろす。

 

「クク、なあ時任。おかしいとは思わなかったか? なんで野村が、自分がやったと白状したか。あいつは本当は裏切り者じゃない。それなのに、どうして口を割ったのか」

 

「っ……それ、は……」

 

「俺に脅されてそれから逃れるためだとでも思ったか? クク、確かにな。幾度となく責め苦を受ければそれから逃れるために嘘の自白をしてしまうなんてことはありえないとは言い切れない。気の弱い野村ならそうなることも十分考えられるかもな」

 

 嘘の自白を強要させる事例は確かに現実にも起こり得る話だ。執拗な尋問によって相手の精神を追い詰めて疲弊させる。その上で何度もおまえがやったんだと言い聞かされればその状況から逃れるために嘘の自白をしてしまうこともあるだろう。

 だがもちろん龍園はそんなことはしていない。これはもっと単純な手だ。

 

「野村もまたポイントで動かしたか」

 

「そうだ。綾小路の言う通りだぜ時任。おまえを嵌めるためにポイントを払って裏切り者を演じさせてやった。おまえに殴られるかもしれないことも承知の上でな」

 

「っ……最初から気づいてたってのか……?」

 

「真鍋を見つけ出した時には同じくおまえにも気づいてたぜ。必死にバレないように動揺を抑えてるおまえの顔を見て笑いを堪えるのに必死だったくらいだ」

 

 龍園の洞察力もまた並大抵のものではない。恐怖を与えた上でそこから生じる動揺を見れば探し出すことはそう難しくなかっただろう。

 そして気づいた時点で罠を張ることにした。

 

「……あの時に気づいてたのならなんであの時に指摘しなかったわけ? あんたなら、その場で吊し上げて真鍋みたいに事情を吐かせることだって出来たでしょ」

 

「それだけだと裏切りを完全に止めることは出来ないからな。特にこいつは真鍋と違って多少は度胸がありやがる。俺への反抗心もな。それに敬意を表して念入りに潰してやることにしたんだよ」

 

 そうしてこの時に、オレを探し出す戦略に時任も組み込まれたのだろう。

 オレと南雲。そのどちらにも意味のある1手を見事打ってみせたわけだ。

 

「軽井沢を責めさせたのもそのためか」

 

「俺の考えを理解してくれているようで嬉しいぜ綾小路。そうだ。この時任はこの屋上で軽井沢に冷水をぶっかけた。こんな虐めが許されるわけないよな?」

 

「だからそれは……おまえに命令されたことだろうが!」

 

 龍園の言葉に時任が吠える。

 だがそれを聞いても龍園は笑みを崩すことはない。時任の動揺を十分楽しんだ上で返答を口にする。

 

「俺は一言も命じた覚えはない。軽井沢を吐かせろとは言ったがな。そうだろ石崎」

 

「え……あっ、い、言われてみれば確かに……水をかけろとまでは言ってなかったような……」

 

「な、何だと……!?」

 

 そう、龍園は一言も命令していないのだろう。具体的なことは何1つ。

 あえてそうなるように言葉を選んだ筈だ。それを龍園は丁寧に時任に教えてやる。

 

「野村に暴力を振るった時もそうだ。おまえは俺の言葉を勝手に解釈して野村を殴ったな。俺が止めてやったから良いものの野村は随分と痛そうにしてたぜ。可哀想にな」

 

「だからそれは、いつものおまえのやり方だろうが……! だから俺も、おまえの命令に従ったんだろ!」

 

「それはおまえの勝手な解釈に過ぎない。俺が一言でも具体的な命令をした証拠でもあれば別だけどな」

 

 そしておそらくその証拠を時任は持っていない。それは時任のその表情が言外に教えてくれる。この感じからして南雲の指令を受けてのことでもないだろう。南雲であれば、それを見越して時任に注意をすることも出来たはず。

 だが勝手に動いた時点で南雲は時任を見限った。そしてそれは、龍園の仕掛けが効果的であったことを示している。

 

「だがおまえが野村を殴った証拠はその気になればいつでも取り出せる」

 

「っ……俺が殴った証拠だと……!」

 

「クク、俺が暴力を辞さない人間だからと感覚が麻痺してるんじゃないか時任。あのカラオケBOXは別に監視の行き届いてない絶対の死角じゃない。むしろその逆だ」

 

 カラオケBOXを使ったのか。おそらく、そこは龍園が日常的に使用している場であるのだろう。

 そこは龍園がクラスの生徒を集めて作戦会議や、あるいは粛清を行う場所。それだけに、時任は安心を持っていた。この場所であれば殴っても問題ないという思い込み。

 だがそれは誤りだ。実際は、しっかりと中の映像は記録されている。

 

「あの場所で誰かを殴っても問題ないのはそれがクラス内の問題だからだ。クラス内で暴力事件が起こったところでそれを問題にする人間がいなければ問題にはならない。言ってしまえば、監視カメラなんてものは問題にする人間がその場にいなけりゃ何の効果も発揮しないんだよ」

 

 その通りだ。監視カメラは、何か問題が起こった時のために設置されているものに過ぎない。

 逆に考えれば問題にならなければ中身を精査する必要もないのだ。クラス内での暴力などもそれがクラスでの不利益になることを考えれば誰も問題にはしない。

 この学校においてクラスは運命共同体なのだ。自ら問題を申告してペナルティを受ける必要はない。

 だからこそ龍園はそれを利用してクラスを暴力で支配したのだろう。

 そしてその意識が時任を錯覚させた。ただ龍園の命令だからと暴力を振るえたのはそのためだ。時任を嵌めるため、あえて暴力を振るわせて問題を起こせる状況を作り出した。

 

「……でもそれが何になるのよ。時任が勝手に暴力を振るったことが事実でもそれを問題にしたらクラスが不利になるじゃない」

 

「クク、ここまで説明してもまだ分からないか伊吹」

 

 説明してもまだ理解出来ていないことをからかう龍園。伊吹は何か言いたげだったが何も言わなかった。龍園のその先の言葉を黙って待つ。そしてオレ以外に誰も理解出来てない周囲を確認してから語り聞かせた。

 

「もちろん伊吹の言うことは間違いじゃない、Cクラスの中での問題を公にするならそのペナルティはクラス全体で負うことになる。殴られたからとおいそれと学校側に言いつけることは出来ない。だがそれは、クラス内の問題であればの話だ」

 

「ど、どういうことですか?」

 

「考えてもみろ。時任は麗に誑かされてCクラスを裏切った。その見返りはなんだ?」

 

「それは……あっ、もしかしてAクラスに行くために必要なポイントですか? あの森下ってヤツを引き抜いた時みたいな……」

 

 石崎の出した答えに龍園は頷く。

 

「そうだ。クラスを裏切るからにはそれに見合ったメリットが必要になる。当然その対価はAクラス行きのチケットになるだろうな」

 

「そんなことが……時任てめぇ! 龍園さんを裏切りやがって!」

 

 ここに来てようやく状況を飲み込み始めたと錯覚した石崎が時任に激高する。今にも殴りかからんとする勢いだったが、それを龍園は止めた。

 

「落ち着け石崎」

 

「っ……でも龍園さん! こいつ俺達を裏切ったんすよ!」

 

「おまえの怒りは正当なものだが安心しろ。こいつはもう何の価値もない。ゴミ同然だ」

 

「何だと……!」

 

 龍園の言葉に今度は時任が怒りを見せる。

 だがその怒りを龍園は嘲笑った。

 

「クク……使い物にならなくなったスパイほど無意味なものはない。おまえもそう思うだろ綾小路」

 

「ああ、そうだな。この瞬間、時任は南雲にとって必要のない存在になった」

 

「だから……なんであんたには分かるのよ……!」

 

 伊吹が未だオレを龍園の探していた人物と認めていない。

 そのためオレは更に情報を開示しようと思ったが、先に龍園が口にした。

 

「こんなものは少し考えれば分かることだ。俺とは別の方法でスパイを無力化してきたヤツになら簡単なことだろ綾小路」

 

「そうだな。難しくはない。特にここまで説明されれば伊吹、おまえにも分かるはずだ」

 

「何よ……」

 

「時任がCクラスを裏切った。そして、Cクラス内で暴力などの問題を起こした。だがそれはCクラスにいる限り問題にはならない」

 

「それは分かってる。でも時任はAクラスに……あっ」

 

 そこで伊吹もまた気づいたのだろう。

 それを合図に龍園が再び口を開いた。

 

「そうだ。その手はもう使えない。正確には俺が使えないようにしてやった」

 

 今のこの状況がまさにそれを意味している。時任の目を見て龍園は脅すように告げた。

 

「もしおまえがAクラスに引き抜かれるようなら、俺は徹底的にそれを問題にしてやる。野村を殴った件とついでに軽井沢に水をぶっかけて虐めた件も合わせてだ」

 

「それ、は……!」

 

「クク、そうなりゃおまえは重大なペナルティを受ける。だが、事はそれだけじゃ収まらない。Aクラスに移動するならそのペナルティはAクラスが負うことになる。たとえおまえがCクラスにいる間に起こした問題であっても関係ない」

 

 時任もそうして理解したのだろう。顔が引き攣っていく。

 南雲が時任を見限った理由はそういうことだ。負債のある生徒を態々高いポイントを払って引き抜くはずがない。

 

「だからおまえはもう麗にとって役立たずなんだよ時任。勝手に動いた挙げ句に俺に嵌められて問題を起こしたおまえをあの女が拾い上げると思うか?」

 

「っ……クソ……!」

 

「クク。まあこっちとしちゃあ引き抜いてもらった方がありがたいがな。だが、おまえをこの期に及んで引き抜くほど麗は馬鹿じゃない。それは高望みってもんだ」

 

 龍園にしてみれば時任はAクラスに引き抜いてもらった方が都合が良いだろうが、南雲もまたこの結果に気づいて時任を見限った以上、そうなる可能性はまずないと見ていい。

 

「さて、これでスパイの件は本当の意味で片付いた。時任のヤツは後でじっくりと教育してやるとして……次はおまえの番だな綾小路」

 

 項垂れた時任から視線を外し、オレと正面から相対する龍園。

 そこまでの流れを見て、オレは時任の動きまで見越した龍園の策略を、称賛に値するものだと素直な感想を口にすることにした。

 

「さすがだな龍園。こうなった以上、時任と南雲の糸は切れたも同然。あるいはそれでもまたクラス内で不利益になる行動を取るにしても問題行動を引き合いにして脅すことも出来る」

 

「俺に称賛の言葉を浴びせる割には大して驚いていないようだな綾小路。おまえがこの場に来るにあたってこの状況は想定外だったはずだぜ」

 

 時任というAクラスのスパイを無力化したと判断した龍園は今度はオレに向き直ってくる。

 ここからが本番だとそう言うように。

 

「だが動揺した様子は一切ない。単に肝が据わってるだけかそれともこれも計算の内なのか、そろそろ確かめさせてもらおうか」

 

「さて、な。その質問に答えてやってもいいがその前に1つ聞きたい。おまえは軽井沢への仕打ちを全て時任に被せる気でいるがそれは想定が少し甘いんじゃないか?」

 

「ほう?」

 

「確かに時任が実行したことは確かだがおまえ達が罪を逃れられるとは限らない。監視カメラの壊れたこの屋上に軽井沢を呼び出して少なからず脅迫したんだろ? おまけに石崎に水を運ばせてもいる。それらは限りなく怪しい行動だ」

 

「怪しいだけで黒じゃない。それにこっちは時任の証拠だけは押さえてあるんだよ。仮に多少のペナルティを受けるとしてもより重い処罰を受けるのは時任の方だ」

 

 龍園が持つ携帯のカメラ。それにカラオケBOXでの野村の件も合わせれば確かに時任の方は証拠が存在する分、確実に処罰されるだろうが龍園達が罪を逃れられるかどうかはまだ決まってはいないことだ。

 

「それを目撃したオレや軽井沢が証言したとしたらどうだ? 時任は確かに軽井沢に水をかけるなりして酷い仕打ちをしたが、それは龍園の具体的な命令によるものだったと証言したらどうなる。怪しい状況に加えて被害者の証言まで加わるとなればおまえ達が罪を逃れられる可能性は限りなく少なくなる」

 

「もしそうなれば刺し違えるつもりで俺はお前の存在と軽井沢の秘密を学校中に暴露してやるよ」

 

 やはり龍園にとってのカードはそれか。

 悪いがそれは使えなくさせてもらう。

 

「それでも構わない。そう言ったら?」

 

「……あ?」

 

 オレは龍園にその事実を教えてやる。

 龍園にとってこのパターンは想定される1番良いものだったはずだが、そうではない。

 龍園にとっての最良はこの場合、オレがこの場に現れないことだった。

 オレの正体を龍園が知ったところで龍園は喜ぶが、こちらとしてはすぐには問題にならない。

 

「もしオレや軽井沢が証言するならおまえの南雲封じの手も水の泡だ。一度問題にしてしまえば二度とその手は使えない。時任にかかった首輪が外れることになるぞ」

 

 もちろん一度スパイとバレた以上動きは制限されるしそうなったらそうなったで龍園は時任を更に厳しく追い詰めるだろう。暴力も当然使って徹底的に時任の反抗心を折りに行くだろうがそれでも時任が反発しない保証はない。

 南雲が再び時任を使うかどうかも未知数ではあるとはいえ、龍園にとってはここまでして仕掛けた作戦を潰されクラスに不利益が出ることになる。

 こちらが泣き寝入りする前提の作戦だ。それをいつでも崩せるということをオレは教えた。

 

「なぜおまえが麗の味方をする? まさかおまえまで使われてるんじゃないだろうな」

 

「そうじゃない。勘違いしているようだから言っておくが、それを実行するかしないかはさておき、そうすることも出来るという話だ」

 

 そして当然だが、オレにとっては時任は使えなくしておいた方が都合がいい。

 だからその選択を取る可能性は限りなく薄いが、そうすることも出来るということが重要だ。

 オレにとっての都合と龍園の都合は別だ。

 加えて時任についての証言と軽井沢とオレの正体についてもまた別の話。

 ここで起きたことを暴露するということは時任の件は関係なく龍園達にとって不利になる。さっき龍園はクラス内にいる限りは問題にならないと言ったが、それは同じクラスの中での話であってオレ達がCクラスの蛮行を公にしたところで問題が生じるはずもない。

 無論、その行動はオレの正体や軽井沢の過去も明らかになってしまうというデメリットも内包している。

 

「……クク」

 

 そしてその意味に龍園が気づかないはずもない。

 

「確かに片方が秘密を暴露すれば戦争が始まるかもな。それは認めてやるよ」

 

 それを認めながらも、龍園はその選択肢を選ばないだろう。

 自らの楽しみのため。

 そして龍園が最も信頼を置く『暴力』という実力。それを振るうために最適な場が今出来上がった。

 

「何が起ころうとも、この場で泣き寝入りするしかないのさ」

 

 アルベルトが屋内に続く扉を閉めたことで完成する。

 

「おまえの無様な姿を目に焼き付けて、それで手打ちにしてやるよ。三学期からは坂柳の調理に入るからな」

 

 そうして龍園は暴力でこちらを屈服させようとしてくる。

 だがこの展開。これから起きることも全て、オレは想定していた。

 

「確かに人は暴力の前には屈する。その理屈は分からなくもない。ただ、その理論を貫き通すには常に相手の力量を上回る必要がある。そのことを分かっているのか?」

 

「あ?」

 

 だからこそ結論として、何も問題がない。

 

「この場にいる4人だけじゃ、オレは止められない」

 

 そして()()()()()()()()()()()()南雲の方も手は打っている。

 今オレがやるべきことは1つ──龍園を『暴力』で倒すことだけだ。




次回はバトル回です。お楽しみに。

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