ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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一般高校生とアイドルのデート

 12月24日。クリスマスイブ当日。

 世間のカップルが忙しなくも楽しい1日を過ごす日。

 一方でオレのような独り身は寂しい1日を過ごすことになる日だ。

 こういう時、独り身の男はどういった過ごし方をするのか興味が湧いていたオレだが、生憎と今日は約束が3件もある。

 そのうちの2件は男と会う約束だが、1件は女の子と会う約束を結んでいた。

 佐藤の件を除けば浮いた話1つないオレがイブに女の子と会うことになるとは、池たちに聞かれればどんな手品を使ったんだと問い詰められそうだが、その理由はなんてこともない。相手側から誘われて、オレが承諾したというだけだ。

 そのため用事を一通り終えたオレは昼過ぎにケヤキモールに向かった。

 待ち合わせはモール内にあるカラオケ。普段から生徒たちが多く利用するその場所はイブのその日も大勢の生徒が利用していることだろう。一見内緒で会うのに適していないようにも思えるが、個室であるという利点もある。そのため友達同士やクラスで内緒話をしたい時に利用する生徒もそれなりにいるようだった。

 オレは受付に待ち合わせだと言って中に入る。そうして指定された部屋を探していると──ふと女生徒と目があった。

 

「あ、来た!」

 

 そうしてこちらに駆け寄ってくる生徒に覚えは少ない。

 だが記憶はしていた。Aクラスの生徒の南方こずえ。

 夏休みに行われた無人島試験では最初のリーダーだった生徒だ。

 その生徒がオレを見るなりにやにやとした笑みを浮かべながら声を掛けてくる。

 

「綾小路くん、だよね?」

 

「ああ。そうだが……」

 

 オレは言葉を迷わせる。約束していた相手は南方ではない。

 だが約束の部屋の近くに南方はいた。そして今も、その部屋に先導しようと歩き出す。

 半ば答えを理解しつつもオレはそこで待ったをかけることにした。

 

「待ち合わせだよね。それじゃこっちだよ」

 

「ちょっと待ってくれ。オレは……」

 

「大丈夫大丈夫。話は聞いてるからさ」

 

 舞い上がっているのか少し楽しそうにオレの言葉を無視して部屋へと向かう南方。

 オレは観念してそれに大人しくついていくことにする。目の前にあった扉を南方が開けると、そこにいたのは待ち合わせ相手だけではない。それなりに大勢の女子。

 

「あ、こずえちゃん」

 

「みんなー! 綾小路くん来たよー!」

 

 少し広めのカラオケボックス内に、Aクラスの女子生徒が4人も存在した。

 南方も合わせれば5人。先程までそれなりに盛り上がっていたのか、テーブルの上にはドリンクに軽食にマイクが複数と荷物と明らかにクリスマスパーティの様相を呈している。

 そしてその中心にいたのはオレの待ち合わせ相手である南雲麗だった。

 

「おー綾小路くん。メリクリー!」

 

 メリクリ。おそらくメリークリスマスのことだろう。

 その軽い略称の挨拶を南雲が軽く手を挙げて行えば、そこにいた女子生徒たち……名前を知っているのは干支グループで南雲と同じグループだった安藤紗代くらいで残り2人は顔は見たことあるが名前は知らない。全員が同じ挨拶を行ってくる。

 オレはなんと返せばいいか分からず固まってしまう。想像していた展開とかなり違う。まさかこんな女子だらけのクリスマスパーティに放り込まれるとは想像していなかった。

 

「ほらほら、ぼーっとしてないでこっち、座りなよ」

 

「ああ……」

 

 だがいつまでもそこに突っ立っているわけにもいかず、オレは南雲の手招きに応じて南雲の隣に腰掛ける。ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐる。南雲の香水か、それだけじゃない。女子だけの空間は男子だらけの空間とは全く別の匂いがするし雰囲気も何もかも別物だ。

 そしてオレが座った瞬間、個室内に鳴り出す何かの曲のイントロ。

 

「あ、やばっ。流れてるよ」

 

「次誰だっけ?」

 

「わ、私です」

 

「おーニノちゃんか。それじゃ今入ってる曲歌い終わるまでは回そっか!」

 

「知らない男子の前で歌うんですか!?」

 

「ニノちゃんかましちゃえー」

 

「う……頑張ります」

 

 どうやら話の流れ的にオレが来たらお開きにでもする予定だったのだろうが、南雲の一声で今予約に入ってる曲を消化するまでは終われないらしい。ニノと呼ばれた生徒がオレを見て明らかに緊張する。知らない男子の前でいきなり歌うとなれば抵抗があるのも無理ないが、そんな目で見ないでほしい。オレだって出来ることならこの場を脱してやりたい。

 

「綾小路くんも盛り上げ頑張って! ほら、これ使って!」

 

 そうして隣にいる南雲から手渡されるのはタンバリンとマラカスだ。……これを使って何をしろと言うのだろうか。

 察するに歌っている最中に鳴らすのだろうが、そんなことをしたら歌唱の邪魔ではないかと疑問が浮かび上がる。

 とはいえ渡された以上は全く使わないわけにもいかず、目の前でニノという初対面の女子が歌うのを南雲の見よう見まねで盛り上げることにした。実際に効果があるのかどうかはさだかではないが、それでも一曲を歌い終わるのを見届ける。

 だがそれで終わりではない。ニノという女子生徒がマイクをおけば少しして流れ出す別の曲。そうして別の女子がマイクを握る。次は安藤だった。ニノが歌っていた冬っぽいしっとりとしたバラードとは違って少し陽気な曲が流れたのでマラカスをシャカシャカ鳴らして盛り上げようと試みたがやはり効果の程は実感できない。

 そうして安藤が歌い終われば次はひとみんと呼ばれた生徒。おそらく名前は仁美だと思われる。その次は南方と続き、その頃にはオレの前で歌うことに抵抗感がなくなったのかよりノリ良く歌っているように見えた。

 一方オレの方はというと話したことのない女子たちの歌を聞くのは多少据わりが悪いが、それでも歌を聴くという意味ではまだ有意義に感じなくもない。世間で流行っているような曲には全く詳しくないからな。知識が薄い分、好奇心は湧く。あるいは良い曲と出会えればオレの趣味に音楽鑑賞が追加されるかもしれない。

 

「次は私だねー」

 

 そしてそんなことを考えているとまた一曲が終わり、次は南雲がマイクを手に取って立ち上がる。歌う時に座りながら歌うパターンと立ち上がって歌うパターンがあることは知っていたが、どうやら南雲は立ち上がって歌うノリが良い方らしい。あるいは曲や状況によって使い分けているか。

 そうしてイントロが流れ歌う準備をしている南雲を見ていたが、そこでオレは感じる。

 南雲の纏う空気が変化したような気がした。それは南雲がマイクを手に取ってからはっきりと感じた。

 見ればそこにいた女子たちも先程よりも盛り上がっていたが、やはりその理由は南雲にあった。南雲が最初の一フレーズを歌い出したところでそれをはっきりと理解する。

 

 南雲の歌は……はっきり言って次元が違う。

 

 音程。声量。抑揚。ビブラート。ロングトーン。それらを含めた表現力。何もかもが完璧で突出している。直前に聞いた他の女子と比べればそれは明らかだった。彼女たちも決して下手ではなく、むしろ世間一般では上手い方に分類されるだろう。決して聴けないレベルではない。

 だがそれでも南雲はその更に上を行く。

 以前オレは南雲の歌をゲームの筐体越しに聞いたが、それとも決定的に違う。生歌の方が、その凄さがよく分かった。

 南雲がトップアイドルであることは当然知っていたが、それを強く実感した。たしかにこの歌唱力にダンスや演出。南雲のビジュアルが加われば芸能界で成功することはさほど難しくないように思える。

 もちろん実際はどうなのかオレはよく知らないが、少なくともオレはそう思った。クラシックや往年のヒットソングを軽く耳にした時には味わえない感覚。

 生まれて初めて、歌に聴き入るという経験をオレは味わった。

 

「ふぅ。ご清聴ありがとうございましたー! お帰りはあちらの出口からどうぞー!」

 

 気づけば最後のサビと間奏が終わり、南雲は一息つくと笑顔でカラオケの出口を手で指し示す。どうやらこれが予約していた曲の最後だったらしい。

 

「やっぱり最後は南雲さんの歌に限るよねぇ……」

 

「それじゃ麗ちゃんまたねー」

 

「綾小路くんもばいばーい」

 

「後はごゆっくり~」

 

「うん、みんなありがと。また後で連絡するねー」

 

 そしてAクラスの女子たちは満足そうに荷物とドリンクを持って出ていく。

 残ったのはオレと南雲の2人だけだ。

 

「さて、ようやく2人きりになれたね。綾小路くん」

 

「……説明してくれ」

 

 笑顔で再びオレの隣に腰掛けてきた南雲に説明を求める。歌って水分が欲しくなったのだろう。マイクを置いてドリンクで喉を潤してから南雲は答えた。

 

「ただのカモフラージュだよ。私みたいなアイドルがクリスマスイブに男の子と2人きりなんて色々邪推されちゃうからね。友達と遊んでたってことにしておいた方が綾小路くん的にも都合が良いでしょ?」

 

「それは……そうかもしれないな」

 

 南雲の言う通り、南雲と2人きりでクリスマスイブに遊んでいたところを目撃されれば凄まじい反応が……いや、反感を買うだろう。

 実際に今、こうして南雲と2人きりになったことでアイドルと2人きりでいるというほのかな優越感というのを感じられなくもない。

 南雲の容姿やアイドルという立場による魅力はきっと、普通の人には抗いがたいものなのだろうと容易に推測出来る。そのために友人を使ってカモフラージュをするというのはたしかにオレの立場を考えれば悪くないものだ。おそらく南方たちはまた別の部屋で待機して遊んでいて、南雲が帰るころに合流して一緒に帰るのだろう。これなら確かに人に見られる可能性は限りなく少ない。

 ただ気になるのは、そこまでしてイブにオレと会いたかったその理由だ。オレは早速それを聞いてみる。

 

「それは良いんだが……オレと会いたかった理由は何かあるのか?」

 

「んー、普通に好きだから遊びたかっただけ……なーんて答えじゃ駄目かな」

 

 可愛らしく小首をかしげてみせる南雲。理由が本当にそれだけなら素直に嬉しいだけで済むんだがな。

 

「悪いが信じられない」

 

「それはどうして?」

 

「南雲がオレを好きになる理由も見当たらなければ南雲がただ遊びたいという理由だけでオレをイブに誘う理由も生憎と見当がつかないからだ」

 

 南雲ほどになればおそらく、イブの誘いは幾らでもあったはずだ。

 そしてあえて口にはしなかったが、反対にそれ以外の理由でオレを誘うような理由は幾つか思いつく。

 なのでオレは否定したのだが、そう言うと南雲は得意気な顔を浮かべてみせる。

 

「いやいやいや。綾小路くん分かってないなー。恋愛ってのはどう転ぶか分からないものなんだよ? 傍目から見たら全然釣り合ってないカップルなんて幾らでもいるでしょ」

 

 たしかにな、とオレは内心で納得する。そういったカップルは幾らでもいるし、それがなぜそうなるかと言えば当人の気持ちは当人にしか分からないから、ということになる。

 他人から見た評価で釣り合っていないように見えても、当人同士はきちんと相手を認めあって好き合っている。そこに如何なる理由があるのかは計り知れない。

 つまり南雲がオレをイブに誘うほど好きだと口にしてもそれを否定する材料はないのだ。南雲の気持ちは南雲にしか分からないからな。

 とはいえ疑問ではあるのでオレは更に質問を重ねる。

 

「それはそうかもしれないが、そもそもアイドルというのは恋愛を禁止されてるんじゃないのか?」

 

「今は休止中だから制限される謂れなんてないんだけどねー。禁止というかしたら人気が落ちるってだけで別にそれでも構わないならやっても構わないと私は思うよ」

 

「そういうものなのか」

 

「そうそう。まあ事務所としては禁止してたりすることもなくはないんだけど……ところがどっこい。禁止にしたからといって止められるものでもないんだよねー」

 

 南雲はやれやれと言わんばかりに微笑しつつ肩をすくめてみせる。

 それを聞いてオレは素直に思った。

 

「アイドルは大変なんだな」

 

「そりゃあ大変だよ。みんなに夢を与える生き物なんだから。そのために涙ぐましい努力をしてるものなんだよねー」

 

「やっぱり南雲もアイドル時代は苦労したのか?」

 

「したねー。特に私達『ALIVE』は……あ、私が所属してたグループ、『ALIVE』って言うんだけどさ。私リーダーやってたんだけどね。色々と問題もあって対処に相当苦労したんだよ」

 

 初耳のようでそういえばと思い当たる。以前の音ゲーで見たグループ名は確かそんな名前だったはずだ。

 だが問題というのはよく知らない。5人グループだった、というのは以前に耳に挟んだが知っている情報といえばそれくらいだ。

 とはいえアイドルの問題と言えばデリケートな話ではある。オレは一度南雲に確認を取ることにした。

 

「それは聞いてもいい話なのか?」

 

「あはは。そんな大げさな話じゃないよ。ただ単にメンバーが個性的で我が強かったからまとめるのに苦労したってだけでさ」

 

「南雲でもか?」

 

「人をまとめるのに苦労しそうなイメージはないとでも言いたげだね。でも本当のことだよ。結構問題児が多くてねー。能力は高い子ばっかりだったんだけどさ。なんていうか……Dクラスみたいな感じ? ほら、鈴音ちゃんとか桔梗ちゃんとか、能力のスペックだけは高いけど問題でしょ?」

 

「なるほどな」

 

 南雲の例えにオレは頷く。南雲の言うようにDクラスの生徒は優秀でもどこかしらに問題を抱えている生徒が多い。堀北や櫛田。あるいは高円寺のような能力は高くても扱いにくい生徒。

 そういった人間を従えるのはさすがの南雲でも苦労するということだろう。オレは黙って南雲の話に耳を傾ける。

 

「そういう子達を導いてあげるのは大変だったかなー。ま、今ではよく成長して立派にやってくれてるみたいだけどね──あ、ほらこの子達」

 

 ふと南雲が視線を向けたのはカラオケにある液晶画面。そこに流れているPV。アーティストの映像インタビューに、南雲の所属していたアイドルグループ『ALIVE』の4人が映っている。

 全員アイドルをやって売れているだけあってタイプは違うがビジュアルのレベルは高い。こうして見ている分には問題児には見えないが……。

 

「可愛いでしょ? 綾小路くんは誰推しになりそう?」

 

「推し?」

 

「誰を好きになれそうかってことだよ」

 

 そう言われても困る。新たな単語を記憶しながらもぱっと見ただけじゃ誰に好感が持てるかなんて判断しようがない。オレは少し間を置いてこう答えておくことにした。

 

「悪いが判断のしようがない。強いて言うなら、知ってる相手という意味で南雲になる」

 

「ほうほう。なるほどね。綾小路くんは中身重視ってわけだ」

 

「ビジュアルが大事じゃないとは言わないが、正直なところ全員レベルが高いからな。中身で判断するしかない」

 

 そしてその中身を知っている相手は南雲しかいない。だからこそそう答えたのだが、それを読み取っているはずなのに南雲は少し上機嫌になる。

 

「麗ちゃんはビジュアルも完璧だし中身も最強だからねー。おまけにギャップもあって魅力を感じるのも仕方がないよねー」

 

 南雲は自画自賛をしてみせるが、そうやって自信を持てるだけの実力がたしかに南雲にはある。先程耳にした歌唱力もそうだが、あれ1つで南雲の虜になる人間は大勢いるだろう。

 とはいえその南雲も、魅力的な意味で隙が全くないわけではない。オレはあえてここでそれを指摘することにした。

 

「南雲はたしかに魅力的だが、それでも一定層、怖がったり近寄りがたいと思う人間もいるんじゃないのか?」

 

「どうしてそう思うのかな?」

 

「南雲はAクラスのリーダーだ。能力が高いことは疑う余地もないが、その能力の高さが逆に恐れられる理由にもなるんじゃないか?」

 

 南雲がAクラスのリーダーとして辣腕を振るうにあたって、特に他のクラスの生徒は少なからず南雲を恐れている節もある。

 それが南雲にとってマイナスなことではないか。オレはなんとなくそう思ったのだが、南雲はそれを聞いても表情を変えることなく否定する。

 

「それもまたギャップだよ綾小路くん。私が恐れられていたとしても、その恐れは私が人を惹きつける魅力にもなりうる」

 

「ギャップ、か」

 

「そう、ギャップだよ。一見両立しないように見える2つの面を持っているように見えた時、人はその人に対してギャップを感じる。綾小路くんもさ、感じてきたでしょ? 私に対してもそうだけど色んな人にさ。それこそ裏の性格が終わってた桔梗ちゃんとか……実はいじめられっ子な恵ちゃんとかにね」

 

 唐突な名指しは南雲の言うギャップの中でも最大級の、それもマイナスな方向に繋がる可能性の高い秘密だった。

 どうやら南雲としてはそれを隠すつもりもないらしい。情報を握っていたことを当たり前のように口にした。

 オレとしては前者はともかく、後者についてはなんとか防ぎたいところだ。

 

「どうやって知ったかは知らないが、軽井沢の過去については出来れば黙っていてほしい」

 

「うん。もちろん言わないよ。言っても得なさそうだし」

 

 南雲は即答するが、もちろんそれを安易に信用するわけにはいかない。

 得がないから言わないということは、裏を返せば得があれば言うこともあるということだ。タイミングを見て爆発させることで南雲がそれを利用するという展開は十分に考えられる。

 そのため黙っていたのだが、それを見越したのか南雲は再び笑ってみせた。

 

「本当だって。ちょっと前ならともかく、今言っても恵ちゃんを成長させるだけな気がするし」

 

「成長?」

 

「そう。恵ちゃんは一度、そのいじめがバレるかもっていう大きな障害を乗り越えて成長した直後でしょ? それだけに読みにくいんだよ。ここでいじめられていた過去を暴露したらたしかに挫折する可能性もそれなりにあるけど、同じくらい、更にそれを乗り越えてレベルアップする可能性もあるんだよ」

 

 南雲に言われてオレは考え込む。

 南雲の言う通り、軽井沢は今、精神的な成長を遂げた直後だろう。

 その成長にはオレもまた大きく関与しているとはいえ、軽井沢が成長を遂げたことは事実だが、それでもまだ龍園の一件で負った精神的負担は完全には消えてはいないはずだ。

 つまり不安定な状態であると見ることが出来る。あるいは、安定していたとしてもそこでもう一度問題を蒸し返されれば軽井沢は大きく揺れるだろう。

 それを軽井沢が耐えられるかどうかは実際未知数だ。そうなった場合、オレも陰ながら動くとはいえ軽井沢が更に成長出来るかどうかは当然、軽井沢自身の素質に大きく左右される。

 そうなるように誘導したところで確実じゃない。そう考えた時、南雲の考えもまた理解出来た。

 

「南雲は軽井沢が成長する可能性の方が高いと踏んでるのか?」

 

「どうかなー。実際は五分五分か、若干不利かもとは思ってるけどね。そうなったらどうせ成長する方向に誘導する人もいることだし?」

 

 南雲にはそれすらもお見通しらしい。こちらに意味深に視線を送ってきたのでそれをオレは自然と受け止める。特に反応もしなければ否定も肯定もしない。

 

「そういうわけで敵に塩を送る必要もないし、恵ちゃんのことは今のところ言う予定はないかな。……って、ちょっと話がズレたけど大事なのはそういうギャップなんだよ。誰も恵ちゃんがいじめられた過去を知らない。でも知ったからといってマイナスなイメージを抱くとは限らない。綾小路くんだってその事実を知って嫌悪するどころかむしろ興味を持った。だから近づいたんでしょ?」

 

「どうだろうな。だが、たしかにマイナスなイメージは抱いていない」

 

 あくまでオレ自身は、だが。

 普通はそれを知ればマイナスなイメージを抱く可能性の方が高いだろう。

 だが、それもまた可能性が高いだけでそうなるとは限らない、か。

 

「だよね。それがギャップ萌えだよ。その人に一見似合わないような一面を見て、可愛いとか魅力的に感じる。いわば印象のマジックだね」

 

「南雲もそれを利用していると?」

 

「アイドルはそういうものなんだよ。知れば知るほど、意外な一面が見えてきて好きになる。どんどん深みにハマっていくんだよ。そして気づけば立派なファンの1人ってね」

 

 それは南雲が培ってきたアイドルとしてのテクニックなのだろう。人間の心の機微、その動きを理解して操作する。印象操作に長けた南雲の術中。大勢の人が南雲の掌の上。アイドルを休止した今、この学校においてもそれはなんら変わりなく作用している。

 

「……なるほどな。南雲が人気ある理由がよく分かった」

 

 表だけを知っていようが裏を知ろうが関係ない。それらは全て好印象に繋げることが出来る。

 全員が全員そうではないだろうが、要は少しマイナスなイメージを抱かれても些末な問題に出来るだけの圧倒的な人気と南雲自身の下地がある。

 Aクラスのリーダーとして戦っている南雲が、仮に後ろ暗いことをしていたとしてもそれはクラスのためのドライな判断として十分正当化出来るものだ。

 櫛田のように他人が理解出来ないような私怨で人を蹴落とそうと裏切るのとは訳が違う。知られたところで感じる印象は全然違ってくるものだ。

 だからこそ堂々と振る舞っている。隠してはいるものの、かといって知られたところで慌てふためく必要もない。

 櫛田と違って、完璧な天使として売っていないこともまた上手い部分だ。最初から清廉潔白なイメージではないからこそ、南雲に抱く印象は悪いものにはなりにくいし、そこから更にプラスな一面がまた活きてくる。南雲の言うところのギャップ萌えを感じることになる。

 

「なんか私にだけ注目してるみたいだけど、これって綾小路くんにも当てはまるからね?」

 

「……オレにも?」

 

 と、南雲についての分析をしていると南雲からそう指摘されて不覚にも驚いてしまう。

 

「おっと、意外だった? でも事実だよ。綾小路くんだってギャップ萌え使ってるよね。一見人畜無害な陰キャくんの振りしてるけど、深掘りしてみたらなんかすごい部分いっぱいあって頼りになったりするわけだしさ」

 

 南雲に指摘されてオレは一応、理解する。たしかに、意識していたことではなかったが、考えてみればオレもギャップ萌えであることを否定出来る材料はない。

 事実としてオレが体育祭で足の速さを見せつけたことで佐藤からデートに誘われたように、最初に抱いていたイメージとは相反する一面を見せつけたことで人を惹きつけてしまっていた。

 

「おまけにその一面が見えた後だと普段の陰キャくんというマイナスなイメージもミステリアスとか落ち着いていて大人っぽいとかのプラスの印象に転じるわけだよ。そしてネックだったそれが消えれば顔はイケメンだし、そりゃ惹かれる女子もいるよね」

 

 南雲の講義のような説明を受けてオレは少し気恥ずかしい気分になると同時に素直に感心する。

 たしかに、オレはオレ自身の利益のためだけに考えて動いていたが、それによって生じる人の印象というものまでは考慮に入れてなかった。考えても仕方のないことだと切り捨てていたためだ。あるいはどうとでもなると達観していたか。

 だが南雲からすれば佐藤のような生徒が現れることは必然だったというわけだ。

 そうして結論付けたところで南雲は口にする。

 

「そういうわけで、私が綾小路くんを好きになったとしてもまったく全然おかしくないと思わない?」

 

「……もしかして、ここまでの話は全部その証明のためのものだったのか?」

 

「さてどうかな? 綾小路くんはどう思うの?」

 

 軽くこちらとの距離を詰めながら問いかけてくる南雲。先程感じた香水らしき匂いが少し強くなるが、それでも不快に感じない辺り、香水1つ取っても南雲には隙があまり見当たらない。

 いや、あるいはその隙すらも南雲の強みなのかもしれない。少なくとも今の南雲は隙だらけだが、それだけに強い魅力を感じさせている。その瞳は吸い込まれそうな深みとキラキラとして輝きを両立させていた。オレはその南雲に視線を返しながらも普通に言い返す。

 

「もしそうだとしたら回りくどい上に逆効果なんじゃないか? その話を聞いた後だととてもじゃないが南雲の気持ちが本心によるものだとは思えない。むしろ何か裏があるんじゃないかと警戒してしまう」

 

「何かあるとしてもこうやってイブにデートに誘われた上でこんなこと言われたらドキドキするでしょ? それが狙いだったりして」

 

「つまり、オレをからかうのが目的ってことか?」

 

 だとしたら中々意地が悪いが、それでも嫌な気がしないのはオレ自身がイブを異性と過ごすことへの興味を感じているのと、南雲自身が魅力的な存在だからだろう。

 南雲ほどに人気のある女子が、イブにオレを誘ってどんなことをして過ごすのか。それに興味があったことが、オレが南雲の誘いに応じた理由の1つでもある。

 だからこそからかわれていたとしてもそれはそれ。オレとしてはこの状況にメリットを感じている。

 そういう意味では今の状況は普通のデートとは言い難いのでそこはマイナスだったが、南雲の次の言葉はそれすらも覆してきた。

 

「たしかにそれもあるけどね。大きな理由としては、普通に綾小路くんとデートしてみたかっただけだよ」

 

「そうだったのか?」

 

「そうだよ。だから普段よりも可愛いし大人っぽいでしょ?」

 

 そう言うと南雲は距離を少し離し、そのビジュアルの全体像を再び見せつけてくる。

 カーキ色のコートやそれ越しでも分かる胸の大きさや薄いピンクで塗られた爪など普段から魅力的でおしゃれに気を使っている部分もさすがだが、大きく違って見えるのは今の南雲が髪を下ろしているからだろう。背中の真ん中辺りまで伸びたロングヘアー。その上で、普段のサイドテールもまた小さくワンポイントでまとめている。

 

「思ったよりも髪が長くて驚いた」

 

「まあ普段はサイドに集めてるからね。って、最初の感想がそれ? デート時の回答としては赤点スレスレだから気をつけた方がいいよ」

 

「それはすまない。よく似合ってると思う」

 

「思う、じゃなくて出来ればそこは断言した方がいいかな。女の子を褒める時はストレートな言葉選びを意識することだよ」

 

「……なるほどな」

 

 度重なる南雲の注意を受けてオレは一応、それを頭の片隅に覚えておく。今後、それこそ明日のデートでも使えるかもしれないからな。女子からの率直な意見は貴重だ。

 

「明日のデートでも使える……なんて思ってないよね? 女の子と2人きりの時に別の女の子のこと考えるのは最低だからやめた方がいいよ?」

 

 しかしその考えを南雲に見透かされてしまう。南雲の目がすっと僅かに細まった。なるほどな、と口にしてしまったのはさすがによくなかったか。

 

「悪かった」

 

「すぐに謝れるのは美点だね。言い訳をつらつらと重ねてきたらどうしようかと思ったよ」

 

「言い返しても言い返される未来が見えたからな」

 

「その発言がなければ正しい判断だけど結局それを口にしちゃってるから無意味だね」

 

「……それも悪かった」

 

 じゃあどうすればいいんだと思ったがそれを口にしなかったのは学習の成果だ。だがこれもデートという意識が自分の中にないせいだろう。そう言い訳したかったが、それを口にしてもまた指摘されてしまうため言葉を留めておく。

 どうやら南雲はこれを本当にデートと捉えているようだった。こちらを見て軽く呆れるもそこで指摘も止まる。

 

「まあいいか。これ以上ダメ出しすると白けちゃうし、ここからは普通に楽しもうね。それじゃ綾小路くん、何か歌って」

 

「歌うのは苦手なんだ。というか、本当にこのままデートするのか?」

 

「もちろんだよ。それとも、私とデートするのは嫌?」

 

 さすがにそうまで言われると断るのは悪い気もする。南雲のビジュアルに騙されているだけの気もするが。

 とはいえそうなってくるとまた別の問題もある。

 

「オレは構わないが南雲はいいのか? それこそ色んな相手から誘われてるんじゃないのか?」

 

「そりゃあね。2年や3年の先輩方から同級生まで色とりどりだよ。有名所で言うとBクラスの里中くんとかバスケ部主将の石倉先輩とか。綾小路くんが知るところだと山内くんとか本堂くんとかからも連絡もらったね」

 

 オレはその名前を記憶から引っ張り出す。里中は確か1年男子のイケメンランキングとやらの1位。バスケ部主将の石倉という先輩は知らないが、山内や本堂はクラスメイトであるため当然知っている。どちらも南雲と釣り合うとはとても思えない相手だ。勝算があるようには思えないが……いわゆるワンチャンというやつだろうか。

 

「山内くんや本堂くんはゲーム仲間なんだけどイブに誘ってくるのはさすがに露骨すぎてびっくりだよねー。まあ山内くん辺りは誘ってくるんじゃないかとは思ってたけどさ。逆に同じように誘ってくると思ってた池くんは誘ってこなかった辺り、何か心境に変化があったかもしれないね」

 

 当然だが南雲としてもその露骨な誘いに応じることはない。

 

「でも中には純粋に南雲に想いを伝えたくて誘ってる人もいるんじゃないか?」

 

「そりゃいるだろうけど私は綾小路くんと遊びたいから断るよ。誰がどんな想いを持ってようが関係ないかな。私は当然、私の気持ちを優先させてもらう」

 

「たしかにそれはそうだな」

 

 どんなに南雲のことが好きでも南雲自身の気持ちが向いていないなら当然応えられない。

 そしてその気持ちは今のところオレに向いているということになるが……やはりそうは思えない。

 

「南雲は好きな人とかいないのか?」

 

 ここまで突っ込んだ話をしているため、踏み込んだ問いかけを投げてみる。

 とはいえそこで返ってくると予想される言葉はオレをからかうものか曖昧にして返答を避けるものだろう。

 そこに南雲は動じたりしない。そう思っていた。

 

「んー……そうだね。綾小路くんって言いたいところだけど……()()()()()()()

 

 南雲は少し考えた上でそう答えてくる。

 その表情はいつもと変わりないように見えるが、ほんの僅かに瞳の輝きが揺らいだ気がする。

 だがその揺らぎはすぐに消える。気のせいか、あるいは本当になくなってしまったかのように。

 

「そんなわけで特に好きな人とかいないけど、今興味がある遊びたい相手は綾小路くんだからねー。そういう意味じゃ1番好きなのは綾小路くんとも言えるかも?」

 

 そしていつもの笑顔を見せてくる南雲。

 オレはそれを見て頷く。その嘘のようにも本当のようにも思える振る舞い。

 それを可能にするトリックこそが、南雲の真骨頂。

 南雲だけが持つ特異性がそこにはあった。オレはそれを理解した上で言葉を口にする。

 

「南雲がそれでいいなら構わない」

 

「それってつまり、デートしてくれるってこと?」

 

「ああ」

 

 オレが答えると南雲は楽しそうに笑顔を見せる。

 

「そうこなくっちゃね。それじゃまずはカラオケでもして盛り上がろっか」

 

「南雲が歌う分にはいいが、オレはあまり歌うのが得意じゃないぞ?」

 

「歌えそうな曲がないって? それじゃ私が適当に歌ってあげるからその中から気に入った曲を歌うってことで。その後はデュエットしてケーキ食べてからまた歌うか違うことしようね。ゲームも持ってきたしおすすめの映画も持ってきてるよ」

 

「随分と色々持ってきたんだな……」

 

 南雲は本気で楽しむつもりのようで端に置いてあった袋から色々と物を取り出してくる。

 その南雲の強引にも相手を巻き込んで楽しもうとするペースに、オレもまた仕方なく乗っかることにした。

 少し想像とは違ったが、これもまた女子と過ごすイブには違いない。

 オレはしばらく南雲と色々なことをして過ごし、そして別れる。別れ際にはプレゼントも貰った。危うく渡し忘れるところだったとカラオケの入り口まで走ってきた南雲はオレと聖夜を過ごすにはもったいないほどの魅力的な女の子であり、そんな相手と今日という日を過ごしたことにオレは満足する。

 多くの収穫を感じられた1日だったと。

 オレは南雲から受け取ったプレゼントのハンカチをしっかりと胸のポケットに収めて帰路についた。




冬休み編は思ったよりも書くことが少ないってことで今回か次回で終わり。ちょっと入れたいシーンはあるけど短いんだよねって。早ければ今日の18時にでも投稿します。

感想、評価、良ければよろしくお願いします。
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