ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

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アイドル三人寄れば見目麗しい

 松下さんの言葉を受け止めた時、あたしの頭は一時パニックに陥った。

 なんでこんなことになったのかと、頭の中は疑問符でいっぱいだ。

 ……いや、違う。

 本当は気づいてる。これはあたしの自業自得だ。

 身から出た錆。あたしがこれまで自分の身を守るためにやってきた酷いことが、自分に返ってきている。

 だからこうなるのは仕方のないことなんだろう。

 ならそれを受け止めて、次に何をするべきかを考えるしかない。

 目の前では堀北さんが他のクラスのリーダーとの話し合いをしている。

 あたしのことを、松下さんに言われた通り他のクラスに行ってもらうかを考えている……と思う。

 実際のところどうなるかは分からないし、このままじっとしていても問題はないのかもしれない。

 だけど、だ。あたしはこの合宿の直前にバスの中で清隆にチャットで送られた言葉を思い出す。

 

『女子の情報を出来るだけ多く集めてくれ』

 

『もし可能なら……』

 

『だけど無理はするな』

 

 ……あたしは清隆の役に立ちたい。

 それは惚れた弱み……ってこともあるけどそれだけじゃない。

 清隆の役に立つことはあたし自身のためにもなるんじゃないかって思っているから。

 だから……そう。あたしも成長しなきゃならない。

 あたしは考える。この場で、いつものように強がってクラスの小グループを何としても保とうとすることも出来る。

 だけどそれは、クラスの中での地位を守るためには逆効果だとあたしは感じた。

 あたしのこれまでの言動を松下さんに指摘された以上、あたしがどれだけ自分を擁護しようと松下さんはそこを突いてくるような気がした。

 松下さんは結構頭は良かったし、悪い印象もない。大人っぽくて見た目も美人だし、友達も多い。

 このままあたしに取って代わる……なんてことも十分可能な子だ。

 それを防ぐために、あたしがやるべきこと。

 清隆の役に立つために、あたしは勇気を出すことにした。

 

 

 

 

 

「とりあえずざっと分けてみたけど……うん。まだまだ問題ありそうだね」

 

 再開されたクラス同士の話し合い。

 その中で真っ先に発言したのはやはり南雲さん。

 そう口にした理由は私にも分かる。とりあえず各クラス、12人にまとまるグループと1人になってもいい人達。そしてその他の余った生徒で別れてみたけれど、私たちのCクラスは未だ1人になる生徒を選びきれていない。

 

「そのことで提案があるわ。他のクラス中心の小グループで1人になるのはやっぱり負担が大きい。だからせめて2人組を作るのはどうかしら」

 

 だから私はそんな提案を口にした。

 最大報酬こそ得られなくなるが、この提案には他のクラスにとってもメリットもある。

 同じように生徒への負担を減らすことが出来るからだ。

 とはいえ……この状況で出来れば選びたくない選択肢ではある。それを指摘したのは坂柳さんだった。

 

「どうやらCクラスは事の重大性を理解していないようですね」

 

 坂柳さんは私を諭すように続けた。

 

「いいですか。最大報酬を諦めての他クラスから1人ずつではなく2人以上を引き入れたとします。その時得られるクラスポイントは最大時より28も減少します。各クラスから2人ずつであれば84。この差をどう考えるかはそちらの自由ですが、Aクラスとのポイント差が大きく離れている現状でそれだけのポイントを捨てる余裕はないと私は考えます」

 

「……そうね。あなたの言う通りよ坂柳さん。Aクラスとのポイント差を考えるなら、最大報酬を諦めることは少なからず好機を逃すことになる」

 

「それを理解しているのなら無理にでも1人になる生徒を選んで頂きたいですね。あるいは減ったクラスポイント分の補填をしていただけるのであればまだ交渉の余地はありますが……Cクラスの財政状況はお世辞にも良いとは言えない」

 

 坂柳さんの言葉は正しい。それだけに、反論する隙はあまり見当たらない。

 ……いや、違うわね。反論しようと思えば出来なくもない。だけど、私自身がそのデメリットを受け入れることを拒否している。

 Aクラスの現在のクラスポイントは1320。私たちCクラスとは1000ポイント以上の差がある。

 この先の2年で逆転するにしても大きくクラスポイントが動く特別試験がどれだけ行われるか分からない。

 だけど少なくとも1年近くは安泰と思われる差だ。

 それだけに下位クラスとしては特別試験の機会を無駄にすることは、それだけAクラスを目指すことが絶望的になる。

 だから私は口を噤んだ。坂柳さんの言う通り、補填するだけの潤沢なプライベートポイントを保有しているわけでもない。

 ならやっぱり1人になる生徒を無理にでも選ぶ必要があった。

 

「待ってください」

 

 だが私が言葉を迷わせている間に、思わぬ助け舟が入った。

 その相手はDクラスの女子をまとめている椎名さんだ。

 

「坂柳さんの言うことは私も理解出来ます。しかし、必ずしも各クラスに送る相手を1人にする必要はないのではないかと」

 

「興味深いですね。そう言うからには何か妙案でも?」

 

「はい。皆さんが今問題としているのはAクラスがこのまま独走を続けることだと思います。また、それを避けるべきだという共通認識はAクラス以外の皆さんは持っているはず」

 

 椎名さんは1度全体を見渡してそう指摘する。否定の声は上がらなかった。

 南雲さんもまだにこにことその話し合いを見守るのみで口出しはしなかった。それを見て椎名さんは続ける。

 

「そうであればAクラスにはAクラスを中心とした4クラス混合の小グループを作ることを諦めてもらう、というのはどうでしょう?」

 

「Aクラスに諦めてもらう?」

 

「はい。そうなれば仮にAクラス14名、他クラス1名の小グループが1位を取ったとしても最大で得られるクラスポイントは140ポイント。これならばもしAクラスが1位を取ってしまった場合も差は最小限に留まりますし、他の3クラスのどこかが1位になった場合はそれ以上のポイントを得られることになります。これなら多少、報酬が減ることも許容出来るのではないでしょうか」

 

 椎名さんの提案を聞いて私もそれを理解する。確かに、それならば許容範囲だろう。自分たちのクラスが得られる報酬に比べて、Aクラスが得られる報酬はそれよりも低い。

 とはいえ問題もあった。

 

「中々に面白い提案を聞かせて頂きました。しかし……それを実現しようと思うなら障害があるかと」

 

「3クラスで結託出来ればやれないことではないと思います。──と、いうわけでAクラスにはそれを認めて頂きたいと思うのですが……どうでしょうか、南雲さん」

 

 椎名さんはそこで南雲さんに問いかける。

 そう、その提案にはAクラスが折れることが必要不可欠。

 Aクラス以外の3クラスが結託することで小グループ決めを優位に運べるとしても、それにはAクラスを説得する必要がある。

 南雲さんがそれを簡単に許すはずがない。

 

「なるほどねー。可愛い顔して中々酷い提案してくれるね、ひよりちゃん。Aクラスだけは不平等を受け入れろって?」

 

「酷いことを言っている自覚はあります。ですが、そこは王者の余裕として受け入れて頂ければな、と」

 

「そうしないとAクラスにだけ更に不利な条件で折れさせることになるってことだよね。実質脅しになるわけだ」

 

「結果的にはそうなります。そしてここで折れてくれるのなら残りのグループ決めにおいてある程度Aクラスの意向を汲んでもいいと私は思いますが……皆さんはどうでしょうか?」

 

「もし麗さんが折れてくださるのであればそれに越したことはないですね。もちろん構いませんよ」

 

「Cクラスとしても異存はないわ」

 

 私は考えた上で椎名さんの提案に乗っておくことにする。

 Aクラスが1位を取った場合の報酬を減らせるのであれば確かに悪くない展開だった。

 そのために残りの小グループ決めを南雲さんに委ねるのは少し怖いけれど、限りなく低いリスクを恐れるあまりに得られるメリットを失うのは賢い選択ではない。

 それに南雲さんはおそらく、折れることはないとも見ている。先程の発言を聞いている限り、南雲さんには別の考えがあるのではないかと。

 

「うーん……そうだねぇ……」

 

 だから様子を見ることにした。

 南雲さんは腕を組んで悩む素振りを見せた。そうして間を取った後に南雲さんは腕を解いて再び笑顔になる。何かを思いついた、とでも言うように。

 

「あ、それならさ。こういうのはどうかな?」

 

「何でしょう?」

 

「私たちAクラスがもし1位を取った場合が怖くてそんな提案をしてるんだよね。だったらそもそもの私たちAクラスが1位を取る可能性を減らしてしまうってのはどう?」

 

「……どういうことでしょうか?」

 

 疑問符を頭に浮かべた椎名さんが問い返す。多くの生徒も同じだった。

 だけど私はそこではっとする。もしかして、南雲さんはこうなることを予測していたんじゃないかと。

 

「つまり、Aクラスが中心の小グループから私が抜ければいいんだよ。そうすれば私たちが大きなポイントを取る確率は限りなく少なくなる」

 

 そして私の懸念は的中する。

 南雲さんの提案は先程私に小声で口にしたものと同じだった。

 私はそれがどういう意味を孕むのかを思考しつつその会話をしっかりと耳で聞く。

 

「……なるほど。確かに、南雲さんはAクラスのリーダーにして主力。その南雲さんがいなくなればAクラスが中心の小グループが1位を取る可能性は低くなりますね」

 

「でしょ? おまけに帆波ちゃんもいないわけだしさ。それなら成績は本来得られるはずだったものよりも大きく下がる。だから4クラス混合による報酬のチャンスだけはなくさないでほしいなーって」

 

 椎名さんが南雲さんの言葉に理解を示す。

 実際、南雲さんと一之瀬さんという2人の主力がいなくなることでAクラスの小グループの得点は下がるだろう。

 Aクラスの生徒たちが困惑しているところを見るに、この流れは想定外だったみたいね。

 ならこの提案はクラスに話していない南雲さんの独断……いえ、機転を利かせた戦略ということ? 

 だとしても妙なチグハグさ、気持ち悪さは残る。1位を目指す小グループから主力2人を外すという選択肢は、幾ら4クラス混合の最大報酬を得るためとはいえ中々に大きい博打だ。

 それこそ南雲さんの言うように可能性が低くなってしまう。……それでもチャンスを潰したくなかった? 

 あるいは……そうなったとしても1位を取れるだけの何か戦略があるのかもしれない。

 だけど思いつかない。

 この試験で1位を取るために出来ることは能力の高い生徒と組むこと。グループの連帯感を高め、不和を起こさないようにすることなど、出来る限り可能性を高めるものばかりだ。

 他人を蹴落としたりすることは難しい。ルール上、出来ないようにされている。なら、これは一体どういう意味があるのか……。

 

「麗さんがAクラス中心の小グループから抜ける……ですか。なるほど、面白い提案ですね」

 

「有栖ちゃんは気に入った? まあそうなればBクラスが1位を取れる可能性は高くなるもんねー」

 

「ええ。それは間違いなく高くはなるでしょうが、少しお聞きしたいことが。Aクラスの生徒が中心の小グループから抜けるとして、麗さんはどうするつもりですか?」

 

「そりゃ他のグループに入るよ。あ、でも他のクラスが中心の小グループに入るのはやりすぎだからNGだね。適当に余り物を集めたグループでも作るよ。それならいいでしょ?」

 

「ふむ……」

 

 南雲さんの言葉を受けて坂柳さんが顎に手を当てて先程の南雲さんのように考える素振りを見せた。

 そして少しの間を置いた後、坂柳さんは結論を下す。

 

「──そうですね。そういうことであれば……私たちBクラスとしては了承しても構いません」

 

「分かってくれた? さすがは有栖ちゃん。ありがとねー」

 

「早とちりしないでください。私は了承しても構わないと言っただけ。正式にその提案を受けるにあたってこちらから条件を出させて頂きます」

 

「条件? 何かな。あんまりキツいのは勘弁してね」

 

「心配なさらずとも簡単なことですよ。私たちのクラスから1人、南雲さんの小グループに受け入れて頂きたい生徒がいます──山村さん」

 

「は……はい……」

 

 坂柳さんに名前を呼ばれて、1人の生徒が前に出てくる。

 あまり見たことのない生徒だった。山村、と言うらしい。声が小さくてどこか怯えているような、おどおどとした様子の女子。

 

「実は彼女をどこの小グループに配置するかで悩んでいたんです。山村さんはあまり人付き合いが得意ではないので他のクラスに合流させるには心配で。かといってBクラスの小グループで1位を目指す以上、山村さんを加えるわけにはいきません」

 

「それで、私が面倒を見ればいいって?」

 

「麗さんであれば山村さんを仲間外れにしたり嫌がらせを行ったりすることはないでしょうから。お引き受けいただけますか?」

 

「勿論いいよ。といってもCクラスやDクラスが私の提案を呑んでからの話だけどね」

 

「そうですね。私は麗さんの提案をメリットのあるものと受け止めましたが他はどうでしょう。堀北さんに椎名さん。お二人の意見を聞かせてください」

 

 坂柳さんから意見を求められながらも私は坂柳さんの言葉の意味を考えていた。

 正直なところ坂柳さんもまた信用出来ないだろうと。

 先程は南雲さんのことを信用ならないと評していた坂柳さんが今は南雲さんを信用しているかのような言葉を口にする。その矛盾。

 特に意味があるようには思えないが、それでも信用しすぎないほうがいいだろうと判断する。その上で、南雲さんの提案を受けてもいいか私は考え発言しようとした。

 

「あの……堀北さん」

 

「軽井沢さん?」

 

 そこで声を掛けられる。声の持ち主は軽井沢さんだ。

 先程までどこか不安がっていた表情とは打って変わって、軽井沢さんは覚悟を決めたかのような表情をしていた。その理由を私はすぐに知る。

 

「あたし……あたしを南雲さんのいるグループに振り分けてくれない……?」

 

 軽井沢さんの提案は私にとっても、Cクラスの生徒にとっても意外なもの。

 私だけでなく松下さんもまた驚いている。そんな中で、軽井沢さんだけがはっきりと私たちに告げていた。

 

「それは……あなたが希望するのであれば構わないけれど……一応理由を教えてくれるかしら」

 

「さっき、その……松下さんが言ったことをあたしなりに考えてみたの。だから……みんなごめん!」

 

「か、軽井沢さん!?」

 

 私に理由を問われた軽井沢さんは他の女子たちに向かって意を決したように頭を下げる。

 

「確かにあたし、ちょっと自分勝手だったかも……これからはさ、改めるようにしていくから、その……許してくれる……?」

 

「それは……その、もちろんいいけど……」

 

 戸惑いながら顔を見合わせる女子たちは軽井沢さんの突然の謝罪に困惑が解けない。

 

「松下さんも、ごめんね……あたし、頭も良くないし運動もそこまで得意なわけじゃないけどこれからはクラスに貢献出来るよう頑張るから……南雲さんのグループに行くのもそのため。あたしなりに考えた結果というか……情報収集みたいなこと、出来たらなって思って……」

 

「……そうなんだ。うん、それならいいと思う。私も、さっきはちょっと言い過ぎたかもだから……ごめん」

 

「ううん。松下さんに注意されてあたしも気づけたから。……堀北さんも、そういうことならいいよね?」

 

「そう、ね……」

 

 私はその一連の謝罪の流れと軽井沢さんの行動にどこか違和感を覚える。

 もしかするとこの行動も綾小路くんが……? いえ、それは考え過ぎね。

 綾小路くんがこの流れを見越していたとはとてもじゃないが思えない。

 だとするとこれは軽井沢さんの独断。南雲さんの動きを見張るため、自ら南雲さんのグループに入り込もうとしている。

 情報収集の部分を小声でCクラスに告げた軽井沢さんは、私の返事を待つよりも先に一歩前に出る。

 

「南雲さん。ちょっといい?」

 

「軽井沢ちゃんどうしたの? さっきからCクラスの方で揉めてるみたいだけど……何かあったりした?」

 

「うん。ちょっとグループ分けのことで……ね。それでお願いなんだけど、あたしも南雲さんのグループに交ぜてもらってもいい?」

 

 軽井沢さんが南雲さんに自らの希望を伝える。

 それを受けて南雲さんは、南雲さんにしては珍しく少し驚いていたように見えた。

 

「それは別にいいけど……軽井沢ちゃん、クラスの友達と一緒じゃなくていいの?」

 

「誰かと一緒でもよかったけどせっかくの機会だからさ。南雲さんと仲良くなりたいんだよね。ほら、入学してすぐの時にちょっと話したくらいであんまり遊んだこともなかったしさ」

 

 南雲さんに話す時の軽井沢さんはもういつもの軽井沢さんだった。

 仲良くなりたい、と純粋な気持ちのグループ加入希望だという軽井沢さんに、南雲さんは笑顔を見せる。

 

「なるほどね。そういうことならもちろんいいよ。私も軽井沢ちゃんとは色々話してみたかったしね」

 

「うん、ありがと。それじゃ堀北さん。そういうことでいいよね?」

 

 最後に私に確認を取ってくる軽井沢さん。

 私はそれを見て、この混合合宿。グループ分けにおける1つの利点を頭に思い浮かべていた。

 先程までは気づけていなかったその利点。そして、問題を解決するための糸口が僅かに見えてくる。

 

「そうね。そういうことなら構わないわ軽井沢さん。それと南雲さん、私たちCクラスとしてもその提案にはもちろん賛成よ」

 

「お、ありがとねー鈴音ちゃん」

 

 だけど私はそのことをおくびにも出さずにまずは自クラスの状況を整えることにした。軽井沢さんが半ば強引に南雲さんのグループに潜り込んだ以上、他のクラスには誰か別の人間を送り込む必要がある。

 そのため私はクラスと相談したいと一言断ってからもう1度クラスの輪の中に戻る。そうしてまずは松下さんに告げた。

 

「松下さん。あなたは1人になっても構わないのよね?」

 

「うん、それはもちろん。自分から言い出したことだしね」

 

「だったらあなたには……そうね。Aクラスが中心の小グループに行ってもらう。それでいいかしら」

 

「わかった。それでいいよ」

 

 松下さんに改めて確認を取りつつ松下さんをAクラスに行く1人に決定し、そして改めてクラスメイトに問いかける。

 

「他にBクラスとDクラスのグループに行っても構わない生徒はいる?」

 

 もう1度そう問いかける。

 その枠を埋めるはずだった軽井沢さんが南雲さんのグループに行ってしまったことに少なからず困惑していた様子だけど、私が勝つためにそう判断したことだと念押ししておく。

 そうして再びCクラス内での話し合いを私が行おうとした直後だ。今度はまた動きが別のクラスで起きた。

 

「椎名さんさ。さっきから勝手にクラスのこと決めてるけどそういうのやめてくれない?」

 

 比較的大きな声。こちらにも届いたその声に振り返るとDクラスの方で何やら言い争いが起きているようだった。

 

「Dクラスの真鍋さん……どうしたんだろ?」

 

 櫛田さんから名前を耳にして名前と顔を一致させる。どうやら椎名さんと言い争っているのは真鍋さんという生徒らしかった。

 もっとも、言い争っていると言っても椎名さんは声を荒らげたりはしていない。冷静に真鍋さんと会話をしているように見えた。

 

「真鍋さん。他のクラスから注目を浴びています。出来ればもう少し声を落としていただけると……」

 

「何よそれ。龍園くんにでもなったつもり? 言っとくけど私、椎名さんのことリーダーって認めたつもりないから」

 

「龍園くんになったつもりもリーダーになったつもりもありませんよ。私はDクラスの一員としてクラスのためになるよう動いているつもりです。その証拠に、逐一皆さんに確認を取るようにしています。それではご不満ですか?」

 

「不満に決まってるでしょ。クラスの皆と結託して私を除け者にしようとしてるじゃない。クラスのためとか言ってるけどあんただって伊吹さんと一緒で私のこと気に入らないだけなんでしょ? 龍園くんのお気に入りだったもんね、あんたと伊吹さんはさ」

 

 真鍋さんがどうやら一方的に椎名さん。それと伊吹さんに対して感情を露わにしている。そう見えた。

 その争いにDクラスの他の生徒も誰も口を挟まない。そのことからDクラスの中で真鍋さんはそれなりの地位にあったことが分かった。

 だけど伊吹さんは真鍋さんに恐れることなく負けじと言い返す。

 

「あほらし……あんた、何を急にわめいてんのよ。うるさいからやめてくれない?」

 

「何? あんたまで上から目線で説教? 伊吹さんのそういうとこ、ほんとうざいんだけど」

 

「っさいわね……喧嘩売ってるなら買うけど?」

 

「出た出た。すぐそうやって暴力振るおうとするのほんと理解出来ない」

 

 伊吹さんと真鍋さんが互いに睨み合う。

 その中心に椎名さんは仲裁に入った。

 

「お二人ともやめてください。この場には他のクラスの生徒だけでなく先生方もいます。喧嘩は何も生まないどころか何か罰を与えられてしまうかもしれません」

 

「真鍋に言いなさいよ。あたしは売られた喧嘩を買おうとしただけ」

 

「私のせいにするんだ? 暴力を振るおうとしたのはあんただけなのに」

 

「それ、あんたの被害妄想でしょ。あたしは喧嘩を買うとしか言ってない」

 

「伊吹さんの取り柄なんてそれだけしかないんだからそう思うのも仕方ないでしょ。ほんと野蛮人」

 

「ちっ……」

 

 椎名さんが止めるも伊吹さんと真鍋さんの険悪さは留まるところを知らない。

 そんな中で、椎名さんは2人の争いをしばらく見ていたかと思うと、ふと手をぽんと叩いて頷いた。

 

「分かりました。お二人は──仲が悪いんですね」

 

「そんなの見れば分かるでしょ」

 

「バカじゃないのあんた」

 

「いえいえ。お二人の相性が悪いことは知っていましたがまさかここまで仲が悪いとは。それなら……ええ、クラスのためにも問題は解決しなければいけませんね。であれば私がお二人の橋渡し役になりましょう。お二人とも、私と同じグループを組んでください」

 

「「は?」」

 

 伊吹さんと真鍋さんの声が重なった気がした。

 

「それで……そうですね。少人数の小グループの方に加えて貰いましょう。──南雲さん、ちょっとよろしいですか?」

 

「……何かな?」

 

「私たち3人をそちらのグループに加えていただけませんか?」

 

 伊吹さんと真鍋さんが固まる中、椎名さんは南雲さんに声を掛けに行くととんでもない提案を口にした。

 そこで固まっていた2人もまた動き出した。すぐに椎名さんに文句をつける。

 

「ちょっとあんた何言い出してんのよ……! 南雲さんはまだともかく、伊吹さんと同じグループなんて絶対嫌なんだけど!」

 

「真鍋に同意するわけじゃないけど私もこいつと一緒なんて絶対に嫌。しかも南雲と同じグループなんて……あんた、何考えてんの?」

 

 当然の文句。拒否。仲の悪い2人が同じ小グループを組むことを同意するはずがない。

 だけどそんな文句も、どこかのほほんとした雰囲気で受け止めている椎名さんはマイペースに話を進めた。

 

「お二人ともこの合宿の理念は聞きましたか?」

 

「……知らないわよそんなの」

 

「聞いてないし覚えてない。それが何?」

 

「バスの中で坂上先生が仰っていましたし、しおりにも書かれていました。何でも、この合宿は生徒の精神面での成長を目的としているとか。そのために普段関わりのない生徒同士でも自主的に交流を持って上手くやっていく方法を学んでいく。簡潔に言えばこういうことです。そうですよね、南雲さん」

 

「まー、有り体に言えばそうだね」

 

「そうですよね。私はこの混合合宿を、普段いがみ合っている生徒同士でも交流を深めることが出来る良い機会だと解釈しました。なので私たち3人を南雲さんの小グループに加えて頂いて、そこで交流を深めようかと」

 

 椎名さんの意見にDクラスやAクラス……いや、他のクラスも理解出来ないものを見るような、どこか微妙な空気が流れる。

 だけど私はそれを聞いて冷静だった。私もまた椎名さんの意見に同感だったから。

 

「あんた……正気?」

 

「ワケ分かんない……なんでそうなるのよ」

 

「聞けば南雲さんはどうやら他クラスから余り物を回収してまとめてくださるようです。でしたらこの機会に、ぜひ私たちのことも回収してもらわないと……」

 

「私のこと粗大ゴミか何かみたいに言わないでくれる? こいつはどうでもいいけど」

 

「は? それを言うなら私よりも伊吹さんの方がゴミでしょ?」

 

「は?」

 

「どちらも等しくクラスの和を乱してしまっています。なのでここは異なる環境に身を置いて互いを理解し合うのが1番かと。どうでしょうか、南雲さん」

 

「私は別にいいよ。2人が良いなら、だけど」

 

 椎名さんの発言を受け、南雲さんは承諾する。

 もっとも、2人が同意していればという当然の条件付きでだ。それを聞いて椎名さんは頷いた。

 

「聞きましたか伊吹さん。真鍋さん。今なら無料でお引き受けくださるそうです。こんなチャンスは滅多にないかと」

 

「どこがチャンスだってのよ」

 

「南雲さんが率いるグループであれば安心して1週間を過ごすことが出来ます。ボーダーを下回ることもよっぽどのことがなければないでしょうし」

 

「そりゃそうでしょうし、伊吹さんと一緒じゃなければ私も別にいいけど……伊吹さんと一緒だけは嫌」

 

「そこを何とか折れて頂ければと」

 

「何度言われたって──」

 

「真鍋ちゃん、ちょっといい?」

 

「っ……南雲、さん……」

 

 椎名さんの説得を突っぱねようとした真鍋さんだったが、そこで南雲さんに声を掛けられると途端に気勢が弱まる。

 例えるなら蛇に睨まれた蛙と言ったところ。南雲さんは真鍋さんを諭すように告げた。

 

「さっきからちょっと見てたけど、真鍋ちゃんにも問題はあるし、そこは改めないといけないと思う」

 

「それは……」

 

「だからさ。真鍋ちゃんが良ければ3人でこっち来なよ。ひよりちゃんの言う通り、改善のきっかけになるかもしれないしさ。ね、どうかな?」

 

「っ……」

 

 南雲さんが説得する側に回ると、途端に大人しくなった真鍋さんは横目で伊吹さんを少し睨みつける。

 だけどすぐに視線を南雲さんから逸らすように戻すと、諦めたように小さく言葉にした。

 

「……分かった。私は……別にいい」

 

「は? あんたまで……ほんとどういうつもりよ」

 

「伊吹さんには関係ない」

 

 伊吹さんの言葉に応えず、それだけ言うと真鍋さんはそっぽを向いた。

 そして残った伊吹さんに椎名さんが続ける。

 

「後は伊吹さんが同意してくだされば晴れて南雲さんのグループに交ぜて頂けます」

 

「……どういうつもりよ?」

 

「どういうつもりも何も、クラスのためです。伊吹さん、協力してください」

 

「ちょっとあんた……」

 

「お願いします」

 

 椎名さんが頭を下げて伊吹さんに頼み込む。

 その姿に伊吹さんは面食らったようだけど、少しして息を吐いた伊吹さんはそれに答えた。

 

「……分かったわよ」

 

「ありがとうございます。伊吹さんなら受け入れてくださると思っていました」

 

「そういうのいいから。……喧嘩になっても責任取れないからね」

 

「はい。そうならないよう尽力させていただきますね。──そういうわけです南雲さん」

 

 意見がまとまったことを伝えると南雲さんは先に後ろにいた2人に声をかける。山村さんに軽井沢さんだ。

 

「山村さん。軽井沢ちゃんも、いいよね?」

 

「……はい……」

 

「……分かった」

 

 山村さんは静かに大人しく、そして軽井沢さんは、どこか我慢するように頷いていた。

 そうして椎名さん、真鍋さん、伊吹さんが南雲さんのグループに合流する。

 これで南雲さんの小グループは4クラス混合になったけど、必要人数の10名にはまだ足りていない。

 

「……櫛田さん」

 

「何、堀北さん?」

 

「私を信じてほしい」

 

「……え? それって……」

 

 そこで私は動くことにした。櫛田さんに一言、強い意思を込めてそう口にすると私は南雲さんに声をかける。

 

「南雲さん。私からもお願いがあるのだけど……いいかしら」

 

「鈴音ちゃん? ……うん、もちろんいいよ。何?」

 

 私は意を決して口にする。

 私にとっての問題を解決するため。

 そして今は分からない、怪しい南雲さんの動きをいざとなった時に封じるために……私は提案した。

 

「私と櫛田さんも、あなたのグループに加えてほしい」

 

 そうお願いすれば、今度こそ喧騒が一瞬止んだ気がした。

 しかしすぐに動揺がCクラスに、そして他のクラスもまたざわつき始める。

 だけどその中で、私と南雲さんは互いに視線を合わせながらも落ち着いていた。

 

「……あはっ。中々面白い提案だね鈴音ちゃん」

 

「受けて貰えるかしら?」

 

「そうだね。もちろん構わないよ。鈴音ちゃんも桔梗ちゃんも友達だからね。2人共優秀だし断る理由はないかな」

 

「そう。なら……決定ね」

 

 私はそこで右手を差し出す。

 以前は南雲さんの方から差し出されたと記憶しているその手だ。まさか私が握手を求めると思ってはいなかったのか、少しだけ遅れて、しかし快く南雲さんは同じように右手を差し出す。

 

「よろしくお願いするわ。南雲さん」

 

「こちらこそ。よろしくね。鈴音ちゃん」

 

 二度目の握手を交わす。

 だけどあの時と今じゃ状況も私自身の心構えも違う。

 

「どうやら、決まったようですね」

 

 そしてそこからしばらく──各クラスによる話し合いは再開され、小グループが完成すると坂柳さんはくすりと笑って感想を口にしていた。

 

「面白い組み合わせになりましたね。こうなってくると私としては少し寂しいかもしれません」

 

「だったら有栖ちゃんもこっち来る?」

 

「遠慮しておきますが……後ろ髪を引かれるとはまさにこのことですね。状況が許すのであれば、私もそちらに行っていたかもしれません」

 

「それは巡り合わせが悪かったね。なら先輩たちはもう決まってるみたいだし、合流しようか」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 私は南雲さんの隣に並び、2年生と3年生と合流していく。

 私が所属する異質な小グループの内訳を、私はしっかりと内心で受け止めながら。

 

 Cクラスからは『軽井沢さん』『櫛田さん』『私』の3人。

 Bクラスからは『山村さん』1人。

 Dクラスからは『椎名さん』『真鍋さん』『伊吹さん』の3人。

 そして最後。Aクラスからは『南雲さん』『姫野さん』『森下さん』の3人。

 合計10人の4クラス混合の小グループ。

 そして責任者は……自ら名乗り上げた南雲さんが務めることになった。

 

 ……やられてばかりではいない。

 私はそう決意する。Aクラスを目指すために、私は南雲さんと渡り合う覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 ──1年生女子が全ての小グループを決定する少し前。

 

 1年生男子の小グループが決定したことで、オレたち1年生は2年生、3年生の先輩方と合流する。

 その1年生の中心に立つのは、Aクラスの神崎だ。隣には同じくAクラスの男子で同じ小グループとなる浜口や柴田といった生徒たちが並んでいる。

 そして1年生の雰囲気は……いや、オレたちの小グループの雰囲気は重かった。

 

「とんでもないことになったな……明人、清隆」

 

「ああ。本当に、あいつを引き受けてよかったのか?」

 

 同じ小グループになった同クラスの3人の内2人、啓誠と明人がオレに不安を口にする。

 オレはそれに理解を示すように頷いた。

 

「仕方ない」

 

 どの道、オレたちには碌な選択肢はなかった。

 その中でも最善の状況判断。

 オレはオレなりにこの試験をクリアするための道筋を作り上げる。

 現時点で判断出来る材料は少ないが、どんな状況であっても事を少しでも有利に運ぶために出来ることはした。

 後はオレたち男子だけじゃない。恵や堀北たちがどうなるか。

 そして上級生の動きにもかかっている。

 それまでは一先ず様子を見るしかない。

 ……とはいえグループの雰囲気が重いのは何とかしたいところだがそれも難しいだろう。

 オレたちの組んだ小グループの構成にそもそも問題がある。その組み合わせを改めてオレは頭の中で思い浮かべた。

 

 Aクラスから『渡辺紀仁』『時任克己』の2人。

 Bクラスから『戸塚弥彦』。

 Cクラスからは『幸村啓誠』『三宅明人』『高円寺六助』そして『オレ』の4人。

 Dクラスからは『石崎大地』『山田アルベルト』。

 

 だがこれだけじゃない。更に2人。BクラスとDクラスからそれぞれ1人。オレは大きく距離を取っている2人を見てその名を思い浮かべる。

 

 ──『葛城康平』そして……『龍園翔』の2人。

 

 他と比べても遥かに異質で怪しいこの計11名の小グループ。

 それが成立してしまったことも含め、大変な1週間になると……オレは確信していた。




最強ギスギス合宿の開幕です。女子はみんな可愛い子ばっかりで楽しそうだよね。
次回は先に書かないといけないものもあるで少し空くかもですがお楽しみに。

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