思ったよりは減らなかったし、思ったよりは甘くはないな、というのが最初の感想だ。
5月1日。朝のHRで知恵ちゃん先生は笑顔で私達を褒め称えてきた。それを私達Bクラスの生徒は「やっぱりか」という表情でそれを受け止める。朝の登校時点でもう誰もが理解した。私の予測が的中したのだと。
「優秀な生徒を持って先生嬉しい。吐き出したクラスのポイントはたったの200。今期はちょっとだけ及ばなかったけど、年によってはAクラスにもなりえる数字よ」
と、そこまで言えばクラスの序列が変動することもその通りだったのだろう。私は横目で観察していたクラスメイト達の更なる表情の変化を無視して知恵ちゃん先生に笑顔で質問する。
「ということは知恵ちゃん先生。私達はBクラスを維持してるってことですよね?」
「そうよ南雲さん。やっぱりあなたが指示を出したのかしら?」
「あはは、お願いしただけですよ~。それより、各クラスのポイントの詳細を早く教えていただけませんか? 出来れば内訳も教えてほしいんですけど~」
「残念。内訳までは教えられないわ。ただ、遅刻や欠席。授業中の私語やスマホを触ったりとか、そういうことも含めて諸々の成績が反映されていることは当たっているわよ。それで、肝心のクラスのポイントは……これね」
私の笑顔の質問を同じく笑顔で答えながら、知恵ちゃん先生は白い厚手の紙を取り出し、それを黒板に貼り付ける。そこに書かれていたのは、4つのクラスの保持するクラスのポイントだ。
・Aクラス……940。
・Bクラス……800。
・Cクラス……490。
・Dクラス……0。
……なるほどねー。Aクラスになるには後140ポイント足りないのか。Cクラスとの差と比べるとかなり僅差だね。今後どの程度ポイントを増やせるかは未知数だけど射程圏内だろうか。そしてDクラスは……いや0って。どれだけ荒れてたらそうなるんだ。逆に気になる。後で桔梗ちゃんにでも聞いてみようかな。使えるかもしれないし。
「そしてこれももう南雲さんのおかげで気づいていると思うけど、このポイントがそのままクラスの序列になる。つまりクラスのポイントが490を下回ればあなた達はCクラス。940を上回っていればAクラスになれていたってことね」
知恵ちゃん先生の説明は続く。これも推測通り。それにしてもAクラスは優秀だね。やっぱ最初の差が響いたか。これならもっと早く私語とか禁止しておけばよかったな。それなら900はいってそうだし。
「それとこっちは先日の小テストの結果ね。こっちも赤点を取った生徒はいなかったわ。これがもし本テストで、赤点を取っていたら退学になっていたから次も油断せずに頑張ってちょうだいね」
私が思考を回している間、知恵ちゃん先生はネタバラシを続けた。卒業時の恩恵を受けることが出来るのもAクラスだけというのも当たっていて、Bクラスの生徒達は絶望──とまではいかないが、小さいショックを受けていた。
そしてその後に1週間前に受けた小テストの結果を張り出し、あっさりと赤点を取った時の代償を告げてきた。退学は中々に重い。それと、あの小テストも妙に難しかったんだよね。最後の3問は私も解けなかった。
だがほとんどの問題は大したことなかった。その証拠にBクラスの生徒に赤点を取った者はいない。最後の3問を解けた人もいないけど。学力で飛び抜けた生徒はどうやらいないみたいだね。これは私が頑張らないとダメかなー。
「中間テストは今から3週間後に行われるわ。そこで赤点を取ったら退学だから頑張ってそれを回避してね! あなた達なら絶対に退学者を出さずにこのテストを乗り越えられるって先生は分かってるから!」
そして最後に知恵ちゃん先生は明るく、生徒達を励ますような言葉を送って教室から出ていく。……なるほどね。学校側のやり口はそういう感じか。一度気づけば何かあると分かる。これは後で連絡かな。
「……麗ちゃん」
「うん」
そして先生がいなくなった教室で、Bクラスの視線が私に集中する。
帆波ちゃんの名指しに反応し、私は笑顔で告げた──「放課後、皆集まってくれる? 作戦会議するから」と。
その提案を拒否する生徒はBクラスにはいなかった。
「まずは3週間後の中間テストに向けての勉強会が必要だと思うんだけどどうかな?」
隠されていた真実が告げられた放課後。1人残らず集まったBクラスの面々の前で教壇に立つのは私だけじゃなくて書紀を買って出た帆波ちゃんと2週間前の件で私と同じくクラスメイトに一目置かれ始めている隆二くんだ。
そしてそんな中で意見を求めると真っ先に出てきたのは帆波ちゃんからのその言葉。それに私は快く頷く。
「うん。それは良いと思うよ。成績で分けようか。隆二くん、さっき張り出された小テストの結果、覚えてる?」
「大体は。それを基に教師役と習う生徒でグループを作ればいいんだな?」
「その方が効率いいからね。お願い。あと苦手な科目がある人や不安な人も今のうちに名乗り出てねー」
私がそう言えばクラスの皆は頷いて賛同してくれる。よしよし、異論は出ないね。スムーズで良いことだ。時間は有限だしこんな普通のことはちゃちゃっと決めちゃわないとね。
「後はそうだね、今後の戦略かな。Aクラスに上がるため。クラスのポイントを増やすため。プライベートポイントを増やす方法。クラスに有益になりそうな意見があればどんどん発言してねー」
進行役。司会役。MCを務める私はそう言ってクラスに意見を求める。聞かれた皆は一様に頭を捻らせて考え初めた。そしてややあって口を開く生徒が何名か。
「あ! そういや部活の先輩が大会とかで良い成績を残せばポイントが貰えるって……!」
「うん、それは有用だね颯くん。部活動に所属してる生徒は良い成績残せるように頑張ってほしいけど~……ただそれで勉強を疎かにするようなことはないようにね」
「ああ、わかった! どっちも頑張ればいいんだな!」
サッカー部所属の柴田くんは根性論というか脳筋思考で頷いた。まあ勉強も頑張れとは言ったけど、部活ですごい成績を出せるなら多少は抜いても構わないけどね。勉強はある程度点を取れているなら問題ない。それよりも重要なのはポイントだ。クラスポイントとプライベートポイント。それを集める方法。前者の方がクラスの序列と毎月の収入を決めるため重要だけど増やす方法はおそらく限られている。より自由度が高く、増やすことが可能なのはプライベートポイントの方だろう。
まあ幾つか増やす方法。そして前者を減らす方法は思い浮かぶが……それを今ここで口にするのはなー。せっかく信仰を集めてる最中なのに怖がられちゃうよ。畏怖を集めるのはまだ早いかなって。
「それなら……私からも提案いいかな?」
「! ん、いいよ。帆波ちゃん、どうぞ」
「ありがとう。それで、私の提案なんだけど……これから先、ポイントが必要になった時に備えてポイントをひとつにまとめてみない?」
「ポイントをまとめる? それは……Bクラスの活動資金を募ろうということか?」
「それプラス銀行ってことでしょ? 帆波ちゃん」
隆二くんの発言に補足するように、私は帆波ちゃんの提案を分かりやすく例える。まあ優しいやり方で良いんじゃないかな。私好みのやり方は例えるなら税金──所得税だけどそこまで求めるのはまだ無理だろうし。最初に始める妥協案としては最善のものだ。
「うん、神崎くんと麗ちゃんの言う通り。ポイントの使いすぎといざという時の保険も兼ねてポイントを貯めることは悪いことじゃないと思うの」
「ポイントを貯める……ですか。確かにそれは悪くはありませんが……」
「うん……でも……」
ただまあ、さすがに抵抗感があるのは普通だろう。むしろ嫌だという意見がはっきり出ないだけその提案の意味を理解する脳みそが備わってることと帆波ちゃんへの信頼感を褒めるべきかな。反対するような流れになるのも嫌だし、ここは援護射撃してあげよう。
「私は良いと思うよ」
「! 南雲さん……だけど」
「抵抗感があるのは分かるけどね。ただこの学校においてポイントは重要だよ。ポイントは、学園の敷地内にあるものなら何でも買える。それこそ、試験を有利に進めるために必要な物。クラスに必要な物を買ったりするのにも使えるし、物ですらない──権利だって買い取ることだって出来るんだよ。まとまったお金があればそれだけやれることも増える」
「……なるほどな」
私が賛成の意を表明し、クラスメイトが知らないメリットを口にすれば隣の隆二くんを筆頭にクラス内の空気が傾く。うん、これはいけそう。
「俺も良い意見だと思う。だが一之瀬。銀行をするなら信頼が必要不可欠だ。その集めたプライベートポイントは誰の元に集めるつもりだ?」
「うん。それは勿論、クラスで決めなきゃいけないと思う。私は麗ちゃんを推すよ」
隆二くんの問いに答えて流れるように私を推してくれる帆波ちゃん。うん、いい子だけどずるいねー帆波ちゃん。まだ賛成か反対かの票すら取ってないのに、話がもう『実行するか』から『誰の元に集めるか』に移行した。
まあ一応賛成の空気を感じ取ってのことだとは思うんだけどね。ただこれで1、2名。反対の意思を持つ人がいたとしてもこれじゃ何も言えないかな。ま、挙手制だとそれでも言えないかもだけど。
そんな同調圧力。右に倣えな日本人の癖を内心で面白く見ながらも、私はそれに乗っかることにした。
「私かー。まあ皆が推してくれるなら適切に扱う自信はあるよ。皆はそれでいい?」
自信を覗かせながら私が問いかければクラスから「まあ、確かに」「麗ちゃんなら……」という声が聞こえる。先の学校の仕組みを見抜いた実績がそのまま私への信頼にプラスされている。
反対意見があまりないことを私は一度クラスを見渡した上で確認したポーズを取り、もう一度、今度は具体的なものを決めようと発言した。
「それじゃあ僭越ながら私がBクラスの金庫番。Bクラス銀行の頭取を務めさせてもらうけど、具体的な金額はどうする? 私は半分くらいがいいと思うけど」
「半分は少し高くないかな? 月に3万でも120万ポイントだし、貯めていけば結構な額になると思うんだけど」
「俺はもう少し高くてもいいと思う。そもそも月に8万ポイントは学生が貰う金額にしては多すぎだ。今後クラスポイントが増えて収入が増えることを考えても5万は入れてもいいと思う。それにどうしても必要になれば相談して引き出せばいい」
「ポイントの増減で月の収入が変わることを考えるならば減った時のことも考えてその比率で決めるのはどうでしょう? 僕は月の半分という南雲さんの意見に賛成です」
「私もそれくらいがいいかな……」
「まあ月に4万でも十分っちゃ十分だしなー」
そして金額の話になれば帆波ちゃんや隆二くんだけでなくクラスの色んなところから意見が飛んでくる。やっぱりそこは口を挟まざるを得ないのだろう。月にどれだけのポイントを納めるか、というのは死活問題だからね。ちなみに私の本当の意見は比率にプラスして個々人の収入で決めたいかな。持ってる人はそれだけ多く納めてほしいよね。まあ今の段階だと皆変わらないから無理だけど。
そして幾つか意見が出て賛成やら反対やら。それらの意見を帆波ちゃんが総括する。
「それじゃ毎月得られるプライベートポイントの半分を麗ちゃんの元に納める。例外的にポイントに余裕がある今回だけは8万ポイントを納める。必要になった時に引き出す際には私か隆二くんか麗ちゃんに一度相談して。その際の支出は私が会計係として記録に収めておく。このBクラスの共同ポイントの運用はその都度クラスで相談して決議を取る──こんな感じでいいかな?」
「うん、いいと思うよ。それじゃ決議を取ろうか」
──思ったよりは良い条件でポイントを集められることになった。特にクラスのポイントを運用出来るってのがいい。学校の真実を知って、私が不安を煽り、能力の高さを見せたこと。ポイントが重要であることを説いたことも効いているのだろう。
まあ本音を言えば一度全額預けてもらいたいところだけど最初に8万も徴収出来れば十分だろう。今後は月の半分は徴収するし、引き出せるとは言うが基本は許すつもりもない。全額預けさせたならともかく、月の収入の半分は使えるようにしたのだからそれで足りないようなことがあるならちょっと意識が低すぎるし、教育しないといけない。余裕が出来てくればその分緩和するのも吝かではないけど、最初のポイントが少ないうちはこのポイントが相当なアドバンテージになる。
そして更に今決めたこのルールも、私が信頼を獲得していくに連れて徐々に改定していく。これは頑張らないとねー。最初の数ヶ月が勝負かな。
そして決議を取れば、全会一致で賛成だ。少なくとも表面上は、皆が私や帆波ちゃんと信頼してくれている。
そうして決まれば皆がスマホを操作してポイントを私の元に振り込んでくれる。そうして私以外の39人から集めたポイント。その総額は312万。
私のポイント残高に320万以上のポイントが集まったことを確認したところで、私は皆をまとめるようにこう言う。
「皆、私を信頼してくれてありがとう。これから大変だと思うけど皆で一致団結して──Aクラスを目指そう」
そして返ってくるのは皆の心強い頷きだ。うんうん、友情って最高だね。後でお祝いにお寿司でも食べに行こうかな。──なーんてね。
姫野ユキにとって、そのクラスの雰囲気は何とも面倒くさい辟易とするものだった。
「……ごめん。ちょっと頭痛するから保健室行ってくる」
「え? 大丈夫? 一緒についていこっか?」
「そんな重くないからいい。薬もらったらすぐ戻るから」
「あ、うん。わかった。麗ちゃん達に伝えとくね」
クラスの空気に従って声を上げたところで、姫野ユキはクラスメイトに一度断ってから教室を後にした。
この後は勉強会がある。学校の真実を知ったBクラスにとって……いや、全クラスにとってその最初の試験は重要なものとなるだろう。他のクラスとの競争を征するために一丸となる必要も理解していたが──
……だからってお金までひとつにまとめる必要ないでしょ……。
と、内心で先程決まったことについて愚痴を吐く。
それは心底理解出来ないことだ。意味があることは理解するが、他人に自らのお金──ポイントを預けられるクラスの人間が理解出来ない。
幾ら元アイドル、学校の隠していたことを見抜いたからといって、ポイントを預けることまでには賛同出来ないことだと、姫野ユキはBクラスの中心人物。リーダーとも言えるその人物のことを思い浮かべる。
……そりゃ確かに優秀みたいだけどさ。
南雲麗という同じクラスの友達のことは、正直好きでもないし嫌いでもない。
入学してすぐBクラスの全員と友達になり、親友の一之瀬帆波と共にいつもクラスの中心にいる。アイドルというだけあって生で見る彼女はとても可愛いし美しい。性格もテレビで見るよりは落ち着いていて他の明るいクラスメイトに比べれば話しやすいと感じられる。
だけども南雲麗は姫野ユキの嫌う同調圧力のその中心だ。Bクラスという集団のトップ。彼女の発言のひとつひとつ。その言動がクラスを左右する。
2週間前に学校の隠している秘密を看破した時からその傾向は更に強くなった。それまでは、一之瀬帆波との力関係は6:4程度でそこまで差はなく、どちらの発言も同程度の力があった。
だが今は、一之瀬自身も南雲麗を頼もしい友人だと思っているのもあってか、その比重が完全に傾いた。Bクラスを率いるカーストの頂点は南雲──その認識は、無意識ながら誰もが持っているだろう。南雲に任せれば。麗ちゃんなら信頼出来る、と。
そんな風にあっさりと信頼を預けてしまえる。一致団結すれば問題ないから皆従おう──という同調圧力が姫野は嫌いだった。
そもそも集団行動はあまり好きじゃない。かといってハブられたり無視されるのも嫌だ。私は程々に、波風の立たない学校生活が送れればそれでいい。
まさかこの学校にこんな面倒な仕組みがあったことは驚きだし面倒だが、Aクラスになるために足並みを揃えるのが必要だというならそれも甘んじて受け止める。卒業時の恩恵は姫野とて欲しいものだ。
だが、それでもだ。
「はぁ……だる……」
息苦しい。面倒くさいことに変わりはない。
だから何度も、姫野ユキはBクラスの集まりから抜けだすことがあった。片頭痛持ちだから。体調が悪いから。用事があるから。理由がないと心配されるし和も乱れる。だからそうならないように気をつけながら時折こうして人気のない場所で1人の時間を作るのだ。
「──だるい? そんなにしんどいのかな、ユキちゃん」
「! 南雲さ……麗ちゃん」
「南雲でもいいよ。それで、どうしたの? 保健室に行くって聞いたけどこんな校舎の物陰で休んでるなんてさ」
──だというのに。背後から急に声を掛けてきたのは南雲麗だった。
相変わらず美人で色気のある笑みを見せて近寄ってくる。言葉を聞かれたという動揺も最小限に、姫野は取り繕った。
「うん……ちょっと、気分が悪くて。少し休んだら勉強会行くから心配しないで」
「そう? 勉強会に参加したら余計に気分悪くなったりしない?」
「え……そんなこと、ないけど……それってどういう意味?」
その言葉の意味が分からず素直に疑問を返してしまう。すると南雲はにっこりと笑みをこちらに向けてこう言った。
「だってユキちゃん、集団で行動するのあんまり好きじゃないでしょ?」
「っ!?」
突然、核心を突く言葉が耳に届き、表情を自覚出来るほどに歪ませてしまう。
だがそれも一瞬だ。動揺を抑えながら、ゆっくりと否定する。
「……何の話? 別に、そんなことないよ」
「隠さなくていいよ。別に誰にも言うつもりもなければ責めるつもりもないし──ねっと」
そう言って南雲は姫野の隣に腰を下ろす。そしてその綺麗な双眸を姫野に向け、にへらといたずらっぽく笑った。
「1人になりたい時ってあるよねー。そういうの、珍しくないよ。コミュ障じゃないけど集団行動はストレスって言う人も多いし。芸能人でも普段は明るいけどプライベートは根暗で1人が好きとかさ。私も結構そういうところあるしね」
「……南雲さんは、そういう人に見えないけど」
「そりゃ見えないだけだね。人間は皆何かを隠して生きてる。見えるものだけが真実とは限らない。悪人に見えないのはその人が悪人だからだ──って、これ何のセリフだっけ?」
「……いや、私に聞かれても知らんけど」
「あはは、じゃあ今度一緒にググろっか。それとも今調べてみる?」
「別に知りたくないんだけど……というかクラスの方は? 勉強会するんじゃないの……?」
「うーん、そりゃするけどね。でも勉強会は私がいなくても成立するし。今は他に手を打つ方が大事かな」
……何なんだこいつ。何しに来たんだ。
隣に座って気軽に、いつもよりも更にフランクに話しかけてくる南雲に姫野もつい素を見せて素っ気なく返してしまう。
……調子が狂うな。
何となく、ペースが乱されているように感じる。姫野ははぁ、と一度息を入れた。
「……手を打つってどういうこと?」
「クラス間での争いについてだよ。早ければ今日の時点で……いや、もう前から動いてるのかな。どっちにしろ早めに他のクラスの動向を探って、手を打っとかないと後手後手に回りかねないからさ」
「は、はぁ?」
話が、よく分からない。姫野は南雲から語られるそれらの意味を理解しようとする。……おそらく、凡人である自分達には分からない視点を持っているのだろう。2週間前のように何かに気づいているのか。そしてそのために、何か手を打とうとしているのか。そんな曖昧なことしか姫野には分からない。
「……何をするつもりなの?」
「まあ色々と。だけどそれには裏で動いてくれる人間が必要なんだよね。帆波ちゃんや大多数のBクラスの生徒はそれには向いてない真っ直ぐそうな人ばっかりだし。隆二くんだけじゃ手が足りないから誰かに動いてもらおうと思ってるんだけど……」
と、そこで南雲は座ったまま、上半身だけで少し屈んで姫野の顔を斜め下から見上げてきた。距離が近い。同性であっても少しドキッとする。
だがそうして動揺する暇は与えられなかった。姫野は、南雲からその先の、運命を決定づける言葉を囁かれる。
「──ユキちゃん、やってくれない?」
「!」
決定的な、その頼みを耳にする。
そうして続くのはそれをこちらに飲ませるための甘い飴の話だ。
「報酬は色々。1人になりたい時とかにクラスでの便宜も測ってあげるし、ポイントを徴収されるのが嫌ならユキちゃんだけこっそり免除にしてあげる。それどころかポイントも払ってあげるよ」
普段のそれとは違う、細められた目。僅かに落ちた声のトーン。その圧力は、何かを企むような──それでいてやはり色気を感じられた。
その中に怖さも感じる。Aクラスに上がるための動き。そのために作戦を考えていることは明らかで、有能なのは確か。
だからこそその能力の高さと組み合わさったその美貌に畏怖を感じざるを得ない。
なるほど。確かにこの南雲に従えばAクラスは間違いないと、そう思える。存外クラスメイトも馬鹿にしたものではないと姫野は思った。勿論、完全に信じ切った訳ではないが──
「……なんで、私?」
姫野は断る理由はないかもしれないと、冷静にそう思った。元よりBクラスの生徒の1人として、南雲の指示には逆らいたくない。波風立てることは望まないのだ。
それにメリットも多い。面倒は多少増えるだろう。頼みの内容が分からないのが少し不安ではあるが、Aクラスに近づくことを考えるならば多少のデメリットは飲み込める。
ただひとつ、自分を選ぶ意味は分からないと──姫野は南雲に対してそう疑問を投げかけた。
すると南雲は、そこで軽い笑みを浮かべ、先程までの圧力を消した上であっさりと理由を口にする。
「んー……隆二くんと同じ理由なんだけどね。私のことを、
「は……?」
信仰、という日本の学生にはあまり馴染みのない言葉を耳にし、姫野の口から間の抜けた声が出る。
あるいは嫌っているという意味なのだろうか。無理やり変換してみたが、それも正確なところは分からない。その神崎も嫌ってないように思えるし、姫野自身も別に南雲のことは嫌いとまではいかない。
強いていうなら……ファンではない、ということだろうかと。それなら分からないでもないが、それがどうして裏で動く人を決める基準になるのか分からなかった。
「……何それ」
「分からなくていいよ。単に私が気に入った人間を選んでるってだけだし。ユキちゃん可愛いし、隆二くんもイケメンだからね。それにどっちも側に置いてた方が面白そう」
「は、はぁ? 何それ……余計に意味分かんないんだけど」
アイドルに真正面から可愛いと言われ、つい照れた反応を見せてしまう。面白いというのがどういう意味か分からないが……ともかく、気に入ったということなのだろう。よく分からないが、理解はした。
「……まあ……分かった」
「お、受けてくれる?」
「Aクラスには私もなりたいし、アンタの言う事聞いてたらそれに近づかせてくれるんでしょ? それならいい。でも……本当に嫌なことは断るし、納得出来ないことはやらないから」
「うんうん、それでいいよ。それじゃ早速行こっか!」
「あ、ちょっと……!」
その頼みを姫野が引き受けたところで、南雲は機嫌が良くなったのか明るく頷いて立ち上がった。それを姫野は慌てて追いかけていく。
その時に姫野は思った。別に無条件に信頼してる訳じゃないが、結果を出してる人間の言う事なら聞く価値はあるのだろうと。頼まれた内容を聞いて面倒だと感じた自分を納得させた。
原作のBクラスと銀行のあり方が変わりました。原作よりも早い段階で学校の仕組みに気づいたり麗ちゃんの言葉や可愛さのおかげですね
感想、評価、良ければお待ちしております。