ようこそアイドル至上主義の教室へ   作:黒岩

54 / 96
一般黒髪ロング美少女から見たアイドル

 林間学校の2日目。生徒たちはそれぞれ割り当てられた部屋で就寝し、そして朝6時頃には部屋に取り付けられたスピーカーから聞こえるBGMに起こされる。

 

「はーい。みんなおっはよー!」

 

 だけどそれだけじゃなく皆をしっかりと起こすのは責任者でもある可愛いアイドル、麗ちゃんの役目だ。私が明るく大きめの声で挨拶を行えば寝ぼけながらも身体を起こす子達が数人。目覚めるのに時間がかかったのは数人だ。

 というわけで私率いる南雲小グループのイカれたメンバーを紹介しよう。まず真っ先に起きてきたのはこの人。

 

「……南雲さん、先に起きていたのね」

 

「そりゃあね! 集合早いし早めに目覚めないと準備が忙しなくなっちゃうから。ほらほら、皆も早く起きないと寝癖付いたまま集合することになっちゃうよー!」

 

 現Cクラスのリーダー。孤高の黒髪ロング美少女、堀北鈴音ちゃん! 目覚めの時ですら隙がない! ……と思いきやさすがに眠たいのか目元が険しいので可愛いポイントだ。昨日、男子側からの情報を聞いてから私のことを警戒しているけれど未だ様子を伺ってきているね。

 

「あはは……麗ちゃん、朝から元気だね」

 

「桔梗ちゃんもおはよー! あ、顔洗うなら部屋を出て右に洗面所あるから使うといいよー。混雑すると思うから早めに行った方がいいかな」

 

「ありがと。それじゃちょっと行ってくるね」

 

 次はこの人。Cクラスが誇る偽りの天使、櫛田桔梗ちゃん! 誰にでも優しく負の感情を出さないようにしているけど私のことは嫌いな上、弱みを握られてるから恐れていて昨日からちょっと口数が少ない可愛い子だ。

 

「やば……あたしも早めに準備しなきゃ」

 

「恵ちゃんおはよー! ドライヤー使う? コンセントの差込口はベッドの脇にあるからねー」

 

「あー……えっと、おはよう麗さん。教えてくれてありがとね」

 

 お次の3人目。Cクラスの最後の1人はこの人だ! Cクラスの最上位カーストに位置するギャル系美少女! でも実は元いじめられっ子! 軽井沢恵ちゃん! 

 何が目的か(分かるけど)私に近づいてきた子で昨日から仲良くなるために互いに名前で呼び合うことに決めた可愛い子だ。色々と不憫だけど頑張ってほしいね! 

 

「伊吹さんに真鍋さんも起きてください。早くしないと集合時間に遅れてしまいます」

 

「分かってるわよ……」

 

「ここにいる間ずっとこんな早く起きないといけないわけ……? 冗談キツいんだけど……」

 

 そしてCクラスの紹介が終わったところで次はDクラスの紹介だー! 寝ぼけ眼の格闘少女、伊吹澪ちゃんといつもより3割マシで機嫌が悪そうないじめっ子、真鍋志保ちゃんに、その2人を起こすマイペースな読書っ子の椎名ひよりちゃん! 

 3人の仲はぶっちゃけあんまし良くないけどこの合宿で改善することをひよりちゃんは目標にしてるらしいので皆で応援してあげよう! 

 

「森下さんそろそろ起きないと……」

 

「大丈夫です。ベッドの上で目を瞑っているだけでもう起きていますから」

 

「身体起こさなきゃ寝てるのと変わらなくない……?」

 

 お次は私のAクラスからこの2人! ダウナーでソロ好きのちょっぴりパンクなおしゃれさん、姫野ユキちゃんと、Bクラスからやってきた不思議ちゃん、森下藍ちゃん! 

 2人とも頼りになる私の側近だけど集団行動が得意なタイプじゃないからね。今回は私の小グループに入れといた。私のやりたいこともしっかり指示通りに動いてくれるだろうしね。

 

「山村さんも準備出来たね?」

 

「はい……」

 

「よーし、それじゃ集合するよー」

 

 最後はBクラスからの唯一の刺客! 影が薄い! 自己肯定感が低い! 暗い! 話しかけても怯えられる! でも地味にずっと私を見ている気がする! 一体こいつは何者なんだ!? 山村美紀! 

 この9名に超絶可愛いアイドルの麗ちゃんを含めた10名が私率いる小グループだ。うーん、色々問題はありそうだけど美少女偏差値はボーダー超えどころか全小グループ中トップ間違いなしの最強グループだね! 

 

「……どいて」

 

「っ……」

 

 おっと。そして地味に部屋で気まずそうなやり取りを目にしてしまった。準備のために部屋を出ようとした真鍋ちゃんが恵ちゃんに軽くぶつかる。うんうん、そういえばここも仲が悪いというか気まずい関係なんだよね。

 でも大丈夫。私はしっかりと理解しているし、撮れ高的にギスギスしているのは許容範囲だ。

 見れば見るほど問題が起こりそうでワクワクするし、ビジュアル的にもこのままメジャーデビューを目指したくなるけど今の私たちの目的はこの合宿を乗り越えることだ。なのでしっかりと準備を終えるためにテキパキと起こして(女子は時間がかかる)準備が終わったのを確認すると全員で部屋を出て集合する。

 この混合合宿では大グループ毎に授業を受け、朝食作りや掃除なども行う。なので私たちが集合する場所には担当の教師だけでなく2年、3年の先輩方も集まっているはずなのだが……。

 

「先輩方まだ来てないねー」

 

「……遅いわね。集合時間まで後5分しかないわよ」

 

 なんと、私たちの小グループが1番乗りだった。うーん、これは何かトラブルかな? 私たちも結構ギリギリに来てるのにまだ集合してないとは。担当教師の──お、茶柱先生じゃーん。どうやら私たちの担当らしい。時計をチラチラ見て気にしてる。初日から遅刻とか先が思いやられちゃうよね。得点にも関係してくるわけだし。

 

「すいません。遅れました」

 

「……1分前だ。次からはもう少し早く集合するように」

 

「はい。分かってます」

 

 だけどさすがに遅刻はしなかった。私たちがやってきて1分後には2年生の小グループ。そして更に3分後。集合時刻の1分前に少し慌てた様子の3年生の小グループがやってきた。

 責任者である猪狩桃子先輩が茶柱先生の注意を平然と受け止めるもその様子は僅かに苛立ちが見え隠れしている。

 そしてその中で3年Aクラスの橘茜先輩はどこか緊張の面持ちをしていた。こっちも中々のギスパというか先が不安になるグループだね。

 だけどまあ何とかなるでしょう。そういうわけで1週間のリアリティショーを始めさせて頂こう。私も結果を出せるように頑張るぞー! 

 

 

 

 

 

 林間学校初日。私たちは清掃を終え、初日は朝食作りは免除なため、朝食を食べてから授業に向かった。

 初日はその殆どがこれからどういうことを学んでいくかの説明に重きを置いたもので、本格的な授業は明日から始まる。

 だけどその初日だけでも前途多難さを私は感じていた。

 

「はいはい! いっちに! いっちに! 皆頑張ってー!」

 

 昼の授業は持久走で、最終日に行われる駅伝のための基礎体力づくりが行われる。

 所属する大グループで一斉に走り出したが、そのペースはそれぞれ違うもの。

 私たちの小グループで言うなら椎名さんと山村さんがかなり遅くて苦労していて、その次に真鍋さんと軽井沢さんの平均か、平均より少し遅い2人。次に平均よりは少し早い森下さん、姫野さん、櫛田さんの集団。

 そして先頭を走るのは私と伊吹さんに、南雲さんの3人。

 特に南雲さんは明るい声で皆に声掛けをしながら疲れを感じさせない様子で平然と私と伊吹さんの前を走っていた。

 

「あんた……短距離も速かったけど長距離も得意なわけ?」

 

「まあどっちかって言うと長距離の方が得意かなー。スタミナ自慢、体力お化けの麗ちゃんとしてアイドル時代からやってきてるからね。体力にはめちゃくちゃ自信あるよ」

 

 伊吹さんの質問に軽い調子で答える南雲さん。汗1つ流してないどころか息も乱していない。

 私や伊吹さんもこのくらいならまだ余裕はある。だけど全く疲れがないかと言えばそうはいかない。呼吸も普段よりは乱れているもの。

 だけど南雲さんにはそれはなかった。一緒に走ることを嫌い、なおかつ対抗心を燃やした伊吹さんが何度も追い抜こうとしても南雲さんはそれに合わせてペースを上げて1度も前を譲らない。

 私もまたある理由から南雲さんに出来るかぎり付いていったため無駄に疲労している。

 おかげで私たちだけ2年生や3年生を追い越してこの大グループの中でトップで指定の距離を走り終えてしまった。

 

「いやぁ、いい汗かいたね2人とも! その体力ならいつアイドルになってもやっていけるよ」

 

「全然汗かいてないじゃない……」

 

「……なるつもりもないし関係ないでしょう」

 

「関係なくないんだなーこれが。アイドルって結構体力大事よ? ライブで踊りながら何曲も歌うわけだし、握手会や撮影、イベントじゃ何時間も立ちっぱで色々しなきゃいけなかったりするしさ。毎日諸々の仕事をこなしていくには何よりも体力が大事なんだから」

 

 私と伊吹さんに向けてアイドルという職業における体力の大切さを説明してくる。アイドルに興味はないけれど、南雲さんがそう言うのであればそれ自体は正しいのだろう。

 

「だから私もスタミナだけは鍛えたねー。心肺能力は筋力とかと違って見た目に影響を及ばさないからどれだけ鍛えてもいいわけだし鍛え得だよね」

 

「……ふん。これで勝ったと思わないことね」

 

 だけどそんな説明に興味はない伊吹さんは負け惜しみのようなセリフを口にして離れていってしまう。給水でもしに行くのだろう。それを私は南雲さんと共に見送る。

 

「あらら、どうも私に負けてることが気に食わないみたいだね。ついでに鈴音ちゃんのことも」

 

「……そうね。体育祭じゃ彼女は私やあなたに負けて3位だった。その時のことを根に持っているのかしら」

 

 無人島でのことは伏せて私は南雲さんの言葉に同意する。あの時のことを口にしても何も得はないからだ。

 だけど南雲さんは笑顔で私を刺してくる。

 

「それだけ? 無人島でも何かあったんじゃない?」

 

「……別に。何もないわよ。どうしてそんなことを?」

 

「体育祭が始まる前から鈴音ちゃんに対抗心燃やしてたからね。ほら、あの時の龍園くんの作戦を聞いてるからさ私。伊吹ちゃんが鈴音ちゃんと戦うために順番を合わせに行ったことも分かってるわけよ。あれを聞いた限りじゃ伊吹ちゃんはそれ以前に鈴音ちゃんと因縁があると思うんだけど違ったかな?」

 

 体育祭での龍園くんの戦略を見抜いて音声を入手していた南雲さんにはそれくらいの推測は難しくなかったのだろう。よく考えてみればそれも理解出来なくはないが、私はそれを失念していたため僅かに内心で驚く。表には決して出さないように努めた。

 

「心当たりはないわね。もしかしたら私の体育の成績でも小耳に挟んだんじゃないかしら」

 

「バレててもしらばっくれる。うんうん、そういう態度を示すのは正解だね。だけど腹芸はまだまだ得意じゃないのかな? もうちょっと心に鍵を掛けないと洞察力が一定以上の相手にはバレちゃうよ。お兄さんを見習わなきゃね」

 

 しかし私がしらばっくれても南雲さんは確信している様子で頷きをしながら私を評価してくる。

 それに対し、私は静かに言葉を返した。

 

「……今なら分かるわ。そうやって兄のことを持ち出すのも私に対する揺さぶり。私の心をかき乱すための嫌がらせだってことが」

 

「おーすごいすごい! そういうのは分かるようになったんだ! いやー鈴音ちゃん成長したね! 最初に出会った時とは大違いだよ!」

 

 軽い拍手をしながら私のことを褒め称える南雲さんだが、生憎とバカにされているようにしか思えない。

 だけどここで苛立ちを出してしまっても彼女の思うつぼであることは理解出来る。南雲さんや龍園くんといった相手とやり合っていくならこのくらいの挑発は涼しく受け流すくらいの余裕が必要だと私は自分を戒めた。

 

「そういった安い挑発には乗らないわよ」

 

「挑発だなんてそんな、私は結構本気で鈴音ちゃんのこと褒めてるし評価してるよ? レアキャラがSRまで限界突破するなんて中々ないことだからね」

 

「レアキャラ? どういう意味かしら」

 

「鈴音ちゃんもあんまりゲームやらなそうだし分からないかー。ま、簡単に言えば以前までの鈴音ちゃんは普通の人よりちょっと性能が良くて可愛いだけの女の子だったけど、今じゃその壁を超えて優秀だと認められるくらいには成長したってことだよ」

 

 南雲さんのたとえは私には分からないもの。

 だけどそれが褒め言葉であること。そして以前までの自分がかなり下に見られていたことは分かった。

 ……もっとも、それも仕方のないことね。

 以前までの私は確かに南雲さんや龍園くんの掌で転がされるだけで何も出来なかった。

 だけどこれからはそうでないことを証明してみせる。そのためにも私はこの試験で目的を達成しなければならない。

 

「あなたに褒められるなんて光栄ね……とでも言えばいいのかしら」

 

「うーん、本当に変わったね鈴音ちゃん。今の鈴音ちゃんならAクラスに引き抜いてもいいくらいには悪くないよ」

 

「……私にそのつもりはない。Aクラスには正々堂々と今のクラスで上がるつもりよ」

 

「残念だね。でも気が変わったらいつでも言ってよ。鈴音ちゃんなら大歓迎だからさ」

 

 ……唐突にそのことを話題にしてきたわね。

 男子側で持ちかけられたAクラスに個人で上がる契約。私が何もそのことについて尋ねてこなかったから南雲さんからアクションを起こしてきた? 

 でもそれだけならこっちは動じない。冷静に応じるだけ。どういう意図があるのか聞きたい気持ちはあるけれど、それを聞いたところで正直に答えてもらえるとは限らない。

 それに今の私がやるべきことでもない。だから私は私の目的を達するために1度グラウンドを見た。まだ多くの生徒が走っている。終わるまで結構な時間があるだろう。

 

「──だけどまだまだ……私たちの領域に踏み込んでくるには足りないかな」

 

 ふと唐突に、南雲さんの眼光は鋭くなる。

 目を細め、薄い笑みのままこちらをじっと見てくる。

 普段とは違う。元々存在感のある南雲さんだが、今は圧力のようなものを感じられた。以前までの私であれば怯んでしまいそうなそれを受ける。

 だけど今なら冷静に対処出来る。私はその視線を真っ向から受け止めて言い返した。

 

「……そう。つまり私はまだまだ舐められているということね。ならその評価をこれからの結果で覆すだけよ」

 

「──目的は私の行動の監視と理解……それと、桔梗ちゃんの問題を解決するために私に秘密を口にしないようお願いしに来たってところかな?」

 

 南雲さんの言葉に心臓が跳ねる。

 それは私がこの小グループに入ることを決めた理由だったから。それをまさに、南雲さんは言い当ててきた。

 私は言葉を迷わせる。違うと言い張るか、それとも認めた上で話を続けるか。

 その天秤がすぐに後者に傾いた。だけど、その心の動きもまた見破られているのだろう。南雲さんが先を続ける。

 

「あはは、鈴音ちゃんってば分かりやすいねー。バレちゃったならむしろそこは開き直って認めた上で交渉した方がいいと思うよ。否定したところで意味ないしさ」

 

「……そうね。確かにその通りよ。私には目的があって南雲さん、あなたに近づいた」

 

「あれ? 私がなんで分かったか聞かないでいいの?」

 

「櫛田さんの問題の解決を私が求めることはそれほど不可解な行動じゃない。Aクラスを目指すと公言している私ならクラス内の裏切り者の問題を対処することを考えるのはむしろ当然のことよ」

 

 南雲さんの質問に私はそう答えた。

 だけど言うほど簡単なことでもない。私の考え……いえ、人間の考えはそう簡単に見抜けるものではない。

 私は南雲さんの洞察力が並外れたものであることを改めて理解する。

 だからと言って引くわけでもないけれど。

 

「ふーん、そっか。それじゃ聞くけど私にどうしてほしいのかな?」

 

「櫛田さんの秘密を誰にも言わないでほしい」

 

「ああ、そんなことね。オッケー無問題──なんて言うとでも思う? それって私に何のメリットもないよねぇ?」

 

「勿論メリットは用意してる。櫛田さんのことを黙っていてくれるならプライベートポイントを支払う用意があるわ」

 

 私はこの交渉のために用意していた交渉材料の1つを提示する。

 すると南雲さんは表情を変えないまま続けた。

 

「プライベートポイントねぇ……一応聞くけど金額はどのくらい?」

 

「まずは一括で50万。それから毎月、私に対して学校側から振り込まれるポイントの半分を南雲さん、あなたに譲渡させてもらうわ」

 

「却下。安すぎ。50万なんてはした金だしAクラスの私たちと違って低収入のCクラスの鈴音ちゃんの半分のポイントなんて貰ったところで何も出来ないよ。精々毎日のランチにおかずが一品追加されるくらいかな。それくらいじゃ私は動かせないよ」

 

 私の提示した条件を即座に却下する南雲さん。

 だけど私にも考えはある。それを口にした。

 

「いいえ、あなたは少しでもポイントが必要なはずよ南雲さん」

 

「なんでそう思うのかな。私たちAクラスがどれだけお金持ちか鈴音ちゃんも分かってるでしょうに」

 

「あなたが掲げる生徒個人のAクラスへの引き抜き。それを多く成し遂げるためにはそれだけ多くのポイントが必要になる」

 

 私はつい先日聞いたばかりのAクラスの提案をここで持ち出す。

 2000万プライベートポイントを使ってのAクラスへの生徒の引き抜き。それを行うと布告した南雲さんだが、それを成し遂げるためにより多くのポイントが必要になる。

 だから私はまず、プライベートポイントでの交渉を持ちかけた。南雲さんは私の言葉を聞くと否定はせずにそれを認める。

 

「ま、それはそうだけどねー。とはいえ鈴音ちゃん程度の収入じゃ本当に微々たるものなんだよなー」

 

「今後、私たちのクラスがクラスポイントを増やせばそれだけ収入が増える。しかもCクラスのリーダーである私から徴収出来る。あなたにとっては有利な条件よ。生徒1人の秘密に対する値段としては破格。そうじゃないかしら」

 

 櫛田さんの秘密を守る。たったそれだけで私からポイントを搾取することが出来る。それは今後のクラス間の闘争を優位に進めることの出来るものであるはず。

 ──だけど、南雲さんは甘くはない。

 

「甘い。甘いなぁ鈴音ちゃん。全然響いてこないよ。どうやら交渉の方はまだまだ下手っぴみたいだね」

 

「口止め料としてなら十分な金額だと私は考えているわ」

 

「鈴音ちゃんは、ね。私はそう思わないよ。鈴音ちゃんがそう思うように、桔梗ちゃんの秘密1つでクラスを崩壊させることも出来るんだから。普通の生徒の秘密とはわけが違う。アイドルと一般人のゴシップじゃ価値が全然違うように、桔梗ちゃんと一般生徒の価値も違うんだよ」

 

 金額が適正でないことを指摘されて私は少し間を置く。間を置かざるを得ない。

 私自身は櫛田さんの秘密に対し、それだけのポイントを払ってもいいと思っている。それが証明になっている。櫛田さんの秘密が、それほどのポイントじゃ済まないことを理解しているから。

 

「……ならもう1つ、あなたの欲しいものを上げるわ南雲さん」

 

「欲しいもの? 何かな」

 

「綾小路くんについて、私が知っていることを教えてあげる」

 

 だからこそ私はもう1つの条件としてそれを用意した。

 南雲さんが以前から綾小路くんについて探っている、知りたがっていることは分かっていた。

 だから南雲さんにとっては私からの微々たるポイントよりも価値があるはずと、そう睨んだ。

 

「いやぁ、別にいいかな」

 

 だけど南雲さんは拒否してきた。

 私は疑問に思い、問いかける。

 

「……なぜかしら。あなたは綾小路くんについて知りたがっていたはずよ南雲さん。同じクラスで行動を共にしていた私からの情報を知りたいとは思わないの?」

 

「まあ知りたいのは確かだけどさ。鈴音ちゃんが持ってる情報がどこまで有益なものかも分からないしね」

 

「……それは」

 

 確かに、その点は南雲さんの言う通りだ。

 だけどそれでも南雲さんなら綾小路くんの情報であれば知りたがると思っていた。

 彼女の綾小路くんに対する執着。それを知っていたと思い込んでいた。

 

「鈴音ちゃんさぁ……確かに私に対してどんな交渉を持ちかければいいかってのは難しい問題だし桔梗ちゃんの問題も出来るだけ早く解決したいのも分かるけどそれを考えるあまり視野が狭くなっちゃってるんじゃない?」

 

「……そうね。そうかもしれない。なら逆にあなたに問うわ。何を支払えば、櫛田さんの秘密を守ってくれるかしら」

 

 私は息を呑み、反対に問いかける。

 自らの至らなさ、交渉の杜撰さは受け入れるしかない。だが、そうなるならいっそのこと開き直って南雲さんに問いかけて答えを、あるいはヒントを手に入れる。

 もっとも私が応えられる可能性も何かを得られる可能性も低いことは承知の上だ。

 

「あはは、がむしゃらだねー鈴音ちゃん。交渉してる私に直接聞くなんて中々情けないというか……いや、一周回って大物かもね。とにかく中々出来ないことだよ」

 

「がむしゃらでも何でも私は前に進むわ」

 

「前に進めるとは限らないけどねー」

 

 私が教えを乞えば南雲さんは呆れ笑いをしながらも考え込むように間を取った。

 その上で私へ返答する。交渉材料……ではない。別のヒントを。

 

「でもまあそういうの嫌いじゃないから1つだけ鈴音ちゃんにアドバイスを送るなら……そうだね。そもそも『理解』が足りてないんだと思うよ」

 

「理解? それは……櫛田さんに対しての、かしら」

 

「そうだね。何よりも理解が足りてない。桔梗ちゃんの問題を解決したいならもっと桔梗ちゃんのことを理解してから挑むべきだよ」

 

 ……理解、ね。

 私はその言葉を聞いて以前の南雲さんの発言を思い出す。確か、櫛田さんのことを理解したと南雲さんはそう言っていた。

 

「……理解とそう自信満々に言うけれど、あなたの方は本当に櫛田さんのことを理解出来ているのかしら」

 

「へぇ? 私の理解力を疑うつもり?」

 

「当然よ。櫛田さんは今も大勢の生徒を騙し通せるだけの卓越した演技力を持っているわ。それに……その内面もまたおそらく複雑なもの。裏側の櫛田さんを知ったからといって彼女を理解出来たことにはならない」

 

 事実、私は櫛田さんの過去も櫛田さんから直接聞いたし、裏の顔も南雲さんよりも何度も垣間見ている。

 だから南雲さんがあの1度の機会だけで櫛田さんを完全に理解出来たとは、とても思えなかった。

 だからはっきりとそう口にしたのだけど、南雲さんは薄い笑みを崩さなかった。

 

「やっぱり何も理解(わか)ってないね、鈴音ちゃんは」

 

「それはあなたも同じじゃないかしら」

 

「桔梗ちゃんのことじゃないよ。私のことを、全然理解(わか)ってない

 

「……南雲さんを? それはどういう意味かしら」

 

 意味が分からずに私は質問を返すも、南雲さんはそれには答えない。

 

「ま、でも理解るはずがないからそれは仕方のないことなんだけどさ。それでも触り、表面上くらいは理解してもらわないと張り合いがないよね」

 

「……何を言っているか私にはさっぱりよ。だけど、あなたの言葉が信用に至らないことだけは分かるわ。あなたもまた櫛田さんと似て表の顔を使い分けることが出来る。櫛田さんのことを理解しているというのもはったりなんじゃないかしら」

 

 櫛田さんと南雲さんは似ている。どちらもその言葉、振る舞いに嘘が混じっている。

 だから私はそう思った。南雲さんの言葉にも嘘が混じっていて、私を動揺させるための言葉を選んでいるのではないかと。

 だけど、南雲さんは私の言葉を聞いて……そこで呆れを見せた。

 

「全然違うよ。ま、鈴音ちゃんがそう思うんならそれでいいけどね」

 

「……ならあなたなら櫛田さんの問題をすぐにでも解決出来る? 無理でしょう。そんなことは」

 

 それが出来るなら何も苦労しない。

 幾ら洞察力が鋭いからって私以上に情報の少ない南雲さんが櫛田さんのことを理解して問題を解決に導くことが出来るとは思わなかった。

 

「出来るに決まってるじゃん」

 

 ……だけど南雲さんは即答した。

 満面の笑顔。キラキラした瞳。それをこちらに向けて、何も疑う余地がないと言わんばかりに自信に満ち溢れている。

 それはどうにも嘘を言っているようには見えない。虚勢、ハッタリ、そういうものだと言いたいのに、自分の直感の部分がそうではないと訴えかけているような奇妙な感覚を感じる。

 櫛田さんの被る嘘の仮面とは何かが違う。そんな気がした。

 

「……嘘ね。そう簡単なことじゃないわ」

 

「それは理解が足りないからだよ。桔梗ちゃんのことを理解出来ているなら、桔梗ちゃんが何を求めているかも理解るはずだし」

 

「……何を求めているか?」

 

「おっと、喋りすぎたかな? まあでも、解決したいなら急ぎなよ鈴音ちゃん。今は私も他にやりたいことがいっぱいあるからそんな余裕ないけどさ。ある程度片付いたらいつでも桔梗ちゃんを私の虜にすることが出来るんだから。そうなったらおしまいだよ?」

 

「っ……」

 

 私の横を歩いて通りながら呟いてくる南雲さん。

 その言葉に私は思考がかき乱される。

 南雲さんが言う櫛田さんの求めているもの。

 それはおそらく……私や綾小路くんの退学だろう。

 だからこそ私じゃ解決することは出来ないし、反対に南雲さんであれば解決することは出来ると、私はそう思った。

 

「ちょっと! 何すんのよ!」

 

「は、はぁ? 私は何もしてないし! あんたの方が──」

 

 その時、グラウンドの方から言い争う声が聞こえてきた。

 咄嗟に振り返って確認する。どうやら言い争っているのは真鍋さんと軽井沢さんのようだった。

 

「あらら、何か揉めてるね。ちょっと見てこようかな」

 

「……私も行くわ」

 

 仲裁に向かう南雲さんに私も付いていく。

 だけどその道中に、南雲さんは私に告げた。

 

「いずれ私の言っている意味が分かるからさ。さっきの言葉、覚えといてね」

 

「……どの言葉かしら」

 

「桔梗ちゃんの求めてるもの、だよ。いずれ私がその答えを見せてあげる。鈴音ちゃんじゃ()()無理だろうし」

 

 南雲さんはそれだけ言うと小走りになって2人の元に駆け寄る。何かを言い返そうと思ったけれど、その時間はなかった。

 そして真鍋さんと軽井沢さんの言い争いを仲裁しながら、私はその南雲さんの言葉がしばらく頭に引っかかり続けていた。




今回はこんなところで。そろそろ麗ちゃんの内面やら強みを理解し始めてる読者も出てきそう。次回は綾小路くんだったり軽井沢だったり。後は女子風呂でのバカ話というかギャグパートも入ります。お楽しみに。

感想、評価、良ければよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。