二学期最後の日。冬休みに入った生徒たちは長期休暇を楽しむために学校を後にする。
そんな中で、私はあえて校内に残っていた。
「南雲。そろそろどこへ向かうのか。それと目的を教えてくれ」
隣には隆二くんも連れて来ている。万が一の時のボディガード。そして見張りとして使える人員は用意した。状況によってどちらにも使い分けられる。
もっと多くの人数を用意しても良かったがそれだと大事になりすぎる。私が直接裏で動く時は人員は最低限でいい。
私は周囲に人の気配が完全にないことを理解した上で隆二くんに説明する。
「これから向かう先は屋上だよ。目的は、綾小路くんと龍園くんの戦いを観戦しに行くこと」
「屋上に……しかも綾小路と龍園の戦いだと? それは本当の話なのか」
「うん。Cクラスに忍び込ませてたスパイが教えてくれたからね」
もちろんそれだけじゃ信用しないけど直近の龍園くんの動きと照らし合わせてみればその信憑性は高くなる。十中八九間違いないだろうし、空振りだったとしても特に問題はない。ちょっと時間を無為にするだけだ。
「Cクラスにもスパイを忍び込ませていたのか……」
「でももう使えないけどねー。龍園くんにはもうバレてるだろうし」
つい先日、時任祐也くんから来たメールに『野村を裏切り者に仕立て上げて龍園に接近した』という事後報告のメールが来ていた。
私が全く指示を送らなかったことで業を煮やしてしまったのだろう。下手な動きをして龍園くんにバレたくなかったとはいえ、焦らしすぎたことを少し反省する。野村くんを裏切り者に仕立て上げたのはおそらく龍園くんの罠だろうし、それに引っかかったということは時任くんも使い物にならなくなっていることは想像に難くない。違反行動を取らせてその証拠を持っておくだけでも何も出来なくなる。幾ら龍園くん憎しと言えども自分の身を犠牲にしてまで龍園くん下ろしを実行する度胸まではないだろうしね。
「ならこれからその戦いに割って入るのか?」
「まーそれは流れ次第かな。いきなり戦いに乱入してみるのもありだけど、とりあえずは2人の戦いを見届けようとは思ってるよ」
「覗き見でもするつもりか。……上手くいくのか?」
「覗き見じゃなくて堂々と乗り込むつもりだよ。その後は適当に流れで2人に戦いを続けてもらう。交渉でも何でもしてね」
隆二くんの疑問に答えてあげるが、肝心なところはまだ言わない。
一応流れとしては単純なものだ。違反行為や隠したいことがある2人を脅しつけるだけでいい。
戦いを続けてくれるなら私は何もしないし屋上で起きたことを誰かに話すこともしない、とでも言えば状況にもよるが一考の余地はあるだろう。
それでも引くか、あるいはこちらも戦いに巻き込んでくるかはまた未知数だがそれはアドリブでいい。どちらにせよ私にとってはメリットがある。
綾小路くんの実力を更に理解出来るか、それとも2人の弱みを握れるか。私としてはどっちでもいい。
あるいはその想定を更に超えてくるならそれはそれでよしだ。綾小路くんにしろ龍園くんにしろ理解が進む。楽しめるし成長出来る。私にとって良いことしかない。
「いざという時は隆二くんにもボディガードとして働いてもらうから覚悟しといてね。今回は本当にそういうことが起きる可能性が高いから」
「……分かった。覚悟しておく」
隆二くんの覚悟完了の返答を聞きながら私は屋上へと続く階段の近くまでやってくる。後は上るだけだ。
私にとっての楽しみがすぐそこに待っている。私は胸の高鳴りを自覚しながら階段を上ろうとして、そこで気づく。階段の踊り場で待ち受けていた1人の生徒に。
互いに相手を認識し、目があったところで私はにこやかに挨拶することにした。お世話になった先輩を無視することなんて出来ないからね。
「こんにちは堀北先輩」
「──南雲麗。それに、神崎だったか」
「堀北、元生徒会長……」
その意外な人物を見て隆二くんは素直に驚く。
対して堀北先輩は全く動じていない。足音でこちらに誰かがやってくることには気づいただろうが、どうにもそれだけには見えない。私がやってくることも可能性の1つとして想定していた、そんな推理が私の頭によぎる。
だけど堀北先輩は読みにくい方だからね。実際のところはまだ分からない。それを確かめる意味でも私はにこやかに話しかけた。
「こんなところで奇遇ですね。ここで何をしているんですか?」
「おまえ達こそここで何をしている。屋上に何か用でもあるのか」
「いやいや質問に質問で返さないでくださいよ堀北先輩。でもまあ答えておくと、ちょっと逢引でもしようと思ってるんです」
「おい南雲……それは……」
軽く隆二くんの手を取って言ってみる。隆二くんは少し困惑していたが、さすがに方便であることに気づいたのだろう。それ以上は何も言わない。
だがその程度で堀北先輩の目を誤魔化せるはずもない。即座に指摘してくる。
「そうは見えないがな」
「決めつけないでくださいよ。ちょっと内緒のお試しデートなんです。プライベートのことなので詮索はなしでお願いしますよ」
「屋上に行くよりももっと有意義な場所があると思うが? 再度聞くが、屋上で何をするつもりだ」
「エッチなこと……なんて言ったらどうします?」
「不純異性交遊は禁止されている」
あえて揺さぶり目的でそう言うも全く動じることはなかった。さすが堀北先輩。この人こういうの全く通用しないんだよね。
でもまあ分かってたことではあるのでこちらからも訂正しておく。
「もちろん冗談ですよ。ただ、目的が何であれ堀北先輩にそこを通せんぼする権利はありませんよね? この学校の屋上は常に開放されています。そのことは当然、堀北先輩も理解しているはずですが……」
「権利を行使しているわけではない。ただ俺個人の意思としてこの先に誰かを行かせることを阻止しているに過ぎない」
建前などは一切口にしない。ただ冷静に粛々とこの行動は自分の意思でしかないと口にする堀北先輩。
これが有栖ちゃんや龍園くん。雅兄とかだったらこういう言葉での小競り合いにも乗ってくれるんだけどね。つくづく遊びのない人だ。そういうところが堀北先輩の強さとも言えるけど。
「そうですかー。でもそれって結構問題じゃありません? 教師に言いつけても良いんですか? 堀北先輩が屋上を封鎖してるんでなんとかしてくださいって」
「教師を呼ぶことはおまえにとっても都合が悪いはずだ南雲麗」
「だから教師を呼ぶはずがないと? 別に後から問題にしてもいいんですよ? 監視カメラだってありますしね」
「おまえが問題にしたいのなら後日、改めて争っても構わない」
学校側に言いつけて問題にしてやるぞと脅しをかけても堀北先輩はやはりと言うべきかそれで動じることはない。まあこれを学校側に言いつけて問題にしたところで注意で終わる話だ。
なので堀北先輩は強気ではあるけど……それはこっちが強引な手段を取るまでの話だ。
「なるほどなるほど。強気ですね。まあ確かにこれを学校側に言いつけたところで大したことにはなりません」
私はそれを認めながらも続きを口にする。堀北先輩を真っ直ぐに見つめながら。
「でも……もし私が、堀北先輩が守るそこを強引に通り抜けようとしたらどうします?」
「おまえはどう思う南雲麗。おまえがその行動を取った時、俺がおまえを止める手があると思うか?」
私が問いかけたのにまた質問で返してくる堀北先輩。こういう返しは堀北先輩にしては珍しいことだ。雅兄とのやり取りも何回か見てるけどこういう試し方はあんまりしないからね。
堀北先輩の意外な振る舞いに、私は少し考える仕草を取りながら答える。
「そうですねぇ……まさか堀北先輩がこんな場所で可愛い後輩の私に暴力を振るうわけもありませんし……正直なところ確実な手は思いつかないです。強いて言うなら、交渉、ですかね」
あるいはこうやって言葉での時間稼ぎによって事が終わるまで持ち堪えるかだが、そんな不確実な手を堀北先輩が頼みにすることはない。
となれば交渉だろう。私が屋上に行かない代わりに何か交換条件を持ち出してくる。
私の選択に委ねる手とは言え、止める手立てがあるとすればそれだ。なのでそれを口にすると堀北先輩は正解だと言うように頷いてみせた。
「その通りだ南雲麗。おまえと交渉がしたい」
「へえ? 堀北先輩からの交渉を持ちかけてくるってなんか面白そうですね。なので時間稼ぎだとしてもあえて乗ってあげますよ。私が屋上に行かない代わりに、堀北先輩は何を提供してくれるんですか?」
「綾小路清隆の情報。おまえが求めるのはそれだろう。ならば、交換条件として差し出すものもまた同等の対価であるのが望ましい」
そう言って堀北先輩は階段を降りてくる。ただ決して隙は見せない。私が横を強引に通り抜けようとすれば、多少手荒になっても止めることくらいはしてくるだろう。
まあそうしてもいいが、もう少しだけ付き合ってあげることにした。綾小路くんほどじゃないけど堀北先輩にも興味はあるし、生徒会の後輩としてお世話になった先輩でもある。一応条件を聞いてあげようと私は耳を傾けた。
すると堀北先輩は右の人差し指で眼鏡を軽く上げる。そして口にした。
「だから俺が差し出すのもまた綾小路の情報だ」
「……なるほど。たしかに、それなら等価かもしれませんね」
私が綾小路くんの情報を収集していることを理解しているようで何よりだ。否定しても良かったが、話を逸しまくるのも時間が潰れるだけなので否定せずに同意する。その上で異論を口にした。
「ですが情報と言っても何を差し出すつもりですか? もうほぼ確定したので言いますが屋上にいると思われる綾小路くんを直接目にすること以上に有益な情報を堀北先輩は持っているとでも?」
そんなものがあるのかと試す意味で質問する。なければ押し通るだけだ。
なので私は99%押し通ることになると思ったが、堀北先輩はそうじゃないらしい。階段から廊下まで降りてきた上で私の質問に答えてくる。
「屋上にいる綾小路、か。仮にそれが事実だとしてもおまえが求める綾小路の実力を綾小路が見せる保証はどこにもない」
「その辺はどうにでもしますから心配しないでください。それよりもはぐらかさないで答えてくださいよ。先輩が持っている情報ってのは何でしょうか?」
「はぐらかしたつもりはない。これはただの事実だ南雲麗。おまえが屋上に足を踏み入れた時、綾小路は戦うことを中断するだろう。そうなれば俺がここを通すか否かに関わらず情報を得ることは出来ない」
堀北先輩の言葉を耳を通して脳みそで理解し、そして即座に否定する。まさか。そんな展開……と考えながらも疑問を口にする。
「……やけに言い切りますね。まあそれが仮に綾小路くんからそうするものだと聞かされているとして……そうだとしてもそうなれば綾小路くんとしても困るはずですし、戦っている相手の龍園くんとしてもそれは望まないと思いますがその辺はどうお考えでしょう?」
「俺は龍園翔と面識はない。だがそれでも一定の情報は得ているつもりだ。そこから推理するに、暴力を辞さない人間ではあるものの決して愚かではない人間であることは分かる。おまえが屋上に姿を現した上で綾小路から一時中断の申し出をされれば、おそらくそれを断ることはない」
「……なるほど。確かに、その可能性は十分考えられますね」
私は堀北先輩の言葉を耳にしながらも思考を続け、そして計算結果を弾き出す。結論として、堀北先輩の言うことは確かに起こり得ると。
ここまで具体的に口にする以上、まず間違いなく堀北先輩は綾小路くんから屋上で龍園くんと戦うことや、私がこうしてやって来た時に起こす行動のパターンを聞かされているだろう。
つまりここで堀北先輩が口にしたことは実際に綾小路くんが起こす行動だ。私が屋上に足を踏み入れれば、綾小路くんは決してその実力を見せることはない。
それどころか龍園くんと一時的に休戦して隠蔽を図るだろう。その上で、再度別の場所で再戦すればいい。私の邪魔が入らない場所でだ。
時任くんというスパイがバレてしまった以上、次に2人が戦う場所を探り当てられるかどうかは微妙なところだ。その気になれば夜中だろうが早朝だろうがこっそり外に出て戦うことだって出来る。
そうなれば私はそれを目撃することは出来ないし、なんなら勝負の詳細な結果を知ることも出来ないかもしれない。
今はまだ時任くんが屋上にいる。最後に彼を言いくるめて後から何が起こったかを聞くことも出来なくはない。
「理解したようだな。おまえが屋上に行くことは綾小路にとっても面倒にはなるが、それでも大きな問題とはならないことを」
「そうですねー……確かに、その通りかもしれません」
なるほどなるほどなるほど。よく考えたものだ。これなら確かに私が屋上に行く意味は薄いかもしれない。行っても無駄骨になる可能性が高い。
しかし……そうなってくるとまた疑問が浮かび上がってくる。
「ですが解せませんね。それならば堀北先輩がここで私を足止めする意味はないはずでは? 私が行っても問題ないのであれば通してしまえばいいですよね。それなのに、堀北先輩はリスクを背負ってまで私を止めている。おまけに交換条件として綾小路くんの情報をくれるだなんて。それだと情報を隠す意味がないと思いますけど? めちゃくちゃ矛盾してます」
そう。綾小路くんが、本気で私から実力を隠すのであればこの行動はちぐはぐとしか言いようがない。
私が屋上に来た時のための備え。想定したパターンの内、悪いパターンだったと考えれば辻褄も合わない訳じゃないが、それでもどこか気持ち悪さが残る。私を屋上に行かせないためとはいえなぜ情報を渡すのか。直接見られるよりはマシだとでも思ったのか? 私が屋上に行けば戦いを中断するつもりだとは言ったが、確実にそれが出来る保証はないから保険をかけたのだろうか。
久しぶりの理解の難しい問題に私は私にしては長考してしまう。あるいは私の考え過ぎか。私が万が一来た時のための苦し紛れの1手。そう考えるなら確かに矛盾はしない。
「迷っているようだな」
「……ええ。そうですね。一応答えは出ましたけどなんか気持ち悪さが残ってます。本当にこれで正しいのかどうか、ちょっと自信はないかもしれません」
堀北先輩の言葉に素直に思っていることを口にする。私にしては自信がない。私の頭は答えを弾き出しているのに、私の直感が何かズレを感じている。そのせいで私ともあろう者が久し振りにアイドルを忘れてしまった。
これではいけないと自分に活を入れる。幸いにもそれはほんの一瞬ではあったため特に問題はない。
「──ま、もういいかな。これ以上考えても仕方ないですし、とりあえずその情報とやらを聞いてもいいですか?」
「屋上に行くことを諦めるんだな?」
「さて、どうでしょう。どういった情報かを聞いた上で納得が行かなければ行くかもしれません。本当に綾小路くんがそんな手段を取るのか、確かめる意味でも行くのはありですしね」
私はその違和感を頭の片隅に記憶しておき、思考を中断して堀北先輩との交渉に戻る。その情報とやらが何か気になっていた。
あるいはその情報の内容によっては綾小路くんの真意が読み取れるかもしれないと、そんなことを思いながら堀北先輩の言動に集中する。
「安心していい。おそらく、おまえも納得するはずだ」
「それならいいんですが。それで、その情報とは何でしょう?」
「──こういうものだ」
私の質問に堀北先輩が答える。その瞬間に、堀北先輩の動きが素早くなった。
その瞬間、私は反射的に背後に飛び退く。そして間に、いや、最初から隆二くんが狙いだったか。隆二くんにあえてガード出来るように掌底を見舞った。
「ぐっ……!?」
「良いボディガードだ。技量はまだまだ未熟だが肉体の方はよく鍛えられているな」
ガードの上からでもそれなりの痛みと衝撃が走ったのだろう。隆二くんが苦しそうな声を出す。
私はその隆二くんの背後で堀北先輩を見つめた。笑みを限りなく薄くしながら。
「これはどういうつもりでしょうか堀北先輩」
「おまえの求めている情報。それを教えるつもりだ」
「この暴力行為がですか? 好意的に解釈しても堀北先輩の強さが分かるくらいで綾小路くんの情報には繋がらない気がするんですけど」
私はそう思ったからそう口にした。堀北先輩の真意を確かめるためにだ。
一応廊下の監視カメラが機能していることをちらりと視線を向けて確認しながら私は構えを取っている堀北先輩の答えを聞いた。
「俺は一度、非公式な場で綾小路と手合わせをしている」
「……へえ?」
「その時、俺は綾小路の実力を垣間見た。初見で俺のやることを全て見切り、難なく対処してみせた。あくまで俺の予感ではあるが、綾小路にはこういった腕っぷしでの実力行使を用いても通じそうにない。そう感じている」
堀北先輩の言葉に、私は笑みが復活していく。
なるほど、それが事実なら確かに面白い。
堀北先輩では綾小路くんには勝てないと、そう言っているようなものだからだ。
そしてそれはある1つの情報となりえる。私はそれを口にした。
「つまり、堀北先輩の実力を知れば綾小路くんの実力もまたある程度理解出来るはずってことですね」
「その通りだ。おまえの洞察力、理解力であれば屋上の結果と俺の実力を知ればある程度の概算を割り出すことが出来るだろう」
「確かにそれは出来ますけど、ね。そうだとしても中々面白いことを言いますね堀北先輩。先輩はこういう場所で暴力を振るうような人じゃないと思ってたんですけど」
「それは違う。確かに必要のない暴力を振るうことは決してないが、それが必要と判断すればその限りではない」
堀北先輩は表情をいつもの硬いものから変えないまま、しかし圧力だけを増した上でそう口にする。武道の有段者特有の圧力だ。それも相当な強さの。
「そしてこの場所には今、俺とおまえ。そして神崎の3人しかいない。おまえ達が許すのであれば問題にはならないことだ」
「問題にしてもいいけどそれだと私の望む情報は手に入らない。だから、情報が欲しければ堀北先輩と手合わせする必要があるってことですね」
「その通りだ。この場に神崎を連れて来たことも功を奏した。納得した上で遠慮なくかかってきて構わない」
それはつまり、多少の怪我も覚悟しろということだ。
それくらいでなきゃ堀北先輩の強さも理解出来ないし、綾小路くんの実力についても詳しいところまでは分からなくなってしまう。
私の理解力を読み取った上での堀北先輩の、いや、綾小路くんの提案、か。
「……話は理解した。南雲、俺なら構わない。納得したのなら遠慮なく命令してくれ」
隆二くんもその意味をきちんと理解した上で私に判断を委ねてくる。
その心意気は素直に嬉しいものだ。
だけど……残念ながら隆二くんでは役者不足だろう。
「うん。その気持ちだけで十分だよ隆二くん」
「……南雲?」
私は隆二くんの前に歩き出しながら隆二くんの戦ってもいいという提案を拒否する。
そして代わりに、私が堀北先輩と対峙した。その意味を、堀北先輩が理解する。
「……おまえが直接俺の相手をする。そういうことでいいのか南雲麗」
「はい。そういうことで構いませんよ」
私がそう言えば少し遅れて隆二くんも理解したのだろう。何か声に、私に危険だと進言しようとする。それを読み取り、言葉を発する前に私は先んじた。
「ごめんね隆二くん。気持ちは嬉しいけど……私がやった方が確実だからさ。ここは私に任せてもらうよ」
「っ……だが……堀北先輩の実力は並大抵のものじゃない。南雲が怪我をする可能性がある。それはクラスの一員として認められないことだ」
中々に優しいことを言ってくれるね。私じゃなければ惚れてたかもしれない。
だけど分かってないようなので言っておくことにしよう。隆二くんに配慮しながらも私ははっきりと口にした。
「大丈夫だよ。これでも私──結構強いから」
隆二くんよりも断然ね。
私は自信に満ちた笑顔。そして移り変わって真剣な表情を隆二くんと堀北先輩に見せつける。
その上で構えを取った。
日本の武道の基本は身体を半身に。そこからは流派によって少し違うが、私は手を開きながらも両手を上下に。
そしてその構えを見て堀北先輩は僅かに興味深そうに目を見開いた。
「ほう。柔道……いや、合気道か? 堂に入った構えだ。おまえも何かやっていたのか?」
「どうかな。その口ぶりから察するに、綾小路くんも何かやっていてはぐらかしたんじゃないですか?」
「フッ、そうかもしれないな」
そこで堀北先輩は僅かに笑みを見せる。綾小路くんのことでも思い出したか。否定もしない。つまりそれはそういうことだ。
「なら私もはぐらかしておきます。ネタバラシはつまらないですからね。同じ条件で相手してみますよ」
「面白い。なら精々受け止めてみせろ。綾小路のようにな」
その言葉と共に、堀北先輩は素早く私との距離を詰めてきた。
それと同時に振るってくるのは、肩の辺りを狙った手刀。
明らかな打撃に見えるけど狙いはそこから私を掴んで制することだろう。怪我を承知の上とは言ったものの酷い怪我を負わせる気はない堀北先輩の優しさであり試しともなるその攻撃。
とんでもなく速いし、一度掴まれたら私の力では抜け出せない。幾ら私が女の子にしては鍛えてると言っても鍛えた男の力には敵わないものだ。
だが見えないとは言ってない。私には、その動きが
受けるのは悪手。私にとっての詰みの1手だが、受けなければ問題ない。
「っ……!」
私は堀北先輩が右の手刀を繰り出すその腕を狙って捌こうとする。堀北先輩の懐に入りながらもその腕を引っ張って受け流そうとした。
だがそれを堀北先輩は読み取ったのか、僅かな驚きを感じさせる表情を浮かべるも腕を引っ込めると同時に鋭い蹴りが飛んでくる。いや速すぎる。女の子にどんなやばい攻撃してるんだと内心でツッコミを入れそうになるが、生憎とそんな余裕はない。
私は堀北先輩だけを視界に捉えてそれだけに集中した。その技の起こり。予備動作を私は決して見逃さない。
蹴りを躱しながらも次の動きを見た。手が伸びてくる。指が開いた。また掴みか。それは食らうわけにはいかない。
その攻撃を防ぎたいところだけど攻撃が鋭すぎて攻撃している余裕があんまりない。僅かな隙に、こちらも腕を伸ばして堀北先輩を掴んでやろうとした。
だけどそれもまた直前で危険な動きになる。私の動きを見た堀北先輩がその腕を取ろうとしてきた。なのでそれを直前ではたいて躱し、足裏を向けて蹴りで押すようにして堀北先輩との距離を離す。
「やるな」
「はぁー……お褒めに預かり恐悦至極ですよー。堀北先輩」
そうして距離が離れたところで堀北先輩から褒められる。
だけどそれを受けても素直に喜べない。久し振りにこういうことしたからちょっと疲れる。やらないことに越したことはないとはいえ、久し振りに鍛え直した方がいいかもしれない。目の前に良いコーチもいることだし。
「やはり武道を習っていたか。ところどころその影響が伺える上、反応も悪くない。良い目をしているな南雲麗」
「視力は2.0ですので。それと何かを習っていたことはないですよ。私はアイドル一筋なので。習っていたとしたら歌とダンスくらいです」
「その返しも綾小路と同じだ。明かすつもりはないということか」
なるほどなるほど。綾小路くんも正式に何かを習っていた訳ではないと答えたけど、堀北先輩が見る限りそうは見えないってことか。
ただそうなってくるとまた不思議だ。私みたいなアイドルになってからの人脈で学習出来た私と違って綾小路くんはそうではないだろう。嘘をついているだけで本当は正式な道場で習っていたのかもしれないが、事実だと仮定するなら……個人的な学習のみで習得したということになる。
教本や師の存在は必要不可欠だろうが、それを用意するだけなら道場などでなくても出来る。そういった武道の経験者を直接呼び出して指南してもらうだけでも出来ることだからね。
とはいえそれが出来るならやっぱり綾小路くんの家は結構なお金持ちということにもなるわけだけど……さすがにその想定はまだ行き過ぎだろう。
それよりも綾小路くんの強さについて私は推理する。
「堀北先輩でこれならどうやら綾小路くんの実力は想像以上みたいですねー。まあ、龍園くんとの戦いの結果も確認した上で計算する必要がありますけど」
「龍園の実力は知らないが、ただの腕っぷしの勝負であれば綾小路が負けるとは思えないな」
「なるほど。それほどですか。龍園くんと愉快な仲間達でも駄目だとしたら……確かにそれは堀北先輩以上ということになりますね」
この僅かな攻防だけでも堀北先輩が強いことは理解出来た。
だけどその堀北先輩でも龍園くんにアルベルトくんに石崎くんに伊吹ちゃん。4人を同時に相手にして勝ち切ることが出来るかどうかは微妙なところだ。一対一なら勝つとしても多人数を相手にして勝つのは相当な実力差がなければ難しい。数というのはそれだけ重要だし、龍園くん達も弱くないしね。実際私が相手にしても面倒だ。私は強いけど大きな制限もあるからね。ぶっちゃけ戦いたくはない。絶対一発は貰っちゃいそうだし。
「おまえの方もそれなりに出来るようだ。だが、それでも綾小路ほどではない。防御や回避の技量は目を見張るものがあるがな。身を守ることを優先するならそれで正しいが相手を倒し切ろうと思うならそれでは不十分だ」
おっとっと。さすが堀北先輩。すぐにバレちゃったね。
だけどまあ、それで問題ないのだ。対応出来るということに意味がある。
「それで良いんですよ。アイドルに暴力は似合いませんし。必要なのは、どんな状況であっても私自身の身を守ることです」
そう。アイドルに暴力は必要ない。
嫌いな相手を痛めつけて傷つけるようなそんな正当性のない暴力をアイドルは振るわないし、もしそれがしたくなっても必要なら人を使えばいいだけだ。何も自分でやる必要はない。
だけど自分の身を守るのなら話は別だ。
アイドルは常に危険と隣り合わせの存在。幾らボディガードや警備員に守られていると言ってもそれは絶対ではない。彼らがいない時、あるいは彼らが襲いかかってきた時に対処するに確実な方法は自らの手でそれを撃退することだ。
「何人足りとも私のことを傷つけさせない。
私の完璧な姿に傷をつけるような愚を
もちろん喧嘩となれば相手を倒した方が良いのは確かだが、相手を倒す代わりに自分が怪我を負うくらいなら無傷で引き分けに持ち込むか、他の手段を考えてそれを実行する方に力を使うべきだ。
私は龍園くんのような不良じゃない。皆の憧れである人気者のアイドルだ。
暴力を振るうことよりも大事なことがある。だからこそ、暴力を振るえるだけの力があったとしても、それをおいそれとは振るわない。
だからこそ、私は暴力で綾小路くんに勝てないことを理解する。そしてそう思った時には私は堀北先輩に礼儀正しく頭を下げていた。
「堀北先輩。有益な情報の提供、ありがとうございました」
「もういいのか?」
「今のだけで十分に理解出来ましたよ。どうやら綾小路くん相手に暴力で挑むのは分が悪そうってことが」
それでも数を集めるか不意打ちでもすれば可能性はあるだろうが、そこまでする必要もない。
暴力が通用しなくても出来ることは幾らでもあるのだ。
「ということで私は帰りますねー。さようなら堀北先輩。──ってことで行こっか隆二くん」
「……結果は見届けないのか?」
「ここにいなくてもそれは出来るからね。屋上に行けない以上、終わるまでここで待ってるのも時間の無駄だし、別のことでもして時間を潰すよ」
「……そう、か。いや、そうだな。屋上に行けない以上、ここで待つ意味はないか」
私は笑顔であっさりと堀北先輩にさよならの挨拶をすると背中を向けて歩き出す。隆二くんが若干屋上の方を気にして問いかけてくるもここで待つ意味はないと言えば大人しく納得して付いてきた。後で時任くんにでも聞けばいいしね。
それにあの龍園くんを綾小路くんが負かすなら、それはそれで少なからず影響が出るはずだ。その痕跡を探れば結果など容易に分かる。
屋上で綾小路くんと龍園くん達が戦ったという情報がある時点で推理することはそう難しくないのだ。
だからこそこの場に留まる意味は薄いとさっさと退散しようとしたのだが、そこで背中に声がかかる。
「南雲麗」
「何でしょうか? 堀北先輩」
堀北先輩だ。名前を呼ばれたので振り返って可愛い後輩としての笑顔で応えると、それに何の反応も見せずに堀北先輩は言った。
「綾小路と戦うつもりなら覚悟しておくことだ。あいつの実力は……未知数だ」
「──あはは。はーい。親切なご忠告に感謝しますねー」
綾小路くんの実力が、底知れないことを暗に匂わせるようなその発言に私はお礼を言う。
だけど、だ。そんなことは当然理解っている。
理解っているからこそ、私は挑むのだ。私の想定を上回る可能性のある相手に対して。
「隆二くん」
「何だ南雲」
「3学期からはDクラスに、綾小路くんに仕掛けるから覚悟しといてね」
「……了解した」
私は自身の決意を隆二くんに聞かせる形で決めると校舎を後にする。今日からは冬休みだ。ほんのちょっとの休暇の後、私は彼に挑み……勝って見せる。
──少しして、龍園くんが綾小路くんに敗北してリーダーを降りたことを知りながら私は改めて計画を練ることにした。混合合宿とその先に続く……綾小路くんに勝つための計画を。
これで龍園編は終了。次回からは冬休み編でその次は合同合宿。麗ちゃんVS綾小路の戦いが始まりますのでお楽しみに。
感想、評価、良ければよろしくお願いします。